(1) はじめに
(2) ローマ美術における天井装飾の系譜 (3) ローマ・カタコンベの天井画 (4) おわりに
初期キリスト教・ビザンティン美術の最重要ジャンルである、 聖堂内天井およびアプシスのモニュ メンタル・モザイク装飾の起源をキリスト教以前の宗教的世俗的建築の天井・ヴォールト装飾にた どる研究の歴史はすでに長い (注1)。 しかし、 異教モニュメントとキリスト教聖堂の中間に位置 するカタコンベ絵画における天井画を特に取り上げ、 その流れに位置づけることはほとんどなされ てこなかった (注2)。 この論文では、 古代末期の遺構としてもっともまとまった数と質を持つ、
ローマ・カタコンベの天井画をローマ絵画史の中に位置づける試みを行うことを意図している。
彩色ストゥッコ細工により色大理石の石積み壁面を模倣するポンペイ第1様式における天井装飾 については良く知られていない。 しかし、 現在まで残るヘレニズムの墓室のヴォールト天井装飾か ら、 おそらく広範なジャンルの建築装飾において、 石造あるいは木造の格間天井を模倣した天井画 が描かれていたことが推察されている (注3)。 このようにローマの天井装飾は、 具体的な建築再 現の 「騙し絵」 的手法という、 当時のローマ絵画全体に通じる原理をもとに開始されたと考えられ る。
第1様式に遠近法的要素が取り入れられ、 遠近画を背景に新たなジャンル (庭園図、 メガログラ フィア、 連続表現のされた歴史画、 風景画) が導入されたのが第2様式である。 いまだ壁画が建築
ローマ・カタコンベの天井装飾
宮 坂 朋
模倣である時、 天井も偽建築的であることは自然である ように、 第2様式の天井装飾の主流は、 格間や天井パネ ルの模倣である (挿図1) (注4)。 しかしながら、 第2 様式最古の天井装飾がモノクロで明暗調を施し、 木や石 の格間に最大限似せようとしているのに対し、 建築形態 は次第に分解し、 純粋に装飾的要素が入り込んでくるこ とになる。 同時に、 この第2様式から、 床・壁・天井の 間のパタンや構想の共有化が開始する (注5)。 すなわ ち、 室内のどの部分においても、 ストゥッコの風景画、
グロテスク・モティーフ、 放射状植物モティーフが登場 するようになるのである。
一方、 天井装飾の一分野であるモザイクは、 おそらく
ローマの共和政から帝政初期の発明によるもので、 より古い起源の床モザイクとは全く別の起源と 材料を持つ (注6)。 最初期の天井モザイクは、 ローマで洞窟 (グロット) が流行した時期のもの で、 軽石や貝殻を材料に使った洞窟内部を再現している。 ドゥンバビンによると、 格間を再現した 天井モザイクの最古の例は、 前70−50年のフォルミアのいわゆる 「キケロの別荘」 ニュンファエウ ムの例で、 第2様式的ではあるが、 床モザイクと同様に、 ストゥッコ細工から直接影響を受けて成 立している (注7)。 格間の中の充填モティーフは、 武具とロゼット文である。 また前1世紀にガ ラス・テッセラやファイアンスが材料として導入され、 次第に洞窟の模倣から解放されるようにな り、 墓や公共建築などにもヴォールト・モザイクが使用されるようになる。
第2様式では遠近法を駆使して、 突き抜けて ゆくような奥行きを持たせた堂々たる建築再現 が行われたが、 このイリュージョニスティック な 「偽建築」 が放棄され、 平面的で非現実的に なったのが第3様式である。 一方で、 細部の細 密描写は注意深く精確に描かれ、 特に中央壁面 に置かれた神話主題のタブロー画の重要性が高 まる。 「目騙し」 効果の放棄は天井装飾におい ても認められ、 建築再現の発露であった格間よ り純粋に装飾的で平面的なパタンや色彩の配置 が好まれるようになる。 また天井も中央に人像 を含む重要な場面が集められ、 同心円または左
右対称構成になり、 全面的な平面的パタン 総模様が登場し、 また全面に広がる有機的な様式化さ れない植物文も第3様式の特徴的なものである (挿図2) (注8)。 個々のモティーフは広い枠の中
に小さく置かれて余裕のある配置となっている。
ネロ帝の宮殿装飾を代表とする、 ローマで発生した様式であり、 第3様式を出発点としながらも、
