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新しい物象化と貨幣資本の運動

高倉泰夫

Abstract

Transition of the international monetary system from fixed exchange rate system to flexible one in 1973 has been causing further develop- ment of reification of production relations by getting firms to avoid vari- ous risk. Since then, development of financial technique has made firms optimize various risk and get more stable return in this time of uncerni- ty and also made the corporate accounting system fit for speculators in the capital market. This change can be said from investors' accounting system to speculators' one. Also this transformation is necessary for and accompanied by new extensive accumulation regime of today, especially in the U. S. A.

Keywords: extensive accumulation regime, financial technique, pres- ent value accounting

はじめに

第2次世界大戦後の資本制経済の「黄金の30年」といわれた,比較的に安 定していた内包的な蓄積体制と比べると,1990年代のアメリカ合州国での外

1)

延的蓄積体制はその10年にわたる好況をもたらしていた。しかし,グローバ リゼーションの進展と対応しながら進む技術革新と産業構造の変化の速さと 分配諸関係の変化そして金融的流通の包摂の広がりとは他方でその蓄積体制

に不安定さをもたらしている。

(2)

本稿では,世界市場にも拡延しているこの外延的蓄積体制において,資本 市場での貨幣資本の運動と企業あるいは非金融的な資本の運動とのかかわり が生産諸関係の物象化の一層の進展を伴うかたちで進展していることを考察

している。

それは金融市場での G‑G' の G … G ' への新しい浸透から始まっている。

それは 1 9 7 1 年のアメリカ合州国による金・ドル交換停止そして 1 9 7 3 年の変動 相場制への移行後に起ってきたことであり,世界市場での各国の通貨聞の関 係が不安定化するとともに他方で発展してきた金融技術によって, G‑G' と いう貨幣資本の運動がG … G 'と表現できる別の非金融的な資本運動に今まで よりももっと深い度合で浸透し,またその資本蓄積も G‑G' の中に,すなわ ちリスクを尺度とした貨幣資本の運動の中に包摂されることとなっている。

情報技術の発展とも相まって発展している金融技術は,それが全体として はゼロ・サムに帰着する事象の中での生産諸力の発展であり, G … G ' のプ ラス・サムを生み出す技術とは異っているが,諸資本の競争の中ではその技 術を採用することが個別資本の生存のためには必須であることはどちらの技 術も相違するところはない。そして,前者の技術は資本制経済の中での生産 諸力の転倒した表現である。

1  )外延的蓄積体制,新しい金融主導型蓄積体制および内包的蓄積体制の説明については,

R o b e r t  Boyer The D i v e r s i t y  and F u t u r e  o f  C a p i t a l i s m : A   R e g u l a t i o n i s t   A n a l y s i s "   ,  i n  G e ‑ o f f r e y  M. Hodgson ,  Makoto  I t oh and Nobuharu Yokokawa ( e d s ) ,  C a t i t a l i s m

E v o l u

t i o n  :  G l o b a l  C o n t e n t i o n s  ‑ E a s t  a n d

s t , Cheltenham:Edward E l g a r ,  2 0 0 1 ,を参照され たい。

なお,第 2 次世界大戦後の内包蓄積体制と外延的蓄積体制に対応する,先進工業諸国 の国家の特徴づけについては,ボブ・ジェソップの「ケインジアン社会福祉国家」と

「シェムベータリアン勤労福祉国家」という対比と特徴づけも興味あるものである。た

だし,後者については「シュムベータリアン競争国家」の方がその内容から見てふさわ

しい (Bob J  e s s o p ,  "Towards a  S c h u m p e t e r i a n  Workfare S t a t e ?  P r e l i m i n a r y  Remarks on 

P o s t ‑ F o r d i s t  P o l i t i c a l  Economy , "   S t u d i e s  i n  P o l i t i c a l  E c o n o m y   4 0 ,  S p r i n g  1 9 9 3 ) 。

(3)

2  )この点については,小稿「物象化の新しい展開と資本蓄積 J

~経営と経済j

(長崎大) 8 0 巻 3 号 , 2 0 0 0 年 1 2 月,を参照されたい。

3  )たとえば,マ一トン・ミラーはデリパティプ取引がゼロ・サムであることについて次 のように述べている。「この相互にとって有益な形という言葉は強調しておかなければな らない。というのは,デリパティプ取引はしばしばゼロ・サム・ゲームとして表現され るからである。そして事後的に金額に換算してみれば,デリパティブ取引は確かにゼロ・

サム・ゲームー手数料などの取引コストを加味すると,若干のネガティブ・サム(負 和)かもしれないーなのである。が,偶発的な事象が起こる前として事前的に ( e x a n t e ) みると,デリパティブ取引は確実にポジティブ・サム(正和)なのである。デリ パティブ取引における個々の主体は,二つの価値が等しく相反するリスクのうち,より 許容しやすいと思うほうを自由に選ぶことができるのである。したがって,最終的な金 銭価値がどのようなものになろうとも,すべてのデリパティブ取引はその取引実行時に 両当事者を満足させるものなのである J (粛藤治彦訳『デリパティプとは何か』東洋経済 新報社, 2 0 0 1 年 ,

32~33ページ)。

貨幣資本の運動と物象化の進展

1 9 7 1 年の金・ドル交換停止後, 1 9 7 3 年に国際通貨制度は固定相場制から 変動相場制へと移行した。変動相場制のもとでは,各国の通貨聞の為替相 場は固定相場制のもとでのそれとは異り,絶えず変動することになる。こ のような国際通貨制度の変化と同時期に経済のサービス化とともに,情報 技術にみられるような変化が速く,また資本・賃労働関係にも大きな影響 を及ぼす技術革新がおこりはじめていた。また,この時期に工業諸国では 商品輸出が GDP に占める比率が第 l 次世界大戦前(1 9 1 3 年)の水準を越 えて上昇していっている。他方,第 l次大戦前の国際通貨制度は金本位制 であったが。

この 1 9 7 3 年に国際通貨制度が変動相場制に移行せざるを得なくなった時 から,為替相場の変動は,工業諸国の個別資本の運動に影響を及ぼすこと

となった。

1 9 7 0 年代に起った「黄金の 3 0 年」の終駕とともに,工業諸国の圏内市場

(4)

