境 界 性 パ ー ソ ナ リ テ ィ 障 害 の
コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン に 関 す る 仮 説
士 口)
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悟
〈抄録〉 境界性パーソナリティ障害のクライエントの多様なコミュニケーシ冨ン行動の特性を理 解する指標として,本論においては「コンテクスト」という概念を導入した。それに基づ けば,境界性パーソナリティ障害のクライエントの問題とされるすべての行動は,対人的 なコミュニケーション戦略であると仮定でき,それに基づいて以下の4つの仮説を提示し た。それは.1)表面的な内容レベルは通常のコミュユケーシ冨ン様式に類似しているこ と. 2) コミュユケーション相互作用が, コンテタストレベノレで内容レベルとのずれを生 ずる形式を取ること. 3) メッセージの意味を共有する過程において,特定の事象と一般 的な事象の関係づけを行っていること. 4)戦略の有効性が認められない場合,表面的に も対人操作のコミュニケーションを用いること,である。 そして,境界性パーソナリティ障害の臨床特徴である行動化・依存性・攻撃性などを取 り上げ,境界性パーソナリティ障害のタライエントのコミュユケーション戦略の仮説に基 づいて検討・考察を行った。 I . は じ め に 境界性パーソナリティ障害の治療に大きな影響を与えた Masterson,J
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F. は,その行動特徴である攻撃性や依存性が, クライエント個人の精神内界の特 徴である「見捨てられ感情」に基づいた対人行動であるとしている。しかしそ の中でMastersonは W(クライエントに対する〉外界の体験が結果として「見 捨てられ感情」をまねくかどうかはクライエントの精神によるのであって,当 の体験そのものによるのではない)~と述べている。これは, クライエントの 行為が, Mastersonの述べる別離や放棄などの具体的事象のような外部からの 影響によって必然的に引き起こされるのではなく,結果としてグライエントの 側が選択し,反応を起こしていると考えられている。そして『別離の体験は, 促進的な影響力を持つだけである』と述べているように,別離の体験は二次的 (1) な強化因子にすぎないと考えられる。 - 2一境界性パーソナリィ障害のコミュニケージョンに関する仮説(吉JlI)本論では,システム論的家族療法(以下家族療法とする〉の立場から境界性 ノ4ーソナリティ障害の治療を取り上げる。ただし境界性パーソナリティ障害 の治療に関しては,精神力動的アプローチの有効性に関する知見や症例報告は あるものの,家族療法による境界性パーソナリティ障害の治療報告はまだまだ 少なく,精神力動的アプローチと比較した場合,家族療法による治療がより有 (2)(吟 効であるといえるような研究は見当たらない。 本論では,境界性パーソナリティ障害の治療における家族療法的な視点か ら,境界性パーソナリティ障害のクライエントの対他・対自コミュニケーショ ンを総括する Context という視点を取り上げ, 境界性パーソナリティ障害の コミュニケーションについての家族療法的な視点での仮説を報告する。
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目 的
1)コミュニケーションに関する規定 本論では,コミュニケーションを以下のようなコミュニケーション公理や語 用論的側面を基礎とした認識論を前提とする。 家族療法では,治療対象として家族を中心としたグライエント・関係者の相 互作用をアセスメントし,変化の対象として扱う。その相互作用に最も深く関 わるのが, クライエント・関係者聞のコミュニケーションであるため,そのコ ミュニケーションに関する考え方は,これまでの一般的に理解されているコミ ュニケーションの考え方と異なる視点を前提としている。 一般的なコミュニケーションについての考え方では,言語(一部非言語を含 む〉を媒介としてなされる情報の授受であると考えられていた。言語学におけ るコミュニケーションの類型が,統語論,意味論,語用論に分類され,これま で日常的に重視されているのは,意味論であった。意味論では,コミュニケー ションの内容,いわば言語的に規定された範囲で, どのような情報が提供され 伝達されているかに注目するもので, 日常だけではなく,多くの心理療法にと ってこの意味論が臨床の場における治療的行為の前提であった〈注1)。 しか し家族療法でのコミュニケーションについての考え方は,意味論によって享 受された情報の内容以上に,そのコミュニケーションがクライエントを中心と した関係者に「どの様に伝えられたかJ
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また「どの様な前後関係に中で伝達 されたか」など, コミュニケーションの語用論的側面を重視している。ω
まず,以後本論で用いるコミュニケーションについての分類を整理する。 a. 会話の内容など,言語自体の持つ意味の集合によって伝達される情報。 龍谷大学論集 - 3ー会話のなされている場面の多くは,使用している言語そのものの規定を前提 としており,話されている場や対象や文章形式などの特殊性を考慮、しない,い わば一般的な言語使用の規定に準じたものであるとし、う前提から推察された 「コミュニケーションの意味そのもの」によって,相互に伝達されていると仮 定される情報〈以下1"内容レベルの情報」と略す〉。 b,会話をしている人同士の関係や,会話を成立させている場の状況,会話 の前後関係など,会話の内容を理解するための方法に関する情報。 これは1"メタコミュニケーション」とも呼ばれる情報で, コミュニケーシ ョンをどのように理解すべきかについてのメタレベルの情報で、ある。コミュニ ケーションを行っている人同士の関係,場面の状況設定,会話の前後関係など によって,一般的に使用されている言語の意味内容と異なる,特殊な意味であ ることを示す情報〈以下1"コンテクストレベルの情報」と略す〉。 