――目次――
1,
キリスト教的実存, 宮本武之助, The Christian Existence, Takenosuke MIYAMOTO, pp.1-13.
2,
密教者としてのアティーシャ:とくに時輪の問題をめぐって, 羽田野伯猷, Atīśa as a Tantric
Buddhism, Hakuy
ū HADANO, pp.14-52.
3,
キヤケゴーァにおける著作活動の宗教的発展, 大谷長, Religious Development of the Authorship by
Søren Kierkegaard, Masaru
ŌTANI, pp.53-69.
4,
ブリハド・アーラニヤカ・ウパニシャッドとサンユッタ・ニカーヤに関する一考察, 宮坂宥勝,
B
ṛhadāraṇyaka-upaniṣad and Saṃyutta-nikāya, Yūshō MIYASAKA, pp.70-88.
5,
とう頭の考証(上):宮座の一問題として, 小野祖教, Historical Analysis of Usages To, Sokyō ONO,
pp.89-98.
キリスト教的実存
ナ - Ⅰ かも られ の中 関す こと、現在もその ょ この世界に実存する ないものである。し にあることを認め、 る 根本的経験を物語 うこ Ⅴ 限り たが この るも 生妾ニ ﹂いること 自己中心的な って実存にば 罪 世に実存しば じ のである。 、将来もそのように生 き 自律的な生き方は、必然 悪の必然性がからみつい めると同時に 罪 ある 老とい
非存在によって 脅 働 ぎに関する根本的 経験を物語っている。、いわば一生涯 あ ざとなって残るほど深刻な根本的経験である。
くられるのではな
れな っくり出すので はない。
宮
本
武
之助
キリスト教的実
存
しかしキリス卜者は、神が とヰリ ることを生口 白才クる 。号目 い き 、共に生きょ ぅ とすること ことを告白する。これは神の またキリス卜者は、この世 する。彼は神の恵みを 3 げ ろ ものとみなすことが出来ない も 認める。彼は、人間の認識 ることの出来ない所のデモ ニ 義 ・人間中心主義に立つこと の頽 落した状態を深く悲しみ 人間社会から逃避することな じることを告白する。これは またキリス卜者は、彼が 、氷 ると同時に、永遠に現存する 告白する。これは永遠の生命 以上のべたキリス卜者の根 事実を示していると言ってよ でもない。彼は神によって 否 ﹁・イエスにおいて和らぎ、共にあろう
ようとしている彼に 、 神が自発的に近づ 生 き 得る よう に 、 彼を神と和らがしめる
関する根本的経験を物語っている。
全く脱却することが出来ないことを告白
ぇず聖潔を 追い求めるが、自らを完全な 活 のみでなく、彼の社会的生活について
た人間の実践力によって最後的に解決す
たがって科学万能主義、文化至上主
者︵ 神 ︶に捉えられたものとして、自ら
、そして罪悪と虚血とが食いいっている く、
、それを除くことを自らの責任と感
っている。 遠 なものでなく、自らに終り、死があること、 そしてそれが罪の結果であることを認め 神との交わりによって 、 彼の上が完成をもち、 神と共にある永遠的生を望み得ることを
的 経験を物語るものである。
されると同時に 、 救われ肯定されている
足 されるのでも、また単に肯定されるの
ような働きによって 、 神に対して究極的 く 2 )
キ リス
ト教的実存
神 論的に解釈され
ね 、神の中に飛躍的 連続は認められな
って新しくりくられ ︵ l Ⅰ︶ た 被造物であると告白する。 次にキリス卜者を審判することによって救い、
超越的、普遍的で
働 ぎはキリスト者を キリス卜者を審判す
超歴史的であると 同
て 、キリスト考に神
的な面をもって い
を 内的に証示する 超
にあって神に生きて
される。 キリストと共に 仲 の、フ ちに隠されているのである﹂。
イェスにあって 神 に 生きている者であることを、認むべぎである﹂。 ( 3 )
来 事は、歴史的事実
ス 卜者たちは、歴史
し 彼らに続くキリス
である。第一次的証
、この新約聖書の中
自身が、その記録し
して、更にイェス・
﹂のような神の働き
る 逆説としての現実
生命をもっものとし て 新しくりくられたものである。
にその生命をもっ
の中にあることに ダ
、この限界状況を回
﹂に プ ロテスタンテ
おいては常に危機の
ぎ はなされることに
であろう。プロテス
れにも拘らずキリス ( 4 )
キ リス ト教 69 実存 キリス ぎ 存在で しかしそ て 、もは う に神に 者はあく と人問と 1枚関係 となす 神
がそれ自身において無に等しい、神から離れ る 。キリス卜者は神から厳密に区別されるが、 ︵・Ⅰ︶ ・ている亡ぶべ を告白する。
働きによっ
離れ得ないよ り、キリスト ラ。むろん神 を、 神と﹁ 我 のような主体 創造の媒介で 一 一 こ ト を そ の ト T ︶新約聖書コリ ソ ト人への第二の手紙五・一 セ のは過ぎ去った 、 見よ、すべてが新しくなっ たがって 救 て 彼は 、ど 危機の中に るとみるこ おいて危機 のである。 ﹁だれでも キ たのでぬる﹂。 リストにあるならば、その人は新しく造られ ム いの確かさは、彼自身の状態にでなく、 こまでも絶対他力による救いの確かさを あるということは、神の働きが、この世 とは誤りである。プロテスタントにとっ の中にあるということは、いかなる場合 神の働きそのも もつのである。 に実存する人間 て、 彼がキリス にも絶望に陥る に者でおる。古いも ( 5 )被造物の白 ︵ 2 ︶ いわれる。 を啓示し、 キリスト え 得る人間 目白な決断 める。キリ て汝と 呼び そして彼は ぎを反映し 係 ﹂をもっ 般 、または 一体人間 おいてのみ のみみずか 神はキリス という意味 キリスト
であると
本 的関係 創造的にこの関係を確立するのである。
