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『宗教研究』135号

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(1)

――目次――

1,

満されざる主体:カントの道徳的宗教を背景として, 楠正弘, The imperfectness of “human-being” as

the subject of religious action: An orientation, from the background of Kant’s “Moral Religion”, Masahiro

KUSUNOKI, pp.1-25.

2,

旧キリシタンの納戸神とその由来, 田北耕也, The Hidden Gods of the Secret Christians, Kōya

TAGITA, pp.27-61.

(2)

る 事はシェラーも指摘して 居 註 8

口 はねばならない。然し 、本 汚

されざる主体

詐 6

の名の抜︶ も 不可能である事を

ま胡﹂

5

︵ 0 目ヰ 0 ロ 0 鎗 あの ゴ のⅡ㏄の・ 註 3

が 宗教哲学 取り除かれ の 先覚者と呼ばれる所以のものは、 ヵント が 註 4 ばならなかった﹂と言って、理性に依っては 、﹁純粋理性批判 ヒの 超感性的な神、自由、

まこ

臣 吉日韓 せ一ヰ に

,つり

Ⅰ レ母 」Ⅴ @ は 力 っ の 宗 、 ン い 書 教

者 シ る 四 題 も ュ 。 部 に ラ 宗 に 触 ィ 数 分 れ カ

工学

史て且ト

げ、

ン マ 土 蕃 つ の ッ 、 は 最 論

れ 乱 の

宗 論

不乃 二 % 裏 力 併

青華

ふつ阻ト

見ンヒ

正弘

されざる主体

カントの道徳的宗教を背景として

(3)

本論では重要な位置をしめて来るのである。 ツァ 空伺名ュは 書物﹁ るンュ マーレンバッ ィスムス の立場より、 の 面 より、﹁有限者﹂ カントの信仰を明らかにしようとす を 明らかにし、これと﹁理念﹂との

の 主旨を明らかにして置く必要がある。

めると、一つの思想の要

し、 一つの思想の有する独自の意味や内容は 容易にそれを歴史の中に解体

が 理解されるものではない。

。カントの一・ゎ一 % 数論﹂を 論 数論Ⅰを、割合詳論されて 居

の 性格をガントの﹁宗教論﹂

一つの見方であって、唯一

哲学の背後に残された﹁有限者﹂を明らかに しょうとするのであって 、神

ぅ とする立場とは 異 つて居る。 又 、ヴィン デ ルバンドの流を汲む シュ ヴ ィ

するものである。このため 宗 詑却 詑 9

0 基礎 L 等を参照することにした。

なく、客観的立場において

際 にする事に依って、主題 48

(4)

0 りの 臣せ er.

ⅠⅠ・ 田 @@ ・︶ き 2 ぎ日 ・のし べ白べ ・ oP H 串 ・

レゆ ㏄㏄ , ︶ の ・ 健目 ︵引用略号せ 0 日 ・ め毛は臼 ・︶

き 5 ぃヴぃ Ⅰ・ A のの・ A べの ま 6 い すみ &. A ぺ O1& の ㍉ 註 7 手山 &. & のぺ 1 卜の卜 ま 8 の 臼出の Ⅱ 旨 : せ 0 日 ・Ⅱ 毛漏臼 ・の・のの十の篤

臣 ・ い ぃヴ 甘 0 ︵・ 鱒 ・ ぢ燵 ︶・引用略号 憶 ・ く

Ⅰ㏄の︶ ︵㌧オレ ざ ・暖子 ざ ・︶ 目 ㏄︶︵引用略号 幅 Ⅰ︶・ 旨 ,の・︶

一先生のも のがある。

を 含んで 居 り、カソト の欠陥を痛烈に批判して居る。

の ⅠⅡ︵田オ / コら Ⅰ w0 ヴめの神のⅠ田が ロ 0 毛の田仲 0 曲 ゴ円ガ ・ ロの ㏄㍉

﹂に関す

所を明ら

ノ しの 溝

されざる主体

トの 思想

して、 シ

論じて 行

併し

カソト的

反接 する

学の統一

める﹂ ぢ

の中にあ

をしめて

するに、

場は崩壊

である。

成 6@ ㏄Ⅰ︶

と言 ふ め である。此の点は全く正鵠を得て居ると思はれる。 き Ⅱの目口 pqg 缶 P 斗 ・ 目 ,木目お 力缶碍ぃ 0 コ ・︶ ゆ NQ

論 ﹂は 、

外して論

ソト の 宗

深く 詳し

すます 広

とんど 比

一 一

(5)

家学派の流を汲む マッ 教 哲学の課題を明らか 的に相異った本質を持 る 。 又 、この﹁宗教的 論じたわげではなく、 ネし 、 士示 は 根本 であ 史的に 現象学的与件として前提して居るにすぎない。 り、理 註 2

単にのべる必要がある。 現 学や哲学史の申で・扱はるべ き 詫 1

め論ピェチ スム スと 同一視す 、 ノ 理

と言ひ、 斯くの如 き 宗教は 類 に属するものである。 ヵ

れはあらゆる信仰にも左右

カソ Ⅰ

﹁宗教﹂

ハツ ハ は

高 性の 感

て 、シュ

。シュマ

が 出がのの,

の ﹁宗教

︵ レの のⅠ︶

、感情論 を 挙げる事が出来る。

も ﹁宗教

(6)

五 滑

されざる主体

] 信 に の

く 、普遍的に可能なも

ラ 一の宗教哲学は、かかる﹁自然的宗教﹂と いふザッ への本質構造を

不拘 、﹁自然的宗教﹂に

居る。そして、かくの如 く 与件的に受容され て 居る自然的宗教には 歴

は 現代宗教学における、

法論的には、この中に、﹁客観性﹂の限界に関 する難問題も含まれて 居

得る事柄である。カントは、この﹁道徳的ゎ一万 教 ﹂を﹁宗教的 ザッヘ ﹂ 的 存在者に普通妥当であ を 理解するためには 更 学が 端を発したのは十八 学の創始者とされる カン 素材と立場を整えられて居た。 註 4

ょり現はれた。而も此

不を離れて、人間の理性

に 宗教改革以後は教会 詫 5

クルソタ

カトリッ

つつ、それ等が等しく

﹂如 き 宗教であると定義して 51

(7)