コミュニケーションに関する前述の 2つの視点の違いについて,具体的に 「抑うつ状態にある妻のコミュニケーション」を取り上げて,説明を加えた し、。 クライエントが「何もする気にならず,ただ無気力な状態で、ボーっとしてい ます」とのメッセージを治療者に述べた場合,内容レベルの情報によって伝達 されていることは1"抑うつ状態に伴って,自発的な行為がみられなし、J 1"毎 日を無気力な状態で過ごしている」といった情報で、ある。これは,このクライ エントのメッセージを言語そのものの持つ意味内容にのみ準拠した情報が伝達 されているという考え方である。 一方, コンテクストレベルの情報によって伝達されているものを知るために は,このメッセージが発せられた前後関係や,語られた場面の状況などの情報 を参照する必要がある。例えば,夫がクライエントのメッセージの直前に「私 が何を言っても無駄です」と述べ,妻であるクライエントが「もっと優しく言 葉をかけて欲しし、」といった相互作用があったとすれば,妻のメッセージに含 まれる「何もする気にならなし、」というのは1"夫が私のことを理解してくれ ないのだから,何もする気持ちになれなし、」という夫への反発や絶望を前提と して「何もする気にならなし、」と伝えている情報かもしれない。また1"無気 力状態で過ごしている」ということも1"どうすれば夫が自分のことを理解し てくれるかばかりを考えていて,他のことは手に付かなし、」という情報である とも考えられる。 コンテクストレベルの情報によって伝達しているのは1"先行するメッセー - 4ー 境界性パーソナリィ障害のコミュニケーションに関する仮説(吉川/)
ジへの対応」としての意味を含んでいたり i語られているメッセージが規定 している特定の枠組みの存在を意図した意味」を示していたりする。いわば, 表面上のメッセージを理解するための基本となる枠組みが含まれており,それ に基づいてメッセージを解釈することが求められているため,メッセージの内 容レベルだけで、理解することが不適切となる情報である。 Bateson, G. は,精神医学の前提である生物学的視点と異なる対人相互作用 論の視点から,病理が内因するのではなく,対人的なコミュニケーションによ って生じるものであるとの仮説を提唱した。また, コミュニケーションを理解 する指標としてメタコミュニケーションの存在を示すことで,対人的なコミュ ニケーションの特性を理解する新たな指標としてコンテクスト context とい (6) う概念を提示している。 Bateson らは, 1956年 に “Toward a Theory of Schizophrenia" の論文において WhiteheadA. N. & Russell B.の提示した 論理階型 Logicaltypeの視点を用いて, コミュニケーションが 1 会話のコンテンツ(内容〉について伝達する情報。 2 会話のコンテクスト(会話全体の枠組み〉について伝達する情報。 (7)但) の異なる Logicaltypeからなるものであるとし、う仮説を提示した。この視点 は,コミュニケーション相互作用を理解するための新たな指針で、あり,現実の 対人相互作用の全てがこのような形式を持つものであるということではない。 合目的的にこのようなコミュニケーション様式に対する新たな指標を活用した 場合,統合失調症の無意味に思えるようなコミュニケーションがLogicaltype の混同であるという二重拘束仮説 DoubleBind Theoryに発展したように, (9) 研究促進的用語・認識として活用するべきものであることを示している。 家族療法にこの視点を導入した Haley,J.は,統合失調症のクライエントの コミュニケーションに関してlつの結論に達している。それは,統合失調症の グライエントのコミュニケーションが, コンテクストを主とした情報伝達を行 (1I~ っているという視点である。これは, l それぞれのメッセージ単独では理解可能なものであること。 2 それぞれのメッセージの相互作用の中では脈略がなく,意味不明である こと。 という事象に着目し, 先の Bateson の視点を用いて i統合失調症のクライ エントのコミュニケーションは,通常のコミュニケーションとは異なる『比 轍,隠喰 metaphor~ によるコミュニケーションである」との結論を示してい
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る。 龍 谷 大 学 論 集 -5ーこれ以外にも家族療法において多様なコミュニケーション研究が行われ,仮
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説や公理の発展が見られる。それらを概説するとr
コミュニケーションが内 容レベルでの情報伝達だけで、なく,対人関係を規定する操作的な意味,いわば コミュニケーションの内容自体を規定するコンテクストレベルの情報が含まれ 。 事ω
ている」との仮説が提唱されるようになった。 本論においては,こうしたコミュニケーション研究をふまえてr
コミュニ ケーションが内容レベルの情報とコンテクストレベルの情報が同時に発せられ ている」とL、う研究促進的認識を前提とする。 2)境界性パーソナリティ障害について 境界性パーソナリティ障害は, クライエントに関わる之とで多大な影響を受 けることや,犯罪行為に近い対人接触が見られるなど,社会的な事件の中で俗 称として境界例,ボーダー,人格障害,性格異常などの用語で広く一般に知ら れるようになった。 人格異常の概念は, 18世紀以降のヨーロッパの精神病質概念に端を発してい る。 19世紀中頃, 精神医学の体制が整った時代, 精神病(統合失調症, うつ 病,神経症など〉や脳器質性病態〈てんかん,痴呆など〉ではないが,明らか に精神が健常者と異なる人たちに対して,精神病質者・変質者・社会病質者な どの呼称が使われていた。こうした精神病質を「精神的な異常であるが,精神 病とは断定できない。ただし最も軽い場合でも正常と言うことができない精 神状態にあるJ,または「心理的に慢性の病的状態であり,妄想や幻覚などの 重い精神病的な症状を示さないもの」と規定し,精神病質を精神病と正常者 の中間,神経症と精神病の「あいだ/境い目/境界」という意味で「境界例 borderline caseJ と呼ばれていた。とくに, Kreapelin, E.などは「精神病質 人格」という項目でr