ば ﹂に 答
げ とめ、 をもってそれにこたえる主体、言 い かえれば、
ことを 認 神に向 っ
ぇ られる。
栄光の輝 ﹁ 我 1枚 関 の 特質 一 づ げられることを認める。
0 対決に
において
ではない。
力 をもっ において、人格といわれるのである。 者は、この世界の中にあって、自己を実現し、
造 によっ して、創造の自由と、 ( 6 Ⅰ 6
キリ ス、 ト教
的実存
世界のあらゆる 射よ ︵ 3 ︶ りも尊いことを認める。
ては、神はあくま
製作物との間に﹁ 我
もち、彼を人格とす
い 。キリス卜者は、
つのであって 、 自らの
ることを許さない 聖
神と混同されること
く 生きるのである。
により、人格的存
故 、社会学的見地か て 与えられて 的 活動によっ 間になり得な 間は、この自 棄であり、 ま ス 卜者にとっ である神に呼
に 文化
ての 人
べて 人
本 的要
て キリ
的 他者 う にキリ く 7 Ⅰ
自らを、自らの律法 社会的な生の形相を
体内個人として
において自律的であ神との関係によって
映する よう に神に働
も
呼応の関係をも
円らに対する呼びか
。言 い かえれば、 常
に拉 ぎ 、 喜ぶものと
﹂によって 、
自らを
ぎ キリスト教的実存 の 論理が見出される。
神を信じたのであ フの ﹂ 0
となり、わたしたちのうちに宿った﹂。
なろ うか 。また人は
よゥか ﹂。
び、 泣く者と共に泣ぎなさい﹂。
キ リス
ト教的実存
してのみ、神の﹁ こ この意味においての み 自律的である・ -
、相互に呼応し、 交渉によって自己 表
ぎることに望みをも つのである。
、 共に生きようと
歴史や社会の法則に
対する呼びかけとし
倫理化しつつ、隣人 を 自由な人格として見出すのである。
めるが、自らの 人 真 であり、彼の生死を の国と神の義を求める ︵ⅠⅠ ノ
である。たしかに キ
くことほ出来ない。
に 呼応の関係をもつ
て 自らを見出すので ( 9 )
示すことが出来な
て
神に生きる者と 雄 るにすぎない。この世 働きかけを指し示すわゆるカイロス
と
を、
神の救
いの
働
き
あって、キリスト・
ば
﹂であるキリスト
により、単に自己妻
己
超越的に指し示
者は歴史的文化の世
ある。のは、すべて添えて㎝ 与えられるであろう﹂。 一 一
キリス ト教的実存
たしのうちに生 き
な ささげられ
によって得ら
言 う 。もし 割
、もう一度 言
リストから 離
強くかたいて︶
だけで お る。﹂Ⅱ
たしたちは愛というⅡ
き キリスト教的実存 の 論理が見出される。 の 意味が否定された 所 によって成り立つので
徴は超越 的 である。 わにするのみでなく、
間 自身をあらわにす
、もしくはその生命
るだけであって 、神
が 単純に同一視さ ︵ 3 ノ ことは出来ない。
をなすことに ょ り、 ぎるようになることを 定 的なことが生じたこ ﹂とを意味している。 しかし彼はまだ完成されていないことを認め、
旋の時を待ち望んで
間 に生きていること 出現したキリストに ﹂に﹂を見る。ここに
。すなわち彼は 、こ
し 、この力の現実的
彼はこの歴史的現実
に 立ち、この神の働 ぎを象徴的に指し示す在り方をなすのである。 彼は、文化的活動
直接の机 手 として 白
のためにいのちを 捨プ ・ ,る べ き で よ のる﹂。
丘ゑ憎 し示す形式
て 、有限なる
ばならない。 (12)@ 12
キリス ト教的実存
自己を実現するにす 聖なる主体としての神
人間との間にも﹁ 我
ることを認める。三 % 由
なすことによって 、 るのである。そして 彼
現し、文化を創造す
である。
に 来だろうとする
働 ぎに対応する在り をもたない自己実現の る 。 を 象徴する性格をもち る 。
を 無視して、人間
よってつくられる 文
え、 神の働ぎを象徴 13@ d3)
は
しが
ぎが 、チベットに き
ト の後期流伝仏教の
なく紹介されるのを 通 常 としてぎた。 しかし、かようなアティーシャ観のみならず、
きられるものがあ
ヘット仏教を推測す
0 間 題 にとどまらな
新認識の問題につたがるというべぎである。
いては、具体的に
来の学者の通常の仕
てこれに聯関性をもっ
密教者として
|
とくに
のァ
持駒
の
ティーシャ
問題をめぐっ
羽
て @ 一田
野
7
白猷
(14)@ 14
紐下
︶。訊立 。そのため本書は チ ベ % してのアティーシャ ﹁ 緩 ㌧ 注め - い の 00 。の・の e ,
は 時論 暦 で、アティ
輸卒で、仏教のもっ
橋本光完訳九四頁
以たいと思
う
。
土用
尺
ピ几
Ⅰ
Ⅱ
卜 亡卜 Ⅰ
L
レ
え
た
かう
ノ
てば、すでに﹁
チ
旧稿を補筆したもの
が
本稿である。
その
一
日
をあらかじめ例示
利
であるからである。
Ⅰ出し馬のし
C
しし
由
︵の
|
今日においてもな
口 田口 王の ︵ い の目の口 ぺ ㏄ つ し オ Ⅱ し z, ︶ 緯 0, の・ ト e 。
マソ がある。彼もま
斗 三の ヨ 曲ヰ コ ,のめ㏄ 0 コ丁
といい、
本初伝
富室
︶目色 倖 ずらャが 、よしんば実際には チベソト における 時輪 の 最初の流布者ではな
円 Ⅰし口 円 , ロ 0 行Ⅰ ハ Ⅰ - で ・ トと 1. という。
な 主張はチャン ド ラ ・ ダス に起因する、と考えられる。
について、筆者の見 解 をあらかじめ回答しておぎたい。
ョ ーマ・ ド ・ ケレ
傾 ,何のあることを 否 ︵ l1 ノ
をもっておこたわれた
摘 してきたところである。
チベットにおいて
れがどうして一般に (161 16
密教者としてのアティーシャ 時輪暦と 考えられているのか、理解に苦しむ。
デを
き暦
﹂と よ び、る 。 時輪暦 による記述
うない 0 しいていえ
位 として第二・第三
く おこなわれている
数の誤差を生じてき
問題の解釈が 、 自ら
暦を チベットに設立
