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海上売買形態研究(二)

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(1)

海上売買形態研究(二)

その他のタイトル Legal Aspects of the Seaborne Trade Contracts

著者 賀屋 俊雄

雑誌名 關西大學商學論集

巻 1

号 4

ページ 325‑350

発行年 1956‑11‑10

URL http://hdl.handle.net/10112/00021864

(2)

m m e r c i a l   M a r i t i m e )  

o f   g o o d s  

s e n t   o v e r s e a s ,   又

文献を通じて︑その定義を求むることにする︒

﹁海上売買なるものは︑物品の売買であって︑この売買に於て︑船舶と共商業的経

前掲

J u l i e n B o n n e c a s e

は ︑

其著海商法論

( T r a i t e d e   D r o i t   C o '  

はあるが︑特に一定した表蜆は用いられないようである︒本稿(‑)に於ても線説したが如く︑海上売買研究に於 て最も精細を柩めているのは︑仏国学界に於てのそれを除いては︑他に比類を見出さない︑従って︑今︑萩に同国

S c h m i t t h o f f   :  E x p o r t T   r a d e

^ S e a

‑ b o r n e c   o m m e r c e "

の如きを見出すので

海上売買の起源を説述するに先ち︑そもそも﹁海上売買﹂とは何を意味するかを考察しなければならない︒此﹁海 上売買﹂なる称呼は︑仏国学者の所謂

L a v e n t e   m a r i t i m e  

(

L e v e n d i t e   m a r i t t i m e )

から由来したものと考へ

られる︑我国に於ても既に古く︑大正十一年寺田四郎博士が法律新聞十一月号に﹁海上売買論﹂なる言葉を用いて おられる︑且︑昭和十年我法制審議会が﹁沖渡し共他海上物品売買﹂なる称呼を公式に使用したことがある︒独国

M i t t e l s t e i n

c i f

売買に関連してこ

' D i e U b e r s e e i s c h e   V e r s e n d u n g s k a u f e

"

なる表現を用いておる︒英

国文献に於ては︑仏伊白の如く︑

海 上 売

しかく︑簡潔な称呼は用いられず︑彼の

K e n n e d y o n i f   c   C o n t r a c t s

' S a l e

買 形 態 研 究

︵ 二 賀 屋 俊 雄

(3)

を説いたものである︒これに対して

Pa

ul

Ch

au

ve

au

は其著﹁海上売買の理論及び実務﹂

P r

a t

i q

u e

e   d

s  V

en

te

s  M aritimes, 

1

9 3 3 )

に於て﹁海上売買は︑海上を連送され︑又は︑運送さるべき物品の売買で

前記

Ch

au

ve

an

の定義に対し︑希臓﹁テッサロニカ﹂大学

P a n a

j o t i

s

P e r d

i c a s

教授は﹁比較海法雑誌﹂

(R

ev

ue

de

  Dr o

i t  

Ma

ri

ti

me

 

Compare|R•D.M.C.

To

me

 

3

4 ,

  1

9 3

6 )

に於て﹁此定義は︑仏国に於ける支配的のものではあ

 

るが︑幾分不明確な点が見出される﹂となし自己の見解を添へて︑次の如く︑批評している︒即ち︑﹁商品が海上を

運送されて売買に供せられることは︑

ある﹂と定義している︒

いつの時代に於ても行はれた事実である︑古代希臓時代より羅馬の時代にか

また︑くだって中世紀に於ても︑当時の外国貿易はその多くが斯くの如き方法によって行はれたものである︒

従って︑売買の目的物が海上を運搬さる

4

事実そのものは︑所謂海上売買の特徴として指摘するに値ひしない︒

考慮さるべき問題は︑海上運送そのものではなく︑売買取引に於て︑売主及び買主の負ふべき義務に対し︑海上運

送が法的に反映する事実が︑所謂海上売買の特徴をなし且つ共要素を構成するものである︒斯くの如き﹁海上売買﹂

発生以前にあっては︑単なる物品の海上連送そのものは︑海上売買とは無関係な行為であった︒たとへば︑売主が

船積港に於て買主に対し物品の引渡しを行ふ場合もあるであろう︑斯かる場合其物品の売買は船積港に於て其効果

の全部が発生する︑即ち此場合︑海上運送に関して利害関係を有するものは買主のみである︒而して契約上︑売主

側に於て配船の義務なき場合もあるであろう︒しかしながら︑異った士地に居住する商人間に於て︑直接の取引が

増加するに従ひ︑それ等商人は︑連送の結果が︑売買契約の妓果を抹殺するが如き場合の発生を無視し得ざるに至 営とが︑共実質的実現手段となるものである︒﹂

( T r a

i t e  

Th

eo

ri

qu

e  e

t  

即ち︑海上運送が︑此売買完成の要素たること

(4)