精神病質人格とは,人格発達の著しい偏り,正常と精 倒 神病との中間領域にあたる」と定義している。しかし Schneider,K.は精神 病質を「病気とは無縁で,むしろ正常からの偏位,逸脱」としr
その人格の 異常性のため本人が悩むか,社会を悩ませるような異常人格者を精神病質者と いう」と定義している。 このような境界例の研究は, 1950----60年代の神経症と統合失調症の中間的な 病態として,疑神経症型統合失調症 pseudoneurotic form of schizophrenia という概念が提唱され, 1970年前後からクライエントの臨床症状が広く報告さ れている。しかし, 1980年の DSM-ill から「境界性人格障害〈旧表現,現在 - 6ー境界性パーソナリィ障害のコミュニケーションに関する仮説(吉)11)は境界性パーソナリティ障害)JとL、う名称が使用され, 旧来の「神経症と統 合失調症の中間の病態」と L、う定義と,新たに定義された「境界性パーソナリ ティ障害」の定義が現在でも混在している。 境界性パーソナリティ障害の主要な理論構築は, Kernberg, O. F.の境界パ ーソナリティ構造 Borderline Personality Organization や構造的面接法 Structual 1nterview (SI) と Masterson,
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F., Gunderson,J
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L.らの境界 患者診断面接 DiagnosticInterview for Borderline Patient (DIB) などの 。市側側 対象関係論の立場からの研究が最も著名である。これらのクライエントの多く は,乳幼児期に母親,または養育者から適切な養育を受けていなかったとの定 説が優位である。特に, 自分が何かしたり感じたりした場合,それをそのまま 受け止めて返すという「映し返し mirroringJ の重要性が強調されている。こ うした親しい対象に受け止めてもらう体験が欠落していることは,境界性パー ソナリティ障害の発生と関係しており,治療ではその補填を行うことになると されている。 力動的精神分析に基づく原因は, Mahler, M.が研究した「乳幼児期のパーω
ソナリティ発達理論」を前提としたものである。早期発達段階の母子関係にお いて,愛情不足や過干渉,過度の束縛,虐待などの対応がみられ,他者や環境 に対して肯定的な認知の発達を獲得できなかったことを重視する視点である。 いわば,発達早期の段階での「基本的信頼」の獲得に失敗したことが,境界性 パーソナリティ障害の遠因として位置づけられている。 境界性パーソナリティ障害の治療に大きな影響を与えたMasterson,J
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F. は, 境界性パーソナリティ障害のクライエントの対象関係を, 撤収型対象関 係 WithdrawingObject Relations Unit と報酬型対象関係単位 Rewarding Object Relations Unit が統合されていない状態であると述べている。 この 過程を治療の中で見られる対人関係に置き換えれば.クライエントが撤収型対 象関係にあることで,治療者に対して「自分を見捨てようとしている人物」と して不安を投影することになる。その証拠を見出す要因を, クライエントは治 療者の非言語コミュニケーションから探しだしそれを非難の要素とする。治 療者はこれまでからのグライエントの言動に対する自然な反応として, クライ エントへの拒否的感情を内在させているため, クライエントの非難を完全に否 定できず,罪悪感を抱かされることとなり,いつの間にかクライエントの主張 に同調せざるを得ない報酬型対象関係として巻き込まれていくことになる。 このように,境界性パーソナリティ障害の治療のガイドラインの多くは,精 龍 谷 大 学 論 集 ー 7ー神力動的アプローチに基づく視点や対象関係論から提供されたものであること が多い。しかし,これはあくまでも個人を治療対象とすることを基礎とした研 究であり,親子関係や夫婦関係などのシステムそのものを基礎とした理論と異 なる視点であることを明示しておきたい。
1 I I . 症 例
〔クライエントJ
25歳,女性,無職 〔主訴J
,¥、つもイライラしていて,自分が自分ではない感じがする。 〔診断名〕境界性パーソナリティ障害 (BorderlinePersonality Disorder) 〔家族構成〕父親 (62歳,会社員).母親 (58歳,無職),姉 (27歳,会社員), クライエント 〔経過〕クライエントは,高校 l年生時にクラブ活動のパレーボールにて姉と ともに優秀な成績を収める。その直後から「回りから見張られている」との漠 然とした不安が強くなり,不登校状態となる。約半年後,高校を留年した頃よ り拒食状態となり,食事を勧める関係者に対して暴言を吐くようになった。そ の後,自室に閉ることが多くなり,家庭内暴力がエスカレートし,精神病的エ ピソードが頻発したため, 18歳時に初めての精神科に入院となる。入院後,食 行動に関しては過食・おう吐へと変化し,身体的危険性については回避された が,抑うつ状態が強く,情緒的に不安定な状態が続いた。院内での行動以上 に,面会などの場面における家族との対立が著しく,主治医との面接に際しで も暴言が続いていた。 25歳時までに計3回の入退院がくり返されたが,それは毎回約5回程度の試 験外泊である程度安定を見ての退院であった。