国際人道法:どのような学びを提供するか
著者 東澤 靖
雑誌名 明治学院大学法学研究 = Meiji Gakuin law journal
巻 109
ページ 57‑86
発行年 2020‑08‑28
その他のタイトル International Humanitarian Law: Studies to Be Provided
URL http://hdl.handle.net/10723/00003969
国際人道法:どのような学びを提供するか
東 澤 靖
大学の学部の授業で「国際人道法」を開講するに当たり,どのような学びを 提供するのか,それが本稿の課題である。
筆者は,これまで国際法や国際人権法の授業の一部として,武力紛争法や国 際人道法に触れることがあった。また,明治学院大学国際平和研究所が提供す る「現代平和研究:赤十字講座」という授業の中で,現代の武力紛争や人道支 援に関わる法的基礎知識を提供することはあった。しかし,「国際人道法」を 単一の学問領域として扱い,その授業を提供することはしてこなかった。日本 においては,他の通常の法学部教育においても,国際人道法を単一の学問領域 として授業を提供することは,あまり例がないように思われる。
諸外国の法学部あるいは大学院の授業においては,しばしば国際人道法とい う科目設定がなされており,そのためのテキストやケースブックも多く存在す る。そして,日本の大学の学部においても,これまで国際人道法が単一の学問 領域として開講されず,また後述するように,開講されなかった理由がいかな るものであっても,それを行う必要性は今後高まって行くであろう。その必要 性は,世界における多くの国際人道法の科目のそうであるように,武力紛争に 関わる軍隊の実務家に向けられた規則の教育というわけではない。むしろ,さ まざまな職業と生活にあって,世界をどのように観察して分析し,その指針を 見出す能力を身につけるのかという,いわば市民のための国際人道法を学ぶ必 要性である。
以下では,そもそも国際人道法とは何か,それを能力ある市民を育てる大学 教育が扱う必要性,国際人道法の歴史的な位置づけ,そして授業の構成を描き
出してみることとしたい。
第1.国際人道法とは何か
国際人道法という学問領域を考えるに際して,まず直面する問題は,それが どのように定義され,どのような分野の法を対象とするかということである。
国際人道法が国際公法の一分野を占める法領域であることには異論はないが,
定義や対象とする法については,論者によってさまざまである。
国際法は,かつては,平時国際法と戦時国際法に分かれるとされ,ひとたび 戦争が起こると,スイッチを切り替えるように,まったく異なる枠組みの国際 法が起動するとされていた。例えば,平時では,他国の国民を殺傷することや,
その財産を破壊することは,基本的に違法であり,それを行った者の処罰や,
国家責任の原因に結びつく。ところがひとたび戦時になると,そうした殺傷や 破壊を含む戦闘行為は,国家主権の発動であるとして,一定のルールに従う限 り,国家や個人が免責されることになる。
そうした戦時国際法の中でも,2 つの法領域が独立して存在することが受け 入れられるようになった。一つには,戦争の可否すなわち戦争を開始すること が許されるのかどうかに関わる法(jus ad bellum)であり,もう一つは,ひとた び開始されてしまった戦争における行為の可否すなわち戦争でどのような行為 が許されるのかに関わる法(jus in bello)である。前者は,20 世紀初頭まで支 配的であった無差別戦争観,すなわち主権国家が行う戦争の是非や合法性を国 際法が判断することはできないという考え方の下で,正当に戦争を開始するた めの要件や手続を定める開戦法規,あるいは戦争の当事国から中立を保つため の中立法規などを含んでいた。他方で後者は,戦争の可否や開戦法規とは関わ りなく,いったん戦争が開始されれば(加えて戦争に備える準備行為の中で),戦 争の当事国が自ら及びその軍隊に守らせなければならない諸規則であり,戦争
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法あるいは戦争法規などと呼ばれるものであった。
この戦争法規は,攻撃対象や戦闘の方法・手段の規制,あるいは戦争の犠牲 者の保護(傷病兵士,捕虜,文民)などにおいて,次第に対象を広げ,内容も詳 細なものとなっていった。そして,1945 年の国連憲章が,あらゆる武力の行 使と威嚇を原則として違法とする中で,戦争という法概念は,正規の戦争とそ れ以外を区別しない,武力紛争(armed conflicts)という概念に置き換えられて いく。その中で,次第に従来の戦争法規は,正規の戦争に限らずすべての武力 紛争を対象とするため,武力紛争法という呼称が用いられるようになっていく。
一方で,戦争法規あるいは武力紛争法を支える重要な原則の一つは,「人道」
(humanity)であった。「人道」あるいは「人道の法」という考え方は,武力紛 争法において,戦闘の方法を初めて条約によって規制した 1868 年のサンクト・
ペテルブルグ宣言で用いられた。さらに,その考え方は,1899 年と 1907 年の 2 度にわたるハーグ平和会議において採択された「陸戦の法規慣例に関する条 約」(ハーグ陸戦条約)の前文における有名な「マルテンス条項」(Martens
Clause)
として定着していく。この条項は,完全な戦争法規の法典が制定されるまでは,「文明諸国間で確立された慣行,人道の諸規則及び公共良心の要求 より生ずる国際法の諸原則の保護及び支配の下に置かれる」として,たとえ明 示の戦争法規が求めていない場合でも,人道の法が支配するものとした。もち ろん,戦争法規や武力紛争法は,戦闘員の殺傷・破壊の特権をはじめ,軍事的 利益を人道の名の下に否定するものではない。しかし,戦闘行為の是非を判断 するバランスの一方に人道の法がおかれてきたことは間違いない。
戦争法規や武力紛争法という呼称に加えて,国際人道法という概念が初めて 公式の場で用いられたのは,1971 年の「武力紛争に適用される国際人道法の 再確認と発展に関する赤十字の専門家会議」であるとされる。この会議を主導 した国際赤十字委員会(ICRC)の報告書は,国際人道法を,「明らかに人道的 性質を有する武力紛争法の規則,すなわち人および人に不可欠な者を保護する
規則を指す。」としていた。この用法によれば,国際人道法は人道的規則に関 する武力紛争法の一部を指すと理解することも可能である。しかし,その後の 国際文書や国際人道法に関する文献において,国際人道法は,武力紛争法その ものと同視されて,特段の区別なく使用されることが一般的となっている。そ のため国際人道法の定義も,表現の差はあっても,武力紛争において適用され る法,あるいは武力紛争に関連して適用される法であるとされてきた(参考:
藤田 2-4 頁)。
他方で,国際人道法の概念は,武力紛争を前提しない文脈で用いられること がある。典型的なものは,後に触れる国際刑事法が対象とする国際犯罪であり,
国際刑事法は,今日の武力紛争法の重要な履行確保手段として存在する。しか しながら,国際刑事法が対象とする国際犯罪は,必ずしも武力紛争を前提とし ないものが含まれている。例えば,国連安全保障理事会によって設立され,武 力紛争法の解釈にも豊富な先例を提供してきた旧ユーゴスラビア国際刑事法廷
