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NO.110/ 2010.1 月号 カトリック厚木教会 〒243-0014 神奈川県厚木市 旭町 2-7-11 TEL.046-228-4164 FAX.046-228-4150

くるま座会議について

主任司祭 P・ブランチフィールド 新年おめでとうございます。 今年も厚木教会にとってまた皆さまにとって も良い年でありますようにと心からお祈り申 しあげます。 昨年の11月29日(日)に厚木教会として始めて の「くるま座会議」を開きました、私たちの共同体 である厚木教会は、同じ教会の玄関を出入りして いるにもかかわらず、お互い顔を知ってはいても 名前までは知らないとか、教会の運営に関して教 会委員会にもいろいろな部が有るのを知っては いるが、各部のメンバーやそれぞれの部が実際に はどんな活動をしているかなどについてはあま り知識をもっていないのではないかと気づきま した。 また、教会委員会のメンバーと直接話したこと もない信者の方も何人かいることにも気づきま した。このような状態では、皆様が共同体に対し て感謝の気持ちはあっても、それを素直に示す ことは難しいことでしょう。たとえば、共同体の ために何か仕事を頼まれても、意欲的に引き受け る気持ちになれないかもしれません。このような 雰囲気を少しでも変え、信者同士が互いに話し合 い支え合って、暖かく活気に満ちた共同体をつく っていけたらどんなに素晴らしいかとの思いで 「くるま座会議」を考えたわけです。 昨年11月に行われた最初の「くるま座会議」で は、9時30分のミサ終了後、11時50分ごろまで教 会に残ってくださった方々に対して、まず教会委 員会の典礼部、福祉部、宣教部を紹介してから、 参加者を十数名ずつのグループに分け、各グルー プで自己紹介し合ってから、交通整理をする人を 一人置き、皆で自由に意見をざっくばらんに出し 話し合っていただきました。 この会議の唯一のルールは、誰も が気兼ねなく自身の意見を言えるよ うに、それぞれの意見に反論したり 議論を仕掛けたりすることなどは控 えるということだけでした。 この「くるま座会議」についての反 応としては、参加してくださった 方々の評判は良く、 「このような場を与えてくださっ て有難かった」とか、「こういう話 し合いの場をまた持ちたい」などの 意見が多くありました。私自身も本 当に良い場をもてたと思っていま

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す。惜しむらくは、もっと多くの方々が参加し て、この雰囲気を味わってくれたらもっと良か ったのに…という思いは残りました。

クリスマスのミサが行われました

次回の「くるま座会議」は1月31日(日)に開く 予定です。前回と同じような形で進めたいと思っ ています。今度は、広報部と財務を 紹介する予定です。 私が願っていることは、このよう な会議に一人でも多くの方々が参加 して、行く行くは教会共同体が一つ の家族であることを理解し、皆さん の一入ひとりが神様から使命を頂い ていることを知っていただければと 思っています。この家族にはアウト サイダーは一人もいません。この家 族にはお客さんは一人もいません。 みんな一緒に兄弟姉妹です。このよ うな「ざっくばらんな会議」を通し てお互いが知り合うことにより、皆様の共同体に 対して帰属感と責任感が深まってくるとしたら、 これは何よりの神様からの恵みといえるでしょ う。 今年のクリスマスは 24 日午後6時300人、 8時260人、25日午前0時65人、そして11 時の子供中心のミサには200人が与かりまし た。 ミサでは、暗闇の中、侍者が祭壇のろうそくか ら灯を移し、我々が持つ小さなろうそくへと灯り が点火されて行きました。静けさの中、主の降誕 を祝うミサが始まりました。 ブランチ神父様は、はじめに、「今日、初めて 教会にいらした方、この日ここへいらっしゃる事 を努力なさった方、1年のうち今日だけ教会にい らした方もたくさんおられると思います。ようこ そいらっしゃいました。」と歓迎の挨拶をされま した。 神父様のお国のアイルランドの古い習慣では、 24日の夜に家々の窓にろうそくを置くそうで す。それは救い主が家の前を通られたなら、喜ん で家に迎い入れるためのしるしだそうです。 平和の挨拶の時も、「クリスマスにふさわしい 挨拶や握手をしましょう。」と、祭壇上で呼びか けられ、会衆も握手をしたり、いつもよりたくさ んの周りの人々と挨拶する姿が印象的でした。 聖体拝領の時も祭壇前の神父様と聖体奉仕者 のカリスのご聖体がなくなってしまいました。 ミサ後は信徒司祭館でトン汁やお菓子、みかん、 温かい飲み物が用意され、なごやかに歓談する輪 があちらこちらで見られました。特に温かいトン 汁は大変美味しかったです。 中庭に焚き火が用意されてあったので心も体 も温まることができ、火を囲んで今まで話したこ との無い方々と声を掛けることができました。 今回準備担当された5・6グループの方々に感 謝したします。 (広報部 竹内)