要約すれば︑ いるが︑これは概念としては不完全である︑理由とするところは固有の意味に於ける 対して課せられたところの海上運送に関する特殊義務を伴ふものである﹂と定義することが出来るのである︒また︑ するに至ったものである︒薮に於てか︑﹁海上売買なるものは︑商品売買であって︑其契約完成の必要上︑契約者に とが慣習化して︑其海上連送がいかように履行されるかに従って︑それぞれ異った性質を具備する売買形態が成立 ったものである︒これ等の事情よりして︑海上運送なるものが︑潮次︑売買契約それ自体に合体要素化せられるこ

FOB

売買又は帆下売買

( L a v e n t e   S o u s   V e r g u e )

の場合に於ては︑売主側にか

4

る義務は存在しない︒また︑独の

r G o s s m a n n D o e r t h

の定義

船舶に関するものなりや︑

ては︑此種の条件は全然存在しない︒海上売買に於ては︑売主及び買主に対し︑海上運送に関して特殊なる義務が 課せられるものである︑

﹁海上売買の本質的要素として売主側が海上運送を提供する義務あるものなり﹂となして 或は積荷に関するものなりやが判然せざるのみならず︑

AC F( Ci f)

売買に於

﹁特定船舶による着船売買﹂にあっては︑買主側の権利は︑船積後遅滞なく︑船舶名の特定を要求することである︒

﹁海上売買なるものは︑物品の売買であって︑約定品の海上運送︑

の義務として︑契約上規定せられるところのものである﹂と謂ひ得ること

4

なるのである︒

次ぎに︑海上売買はいつの時に於て出現したものであるか︑別言すれば︑法の規制によって︑海上運送が売買契 約に合体せられて︑運送の事実より発生して︑契約当事者に対する特殊義務が構成せらる

A

に至った時期の考究で

ある︒これに関する

e P r d i c a s

教授の所見を概説すれば次の如くである︒

海 上 売 買 形 態 研 究

︵ 賀 屋

CA F( Ci f) 売買の売主側義務としては︑

︐ 

ま ︑

又は︑これに関する行為が当事者

保険併びに運送の提供がある︑

によれば︑すべての海上売買は︑其効果を︑ ある論者の説によれば︑

﹁安全なる到着﹂にか

4

はらしめているが︑その安全なる到着の意味

(5)

此問題に入るに先ち︑各種の売買形態を胚胎したところの経済併びに法的勢力圏が︑十九祉紀初半に於ていかよ

うに分布されていたかを検討しなければならない︒此勢力圏は︑大別して二つとなる︑

括する南方圏と︑欧羅巴北部即ち英独スカンヂナヴイァ諸国から構成さる4ところの北方圏である︒此北方圏はま

た幾つかの異なった小勢力圏に分割されていた︒地中海城︑所謂南方圏は︑仏国馬耳塞裁判所がその法的勢力の核

心をなしていたもので︑其海上売買に関する解釈は此地城全般に対して支配的の権威を保持していたものである︒

これ等南北両地城は︑それぞれ異った経済的事情の下にあったがため︑出現した海上売買も自ら異った形態を示し

南方︑地中海城に於ては︑馬耳塞港を中心として︑殻物植物性油等の交易が行ほれ︑共数量も︑一定の限度を越

えず︑北方城に於て目華されたが如き貿易数量上の急増は見られなかったと云ふ︒加之︑十九世紀前半に於て︑地

中海城に対しては︑前述の如く︑仏国民法勢力が他に優越し︑従って︑馬耳塞裁判所の手によって︑仏国解釈によ

る極めて明確なる売買形態が生長していたものである︒然るに︑北方の経済圏は南方のそれとは趣を異にし︑それ

ぞれの国法下に幾多の小勢力圏に分割せられ︑それ等の経済事象もそれぞれ異った勢力の支配下にあったのである︒

此地城に於ては︑同様の経済事実も異った法的解釈によって処理されたものである︒北方各地城に於ての共通的経

済事実は︑海上売買取引がいづこに於ても大量的であったことである︒か4る大量貨物の取引なるものは︑生産国

としての欧羅巴及び其消費国としての他の大陸国及び原材料供給国との間の交易に於て見られたものである︒従っ

てこれ等大量商品を対象として締結された売買契約なるものは国際法的制度とも云ふべきものであって︑ある一国

のみの法的解釈によって決定することの出来ない性質のものであった︒売買の完成が同種法系国の間に於てなされ ︱つは地中海沿岸地城を包

(6)