(1993 年:ICTY)とルワンダ国際刑事法廷(1994 年:ICTR)は,その設立の規 程において,「国際人道法の重大な違反に責任ある者を訴追する権限」を持つ とされる。そしてその対象とする国際犯罪には,武力紛争法の下での戦争犯罪 のみならず,武力紛争法を前提としないジェノサイド犯罪と人道に対する犯罪 も含まれている。つまり国際人道法は,平時における一定の重大な人権侵害を 含む概念としても用いられているのである。また,国際刑事法ということで言 えば,同じく国際犯罪に含められている平和に対する犯罪あるいは侵略犯罪も,
かつて戦争法規から区別された開戦法規に関連するものであり,国際人道法の 対象とされるかも知れない。このようにして,国際人道法という概念は,時と 論者によって,武力紛争法と同視するのが一般的である一方で,武力紛争法の 一部のみを意味したり,逆に武力紛争法以外の分野も含んだりすることがある。
もちろんここでは,国際人道法の対象や定義を探求することを目的としてい るわけではなく,問題は,「国際人道法」と題する授業がどのような法分野を
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対象とするのが効果的であるのかということである。そのためには,国際人道 法と武力紛争法をまったく同じ法分野として扱うことは,学ぶ者にとって混乱 の原因となるかも知れない。そして,以上から導かれるのは,国際人道法は,
武力紛争法をその大きな構成要素としながらも,国際刑事法や重大な人権侵害 に関する法や開戦法規の概要を含めることなしには,全般的な学びを提供する ことが困難だということである。また,全般的な学びという点では,武力紛争 法がその中に含んでいる中立法規に関する理解も必要となるであろう。
以上を踏まえて,「国際人道法」の授業においては,便宜上ではあるが,国 際人道法を,武力紛争の事態に関する武力紛争法及びその他の明らかに人道的 性質を有する状況を扱う国際法とする。それには,武力紛争法を中心としなが ら,重大な人権侵害の規制や国際刑事法が含まれることになる。
第2.国際人道法の学びの必要性と内容
すでに述べたように,日本の通常の大学教育においては,国際人道法を独立 の法分野として教授される例は,少ない。他方で国際公法の中でも,国際人道 法の中心をなす 1949 年のジュネーブ諸条約は,国連の全加盟国とオブザーバー 諸国(バチカン,パレスティナ)が締約国となっている,普遍的な国際公法である。
なぜ,国際人道法は,独立の授業として取り上げられてこなかったのだろうか。
一つの,そして日本国内で学ぶ学生にとって幸運な理由は,国際人道法が日 本においては日々の生活やその進路にあまり関連しない法であるということか も知れない。国際人道法の主要な部分をなすのは,武力紛争における害敵手段 の規制や,武力紛争の影響を受ける者の保護を定める武力紛争法である。しか し日本は,アジア太平洋戦争の反省の上に,戦争を放棄し,戦力を持たず,交 戦権を認めないという憲法(9 条)を持っている。そして実際にも 70 年以上に わたって武力紛争に直接に関わることはなかったし,希望としては,近い将来
においても,日本社会は,武力紛争に参加し,その直接の影響を受けることは 想定できない。憲法の存在にもかかわらずその任務を拡大してきた自衛隊にし てみても,その実際の活動の中で国際人道法に直面することは,きわめて例外 的なものであろう。現行法のもとで自衛隊は,その防衛出動の際にのみ認めら れた武力行使においては「国際の法規及び慣例による」(自衛隊法 88 条)とさ れるのみであり,それ以上に国際人道法への言及はない。
結局のところ,日本社会においては学ぶ必要性がない,そのことが国際人道 法を大学の授業で取り上げることを必要としなかった最大の理由であろう。
もう一つの理由は,国際人道法,特にその中心をなす武力紛争法そのものに あるのかもしれない。すなわち,武力紛争法は,一方では考慮すべき多数の法 源があり,他方で,1949 年のジュネーブ諸条約を中心とする国際文書は,き わめて多様な武力紛争の局面を想定した,詳細かつ多くの技術的な規定を含ん でいる。それらの国際文書は,しばしば相互の関係も明確にされないまま累積 している。ひと言でいえば,その対象はあまりに多くかつ複雑である。
もちろん,それらを総括した慣習国際法を確認する試みも,ICRCの主導に よって行われてきているが,ICRCの研究が提示する慣習国際法の内容には異 論も少なくない。さらに,冷戦後の内戦の急増,AI兵器やサイバー戦など新 たな戦闘手段の広がりにもかかわらず,1977 年の追加議定書以降,個別の兵 器の規制を除いて,武力紛争に関わる新しい条約は採択されていない。このこ とは,諸国家が,自らの軍事活動の手足を縛るような国際法の法典化に,きわ めて消極的であることを示している。さらには,現実に世界各地で生起し続け,
時には終わりの見えない武力紛争や残虐行為を知る中で,武力紛争における法 に実際にどれだけの意味があるのかという絶望感をもたらすかも知れない。
しかし,武力紛争法をめぐるそうした事情は,一般的なものであって,日本 における国際人道法の学びを妨げるものではない。
それでは逆に,大学の学部生に,しかも将来のキャリアとして武力紛争や軍 62
隊に関わることもまったく想定していない学部生に,国際人道法の授業を提供 することの意味はどこにあるのだろうか。そして,その授業における意味のあ る学びはどのようなものだろうか。
第一に,意味については言うまでもない。日本社会は,世界の動きとは無縁 ではなく,そして少なからぬ大学卒業生は,その仕事や生活を通じてそうした 世界の動きと,ますます関わっていくことになるだろう。さまざまな形態での 国家間の紛争,権力や資源をめぐる内戦,宗教・人種・民族にかかわる過激な 暴力主義,対テロリズムや対麻薬という名の下での武力の行使など,まさに人 道に関わる事態が,これまでも発生してきたし,今後も発生するだろう。そう した事態は,それが発生する地域や,敵対行為に直接参加する軍隊の構成員だ けはなく,あらゆる地域のあらゆる活動に影響を与える。そうした影響に対し て,国際機関の活動,政府の外交,グローバルビジネス,民間の人道支援,国 際報道など,業務として関わる者もいる。あるいは業務上の関わりがなくとも,
そうした事態を理解し評価して,自らの政府の対外施策に対する意見を持ち,
また自らが参加しうる活動考えるといった,市民としての関わりがある。
そうした関わりを持つために,人道に関わる事態を理解し評価する国際基準 が,まさしく国際人道法である。逆に国際人道法の学びは,人道に関わる事態 とは無縁と信じられている日常生活において,世界で日々生起する事態への知 見や想像力を促進することになるだろう。
もちろん国際人道法の学びは,国際社会が人間に認めている権利を理解する という側面も持つ。この意味では,国際的に認められた人間の権利を,国家を 通じて保障させる目的の下に存在する国際人権法という学問領域が,別に存在 する。国際人権法の下で,個人や集団は,個別の国内の統治制度や国内法にか かわらず,国際的に認められた最低限の人権を保障される。そして,一般には 武力紛争の下にあっても,そうした国際人権の保障は継続すると理解されてい る。しかし,軍隊や戦闘員による一定の殺傷や破壊を合法とする武力紛争法の
下で,人間の権利がどのように実現され確保されるのか。あるいは人権を保障 すべき国家に人間の権利を保障する意思や能力がまったくないという状況の下 で,どのような最低限の権利がどのような枠組みの中で確保されるのか。そう した人間が自らや他者を守るために必要な基本的な知見も,国際人道法の学び は提供することになる。