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ミニ・クリスマス会が開かれました

12月20日、9時半のミサ後、フイリピンと ペルーのコミュニテイの方達による、コンサート が行われました。 まずはフイリピンの十数名(ラッセルと言う美 しい民族衣装を着て)による、クリスマス・キャ ロル。濱辺さん、井上さんも参加され、マリア・ 小関さんのエレクトーンの伴奏に美しい歌声が 披露されました。最前列の可愛いグレシア・アユ ステ・あゆみちゃん(3歳)のしぐさに、大拍手。 携帯電話やデジカメで彼女を写す方もいて、和や かなひと時でした。 次はペルーの方達によるアカペラの合唱。

侍者会について

―いま、侍者会は歩み始めました― ミサの奉納の行列に参加した、テレキナ・アリサ さんとトグチ・エイミさんもニュースタドレス (民族衣装)で参加。 そして、最後に全員で「あめのみつかい」を歌 い今年のクリスマス会は終わりました。 司会の成田副委員長が、クリスマス会の始めに、 面白い数のマジックを披露してくださいました ので、ここに、ご紹介します。 「まず、1~9までの数を思い浮かべてください。 それに2を掛けてください。その数に6を足して ください。それを半分にして、始めに思った数を 引いてください。」 皆さん、頭の中で、一生懸命に計算していたよう でした。私は「4」を思いました。「4×2=8。 8+6=14。14÷2=7。7-4=3。」 隣の方も前の方もみんな「へえー。」と感心して いました。皆さん3になったようです。 今、現在残念な事に厚木教会の聖歌隊は休眠状 態です。この事について聖歌隊関係者に伺いまし たところ、練習の場所の確保ができないとの事で した。 来年は聖歌隊の復活を願っています。 (広報部 竹内)

ブランチ神父様が厚木に赴任されて、 初めての話し合いの中で、「こどもたちの 世話をする人がいない、足りない。これ ではこの教会の未来はどうなるの」と現 状の問題点を投げかけられました。「侍者 会を作ろうね。」と呼びかけられたときど うしようと身構えてしまいました。なか なか行動に移せないままに、逡巡をして おりましたが典礼部、教会学校の後押しがあり、 ある一つの行動の基本が見えてきました。 わたしたちの共同体において大切にしなけれ ばならないことの一番目に日ごとのミサがあり ます。それぞれにミサに与る姿勢や行動は異なる

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かもしれませんが、ミサは世界中みな同じであり、 私たちの主の晩さんの記念を主とともに共同体 が捧げる大切な行いです。 こどもたちの、信仰教育については初聖体クラ スや教会学校でリーダーの奉仕によって行われ てきておりますが、それと平行して侍者会を発足 させ、この大切な主の記念のミサの奉仕を通して、 仕える喜びと、主がともにいてくださる実感を体 験することは、少年期の信仰の土台作りに大きな 力になるとの確信が持てました。