﹂とがある。補足的に
柵が 紹介されている。
ャの 生没年等は時 輪
アティーシャより 多 少 後のことである。この一事をもってしても、
され弘められ、 依円 さ
である。
典 の一つとし、 時輪
ム派史 ﹂︵東北大学文学
である。
附随的かっ派生的ではあるがに対する 筆 者の見解を前もって
緊密な聯関にあったか 17 (17)
チベット大蔵経目録
その
二D ところで
関係が如何に
らない。
の チベット
て おぎたい。
3f 日 o, z 。 、現存 看取さ 大蔵経 のいの ぺ ︶
時輪 ︵本尊名︶﹂と解説
解を示しているということができ る 。
昭 。 時輪 では回教 紀元を用いて、年数の計算がおこたわれている。
表した。
同時にそれは、
包環毬
でもある。
の 諸学者の主張にも ︵ 3 り かかわらず、それを支持することができない。 は下その論証をすすめ よう 。
本を追加したものである。 叫 ㎎
の
一 万 イー、 シャ 沖 Ⅰ /@@@ 白 l ほ の シ ュ ト つ 部 か い 駆
た 一 上
八の
ュ典の
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ゾ の 「Ⅰ・ 万 ンc ノ " t ⅩⅠ 。 卜 及 び 「 ア ン ギ
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ノン 目 Z な ト O の し 立。 ソ Ⅰ ノ '
こ ギ か ゆ T の ュ
らない。 (2(n フ 20 , し 白 も フ 。
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皇条緒就喬馨
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し 転 学 菱 田 逆 の は 日と 先 。 お こ 5 が つ ね い び す テ こ て ン い 述 い つ め て る と l ィ に と 疑 を わ お て 諸 こ シ も な い よ 半 デ い 者 ノン で の あ 次 は ま に あ 生 板 り ぐ な た 人 ろ
張 、 チ い プ を ナ
。 ト ブ持
ソ め チ
ル ト が ,、 、 ぇ ン 例 ア の が ソ い 寺 の 時 ら 版 外 テ 多 で め て が 第
輪れ
の ぎ 看 ア 一 " 一 に た 大 何 で は@
ィ き ャこ た 適 時 テ の 強 い 茂 れ な シ 及 経 アァ ヒ い ャ ん デ は に 。 で 革命 ィ 偉 い と 史 お 、 ン l 人 と 関 い 。 の で か あ 関 心 つ の い ナ 観 取 ル 訳 録 ゲ り す @ ャ も さ て て え る に 評 え も タ ・ さ ナ な ァ も よ か ソ 著 れ ル Ⅰ " -" ア よ 7 っ さ 面 ち いら 仮 作 タ で ィ い ア も で し ン あ l て れ 時 チ 北 あ か 等 ろ シ 善 る谷 住 。 ) 輪 Ⅰ こ べ ソ て
さ プ 全 も ト { れ ト 著 た ン つ 人 も 時 の も と は
密教者とし ての アティーシャ
@o
の
密教においてどのよ
幼
クラサン ヴァラ ︶
る 。
るが、 これは﹁ 勝楽 同時に無上流 Ⅱ・﹂ 1 無上疏 伽 ・ 母 タントラ部の密教 C
ム テンリ ソ 大蔵経 建
参照。当時、
として勢力
ストを求める
ことができたのであろう。
エ ム・チョー全書に
のの レ ・︵ 0 ︵・㏄の, 笘 n.. ﹁明明 燈史 ﹂ ho 一 ・お参照。
は アティーシャの
って当然補足 さるべ き ものがあるからでおる。
通常 依用 されて ぃ
、チベット大蔵経に
て 、多少立入って以下に論及しょう。
おコ
であるが、
そ
及の
法
﹂
註釈﹁
往
、 ロ
ca 現観
ガ
Ⅰ口のの
分別﹂
旧メ
﹁ 口
ra 宴ヴ王
の
村隼
ザロ
約コ︶
コ尹之
め逗丘ヴ
0.
に
︶︶ 卸
田 かぬ
︶
a
。
楽
の先覚次第を扱っ
柑ご帥一
Ⅰ
田デ
∼々
o.pAo
一の︶
、同
いる。
ておかなければな
四部作、即ち﹁
宝荘
法
﹂
妄
0.
し
。 8
、
同
の
翻訳もある。これ
ヤ
クティ崇拝を端的に示す密教である。
イ
ーシャ
流
とよば
統を形成し、後世に
識
するために看過しえない事象である。
㈲砕金剛︵
へ一
ヴァ
ヂこ
ゅ宙廿曲臣 p 。 Z0. ぃ肚朝 と %
尼
0. おお︶の翻訳がある。 また次のような自著もある。密教者としてのアティーシャ
㈹無上疏
伽 ・ 画 所属の多羅ぅが 、多羅に関す
梯に 属するものはさ
ヤ グプタ 著 ﹁多羅 天
コつつ Ⅰ 腱隼 Ⅱ づ のの 卸宙ダめコ笘 @
Zo, に い の︶がある。
外にもなお存在し
ある。 今 その一例を
に 属するものとして
著 ﹁ドーンビ・ へ| ル力の甘露光宙 隼ロナ Ⅰ︵の円山。 e に対する註釈﹂
および大幼歯︵ マハ
の 著作
宴
0 の・ ぃ黛ダ ︵ 9 ︶の 生起・先覚両次第 や
結合タントラは砕金
として後世に伝統 し ︵八︶ たことについては後述するであろう。
㎏ の
o の ︵ u ︶これらの点については﹁その 五 ﹂参照。 23 ( め )
㈲秘密集会︵ グフヤ サマー ヂャイ ㈲﹁秘密集会 世 自在成就 法 ﹂︵ Z0. 奏 0 じ 、 る 。第一は ヂ ニャー ナ パー ダ 流の秘密集会 マ Zo. ︶ののとの三部作があ 観、第二は観世自在の コ
Ⅱ無上輸
伽 ・ 父 タントラ Ⅰ に了
・ 目 0 の︶に関聯をもつものである。㈲無上疏
伽 ・画一般に関聯するものがある。本書は多 め *E 才 ㌧ 目ず曲 。 之 0, 悟 ㌧ じ
| シャから伝統した 、アティーシャの 密 である。 いつ 0S の著作・ 翻 楽優 破堤 舎 ﹂ G 擾デ 聴聞 録にょ れば、上記 が詰 るされている。
ある。
上
引の彼の書
射
破堤 舎 ﹂
ヨ