第二に,大学での授業を通じて国際人道法を学ぶ目的が,まずは国際社会に おける業務や市民としての国際基準の理解にあるとすれば,その学びは,国際 人道法の詳細,特に武力紛争法の技術的な規定に踏み込むことはできるだけ避 けるべきであろう。もちろんそうした技術的な規定は,軍事活動に関わる実務 家,法律家,研究者などにとっては,重要な意味を持っている。しかし,国際 人道法の基本的な理解のためには,そうした法分野が存在する背景,法の諸原 則や基本的な考え方,そして現実に生起する事態や問題を法の下に位置づける マッピング能力の獲得が優先されるべきである。
生きた法として国際人道法を学ぶ場合に不可欠となるのが,それが実際の国 際社会の中でどのように履行されるのかという国際法一般についての理解であ る。しばしば国際政治学の立場からは,国際関係は法が存在しない社会である と述べられることがある。武力紛争を含む国際紛争は,結局は力によってしか 解決されないホッブス的な弱肉強食の世界であり,世界政府も,実際に機能す る国際機関も存在しない国際社会において,法は,力を持つ国家にとって必要 があれば無視されるものだということである。しかし,実際の諸国家の行動は,
けっして常に国際法を無視して行われるものではなく,「ほとんどすべての国 家は,ほとんどすべての場合,ほとんどすべての国際法の諸原則とほとんどす べての自らの義務を遵守する。」(Louis Henkin, “How Nations Behave”)。それゆえ,
一部の国家の法を無視した行為を以て国際法の意義を否定することはできない 反面,国際法を考える場合には,それが実際にどのような過程を通じて遵守さ れるのかも重要となる。国際人道法の授業においても,そうした履行過程に関
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する知識と考察が,生きた法として学ぶためには重要なものとなる。
なお,武力紛争法の中心的な文書であるジュネーブ諸条約や追加議定書は,
それらの条約本文の普及と諸原則の周知を,平時において軍隊のみならず市民 に対しても行うことを締約国に義務づけている。国際人道法の授業を持つこと は,何よりもこうした条約上の義務の履行でもあることにも注意を喚起したい。
第3.国際人道法に関わる法の発展と日本での受容
多くの国際人道法のテキストが最初に取り上げているように,戦争あるいは 武力紛争に関わる法がどのように現れ,発展してきたのかという歴史を,最初 に鳥瞰することが重要である。それによって学ぶ者は,なぜそのような国際法 の分野が必要とされたのか,そしてそれがどのような相対立する利益や議論を 扱うものであるのかを理解することになる。
1.国際人道法に関わる法の発展
戦争が人類とともに存在してきたように,戦争に関する規則の存在も有史を 通じて存在した。記録された人類の歴史では,古代中国・インド・中東地域な ど,紀元前にさかのぼって,戦争における戦闘の方法手段の是非に触れている 記録が存在する。古代ギリシア・ローマにおける例も,17 世紀国際法の父と されるグロチウス(Hugo Grotius)の「戦争の法」(1625)において,戦争の諸 原則を導く議論の根拠として用いられている。そこでは,戦闘の手段として敵 財産の略奪や破壊,敵領域での殺戮などを法的に許容する一方で,毒や毒兵器 の使用禁止や女性・子ども・戦争捕虜・非戦闘員の殺戮の禁止などを,少なく とも道徳的な要求として求めていた。
しかし現代の国際人道法につながる国際条約が登場し始めるのは,19 世紀 後半のことであり,すでに触れたように無差別戦争観が支配する時代であっ
た。その時代において,国家の存亡に関わる軍事的利益はすべてに優先すると いう考え方も優勢であったが,次第に戦争の是非とは独立して,一定の害敵手 段を規制し,戦争の犠牲者を保護するという戦争法規が確立していった。以下 では,その主要なものを概観する。
【1863 年リーバー法(Lieber Code)】
リーバー法(戦場における合衆国軍隊の統治のための指令)は,アメリカの南北 戦争(Civil War:1861-5)において,北軍政府が定めた陸戦に関する訓令である。
157 カ条からなるリーバー法は,従来から軍隊に存在した軍隊の内部的規律だ けでなく,敵領域の占領,文民と民用物の保護,戦争捕虜の処遇,暗殺など内 戦に適用される規則を含んでいた。リーバー法は,アメリカの国内法ではある ものの,その後に各国の軍事提要の作成に影響を及ぼし,また,後に制定され る陸戦に関する条約にも,重大な影響を与えた。
【1864 年ジュネーブ条約】
後にハーグ法と並んで,戦争法規の重要な体系の一つとなったジュネーブ法 の最初の条約は,アンリ・デュナンというスイスのビジネスマンの提唱により 始まった。デュナンは,1859 年にイタリア北部ソルフェリーノで,当時イタ リアの支配をめぐって対立していたオーストラリア軍とフランス・ピエドモン テス連合軍の熾烈な戦闘に遭遇した。傷ついた兵士が戦場に放置されたまま死 んでいく状況に直面し,近隣の住民とともに負傷者の救護活動を体験したデュ ナンは,その体験を綴った書籍を通じて,紛争当事者以外の専門家による戦傷 者救済組織の設立,そうした組織による戦場へのアクセスを認める条約の制定 などを提唱した。
デュナンの提唱を受けて,1863 年にスイスで後のICRCに発展する委員会 が設立され,翌 1864 年には,スイス政府の呼びかけで外交会議が開催されて,
最初の 1864 年ジュネーブ条約(戦地にある軍隊の傷者の状態の改善に関するジュ ネーブ条約)が採択された。この条約は,戦地で負傷した者とそれを救済する
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者の中立性を確認して,国籍に関わらない収容と看護の義務を定め,医療施設 と要員の標章としての赤十字の採用を定めるものであった。
1864 年ジュネーブ条約は,戦闘行為に適用される初の国際条約であり,軍 事的利益から戦争の犠牲者を保護しようとするその後の国際条約につながって いく。
【1868 年サンクト・ペテルブルク宣言】
サンクト・ペテルブルク宣言は,ロシア政府の提唱のもとに 1868 年に開催 された外交会議で採択された条約である。当時,弾丸の破片が広範囲に飛散す るように設計された榴弾の使用によって,従来の弾丸に比べて人体への重大な 損傷を与えることが可能となっていた。そのようなもとで,この宣言は,戦時 において重量 400 グラム未満の炸裂弾の使用を放棄することを約束するもので あった。
この宣言は,内容としてはごく一部の兵器の使用を禁止しただけであるが,
戦争の方法及び手段を国際条約で禁止するという,後に述べるハーグ法の先駆 けとなった点で重要なものである。同時にこの宣言は,その前文で,戦闘能力 を失った者の苦しみを無用に増大させ,死亡を不可避とするような武器の利用 を「人道の法に反する」と断じ,すでに触れたように「人道の法」という考え 方を取り入れた点でも重要である。
【1899・1907 年ハーグ諸条約】
戦争法規においては,長らく戦争犠牲者の保護に関する国際法体系を総称す る「ジュネーブ法」に対して,戦争の方法及び手段を規制する国際法体系の総 称として「ハーグ法」という総称が用いられる。このハーグ法の根幹をなすの は,1899 年と 1907 年に 2 度にわたってオランダのハーグで開催された万国平 和会議で採択された多数の条約である。
第 1 回平和会議では,①軍備と軍事予算の制限,②「文明国の戦闘を規律す る法」,③調停と仲裁の 3 つの課題が討議され,そのうち参加者のコンセンサ