において,個別資本あるいは企業は,それまでの安定した雇用関係そして 分配関係に立脚した経営を維持すること,すなわち社会全体では生産性の 上昇と平行した実質賃金の一般的な上昇,そして消費と投資の拡大と高利 潤率の実現という好循環を内在させている内包的な蓄積体制の維持するこ とが困難になってきていた。その中で,工業諸国ではスウェーデンや西ド イツなどの西欧諸国での内包的蓄積体制の再編と再建の試みと,アメリカ 合州国での労働者へのしわ寄せによって利潤率を回復させる外延的蓄積体 制によって,資本蓄積と経済成長の連関の確立をめざす試みとが行われた。

後者のアメリカ合州国での外延的蓄積体制においては,経済のサービス 化と情報技術の急速な発展を基軸とするたえまのない技術革新の速さとが 経済のグローバリゼーション化と対応しながら進むなかでは,分配構造と 需要構造の関連は「黄金の 3 0 年」と比べると不安定化することになるが,

消費者の債務の増大,株価の上昇,そして資本流入によってそれを一定期 間安定化させておくことが可能であった。

ところで 1 9 7 3 年の変動相場制への移行に伴って,世界市場の中で各国の

国内市場は為替相場の変動につねにさらされることとなり,それに対応し

て銀行間市場の拡大が生じることとなった。そして,為替相場の変動は金

融機関がその変動に対応できるようにするさまざまの金融技術を発展させ

るとともに,同時に金融商品あるいは金融資産の増大をもたらした。他方

で企業あるいは個別資本は,変動相場制への移行から生じた不安定性ある

いは不確実性に,あるいはまた同時に他の要因から生じた不確実性へ対応

することが,その増大した金融資産を通じて可能となった。すなわち,分

散投資やリスクの市場取引を通じて,リスクの最適配分とコストの最小化

によってそれに対応する最適な収益を得るように不確実に「合理的に」対

応しようとすることが,金融機関のみならず企業あるいは個別資本にとっ

て可能となったのである。

(5)

ここにこの不確実性への対応を通じて, G‑G'とG . . . G 'との新しい関 連が生じることとなった。ここでは個別資本はそのような金融技術を通じ て,資本運動 (G"'G')の外部との接触面 (G‑WおよびW'‑G') での 不確実性のみでなく,その資本運動それ自体の中にある不確実性にも対応 しうることとなった。 1 9 7 3 年以降の不確実性の高まりに対応して金融技術 が生み出されそして発展することは,また多様な金融商品が作り出される ことでもあり,またそれによってそれぞれの投資家のリスク選好に対応す ることが可能となっており,そのようなさまざまの金融商品を通じて資金 あるいは貨幣資本の流れあるいは動きが生じている。

このような金融商品が存在する場は金融市場であり, とくには,資本市 場である。この資本市場でのリスクの最適配分と安定した収益の実現が金 融機関あるいは信用制度を通じて行われるようになるが,このような資本 市場そして金融市場で金融商品を通じて動いている貨幣資本の運動を前稿 では G‑G'と 表 し た 。 そ れ は 利 子 生 み 資 本 の 運 動 の 表 現 と し て の G‑G'と同じ表現であるが,現在のリスクの最適配分とそれに対応した収 益の安定をめざす貨幣資本の運動は,形態的には利子生み資本と同一に表 現できるということによっている。

ただ,資本一利子範式と対応する利子生み資本の運動は,貨幣資本の貸

借に基いている。すなわち,

~資本論』第 3 部第 5 篇の第 21 章から第 24章

での利子生み資本の規定あるいは資本一利子範式の設定は,資本蓄積ある

いは拡大再生産に対する貸付とその結果として利潤の一分肢としての利子

を付けての元本返済に即して行われていた。それは単なる利子生み資本の

形態規定の諸章ではなかった。そして,現在の G‑G'というリスクに対

応した資本市場での貨幣資本の運動も資本蓄積あるいは拡大再生産をその

基底としている。ただここでは,利子生み資本そのものとしての運動とし

てではなく,不確実性あるいはリスクの最適配分に対応している貨幣資本

の運動としての G‑G'にそれは包摂されているのである。

(6)

このように G‑G'は最適なリスク配分とそれに対応する最適な収益を 得るように運動をしている貨幣資本であることから,ここでは資本一利子 範式での生産諸関係の物象化がより進んでおり,それを新しい物象化とし て規定できる。すなわち,この G‑G'はその新しい物象化と表裏になっ ている。

この新しい G‑G'では,資本一利子範式で想定される銀行信用や資本 信用あるいは株式だけではなく,金融商品は他のさまざまな分野の金融商 品とともに, リスクやコスト計算を経て,そして国内だけではなく世界市 場でもリスクの最適配分を可能にする手段として相互に関連しあってい る。ここでは,貨幣資本はリスクを負担する能力に応じて,そして収益が 大きいところへ流れて行く。このようにしてリスクの差に応じて,貨幣資 本の社会全体での配分が行われることになる。

利子生み資本の運動としての G‑G'において,貨幣資本の運動が株式

や社債や貸付を通じて行われる際には,この G‑G'は個別資本の運動で

ある G … G 'に対してはその運動の内部に浸透するのではなく受動的に相

対していたといえる。それは株式会社において,支配株主が企業経営に対

する支配権を確立していたとしても, G‑G'そのものが G … G 'の会計的

処理そのものに作用し浸透するという事態ではなかったことから,ここで

は G‑G'とG . . . G 'とはその資本の運動としての会計的処理は相互に独立

していたといえる。しかし,企業あるいは個別資本はその保有する金融資

産を通じてリスクの最適配分を行うとき,つまり G ‑ Wや W'‑G'のみ

でなく資本運動の進行過程で生じうるリスクについてもリスクの最適化と

収益の安定化をはかるとき, G‑G'はつねに G . . . G 'に入り込んでいるこ

とになる。ここでは資本市場での G‑G'は G … G 'に対して受動的あるい

は独立的ではなくなっている。リスクの最適配分をはかる G‑G'は,そ

のリスクの計算の中に G … G ' の成果を最初から織り込んだ資本運動とな

る。この G . . . G 'では, G … G 'の結果が不確実性をとりこんだ形での総括

(7)

利益として計算され,企業価値もそれに対応して計算されることになる。

そして,株式会社の形態をとった中で行われている資本の運動 (G … G ' )

に関する,資本市場での新しい G‑G' に対応した会計も,発生主義会計 から時価主義会計あるいはキャッシュフローの計算にもとづく現在価値会 言十へと転換してきている。この事態について,高寺貞男は「投資家のため の会計」から「投機家のための会計」への転換として特徴づけている。