一方では,院外で自傷行為(リ ストカットやオーバードーズなど〉を起こし,救急病院からの転院というルー トでの再入院であった。 退院後に行動化がくり返されているために,家族の元に戻ることそのものが 悪化の要因になっていると主治医から判断され, 家族療法を行うこととなっ た。 〔治療経過〕 面接の最初から院内での面接であったために,同席面援を実施した。治療の 開始にあたっての要望は,両親は「本人が非常識な言動をするのが減り,ある 程度話し合えるようになって欲しし、」と述べ, クライエントは「親が本気で 私の話に耳を傾けて欲しし、」とのことであった。表面的には相互に歩み寄りた - 8ー境界性パーソナリィ障害のコミュニケーションに関する仮説(吉JII)いとの意志を表明してはいたが,この段階でみられたクライエントの特徴的な コミュニケーションは,以下のようなものであった。 クライエント:私だってできるなら退院を早くしたし、と思っているよo 父親:¥,、つもそうは言うものの,外泊であんなことになるようでは…… クライエント:だってあんた(父親〉は,私が話しかけるといつも嫌な顔ばっかりするん やから。 父親:そんなことはない,おまえの話をし、し、加減に聞いているわけじゃないだろう。 クライエント:生返事しているクセに,こんな所だけは格好つけて「話,聞いてます」っ ていつも言うだけ。 父親:順番に話してごらん。いつもならお前が怒りだすから,話にならん。わしも忙しい んやから。 クライエント:いつも忙しいって言って,私の話はきかないじゃないの。 この父親は2種類の反応を示している。 1つ は Iそんなことはない,おま えの話をし、し、加減に聞いているわけではなし、」と述べ I順番に話す」とL、ぅ メ ッ セ ー ジ を 伝 え て い る 。 し か し ク ラ イ エ ン ト は 「 じ ゃ あ , 今 私 の 話 を 本 気 で聞くことでそれを証明せよ」と述べることで,面接の場の主導権を確保する ことになる。またもう 1つは Iお前が怒りだすから,話にならん。わしも忙 しし、」と自分が対応できない理由を伝えている。 し か し クライエントは, 「私のことは二の次だということがよくわかりました」と挑発的に述べること で,父親の次なるコミュニケーションを拘束しようとする。このようなクライ エントのコミュニケーションによって,家族での話し合いは結果として「トラ フeル」とL、ぅ形式に陥っていた。また,両親は,こうしたクライエントのコミ ュニケーションを「病気である」との意味を付与していた。 治療者は,これに対して一貫して以下のような働きかけを行った。 治療者:いいですか,ぜひお願いしたいのは,一言ずつ話してください。もしそれぞれが 相手が話している内容を取り違っていたら,私が修正します。直接ご両親に話してくだ さい。 父親:また,めちゃくちゃになってしまいますよ。 クライエント:やってみなけりゃわからないじゃない。 父親:じゃあ話してごらん。ただし… 治療者:お父さん,一言ずつ話して下さい。 父親:はい。 龍 谷 大 学 論 集 - 9ー
タライエント:やっぱりあんたの方がおかしいんや。 治療者:あなたは答えているの?話しているの?どちらかにして。 タライエント:……。話していし、ですか。 治療者:あなたの話したいことを話してみて。 タライエント:いい,お父さん。この聞の外泊の時… 治療者:待って。一言ずつ返事を待ってから話して。 クライエント:だって,こいつが返事しないから,・ 治療者:だから,返事をお父さんがするまで待って。 タライエント:でも上手く話せない。 父親:結局話しても意味がないだけや。 治療者:お父さん,ちゃんと返事をしてあげて下さい。 父親:話せないって言うから, 治療者:一言ずつ話してください。 このような働きかけをし,家族内のコミュニケーションにこれまでとは異な る話し方を指示した。これは,クライエントと父親によって治療の場のコミュ ニケーションが自由に操られると L、うパターンに,治療者が新たなルールを導 入したと見ることもできる。 その後,治療者はクライエントが治療者に従って行動している段階で
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無 理をして退院を急いではならない」とかr
家族の側が受け入れるまでに時間 がかかる」といった逆説的なコミュニケーションをくり返し,時には「そろそ ろ退院するのが恐くなり始めるはずだ」という予告などを行うことで,面接で のコミュニケーションのコンテクストを絞り続けた。また,看護担当者に対し てもクライエントに対する対応が治療の主旨と対になるように働きかけを行っ た。このような{動きかけは, クライエントのコミュニケーションのコンテクス トが変化するように, クライエントが示しているコンテクストレベルのコミュ ニケーションを支持的に扱い,逆説的に予後を否定的に扱うことで,治療者の 拘束的なコミュユケーションからの回避を意図的に行わせようとしたものであ 伺 った。 このような一連の働きかけの結果,クライエントの混乱や攻撃性などは見ら れなくなり,看護担当者も同様に陰性感情を持たないままで対応するようにな り,むしろクライエントが自省的になる傾向が強まった。退院決定後も,家庭 内でクライエントの言動に対する混乱は何度か見られたが,治療者が家族に対 して「クライエントが伝えているメッセージは,通常より深い意味のことで, - 10ー境界性パーソナリィ障害のコミュニケーションに関する仮説(吉J11)かっそれは家族の皆さんに理解されたいとL、う崩れかけたプライドを維持する 唯一の方法である」というリフレイミングを続けた。これによって家族は, ク ライエントとの意見の相違を見る度に「本当は何が言いたいんだ」と真剣な顔 で聞き続けるようになり, クライエントも自分の主張を直接的に伝えることが 次第にふえはじめた。 なお,退院後フォローアップまで2年を経過し, クライエントは社会的に適 応しているため,終結とした。なお,終結後
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年を経過して,今回本稿の承諾 を得た時点で る。N.