スに至った②と③の課題について,国際紛争の平和的解決,陸戦の法規慣例,
1864 年ジュネーブ条約の海戦への適用,気球発射物・有毒ガス・ダムダム弾 の規制などに関する条約が採択された。
第 2 回平和会議は,1899 年ハーグ諸条約の対象に加えて,開戦,中立国の 権利義務,商船の取扱い,海底水雷・海軍砲撃,海戦における捕獲などを含む 14 の条約が採択された。
1899・1907 年ハーグ諸条約の中で,最も重要な意義を持つのは,ハーグ陸 戦条約(陸戦の法規慣例に関する条約)とその付属文書であるハーグ陸戦規則(陸 戦の法規慣例に関する規則)である。ハーグ陸戦規則において詳細に定められた 戦争の方法及び手段に関する規則は,武力紛争における中核的な規則あるいは 慣習国際法として,今日も用いられている。
また,ハーグ陸戦条約の前文に規定された,いわゆる「マルテンス条項」
(Martens Clause)も今日の武力紛争法に引き継がれている。第 1 回平和会議に おける戦争法規の議論を主導したロシアのフレデリック・ド・マルテンスにち なんでそう呼ばれる前文の規定は,条約で成文化された義務に加えて,将来に おいて完全な戦争法規の法典が制定されるまでは,「文明諸国間で確立された 慣行,人道の諸規則及び公共良心の要求より生ずる国際法の諸原則の保護及び 支配の下に置かれる」ことを規定した。条約で明示されていない場合でも,人 道の諸規則などに従うべきだとする規範は,後に述べる 1949 年ジュネーブ諸 条約や 1977 年ジュネーブ追加議定書に引き継がれている。
【1949 年ジュネーブ諸条約へいたるジュネーブ法の発展】
一方で,戦争の犠牲者の保護は,軍隊の負傷者を保護するための 1864 年ジュ ネーブ条約から,1906 年ジュネーブ条約や 1929 年ジュネーブ条約によって病 者を含んで拡充され,また戦地における傷病者保護活動の標章として,従来の 赤十字に加えてすでにイスラム諸国などで用いられていた赤新月などが取り入 れられた。また,捕虜の待遇を定める 1929 年捕虜の待遇に関する条約や 1925
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年ジュネーブ・ガス議定書(1925 年窒息性,毒性その他のガス及び細菌学的戦闘手 段の戦争における使用禁止のための議定書)なども追加された。
戦争における犠牲者を保護するための包括的なジュネーブ条約が採択された のは,第二次世界大戦を経た後の 1949 年である。第二次世界大戦が大量の市 民の犠牲者を生み出した反省に立って,従来の条約が対象としていた陸戦・海 戦の傷病者や捕虜の保護を整備拡充することに加えて,文民(civilian)の保護 を目的とする条約が加えられた。
1949 年のジュネーブ諸条約は,以下の 4 つの条約から成っている。
・ ジュネーブ第 1 条約(戦地にある軍隊の傷者及び病者の状態の改善に関する 1949 年 8 月 12 日のジュネーヴ条約)
・ ジュネーブ第 2 条約(海上にある軍隊の傷者,病者及び難船者の状態の改善に関す る 1949 年 8 月 12 日のジュネーヴ条約)
・ジュネーブ第 3 条約(捕虜の待遇に関する 1949 年 8 月 12 日のジュネーヴ条約)
・ ジュネーブ第 4 条約(戦時における文民の保護に関するジュネーヴ条約(以下,「ジュ ネーブ第 4 条約」
それまでの武力紛争法に比較した,1949 年ジュネーブ諸条約の重要な特徴 は,第 1 に,それらの条約が,正規の戦争であるかどうか,相手方が締約国で あるかどうかにかかわらず,すべての武力紛争と占領(武力抵抗の有無を問わな い)に適用されるとしたこと。第 2 に,第 2 次世界大戦のレジスタンスの経験 を踏まえ,戦闘員の資格を国家の軍隊構成員だけではなく組織的抵抗運動団体 にも拡張したこと,第 3 に,国家間の武力紛争(国際的武力紛争)ではない非国 際的武力紛争(内戦など)にも一定の最低限のルールが適用されるとしたこと である。
1949 年ジュネーブ諸条約は,現在においては,国連の加盟国数を上回るほ ぼすべての国家が締約国(2019 年 7 月 196ヵ国)となっており,国際条約の中で は最も普遍的な地位を持つ条約である。
【1977 年ジュネーブ追加議定書】
1949 年ジュネーブ諸条約が成立した後,世界における武力紛争は,それに 関係する当事者や紛争の形態などにおいて多様なものとなっていった。数多く の反植民地闘争,ベトナム戦争,ナイジェリア内戦,中東紛争などを通じて,
ジュネーブ諸条約の欠落を埋める必要性が認識されていった。また,戦争の方 法及び手段の規制についても,1907 年ハーグ条約以来,戦闘の形態が大きく 変化したにもかかわらず,その見直しがなされていなかった。そのためICRC は,すでに述べた「国際人道法」という用語を初めて用いた 1971 年の専門家 会議をはじめ,武力紛争法を発展させるための専門家会議を繰り返し開催した。
その上でICRCとスイス政府の呼びかけで,1974 年から 1977 年にかけてジュ ネーブで 4 回にわたる外交会議が開催された。その結果 1977 年に採択された のが,次の 2 つの条約である。それらは,第 1 追加議定書(1949 年 8 月 12 日のジュ ネーヴ諸条約の国際的な武力紛争の犠牲者の保護に関する追加議定書)と第 2 追加議 定書(ジュネーヴ諸条約の非国際的な武力紛争の犠牲者の保護に関する追加議定書)と から成る。なお,これらに加えて,宗教に中立的な特殊標章として,「赤のク リスタル」を追加する第 3 追加議定書も 2005 年に採択されている。
第 1 追加議定書は,国際的武力紛争を対象とするものであるが,ジュネーブ 諸条約の規則に追加されるべきものとして規定された。その特徴は,まず,同 議定書が適用される国際的武力紛争に,いわゆる民族解放闘争を含むこととし て,戦闘員や捕虜に関する規則の適用範囲を拡大したことにある。また,従来 は,複数のジュネーブ条約,あるいはハーグ法とジュネーブ法に別々に規定さ れていた,武力紛争の犠牲者の保護や戦闘の方法及び手段の規制について,一 つの包括的な条約のもとに定められたことにある。
第 2 追加議定書は,内戦などの非国際的武力紛争に適用される条約である。
従来,非国際的武力紛争に適用されるのはジュネーブ諸条約の共通 3 条が定め る諸原則のみであったが,第 2 追加議定書によってはるかに多くの規則が,非
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国際的武力紛争にも適用されることになった。他方で,共通 3 条では非国際的 武力紛争の範囲に特に限定はなかったが,同議定書においては,それが適用さ れる非国際的武力紛争には武装集団が領域の一部を支配していることなどの要 件が設けられ,適用される武力紛争の範囲は限定されている。
これらの追加議定書に対しては,武力紛争法による保護を国家以外の武装集 団による武力紛争に拡大することに対して,国内に分離運動を抱える国などか らの反発があった。そのため,第 1 追加議定書の締約国数は 174,第 2 追加議 定書の締約国数は 168(2019 年 7 月)にとどまり,ジュネーブ諸条約のように 普遍的に受け入れられた条約とはなっていない。
【兵器の規制に関する諸条約】
以上の武力紛争法の発展の歴史と相まって,戦闘の方法及び手段の規制のた めに,以下の通り個別の兵器を規制する条約も発展してきている。