は人間理性にもとづいたもの

示し、此の条件のみに立脚

しかなかった。併しその 上

いて此等の人人と相違して 居

叉 、最も高い宗教であると

口ふ のである。斯くの如 き考

依って育成された。そして、

MA 一木 教 と歴史的宗教の﹁間 一

方法論、立場の問題は、現代﹁宗教学一般﹂ に ﹄ つめ 共通の本原を暗示す 註 7

ある。カントは勿論、﹁自然

場は宗教哲学である。 猶 この 事は ついては、稿を改める事にする。 は皆 此の 謹エ カ ・ ぎ由 し目 お

く 論じて

註 no せ 0 目 し 韻 充当 の ・ 目切

︶のⅡロロの・の

由 ののの口内生の 一 トめ宙

関する 詳

|トと の し い 発表は後日にまわす。

は 別の機

ける人人の 会 に発表する。

帳ざコぢ づ ︵ ︶ ユ " ヘ /

(8)

述 て ら 的 般 す な 教 べ 考 れ な 」 る 立 哲 ヵ

満く

、 仮芳婁で巴聾宙案

さ力そた係亦

ンの

こ然の潮論

思教

れ ト 関 力 の こ ろ を の は

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位の

貴姉

一 一 一 究 自 ゐ 等 神 か と

号鮮仁穏暮竺

義義

崇 53 裁 にて

しだ役は立し

宗立此

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挙 れァ も

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哲学 宗教 問題 て

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言教

関 そも 課 題 な 恩 る ふ現 す の 猶 @. ま ら は

なべ象

る 「 こ 宗 な れ ろ き の 批 一 の 舞

(9)

上に別の存在者の理念を必 ある。カントは人間の自由に

oM. ハ達口ぬ ヰ 0 侍 ∼Ⅰ 0 H り 二り旺の︵のの

、敬虔︵ コ陣せ ︶であり ま 3

カントは典型 つた 点でシャフツベリー

考へ方においてカント 曲目ロ 、 目 的な と異 はシ へ /

の方向を辿る者は、社会学、

あり、信仰・実践者は感情

一であり、道徳と宗教とは

想 にも影響を 5 けたシャフツベリーは、﹁人間 が 道徳的であると言はれる 場

あると言はれる場合、その

此の事は宗教を否定した事に 示教に至る事を意味するので

は 自然的感情であり、この 人間は自然的感情によって

る 事になる。同時にこの人 事 、心の正しさを持っ事は自 54

(10)

へられるのであって、人間 これに取って代ったのが純粋実践理性である。 これは実践的当為の﹁ 場 ﹂において 神は道徳的宗教の内において 関連してのみ要請されるに 過 その神は、ただ﹁道徳的 信 、 或は宗教的 神 的作用中心 性 と神との矛盾を厳しく追求

世的 神と近世的人間の両 作 ント の宗教哲学の一方性を非 するのであって、カントの 55 九 済

されざる主体

しての位置をしめてみると 考 考へようとするカントの 上 て 、これに歴史的宗教の内 の 様な立場でカントを解釈する場合、批判的 観念論ばかりか、実践理性 ま ない。 ワッハ は近世宗教 哲 は、 神は人間に依って 、人 と言ふ 事は 、 決して歴史的 ものであると考へてゐる。

(11)

暖味 である。此の点を追求 道徳の神聖化と言 ふ 錯誤を 実践理性の間で、も一度論じ 一 ・神と神の意志との認識を道徳律の基礎におく のではなく⋮⋮道徳律の遵奉 カントにおいて道徳的事実 のは神ではなく道徳律である。理性的人間の 存在は道徳律との関係におい 論理的に認識したり、理論的 エラーの指摘する宗教的 ノ である。 す 徳律 が神の 矛盾が生じ カントにお

が 始まる。もし 道

る 。此処に再び

の 意図に反する。

用 したのである。 註め

居る。然るに、宗教論においては、何のこと わりもなく此の事をのべるの 託 9

侍 ︶を要求する﹂とのべて 居 註 8

キリスト教的倫理においては な 見方に依っ この点で カ て 、道徳的人格 ント は道徳的射

(12)

る 事は明瞭である。然るに 満

されざる主体

一・一

註註註註註註

7 6 5 4 3 2

いす

ヰ下Ⅱ

0

0

註註註註

13 12 11 Ⅰ 0

読取

ひ 有 っ

た 陣て サの Ⅰ い者逐 。 」 一 に 自 ・ 9 田 ( 田ガ ゴ 関 に し 間 て 題 重 の 煮 、 発 的 屋 丑起 8 ロワせ ・レウ 吋

0 コ ののⅠ ヰ ︶ 下幅 せ臼 ﹁片口の ロコ 色客の曲 ヴお 9. ︵ 元 大図書館 蔵 ︶ せ 。 y ぺ 註 g p す田 &. ︶木リ八 % 註 co 問題連関を辿る事にする。 で 宗教の根本問題を明らかに

ばならなかった有限性の苦 ント の主要な問題とはならぬ 詫は

惟の声を聞く事以外に人間 る 事の出来ない人間、かかる

る 事になる。然るに、カン らく、﹁実践理性批判 ヒと の

、 我々の当面の課題はこれ

(13)

化しよ

としたのである。

主要な問題は、行為の責任主体と

導入する事である。併し、それには現実を

理想に高め得る事が可能でな

理想そのものに到達し、それに成り得る可能

性を前提せねばならない。

になる。道徳は、理想と

現実を現実その儀の姿で許容するのではなく、

理想に合った可能的現実

道徳の根

には理想主義的

思想が潜在して居るとも言へるのである。

局 Ⅱ P 斤ヰ且ヨ 隼の弓 づ の村 目岸コ零

明らかにせねばならない。 計 2 しても、かくの如 き ﹁宗教﹂

カントはこの﹁道徳的宗教﹂

の中に 徳論に 域を獲得し、又、道

得ない事実である。 は枝 ⅠⅠ づヱ 用意されたのではあるが、 し れるとか、又は ピヱチ スム ス

(14)

一一一一 ほ

さかざる主体

即ち

有限意志の規定原理は自愛の原理なのである。 本 構造を示してゐる。無限 意 である辞意︵ セ ドヨ片口Ⅰ︶の 格 なのである。斯かる道徳原理 得ない。要するに意志は何等 註 Ⅱ

拠 とする理性的存在者は、 人 は ﹁ 善 ・悪はただ行為の仕方 目結 け

︶行為する人格真物

為の主体として、何等かの 格 詫 9 この様な意志の主観的原理 な 問題がある。この事を カン

ち 、かかる道徳律は

を 同道徳形而上学の基礎 ヒの 申で﹁普遍的立 法 として通用し得る格率にし ヨードルは 此 律の前にでは の点を指摘して、 なく⋮⋮道徳律の カント 後に 、

と述 註 7

る 。 註 6 へて居る ,一 然るに、 善 善 ・悪の ・悪が 道 概念は道徳 徳的 概念で のであって 、 に 位置づげた。 げる。 カソト の 言ふ 道徳に