不確実性に対応するためのこのような「投機家のための会計」への転換 は , G‑G'の G … G 'の内部への浸透の会計上の計算における現れという ことであるが,それは当然に企業経営にも影響を与えまた資本・賃労働関 係にも影響を与えることになる。 G‑G' の増大あるいは諸部面への浸透 は,新しい外延的蓄積体制と補完関係にあり,また G‑G'に対応して変 化した会計もまたこの外延的蓄積体制と制度上の補完をしているのである。

資本一利子範式をこえた新しい物象化もまたこれらの相互関連が資本市 場で表現されたものである。言い換えれば企業あるいは個別資本は,その 全体が資本市場での物象化に包摂されつくすに至っているのである。しか もこのことは,一国内での変換ではなく,グローバリゼーションが進展す る中で,世界市場での蓄積体制のあり方とも関連しており,またそれらの 制度的諸条件とも関連している。

4)この経過については,深町郁浦『現代資本主義と国際通貨』岩波書庖, 1 9 8 1 年,およ び,山本栄治『基軸通貨の交替とドルー「ドル本位制」研究序説一』有斐閣, 1 9 8 8   年,を参照されたい。

5) P a u 1  B a i r o c h , G 1 o b a l i z a t i o n  Myths and R e a 1 i t i e s ,  One C e n t u r y  o f  E x t e r n a 1  Trade and  F o r e i g n  I n v e s t m e n t "   ,  t a b 1 e .  7 4 ,   . i n  R o b e r t  Boyer and D a n i e l  Drache  ( e d s )  ,  S t a t e s  a g a i n s t   M a r k e t s : T h e  L i m i t s  0 1  G l o b a l i z a t i o n ,  London and New Y o r k : R o u t l e d g e ,  1 9 9 6 ,  p .   1 7 9 ,を参 照されたい。

6  )佐和隆光は次のように言っている。 1 1 9 6 0 年代の終わりごろまでは,われわれの住む社

会はわりあいと確実な社会だったのではなかったかと思います。ところが 7 3 年 2 月に変

動相場制に移行し,同じ年の1 0 月に第一次オイルショックに襲われて,原油価格が一挙

(8)

に 4 倍高となるようなことを経験した。まさに「不確実性の時代」の幕が切って落とさ れたのではなかったと思います。先ほどから「投機」ということが話題になっています が , 1 投機」とは不確実性をビジネスチャンスとする人間の経済的営みであると言うこと ができますが,その意味で投機の時代は 7 0 年代の前半に始まったといえるでしょう J

(佐

和・黒田・土志田・刈屋『計量経済学・入門』情報センター出版局, 1 9 9 1 年 ,

113~114

ページ)。なお,刈屋武昭は, 1 ですから,不確実性との共存に疲れようと疲れまいと,

大きな変革は不可能であり,現状が続いていかざるをえないと思います。 J (同書,

115~

1 1 6 ページ)と応じている。

7)ピーター・パーンスタインは次のように指摘している。 1 1 9 7 0 年代および 8 0 年代には,

ボラティリティは至る所,それまで不在もしくは抑制されていた所にまで発生していっ たように思われる。ボラティリティは, 1 9 7 1 年にドルが金本位制から解放され,自由に 変動するようになると,外国為替市場で噴出した。また, 1 9 7 9 年から 1 9 8 0 年代半ばまで の金利が大幅に振れた時期には,普段は平静な債券市場をボラティリティが呑み込んだ。

ボラティリティが商品市場を荒らしたのは 1 9 7 3 年,そして 1 9 7 8 年に原油価格が急騰した 時期だった。/このような予想外の急激な増大は企業の経首環境に大きな変革をもたら した J( P e t e r   L .   B e r n s t e i n ,  A g a i n s t  t h e  G o d s : T h e  R e m a r k a b l e  S t o r y  0 1  R i s k ,  J o h n  W i 1 e y   & 

S o n s ,  1 9 9 6 ,  p .   3 2 0 ,青山護訳『リスク,神々への反逆』日本経済新聞社, 1 9 9 8 年 , 4 3 0 ペー ジ ) 。

なお,次のようにも述べている。「デリパティブは価格が変動的な環境でのみ価値を持 つ。デリパティブの急増は,われわれの時代をそのまま物語っている。過去 2 0 年ほどの 間に,安定性で特徴づけられていた分野にさえもボラティリティや不確実の問題が生じ てきた。 1 9 7 0 年代の初めまで,為替レートは法律上固定されていたし,原油価格も狭い

レンジの中でしか変動しなかった。そして一般物価が年率 3~4% も上昇することはな

かった。長らく安定していると考えられてきた分野で新たなリスクが突然発生したこと が新しくより効果的なリスク・マネジメントの手段を求める契機になった。デリパティ ブは,経済状態や金融市場の予兆を示しており,関心の的になっているボラティリティ の原因ではないのである J( o p .   c i ,   t . p .   3 0 5 ,邦訳,

408~409ページ)。

8)  1 アメリカ製造業が得意とする産業は,知識が急速かつ予見不可能な方向に不断に変化

している産業であり,また企業戦略が定まらず急激に進化するような産業である。そう

した企業とその企業への資本および知識の提供者との関係もまた変化するので,それは

極端にフレキシブルな制度的環境一科学者,エンジニア,ベンチャー・キャピタルが

高度に可動的な環境ーにおいてのみ隆盛となる。まさにエンジニアや科学者がある製

品や産業から他のそれへとつねに移動しているので,そうした企業は急速に生まれ,そ

(9)

して消滅してゆく J (].ロジャース・ホリングワース「制度に埋め込まれたアメリカ資本 主義 JJ .   R o g e r s  H o l l i n g w o r t h I n s t i t u t i o n a l  Embeddeness o f  American C a p i t a l i s m "   ,  i n   C o l l i n  Crouch and Wolfgang S t r e e c k   ( e d s )   ,  P o l i t i c a l  E c o n o m y  0 1  M o d e r n  C a P i t a l i s m : M a p ‑ P i n g  C o n v e r g e n c e  and D i v e r s i t y ,  L o n d o n : S a g e  P u b l i c a t i o n s ,  1 9 9 7 ,  p .   1 4 2 ,山田鋭夫訳『現 代の資本主義制度ーグローパリズムと多様性一

j

NTT 出版, 2 0 0 1 年 , 2 0 1 ページ)。

9)  1 9 7 3 年以降,アメリカ合州国を筆頭に多くの工業諸国では,経済成長率の低下ととも に,企業や中央政府や地方政府の負債およびその合計と株式市場の規模は次第に GDP