すでに触れた武力紛争法の諸条約においても,人道的な見地から過度の傷害 や無用の苦痛を与える兵器の使用を禁止する規定が,1907 年ハーグ陸戦規則
(23 条(e))や第 1 追加議定書(35 条)に存在する。また,第 1 追加議定書(36 条)は,新しい兵器を使用する際には,それが武力紛争法の諸原則により禁止 されたものであるかを決定する義務を締約国に課している。個別の兵器につい ても,爆発性の投射物(サンクトペテルスブルク宣言),ダムダム弾(1899 年ハー グ条約),ガス・細菌兵器(1899 ハーグ条約,1925 年ジュネーブ・ガス議定書)など に対する規制が存在した。
さらに近年においては,以下のように,各方面の個別兵器を規制する条約が 採択されてきている。
・ 1972 年生物兵器禁止条約 (細菌兵器(生物兵器)及び毒素兵器の開発,生産及び 貯蔵の禁止並びに廃棄に関する条約:BWC)
・ 1980 年特定通常兵器使用禁止条約(過剰な傷害または無差別の効果を発生させる と認定される通常兵器の使用を禁止または制限する条約:CCW)及び個別兵器に
関する議定書Ⅰ~V
・ 1992 年化学兵器禁止条約(化学兵器の開発,生産,貯蔵及び使用の禁止並びに廃 棄に関する条約:CWC)
・ 1997 年対人地雷禁止条約 (対人地雷の使用,貯蔵,生産及び移譲の禁止並びに廃 棄に関する条約:オタワ条約)
・2008 年クラスター条約(クラスター弾に関する条約:オスロ条約)
・ 2017 年核兵器禁止条約(核兵器の開発,実験,製造,備蓄,移譲,使用及び威嚇 としての使用の禁止ならびにその廃絶に関する条約:TPNW)
以上に加えて,劣化ウラン弾,白リン弾,ドローンによる標的殺害,サイバー 攻撃などの規制について,議論が続いている。
【個人の刑事責任の追及:国際刑事法と重大な人権侵害の規制】
戦争法規あるいは武力紛争法の履行を確保するための手段としては,武力紛 争法における復仇の禁止や国家責任の発生について特別の規則が存在するもの の,一般国際法における手段(相互主義,復仇,国家責任の追及,国連のメカニズム)
が存在する。また,武力紛争法には,各国の国内での立法化や普及,利益保護 国や赤十字などの人道団体の関与,不十分ながらも国際事実調査委員会の活動 などの手段が存在する。
しかし,武力紛争法の履行確保のために,第 2 次世界大戦後に登場し,近年 さらにその重要性を増しているのが,国際的に個人の刑事責任を追及するシス テムである。
武力紛争法の違反に当たる行為については,各国の国内法で犯罪とされるの が通常であったが,ジュネーブ諸条約や第 1 追加議定書は,その重大な違反を 戦争犯罪として,締約国がその容疑者を国籍にかかわらず自国の裁判所で訴追 する普遍的管轄権を持つことを義務づけている(他国への引渡しも可能)。さらに,
第 2 次世界大戦後には,国際軍事法廷(1945 年:ニュルンベルク裁判)と極東国 際軍事法廷(1946 年:東京裁判)が設置され,その戦争犯罪を国際的な司法機
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関で裁くことが確立していった。その後は,長期間の中断はあったものの,す でに触れた 1990 年代以降のICTYとICTR,そして 1998 年のICC規程(国際 刑事裁判所のためのローマ規程)によって 2003 年に設立された国際刑事裁判所
(ICC)が,武力紛争における戦争犯罪を裁くことによって,武力紛争法に違 反した個人の刑事責任を国際的に追及することが可能となっている。
このような国際的な刑事責任追及の実施を通じて,戦争犯罪を含む国際犯罪 について,国際裁判所の管轄権の範囲,犯罪の定義や成立,責任阻却事由,訴 追手続そして国際協力などについて,国際刑事法(International Criminal Law)
と呼ばれる国際公法の新たな分野が成立してきている。なお,国際刑事法とい う法分野は,ハイジャック・テロリズム・麻薬犯罪・腐敗行為など各国が取り 組む刑事法の国際協力といった越境刑事法(Transnational Criminal Law)を含め て議論されることもあるが,ここでは国際裁判所が管轄権を持つ国際犯罪に限 定して用いる。そしてこのような国際刑事法を用いての個人の刑事責任の追及 が,今日では,武力紛争法の履行確保に大きな役割を果たし,国際人道法の重 要な構成要素となっている。
他方で,国際刑事法が対象とする国際犯罪は,武力紛争法の違反には限られ ず,また,武力紛争の存在が前提とされない犯罪もある。
まず戦後の国際軍事法廷が,最も深刻な犯罪として裁いたのが,平和に対す る罪であり,その内容は,慣習国際法になっているとされる 1928 年パリ不戦 条約(戦争抛棄に関する条約:ブリアン=ケロッグ協定)の違反であった。それは,
戦争法規ではなく開戦法規に関わるものであり,必ずしも武力紛争法の対象で はない。なお,平和に対する罪は,その後,国連憲章が禁止する侵略行為と侵 略犯罪として長年の国連での論争を経た末に,ICC規程の対象犯罪に含めら れ,2010 年に国際犯罪としての侵略犯罪及びその前提となる侵略行為の定義 が採択されている。
もう一つ戦後の国際軍事法廷が訴追の対象とした犯罪が,人道に対する犯罪
である。この犯罪は,第 2 次世界大戦開始前のナチスのユダヤ人などの自国民 に対する迫害行為を裁くために含められた。人道に対する犯罪は,国際軍事法 廷においては,平和に対する犯罪や戦争犯罪の遂行と関連して成立する従属的 な犯罪とされていた。しかし,ICTY,ICTR,ICCが設立されるまでには,平 時であるか戦時であるかを問わない犯罪として再定義され,現在では,武力紛 争の存在とは独立した国際犯罪であると理解されている。すなわち,人道に対 する犯罪は,文民たる住民に対する広範または組織的な攻撃であり,国家や非 国家主体による重大な人権侵害行為として理解される。この犯罪の中で,特に 人種隔離政策であるアパルトヘイトについては,1973 年アパルトヘイト禁止 条約(アパルトヘイト犯罪の制圧及び処罰に関する国際条約)が,人道に対する犯 罪であるとして,締約国に制圧・防止・訴追を義務づけている。
最後に,戦後の国際軍事法廷の対象とはされなかったが,その直後に登場し た国際犯罪としてジェノサイド犯罪(集団殺害犯罪)がある。1948 年ジェノサ イド禁止条約(集団殺害罪の防止及び処罰に関する条約)は,国民的,人種的,民 族的または宗教的集団を全部または一部破壊する意図を持って行われた,集団 構成員への一定の攻撃及びその扇動を国際犯罪とし,締約国にその防止と処罰 を義務づけている。ジェノサイド犯罪も,平時であるか戦時であるかを問わず 成立する点で,武力紛争法と直接の関連性を持たない。ジェノサイド犯罪は,
ICTY,ICTR,ICCにおいても,対象となる国際犯罪である。
このようにして,現在の国際刑事法において対象とされている国際犯罪は,
戦争犯罪,侵略犯罪,人道に対する犯罪,ジェノサイド犯罪である。そのため 武力紛争法の履行確保としての国際刑事法を理解する場合,それらの国際犯罪 も併せて理解されなければならない。そして,それらの開戦法規違反や重大な 人権侵害を含む禁止行為が,国際人道法という学問領域の一つとして理解され るようになっている。
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2.日本での受容
以上の国際人道法の発展に対して,日本は,その多くを受容してきた。