考 察
1,境界性パーソナリティ障害のコミュニケーションに関する 4つの戦略 まず, Haley,J
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の述べる統合失調症のコミュニケーションの特徴を示すこ とで,境界性パーソナリティ障害のコミュニケーションについての仮説を明確 にする。 統合失調症のコミュニケーションは,その一部, もしくは全体が一般的な社 会生活においてほとんど意味不明な会話や反応として理解されることが多い。 例えば,幻覚・幻聴や妄想などの反応を統合失調症のクライエントが示してい る場合には, クライエントにかかわる身近な人達でさえ,そのコミュニケーシ ョンは「訳の分からない意味不明なことを話している」として理解される。い わば,一様に「無意味,もしくは意味不明なコミュニケーション」として扱わ れ〈注2), 関係者がクライエントのコミュニケーションの意味を掘り下げて 考えるようなことはほとんどなされない。 しかし Haleyの提唱した仮説に基けば, 統合失調症のコミュニケーショ ンは,通常のコミュニケーションと異なるレベルでのコミュニケーションであ るとされている。通常のコミュニケーションにおいては,言語が規定されたコ ンテクストに基づいて意味を保持しているにもかかわらず,統合失調症のクラ イエントの用いる言語は,内容レベルの情報規定を可変的に扱うとL、う特殊な コミュニケーションであるとされている。 こ の よ う な 言 語 の 使 用 に つ い て 日 常 で み ら れ る の は , 我 々 が メ タ フ ァ -metaphor を用いてコミュニケーションしている場面が最も近い。 metaphor は,言語自体の規定する意味とは異なり,その会話のコンテクストレベルの情 報によって規定された,その場限りの言語の意味を利用したコミュニケーショ 認 谷 大 学 論 集 ー 11ーンである。いわば, コンテクストレベルの情報の規定を理解することによっ て,はじめてメッセージの意味を理解できるという特殊なコミュニケーション 伺 様式である。例えば,ある妻が「私の焼却炉は,不完全燃焼を起こしている」 と述べた場合
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焼却炉」や「不完全燃焼を起こしている」というメッセージ を言語本来の内容レベルの情報で、考えても理解できない。しかしこの妻が夫 から一方的に文句を聞かされ続けてきたという経緯や,その場で妻が非言語的 に怒りを示しながら話しているということなどのコンテクストレベルの情報が 付加されるならば, このメッセージの意味はほぼ明確である。r
焼却炉」とはr
¥,、ゃなことの我慢を続けること」であり,r
不完全燃焼」とは「今後も不満に 耐えることは出来な L、」との意味であると理解することは比較的容易である。 統合失調症のコミュニケーションは,こうした metaphorによるコミュニケ ーションと類似した言語の使用がなされており, コンテクストレベルの情報を 理解しない限り,その意味を理解できないコミュニケーションだと考えられる (注3)。
これに対して境界性パーソナリティ障害のコミュニケーションは,一般的に はごく普通のコミュニケーションと同様の形態を持つものとして理解されるこ とが多い。したがって,境界性パーソナリティ障害のコミュニケーションは, クライエントの身近な人達の中でも,統合失調症のような「意味不明の会話」 として理解されることは少なく,むしろ感情表現が多く,むしろ論理的(理屈 っぽしうであるといった場合も見られる。 しかし境界性パーソナリティ障害のコミュニケーションは,実質的にはコ ンテクストレベルの情報による規定を積極的に利用した,対人関係を操作する ための戦略性を含むものであると考える。その戦略には以下の4つの特徴があ る。 戦略1), 内容レベルでは, 対人操作としての色合いのない通常のコミュニケ ーション様式を維持しているため,通常のコミュニケーションとして理解され や す し そ れ 自 体 が 以 下 の3点の戦略性を高めていること。 戦略2), 関係者とクライエントの間でのコミュニケーションが, コンテクス トレベルで、のずれを生ずるような様式を取り,それに基づいて双方がメッセー ジの規定している意味を確認しようとする相互作用を必然的に引き起こさせる こと。 戦略3), メッセージの内容レベルの情報を共有する過程において, クライエ ントの側から「特定の事象」と「一般的な事象の関係づけ」を行うこと。それ - 12一境界性パーソナリィ障害のコミュニケーションに関する仮説(吉)11)によって,操作の対象となる関係者のいわずもがなの「会話をする際のコンテ クストレベルの情報の前提条件」を積極的に利用し対人的相互作用を操作し やすい相補的関係 complementarilyを形成すること。 戦略 4), 上記の戦略の有効性が認められない場合, 表面的にも対人操作のコ ミュニケーションを用いること。それは,関係者が社会的状況においていやが おうでもクライエントの意図の元に拘束されるコミュニケーションを用いるこ と。 という点であるo 境界性パーソナリティ障害のクライエントの対人関係における特徴は,精神 病理や病態に準じて生じると考えられてきた。しかし本論ではその特徴をこ の4つの側面の戦略に関する特性として再考し,境界性パーソナリティ障害の コミュニケーションの4つの戦略との関連について考察する。 2,