の成長率をこえて増加していった。このことに関しては,ヘンリー・カウフマン〔伊豆 村房一訳 J r カウフマンの証言ーウオール街一』東洋経済新報社, 2 0 0 1 年,第 3 章 , を参照されたい。

なお,株式市場の不安定性の指摘については,ロパート. J  .シラー〔植草一秀訳〕

『投機バブル根拠なき熱狂ーアメリカ株式市場,暴落の必然一』ダイヤモンド社,

2 0 0 1 年,を参照されたい。

1 0 )   1 9 7 3 年以降の二度の原油価格の高騰や物価上昇と利子率の上昇,あるいは為替相場の 大きな変動などが生じた。ピーター・パーンスタインはそのことについて,次のように 書いている。「その結果として,金融市場には新しいタイプの顧客が現われた。すなわち,

為替レート,利子率,商品価格といった新しいリスクをよりうまく対処できる誰かに転 嫁しようとする企業である。このような企業の反応は,カーネマンとトヴアスキーが予 測したのと同様であるが,それよりさらに誇張されていた。予想通り,潜在的損失から の苦痛は潜在的利得による満足よりも大きく迫ってくる。このようなリスク回避が戦略 的意思決定に影響を及ぼした。しかし,ボラティリティがそれまで全く考慮されていな かった分野でも発生するにつれて,企業経営者はかつての農場経営者と同じように,彼 らおよび株主がよしとする以上に不規則であった収入ばかりではなし企業の生き残り について真剣に心配し始めた J ( P .  B e r n s t e i n ,  o p .  c i t . ,  p .   3 2 1,邦訳,

430~431 ページ)。

そして,これに対応して作り出された金融商品について次のように述べている。「これ らの新商品は,基本的には定型的なオプションと先物の組み合わせに過ぎない。しかし,

その取引はこれまで述べてきたすべてのリスク・マネジメント上の発明を最も洗練され た形で内包している。 J I しかし,公開市場で取引範囲はあまりに特殊であり,これらの 契約の相手方を見つけるのは困難である。誰がスペキュレーターの役割を演じるだろう か。企業がそれほど熱心に逃れたがっているボラティリティを誰が引き受けるだろうか。」

「上のような例では大半の場合,銀行やディーラーがその契約に際して手数料やスプレ

ッドをとることで,契約相手の役割を引き受ける。これらの銀行やディーラーは保険会

社の代わりの機能を果たしている。彼らは,企業がそれほどまで熱心に避けたがるボラ

(10)

ティリティをあえて引き受ける。なぜなら,彼らは顧客と違って,多様なニーズを持っ た多くの顧客にサービスを提供することで,自らのリスク・エクスポージャーを多様化 できるからである J ( o p .  c i ,   . t p p .   3 2 2 " " 3 2 3 ,邦訳, 4 3 2 " " 4 3 3 ページ)。

1 1 ) スーザン・ストレンジの,為替相場の変動性の増大とのかかわりで銀行間市場が拡大 することと企業が為替変動のリスクから自らを守るようにできることとが対応している ことについての次の文章をみられたい。「この必要は国際貿易の成長と,いわゆる「多国 籍」企業,より正確には超国籍企業による生産の国際化から生じたものであった。しか し,ここにもまた循環性がある。企業が気づいているように,先物市場が与える保証は ほんの限られたものでしかない。企業はさまざまな国におけるさまざまな通貨でのキャ ッシュフロー・ポジション,利潤と損失,投資および売上高の変化に悩んでいる。しか し,証券取引所における株式相場と期末における連結貸借対照表はひとつの通貨で計算 されなければならない。それ故に,貸借対照表が「本当」の損失ではなく,ある特定の 取引の評価を別の通貨で測ったことによる「損失」を示すことがある。財務マネージャー はこの種のリスクに対処し,批判を避けるための逃げ道を見出そうとする長期的誘因が ある。したがってマネージャーは企業の資産と負債をできる限り分散しようとする。現 地でファイナンスする,すなわち地元の銀行から借りたり,さらには,たとえばユーロ 転換社債でファイナンスし,リスクの一部を引き受けてくれる現地の株主をしばしば獲 得しようとする。実際,企業活動の地理的分散は合理的な長期的ヘッジ戦略である。要 するに,為替相場の変動は,多国籍企業にとってのリスクを高め,そのことが多国籍企 業をさらに「多国籍」にしたのである。しかし,このような長期的戦略は,為替相場リ スクに対するヘッジの短期的必要を増やし,したがって金融カジノにおける取引量を一 段と増大させることになっている J (小林裏治訳『カジノ資本主義一国際金融恐慌の政 治経済学』岩波書庖, 1 9 8 8 年 , 1 8 " "  1 9 ページ)。なお, 1 1 9 7 3 年が,悠長な 1 9 6 0 年代から せわしく上下するヨーヨーのような 1 9 7 0 年代, 1 9 8 0 年へと,雪ダルマがころがるように 変化にはずみがつき始めた転換点である。 J (同書, 8 ページ)としている。

1 2 )   1 情報通の論者なら, 1 9 8 0 年代と 9 0 年代のグローパル金融システムの特徴が,格別に大 きかった技術革新の速度にあることを疑わないだろう。変化は絶え間なく急速で,市場 やその参加者,金融機関の間に広まっていった。これがシステムに与えた影響はきわめ て大きく,技術の革新の各形態をたどれば,それだけでこの 1 0 年のすべてが説明できて しまうといっても過言ではない J (スーザン・ストレンジ〔棲井公人他訳 J r マッド・マ ネー一世紀末のカジノ資本主義一』岩波書店, 1 9 9 9 年 , 4 1 ページ)。

そして,彼女は次のように述べる。 1 1 9 9 0 年代半ばまでに金融システムにおける伝染の

要素は, 1 0 年前, 1 5 年前よりもはるかに明白だった。 8 0 年代には金融規制の物語は主と

(11)

してアメリカの金融法と金融システムの変化に関わるだけで, 8 6 年の「ビッグパン」改 革後に遅れてイギリスに伝播することになったとはいえ,一国的なものに見えた。 9 0 年 代半ばまでに,若干の後知恵もあるが,アメリカの経験した矛盾と圧力を何らかの形態 で他国もいずれ経験することになるだろうことは,容易に見てとれるものとなった。金 融技術革新が水際で止められることはなかったのである J C 同書, 7 1 ページ)。