まず条約の批准状況について日本は,武力紛争法における主要な条約を批 准・加入し,それによる法的な拘束を受けている。明治憲法の下では,1864 年ジュネーブ条約に 1886 年に加入し,1907 年ハーグ諸条約についても,「開 戦に関する条約」,「陸戦の法規慣例に関する条約」,中立に関する諸条約など 主要な条約を 1911 年に批准した。1928 年戦争抛棄に関する条約も翌 1929 年 に批准した。第二次世界大戦後の現憲法の下では,日本がサンフランシスコ講 和条約を締結して主権を回復した 1953 年に,1949 年ジュネーブ諸条約いずれ にも加入している。また,1997 年第 1 追加議定書・第 2 追加議定書については,
2004 年にいずれも加入した。武器の制限についても,1899 年ハーグ宣言(ダ ムダム弾),1925 年ジュネーブ・ガス議定書,1972 年生物兵器禁止条約,1992 年化学兵器禁止条約,1980 年特定通常兵器使用禁止条約・同議定書Ⅰ~Ⅳ(爆 発性戦争残存物に関する議定書
V
は受け入れていない),1997 年対人地雷禁止条約,2008 年クラスター条約などを批准している。
他方で,重大な人権侵害に関する条約は,ジェノサイド条約やアパルトヘイ ト条約は批准していない。
国際犯罪に関わる個人の刑事責任の追及については,前述のサンフランシス コ講和条約では,日本は「極東軍事裁判所並びに日本国内及び国外の他の連合 国戦争犯罪法廷の裁判を受諾」(同条約 11 条)したことから,日本は,それら の裁判で示された法理をいずれも受け入れていると考えられる。また,1988 年ICC規程について,日本は 2007 年に加入した。但し同規程において,2017 年に発効した侵略犯罪の定義と管轄権に関する改正を日本は受け入れていない。
国内法について言えば,日本は,国際法の国内法的効力について一元論の立 場を取っているため,国際法すなわち「日本国が締結した条約及び確立された
国際法規」(憲法 98 条(2))は,一般に国内法としての効力が承認されている。
他方で,そうした国際法を実際に適用するためには,それらの国際法上の義務 を具体的に実施するための国内立法を行うことが効果的であるが,日本国憲法 が施行されて以降,国際人道法を具体的に実施するための新しい立法を行って いる例は,あまり多くない。
1949 年ジュネーブ諸条約に加入する際に日本は,特に新たな国内法は制定 することはしなかった。2004 年の第 1 追加議定書・第 2 追加議定書への加入 は,有事法制整備の一環としてなされたが,その際には,「国際人道法の重大 な違反行為の処罰に関する法律」を制定した。しかしこの法律に含まれている のは,政府が既存の刑法の適用では処罰ができないと考える 4 つの犯罪(重要 な文化財を破壊する罪,捕虜の送還を遅延させる罪,占領地域に移送する罪,文民の出 国等を妨げる罪)の犯罪化にとどまる。第 1 追加議定書・第 2 追加議定書にお けるその他の詳細な規定については,刑法の一般犯罪の類型によって対応可能 であるとの考え方の下に,特に国内立法化の措置は取られていない。
2007 年にICC規程に加入する際には,「国際刑事裁判所に対する協力等に関 する法律」を制定した。この法律は,ICC規程が締約国に義務づけるICCへ の司法協力とICCの裁判の運営を害する罪(偽証,妨害,贈賄など)を犯罪とす るための規定を定めている。しかし,ICC規程が締約国に事実上奨励するもの の義務付けを行っていない国際犯罪(集団殺害犯罪,人道に対する犯罪,戦争犯罪)
については,国内犯罪化する措置をとっていない。
概して国際人道法に関する日本の受容状況は,武力紛争法に関わる条約の多 くを受け入れているが,それを国内実施するための国内法による対応をあまり 取っていないということだろう。そうした日本の対応には,近い将来に武力紛 争や大規模な人権侵害に関わることが想定されないことから,必要性の少ない 国内法を最小限なものにとどめるという判断があるのかも知れない。前述した ように,自衛隊が武力行使に関わる可能性がある防衛出動についても,自衛隊
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法は,「国際の法規及び慣例によるべき場合にあってはこれを遵守」しなけれ ばならない(88 条)というきわめて一般的な規定を持つにとどまっている。ま た,当初は武力攻撃事態について 2003 年に制定され,2015 年に個別的自衛権 の行使に止まらない存立危機事態が加えられた「武力攻撃事態等及び存立危機 事態における我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全の確保に関する法 律」は,自衛隊の武力行使を含む対処措置を定めているにもかかわらず,国際 人道法や武力紛争法への言及はない。
第4.国際人道法の法源と適用主体
ここまで,国際人道法の発展を概観してきたが,さらに国際人道法の学びに とっては重要となる,いくつかの特徴を指摘しておく。それは,国際人道法の 法源と適用主体に関わるものである。
1.国際人道法の法源
国際人道法も国際法の一分野として,その法源は主に条約法と慣習国際法で ある。そして,すでに触れたように 1949 年ジュネーブ諸条約が,普遍的な受 け入れを実現しているもとで,国際人道法のかなりの部分は,条約法を学ぶこ とによって理解できる。
しかしながら,武力紛争法においては,戦争の犠牲者の保護を中心とする 1949 年ジュネーブ諸条約が定めていない,ハーグ法などの害敵手段の規制に ついては,その余の法源に依拠せざるを得ない。それが,ハーグ法その他のか つての条約法や国家の実行などによって積み重ねられてきた「法規及び慣例」
と呼ばれる国際慣習法である。そうした法規及び慣例が,どのような規則を含 んでいるのかについては,普遍的とまでは言えないものの大多数の国々が受け 入れている追加議定書,さらには,ICRCが公表している「慣習的な国際人道
法 第Ⅰ巻」であり,161 項目の規則を含んでいる。ただし,ICRCの研究が 示す慣習国際法に対しては,各国が公式に遵守を表明している文書が,必ずし も現実の国家実行や法的確信を示すものではないとの批判もある。
また,武力紛争法の条約法において大きな欠落が存在するのが,非国際的武 力紛争に関する規則である。例えば,文民の保護に関するジュネーブ第 4 条約 が(批准などの手続に関する最終規定を除いた)内容に関する 149 カ条の規則を定 めているのに対し,非国際的武力紛争に適用されるのはわずかに共通 3 条の 1 カ条である。また,第 1 追加議定書も内容に関する 91 カ条の規則を定めてい るのに対し,非国際的武力紛争のための第 2 追加議定書の内容に関する規則は,
わずか 18 カ条にすぎない。そのため,非国際的武力紛争については,害敵手 段の規制や戦争犠牲者の保護が,かなりの部分,慣習国際法によって補う必要 が出てくる。そのため,戦闘員や捕虜の資格や特権などそもそも国際的武力紛 争における国家の軍隊などにしか認められない規定を除いて,ジュネーブ諸条 約や第 1 追加議定書の規則は,慣習国際法として非国際的武力紛争にも適用さ れるといった主張がなされている。
ジェノサイド犯罪や人道に対する犯罪に該当するような重大な人権侵害につ いても同様に慣習国際法が重要な役割を果たしている。前述のジェノサイド条 約やアパルトヘイト条約を受け入れている国は決して多くはなく,人道に対す る犯罪についてはその防止や処罰を各国に義務づける条約はまだ存在しない。
しかしそれらの禁止は,慣習国際法の中で,ユス・コーゲンス(強行規範)違 反であると認められている(ICJ:2012 年 2 月 3 日判決参照)。