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行動化」との関連について 行動化は,自己破壊的であったり,他害の可能性もあり,非常に悲惨な事態 を引き起こす危険性がある。このような社会的常識に関係者は拘束されてお り,一方クライエントの取る行為はこうした社会通念から著しく逸脱した言動 であり,結果として関係者に危機感を増幅させ,行動化そのものを制止するた めには手段を選べないという状況を形成する。 例えば,面前での自傷行為を発見すれば,無視することは出来ないのが社会 的状況における通常の対人相互作用,いわばコミュニケーション行為である。 もしも面前での自傷行為を無視すれば,その人は社会的に「自傷行為を止めな い無神経・無責任・非人間的な人物である」とし、ぅ評価や非難を受けるという 状況に立たされてしまう。したがって,関係者はクライエントの自傷行為とい うコミュニケーション行動を制止するような行為が要求される。そのために は,自傷行為を回避する事を選択させる対応をすること,いわば結果としてク ライエントの要求に対応するというコミュニケーション行為をせざるを得なく なる。 こうした行動化をコミュニケーションのー形式と考える視点では,先の戦略 4と深い関わりを持ち, この視点が行動化について新たな指標を提示すること になる。それは,関係者の行動を規制し得る行動が「行動化」としての効果を 持つものである, という新たな視点で、あるo 例えば, クライエントの「死んでやる!Jというコミュニケーションは,あ る事例の関係者に取っては非常に有効かもしれない。しかし別の事例の関係 龍 谷 大 学 論 集 -13ー者に取っては全く効果がなく
r
刃物を手首に当てる」というコミュニケーシ ョンでないと有効性を発揮できなし、かもしれない。また, 7j1Jの関係者にとって は,実際のリストカットが起こって死に瀕するまで全く効果がないかもしれな L 。、 また,特定の事例の時間的経緯から見れば,発症聞もない初期段階では「死 にたい」というメモを落としておくだけで効果があるかもしれない。しかし 時間の経過と共に,関係者の方が「じゃあ,病院に入院すればいいでしょう」 と対応するようになれば, メモを落とすというコミュニケーション行為が,対 人操作としての効果を失うことになる。対人操作としてのコミュニケーション 行為を有効にするためには,新たなコミュニケーション行為として「ためらい 傷を作る」ことによって,再び対人操作のための効果を得ることになる〈注 4)。
このようにr
行動化」は,ある種の特定の行動を指し示すと考えられてき たが, クライエントの取る行為がコミュニケーション戦略であると仮定するな らば,前述のようにクライエントに関わる関係者の中でクライエントが主導権 を握るための行為全体が「行動化」としての意味を持っと思われる。また, 「行動化」がエスカレートするということ自体は, クライエントの提示してい たコミュニケーションの有効性が薄れることによって, より有効性の高いコミ ュユケーションが選択されるという,相称性を維持しようとする中から生ずる と考えることもできると思われる。 3,r
攻撃性」との関連について 一般的に境界性パーソナリティ障害の治療関係にみられる「攻撃性」は,治 療者との治療関係でのあり方が, クライエントの過去の体験の不安に裏付けら れ,類似した対人関係のあり方が不安を生じさせるためであると考えられてい る。しかし, クライエントの「攻撃性」とみなされる相互作用をコミュニケー ション行為であると考え,その特徴に焦点を絞るため, クライエントが治療者 に「つらい状況を改善する意志が先生にはみられなL、」と治療者の対応の非を 取り上げ「攻撃性」を示す場面を考える。 治療者が「クライエントにとって,そのクライエントの指摘する対応が治療 的に必要である」ことを説明した場合,治療者のこのコミュニケーションのコ ンテクストレベルの情報は, クライエントに取って「治療者が自らの非を否定 している」と理解される。ここでクライエントの取るコミュニケーションは, 先の戦略4によって「先生は私のことを理解できていな L、」と行動化への相称 -14一境界性パーソナリィ障害のコミュニケーションに関する仮説(吉)11)的エスカレーションを助長するという方法である。若しくは,戦略1を用いて i¥,、くら治療的であっても,自分には耐えられなL、」と必要以上に自虐的にな り,治療者の援助妄想をかき立てると L、う方法である。 また i私に対する信頼が揺らぐほど辛いんだね」などと,治療者が共感的 になるというコミュニケーションを行った場合,治療者のこのコミュニケーシ ョンのコンテクストレベルで-の情報をクライエントは「治療者が自らの非を受 け入れる用意がある」と理解する。ここでクライエントの取るべきコミュニケ ーション行為は i攻撃性」とL、う特徴を生かし,戦略3を用いて「私は先生 を信頼したいのに,信頼させてくれるように対応してくれなし、」と治療者の非 をさらに強調するとL、う方法である。 いずれにせよ,治療者が行っているコミュニケーション行為は i治療者ー クライエント聞のコミュニケーションのコンテクストレベルの情報のす.