Pe

rd

ic

as

0

年の交から英国に於ては︑ 北方圏なるものは︑此地城に於て最も古しとして知らる

4

︑英法地城と独逸法地城の二者から成り立っていたも

のであって︑和蘭陀スカンヂナヴィア諸国は英独両国の勢力下にあり︑また︑白耳義及北部仏蘭西地城は︑第一二勢

力圏を構成したものであって︑此地城に於ての判例を見るに︑地中海城に於ける明確なる法上の解釈と︑北方に於

ける国際性を帯びた取引の要求との調和に不断の努力がむけられていた跡が看取されるのである︒

かにおくれたものと察せられる︒共理由としては︑北方圏に於ける経済上の実際に対しては︑これに適する海上売

買としては︑唯

C A F ( c i f )

契約のみであったからである︒此当時︑北方圏に於ては︑原材料物資併びに工業

生産物の取引が一八六

0

年の交より俄然増大するの傾向を辿り︑

貢献したものである︒即ち︑北方圏に於て︑従前行はれていたところの原始的であり︑且つ又︑発展度の低かった

海上売買取引に代り︑此大量貨物取引の出現に対し︑これに適合する売買契約形態として

C A F ( c i f )

売買が

生れたものである︒当時

C A F ( c i f )

売買が新らしく出現してこれが広く普及するに至ったまでの年数は僅々

B

・のそれであったのである︒

十年を出でなかったと云ふ︑而して︑

二 五

C A F ( c i f )

売買の発達があり︑北方に於ける

0

年以前に於て存在した海上売買として考へられるのは︑所謂

F . o .

海上売買の発生は︑地中海城即ち南方圏に於ては︑

一方蒸汽船運送の発達も︑同時に︑此取引発展に

0年以後のことであり︑北方圏に於てほ︑それより逝 の状態とは頗る顕著なる対照をなしていたのである︒ 北方圏に於ての取引上の特徴であった︒此点︑殆んど︑十九泄紀全部を通じて︑仏国法の勢力下にあった地中海城 るものではなく︑異った国に跨つて達成されたものである︒即ち︑他の地方的勢力の支配から逸れ得なかったのが

(7)

cif

契約の法的解釈が完全な 近代的物品交易に適合した売買形態であったとして︑これに重点をおいて︑此形態以前の売買方式には論議を進めていない︒しかしながら︑英国の文献

B e n j a m i n o n a l   S e  

O n

^ よ

a r r i v a l   P e r

  F a n n y   a n d   A l m i r a   e t c '

B o y d   v .   S i f f k i n  

18

09

( I d l e   v .   T h o r n t o n  

1

81

2)

 ~の皿

E

例が示されており、

して慣用された﹁特定船舶による着船売買﹂形態に該当するものである︒此形態は一八六

0

年頃まで継続されてい

O n   a

^ ^

r r i v a l

e x C   a t e h r i n a   E v e r s

  " 

4

る方式による契約は一八九三年の﹁物品売買法﹂

( S a l e o f   G o o d s   A c t ,  

18

93

)

第七条の規定によって律

一九三八年には﹁倫敦油種子同業組合﹂

( T h e l n c o r p o r a t e d O i   l   S e e d   A s s o c i ,   a t i o n )

の標準契約様式の制定があり︑その殆んど全部は

E x s h i p e   T r m s

を以て占められている︒叉︑倫敦商人が

c i f

買付品の転売に際して使用さる

4

ところの方式ともなっている︒仏国の

R e n e B e l l o t

る理論及び実際慣習論﹂

( T r a i t e T h e o r i q u e   e t   P r a t i q

u e d   e   l a   V e n t e   c a f )  

ち物品運送中の危険は売主側負担とした方式は︑一八

0

0

年代機械生産期に入るに及んで︑生産業者が原材料品補給

の必要上︑運送上の費用併びに危険を負担して︑自らの船舶を供給地へ差遣して︑原材料の確保を現地に於て行っ

買に関しては︑ たところの所謂﹁

F . o . B .