(15)

る宜

ざすのロガ

0

ロ ロ

の 局 註

︶。 Ⅱ

自体 毛 0 ヰ︶に属する, 一 ものであってこれは 一 ・他の 活動原因の如く、因果の法則 主題と考へて居る。けれども、かくの如 き純 粋 意志は道徳的理念であり、 想 である。理想と現実とは この関係が分離されてし ﹂でカントはこの事を﹁理性 的 自然は、経験的に制約せら て 、同一存在者の超感覚的 ゴ である。そして、他律的 意 ︵ 毛 日ガ 目 ︶とは、経験的 この事に言及せず、無限 しての意志、つまり善悪辣

せねばならない。然るに、

、先天的に理性的人間に与へられて居るの である,而も、有限者の睡 意

言へば 、理性的存在者は、 の 原理を自己の格率として居ると 言ふ事 こそ、 カントにおける道徳的現実の は 、現実において、如何なる

、白紙から始められねば

㏄ 一四

(16)

されざる主体

一五 註却

へられた有限者の問題を究明せねばならない。

らかである。此の様な存在者

率 として居る存在者である。だが、﹁実践理性 批判﹂は﹁格率の単なる立法 詫腱

せられ得る意志の性質﹂を 見 ま ㎎ ﹂を見出す事を主題と L てゐ

原理として通用し得る

よピ、

-

よう

に行為せ

7

@

念 に他ならない。この理念

与へられた理想であり、この理想は、たと ひ 現実において実現されないと

利口において、捨象 し 去るべ

も 、カントは 、 前にのべた した。それ 故 カントは、純粋 理性批判 ヒの 主題であった。

した。そして、理性的存・ 在

性格を示すものである。そし

ねめ ︶ において規定され得る 61

(17)

像 ︵ 目珪の ︵のⅡ︶を自然的人間 な 術 感 ( カ

真に

れ ニ

質草

ギ す 道 り る 徳 シ 低 的 ャ 級 心

註註註註註註註桂註註註註

14131110

9 8 7 6 5 4 3 2

学文

1 て監

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・ 述臼 @ 、 キ る O ( H ニ の

0 Ⅰ づ 0 (の 中 し ト臣 び幅

目コ

註註註註註註

頁 り こ と

和が参て

ぃ が 20 19 18 17 16 15 ) 賛 れ さ 仕 、 照は 。 出

博士成田有限

自由

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来な づ

r.

r.

r.

r.

来ソ こは

意た淀

別かにせ

せ せせ き

粛験 意の

鳥島に

、 間

(18)

道徳に影響されつり、此の

枠 に道徳的な、完全性の理 か 認られるがキリスト教的道

徳 律を先天的所与として 与 問題とする。然るに﹁実践

原理は、如何にして直接に 感情﹂が論ぜられる。此処で の 自己内規定が取りあげられ

礎に 、理念と合致して 居な

ント は、原理論から始めて、﹁人格性・ 一 とか﹁ 自律的意志﹂とか、﹁理念・ 一 ゑ ﹂と合致しない﹁有限者﹂ る 一理念﹂との関係におかれ

ある。この方向は﹁宗教論﹂

理性批判 ヒの 線を辿れば﹁道徳的感情﹂が理想 と 現実、神聖性と有限的理性 は ﹁道徳的感情﹂が理念と有 レ七 清

されどる主体

註 2

なる理性的存在者は、此の ト教 的な道徳においてはこれ も 、ギリシャにおいては、 常

(19)

可能な根拠を認める,然る

往者を弱 き者 とし、 更 らに らない 0 ギリシャ的な道徳観

込んではならない。それにも 不拘 、 ヵント は ﹁実践理性批判 L において、 て ギリシャの道徳観と分れ 、

、一 1 他者的超越者の 力 ﹂を 借

な 立場を取らねばならない。然し 、 既に指摘 した如く、カントの 一 ・理性的

場 ﹂の外に置 き、 Ⅰ実践理性 を 立てた。併し、カントは﹁実践的な規則は常 に 理性の産物であり⋮⋮理性

かかる客観的普遍妥当的 法 テ八 定 め ﹁ 場 ﹂に有限者が 位伍 矛盾する現実性は深く探究 解示 が目的とされて居る。 そ される。この 悪 なる存在者か 限的 存在者として、厳しい﹁定言的命令に 逼 通 されつつ、質的な心術の革 許 7 としての理性的存在が、如何 性 批判﹂を去って、﹁宗教論﹂ に 移らねばならない事になる。 穏

(20)

、道徳律も曄 意

存在の基底におい ぜられてゐる。 註 Ⅰ づ q. せ ・の・︶の㏄ @ トウの・ N 由の忙︵ ぬ

されどる主体

のの 珪コ抽珪臣仮

おいても、

死ぬ事を命 刃ロ仁田 甘申す 0 Ⅱ &pm し丼 甘 wF. の・の @HO 由 き 3 %. 旨臼おニぃ 宮中の・ お , 官 ・ せ ・しの・ サ九 ク ゴール 根底に﹁

﹁実存﹂と

根本

目解註 ﹂

3

の間には大きな相違 示した。有限存在者 は 、その存在の根拠において、 がある事 註は は圭ロふ までもなⅠ い 。十ノ ント は 理想と ﹁宗教論 ヒ 全く乖離し の 申で、 た 存在者 有限的存在者 として、その の 存在の 全形像を

類似した考へ方を示して居る。併し、カント の ﹁理性的存在者﹂と キエ ル

べて居る

此の立場は

ケ ゴールは、第一と第二の る 理

教 存

な に

媒偶

介然

と 的 し な て る 原 も 罪 の な と 認、 し め て

か 入 し す

キ の ヱ て、 ル は ケ な コ 。 く ル 現 に 実 お 的 い 個 て ・ 体 は で

体 現 0 案 晩 酌

な罪

美的 主 な 体 導 酌 人 罪 す

律 はただ人格性のみで

的 倫理を第一の倫理 ならない。然るに、第一 ある。 ︵ 串 Ⅱ ゑ 一の 倫 然 と行 ふ 事もない不完全な人間、 詫 9 而も、不承不承に道徳命令を遂行すべく 義 期を唯 的に 、 カント 、この命令を。自発 現実に自己の動機とする人間があるとすれば、 るであらう。併し 、 トが 現実的存在者とし

(21)