れを修 正しようとする行為」に他ならない。これはまさに戦略2のコミュニケーショ ンの修正であり, クライエントの「攻撃性」というコミュニケーション行為の コンテクストレベルの情報が治療者に規定しているのは i治療方針の問題点 について話をし治療方針の変更をさせる」という目的に基づいたものであ る。これは i治療者がクライエントの治療についての責任を果たさなければ ならない」という治療者の社会的な責任という規定を利用したものである。そ して,クライエントから治療的変化が起らないことの責任を治療者が追求され た場合,①治療者が非を認めて, クライエントの枠組みに適応するアプローチ を取る。②治療者が非を認めなければ,治療者以外に責任の所在を示さなけれ ばならない。このような立場を治療者が取らねばならないと思わせるような対 人操作を前提としたコンテクストレベルの情報による規定を行っていると思わ れる。 4, i依存性」との関連について 「依存性」という特徴は,境界性パーソナリティ障害のクライエントが持っ ている脆弱で未発達な自我構造を補うための対人関係のあり方として述べられ たり,幼児期の依存要求が充分満たされていないことによる反動行為,もしく は代償行為と考えられることが多い。しかし 「依存」とL寸言葉からも対人 関係の特徴であることは明白である。いわば,極度で,かつ特殊な依存的な対 人関係を形成するには,必然的に対人コミュニケーションの特徴も含まれてい ると考えられる。 例えば, クライエントが「母親に私の苦痛を理解するように先生から説明し 龍 谷 大 学 論 集 -15ー
て下さい。先生だけが私を理解してくれており,信頼できるのは先生だけだか らです」と依存的態度を示す場合がある。これは, クライエントが直接対応す べき対象となる母親に対して,治療者がクライエントの役割や機能の代理をさ せられ,クライエントの苦痛を説明することになる。 治療者がクライエントのメッセージの内容レベルに対して肯定的に対応すれ ば,クライエントの代りに「母親にクライエントの心理的苦痛を説明する」と いう役割を取らされてしまう。それは,その伝達した内容を含めて伝達行為の 可否自体に対する責任を,治療者もしくは母親に転化し得るというコンテクス トレベルの情報を含むものである。また,以後クライエントが関係者に対して 様々な依頼をする際, クライエン卜の立場を優位にし,直接的に関係者を操作 できる理由としてこの前例を利用することができる。 一方, クライエントの依頼を拒否するというメッセージを伝達すれば
r
先 生は私のことを本当は理解してくれていなかった」とのコンテクストレベルの 情報を付加しながら攻撃性を示す。これは戦略3に基づくコミュニケーション で,治療者に自責の念をいだかせ,逆転移を引きおこさせるものである。 また,これらを回避するために,治療者がクライエントのコミュニケーショ ンのコンテクストレベルの意図を確認したり, クライエントの依頼が対人関係 の操作であることを指摘しでもr
そんな意味ではない」とコミュエケーショ ンの枠組み自体を否定される。いわば,戦略2を用いたコミュニケーション相 互作用を繰り返されることになる。 こうした依存性を示すクライエントの用いているコミュニケーションのコン テクストレベルの情報はr
治療者はクライエントの援助をすべき立場にあ る」という治療という場に付与されているいわずもがなの前提条件である。特 に,依存性にみられる戦略3のコミュニケーションの特徴は,既に共有されて いたはずの前提条件を,関係者の反応によって自由にコンテクストレベルの'情 報を変えるコミュニケーション,つまりコミュニケーションレベルの位相〈注 5)を巧みに利用したものである。 これらの境界性パーソナリティ障害の特徴を通じて見られるのは,戦略1に 述べるように内容レベルでは言葉どおり「行動化Jr
攻撃的J. また「依存的」 でありながらも, コンテクストレベルでは治療者やクライエントに関わる人達 との対人相互作用を操作するためのコミュニケーションの一様式であり,前述 のコミュニケーション戦略の存在が大きく関与していると思われる。 - 16ー境界性パーソナリィ障害のコミュニケーショγに関する仮説(吉J11)v
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終わりに代えて
本論で述べた境界性パーソナリティ障害のコミュニケーションの戦略につい ては,まだ不十分な部分が多い。今後は対人コミュニケーションと,精神内界 との関連性についての考察を深め,改めて本論で取り上げた仮説を検証する必 要があると思われる。 〈留意点〉 (注1)家族療法の認識論であるシステムズアプローチの立場では, クライ エントと関係者のシステムを治療の対象として選択し,その相互作用を抽出 しそれを変化の対象として仮説設定するという方法を取る。しかし,固定的 な相互作用の繰り返しは関係性だけではなく,その相互作用のある部分だけを 切り取ることによって「意味・枠組み」といったものを形成する傾向もある。 そうした中で現実の相互作用を把握し,そこから関係性を抽出するためには, 意味・枠組みなどに関する情報ではなく,コミュユケーションのコンテクスト によって相互のコミュニケーションを拘束しようとする意味を抽出することか ら相互作用が明確に把握でき得ると考える。 