人間の安全保障委員会最終報告(緒方=セン報告)
著者 越田 清和
雑誌名 PRIME = プライム
号 18
ページ 63‑67
発行年 2003‑10
URL http://hdl.handle.net/10723/559
「人間の安全保障委員会」 は2003年5月に同委 員会の最終報告書 (原題は 、 ただし以下では 緒方=セン報告 と略称) を発 表した。 この委員会は2001年1月にコフィー・ア ナン国連事務総長が設立を発表し、 同年6月に緒 方貞子・前難民高等弁務官とアマルティア・セン 氏 (ノーベル経済学賞受賞者) を共同議長として 設立された独立の委員会である。 ただ国連事務総 長が委員会の活動に強い期待を表明し、 国連の密 接な協力を約束したことに示されるように、 国連 の活動と深くつながっている。 「人間の安全保障」
は、 1994年に発表された国連開発計画 () の 人間開発報告書 1994年版 (以下、
報告 と略称) で広く紹介されて以来、 多くの議 論をよんでいる概念である。 緒方=セン報告 は、 報告 に次ぐ、 「人間の安全保障」 に 関する国際的な公文書と言ってもよいだろう。 こ こでは、 報告 と比較しながら 緒方=
セン報告 について考えていく。
報告 では、 「領土偏重の安全保障か ら、 人間を重視した安全保障へ」 「軍縮による安 全保障から、 持続可能な人間開発 による安全 保障へ」 と安全保障の考えを切り替えることを提 唱し、 経済・食糧・健康・環境・個人・地域社会・
政治の七分野を、 「人間の安全保障」 を構成する 分野としている。 また東西冷戦体制が崩壊したこ
とを重視し、 世界大での軍縮を呼びかけ、 軍縮に よって生じる財源を 「平和の配当」 として 「人間 の安全保障」 のための基金とすることを提案して いるのも大きな特徴である。(1)
これに対して 緒方=セン報告 は、 まえがき、
第1章 「今こそ人間の安全保障を」、 第2章 「紛 争下にある人びと」、 第3章 「移動する人びと」、
第4章 「紛争からの回復」、 第5章 「経済安全保 障:選択する力」、 第6章 「人間の安全保障と健 康」、 第7章 「人間の安全保障のための知識と技 能、 価値観」、 第8章 「人びとの安全保障を進め る方法」、 という構成になっている。 これを見る と、 緒方=セン報告 では人々の安全を脅かす ものとして再び 「紛争」 に焦点があたっているこ とが分かる。
このため、 報告 が 「人びとの自立」
という個人や集団の権利を重視していたのに対し、
緒方=セン報告 は 「保護 ( ) とエン パワーメント」 (第1章) という、 国家や国際機 関が 「人びとに与える」 概念を重視している。 こ れが 緒方=セン報告 と 報告 との大 きな違いの一つである。
もう一つの特徴は、 「国家は依然として安全保 障の主要な提供者であり」 「人間の安全保障は国 家の安全保障 ( ) を補完するもので ある」 (2ページ) と、 国家の安全保障を前提に
平 和
人間の安全保障委員会最終報告 (緒方=セン報告)
越 田 清 和
(アジア太平洋資料センター理事)
することを明確に述べている点である。 これに対 し 報告 は 「国家の安全保障 ( ) という狭義の概念から、 人間の安全保 障 という包括的な概念に移行すべきときである」
(24ページ) と、 人間の安全保障という新しい概 念を前面に押し出し、 これに強制力を持たせるた めのグローバルな社会契約である 「世界社会憲章」
を提案していた。 また 「平和の配当」 についても、
1) 年3%の軍事費削減、 2) 先進国に対して、
海外の軍事基地を閉鎖し、 軍事援助をやめ、 兵器 輸出産業に助成金を出さないよう説得する、 こと などを提案した。 ここには、 軍事を中心とした国 家安全保障理論こそが、 人間の安全保障とりわけ 第三世界に住む人々の安全を脅かすものだという 認識がある。
報告 作成の中心を担ったマブーブル・