移される事によって、人間の

かにしょうとする。かかる 批 註 5

︶ コヰ の︶︶Ⅰ ぬ 生りの︶の康の目下 叶 0 二ロ コぬ ︶ 詫 4 詫 3

んでみ る 。 この事を更らに ︵の qE コ & ︶ つ 第一あ 旨 のもと 質 構造を へるであらう。 且

ある。この様な主 が ﹁道徳的宗学一の 本 在 ・一の本来的な存在 ア し一八 ノ 験的 な 現実界の いて、或は 事実であ 人間本性 註 1 ると 言ふ 事から出 に存する 佃雙 今一ヰ一心げに 発する。そして、この問題は ニ 示教論 ョ 詫 2 就て ﹂と 言ふ 論文の申で最も よく 取扱は 第一編

Ⅰ原理 れて居る。併し 、 と共 なる譲原理の内 斯くの如 き

悪の根

拠 具 「 亜 l@ 二 ; 註

註註

」 の 堤 耳 題 刀 ) ら 始 せ臣 つ -c 居 る 十 本 教 O 論 。

する。

、十一。「キュ

「宗教 "" ち は 「 亘姉 l@ 二 ;" 」 が

経 ) 教 ・及 の

註註註註註註註

宗教 10 論 。 は

二コ 実 践

舵お

珪 批 ・ 大 臣 半け マて 、 の Q コ のの つ Ⅰ 論ぜ O ヰ ら 甘 T + ぱ Ⅱの び ま マ " ヴぜ ・ 残 き一 , 廿 Ⅰ ナー @ 66

(22)

註 7

し、 且 つ 、 解 示された悪の根

ある。㍉実践理性批判 口 において、カントの 主 接 した知ぎヌー メナ としての 律 的意志としての も 二戸毎

なった。他律的意志としての

、その 毘 意の決意性に ょっ

注意すべぎである。二つと 批判的、客観的であり、後者

はないが、カントの﹁宗教

% 理性批判 ヒの 申にもある事 は 既に指摘され、カントは﹁実存哲学的方法﹂

下 されたりするのも確かに、

させるものである。然るに、 註 8 カントは 、 - まづ 経験的な悪の解 示 さするので

他者的に明らかにしょう と

息 図する所は、人間の拝 責め

と 共に根源的である事を 、ま づ 、経験的な面より明らかにしょうとする。

格を明瞭にする必要があ

げる 曄 意を明らかにし、これと ロ, ゎ一木教諭 目の 卑意 とを比較して、悪の間 題 Ⅰ一 つ 清

されざる主体

67 においては﹁人間が悪であ

(23)

動機において、如何なる

自然性も、

意欲︵い

の 抽の圧目口

くのⅡ

ヨめ

㏄の

だが、

韓意

とは

欲求の実

詫 2

従って 、 +. 道徳律は純粋美 を 持つて居る。或る意味

において 曄意 ︵ 目ヨ 下目︶ ︶の区別を次の様に言って り 、此等に従 ふ 義務の唯一 る 責任の基礎をもおかぬの して居る。此処で 書ふ 自律 ﹁因果の法則に全然従属し な 酌 み の 居 で で 七 註 Ⅰ カ ・ ぎ田 ・の・ ひめ ・

ものと、 き 2 とけ目い・の レ Ⅱ

カソト 註 3 w ヴ ∼ &. の・ N ︶ ,めひ ・ い 目の曲︵ N 、の N. のの・ N の , N ㏄

もない。 註 4 手 ご ・ P H 田め切 き 6 手 宙 ・のしめ 硅トヘ リⅠⅣⅣ・ ∼︶ p @. ︵Ⅶ 一 ・ り @ ・人才ハリ N レか ︵ 甲が︵ 臼 Ⅸ 註 t@ ぃヴ Ⅰ ら ・のし 蛆 Ⅳ

︶ と 言 っ 註 8 高坂 正鮪 ﹁ 続カソト 解釈﹂二頁以下 二二 ㏄ を 明瞭にせねばならない。

(24)

三盆 ぬ 汚

されざる主体

︶ 臼壷ゴち自ゴ Ⅱ ダ由め Ⅱの由の㏄ 仁ヴおガ曲 せの コ 註 3 Cq の 燵 。 ゴ 0 目の コ甘づ Ⅱ︶ コ憶 ︶﹂のである。

規定原理にさへ、

屋ヒ

対抗

貝 Ⅱ た こ 椎ヰ て つ 干幸計 全然同一種類のものであ

規定されて居る 車意

主 有限者の意志を韓 意

とし、

意の規定原理は、本来的

原理は、自由の法則であり、形式的原理で ある道徳律と相容れない。 れてるるのを見ても明瞭で

ない事を明らか

7

にしてゐる。

9

それは自愛の原理であると

かになって 来 律 とは自由の 的、主観的な 快、不快、 幸 規定する原理 実践的な原理 定 。して 居,の 。他

されてゐる現実

的 、相対的な

事 な 、意志を

て 、﹁主観的な

従って 其等は

比吋 ︵ 吊 円山 コ のぎ 詩 0 ヨ ︶︶ ピ 0 口︶ 、こ

し こで大体 睡 意の性格が明ら

(25)

自発的な力は何処にあるかと

義の存在は﹁人格性﹂であ

此処にはカントにおける

様な主体は理念である,

斯か

自由を持たない、といふのは、

意は自己

根源的

根抵

、即ちそこにお

のである。﹁カントは、

捷意

許容しない。そして、

珪意

ってその 根祇 には道徳 離が 主張する。カントはこの事 る 様な意志︵旧日の︶を認め 、法則が無制約なる故に絶対的 宙偉 のぬ 0 ︶ ざ のす である﹂ 註托 と 考 へる。カント 存立する事は明瞭である。 有 おいて、道徳律が 珪意ぶ直 カントの 毘煮 に関する難問 の 原理は不自由の法則と考へ コ,四

かる 韓意 とは、その根拠にや

故 、毘 意 自身に自由が認め

N 目ユのセ目 ︶ に目 とか言は ぅ 註蝸

(26)

されざる主体

二五 7 Ⅰ を た あ は な 注

な 意 へ

の ヨ せ 。 百ノ のさ の

一 メナとしての理念であり、 ぃ 。そして、現象的人間の 的 存在としての、それ自身の

考へる。そして斯かる﹁

(27)

口 納戸神の退化 旧 キリシタ ソ の納戸神とその由来 一 一 一 """ 一 納戸神の分布 納戸神の性質

︵二︶

隠し方と隠す理由、その正体

一 E

一 F

︵一︶平戸・生月のキリン メソ 部落 ︵二︶納戸神のお 宿 とお札のコソ パソヤ も さソ ぜ と ぶソ へ ん 神 リ ヤ 大札 様 """""""