0. ︶のめ e の ぬ密教者としてのアティーシャ
テ,一 シャが翻訳し 狗 ヂ ニャー ナ パー ダ の あ ㈲ 黒 閻魔 敵 宮お 逼了日ゅ Ⅰ 田 ︶
聖典 金剛怖畏 ミゑ qp. ﹁一切如来身口意
ソトラ における ヂ 年 ︶参照。 ︵東北大学文学部研究年報第九号︶参照。 伝統のあったことも知られる。
た 密教者であった ハ ー ダ がイソ ド 密教 展 がすでにしばしば指摘したところである:︵ 4 工 ︶ ぎたい。
べ き アティーシャ
秘密集会と よ ばれる
一
サーチ
パダ
流に属す
これらは、アティー したと伝えられ、 チアティーシャ は、 類、さらに無上諭伽 の 希望も充分もち あ れを遺憾とし、チベ するに難くない。 かような ドムトク 大邱・ドーハの シュソ コルに所属するいわゆる 辞 ru ヴ ,落田即ち サ ラハ等の大邱︵マハームド - ハドマヮヂラ 、イソ ド ラ ブ ーティ等による七部 または八部の成就
書衰
0 夕燵ぢ t 。燵の㏄こ等
の 部 に所属すべき種々の ウパ デーシャ等の伝授を 実際におこなった。また広くそれを流布したい と わせた, -O-8- しかしその後、弟子 ドムトクン によっ て 、その伝授を諫止された。アティーシャは 、, ト に来た意味がない と歎 したとしわれる , @ 、 -9- 1 。 彼 の 密教に関する関心がほぼ那辺にあったかを 推 ンの 制止、その他の事情によるのであろうが、 , ﹂の領域における彼の伝授活動はその後目立っ て l I Ⅰ Ⅰ Ⅱ無上諭仙一般に関するもの Ⅰ ヒシ を 種
ァ プ ン テ 閻 の
法敵
要 十 」な師の
ティーその
ヱ考、ト
は ポ シ ー イ ぬ敵は として 芭0
の・ の類にャカ扱蕊
研一も
,く が 、 l 一 ア ・ は ご
Ⅱ
仏 教 史キ
参 照 。 " ム
w
訳 で っ ク 」
も あ て シ に と あ ろ ア タ い ア ア
ド
l れ 元
(26) 26密教者としてのアティーシャ 減少している。かような事情を反映したのであ ろ うか 、チベット大蔵経に収載されている関係 文 献も多くない。 た だ 、﹁輪廻出離 意 と名づくる 歌 ﹂ ゼ 0. 燵あ ︶ 、 ﹁ 法界 見歌 ﹂ 稼 0. めの ︶ 巴 、﹁三昧資糧 品 ﹂ 我 0. ド 9 ︶、﹁超世間 セ 文銭 軌 ﹂︵ 之 0. 燵串 ︶、金剛乗の﹁根本過失 広註 ﹂︵ 峯 。 燵寒 ︶、﹁身口意 善住 ﹂︵ 之 0. 淫お ︶等の著作並び にその翻訳が収載 さ れているにすぎない。しかし、これらは多少 程 度の差はあるが、何れも後世にまでアティーシャ の法 として重視され 伝承されている。 幹 ︶プトン 著 ﹁秘密の門を開く﹂によれ ば、ダクポハ ゼの 派には、これが伝えられている 0 アティーシャ 伝、 聴聞 録 苦参照。 ︵ M ︶アティーシヤ 伝 、﹁デ フ テル丈し第十一巻、聴聞 録 等による 0 但し、アマナシカ ラ ︵不二金剛 集 ︶をはた して伝授したかど ぅ かは問題がある 0 何れにせ よアテ ー ィ シャはこれら を マイト リ ー パ から聴聞し 、ド ムトゥ ソ にも伝授した。 そしてド 々 は セ部書 の一つ﹁智慧成就﹂︵ z0. 燵む ︶の翻訳をおこ な っ たといわれる。 ︵ 刃 ︶アティーシヤ 伝 ︵ チム ︶Ⅱ 0 才 ・︶ op ︶︶ め ・ 同 ︵ 広 ︶ へ 。 ダお ・ 田 ・なお拙稿﹁ ヵ ーダム派 史 ﹂参照。 Ⅲ 九 髪及びァ一 ナソダ ガル バ の 法 ﹁一切悪趣を清むる威光王の儀軌﹂ Gpq づゅ宙 Ⅰお曲 円 い っ曲 ﹁∼ ぬ 0 片目 p 。 署 0. お 8 及びその一分﹁丸善﹂ ︵や: めム窄之 。 か ㏄のⅡアーナ ソダ ガルバ 著 ﹁金剛出現﹂︵づり 甘 0 才 せ : 才 0 ・ め 0 ︶ e 、 同 ﹁二束 勝 鼻薬 羅 儀軌 L ︵ 円 ︵ 曲 ∼ -0 ガせ 曲へい 古田 曲 里曲中口 凹けづ ︵ 由ダデ 才 。 め呂 ㊤、 同 ﹁タットヴァーローカ﹂︵真実損タン トラ の註釈、 之 o.N の︶ 0 ︶等の翻訳があったとも いわれる。しかし 現存の大蔵経には収録されていない。これにつ いては後述する。 ㈹般若波羅蜜の類 この類では、力ムパラ 著 ﹁般若波羅蜜多 優 破堤 企 ニ ︵ 之 o.N 定め︶を翻訳している。
ガ一
Ⅰ ノ
印行・
作 ・その他の槽梯の密教 タソトラ の聖典 と 勇 老成就 と 名づくる 別手﹂を。Ⅱ 舶 ㏄Ⅱの ㏄︶︵ か 恭 ︶ 何 構成 を示@ 。
0 階梯の密教を
合と 著しい相違
である。
︶ 0. その他に よ れ
ぱ ならない。 尤妾
︵ 幼 ︶
破堤 舎 等と趣向をほぼ一つにするものである。 ろが多かったがためで
㈹何
% 富ォゅ臼 ︶Ⅰせもの類︶等の自著 とキ -
の翻囲
Zo.p か 08 か 、または
トラ の仕方で解説し
て、 広く流布したの
密教者としてのアティーシャ 著 がある。 / づ い。㏄の㏄の・の。㏄ べ そ㏄の︶。︵ 2 7 ︶ 蔵経所収の翻訳・ は 多羅、不動、観音 一 摩耶 厳 飼主﹂︵如来 和 れる。多羅、不動、 器 た ﹁ディー パソマ ﹂ べ ㏄ e 等の翻訳及び ,目 摩 ぉ
が代
ら ヤ 耶 以 い チ 泰次、 は チ ま宇土
て ル す に ド ャ ずア イ 、ヴィー ル
がある。これ
有 した。
。の 0 の 9 、意を
アティーシャ
ゲルク両派に ︵ あ ︶ 広く信奉された。
、﹁一切如来二一
尼 ﹂の 類 、﹁ 歓 等の翻訳をおこなっている。
・翻訳は多種多様である。
元 ︶北京版は三部。
羅尼が 記される。
て れらはすべて ァ
ヤ チャンドラ 著 ﹁金剛手 讃 ﹂が挿入さる べ ぎである。
zo の・のの 0 め・のめ︶の︵のの︶・のののめ︵ め ︶の︵ c. 参脩 。
と 補正すべぎであ る 。
見解に ょ れば、 へ |ヴァヂラ を守護神とす ,る 。
|グム 派︵㏄ 酊ァ|
は 、チベット
できよう。
