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秋田大学教育文化学部研究紀要 教育科学部門 64 pp.61〜64 2009
読み能力に関与する認知特性
― 音韻意識と短期記憶の検討 ―
武 田 篤 ・兜 森 真 粧 美 ・神 常 雄
Cognitive Traits Involved in Reading Ability:
Study on Phonological Awareness and Verbal Short-term Memory
Atsushi Takeda, Masami Kabutomori, Tsuneo Jin
This study was conducted to evaluate the cognitive traits involved in reading ability. The subjects were 162 adults (university students and professional teachers). They were asked to rate themselves on their reading abilities during their elementary school days. Furthermore, they were given the two phono- logical processing assignments, phonological awareness task and verbal short-term memory task. The fol- lowing results were obtained in this study. The scores of phonological awareness task and verbal short- term memory task, which ranged from low levels to high levels, showed the normal distribution. The aver- age score of phonological awareness task was significantly higher in the group of adults who rated them- selves good at reading during their elementary school days than in the group of adults who rated them- selves not good at reading during those days. There was no significant difference in the average score of verbal short-term memory task between the two groups. Moreover, there was no correlation between the phonological awareness task and the verbal short-term memory task. These results showed that phonological awareness was involved in reading ability although the involvement of verbal short-term memory seemed to be limited.
Key words:phonological awareness, verbal short-term memory, reading ability, developmental dyslexia
はじめに
知的能力や話しことばには問題がないにもかかわら ず,読み書きだけに特異的に困難を示す一群の子どもた ちがいる。これらの子どもたちは現在,発達性読み書き 障害(developmental dyslexia)と呼ばれ,学習障害の 中 核 を 占 め て い る と 考 え ら れ て い る ( Shaywitz &
Shaywitz, 2008) 。学習障害は中枢神経系の先天的な機能 障害にもとづく認知処理能力の障害とされている。発達 性読み書き障害の原因として,欧米では音韻処理の障害 が有力視されており,これまで主に音韻意識(phono- logical awareness),言語性短期記憶(verbal short- term memory),および呼称の速さ(rapid automatic naming)の側面からの究明がなされてきている(大石,
2007) 。
音韻意識とは,音声言語に含まれる音韻単位に意識的 に注意を向けること,あるいは心的に操作する能力とさ れる(関,2007)。たとえば,子どもがしりとり遊びを ひとりで出来るようになるには単語の語尾音を抽出した
り, その音を語頭音に持つ単語を検索したり,といった 音韻意識を必要とする(高橋,1997)。また,子どもが 文字を学ぶ際には,たとえば「とけい」という単語は3 つの音韻単位から成ることを知り,それに対応する音韻 表象を確立し,それを文字記号と対応させて行くことが 必要とされる(関,2007) 。
言語性短期記憶とは,数唱課題などのように音韻表象 を音韻ループで一時的に保持する能力である。
呼称の速さとは,視覚的に提示された絵や数字などを できるだけ早く呼称すること,すなわち視覚刺激から音 韻情報を素早く取り出す能力のことである。
発達性読み書き障害では,これらの音韻処理に問題を 抱えているとされている(大石,2007 ;スノウリング 2008;関,2007) 。
そこで我々は先に,成人や小学生を対象にして,音韻 意識と音読力との関係を検討した。その結果,音韻意識 は音読力と密接な関連を持ち,音韻意識の弱さは音読の 困難を引き起こす要因のひとつであることを指摘した
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(武田,2007;兜森・武田・神,2007)。ところで発達性読 み書き障害には,上述したように言語性短期記憶の弱さ も関与しているとの報告がある(Snowling,Nation, Moxham et al.,1977;スノウリング,2008) 。そこで本 研究では,音韻意識に加え,短期記憶も音読に影響を与 える要因か否かについて検討することとした。
対象および方法
1.対象
教員養成系大学に学ぶ大学生138人(男53,女85人) , および現職教員24人(男2,女22人) ,計162人を対象と した。
2.方法 1)聴取課題
音韻意識を測定するために,6音節からなる自作 の無意味語の聞き取り課題を 10 問を実施した(表 1) 。短期記憶の測定には WAIS-R の「数唱」課題
(3〜9桁の数字)を14問を実施した(表2) 。 2)実施方法