" @ ㈹㈲㈲

土版錆壁

字 架 画像画

( 在 Ⅰ㈲㈲㈹ 聖殉 マキ

教り芸

九者 ヤ ト 二七

由来

ゴヒ

73

(28)

ついた。幸にして学び得た

カト

慣を併せて保存して居り、その

を拾

わりし

故 姉崎博士の霊に

当 学会の二三先輩に感謝を捧げる。

達 した 壷 々の予備知識を要求するが、 とりわけ必要なのはカトリシズムの理解・ 体

ノ氏 47

(29)

白日㈹はど う することもで 活動を っ づけ得た事や、幕末 二九 旧キワ ジ タソ の納戸神とその由来 ㈲ ㈹ 持 経 か ; に 済 あ 聖 日付 る 職 @ こ 者 は

Ⅰ ま 般 独 ⑪ 信 易 往 が ;

の 清 徳 賛 を に 尊 基 重 く し 縫 物 清 貧 主 文 活 化 の の 安 恵 見 思 さ を が 算

し ⅡⅠ ゑ ⑩

聖寵の組織網が張りまわ

されている。

関する共通点に基

親近感⑨

の 宗教々育が強調され、 ⑥

関 が確立されている。

るに十分なる各時代の積学の護教論がある。

D

然 的な力の源泉たる左の諸点に注意した い 。 ③ の 効果がある。 客観性に 塞 いて ④ いる。

一生月

キリシタン存続の理由

︵一︶そのカトリック教に内在するもの

クノ

孜孜孜

ム 云の白

口焼爪的

斗立ぼし

劫胆白口

75

(30)

三 O 来し得たのは㈹に 基く 。 存続の根本原因をこの ンも 今なおこれ・を尊重している。 ⑫

の 正信の大部を失った できるものが多い。 ⑱ 暗諦 によって伝承されている。 は 容易にさめず、潜伏

が 伝承されて

ぃ輌

でも農業を営んで生活

事が皆 その内部で用

却って都合のよい点さ

自ら求めて他の社会と 生 を受けた意義を完 ぅす

ぜ めにも 火 あぶりにも らなかつたと同じように

あるから、度々誤算

間取りたことや、浦上 時代 を弁 えあ の感 必需 ると 穴づ 、教 して 信徒 とは 私債 76

(31)

一 - 一づ

あった。すでに 十セ

世紀前

と 予言して居り、時が来れ ⑯

フティ ジ申ン 等の宜教師

のではなかった。一八三二 ⑱ 蔓を求めるよ う と命じた。 フ つた 日本人をジラ一 のが実 却 に至る隠れた宣教師の多

由来する。幕末にあらわれ

ズ子 会、フランシス デ会、 を 以て探し求めた。等しく キ

らぬ熱愛を以て、日本にお ける キンシタンの復活に心魂を傾注した。

教師等は、秀吉以来の キ

が 現世における徳川政権の

対する忍従の久遠、武器 の ⑳ に 対する希望の陽光であると見た。 旧 キリシタ ソ の納戸神とその由来 77

(32)

ている。⑳

数名が勇敢な殉教の死をと ハ 0 九年にはガスパル西友 。しかし篤信な島 主 の 許 一 - 一仁一

ン にも共通なるは勿論

とが考えられる。早くも

目籠手 目 、一部の両氏が やがて全島民が信徒となった。イエズス会 年 報は生月及び 島主 アント ュ 初期三十年を叙するに当り 大部分生月、鹿島︵たく は 総数の約六割を占めたと推定される。

鎮信のキサ シタン圧迫 ㊨ 島 に見られるキリシタン 全的団結とが 相侯 つてこの 因を強力にしたものと考える。

島の最短隣接点を結ぶ

玄海の波に身を任さねば らぬ。 な 航 主 の げ 可 に t. ょ し 、 オ 人 望 で 78

(33)

旧 キリシタ ソ の納戸神とその由来 一一一 コ ・ 一 下う な

せる。 太 さは壱岐、大島

月島の北半も壱岐を中心

、その他にあまり注意 ヰ - 、

勢 におかれだこの鳥の人

しだ。日本国 申が キリシ

以て仲間のうちから二十

と 尊敬を以て語り伝える 島の内外に存在する "

、見張りの役人心見一、 ⑳

に見る・単に祭祀の団体

しみ深 き コンパンヤ︵後述 である。 ⑧ Ⅰ @

者の形跡が全然な い

を 悉く殺さしめたことが ある。 松 坂 だ 兄 数 数 タ 々 れ と 79

(34)

漁業本位の一部 浦と山 m

落 が開け、一部、堺 目 、 ︵二︶納戸神のお 宿と 、お札のコンバン ヤ

るとずぐ目につく 所

Ⅰ 、ら

け Ⅱ、神棚 と ム壇と荒神棚がまつられてあるが、 納戸

行政区画は南を山田、北を

順に 桝目、 里 、山田の・ -. 農 部 のものは黒崎 圧島系 である " ⑳

小島で長さ十キロ、 三四 二 納戸神の分布と宗田の 紬綾 ⑨ ︵一︶平戸・生月の旧キリシタン部落 外海に面する数部落に限られる。

日ゃ 堤 ︵ つ っ み ︶

こぎ渡れば最初に着くのが ⑳

十数キ百にわたって 旧 キリシ

亡リ Ⅰも うヱ Ⅰ ムリふ Ⅰ ろ 織目、猛 川

の 遺跡・納戸神を保存する

0 章積の南部とホヵ 津 ・の 東 80

(35)

旧 キリシタ ソ の納戸神とその由来 三五

﹂等のことも考慮さるべ き ⑱ 公表を気づか 3 人もあるので、姓名は略記し、 年代を示さない。 ﹁つもと﹂と呼ばれる三、四十戸の家に秘蔵さ れている。お宿は世襲のもの

固有の名がついて居り、 そ 居る。 森 ・福崎、堺 目 、 里 、山田の農部落の 各戸は、すべて何れかの、お れ もとのお宿から離れず、 遠 まったものも 歩 くない。 団 のことを ゴッ シャと坪・ ふ るらしい。幾つかの ゴッ シャの上に︵大体一つ の 触に一人の割で︶﹁授 け役 ﹂ 齢の上下にかかわらず一お 爺 る卜 Ⅱ ヒ ス ポや バテレン ノと 云 う三 二口 想 させる。 る 小寒団の頭で後に述。 へ 組 に起源するものと思われる つ たのか耳に親しいので、 こ 二番役⋮・ ヰそ 役と区別が は ﹁宮座﹂に類似すること 81