劇場の書割 (スカナエ・フロンス)、 印象主義的風景画、 静物画、 神話画、 グロテスクと呼ばれる 装飾的帯の中に組み込まれた幻想的存在や実際的形態など、 鮮やかな色彩で様々な図式の混在する 方法で埋めるやり方である。 第4様式の天井装飾では、 ドムス・アウレア (黄金宮) で見られるよ うに、 デザインの範囲が以前よりずっと広がり、 壁と同様に豊かで夢想に満ちている。 ドムス・ア ウレアの 「金塗りの天井の間」 (挿図3) では、 矩形と曲
線からなる複雑なシステムで天井は分割され、 中央円形パ ネルに焦点が置かれる。 同心円・同心矩形に基礎を置く中 央集中システムと対角線方向の強調が指摘できる。 中央メ ダイヨンには 「ユピテルとガニュメデス」 という天空にふ さわしい主題が選ばれ、 あたかも天窓から覗いてみたかの ように表現されている。 しかし、 別の部屋では、 トロイア・
サイクルが主題として選ばれ、 特に天空と関係のない主題 も天井装飾の中央の絵画に登場する。 ストゥッコと絵画が 近接し、 同時に用いられる時には、 ストゥッコは彩色され たモールディングの枠組みとして使用される。 また至る所 にアラベスクとグロテスク文が登場するのも第4様式の特
徴である (注9)。 ポンペイやヘルクラネウムでは、 ドムス・アウレアより質の劣る作品が作られ るが、 ①中央に円形や多角形パネルを置き、 それが天幕の様相を示す場合もあるが、 ドムス・アウ レアより斜め方向の要素を加えたシステムの利用 (挿図4)、 ②天空の様式的再現を意図した等間 隔に置かれた星の表現、 ③部屋の機能にあわせた天井装飾 (例:冷浴室天井における海の動物の表 現)、 ④第3様式に起源のある、 壁紙的効果を持つ総模様、 などがその特徴として指摘できる (注10)。
天井モザイクにも第4様式絵画と近いモティー フが登場するが、 床モザイクとは関係が認められ ない。 ドムス・アウレアにおいては、 天井モザイ クに大胆なサイズの人像が登場するようになり、
特に 「ポリフェモスにワインを差し出すオデュッ セウス」 など、 スペルロンガなどの洞窟で好まれ た主題が引き続き採用されるのは興味深い。
2世紀以降の壁画の特徴は、 建築表現の単純化や解体、 大規模な神話場面への無関心である。 天 井装飾においては、 主にハドリアヌス帝別荘 (ヴィッラ・アドリアーナ) における建築的実験の影 響が大きい。 すなわち、 そこで試みられた交差ヴォールトや傘型あるいはパンプキン・ヴォールト などの新しいヴォールトやドーム建築の発展に刺激を受けた新しいタイプの装飾が登場する。 建築 において交差ヴォールトが優勢になると、 対角線の強調が天井装飾において顕著になる。 強い対角 線を強調するデザインが円筒ヴォールトにおいても登場するほどである。 傘型やパンプキン型など の多面的ヴォールトの天井装飾の残存例は少ないが、 オスティアの 「天井画の家」 第4室では、 四 隅をペンデンティヴで支えられた八角の傘型ドームは八辺が扇型に切り取られ、 あたかもドームに 張られた天幕の様相を示している。 (挿図5) (注11)。
2世紀以降には天井モザイクが増 加していき、 特にガリアや北アフリ カで多く作られ、 ニュンファエウム (泉屋) だけでなく、 水に関係した 浴場で特に多く、 墓や洞窟の伝統の もとにミトラス神殿で作例が多い (注12)。 また、 1〜4世紀に天井・
床・壁でデザイン・技術が共有され るようになる (注13)。
自然主義的な空間表現と建築再現志向は最大限に危機に瀕し、 白地に赤と緑の線による線条分割 システムが広範に登場する。 色彩は大幅に減少し、 天井も含む壁面は全体として抽象的な矩形に区 切られ、 あたかも 「蜘蛛の巣」 のようになる。 矩形の中にはスケッチ風の小さな 「カット」 が挿入 されるようになる。 このような傾向はカタコンベ絵画に典型的なものである。 また、 ① 「壁紙パタ ン」 の大流行、 ②格間にインスピレーションを受け、 床モザイクの効果に非常に近い多角形システ ム、 ③単純な格子パタン、 がこの時代の天井装飾の特徴として挙げられる (注14)。
2世紀にはすでに床モザイクと天井モザイクは、 イタリアにおいても北アフリカにおいても接近 していたが、 4世紀における二つの技術の交流を顕著に示す好例は、 サンタ・コスタンツァ聖堂 (337−351年) である。 周歩廊の円筒ヴォールトは、 白地に多色ガラス・テッセラと大理石を用い たモザイクで装飾される。 このモザイクは11区画に分割され、 6パタンに分類される。 すなわち、