1 3 ) 小稿「利子生み資本と拡大再生産 J

r経営と経済~

6 8

4 号 , 1 9 8 9 年 3 月,を参照され たい。

1 4 ) 倉都康行は次のように述べている。「このように金融工学は,電子工学などと少し異な り,かなり限定的な参加者とやや脆弱な数学的基盤をもとにしながらも,大筋として国 民経済に間違いなくプラスとなる方向付けを提案するエンジニアリングであることがわ かります J c r ビジネスマン必修「金融工学」講座Jl PHP 研究所, 2 0 0 0 年 , 1 7 8 ページ)。

他方で, I 古典物理的経済学のような閉じた系の中でのモデリングには限界がありますし,

その枠組みをコピーした米国生まれの金融工学は,現代の市場社会のような極めて情報 伝播力の強い開放系のシステムに対しては実はとても弱々しく感じられるからです。」

(同書, 2 2 9 ページ),あるいは, I 何もリスク指標がなかった時代に比べて,金融工学が 果たしたリスク管理は評価されてしかるべきですが VaRC V a 1 u e  a t   R i s k ) に代表される 管理方法の意味と限界とを明確に経営者や監督官庁に伝達することも,本来のリスク管 理の仕事の一つではないかと思います。 JC 同書, 1 7 3 ページ)とも述べている。

1 5 ) ピーター・パーンスタインは次のように指摘している。「経済や金融の変数の多くが釣 り鐘型曲線に近い分布になるとはいえ,その図型は決して完壁な釣り鐘型ではない。も う一度繰り返すが,真実に似ていることと真実は同じではない。野性はこういった異常 値や不完全さの中に潜んでいる JC P .  B e r n s t e i n ,  o p .   c i   . , t p .   3 3 5 ,邦訳, 4 4 9 ページ)。

また,今野浩は「最後に経済学者に叱られるのを覚倍で書けば,筆者は,長期金利を ブラウン運動によって記述することができる,という前提自体に疑問を持っている

…/しかし原理的に可能であることと,実際のデータによる検証をパスするモデルを組 み立てることとの間には,大きな隔たりが存在するのである。 J c r 金 融 工 学 の 挑 戦 ー テ クノコマース化するビジネスー』中央公論新社〔新書], 2 0 0 0 年 ,

139~140ページ)と

述べている。

1 6 ) 金融工学あるいはファイナンス理論の「正規性・連続性・完全性などが支配する」と いう前提や「人間は合理的に行動するという公準」に対する批判として,竹田茂夫『信 用と信頼の経済学ー金融システムをどう変えるかー』日本放送出版協会, 2 0 0 1 年 , 第 2 章,を参照されたい。

1 7 ) 高寺貞男「会計における不確実性と期待の変化 J

r大阪経大論集~

5 2 巻 l 号 , 2 0 0 0 年 5

(12)

月,および,同「投資家のための会計から投機家のための会計へ J

W会計~

1 5 9

巻 6

号 , 2 0 0 1 年 6 月,を参照されたい。

2  新しい物象化と会計の変化

1 9 7 3 年以降の変動為替相場性への移行による各国経済聞の不安定性の高ま りとともに, リスクの最適配分を行う手段としての金融商品を通じて貨幣資 本の配分を社会的に行う要としての金融機関の貸出についても,また社債保 有者や株主にとっても G … G 'としての資本の運動を行っている企業の

「企業価値」の将来の変動をできるだけ避けるためのリスク管理が重要とな ってくる。そのために,金融機関あるいは信用制度の側から,企業に対して そのようなリスク管理に適合した経営や会計が要求されることになる。資本 市場の G‑G' からの G " . G ' に対する浸透に対応する財務会計のあり方とし て,時価主義会計の一般化であり,キャッシュフロー計算書も「企業価値」

を示す指標として重視されることになる。このことは 1 9 8 0 年以降に進展して いる。

時価主義会計については,論理的にはすべての資産が時価で評価されるべ きであるが,実際には G‑G' と G … G ' とが直接に接触している部面から時 価主義会計は始まっている。すなわち,金融商品の時価主義会計つまり金融 商品をその市場価格で評価することから時価主義会計は導入されている。

しかし,このままでは原価主義会計と時価主義会計とは,非金融資産と負 債および金融資産と負債とで分裂したまま並存することになる。論理一貫性 を保つためには,非金融資産と負債にも時価主義会計を適用する必要が生じ る。それによって G‑G' の G … G ' への浸透と対応する財務会計はそれ自体 としては論理的な整合性をもちうることになる。

この時価主義会計の導入とともに, G‑G' の G . . . G ' への浸透はまた資本

市場での G‑G'に適合した企業価値の計算を行う会計としてのキャッシュ

フロー計算書の財務報告の中での意義を大きく高めることになる。同時に,

(13)

発生主義会計から,将来のネット・キャッシュインフローによって現在の企 業の現在価値を求める現在価値会計への転換も起っている。

ところで時価主義会計の時価とは「公正価値」であり,その見積りは資産 あるいは負債の現在価値を測定することによって行われる。それは市場価格 による価額による場合と,合理的に算定された価額による場合とがある。こ の後者の場合は将来のフリー・シャツシュフローに基いて測定される。

企業経営の評価もこのキャッシュフローに左右されることになる。すなわ ち,フリー・キャッシュフローを最大化することが企業経営者の責務とされ る。そのことがまた M&A へ備えることとなる。ここで,企業価値はこのフ リー・キッシュフローを割引率で割引くことによって求められるが,このこ とは G … G 'の内部に即した尺度によるのではなく, G ' ' ' G 'の計算に資本市 場の G‑G'の尺度を持ち込んで企業価値を求めることとなっている。

1 9 7 3年以降の G‑G'の G

' G 'への浸透と 0 ・ ・ G 'における G‑G'の利用と は,企業あるいは非金融的な資本において,新しい G‑G'による評価に対 応した経営戦略あるいは財務会計への転換をもたらしている。ここで生じて いるのは,企業あるいは株式会社それ自体の資本市場での商品化が一層進ん だ事態であり,企業あるいは株式会社は分割や統合を含んでつねに売買可能 な状態にあるように資本市場で表されることとなっており,会計制度も資本 市場に従属する方向へと進んでいる。ここで,企業経営にとっては資本市場 での高度な金融技術とキャッシュフロー情報によって,企業経営にもたらさ れる不安定性に対応しうるようになっている。しかし,他方で資本市場での G‑G'に G … G 'の計算を従属させていくことは,資本市場に現れうる不安 定性がそのまま G . . . G 'にもちこまれる場合も生じてくることになる。