さらに,武力紛争法においては,条約のような法的拘束力を持たない,宣言,
決議,ガイドライン,指導原則などの,いわゆるソフトローも大きな役割を果 たしている。特にすでに存在する条約が課している規範の解釈や適用,条約化 には至っていない武力紛争の新しい分野において,多くの国家の軍隊がそれを 指針として行動し,従わない場合には国際社会から非難を受けるような場合に
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は,そうしたソフトローも,事実上の規則として機能することもある。
2.国際人道法の適用主体
伝統的な国際法の理解によれば,国際法は,主権を有する国家の間に存在す る法であり,諸国家の慣習や合意によって成立する。そのため国際立法機能,
すなわち国際法を成立させる慣習的実行や合意は,引き続き諸国家に委ねられ ている。一方で,国際法により権利を承認され,義務を課される法主体は,伝 統的には国家であるとされてきたが,近時は,国際機関,個人,集団など次第 に,国際法の下での権利や義務の法主体性が拡大される傾向にある。その中で も,国際人道法は,早くから個人や集団の法主体性を,部分的にではあるにせ よ承認してきた分野である。
とりわけ武力紛争法においては,早くからその傾向が顕著である。1864 年 ジュネーブ条約は,戦場で負傷者の救護に従事する住民への尊重を定め,また ハーグ陸戦規則では占領地域の住民に一定の権利を承認していた。現代の武力 紛争法においても,ジュネーブ諸条約や追加議定書は,傷病者,捕虜,文民,
医療要員,人道団体,ジャーナリストなどへの尊重や保護を定めているが,そ のことによって一定の国際法上の権利を承認している。もちろんそれらの尊重 や保護が,国家に義務を課すことによる反射的な利益にすぎないもので権利で はないのではないか,権利であるとしてもそれは国際法上どのように個人や集 団が行使できるのか,といった点についての議論は残るかも知れない。しかし,
それは国際人権法のもとで個人や集団に認められた人権についても同様である。
むしろ国際人道法の下では,個人や集団に対して課される国際法上の義務 は,より直接的である。非国際的武力紛争に関するジュネーブ諸条約共通 3 条 や第 2 追加議定書によって課される義務は,その理論的な根拠付けには議論が あるものの,国家ではない武装集団も対象とする。さらに今日では国際刑事法 を通じて,武力紛争法における戦争犯罪を行わない義務,重大な人権侵害とし
てのジェノサイドや人道に対する犯罪を行わない義務は,国際的な,そして多 くの国々では国内的な刑事制裁を背景として,個人に直接に課されている。そ の国際法上の義務の射程は,さまざまな規模や形態の武装集団のみならず,国 際犯罪への加担という形で企業やメディアなど広範囲に及んでいく。一方で権 利の側面でも,国際刑事法の下での被害者の権利という概念が確立している。
ICC規程は,それが対象とする国際犯罪の被害者に,ICCの手続に一定の参加 を行う権利,ICCが命令する場合には賠償を求める権利を承認している。また ソフトローではあるが,2005 年に国連総会で採択された「国際人権法の重大 な侵害と国際人道法の深刻な侵害に対する救済と保障の権利に関する基本原則 とガイドライン」は,国際人道法の下での被害者の権利を承認し,その救済手 段の枠組みを提供している。
このように国際人道法の下では,伝統的な国際法の法主体性にとらわれない,
ある意味で脱・国家中心主義的でダイナミックな国際法の動態も,その学びの 対象とされることになる。
第5.授業の構成
大学の学部の授業で提供される「国際人道法」は,どのような学びとなるべ きだろうか。以上の検討を通じて,いくつかの方向性が浮かび上がるように思 われる。第 1 にその授業は,「国際人道法」を学ぶことへの必要性を学生それ ぞれが実感できるものでなければならない。国際人道法は,現在の日本での日 常生活の中では,その存在や必要性が実感しにくいものであることは否定しよ うがない。そのため,世界で生起するさまざまな事態を想起させ,学生の今後 のキャリアとの関係での接点という素材を提供し,それぞれに国際人道法を学 ぶ意義を考えさせる必要があるだろう。第 2 に「国際人道法」は,その対象と する分野が広範であることから,早い時期にその全体像と相互の関連性を把握
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する機会を与える必要がある。個々の課題についての学びと,全体との関連性 を常に想起させることの必要性は,もちろん,各分野の法学教育に共通した課 題ではある。しかし,「国際人道法」においては,依拠すべき統一の法典も(さ らにはこれまでのところ容易に理解できる日本語のテキストも)存在しないことから,
個々の分野の学びにおける全体像への関連付けは,より重要となる。第 3 に,
「国際人道法」の中心をしめる武力紛争法は,それを構成する諸規則の法源は 数多く,必ずしも相互の整合性がなく,個々の規則も複雑である。そしてすで に触れたように,軍隊や法律の実務家でもなく,あるいは必ずしもそれを目指 すわけでもない学生に,規則の詳細を理解させる意義は乏しい。そのため「国 際人道法」においては,すでに広く確認されている武力紛争法の諸原則,さら には個々の分野の規則から抽出できる基本的な考え方の学びを優先すべきであ る。そのためには,そうした個々の規則を必要とする背景,特に軍事的必要性 と人道性のバランス,その規則が実際の武力紛争にもたらす課題など,基本的 な考え方の学びを支える背景事情もできる限り提供されるべきだろう。その学 びを通じて,学生は,世界で生起する人道に関わる問題について,その法的問 題の所在と,それに適用される諸原則をマッピングする能力を獲得することが 期待される。
以上のような考えのもとに,「国際人道法」が扱うべき分野は,次のような ものとなる。
1.国際人道法の現代における必要性,歴史的発展及び対象
まず,授業の最初に国際人道法の現代における必要性が示される。通常の国 家統治や国際法のルールによっては個人の生命や権利が守られない,人道的な 事態が,過去の歴史においても現在においても存在する。それが起こるのは,
典型的には,国家間の戦争や内戦などの武力紛争の場合であるが,それに限ら れるわけではない。権威主義的な政府や一定領域を支配する武装集団が,特定
の人種,民族,宗教,あるいは政治的反対勢力に対し,人々の根強い偏見や圧 倒的な暴力を背景に加える,重大な人権侵害なども含んでいる。そのような人 道的な事態に直接または間接に対応していくためには,そのような事態を,国 際法の中にある原則や規則を基礎として,法的に分析して把握し,解決と被害 の救済に向けての方向性を導く能力を持つことがこの授業の目的である。
国際法の中にある原則や規則を理解するためには,国際人道法という分野に 包摂されることになる条約法や慣習法がどのように生起し,どのような問題状 況の中で諸原則が確立してきたのかを歴史的に理解する必要がある。その歴史 的な理解の対象には,無差別戦争観の下での開戦法規と独立した法分野として 確立してきた武力紛争法,さらには,第 2 次世界大戦後に急速な発展を遂げて きた重大な人権侵害の規制や,国際刑事法による個人の刑事責任の追及が含ま れることになる。
2.武力紛争法
無差別戦争観の下で,開戦法規と独立して成立してきた戦争法規あるいは武 力紛争法は,けっして戦争の犠牲者の保護のみを至上の目的とする「人道的」