,ヘット、とくに 衞 と 考えるべき理由が
が行 ・昨夕ントラに あると速断することは許されな威が ァヂラ Ⅰ論判︵チャ 30
密教者としてのアティーシャ Ⅰ ノ Ⅵ密教一般に共通するもの Ⅰ に
と 翻訳がある。 こ
のが多い。
及び著作を手掛り
描き出すか否か 、問
彼は時端者ではなく
る 。
その
三なかった。然らば、 次に史書類においては如何であろうか。
B し 帯出版︶ 、ダ
0 ま ︶のごとぎ一般 史
ヵ ーダム派 史 ﹁明澄﹂
のの㏄ 臼 。 田 0 一の・の づ は ノ、 。 ハ
ク 派の歴史を詳細に
のあったことを示す 記述はみあたらない。
いては如何であろうかで 31 (3 Ⅰ )
ソはトブク、 サキ (32) 32 読 め ナ ご 流 ノン ク の ん と の
ウ 戎 金 は そ ) " は 書 ど , し
」
シ牡撫
]
弓 |か りこ の
詳詳
細 し"" """ 。 く刀 に プ 。 の と )
、
説で
明 あ キどし ろ
タ ツ て の め @ テ Ⅰ ラ の し 章 ン ォ い 部 ク
時 " と ト 、 / る 分 派 輪 プ を ラ カ が ; 等 の
とは
る。
@ 史 ト オ 旨 総 " " の 遠 保 く 誰 何 従 せ ら っ ら 寄 て れ 年 る す ァ で る テ お と 々 ろ こ l う。
らシ
の ャっ 時 た 輪 入 に
と る い 伝 わ 統 な 史 げ 及 ね び ば チ な へ
ら
な ト い 流 。 布 こ 史 の の ご 上 と か は ら 次 は に 全 述 く べ 注 る 責 ,じ、 聴 す 聞 る 録 に の 足類に
ょ らな つ い て も % ま そ た ら密教者としてのアティーシャ
カパ はアティーシャ
、ツォソカパ の密教
Z 田 。 H ゅ卍 とをもって ぅ ると考えられる。
ていた い 。また 次
時輪 が伝統するに 当 てはいない、と考えたければならない。
ハ丈 琉 伽の名がみえ
輪 の先覚次第を想起
他の多数の六支輪 伽
の 伝統系譜が示され
伝記を詳細に扱い、
ハ丈 琉伽 はみあたら む
信頼すべ き アティー
ンの 聴聞 録 のみに 記
托した、または何人
ずしも 時 輪の独占的
の 人文 琉仰 が 時輪の 33 く 33)
(34) 34 さ て の び 筈 「 し 粗 ら 相 も 封 ま
で三
た と 次 し 教 室 し し 宜 な っ の ま べ か 時 も の 「ア
す三文
切のか
的ム
トャア
のテ
イー る マ 及 哲 二 つ ク イ ィ シあ ソ の 「 を に の 八 ャ 伝
ら ン の ィ と る ア
子訳
述 で か こ ご l し ィ ク 官 べ あ は と シ l シ と た るじ き ャ ア シ テ し も 口 を l
そ 伝 除 シ れ に い ャ よ ょ た 伝
近 在 そ は し れ
1
3)
ノ づくし 3 ) ワ, し か く よ ハ - @ @. プ し わ と 先て六ゲ西
れ し 行 @ よ要 三 球
も 聯 典
こ で古寺 考 お な のあ の
ァろ丈
慮 い っ す て た べ 理 Ⅰ従っ
ぎ性 解す質 る て 士 シ の の の も を 」
の
妥歩
で 当 を あ と @. タ る ず ず と 一 る つ は で て ぃ あ ァ し 、 。 つ 一 ア がた つ。
席ィ )"
3 l
い て シ オて ヤゆ め Ⅰ ト 一 士 @ こ
人文
ん け @、
こ 琉 の 伽 聴 な 拡 聞 る 大 録 も 六 @ の の 牙し 一 一 "" 一 口 " じ コ ; が密教者としてのアティーシャ
ブパ ・チャド イ ル ヂ ソバ 締僻 といわれる﹁ア - ア イ ーシャ 伝 ︵ 広 ︶﹂
三
0. べ 0 お ︶の改編である。プパ の﹁アティー シ
拠は、 彼の師ラク ス ︵㏄ -
を 改編した チム 一切
その中葉を降らない 古 いものである。
﹁三十 講 ﹂の大部
学匠クンガーギャ ソツ
、学的資料に充分た
はかって論及したことがある。
れるアティーシャ
ぇ ないような点をも 含
おこない、チベット
記述は全くみあたらない。
の 密教者であった
ず、 次に述べる 諦 聴 聞 録の記述とも軌を一にする。
を 述べ、それが後 鵠
﹁
宝
荘厳成就﹂
要
。
︶丹のど、﹁
行歌
﹂
ヨ
。
(36 ノ 36 ろ う の そは要こ
、
な で プ みト よ 次 の ソ う 。 に ア そ こ テ
ねめ
ィ そソ プ の カ ト ど 五 パ 、 ノ の や め よ ゲ 聴 ぅ レ 間 な ぺ 銀 幣
ょ|ザ
がに
教 し シ ン っ チ ポ て べ 等 の プ ト 聴 ト に 聞 ソ お 録 が こ の 聴 な 記 聞 わ述 し れ ょ た た ァ い シ | ル l た 伝 り と か ィ て ャ イ 統 も こ を l は
の ・ に 」 パ お 惰 ろ 知 し む る く 主 た 、 と め そ し に
め て 「 膀チシ 内 記 聴 を 系 容 す 聞 も る 録 : の
他 こ に 尊 ル め 心 な と ょ と 。 ム テ 弼 覆 に っ し 典 ぅ す て
勝 「 か る 彼 」 ハ 楽 現 ら 。 の
フの
で と 密 P %タ観
ン 」 あ い 教 69o3(
( 二リ
l 々
な
Ⅰの。師伝」
てい 臼 か 曲, 力 、 呂る事
Ⅰ 牡 杵ヨ に の の つ @ カ の 。 @@ り Ⅰ T レ は 援 l う @@. Ⅰ ・Ⅰ ふぺ - オし い 占はち ﹁年金剛﹂
ゼ
0の
せ
宝田。 ムこ 即ち パドマ 羅 儀軌﹂妄
0.
︶
燵ご 、﹁ 薄﹂
字
. ︶
MN と等の法が伝えられた。 一 シャの
ガーリー
めと
。。
之
0.
︶ ミ
e、大邱
シ
その他併せて五十種に及ぶ法が伝えられた。
るが、大蔵経に
昭
11をも多数伴って
い
トラ
の解説は、ハベ
@ 帥
︶
ャの
密教として興味深いものがある。
﹁デ
フ
テル
史
﹂
第セ章
︵ 0
︶・
お
ンポ聴聞
録之
0.