﹂方式によって︑置き替へられるに至ったものであると云ふ︒叉︑

CAF(Cif)

一八六二年の

T r e g e l l e s v .   S e w e l l

の判例を以て其喘矢とするのが通説ではあるが︑彼の

K e n n e d y

は共著

O n c i f   c o n t r a c t s

に於て﹁

c i

f

﹂契約の法学的定義は︑ せられることになったものであり︑

によれば︑旧時代に於ける此種売買即

I r e l a n d   v .   L i v i n g s t o n

(

 

18

72

B l a c k b u r n  

J.

の説明以前に瀕る要は認めない﹂と言明している︒即ち英国に於て︑ ﹁シフ売買に関すに於てなされた

る決定を見たのは一八七二年を以てするの謂であると察せられる︑仏国学者︐も︑爾く︑これを認めている︒ 共に着荷を条件としたものであって︑南方馬耳塞を中心と

叉 ︑

その他によれば︑同国に於ては︑

0

九年に

二六

(8)

次ぎに︑上述各勢力圏に於て︑海上売買の諸形態が如何様にして︑共法的地位を獲得するに至ったかついて更ら

に進んで

P e r d i c a s

教授の所見を紹介する︒

(

0

1

一八五0

年 ︶

0

年当時示された最も古い判例から察すると︑此種売買に関する解釈は民法上の原則から は離れなかった︑而して︑海上運送なる事実から発生する当事者の特殊義務が︑

一八三四年の交であったと一云ふ︒斯くして︑

曾に︑海上売買なる特殊売買形態の形成を認めたのみならず︑それに対する解釈に於ても︑民法による支配から全 く離脱するに至ったといふ︒これによって︑爾後︑海上売買に関する解療は︑法の一般原則又は民法上の原則に拠 るのではなく︑海上売買それ自身の有する特性を基礎として判定が下さる

4

に至ったものであると︒

以上を以て︑仏国に於ての海上売買形成の時期は確定されたのではあるが︑此時期即ち一八五

0

年に至るまで︑

此種売買が法上如何様に取り扱れていたかについて瀕って一瞥を与へる︒

当初に於てとられた解釈は︑ 示された判例の全体を通じて看取

4

る売買を所謂﹁

L a v e n t e  

l i v r

e r

﹂︵種類商品に関する先物売買︶なりとして民

法原則を以てこれを律したのであった︒しかし︑時の経過に従ひ︑これを民法上の

"

L a v e n t e  

l i v r e r

"

とは本質

的に異るものとして取り扱ふに至った︒民法上の﹁

L a v e n t e  

l i v r

e r

﹂は不確定物を目的としたものであったが︑

此新解釈による﹁先物取引﹂︑仮りにこれを﹁

L a v e n t e   m a r i t i m e

 

l i v r

e r

﹂と称するとせば︑此売買は︑契約完成

の目的物は︑確定物たり得るが︑契約の完成ほ商品到着の時まで延期さる

4

ものとするのであった︒叉︑此売買が

民法上の﹁

L a v e n t e  

l i v r

e r

﹂と異る点は︑契約を完成せしむるがために︑約定期間内に︑運送の提供を売主側に

され得るに至ったのは︑

0

年の頃に至って︑馬耳塞裁判所は︑ 仏国に於ては︑

(9)

及びルアン 見出されなかったのであるが︑

こ\︑

馬耳塞港と同程度の重要性を有していた北仏のル・アーヴル マルセイュ判決によって確定的

買 ﹂

義務づけることの黙示または明示ありとしたのである︒しかして︑此売買には条件つき性質は存在せずとするので

あったが︑船積によって︑特定さる

4

数重につき︑荷揚港に於て引渡し可能性が存在するに至ったとき契約の完成

一八三三年より一八五

0

年に至る間︑馬耳塞港に於て︑

L

a v e n t e  

l i v r

e r

﹂の名称下に於で発表された判決の全部は上述の解釈に於けるものであったと云ふ︒

新解釈の下に於ける﹁

L a v e n t e  

l i v r

e r

﹂︵便宜これを

L a v e t n e   m a r i t i m e

 

l i v r e r

と呼ぶ︶に於て不明確の状態

に残された点︑即ち︑商品の到着まで契約の完成が延期さる

4

解釈は︑従前より一層明確な一条件の形をとるに至

った︒その結果として﹁安全着船売買﹂

( L a e v n t e  

I ' h e u r e u s e   a r r i v e e )