(36)

。岡本だけは大組で三

M 大 l Ⅰ l

宿 M 末 氷 うし

/ Ⅰ

五 プし

て転 前 そ、 の こ合 お には 宿 祀 円石 つ 外光 てに い 小が 家 る堂大 。 を 分 建へ て移 堺 森 ・ 岳 崎

l 隣 藤 接

本 蔀 浦 Ⅰ

石 も お 宿 か た で あ @ と ⅠⅡ

宿福

券 紐 K M 鸞

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木山

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多 毅一 -- 一一 -- p '< と / 包 O 入 合

放 牧 に 一

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@ 一 "" 四 へ l Ⅰ l

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ヒ ヨ 一 崎 岳

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し 大 ゆ 久 じ 保

D@ H 川 田 崎 元 三 四

O 八

六一三五一枚に一組

M 岩 - ド 先 重 岳 五 の 虫に 「Ⅰ

T@ T 増 大 山 岡 五 光

二 八

牧 紐 部 - 落 授 名 げ

粟役

就お 名宿 共の 連名 御 名 番

ソコ 支 配

下 戸

数の

摘 要 お宿世襲のもの

(37)

,旧 キリ ノタソ の納戸神とその由来 三七 ㏄

田 山

正ヒ 触

馬 触 某 某 某 不

M 。 。 才 , 受 末 田 り Ⅱ 名 : 松 定 村 氷 原 げ

敬治 坂 神 傘 松

中末吉松岩

川 早船 レ十 船中佐 名 城 た五 も月 本 田 石 原

山大川六元

上 山原 のに原山。

番革製

外 蕃 義光 芽蕃 義光

茗善

先 席次 1

l 役

ソコ 。 支

五五・七一四五一一五二五五二

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三四二

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一一 支部

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十戸

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独 なぎ 大力 こ ; を 知 腐 食 ネ

身た

後、

は 人 はめ 昭の 和た ら に 。 部

異再五め

例び年授

ある

あ に 松役

織 るっ氏を

要 い 花桶

お 宿の変るもの、︵山田は五年、里は三年交代︶

(38)

亡一納 F 神の性質と由来 ︵一︶隠し方と隠

理由、その正体

る 。この納戸に一・内の神﹂

ぅ こともある︵民俗学辞典

は 寝室でなくて物置である "

り 、床板の代りに竹など 並

に 障子を用いて光線を取つ 屋でない。

三八

し、百セ

十戸の獅子には

があるが後の二家は昭和の

︶の集りがつづいている。

持ちまわり保管しているが

田 五郎

辻初

右衛門、竹

もやはり遺物はあったが扱い

周り山に祠を作って納めてしまうたという。

84

(39)

から納戸神は一弘 裳 でかくしてある 生月には ェレン 旧 キリシ

あまり好ま

Ng ざから タソ の納戸神とその由来 所 。両両にあらわれ ていないが正面にギリストの画像が掛けてある。

箱や糸車などの間に

って

三九

、っ卜

祭りの時に取り出して、その納戸 の中で飾りつけ、決して納戸の外へは 持 ち 出さない。妻を含めて女性は一切さわ らぬのみならず、男でも御番役だけが 手 を 触れることができる,祭の時でもその 前で礼拝するのは御番役だけで、他の考

表座敷に座を作って、神様に対しては 後向 や横向のまま 唱

舌口︵オラショ︶

な唱 える。神棚・仏壇・荒神棚の三 つが 見易

所にまつられてあるほか、床の間のあ

家なら大懸皇大神と書いた掛物を 、ま

鴨居の上には額にした恵美 須 ・大里を 掲げてある。これら人目にっき易い神を 総称して﹁ 表神 Ⅰということがある。。 だ ㏄

(40)

⑭ これほど 臆暖や カモフラージュに心を配る理 せたので、主人にひどく叱られた妻君があり、 団のカ との深い関係が考えられる。 しかしこりした隠匿心理は披見や撮影を申込 つた - 外からの往訪、披見、撮影が 度重 つて、 内部にあって先祖から在り来 の時も今では、かつてのよ - フ ノ セントに振舞って、その心理的な虚を衝 き、 撮影に成功することも二三 あ 心理は少し変って来た部分も 四 O りすることはできない。わざ 員 が集って相談する,その 結 ⑧ 神の罰のあたらぬより、集 っ 代を研究者が出さないならば、 ラ一 ジュでなくて、神事に必須の要件なので、 い 少量の芋焼酎でも飲ま もある 処刑の影響に由来ずる屯のに ャ モ ノ を嫌 う 心理が神様に ことがあり、うっかり撮影さ じられ、再び私を寄せうげな 題 か大ぎくなる。大正十円 年 聞 記者たちの発表するものは、 いもののみである,隠匿 と宗 ㏄

(41)

旧 キリシタ ソ の納戸神とその由来

葉 が的確に何を

の神の御番役と かこつげて一杯飲

やはり納戸神の み 弟子 一めるの 神秘 カ 指すの 種 神 戸 納 一 ' 一 其 写 ・

年以

く見 を 信ずる力の方が強いことを実感する

され

氏が

とし

反省

大に

るも

が蔵 められていた。 御 隠居様 前述キリストの画像より更に古い素人作りの 軸で画面煤けて不明。︵写真㈲の右方に巻 い て 立て掛けてあるもの︶ 四一 銘

(42)

とは十六枚一組であったことは後に述べる。 写真 ( 三 ) お礼 つ 如 て く 神 六 , 日 お い す 田 も ア

紳 - 「 も 写

に キ 前 な の

裏に模様や文字がかいてあるもの。十数枚を

小 飯櫃に入れてあった。も

巨 ザリ

オ の代用品︵写真㈲︶

四 ㏄

(43)

旧 キリシタ ソ の納戸神とその由来 四 数ヵ所 人 L イ ) 肉 筆 画 掛 軸

く 3 Ⅱ [2)

上キ

月 リ の ス 舜け ト 教、 を

者抱

け @ る 聖 付 Ⅰ ,

五四

カ カ

所所

一 l-

七幅

福 五 て 抽象的に記す。

前人

幅 F@ E@ D@ C@ B た お お お お も ま テ 氷 木 L と ぶ ン ( ( 神 り ぺ 聖 旦

((

原寸 ン水ザ

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形 字 ャ の

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0

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ザ 紙 の 代 用 リ 片 瀬 口 Ⅰ ョ ) よ カ ヂ し円 の川 づ目

月神というのはこの六つの 総

を 納戸神として発表された

光 換気共に甚だ不十分なの

写の場合は古い方は決して 捨

もある。 つご 広義の納戸神六種とその由来

し 、その由来を考える。

(44)