のかミ・︵ 0 一 ・ め肚
だ ヒ ( 「
メ役 (Ⅰ ロ
間銀
流㏄ 濯 「 員 ン 肚
の 類に一致してと かれる。 共通の釈 タソトラと 味の ﹁ 正 結合の釈 学 ﹂なの あろう。・ て ︵ 4 , ︶ 三タソトラ の 釈 としている。 シャのインド人の 弟子。 (38) 38
密教者としてのアティーシ ャ
アティーシャ伝にも
し 弘めたとは考えられ
㊧には、上記の外に タントラの註釈は ツヱ ール
百
細し流に似る 、密集会としては問題 %
沃 に手引を与える。㏄
べ
き
記述がない。
先
ト人才ンチュ ソパ が ヂ ニャ 随順して著作したものであった。 ダ 糸の秘密集会﹂は 、ッ チベットにおいて著名である。 ャ流と称せられるものが 濯頂 並びに 聖 父子 流 として えたにとどまるらしい。 | シャは 聖 父子流の十一 1々パー ダ の でソ ダラ儀軌﹁四百五十﹂に オ ン ヵパ 等にも伝えられ、先述したよさに ある。アティーシャが ロ ンパ・ガルゲー ァ は 附随的な比較的重要でな い 断片的な法を 代 相承並びに五代相承の二系統を学んだ、 ll Ⅰ ド 秘密集会﹂リゴシ バ︵ 守億の
こ 。またこの流派 Ⅰ ソ
Ⅱ無上
楡伽 ・ 父 階梯の密教 ︵ま ナ - Ⅰ 無上疏 伽 般 アブ し 属するものではあるが、
ュウ
派の
ダ
ー
ポ
に
伝統は
、
黒
閻魔敵に関するアティー
紅
閻魔
敵
、金剛怖畏と共に大い
レ
は
上記の諸聴聞
録
には現われた
もに次第にその伝統を失
う
にい
の
他にもみ
ぅ
げられる。
シャの多 に流布し 、 い 。おそ たったのマ
の翻訳や著作が収載されて
これに関する多数の伝統があ
らく
ぅ
1
%自
︶
流等
の
他
派の
であろう。かような例は
、こ
1ヤ 弟子にも伝授
㈲
黒
閻魔
敵
︵クリシュナ・サマーリ︶
︵ 4 4 ︶ ︵ 4 ト ヘリ︶れ シ る ( ャ 。 ㊦ 流 即 の ち タ ア ン 一 ア ト
l の シ 註 ヤ 駅 に が タ ツ "/ ェ h@ 1 ノン の 流 註 に 釈 似 が る あ と つ い た ぅ わ プ け ト で ン は の 理解せら なく、それは後世の作品なのである。 ﹁デ フ テル 史 ﹂によれば にの点が ブ トンの聴聞 にとどまり、後世にい じめて体系が整備され い う 、つまりアティー 口 ンパ・ガルゲ一 ァに 録の場合と異なる。しか たって チベ, ト人 クソガ 、 盛んとなり、ニュー ル シャ 流 といってもそれは
は ャ ッ
あ
に論通信
0 な 製 小 た
でわ 件件
こ あ れ す 見 と セ ブ "-ィ た て シ る l と は ャ 。 C40)@ 40
する金剛手﹂の
潅頂
、サル
イ
ーシャばかりではない。
ところが多かったらしく、
41 く 41) の アティーシャ ㈲アティーシャ流の九 % 等ミ ゴム キノン︵ イ Ⅱ 八 リ ハ ツ - 口円
:コク・リンチノギャ
の 著作﹁金剛出現﹂
警 ﹂
要
o, N の時の零・︶単独で翻訳した。その
はその忠誠なることを ︵ 仰 ︶
アティーシャが不パ 一か からチベットのガーリート。 ィ
﹂のと ぎリ ソチ ソザソポ は、 楡伽 タント
どめ、他の﹁九 % ﹂、
イ ーシャに﹁一切 悪 ︵ 仰 ︶
て 、ゴム チソ に伝えた コ ㎝ 楡 価格 梯 以下の密教
ことである。︵
6 4ノ
お ︶﹁秘密の門を開く﹂︵ 0∼・
接ず, ・で・の・︵ 口 ・ ノこ 参照。 く 42 Ⅰ 42
りお 肚では、アティ
には精通していた
1々 ソダ ガル 程度精通していたか疑問である。
︵ 0 一 ・ ミ ・なお西蔵撰述仏典目銭∼ ロ &m* 、 b. の・︵下目︶ 参照。 ㈲アティーシャ流の阿 閣 の 類
巳 、大翻訳官 リソ
述 したよ う に、﹁ 一
陀羅尼の一聯の儀軌
して広く流伝した。
化﹂の場合と同様な 合致するところがあったためであろう。
伝統を保持し、後世、
誌されているが、
聴聞録の類にはみあたらない。
密 牧者 としてのアティーシャ
(,)
Ⅰ51
)ハ ツ卜 Ⅰ く 43 く 43) は 聴聞した。
㈲無垢
頂髭 れを聴聞した。アティー えられ行われている︵∼ 0 一 , 0 ど 。㈹観音・馬頭の類
1ク リ ・パに伝授された ぇ られる﹁六字成就 法 ﹂ 及 随伴して伝統した。また ケ ︵︵ 0 プミ ︶。﹁十一両 WW 土日﹂ べこ。 泊 シ 。流の無垢 頂髪 とょばれ、後世にまで 伝 馬頭の類は、先述の多羅とともに広く流伝 びその註釈は、生起・先覚両次第をはじめ ルガンマ 6 ガせの 7 の ゆ p か @ ︶ ゅ ︶とよばれる﹁ 大 及び﹁六字﹂は 、テ ルタン寺の竜 姿 な法と そ れ をソ 屈由 ノ " 一 @l 諸 を ド
が 種 ト 甘 流 テ ( ィ " Ⅰ 充 / し と し て Ⅰ -j ム 統
さ
ら
れ ッ れ て 尤, Ⅰ い ギ ン る セ し ン と ( は ン セ ン 及せのい二の。先にのべた
勾幅び グ ン
Ⅰ の 片 - @ ヤァ Ⅰ - 目 シ イ一 ヱ て
小文 久 ・
ゴが
抽 、 さ れ比丘
Ⅰ月の ㏄ | ナ - Ⅰ 系 統の に ヒ ン
て材 ) 44
その
人 あるが、さらにこ の 大乗﹂とも よん で 。ところで、密教内 ャ伝 ︵ 広 ︵ 田 , 目 ,チムられている。その 詳細 は 煩をおそれてここで は 省略する。
伽 階梯以下とくに
シャ 伝 、力しタム派 史 等に徴すれば、右に述べ たところよりその数も
。・これは、アティー ャは 各階梯の密教の
この点については 次 0 章において論及したい。
場合も他の場合と
ても精しく説いてい
って彼が時輪の精通
援引した諸学者の主 張は支持されえない。
の て 密教者 45
伽 ﹂は通常の無上 楡
階梯の密教には最高
㈲ 輪制 C キ qp の曲 旧 自尽。 之 0. 持 8 ㈹金剛四座おめ︵ 目さゴ吾 P 之 o. ぉじ
㈲大約
母 ︵ 目 。 アゅ ・。。 w 穂 , z0. トはこ ㈲仏相応百口口ロ アい の の 日韓 om ダ z0. 窩 e㈲仏頂
蓋 G 荻ま ア pFp づゆ一ゅ 。 Z0. お七剛 四座﹂︵ビルシャ