このように株式会社としての企業の商品化が一層進むことは,グローバリ

ゼーションとともに技術革新が短期間に急激に進むもとでの企業内部での雇

用関係の不安定化とも即応しており, G‑G'の G … G への浸透と対応した

会計の変換は外延的蓄積体制に対応した一つの制度の変換である。

(14)

このキャッシュフロー経営では資本の貨幣資本循環としての性格が一層強 められることになっている。それはキャッシュフローの最大化に貢献する要 素として雇用関係もおかれることから,雇用関係が流動化する傾向が強まる ことになる。他方,企業経営においても同様に経営者は短期的収益に比重を おいた経営へと傾斜することになりうる。すなわち,資本市場での新しい G

‑G' による評価と対応した経営への変化である。そして

i

ここでは新しい 物象化と対応している架空資本を通して,実物資本に即した資本の運動をわ れわれは見ることとなり,そのことは新しい姿をとった架空資本の運動のも とに,金融機関や株式会社の形式をとっている各企業あるいは広義の産業資 本だけでなく,労働者あるいは諸個人もまた経済主体としては新しく包摂さ れ直している。ここでは新しい G‑G' から見た現実が実際の企業活動を覆 うことによって,資本市場での G‑G' から見た現実が本来の現実としてと らえられていくことに,現在の資本制経済の特徴を見ることができる。そし てまた,この G‑G' の世界市場での同期化が進むことになる。

1 8 )井尻雄士は時価主義会計について次のように語っている。「それは,マーケットという エンティティーにとっての事実であって,企業というエンティティーにとっての事実で はないわけですよ。企業にとっては,それは別の世界であってね。パーティシペートし ていない世界なんですよ。マーケットというものを会計主体にする会計なら話は別にな りますがJ(井尻雄土・斎藤静樹『対談/フィナンシャル・レポーティングの動向と展望 一原価論と時価論の対話 J J l . r 企業会計.Jl 5 1

1 0 号. 1 9 9 9

1 0

月.

7 0 ページ)。本稿の視 点からいえば. r マーケットというエンティティーにとっての事実」は G‑G'にあたり,

「企業というエンティティーにとっての事実」は G…G 'にあたる。

なお,斎藤は次のように言っている。「ただ,これは先生も前におっしゃっていたこと

で,それを私が繰り返す格好になりますけれども,将来の価格やキャ'ッシュ・フローを

予測して開示するということであれば,基本的には株主持分の価値についてもすべて将

来を予測した結果が反映されるということになりますね。その結果が株主持分の市場価

格となって,現在ついてくるわけですから,逆に言えば,それは株主持分の時価がわか

ってからデータを作るということになってしまうのではないかと思うんですね。その世

(15)

界では会計はもはやいらないわけでして,会計人は何をするのかなという感じは残りま すね。 J (同誌, 7 2 ページ)。

なお,同じ『企業会計』誌掲載の「アメリカのファイナンシャル・レポートティング 一新聞記事からみた最近の諸問題とその動向 J において,井尻は時価主義会計につい て次のようにも述べている。「これが一番大きなリスクだと思われるが,時価主義になれ ば少なくとも貸借対照表については記録 ( R e c o r d ) と報告 ( R e p o r t ) が完全に分離して しまう。時価主義では資産・負債の一つひとつの貸借対照表日現在での数量と価格を確 認できれば過去のデータは一切不要となる。極端にいえば帳簿等は不要で,期末の棚卸 し等で数量を確認してそれに時価を掛けるだけという,まさに単式簿記時代のイタリア 商人のやり方に逆戻りするのである。/このような記録と報告の分離は誠に危険で,分 離によって両者の質が落ちることは明らかである。原価主義では原価は過去の記録から 計算するという記録と報告に密接な関連があるからこそ,報告の数字に信ぴょう性が生 まれ,また記録やそれに基づくコントロールの質を高めることができるのである。/貸 借対照表の勘定科目が一つずつ増えるごとに記録と報告のくさびが一本ずつ抜かれてい

くわけで,問題が起きる可能性は大きくなる J (同誌, 1 2 " ‑ "  1 3 ページ)。

次に「時価主義の第二のリスクは期末 1 時点での価格を用いることからくるリスクで ある。」とし, r 時価主義の第三のリスクは当該企業が行わなかった架空の売買行為に基 づいてできるという点である。 J (同誌, 1 3 ページ)としたあと,次のように述べる。「も ちろん投資家の注意を求める意味で貸借対照表の脚注で時価を開示する価値は認める。

しかし,資産・負債の開示額を変え損益計算まで変動の激しいものに置き換えてしまう いまの時価主義はひさしを貸して母屋を取られた感じがする。架空の行為に基づいて,

それをしていれば上がったと思われる利益を毎期報告することで,経営者が次第にゴー イング・コンサーンとしての経常的なオペレーションから異常的なスペキュレーション に関心が移ってしまうリスクが大いにある。利益はあくまでも企業行動の C a s h ‑ t o ‑ C a s h C y c l e に基づくものであることを忘れてはならない J (同誌, 1 4 ページ)。

高寺貞男も次のように述べている。「いや,そればかりではない。現在価値会計は会計

情報のクライアントの行動様式にも影響を与え,株主が安定した配当と成長する株価

(インカム・ゲインとキャピタ

l

レ・ゲインからなるストック・リターンの長期最大化と

いうよりも満足化)を求める投資家から株価変動にまつわる局所化された不確実性に価

格差利得の源泉を見出す投機家への変身を構造化する。/その意味で,会計システムの

発生基準会計から現在価値会計への変換は会計機能の企業家または「投資家のための会

計」から,投機家のための会計への転換を伴っていると理解される J

(r

会計における不

確実性と期待の変化 J , 3 0 ページ)。

(16)

1 9 ) 斎藤静樹は金融商品の全面時価会計について次のように述べている。「文字どおりの全 面時価会計なら,監査人は企業の投資目的を判断するまでもない。経営者の意図とは無 関係に,画一的で比較可能な情報が開示されるのである。しかし利益情報は,もともと 経営者の意図や見通しを伝えることに価値があった。その有用性を投資家が放棄するな ら,利益をやめてキャッシュフローのような未加工の情報に限ったほうが信頼性は高く なる。その議論の行き着く先は,なんのために会計があるのかという根本問題であろう」