写真 ( 四 ) 納 ハ村 キリ ス、 トと 信じられているもの 実 て 尊 真 つ 産 こ 始 呑 も す ザ の 、 の ㈹ た 物 と め 役 あ る り 如 @/) へ る キ ナ く の

尊 れ 釈 写 縮 る て 御 ・の

節 で述べる 一力 所 キリストの十字架 像 ︵新口四︶ 版 画 カ 前 月

だもの カ 前 月 四 四

(45)

旧 キリシタ ソ の納戸神とその日来 不 明 ゼズス 榛 一 マリヤ 様 写真 ( 五 ) 田中氏の納戸神 ㈲聖母像の多くは助ぎイエズスを抱いて 居

明瞭に画かれている。 カトリック大辞典第七二 0 頁に掲出したもの

四五 9 Ⅰ

(46)

スは石 抱きである。

の手拭をかぶり、 杖とヮ

抹 するものか。 ㈲生月の殉教者で画像となっているのは アントーさ さ 一力 所 バブ 音|さま 一一力 所 マ ザヤ 禰 市兵衛さま一一力 所 写真 ( 六 ) マ リ ヤ 様 四 ムハ

(47)

3 ほ キリンタ ソ の納戸神とその由来 四七

ねい てる二幅の中に見られ、 京

ル 語にならって u を v に発音し 、 その v も b 音に近いの て 。ハブ ロ となった︶。 都 大学の平戸学術調査報告にその写真か出 ている

-

平戸郷土誌は 島主 籠手出 ア ントニオらしく思わせるが、伝説に は アントニオ 庄平 とあり、櫛目には 充 劫

さまはサンバブローとの

範の殉教を記念する松の大木があっ た。。ハブ p 一 様 も去 ぅが 、ここではキリストの使徒 聖パウロを意味するのでなく、 堺目 ヤ 上宿の池の上に H 岡本氏の納戸神と リ して祭られている俗名幸四郎のこと マ である。岡本氏の家と池をはさんで 廿 相対する位置に幸四郎 山と 云 う 松の

頭森

があり、その中には

菩城

神社 と刻みこんだ石の小さい鳥居がかく されている。古城は幸四郎である。 絶対に斧を入れず、立ち入りには 必 ず 草履をぬぐ。戦後 松喰虫 にあら さ

(48)

を 以て語られてい

洗濯﹂中上げた。 を 思わせる外人である。︵写真㈹︶。 が 飢の代りであるとすれば、これは 描 き 添えることになっている。 こんな姿をさせたものと考える 釦で 首をはねられたので、その 像 が 罰を恐れて放置し ては何等知ることは 四八

カ る 。 山 ク 信徒 ヒ タン 。弓矢 に飢を 94

(49)

銅牌で 長 ちした 聖 神様﹂と の 婦人た 佳一 0. セセ 母 儀は 、カト して尊ばれ、 ちも参詣する 旧 キリシタ ソ

真 ㈲︶三日月をふまえ、 頭

母 サンタマリヤ様の金仏様﹂

産 待ち﹂と称して、鳥山氏 ⑱ の 納戸神とその由来 のまわりに七つの 一などとも呼ばれ、 の支配内のみなら はこの銅牌を長ざ 四九 星 をめぐ ﹁お産の ず、浦郡 一縮① セ 殺

- ダン

ク様と称し、病気の平癒

や 、出征兵士 蛆 聖人 力方、柵 立儲市街るべ

卸に

きか拐ヰ、

るものが 突 き リ ものもあ ,,紺 神秘感を

九の画いた

臆 かめばり へた屯の ム 武運を祈っている。 を描いたと称ふ 9 るもの 一球の上に十字架を杖の て 、全体が琵琶 師 を思 めり、キリストの部に ム とも思われる、全然不 る の中にはぞの画風 何 、﹂ 与えるものもあるが、 拙画で原図又は原作者 得るのばただ一 つ 最初 だけである。 堺 白鳥山氏方の鋳造さ が数 よ う - ぜ牙 ≦ ・ 入れ リ目ヮ 咀 Ⅰ なノヘ 素人 ト @C 、こ述 ・ @ 一てⅡ一よ イ @@

が 泣いたので発見せられて 95

(50)

金 が

で に ン ての外に、たもと "

古ほついての詳細は 神様扱いにした四つの 品 ﹂ ゲ - の掛 軸に仕立てたものは外に 写真 (+) 納戸神「おん 刊 u, ゾ タマリヤ 傲 -. ﹁イズ ッポ の後取 来 てなされてある、 だこの, - ・種の呪物は げの 祈禧 用に必須の て 聖母像を取り巻い 人力の信仰や宗教生 ソし妙 てある明治・ 一 ﹁四日川村元と 作の病気全快祝とし て献 けだもの 玉柵め か 記されている " りが緑色 刺繍 て表 病気や災 もの、 こ た趣 巧は 活を表現 ド 二年 卜 婦人か愛 て 白ゎ 刺 裏に日付 チ福七三セン は磨滅した 文 ⑪ き る 。掛軸の 五 O る 。その て 読むこ 一 ・お水瓶 / コ

神、 別補 一つ とが 一と の毛 現し 難険 L Ⅰ メ 。 ﹁ レ ジ この し得 - 月 児熊 繍し と名

(51)

いが、文字にあらわれた 部 - ⅠⅠ 0 Ⅰ 五一 旧 キリシタ ソ の納戸神とその由来

の 聖母﹂の画で ゼト ㌢の神 ぎ由

ミと

英語も記されす、いる, ,

甘故 の 為 伝統の心の

資格﹂ 竺 云々する者もおる B お 礼 ︵ 臣 ザリ ヨ の代用品︶

ところなく、私がカトリ

こうした変形を受けた例を ⑱

を 確認せしめる有力な資料、

のなくなった浦部にも、 ん

況や宗教持続の自然的、超 とあるが、キリシタ 三のものが、カトリ 御番役 Y 船 陳氏が語 曲 つひ 珪ト

の曲

弓 0 の ヰ 0 ︶

国 派遣宣教師・一の手から出たものと推測する。 下記 第

の 宣教師に懇望されて、交換的に入手したと、 当時の

羊飼・一の ﹁納戸神の祭礼﹂に譲る。

聖 ヨハネの 像 、説明の文

目 @ の, ・Ⅰ仁郎 巴

(52)