ハクは、 開発途上国で1960年から87年の間に軍事 費が増加したことに注意を向けるべきだとし 「多 くの貧しい国では、 領土の安全保障への外的脅威 はあまり見受けられない。 だが多くの場合、 自国 民を弾圧するために独裁政権によって軍が利用さ れてきた。 豊かな国もしばしば、 開発途上世界の 市場を獲得するために兵器輸出業者へ助成金を与 えることによって一役買っている」(2)と、 開発途 上国の独裁政権とそれを支えた欧米など武器輸出 国が 「国家安全保障」 という論理を使って、 自国 の民衆への攻撃を行なってきたことを指摘してい る。
緒方=セン報告 では、 この視点が後退して いる。 グローバルな軍縮を訴える代わりに、 2000 年の国連ミレニアム総会で採択された 「ミレニア ム開発目標」 と同じような 「人間の安全保障のた めのグローバル・イニシアティブ」 を提唱してい るにとどまっている (第8章)。 このイニシアティ ブの主たる実施主体 (アクター) は国家と国際機 関のようである。
また第2章 「紛争下にある人びと」 で、 国際犯
罪やテロ組織などを新たな脅威とし、 「人々を保 護するための共同責任に焦点をあてた新しい多国 間戦略が必要だ」 (23ページ) と述べる。 この場 合、 安全を保障する主体は、 あくまでも国家と国 際機関である。 2001年9月11日の世界貿易センター への自爆攻撃を直接のきっかけとして、 この 「新 たな脅威」 に対するグローバル・セキュリティの 構築という考えが強くなってきた。 2002年9月に 米国が発表した 米国国家安全保障戦略 ( ) (ブッシュ・ドクトリン) では、 新た な脅威である 「ならず者国家とテロリスト」 に対 しては 「必要とあれば先制的な行動をとる」 と宣 言し、 2003年3月にはイラクに対する攻撃を行な い、 それを現実のものとした。(3) また米国が呼び かけた 「反テロ連合」 に世界のほとんどの国が賛 意を示したことからもわかるように、 米国が主導 する軍事的な 「グローバル・セキュリティ」 はす でに現実化している。 緒方=セン報告 には、
米国の単独行動主義に対する批判はある。 しかし
「反テロ戦争」とそれに伴って世界中に広がった
「反テロ法」制定などの動きが、 東南アジア諸国に おける軍事化の進行や欧米諸国における移民・難 民への管理強化などの形をとって 「人間の安全保 障」 を脅かしていることについて正面から切り込 もうとはしていない。(4)
現実に進む 「人間の安全保障」 を脅かす問題を 正面にすえて分析していないという点は、 「経済 の安全保障」 (第5章) にも共通する。 たしかに
「貧困や剥奪と武力紛争のつながり」 や 「経済的 な不正義と不平等がコミュニティを分裂させる」
(7ページ)、 あるいは 「最貧層に届く成長」 が必 要だ (75ページ) という指摘が示すように、 これ までの経済成長が、 グローバルおよび国内レベル での経済格差を拡大させ、 人びとの中に経済的な 不安を作り出してきたことをはっきり認識してい る。 ところが報告では、 こうした経済的な不安を 人間の安全保障委員会最終報告
加速化させ、 世界中から批判の声があがっている
「グローバル化」 とその推進アクターである世界 貿易機関 () や国際通貨基金 () ・世 界銀行などについて、 はっきりと問題を指摘して いない。
緒方=セン報告 は 「経済成長は収入におけ る貧困をなくすためには不可欠である」 とし、
「市場と貿易」 を重視する立場をとっている (75 ページ)。 その上で、 富の再分配や国際貿易にお ける 「先進国」 の保護主義の緩和、 貧困層の経済 プロジェクトへの参加、 ソーシャル・ミニマム (社会的最低限度基準) などを提案している。 ま た具体的な提言として、 「公平な成長」 を実現す るために、 国連のミレニアム開発目標 ( ) を最優先させることをなどにも同意させる ことをあげている。 第8章 「人びとの安全保障を 進める方法」 では、 「フェア・トレードや最貧層 が恩恵を受ける市場」 を掲げ、 新自由主義的な市 場万能主義の方向を変えようとしている。 しかし、