マッティエの分類に従えば、 ① 「十字と八角形」 パタン (第1区画)、 ② 「星」 パタン (第2&11 区画)、 ③ 「ぶどう狩りとぶどう酒造り」 (第4&9区画)、 ④ 「巻き紐」 パタン (第3&10区画)、
⑤ 「小円」 パタン (第5&8区画)、 ⑥ 「奉納品」 (第6&7区画)、 である (注15)。
①と②は幾何学的なパタンで、 ②は床モザイクですでに非常にありふれたものとなっていたが、
①はそれほど多くはない (注16)。 いずれもリングに拠れば、 天井ストゥッコ装飾に起源が求めら
れるが、 床モザイク上でも長い伝統を持つパタンであり、 天井と床の相互関係を顕著に示すパタン となっている (注17)。 ④と⑤はそれぞれプットー、 プシュケー、 鳥、 動物、 花が入れ込まれた円 形の繰り返された総模様であり、 ④は特に床モザイクで一般的に使用された長い伝統を持つ。 ③は 葡萄摘みをするプットーと胸像の肖像が葡萄唐草に囲まれたもので、 ヴォールト立ち上がり直上に はぶどう酒造りの場面が置かれる。 これも床モザイクに非常に近い構成だが、 同様に天井に葡萄棚 を描くことは自然なので、 ヴォールト装飾も反映しているであろうことは想像に難くない (注18)。
⑥葉の付いた枝や果樹の枝、 雉や孔雀などの鳥類、 多種の銀器がばら撒かれ、 中央には前2世紀の
「ソソスの鳩」 のはるかな末裔である、 ボウルの縁にとまる二羽の鳩が置かれる。 輝く色彩の色ガ ラス・テッセラと金彩テッセラが多用されたこの上なく豪華な天井装飾となっている。 ドゥンバビ ンは北アフリカの床モザイクにおける比較例を指示しているが (注19)、 ヘレニズム起源のいわゆ る 「アサロトス・オイコス (散らかった床)」 のジャンルに属する床モザイクにおいて発展したタ イプである。 したがって、 辻佐保子氏が指摘するように、 紀元4世紀半ばには、 ヴォールトと床の レパートリーはもはや完全に相互に交換可能なものとみなされていたと考えることができるだろう (注20)。
このようにローマ天井装飾は、 イリュージョニスティックな偽建築による格間表現から開始し、
次第に建築模倣を離れて、 自由な絵画的創意や他のジャンルとの相互影響のもとにレパートリーを 増やしていった。
次にイリュージョニスティックな建築模倣から建築的要素の解体の方向へ進んでいったローマ絵 画史の中にカタコンベの天井画を位置づけることが妥当であろう。 カタコンベ絵画の開始する3世 紀以前にすでに天井装飾については次にあげる構成およびモティーフが出揃っていた:
①石造あるいは木造の格間天井、 あるいは洞窟の模倣
②放射線状構成
③同心円構成
④左右対称構成
⑤平面的総模様 (織物パタン)
⑥同心円 対角線構図 (中央集中)
⑦同心多角形 対角線+十字構成
⑧対角線構図
⑨全面に広がる有機的な様式化されない植物文
⑩天空の様式的再現 (星空)
⑪ヴォールト・ドーム・天幕の再現
①ストゥッコの風景画、 グロテスク・モティーフ、 放射状植物モティーフ
②中央パネルに人物を含む画面
③天空と関係する神話主題
④部屋の機能と関係する主題
⑤洞窟主題
⑥床モザイクのレパートリー (幾何学文、 複合多角形文、 組紐文など)
おもにヴィルペルトの図版 (以下 と略記) (注21) をもとに、 以降に発見されたアウレリ ウス家墓所、 ヴィア・ラティーナ・カタコンベ、 コモディッラ・カタコンベを追加し、 新たにロー マ・カタコンベ天井画のリストを作成した (巻末 表1)。 ここではまずローマ・カタコンベの天 井画の構成について考えることにする。
辻佐保子氏は、 円蓋装飾の数少ない残存作例として墓室装飾を取り上げ、 (1) 「四辺の中間にそ れぞれ四個の半円形を、 四隅に四分の一円を配する基本形」 : 9 38 73 130 210;(2) 「四辺に矩 形」 : 25 75;(3) 「四辺にトンネル型ないし超半円」 : 9 61 104 217 221;(4) 「対角線状な いし円環状に楕円」 : 3;(5)円形ないし八角形の放射線分割」 : 55 196、 の5つのタイプに 分類している (注22)。
非常に複雑ですべてがヴァリエーションにも見えるカタコンベ天井画を正当に分類することは難 しいが、 全面唐草と全面格間という2タイプを付け加える必要があるだろう。 したがって、 ここで は、 以下のように分類することが出来る:
(1) 全面唐草 (様式化されない) : 1 162
(2) 全面格間: 149 3 177 193 5 5 8 (3) 同心円・矩形: 4 34
(4) 回転した同心円・矩形: 63 1
(5) 同心円+対角線 (+十字形) 組合せ: 9 17 25 37 38 42 (72) (85 2)
(6) 「基本形」 (同心円 矩形枠四隅に四半円+四辺に半円 矩形) : 35 1 35 2 61 67 73 75 96 100 104 114 128 1 130 131 (158 2) 161 (171) 203 (217)
(7) 放射状: 196 9
(8) 対角線 (中央パネルは矩形も円形もあり) : 2 4 (33) 36 50 210 (9) 対角線 (中央パネルのないタイプ) : 221
(10) 十字 対角線: 56 (11) 亀甲タイプ: 55 (12) アプシス模倣: 252
3世紀の天井を区画する線が細く軽やかであるのに対し、 4世紀にはより重厚に帯状の仕切りに なるといった一般的な法則が認められる。 そのほかに、 4世紀にはより多くのパネルを用意して、
なるべく数多い聖書主題を並べる必要が出てきたようである。 枠には建築再現の目騙し効果より聖 書主題に対する 「額縁化」 が目立つようになる。 構成 (1) の全面唐草は3世紀から4世紀まで変 化なく登場するが、 4世紀には四季が組み込まれ、 単なるぶどう棚などの庭園の東屋再現ではなく なる。 一方、 最も歴史の古い格間は、 3世紀にはなく、 4世紀後半になって登場する。 紋切り型で はあれ、 影付けがされて、 アウグストゥス時代に遡る意図的な 「レトロ趣味」 が表現される。 おそ らく同様な懐古趣味から、 3世紀の早い時期に登場した対角線構図が四世紀の遅い作例 ( 233) にも再び取り上げられる。
天井画中央画面に選択された主題については、 圧倒的に多いのは、 羊飼いである。 最初期には羊 を肩に担いだいわゆる 「クリオフォロス」 のタイプの 「善き羊飼い」 が多数を占めるが、 次第に放 牧するタイプやトゥニカをまとった哲学者タイプ、 群を裁く 「最後の審判」 図像が登場し、 多様化 とキリスト教化を示す。 これは、 最初期においては、 非キリスト教の墓地であるアウレリウス家の 墓所にも現れるように牧歌的な生活の理想や平和、 神に対する犠牲獣を肩に担ぐ敬神を象徴する図 像であったことによるだろう。 同様にキリスト教徒の墓室であっても、 ゲニウス (守護神) やプッ トーなどが3世紀には多く登場することは興味深い。 内容的にはすでに形骸化しているとはいえ、
羽が生え、 軽やかな羽衣をまとい、 飛翔する存在として天井に古くから選択されてきた伝統の上に のっていると同時に、 墓室という機能にもふさわしいものとして選択されている。 聖書主題が選択 されることは少なく、 それぞれ墓( 方舟)からの救済に満ちた復活 (ノア)、 裸で表現される死者 の魂が救われ感謝の祈りを捧げる (ダニエル)、 死者の復活 (ラザロの復活)、 終末における再臨と 裁き (キリストと使徒) として、 墓室の機能に見合った主題である。 このような機能に応じた天井 の図像選択はすでにポンペイ第4様式には十分発展していた。 四世紀後半にはキリスト教国教化と 異教禁止に伴い、 貴族たちの間の異教復活の動きがあり、 それに対応して、 ゴルゴン、 異教的な哲 学者像、 擬人像などが選択されるのは自然なことであった。
このようにローマ絵画史の中でカタコンベの天井画を考えてみると、 「(12)アプシス模倣」 タイ プを除き、 すべてのタイプがヘレニズムからローマ帝政期に十分発展し繰り返し使用されたタイプ であることに気づく。 このアプシス模倣のみが天井画の歴史の中で新しいものであり、 かつ、 アプ シスと天井の意味上のつながりを示唆しているといえる。 同時に、 プラネタリウム的な星をちりば めた天空表現が完全に欠落していることも指摘したい。 カタコンベの天井は、 救済に関する聖書の 物語を繰り返し選択しながら、 意図的に天空表現を避けている。 5世紀のラヴェンナのガラ・プラ キディア廟やナポリのサン・ジョヴァンニ・イン・フォンテ聖堂に瞬く満天の星の表出には、 力強 い十字架の出現を待たねばならなかったのであろうか。