(r

企業会計とディスクロージャー』東京大学出版会, 1 9 9 9 年 , 1 3 0 ページ)。

2 0 ) アメリカ合州国で FASB が,財務会計で新しい会計基準を設定する作業の中で,期 待キャッシュフローによる現在価値測定へと一元化しようとしていること,つまり「主 観性への決定的傾斜」を示していることについては,白井敏範 I F AS  B 財務会計概念 書第 7 号について

jr久留米大学商学研究~

6 巻 1 号 , 2 0 0 0 年 1 2 月,を参照されたい。

2 1)高寺貞男はキャッシュフローに基いて計算される現在価値会計においては,継続企業 ではなく断続企業を想定しているとして次のように述べている。「現在価値会計において は,会計実体(継続企業ではなく,会計期間が経過する度ごとに再生する)断続企業で あると仮定して,期末時点における現存資産から生じると期待されるキャッシュ・イン フローが現存負債から生じると期待されるキャッシュ・アウトフローを超える予想ネッ ト・キャッシュ・インフローの現在価値を評価して,その期中増分として総括利益を求 める

j

( 1会計における不確実性と期待の変化

j

, 2 9 ページ)。

なお,井尻雄士はこのような現状について,それは「短期利益中心主義」になってい ると指摘している(井尻・斎藤「対談/・…・

j

, 7 9 ページ)。

2 2 ) キャッシュフロー経営については,たとえば,大演裕『キャッシュフロー戦略入門』

エクスメディア, 2 0 0 0 年,を参照されたい。なお,大演はそこで「いってみれば金融ビ ッグパンとは,基軸通貨国アメリカによる不健全な経常赤字や未曾有の累積債務から生 じており,累積債務自身が生んだ巨大な国際金融市場に,各国通貨が糾合されようとし ている意味合いが強いといえましょう。

j

(同書, 3 6 ページ)と述べている。

2 3 ) 国際会計基準では「すなわち将来キャッシュ・インフローの割引現在価値が資産であ り,将来キャッシュ・アウトフローの割引現在価値が負債になるのである。ちなみに資 本については,資産から負債を差しヲ│いた残余があるとしか定義されていない

j

(山本昌 弘 『 国 際 会 計 の 教 室 ‑

IAS がビジネスを変える-~

PHP 研究所〔新書 J , 2 0 0 1 年 , 2 0 4 ページ)。

2 4 ) 由井敏範は次のような指摘をしている。「現代の資本主義において流動性の次元が重要

な判断基準となることによって,収益性とともに流動性の度合いに関する情報が要求さ

れるようになり,このことが,キャッシュ・フロー情報の導入あるいはキャッシュ・フ

(17)

ロー会計の提唱という形で現れてきていると考えられるのである。ただし,キャッシュ・

フローに関する議論が 1 9 7 0 年代以降に活発化したことを考慮すれば,法人資本主義の特 質が流動性志向にあるとしても,それがなぜこの時期に顕在化したのかが説明されなけ ればならない。われわれはそれを 1 9 6 0 年代末から 1 9 7 0 年代初めにかけて先進資本主義諸 国が経験した構造的危機=戦後の「黄金時代」の終駕に求めたい。この危機を象徴する が 1 9 7 1 年である J r c 利益とキャッシュ・フロー会計』白桃書房, 1 9 9 7 年 , 1 8 2 ページ)。

2 5 ) 金子勝はキャッシュフロー経営によって,短期的に収益を上げるための設備投資抑制 や雇用リストラが引きおこされやすいことを指摘し批判する r c 日本再生論一く市場〉

対く政府〉を超えて一』日本放送出版協会, 2 0 0 0 年,第 2 章 ) 。

2 6 ) なお,キャッシュフロー経営と関連して評価されている指標である EVA

C

経済的付 加価値)の批判的検討として, J u l i e  Froud ,  C o l i n  Haslam ,  Sukhdev J o h a l  and K a r e l  Wil

l i a m s , S h a r e h o l d e r  Value and F i n a n c i a l i z a t i o n : C o n s u l t a n c y  P r o m i s e s ,  Management  Moves , "   E c o n o m y  and S o c

たから

vo l . 2 9 ,  n o .   1  ,  F e b r u a r y   2 0 0 0 ,がある。

2 7 ) アンソニー・サンプソンは次のように述べている。「こうした変化の速い状況では,従 業員は,資本を握っている者に対して一層立場が弱くなっている。ファンド・マネージ ャーはますます攻撃的になり,顧客の利益を最大限に高めようと,四半期決算の利益を 監視し,一層のコスト削減を経営者に迫る。高収益の企業でも,この圧力から逃れるこ とはできない。ホワイトカラーのレイオフが増えるほど,株主は潤い,世代間の格差は 広がる。 /1970 年代には,すでに中流階級の若い世代のほとんどは,親と同じ生活水準 を望めなくなっていたが, 8 0 年代には,従業員の雇用はさらに危くなり,その一方で,

株主はさらに豊かになっている J

C 山岡洋一訳『カンパニーマンの終鷲~

TBS ブリタニ カ , 1 9 9 5 年 , 4 6 2 ページ)。

また,次のようにも述べている。「カンパニーマンの失業は,いうまでもなく,社会全 体の大きなうねりのー側面にすぎない。カンパニーマンにかぎらず,社会全体が同質の 問題にぶつかっている。資本主義が初期の姿に戻ったのだ。つまり,強力な労働組合の 反撃を受け,企業福祉制度によって性格を和らげる以前, I 歯も爪も血まみれの自然」の ようであり,安定した人間関係を破壊しつくすかにみえた時代の資本主義に戻っている のである J (同書, 4 5 9 ページ)。

2 8 ) アンドレ・オルレアンは次のように指摘する。「企業を株主の利害だけに還元し,賃金 労働者,債権者,原材料供給者,地方当局などを協においておく定義は,自明なもので はなく,様々な国内法によっても反駁されている。現実においては,この定義は重役や 役員会のメンバーに対して差し向けられたものである。この定義は,彼らを統制して,

経営を株主資本価値だけに従わせようとする狙いをもっている。理論的に言えば,金融

(18)