とある。

祈り︶を唱えられ﹂であ て 罪を痛悔ずる恵みをこいねがわん。

母の御取次により ⑪ 現在の祈 腐善 には されし、おん血のめせを 、 流し 拾う こと

御は所のそめたもと ぎ せあにまのもり の内 おのら さ おなさ れせ御ち涛,ぜ なぜ たも

第一のものに相違なく、 比

よ り写すと、

の おらしやを 、な 字を各行別々に記せば, 天一おんなるぜ つ ぎり 人 五・ ヱ

一面に記された文字は現在 行

0 集会の仕方を推定せしめる。

(53)

C お氷 ︵聖水 じ

ると共に神と称することも

り 、その霊水又は霊水入りの

八二二年友一Ⅲ八二四年に数案

門 、同じ一六二二年の六月

トガル 語 土日読は ジ スワンで 旧 キリシタ ソ の納戸神とその由来 五三

めり 、そ - れは ロザリ ヨ の最初 の 親玉に相当するものと思われる -

ることがでぎる @ キリシタ

ぎ ことが多いので 別稿 に譲る 二種にわたる 区別している の番 " す , 竺 記し に記し ノ 。 、 ・ - 種を か こともある。

なしには意味のわかる筈がな

いプ の

が 思いついて木札を作り・

者でないことと木の面積,か か

での云い方はゴロリヤ︶一の

(54)

、 ソ 最 浴 等 つ と ン さ

書 ぺ

し ィ た の 、 が 行 ク る に な 。 秘 ヤプ 目 目 プ玉 対 と す 呼 る ぶ

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と ヨ 居での 唱えて ロ中山 Ⅰ い

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こ イ可

に対する尊称としても用

ほ キリシタンに よ く 暗話 されている。

さ あ れ る て 所 い か る ら ,点 Ⅰ

、 / こ の

ウ に チ こ ス の タ 氷 ) が に 生 8 月 関 平 達 声 が め あ 旧 る キ と サ 考 シ え タ た ン い ⑪ に

サ っ 、 ノ て ジ 洗 ュ ネし ワ 用 ン に 甲 は吉不可 白 火 の と

(55)

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十六日間、一日一本づ っ 斎戒 禧 幅 製すると 云 ㌻。 、 ために使 う のである の 語から転じたものと解すべぎであろう。

十六日申や金曜 % め、金属 や 、寛永 通 から・ こ 日などに 案 の如 き

(56)

102

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」 て 信 仰 月 宮 某 氏 , 続

で 備 な 人 我 想 、 り 的 戸 述 え り わ を ご 要 神 約

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Ⅰ ク数 永に の祭 神 、 こ 帥 曲 礼 の 田 か こ 納 と に 引ぐ 退 氏 漸 0-) ド を は す 。 化 の けこ :; Ⅰ中 元 ョ 衰 る 才 9, 白 片 は ざ 7% こ け 囲巨 党 与 秘 ・ れ し と れ 解 さ に 遷 た た か ば 散 れ わ に の が わ ー - よ

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(57)

納 戸 神

来 五 七 103 野要 左衛門の遺物、

杏 氏の神は 一 ・ おで 十年程前まではこの 入った。柴田教授一 ら 、それが事実とす コンパンヤが 、生 たかも知れないから

@ 一丁六・一二︶

し 長い 象

はしの 由

しこ存在

れる﹁・ 辻 れば年一回の祭礼 さ えもないであろう,

、 根 獅子

ても、 集

供用

と か

コカ @t ム ︶ と 熱病が治ると信ぜられ、

口内 ガ 0 二拍 のぃ ㏄の 巾 とい㏄㍉の ⅠⅡⅠ @ し Ⅰ﹁天のおろに ん さま﹂ る 二体は二個の小石にす フェテイシズム 的 性格が の キリスト鋳像で永山館長の つ 中頃コレラにかかつた 時そ

、 - 平戸 島 に渡れば、南越 の 香の諸家のものがある。

(58)

を 中心に。

リスマス︶を中、心に。

しく調べた。

二十年間に大変化なぎを 確 めた。

真 撮影。

り 成り、各問題に番号がつ

③ 同 四れ ゼ の同四 ① 九 ㈲同二五七 ③ 同 五一の ⑦同一一,一 山 パ ー 一四二 ⑧同一山 ハハ ︶ ⑨同一工八一 ⑩ 同 -- 一五ムハ ⑪ 同 ⑫ 同 二一︵・︶ー 二 一二

の アカデミヤ第一号︶によく現われている。

︵季刊宗教研究第一年第四睡︶

小 五郎氏 訳 目木切 麦丹 宗門 史 中巻 二 0 九頁 五八

礼 ﹂を書いたが本誌にはその

表する "

シタソ の円玉 用 行事の行われる頃。

復活祭︶を中心に。

(59)

五九 旧 キリシタ ソ の納戸神とその由来 ㊥

⑳⑲⑱⑰

古 屋 教 に長 松 岡 権 司 教 切 「 - 叢 話 及 - 浦 l J@ l 司 教

著 切 一 ・ 支 プ ・ ナ 洗ロ カ

川 @ 増 当年 々一 復 活一 日 l@ 禰

と - / - Ⅰ 丞 玉 月 Ⅰ プ ; 頁 す 五 , 轟 緩 刊卜 @% @ こ 一

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105

(60)

⑭⑳

こ第仮

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宣教

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時 は世 のま ぎ 寮

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予 後 ま 銭 は

リビ - オフ ど松 捧 ぱ 呼 来宅

(61)

w 旧 キリンタ ソ の納戸神とその由来 六︶ /

、 H nx お日ヰ申 Ⅱ づ ∼︶ 8p0 四の岸 臣由尻邑臼 0 ︶ ゅ 0 Ⅱト血 苅 ︶ の のの せ苛 可 の 前記全教 祈禧書一 三五頁

の ガスバルさま、平瀬の パ

に つげな い のが普通であ

八四頁︶

一月号拙稿に詳し。

る 。 旧 一月は四旬節の頃で ある。

八銭玉屋いんぎょ石橋

初 次郎 同

固持二銭

セ厘 丸山入牢 同 八銭五便 吉村 昔 次郎 八銭瓦屋 同 船庫幸三郎 ︵ 外 三名略す 、 共に 拾 二銭 ゼ厘づっ ︶ 仕

立入船

原 幸二郎 母 るみ 明治二十九年一月 御 同異 仕

立御前付丸山人

天辺諸蕃

土 大石笛二郎

正直次郎博士 訳 第一四四、

化 研究所における昭和士 五年三月、第二回例会講演速記録一四頁 参 W

聖水を撒いて浄める。

するが、ここでは平戸学術

りん為に一言しておく。

(62)

者 仔刀 @ 口

教 講

由トⅠ 一ノ 108

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