、﹁ 勝楽 ﹂︵ 輪
ソ トラ目録﹂
ア イ ーシャが 楡伽 と無上職 伽 の 両 階梯を挿入増補したのである。 ㈲無上疏 伽 オロ 拍ア廿専 0q 三 % 由サョ 。 ナ屈 。 レ 月日 日ゆ
捷
的 o 曲 ( ) Oq 。 ぺ 。 お㈹大輪
伽 オコ 主 J% ︶ せ 0q,0 肝ヲで 0 。 三の ダ 卸せ 0 ぬの ︵ 0 宙か 0 。かごに精しい。 である。その七階梯は次のまうである。 ① 作 いる。 下 寺ゅ ㈱ 行 9% 。 P の pq ぜゅ㈲儀軌
オ ︵ om, 馬 。本 の汀曲自註﹂には多数の聖
ャ 伝も同様であるこ とは、 先に述べた。
を本領としていた
きる。 このことは他の面からも保証される。
ヂラ ︶の成就者 ぅ
成就 し 、その マソダ
に 七年、九年或は十
ク T ティの 打 ともよ
輪 をも修めた。また
持 さ 5 けたのもこの
る 。 い まその詳細に
勝楽 ﹂︵ 輪制 ︶の密教
らをア ヴァドゥー テ
いる。この点については、アティーシャ 伝企広 ・ チム Ⅱ﹁明澄 史 ﹂、
る
⑫
o ︶部分は無上疏 伽 ・
ィバ、ア ヴァドクー ( ㏄ ) 46
密教者としてのアティー シヤ
﹂で
茶棋尼が
彼の自
ティーシャは、なお
面目のほどを推知すべきである。
密教を捨てないと
0
この誓いは終生
護
ても、夜は茶
棋尼
の
聚
修
金剛
敵
﹂、﹁金剛
法
ンザソボ
を心服せし
仰
成就に専心せしめた
仰
両尊 、とくに へ一 するみるべ き 著作・ たとしても、実はあ やしむに足らないわげである。 翻し、筆者が調査し| シャの密教もまた
域 においてはインド を 知り う な @ 把
母の﹁ 輪制 成就 法 ﹂であった。
があった。その 理
る 、という悪評が イ
︶も﹁明 澄史 ﹂も一致 してこのことを誌している。
もっともよく知り
である。彼は﹁菩提
の 大王﹁ 輪制 ﹂は 八
すべく、アティー シ
大きい影響力をもっ
、 輪制 ︵チャクラサ
っている。もって 、 かくいっても彼は決
したということであ
し ㍉
を 発表している。
ろ 1 。 ,, 。 ﹂ め弗 五五車︵ 0 ロ ・︶の ㏄ ぬ ・ 卜め ・ く 48) 48
密教者としてのアティー シヤ 49 く 49 Ⅰ
その
セダ WHp 目下 p 。 し 曲か l ロ 。
﹁本初 仏 タントラ﹂と は 一体何であるか、問題とすべぎであろう。 ﹁本初 仏 タントラ﹂といえば﹁ 時輪タソ トラ﹂を 、
て やチャ ソ ドラ・ ︵ 舶 ︶
た 諸学者の説11 ァ
直ちに﹁ 時輪 タント
せられた、と考えられる。ここに問題がある。
るといわれ、また 時 輪の註釈 書 ﹁無垢 光 ﹂
宕
0, の お nZo. 記ミ︶する。しかし 時輪の
説くことは 時輪 に限
タントラ﹂と﹁ 時輪タ
有 なものではなく 密
えない。一応検索し
たらない。
比丘スニ , ︵ 肝 ︶アティーシャ 伝 ︵ チム ︶︵ 巳 ・ 0 こ 品 ︶アティーシャ 伝 ︵ 広尚 0 一 ・のの・ 同 ︵ チム ︶︵ 0 一 ・︶ き
この﹁本初仏天 タソトラし 及び﹁ 濯頂決示 ﹂は 援引された。かかる第二秘密、第三般若、第四 ばし ば インド密教においてとりあげられた 課 は 種子の衰退せる老人や比丘に対して、秘密 る 即事のそれはさげるべきことを推賞する。 0 所説とは点前において異なる。 一 ・ 時輪 タン かりではなく、内容的な相違にもよる。 ところで右の場合、今一歩をゆずりアティ 初 仏人タントラ﹂といったとしても、すでに えに、アティーシャが時論に精通していたと またこの﹁菩提 道燈 ﹂の﹁本初私大 タソトラ して援引されている。この限りアティーシャ 権記である筈である。それにもかかわらず、 りあげ、信奉 し 伝承したといふ形跡はみ とめ | シャが、 時 輪の根本 タソ 時輪 のそれが伝説的であり いうことにはならない。 ﹂は、﹁菩提 道燈 ﹂を結論づげ に由来する ヵ ーダム派にと アティーシャの後継者や カ られない。これは何故であ トラ なる﹁本初 仏 タントラ﹂を意識して﹁ 本 また、彼は単に口伝をさげたにすぎない の るというべ き 最も重要な 濯頂 の問題の権記 と っても、同派の性格上、死命を制する重要な | ダム派において﹁本初仏天タントラ﹂をと ろ うか 。いわゆるアティーシャの﹁本初仏天 ト し ・ 題 擢 ぅ か 般 で 頂 秘 」 し 若 あ な 密
・
p」、
ブ般
両曜 る。
如何に 燈 句 に す 頂 対 」 に 時 べ を 応 所 ょ 輪 き 梵 す 到 っ も か 行 る の て そ と 者 の の か は も の 「
本み例ふぅ
問題は げるべぎではない、とい 、ァ ティーシャ は 外ではない。 時 輪の註釈 行わるべきこと、従って 初 仏天タントラ﹂並びに が見出せないのは、単に ぅ 典拠として かりでなくし ﹁ 血垢光 ﹂で 二棟交会に ょ ﹁ 濯頂決示 ﹂ 口伝のため ば ﹂の十二旬である。 し所説にもとずくとい ハ月 ︶Ⅰ り U ある。
︶両人の口伝による く 50) 50
密教者とし ての アティーシ ャ
ラ ﹂であったとすれ
あろうか。疑問なき
ハ のごときにおいて
の 延長となすにすぎ ず 、特別の図心と評価を与えていない。 堤通 燈 ﹂の末文及び トラ総論﹂において 濯
は 何ら其体的な比定 ブトソ がとる常套 約
れを アティーシャが
ぎ ものであり、アテ にすぎないのではないか、とも考えられる, ⑰ 6 O たのであろうか。筆者の気付いたところでは、 ﹁一切一一一勝 げ耶集 ﹂
・ へ| ル力、ラトナ・
、﹁ 吋輪 タントラ﹂を
ては、古来チベット 人
いことになる。しか を 彼此参酌すれば、
置 をしめていなかっ 5 Ⅰ (51)
(52) 52 所 て と ナ - Ⅰ
以 は ア に 何 と
断ぜ
トドリ ) 3 6 ) 乙 o 6 ) 1 6 ( ) 0 ( ) リ Ⅱ ト 9 が あ ベ ティチ 変り れに 仏 ャ い 、 を 教 に 。 本 え 史 お 論 な め げ の い埋 る は 解 時 じ に 輪 め 聯 の 1C 開 聞 か を 題 か も は @ ず つ ナ - Ⅰ 重
W.