なるもの︑或は︑特定船舶による着船売

( L a   v e n t e   p

a r a   n v i r e   d e s i g n e  

O U  

d e s i g n e r )

なる同系形態の出現を見るに至ったものである︒前者﹁安全

着船売買﹂の場合︑船名を指定することありとするも此揚合は単なる参考事項としての通告にすぎざるものとする

のではあるが︑後者﹁特定船舶による着船売買﹂の場合に於ては︑船舶の特定は︑売主側の主要義務とせられてい

たのである︒︵﹁馴三門言

I

0

に其形成を見るに至った︒たゞ︑

( R o u e n )  

﹁安全着船売買﹂は﹁特定船舶による着船売買﹂の普及に押されて慣行から漸次

共姿を没するに至ったものであると︒

0

年の交までは︑馬耳塞に於て認められた上記売買形態の成立を毀損するのが如き判例は︑何処に於ても

( L e   H a v r e )  

の両港に於ては︑馬耳塞判例の成果に対し何等貢献することなきが如き不正確なる判例が示

ル・アーヴル商事裁判所は一八五四年に於てすら尚﹁特定船舶による着船売買﹂に於ける条件 を見るものとすることが︑その特徴をなしていたのである︒

次いで此

ニ八

(10)

(

0

︱八九0

年 ︶

此時期に於て示された判例としては

Ex

Ship 系及び F•O•B

・売買に関するものであ 世紀の末期であったとせられている︒ 付妾性格か確認してお

4

ず︵言釘町●知●項巴︑同様にルアンに於ても馬耳寒判例を確畷してはいなかったと一云ふ

ル・アソ判例︶︑ル・アーヴル港は英の海港に近接し︑幾多旧来からの商憤習が存在して︑

らしき形態の発展を硯止したものと思われる︒ そのためこれ等新

此時期に於ける独乙の判例を見るに︑羅馬法の原則による解釈の限界外には出でず︑所謂﹁隔地売買﹂(Distanz

K a u f e

又 は

F e r

K a u f e )

  に於て認められた或種の特質が︑その判例に現れていたと一云ふ︒

(

Ab

la

de

ge

sc

ha

ft

)

って︑これら売買の出現に関しては︑前段︑既に略説したところである︒

此時期に於ける特徴は︑海上売買が︑第一時期に於て見られたよりも尚一層広汎な国際性を帯びて来たことであ

る︒而して︑前時期に於て出現した最初の海上売買なるものは︑仏国々法の解釈によって成生したものであるが︑

此第二時期に於ては︑馬耳塞裁判所の法的解粗は︑従前︑有したが如き優越性と指導力を失ふに至って︑これに代

って英国併びに独乙海港に於けるものが主導権を把握するが如き変化を見ること

4

此時期に於ては︑産業革命のあとをうけ︑大量貨物の国際間取引の増加が︑これに適応する売買形態の出現を必

要としたものである︒この要求に応ずるものとして案出されたのが即ちCAF(cif)売買方式であって︑此形

態を採用することによってのみ︑隔地間取引に於て投機的売買が可能となったのである︒斯くの如き大量売買取引

而して︑海上運送によ

の形に於ての海上売買が出現したのは逝におくれて十九

(11)

の独の﹁F

. O . B

.

i f

‑ G e s

c h a f

t ﹂より

0

年の交︱つの新 貿易界にとりての一大出来事であって︑北方圏 売主が買主の代理人たる立場をとって︑連送

C . )

に於て︑このようなことを指摘している︑即ち︑ ちに採用されて︑僅々十年を出でずして各国市場の認識を得ること

4

なったのである︒

CAF(Cif)約款なるものは︑其案出された当初に於ては︑売買契約の種類如何を問はず契約条項中に挿

入せられたものであった︒

R e n a

r d , ‑

, § ) 共著﹁仏法に於ける

C A

F

( L a

v e n t

e   C

a f

  en

r o   D

i t  

Fran~ais.

R•D.M.