こうしたコミュニケーションに対する視点から,従来の治療においてコミュ ニケーションのどの側面に対する注目が最も高いかを考えた場合,会話の内容 レベルに関する情報を重視する傾向が強いといわざるを得ない。 (注2)統合失調症のコミュニケーションは,通常のコミュニケーションの 様式を補完するものでないため,内容レベルでの情報を得ょうとしても困難で あることが多い。ただし一部の関係者は, クライエントのコミュニケーション をメタファーとして考え, (偶発的か否かに関わらず)意味を把握したとして も,その関係者内のルールとして「クライエントの話がわからないふりにして おく」という対応をすることもある。いわば,対人的相互作用のルールに従っ て「意味不明である」という反応をしている場合も含まれている。 〈注 3)本論で用いているメタファーと,統合失調症のクライエントの用い るメタファーは同様ではない。一般的なメタファーは,会話の成立している場 の状況やメッセージの相互作用の前後関係など,会話全体のコンテクストが参 照でき得る場面で用いられている。いわば,メタファーを用いる際の会話の流 れの中ではコンテクストが不変のままで,ある部分的メッセージの中でのみ, 言語の意味を変えて使われているものを示す。 龍 谷 大 学 論 集 -17ー一方,統合失調症のメタファーは,クライエント自身によってコンテクスト が決定されているため.会話全体のコンテクストを参照することが困難であ る。いわば,会話のコンテクスト自体がメッセージを出す側によって随時変化 していることが多く,メタファーを用いる際の会話の流れの中でコンテクスト が一定せず,常時コンテクストが変化していることが多いため,より理解しず らい。 〈注4)このように,それぞれの事例の関係者とクライエントの特徴によっ てコミュニケーションの効果が違っていたり,特定の関係者システムとクライ エントであっても,時間的経緯でコミュユケーションの効果の有無があると考 えられる。いわば i行動化」というコミュニケーション行為は, 1)クライエントと関係者システムの特徴によって, 2)相互作用が変化する時間の経緯によって, それぞれ異なる効果が生じていると考えられる。クライエントにとって対人操 作が可能であるためには,関係者に効果的なコミュニケーション行為であると いう条件が必要だと考えられる。境界性パーソナリティ障害の病態の悪化に伴 ってエスカレーションする「行動化」という相互作用については,コミュニケ ーションの面から新たな説明が可能であると考えられる。いわば,クライエン トの行動化というコミュニケーション行為が深刻化するか軽度で留まっている かは,以下のゲームで決まると考えられる。 一般的な説明をするならば i相手を脅すコミュニケーシ冨ン行為を行うこ と,脅されないように対策を練って脅し返すコミュニケーション行為を行うこ と,脅し返されたことへの対策を練って脅し返すコミュニケーション行為を行 うこと」というエスカレーションを生じさせるゲームである。このゲームは, 一方がコンテクストレベルでの・情報によって相手のコミュニケーションを拘束 しようとすると,他方がその拘束を回避するコンテクストレベルでの情報を含 むコミュニケーションによって再び相手を拘束するという,連続的エスカレー ションの過程である。 この相互作用が続く限り,行動化の内容はますます深刻化すると考えられ る。一方, クライエントと関係者の聞で双方が妥協し得るコンテクストレベル の情報の共有と状況設定がなされれば,ある程度の段階でエスカレーションは 回避出来うるものと考えられる。 〈注5)コミュエケーションレベルの位相を用いたコミュニケーションと は,本論で述べるコンテクストレベルと内容レベルの逆転や意図的な相違など - 18ー境界性パーソナリィ障害のコミュニケーションに関する仮説(吉)11)
を件うコミュニケーションである。 2つ の コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン レ ベ ル を 使 い 分 け る こ と に よ っ て 得 ら れ る 効 果 は 主 に2つあり,それは, 1, 本 来 関 係 を 持 た な い 事 象 聞 の 関 係 に つ い て , さ も 当 然 の 関 係 が あ る か の ように聞き手に思わせてしまうこと。
2
,1
つ の メ ッ セ ー ジ に 対 応 す る 回 答 や 反 応 が , 既 に メ ッ セ ー ジ に よ っ て 極 度 に 限 定 さ れ る 傾 向 が 生 じ , 聞 き 手 の 側 の コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン が 極 度 に 拘 束 さ れ る こ とo 註(1) Masterson, J.F.:Treatment of the Border1ine Adolescent. John Wilcy
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キーワード key words:境界性パーソナリティ障害 border1ine personality disorder adolescents コミュニケーション communication 内 容 contents コンテクスト context 相互作用 interaction