流動性の諸原理を決定的に拡大しようという狙いである。つまり,今やそれらの諸原理 に統制されようとしているのは,生産システムの組織全体なのである。この観点からす ると,企業統治は「黄金の 3 0 年」を支えたフォード主義的蓄積体制にとって代わって徐 々に形成されてきた新たな蓄積体制のハード・コアを形作っている。この蓄積体制は,

その中心に,評価に関わる金融的な共有信念を置いているので, r 金融化された」と形容

される J (坂口明義・清水和己訳『金融の権力』藤原書庖, 2 0 0 1 年 , 2 3 0 " ‑ ' 2 3 1 ページ)。

む す び

以上見てきた 1 9 7 3 年の変動相場制への移行以降での不確実性の増大に対応 した G‑G'における物象化の進展は,同時に G"'G'の貨幣資本循環として の性格を新しい形で一層進めることとなるとともに,労働者あるいは諸個人 はその強化された貨幣資本循環のもとにおかれることとなった。労働者にと っては,その労働が賃金としての物象化した表現を得るのみでなく, G‑G'  に包摂された G … G ' の中のキャッシュフロー・ドライバーの要素としての 位置づけも付与される。

このようにして新しい物象化には労働者あるいは諸個人の同質化とともに 個別化が一層進むこととが対応している。そのことはある部面での転倒性 をもちながらの社会全体としての生産諸力の発展と対応した生産諸関係の物 象化の一層の進展であり,この強められた貨幣資本循環のもとでは労働者あ るいは諸個人の類からの疎外がより高度化しているといえる。

2 9 ) 高安秀樹と高安美佐子は次のように述べている。「オプションは適量使うぶんには為替

変動のゆらぎにともなうリスクを軽減することができます。しかし,オプションも必要

以上に使えばハイリスク・ハイリターンのギャンブルに転じます。しかも,オプション

の価格を決める公式として広く使われているブラックーショールズの公式は,理論的に

仮定した正規分布に従う確率過程に基づいてつくられており,現実の価格はしばしば公

式の値から大きくはずれます。保険において確率の見積もりが誤っていると,誰かが大

儲けをし,誰かが大損をすることになります。ヘッジファンドのように安く買って高く

売るプロは,ゆらぎが大きいほど儲けるチャンスですから,積極的に為替のゆらぎを利

(19)

用しますが,製造業などにとっては為替の変動は迷惑でしかありません。/現在,外国 為替の市場を流通しているお金の量は,実際に物品を取引をするのに必要な額の1 0 0 0 倍 を超えるといわれています。このような現状を個人に置き換えれば,給料の1 0 0 0 倍もの 額を保険やギャンブルにつぎ込んでいるとんでもない人にあたります。ゆらぎは経済現 象に必然的にともなうものですが,それを極端に増幅している現状は,一家の大黒柱が ギャンプルに狂っているような状態であり,非常に危険です J

(~経済・情報・生命の臨

界ゆらぎ一複雑系科学で近未来を読む一』ダイヤモンド社, 2 0 0 1 年 , 2 0 2 ページ)。

そして, r 臨界点上でのゆらぎを制御する方法」の研究や「どのような通貨の形態が望 ましいのか」を考え直すことの必要性に言及している(同書, 8 2 ページ)。

3 0 ) ヘンリー・カウフマンは次のように現在の特徴づけをしている。「アメリカ式経済民主 主義の最も顕著な特徴の一つであり,しかし,当然受けるべき注目を受けてこなかった ことの一つは,貸し手,借り手,ポートフォリオ・マネージャー,投資家の聞の関係が 没個性化する傾向があることだ。第二次世界大戦以来の米国の相当の経済的成功一 1 9 9 0 年代前半に始まった現在の経済ブームを含め一多くの投資家にそれに応じた安心 と安全の感覚を生み出さなかったのは皮肉な事実である。むしろ,アメリカでの偉大な 成果にもかかわらず,この国には経済統計やダウ平均株価の客観的分析に行き着くこ左 ができないという不安がある。それは不確実性と不安という深い感情とかかわり,また,

ビジネス社会や個人的な人間関係でますます増えている分断ともかかわらざるをえない。

この不満と不安の感情は,変化の迅速性や現代生活のいろいろな局面を包み込んでいる 一種の没個性化によって相当程度駆り立てられている。/それほど不安にさせる変化の 迅速性に何か意味があるのだろうか。何よりも変化は人間の本質であるが,私たちの大 半は習慣の生き物である。いろいろな関係において繰り返しゃ不変性を好む。しかし,

経済学や金融では,基本的な構造が劇的に変化しているために予測性と信頼性はますま す獲得するのが難しくなっている J (前掲書,

165~166ページ)。

3 1)キャッシュフローを規定する重要な要素であるキャッシュフロー・ドライパーあるい はバリュー・ドライパーについて大漬裕は「そしてある意味では,経営者の役割とは,

日々変動するキャッシュフロー・ドライパーの中で,もっとも効率よく自社の収益力,

企業価値の評価に結びつけられるものを見つけ出すことだといってよいでしょう。 J ( 前 掲書, 1 6 1 ページ)と述べている。

3 2 )宇沢弘文は次のように指摘している。「市場価格と需要条件の変動はあまりに大きく,

ソースティン・ヴェプレンのいう「生産倫理 J C I n s t i n c t  o f  Wokmanship) を貫くことは

きわめて困難となってきた。利潤動機が常に,倫理的,社会的,自然的制約条件を超克

して,全体として社会の非倫理化を極端に推し進めていったからである。と同時に,投

(20)

機的動機が生産的動機を支配して,さまざまな社会的,倫理的規制を無効にしてしまう 傾向がつよくみられるようになってきた J ( W 社会的共通資本』岩波書庖〔新書], 2 0 0 0 年 , 1 9 ページ)。

3 3 ) ジョン・マグマートリーは次のように述べている。「次に挙げることが,現代の純粋で

非生産的な s →

$1

→レ循環を特徴づけている。すなわち,

/(1)

貨幣がもっと多くの貨

幣に変換する間に使用価値の生産がなく,また,

(2)

この純粋な s →

$1

$n

循環が,歴

史上で初めて資本投資の支配的形態になった,/ということである J (吉田成行訳『病め

る資本主義』シュプリンガー・フェアラーク東京, 2 0 0 1 年 , 1 6 4 ページ)

I この資本循環

の突然変異は,今では,大金を張るディーラーによる通貨やディリパティブ(金融派生

商品)の投機から,投資信託年金基金の資金ポートフォリオに至る,多くの面に現れて

いる J (同書, 1 5 9 ページ)。

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