グローバリズムへの抗議が世界中に広がり、 その 象徴的存在であるの正統性と貿易自由化政 策こそが問題になっていることを考えると、 緒 方=セン報告 の指摘はあまりにも控え目に見え る。
人間開発報告書 2002年版 は、 「グローバ ルなレベルで民主主義を深化させる」 というテー マを掲げ、 、 世界銀行、 など国際機関 が非民主的なものであることを問題にし、 参加と 民主主義の原則を提起している。(5) そこには、 グ ローバルな社会運動の問題提起を受け止めないか ぎり、 グローバルな民主主義は確立できないとい う認識がある。 緒方=セン報告 ではこの視点 が弱いのが残念である。 「人間の安全保障」 をう たっているにもかかわらず、 安全を脅かされてい る人びとの怒りや悲しみから安全を考えるという 視点が弱い。 とくに貧困根絶と平和を求めるグロー バルな社会運動への言及はほとんどない。
グローバルな社会運動の主張をそのまま採用す ることはないだろうし、 それがいいとも思わない。
しかし、 少なくともそこで主張されていることと
「人間の安全保障」 (あるいはインセキュリティ) とがどう関連しているかについて考察する必要が あったのではないだろうか。 武者小路公秀らは、
当時、 報告を作成中であった 「人間安全保障委員 会」 に書簡を送り、 「一般に 人間安全保障 を めぐる議論は、 具体的な構造的・制度的諸問題を 避けるかたちで行なわれて」 おり、 「国家安全保 障 (言い換えれば軍事的安全保障) と 「人間安全 保障 (すなわち 「人々」 の安全保障) の間にある 諸矛盾に挑んでいない」 と指摘したが、 この批判 は、 依然として有効なのである。(6)
「報告を活かすために…」
国際政治における米国のヘゲモニーが極端に強 まった現状を考えたとき、 緒方=セン報告 に あるポジティブな側面を強調し、 新しい国家安全 保障原理 (グローバル・セキュリティ) と市場万 能主義への傾斜を押しとどめることが必要だと、
私は考えている。 「人間の安全保障」 のもつ可能 性を捨て去るのはまだ早いという観点から、 緒 方=セン報告 に含まれるポジティブな側面を指 摘したい。
第一は、 米国の単独行動主義 (「米国」 と名指 しはしていないが) を批判している点である。
「いかなる国家であろうとも、 自国の利益のため とはいえ、 無制限な国家主権を主張することは現 実的ではない」 と述べた上で、 「単独行動権の主 張は、 他者からの交戦権の主張をもたらす」 (12 ページ) と述べ、 国際協調主義を強調する。 また 安全保障に関する議論のほとんどが 「対テロ戦争」
に関するものとなっている現状への危機感を強調 し、 それが高圧的かつ短期的な戦略にのみ焦点を あてており、 国家テロの問題を無視していること を指摘している (23ページ)。 いま進んでいる
「対テロ対策」 が 「テロ集団」 の取り締まり強化 に焦点をあて、 これまで軍や警察が行なってきた 軍事作戦や弾圧を正当化する傾向が強くなってい ることを考えると、 この指摘は大きな意味をもつ。
また国家安全保障論理が強調されることにより、
朝鮮民主主義人民共和国に対する人道援助が核問 題での取引材料にされることへの懸念も表明され ている (5ページ)。 ここにも、 米国の突出した 行動とそれに追随する日本政府に対する批判に通 じるものを見ることができる。
第二は、 人間の安全保障と人権、 人間開発が切 り離せない一つのまとまった概念として提起され ている点である。 この一体性を視野に入れること によって、 「公正な成長」 の必要性や開発によっ てもたらされるマイナス面は 「人間の安全保障」
に関わる問題であることが、 より明確になってく る。