0

年以後に於て︑新らしく出現した

CA F( ci f)

る約款が﹁不特定船舶による着船売買﹂叉は﹁特定船舶による羞船売買﹂の契約条項中に挿入された例が多々存在

して︑これに関して浩辮なる判例の示されたものが見出された︑

P e r d

i c a s

CAF(Cif)売買なるものは︑規則正しき発展過程を持ったものではなく︑彼

Gr

os

sm

an

n 

Doerth の説くが如く、 F•O

•B.契約に於て、

契約併びに附保の労をとったところのCAF(cjf)に発展したものとなす見解に

は与し得ない︑と論じている︒此約款

CAF(cif)

は単に物品の値段に関する略語であって︑英国商人の創意

4

り︑案出後︑間もなく一般︑貿易上の実際に使用せられるに至ったものである︒由来︑英国に於ては︑此種

の例は多々見うけられるものであって︑何等かの必要が発生すれば︑直ちに︑其対策が講ぜられるのが常であって︑

此事は︑法上の取扱ひに於てもまた同様である︒偶々此約款が案出され︑其実際的奴用が認識されたがため︑斯<

も速かに北方圏に普及し︑次いで枇界貿易界を風靡するに至ったものであると云ふ︒

CAF(cif)売買が北方圏に慣用せられるに至ったことは︑

に普及を見るや忽ちにして仏国の判例にも現はる

4

に至ったものである゜仏国に於ては︑

一方に於て︑鹿めて急激であったと同様に︑他方︑新らしく案出された

CA F( Ci f)

契約形態も直

(12)

ているものである︒ 性はもっている︒しかし︑これをより多く顕著ならしむるものは

C A F ( c i f )

売買に対肱する一形態として︑

これとは異った価格の構成に於て代金の決済が行はれる点であって、此事がまた

F•O•B

.売買の存在理由をなし

︐ 

ま ︑

C A F ( C i f )

売買が存在するからである︒

F•O

•B・売買も、勿論、ある程度の存在価値と重要

L A

V E

L L

O   : 

Ma

nu

el

o   C

mm

er

ci

al

 

(

1 8

5 9

)  

に記録せられてある︒ 一八五九年の交和蘭陀アムステルダム港との間に 此形態による売買は︑ 始まったことが看取されると云ふ︒ らしき約款として契約上使用されたが︑過去に於て︑此種約款の出現を予想せしむべき何ものも存在しなかった︑

独国に於ては一八七二年漢鑑商事裁判所に於て初めて其判例が示されたと一云ふが︑仏国に於けると同様過去に存

在した他の形態とは全然無関保に出現したものと云はれる︒これ等の点より察すれば︑

C A F ( c i f )

F .

0•B•

売買とは何等の相関性も有せざるものとせねばならない。

Grossmann

Do

er

th

の所論即ち

F . O .

B ‑ ' i

f ‑ G e

s c h a

f t

説は︑北方圏に於て行はれた取引の極めて少部分︑しかも︑英国と其殖民地間の取引に関して当て嵌まるにすぎな

かったものと一本はれている。独国に於ては、逆に、

F•O •B

。売買取引はCif取引の出現後に於て初めて慣用が

C A F ( c i f )

売買の出現は︑海上売買史第二時期に於ける一大特徴をなすものではあるが︑また︑此期に於け

C A F ( C i f )  

る F•O•B

・売買出現の事実も見逃すことは出来ない。たゞ

F•O •B

・売買なるものほ、法的見地からするも経済

的観点から察するも当時に於ては︑

C A F ( C i f )

売買に比して︑其重要性は遠く及ばぬものがあったのである︒

出現前既に慣用された地方も存在したものである︑

Fr

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co

  南方馬耳塞港に於て

bo

rd

の条件によって砂糖取引の行はれたことが

J.

F•O•B

・売買に対して特殊の意義を見出すこと

(13)

336 

則を忠実に遵奉して来たものであったが︑ル・アーヴルに於て︑此原則を適用したのは︑

あったと云ふ︑即ち︑北部仏蘭西に於ては北方圏の勢力に影響さる

4

こと特に多かったに帰因するものと推察され

る︒要するに︑仏国に於てほ︑当初︑

C A F ( c i f )

約款は︑物品価格を規制するものとしてこれを認め︑次い いた後であった︒例之︑馬耳塞裁判所に於ては︑ ︱つの海上売買形態としての地位が与へられ

0

年を以て始まる第二時期に於て完成された事実を要約すれば左の如くである︒

仏国に於ては︑これ等約款が商人間に使用が開始さる

4

や直ちに法上容認されたのではあるが︑

C A F ( C i f )

約款に関しては尚進んで︑解釈上幾多の変遷が見られ︑結局に於て︑

F . o .