検査は集団で実施した。なお,大学生は3グルー プに分け,別々の日に行った。検査用紙は表面と裏 面からなり,表面の音読に関する自己評価(「小学 生の頃あなたは音読が,①得意,②普通,③少し苦 手,④とても苦手,だった」の内から一つ選択)に 回答してもらった後に,用紙を裏返し,音韻意識と 短期記憶の聴取課題を実施した。各検査語は著者が 口頭で提示し,聴き取ったものを用紙に記入しても らった。音韻意識課題では無意味語の音節がとぎれ ないように連続して読み上げた(図1-a)。短期記 憶課題では数字1つ1秒の速さで,音節を区切って 読み上げた(図1-b)。得点は音韻意識課題,短期 記憶課題ともすべて正しく答えられたものを正答と して1点を与えた。したがって,音韻意識課題の最 高得点は10点,短期記憶課題では14点である。
3)統計
2群間の比較には,対応のない t 検定を用いた。
有意水準は
p値が0.05未満と定義した。相関関係を 検討するために,Pearson の相関係数を求めた。結 果 1.音読に関する自己評価
小学生の頃の音読に関する自己評価は,「得意」と答 えたものが 57 人(35.2%),「普通」が 74 人(45.7%),
「少し苦手」が 23 人(14.2%),「とても苦手」が 8 人
(4.9%)であった。なお,以下の音韻意識と短期記憶と の関連についての検討においては,「得意」と「普通」
をあわせた「得意群」(131人,80.9%)と,「少し苦手」
と「とても苦手」をあわせた「苦手群」(31人,19.1%)
の2群に再分類し,解析を実施した。
2.音韻意識と短期記憶の成績
図2に今回対象とした162人の音韻意識課題と短期記 憶課題の得点の度数分布を示した。音韻意識課題では 0
〜10点の範囲に(図2-a),短期記憶課題では6〜14点 の範囲に(図2-b),それぞれほぼ左右対称の正規分布 を示した。音韻意識課題の平均得点は 5.1(SD ± 2.6),
短期記憶課題の平均得点は10.1(±1.8)であった。
3.音読の自己評価と音韻意識・短期記憶との関係 図3に小学校時代の音読に関する自己評価別に,今回 実施した音韻意識課題と短期記憶課題の結果を示した。
音韻意識課題(図3-a)では,「得意群」の平均得点 が 5.4(± 2.5),「苦手群」が 3.7(± 2.6)と,「得意群」
の得点の方が有意に高かった((160)=3.36, t p<0.01)。
一方,短期記憶課題(図3-b)では,「得意群」の平均 得点が10.2(±1.8),「苦手群」が9.5(±1.9)で,両者 には差を認めなかった。
4.音韻意識と短期記憶の相関
図4に音韻意識課題と短期記憶課題の得点の散布図を 示した。両者の相関はr=0.34 と,音韻意識課題と短期 記憶課題とには相関をほとんど認めなかった。
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秋田大学教育文化学部研究紀要 教育科学部門 第64集
表1 音韻課題
ウホヒムレウ ヒムレサエウ レソエニヘク オヌレチヘニ ヘノケミレハ レユヘミスオ スニホナロナ ホユロニスヘ ロムユスホヨ スヨモロミヒ
表2 短期記憶課題
582 694 6439 7286 42731 75836 619473 392487 5917428 4179386 58192647 38295174 275862584 713942568
a
b
図1 音韻課題と短期記憶課題の音声波形の例
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読み能力に関与する認知特性
考 察
今回の結果は,音読の得手不得手に音韻意識の関与を 認めたが,短期記憶の関与には否定的であった。
音声言語に含まれる音韻単位に気づき,これを心的に 操作する能力である音韻意識が,なぜ音読力に大きな影 響を与えるのであろうか。それは発達性読み書き障害で は「文字−音の変換(decoding)」に障害があるとされ るが,この decoding の基盤をなしているのが音韻意識
と考えられているからである(Gillon,2004) 。
今回我々が音韻意識と言語性短期記憶を測定するため に用いた課題は,無意味語と数字の聴写であった。課題 としては,どちらも音声言語を聞き取り,それを短期間 記憶し,文字に変換するというものであった。両者の違 いは,図1の音声波形に示したように,無意味語では数 字に比べ,連続した音声から文字に対応する音の単位に 意識的に分ける能力,すなわち音韻意識が要求されるこ
図2 音韻課題と短期記憶課題得点の度数分布図3 音韻課題と短期記憶課題の成績
r= 0.34 n= 162
図4 音韻課題と短期記憶課題の相関
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秋田大学教育文化学部研究紀要 教育科学部門 第64集
とにある。加えて無意味語のため,数字のように長期記 憶にもないことから,手がかりは音声の聞き取りに限ら れ,より音韻意識が必要とされる課題であったといえる。
今回の結果から,音読力に大きな影響を与えるのは音 韻意識であり,言語性短期記憶は直接的には関与しない ことが示唆された。したがって,発達性読み書き障害の スクリーニングや評価には,WISC-Ⅲや K-ABC の数唱 問題の成績の結果,すなわち言語性短期記憶だけでは不 十分であり,何らかの音韻意識課題を実施することが必 須と考える。ただし,まだ我が国には音韻意識を調べる ための標準化された検査法はない。今回我々が用いたも の以外で,これまで用いられてきたものには,音削除課 題(例えば「た」を含む単語や無意味語を口頭で提示し,
その単語から「た」を削除して答える),逆唱課題(単 語を口頭で提示し,その単語を逆から唱える),モーラ 数かぞえ(口頭で提示した無意味語のモーラを数える)
な ど の よ う な も の が あ る ( 大 石 ・ 斉 藤 , 1 9 9 9 ; 原 , 2001,2003;田中,2005;若宮・奥村・水田ら,2006) 。 音韻意識を評価するテストバッテリーの検討と開発が今 後の大きな,そして緊切な課題である。
まとめ
読み能力に関与する認知特性を検討するために,大学 生と現職教員162人を対象に,小学校時代の読みの自己 評価と2つの音韻処理課題(音韻意識課題と短期記憶課 題)を実施し,以下の結果を得た。
音韻意識課題および短期記憶課題の成績はともに低得 点のものから高得点のものまで正規分布を示した。小学 校時代の読みの自己評価で「得意」と答えたものでは
「苦手」と答えたものよりも,音韻意識課題の平均得点 が有意に高かった。一方,短期記憶課題では「得意」と 答えたものと「苦手」と答えたものの2群間の平均得点 に差を認めなかった。また,音韻意識課題と短期記憶課 題との間には相関を認めなかった。
以上から,音読の得手不得手に音韻意識は関与してい るが,短期記憶それ自体の関与は低いと考えられた。
文 献
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