な法ではない。暴力を用いて敵を無力化することによって支配を拡大し,政治 的目的を遂げるという,国家や武装集団が追及する軍事的利益が正当に存在す ることを前提として,存在する法である。しかし,そうした軍事的利益の追及 が人々や社会に与える重大な影響を前に,「人道」という万人共通の利益を対 置して,軍事的利益と人道的利益とのバランスの下に成立し,発展してきた。
そのように発展してきた武力紛争法においては,いくつかの基本的原則の存 在が確認されてきている。それらは,①戦闘員/軍用物と文民/民用物とを区 別する区別の原則,②軍事的に無用な行動を規制する軍事的必要性の原則,③ 予測される軍事的利益に比した過剰な文民/民用物の損害を規制する均衡の原 則,そして,④無用の苦痛や過度の傷害を与えることなどを規制する人道の原
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則などである。
具体的な武力紛争法における規制は,大きく分けて,攻撃対象や戦闘の方法 及び手段の観点からの規制である害敵手段の規制,武力紛争によって影響を受 ける者のための犠牲者の保護,そしてそれらの規制や保護の規則について履行 を確保するための手段から成っている。
しかしそうした実体的な規則を考える前に,武力紛争法では,それが適用さ れる武力紛争の性質や地理的・時間的範囲,そして人や資格について,特別の 理解が前提とされる。武力紛争の性質とは,国家間で行われる国際的武力紛争 と,武装集団などが当事者となるそれ以外の非国際的武力紛争との区別であり,
それぞれに適用される規則は,少なくとも条約法の下では大きく異なる。武力 紛争の地理・時間とは,武力紛争法の適用が開始される地理的な範囲や,時期 と終了する時期の確定である。特に,実際の敵対行為が終了しても占領や捕虜 の帰還などが存在する場合,その終了時期の確定は単純なものではない。そし て,武力紛争の人や資格とは,戦闘員,捕虜,文民などの人の属性によって,
認められる資格や保護が異なることから,武力紛争法においては,それぞれに 詳細な定義や場合分けがなされている場合がある。
以上の前提的な武力紛争法の理解を踏まえて,実体的な規則が検討されるこ とになる。害敵手段の規制の分野では,攻撃対象,戦闘の方法及び手段に対す る多くの規則を理解することになる。さらに,戦闘の方法では,古くから存在 する特定種類の兵器や戦闘の手段の規制に加えて,ドローンによる標的殺害,
サイバー戦,自律型致死兵器システム(ロボット兵器あるいは
AI
兵器)などをめ ぐって,現在行われている議論を見ていくことになる。武力紛争による犠牲者の保護は,戦闘外に置かれた傷病者,難船者,捕虜な どの元戦闘員と,戦闘員ではない文民とで,異なる種類の保護が存在する。文 民は,交戦当事国に居住する外国人,占領地域の文民,その他の文民一般など によって,異なる種類と程度の保護が与えられている。さらに,それらの保護
を担う医療活動,人道支援活動などに関する保護も規定されている。それらの 保護に関する規則は,きわめて広範かつ多様であることから,それらに共通す る原則的な理解と,具体的な問題を武力紛争法の中でマッピングできる能力の 養成とが,授業で目指すべき学びとなる。
あわせて確認されなければならないのは,武力紛争においてその最も大きな 犠牲を受けやすい,脆弱な人々に対して,武力紛争法がどのような立場を取っ てきているかである。その主要な集団である女性と子どもに対しては,かつて の武力紛争法はその明示の規定において沈黙していたが,次第に,特別の保護 が規定されるようになってきた。特に子どもについては,軍事活動への関与を 防止する規定や新たな条約,女性については武力紛争下の性暴力への可視化と 防止が,武力紛争法に含まれるようになっている。しかし武力紛争法は,その 発展の歴史を通じて,ジェンダー偏見の下にあり,それを根本的にあらためる 努力が引き続きなされていることが理解されなければならない。
最後に武力紛争法における履行確保の手段が検討されることになる。国家的 利益や存亡をかけて対立する武力紛争の当事者に,国際法の規則を遵守させる ことは不可能に近いのではないか,という一般的な懐疑に考慮しながらも,平 時を含めて取られている履行確保の手段や努力を,国内における措置,国際関 係における措置やシステムを全般的に理解する。その中に,履行確保の手段の 重要な分野として,武力紛争法の重大な違反に対して成立する戦争犯罪がある。
戦争犯罪の概念や犯罪類型については,武力紛争法の一部として理解するもの の,それによる個人の刑事責任を国際刑事法の下で追及するシステムや法理は,
それが対象とする重大な人権侵害への規制におけるものも含めて,別項でまと めて扱うことになる。
3.重大な人権侵害への規制
重大な人権侵害への規制の項では,武力紛争を前提としない人道的な事態を 84
扱う。それらは,第 2 次世界大戦後の国連を中心とする議論と努力によって成 立してきたものである。世界人権宣言と同じ年に条約によって国際犯罪とされ,
実際に 1990 年代以降に国際刑事司法の対象に含められたジェノサイド,戦後 の国際軍事法廷で国際犯罪とされ,その後さまざまな議論を通じてその骨格が 定まっていった人道に対する犯罪がその対象である。また,人道に対する犯罪 の犯罪類型として含められることになった,アパルトヘイト,拷問,強制失踪 の規制も含められる。それらを通じて,通常の国際人権法では扱われることの 少ない,重大な人権侵害への規制への学びを提供することになる。
4.国際刑事法による個人の刑事責任の追及
最後には,以上の武力紛争法を中心として,国際人道法の重要な履行確保の 手段となっている国際刑事法による個人の刑事責任の追及を学ぶことになる。
国際刑事法が対象とする犯罪の内容は,すでに説明されていることから,この 項では,国際的な刑事司法機関の成立と発展,その中で確立してきた国際的な 管轄権や犯罪の成否に関する諸原則などが扱われる。
今日において,国際刑事法が対象とする国際犯罪は,一般には,すでに触れ たICCが対象犯罪としている,侵略犯罪,ジェノサイド犯罪,人道に対する 犯罪,戦争犯罪の 4 つであると理解されている。このうち,侵略犯罪について は,戦後の国際軍事法廷における「平和に対する犯罪」とされ早くから国際刑 事法の対象とされてきた。しかし,侵略行為に関する法の発展を議論すること は,武力紛争法に内在する戦争法規の開戦法規からの独立という基本的原則と の関係で混乱を招くかも知れない。また侵略行為に関する法は,国連体制の下 での主権国家間の秩序に関わるものであって,必ずしも人道的な考慮とは関わ らないかも知れない。ただし,国際人道法の重要な履行確保の手段を理解する 一環として,侵略犯罪の概念についても授業のどこかで触れる必要があるかも 知れない。
第6.おわりに
以上は,「国際人道法」を開講するにあたって,その学びを提供するための 視点と構想の整理を試みるものである。世界的には,普遍的に近い国際公法と して存在し,残念ながら繰り返される人道的事態の中で,その履行の重要性と 必要性が繰り返し確認されながら,日本国内においては,大学の学部の授業と しては決して一般的ではない国際人道法。さらには,その中心をなす武力紛争 法の詳細な規則の理解の困難さ。そうした問題を抱える中で,「国際人道法」
において,何をどのように学生に提供していくのか。その問いは,実際に「国 際人道法」の開講を行う中で,繰り返し問われ続けることになるだろう。
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