B

.約款に関しては︑共解釈上に於て特に変遷は見られなかった︒しかして︑

C A F ( c i f )

に関しては︑北方圏に於ては︑当初︑単に価格の表示語として用いられたものであって︑物品の危険に関しては︑

二次的の問題として取扱はれていたものであった︒此物品危険の問題は︑此特殊約款の意味から推定したものであ

るか︑乃至民法上の解釈から結論を得たものかは論外として︑此売買に於ての危険負担の問題を決定したものは仏

国裁判所の創意であったと︒仏国裁判所に於ては︑此約款を敷術して︑これを︱つの契約に成形して︑

CAF

売買

なるものは︑船積港に於て履行され︑船荷証券によって︑物品占有権の移転が行はる

4

ものとなし︑船積によって

物品危険及び所有権の移転が行はれるものと定義を下したのである︒斯くの如くして

C A F ( c i f )

約款を契約

に成形化したことも馬耳塞裁判所の功績とせねばならない︒ル・アープルは馬耳塞で決定された原則に追従ほしな

がらも︑其判断に正確性を欠くところがあり︑馬耳塞裁判所の見解と完全なる一致を示したのも約六年の間隔をお

一八六四年六月以来︑運送中の物品危険は︑買主の負担とする原 HCAF(cif)

及び F•O•B

.売買の法的規制化

0年八月のことで

(14)

於ける危険に関しては︑考慮が仏はれてはいたが︑

C A F ( c i f )

売買に於ての特殊性としては取り上げず︑

共に仏国即ち馬耳塞裁判所の解釈に基くものとされている︒ 北方の創意に出でたものであるが︑他の二要素︑即ち船積による所有権併びに危険の移転︑書類の表徴的機能は︑ びに危険の移転及び書類の表徴的機能より成り立つものとしたのであるが︑其第一の要素としての価格の合一化は で︑これを︱つの契約に変形したものである︒而して︑其重要要素としては︑価格の合一化︑船積による所有権併

北方圏に於ては

C A F ( c i f )

の解釈上の発展は南方圏に於けるが如く︑しかく︑急速ではなかった︒独国

C A F ( C i f )

約款は︑商取引契約の内容補修の目的をもって使用されたものであった︒英国に於ては︑

此約款に︑なお広汎なる放力を与へてはいたが︑しかし価格表示関係以外には出でなかった︒尤も︑物品運送中に

八九三年﹁物品売買法﹂︵

S a l e

o f   G o o d s   A c t  

18

93

の一般原則に従って解決さるべき問題として取り扱はれてい

たものである︒叉︑書類の表徴的機能を正確に決定したのも︑相当の期間をおいたのちのことであった︒従って仏

国に於ける法的解釈に到達するまでには可成長期間を要したものとせられる︒

此ことは︑北方圏に於ける取引の実際に於て︑極めて重要な出来事であった︒此時期に於て︑北方地城に於て見

られたが如き広範囲にわたっての国際性を帯びた取引上の紛争を︑ある一国のみの法的解釈によって処理すること

は不可能事であり︑且︑関係当事国民の利益に於てこれを有奴に解決せんとすることは柩めて困雑事であったので

ある︒このため︑商人側に於ては︑その有する莫大なる取引上の利益を擁護するがため︑ある地域に於て︑叉︑共

取扱ひに属する部門の商品に関して︑関係商人間に組合組織を結成して︑各員の利益を擁護することが必要事とな

って来たのである︒それがためには︑各組合に於て標準契約様式を制定して︑規定された仲裁規定によって相互間

(15)

の紛争の解決を図ったものである︒英国に於ては︑これ等組合制定契約に対する法上の解釈は︑其有する伸縮性と︑

民心に植え付け得たところの信頼性によって或る租度︑共権威を保持することに成妓したものではあったが︑独国

に至っては︑事情を異にし︑仝国に於ける組合制度の発達柩めて急激であって︑数年ならずして強度の威力を有す

一方︑民法統一の業いまだならず︑そのため︑これ等契約様式に対して国法上の解釈を用いる

ことは極めて困難であったが如き状態であった︒斯くの如く︑第二時期の末期に於ては︑国々の法的解釈の犠牲に

於て︑組合標準様式の原則が確保且つ強化せらる

4

に至ったものである︒

此第二時期に於て︑特に注目される事柄は︑欧羅巴幾多の市場に於て︑地城別又は取扱商品別の商人団体の組

合結成の普及とそれぞれ取扱商品に関する海上売買標準契約様式の制定であった︒

﹁不特定船舶による着船売買﹂

( L a v e n t e   u r s

  e m b a q r u e m e n t )