て さ タ く 拠つに
要 に ガノ な ァ 問 テ 題 ィ ン で, l ヴあ
る ャ 。 個 一 T 。 こ 人 ノン こ の か @ こ -% 司ひ ら 従 識 来 の /L/ 0 間 P- し -題
に
学説 ⅠⅡ ァ こ と ナ - Ⅰら
群 私 な の 学見い
4 ぎ 0 """@ 十寸の説
開陳 持駒 が戸 | せ の を ざ 形 肯 がヴ足
成る
し Ⅰ | ,え 誤牢流
ぇ伍
ュよ @ な ひ 1@とあ い い Ⅹ 木 帝ょ 局 の 浄 圭ま 及 び 枝 正 @ こ は 助 手 天 野 参巾 士 の 労
四 し 年 た 度 文 記 部 し 省 て 科 謝 宇 恵 究 を 賢 妻
し
Ⅰ l - Ⅰ - 研 の @ " 。 究 戊 @ の 部 )キヤケ ゴ ーァに 於ける著作活動の 宗教的発展
理的 著作という 範 、周知のように、彼の ぅ 事によって、キヤ
で、その間に少しの は 、彼自身の宗教的 彼の著作活動の中に 、
的に
|
宗教的な意 自身の内面的な宗教 11仮名使用の問題をきな課題である。 そ
象 とする﹁キヤ ケゴ 日 の一環をなすものに過ぎない︶。 53 (53)
キヤケ
ゴー
ァ
著作活
に
於ける
動の宗
教
砲発展
大
長
谷
してもし過ぎる
事
だが、彼が元来宗教的
よって初めて充分に
示教的覚醒と建徳︵
人
逆説的
占
示教的なもの
作用が徹底的である
救うためには深く
潜 もぐ
審美的な作品から
始
い
出し宜も伍
づ 0
つ Ⅰ田仮
のと永遠なもの、毛並
ものであるからであ
的なものはその実存
に
於て、審美的なも
とい身は化石しょう
ての
極
美の調べを
今
(54)@ 54
火附
げられた恐るべ
ものに徹せんとしての
のの影であった。
周知の如く、キヤ
ケ
ゴー
ァ
の段階理論に於て
、
ものとして皮肉が
述べられる。そして︵
キヤケ
ゴー
ァ
に従って︶
たのは、ソクラテスで
信仰︶の類似を示すと
ソクラテスは審美来
Ⅰ 鏑 へぬ
丁ギ
0 コリ
ことして
な
知識へと反省させられる
ユ邑
。 よ
0 口 已も
へ 欺
き
入れ
ゲシゲと
眺め返して見る
の
ソクラテスが審美的有限
置く事によって
、
彼はその
よって体現された審美的
現
して
1.
示しているという事に外ならない。
為すは知らぬから
性
に対する純粋な信頼性
55 Ⅰ 55)げる天衣無縫な主張を表わしたものだが、
弁を弄し大言壮語の粉飾に託っげてまで
野望であり、彼等がかかる不徳義をなす 目
兎 も月ソクラテスに於て人は有徳たるため
理 に従って行為すべぎであった。もとより
方向に於ける永遠の真理 l 認識であった。
であるのみならず、外面的審美的にも本来
認識によって、個人は存在の核心となる。
世界はただ彼に対してのみ中心を持って い
0 日哲学的断片 ヒ 第一生色 と 言われる。 ソ
性 と内面性の間の矛盾を避ける ヴヱ一ルと
してのソクラテスに於てはかくの如くであ
、しかも審美的現実的表面に於ける本質的
ぅ より、倫理的1審美的であった︶。 け れ
し 皮肉にも自己自身への﹁絶望﹂を通じ 的につたがる事となるのである。
る 事を初めて明かにしたのが キヤケゴ|
る 存在関連は質的に新たな光によって 照
には絶対的な矛盾関係が提 正 される。審美 ァ であった。キリスト教 萌 される事になった。そし 的なものは今やその全性格 又 或る意味ではソクラテス して立身出世しょうとする 的のための知識を与えよう に 真理の認識が必要であっ それは内在的認識であり、 個人ががく永遠なものの 内 的な真剣さに関与するので それ故に﹁ソクラテスの 観 るのである、なぜなら、 彼 クラテスはこのような永遠 して現実性の前に軽やかに った 。そしてソクラテスは な 倫理性を包摂的に把捉 し ども、本来的な審美家にあ て 、倫理的な永遠者と理念 (56) 56
キヤケ ゴ ーァに 於ける著作活動の 宗教的発展 57 (57)
間
に真理を明示した
内に留まり、そこで
自己主張しょうとする事は
、
人を絶望に導く。
失
者でありながら、
、
2
が絶望の形であ
上げようとしない
審
が
精神がないなら、
な
規定として考え得
能
性からでなくては
ぎとしての絶望の可
には永遠なものの
開
躍
というものはあり得ないからである。
限界に絶望し
、そ
活動を通じて終始
秘
著作活動をして稀有
絶望に到る多様な形
中で述べた。これら
ゅ魔
的な力の実験だっ
望
的に崩壊するに
や 何の未練も持っ 事
L 第一編︶ものだと彼は言っている︶。 的なものが反抗する
り 反抗するに価すべ
性を獲得する事にな とする傲慢さにも 拘
閃光が、対立者とし
遠 なものを指示せし
ものが、かくの如く
・コープの著作活動に
奉仕している。︵作品 状記 ではなくて真面 自体が、﹁厳密な意 理 的、宗教的なも
、審美的なものが 審
スト以前の世界︵ 異
は
、アブラハムを
に 従って生き、本質 (58) 58
キヤ ケ ゴ ーァに 於ける著作活動の 宗教的発展。 現 わすのである。 教 的な倫理的理想は又その性格 ぎ 替えられる。このような状況の 而に 於て如何にして永遠なものを すであろう。だがやがて彼はその かの如くに知らしめられるであろ 最も善良な倫理家だったろ う、し 施さによって反撃的に報われるの ある、その破片の朋 れ 落ちる昔の 極 的に耳を傾げる用意が出来て ぃ のたろ う 。かくの如くにして、 倫 はそれ自身の内に可視的世界を越 不敬的前提に墓いている。 を一変する、一般人間的法律であっ 不に 冊 かれている倫理家が其体的な 時間的なものに於て実現出来るか 倫叩 Ⅲ努力の只中で、人間的努力の ぅ 、それは誠実さと率直さと従順 さ かも彼が実行在の中でその有徳さの を 知るだろう。それは人間的倫理的 決さを彼は前に一度聞いた事があ る、 彼は質的に興った方向を持つ 運 理 的なものの克則な努力はそれ自体 え た目標を持っている。倫理的なも く ・ づ目め肚 。㌔・。 げに ⅢⅠ 八 | い う は 、 彼を 引入れしめ、彼の