すなわち、 緒方=セン報告 は、 平和と開発 が深くつながっていることを指摘している (7ペー ジ)。 開発にともなう不平等な処遇 (開発の恩恵 を受ける集団と犠牲となる集団) や剥奪が紛争の 原因 (インセキュリティ) を作り出すことにつな がっているという指摘は、 援助 (人道援助を含む) の実施の際に、 留意されるべき点である。 日本政 府は 「人間の安全保障」 を外交の柱の一つとし、
を活用して 「人間の安全保障」 を実現しよ うと考えている。 そのためには、 この報告の指摘 にあるように開発とインセキュリティについて具 体的な事例を通じた調査を行い、 紛争と援助に関 するきちんとしたガイドラインを制定する必要が あるだろう。
第三は 「人の移動」 について独立した章が設け られた点である。 この章では 「反テロ戦争」 によっ て 「国家安全保障」 という名目で 「不法移民」 の 即時拘禁や国境地帯での強制送還が広く行われて いる問題、 さらに 「国家安全保障原理」 による犯 罪組織との戦いというアプローチでは、 人身売買
の犠牲者である女性や子どもが 「不法入国」 者と いう犯罪者として扱われることが多かったという 問題についても指摘している。 そこでは、 グロー バルな人の移動について国家安全保障という観点 では対応できないことが明確にされ、 人権や被害 者の保護という視点を重視した国際的枠組みが提 案されている。 人身売買を女性への暴力の一形態 として考えようとする動きがようやく定着し始め た現状を考えたとき、 「人間の安全保障」 を前面 に出して 「国家間の人の移動」 についての原則を 立てていく必要がある。
「安全保障」 はいま再び国家の最重要課題となっ ている。 米国がグローバルな 「反テロ戦争」 を行 なう意思を明確にし、 世界の大多数の国家を 「反 テロ連合」 に参加させることによって、 「グロー バル・セキュリティ」 という名によるグローバル・
ミリタリズムが浮上してきたからである。 その
「宣言」 こそが 米国国家安全保障戦略 だとと らえることができる。
緒方=セン報告 は、 この 米国国家安全保 障戦略 と対立的な安全保障原理である。 その意 味で、 私たちはこの報告を正面から押し立てて、
グローバル・ミリタリズムに巻き込まれようとし ている国連や日本政府の政策変更を求めていくこ とができる。 しかし、 それにとどまるだけでは、
国家や国際機関が与える 「人間の安全保障」 で終 わってしまう。 政策の変更を求めると同時に、 グ ローバル・ミリタリズムとグローバル経済の犠牲 となっている人びとや反対している人びとのネッ トワークを広げ、 「非軍事・非武装の社会」 「人間 を優先する経済」 を軸にした 「国家を主体としな い人間の安全保障」 をより積極的にめざしていく 必要がある。
註
(1) 国連開発計画 人間開発報告書1994 日本語版 、 国際協力出版会、 1994年。
人間の安全保障委員会最終報告
(2) マブーブル・ハク 人間開発戦略−共生への挑 戦 、 日本評論社、 1997年、 153ページ。
(3) 米国国家安全保障戦略 は
を参照。
(4) 「人間の安全保障」を使って米国を中心とするグ ローバル覇権を「改良」していくというグローバ ル戦略については、 武者小路公秀 「 人間の安全 保障 とグローバル覇権の顔―非改良主義的改 良のための政策科学を目指して」 平和研究
第27号 2002年11月を参照。 また反テロ戦争に よって東南アジア各国などで広がった 「反テロ」
政策や国内治安法が人びとの安全を脅かす問題 については 月刊オルタ (アジア太平洋資料セ ンター) 2002年11月号の特集 「グローバル戒厳 令」 を参照。
(5) 国連開発計画 人間開発報告書 ガバナンスと 人間開発 、 国際協力出版会、 2002年。
(6) 武者小路公秀他 「 人間安全保障 についての公 開書簡」、 世界 、 2002年5月号。