此種売買方式

の発生理由として︑

G a u b e r

t

其他の仏学者の所説を見るに︑﹁此売買は蒸汽船航行が開始されたと共に慣用をみる

に至ンたものである︑当時に於て海上運送の安全がある程度に確保されたとすれば︑売主側としては︑契約上︑唯

単にある期間に物品を船積する義務のみを負担して︑買主に対しては︑船名を知らしむるを要せざる方法に拠り得

たものである﹂と云ふ︒而して︑此売買に於ては︑物品は売主の危険に於て運送されて︑荷揚げに当って引渡しが

履行されたものである︒此方法によった売買はCAF(Cif)売買の出現以前既に存在したではあらうが︑少<

とも此名称の下に於て締結された契約の判例は一八九

0

年前には記録されていない︒此種形態について示された判

一八九八年八月三日に於て馬耳塞︑

G従って此種形態の売買を以て﹁特定船舶による着船売買﹂と

CA F( ci f)

売買の仲介的形態なりと断

国最後の問題は︑ るに至った︒加之︑

一八九七年九月二十三日ル・アーヴルに於て︑その最初のものが示され

一 四

(16)

斯かる売買は︑原始形態における﹁先物売買﹂

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L i v r

e r )  

一 五

ずることは一つの膠見と一云ふことになる︒此売買に於ては︑物品の﹁特定﹂は荷揚港に於て初めて行はる

4

のであ

0

年以前に於て﹁

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nt ﹂が存在したりとする説を肯定するとせば︑蓋し︑

に該当したものであったらうと思惟される︒

如何となれば︑これ等の売買に於ては︑売主は荷揚港に於て引渡しを履行し得るよう船績を行はねばならない︑契 約上︑確定されたる︑叉は︑確定さるべき期間内に於て船積を行ふ義務は一八三

0

年以来︑海上売買に於ける一っ

の特徴であった︒此方式が改善発達を遂げて︑﹁特定船舶による着船売買﹂の形態となって︑船舶名特定の義務を 生ずるに至ったものである︒依之観之︑﹁不特定船舶による着船売買﹂

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第二時期の末期であって︑

C A F ( C i f )

売買に対肱して実現されたとするのが理論的であると察せられる︒

形態の主要点は︑確定期間内に船稼することの義務︵此要素はすべての海上引渡し売買に於ける条件である︶では なくて︑荷揚港に於て︑物品の﹁特定﹂が行はるべき事実である︒而して︑此場合︑売︑王は︑危険全部の負担に当

るものであって︑

C A F ( C i f )

売買に於て︑買主が物品危険を負担する事実と全く対照的である︒

ニ望戸ハ•五)の示している正確な意味である。此意味に於て、

以上は判例

所謂﹁不特定船舶による着船売買﹂

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に於ては︑売主は荷揚港に於

て物品の﹁特定義務を負ふものであるが︑斯かる﹁特定﹂不履行を回避するために︑船舶の﹁特定﹂を以て︑これ

﹁特定船舶による着船売買﹂

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に変形されるものである︶︒

これ等以外の売買は︑﹁普通の先物売買﹂に属するものであって︑﹁

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nt ﹂の表現は妥当で

に代えた場合︑此売買は sur em

ba

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が創始されたのである︒

るが故に︑物品の危険は全部売主負担に帰するものである︒

(17)

独国 白国

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0

年後に於ての海上運送状態は︑売主をして︑斯くの如き物品危険負担を可能ならしめ

0年前に於ては︑事情全く異り︑海上航行の安全も保証されず︑又︑商業的投機行為もこ

れを行ふに甚しく不利な状況にあったのである︒

組合団体の制定した標準様式の慣用が︱つの既成事実化して︑各様の契約

形態が恒久的に確定さる

4

に至った︒北方地域に於ての著名組合は次の通りである︒

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(碑

加尤

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( 晒 呼 物

此時期に於ては︑北方市場に亘って︑

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年 以 降 ︶

ない︒結論として︑

一 六

参照

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