梅村司教様厚木教会を来訪される

まず、みんながわかりやすい侍者のテキスト 「侍者の友」を作ることから始まりました。沢山 の方たちの協力を得て、夏の終わりに完成しまし た。十分に準備できる時間も無かったのですが 9 月の連休を利用して、侍者の合宿を計画しました。 何人参加できるか心配でしたが(誰も来なければ どうしよう!!)15 名を超える侍者が集まり、教 会で 1 泊する合宿がおこなわれました。(9 月 22 日、23 日) 系統だって侍者の役割とその行いについての 勉強は初めてであり、みんな目を輝かせていろい ろなことを聞き、体験しました。元気な子供たち との関わりは思った以上に体力が要ります。これ からも皆様のサポートをいただきながら計画し てゆきますのでよろしくご協力をお願いします。 侍者会はできたばかりでどのように組織立て るか、何ができるか、するか、具体的な姿はこれ からみんなで考えてゆかなければならないと思 っています。まず、子供たちと一緒に歩き始めて ゆくことが大切であると考えております。 ミサについての勉強、合宿、遠足など を通してこどもたちの交わりを深め、こ の共同体の中でこどもたちの心地よい居 場所を築くために、共同体の一人ひとり がこどもたちとかかわりを持ってともに 歩んでゆくことが大切であると考えてい ます。 ご父兄の方々そして、子供たちのために 時間を使うことができる方たちの協力を 求めています。 侍者会担当:上田啓二 11 月 15 日(日)横浜教区長、梅村司教様による 七五三のお祝いを兼ねたミサが執り行われまし た。当日は前日までの悪天候がうその様に晴れ渡 り、天から神様も祝福して下さいました。 七五三の祝福申込者は 20 名でしたが、新型イ ンフルエンザの影響か、8 人のお子さんが司教様 からお祝いの 祝福を受けら れました。説 教の中で、司 教様は次のよ うに説かれま した。「信仰を 子供たちに伝 える難しさをそれぞれの方が感じているでしょ う。ご両親やご家族の方々は子供たちが神様に見 守られて健やかに育っていくことを願っている でしょう。 昨年親しい司祭が一つの出来事を語ってくれ ました。それはその司祭が神学校で学んでいると きに、同級生が突然電話をよこして自分の兄弟が

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今、危ない状況にあり、是非司祭に来て欲しいと のこと。今まで教会から離れていて親しい司祭が いないので、是非来てくれないかとの願いであっ た。 早速願いに応じていったら、危篤の人の病室に 入って見ると、驚いたことにその人は全身刺青で あった。そのとき、一瞬あとずさりしたそうです。 今まで極道の限りをしてきたと語ってくれたそ うです。葬儀の時には、それらしい人で埋めつく さていたそうです。しかし、幼児洗礼であったそ の人は、子供のとき毎朝ごミサに通っていたそう です。学校帰りにはご聖体訪問をするような環境 に育ったそうです。どこかで道を踏み外してしま ったが、最後の最後に子供のときに培われた信仰 を取り戻すことが出来たということです。この話 を聞いたとき、神様の計らいは計り知れないと思 いました。子供のときに培われたことは一生残る でしょう。子供たちの信仰教育を考えると教会で の教育も大切ですが、家庭での信仰教育も大切で す。」 「以前はカトリック幼稚園や保育園の先生はカ トリック関係者であったが、最近では場合によっ ては、信者でない方にもお願いしなければならな い状況です。先生方に福音を学んでもらうために、 先生方の手引きを作り、子供たちにイエス様が語 って下さいました神様について、子供たちに伝え てもらえるようにしています。特にたとえ話を取 り上げて理解しやすいような内容にしています。 種をまくたとえ話:ある種は道端にまき、ある 種は土の少ないところにまく。種がいろいろなと ころにまかれる。自分自身はどういうところに当 たるのか、考え込んでしまう方が多い。場合によ っては道端であったり、水の少ないところであっ たり、茨の中であったり、と自分を振り返って考 えるかもしれない。イエス様の教えでは、この種 をまく人はいたるところにまき続けてくださる。 この種をまく人をもって神様はこういう方だよ と語っています。神様はどんな人にも神のみ言葉 を一生懸命まいて下さっている。そして、最後の 最後に実を結ぶように神様は働いて下さる。その ことによって30 倍 60 倍でなくもっと豊かに 100 倍の実をむすぶことを神様は期待しながら、待ち 続けて下さっている。 毒麦のたとえ話:知らぬ間に毒麦がまかれてい る。毒麦と思って抜いてしまうと、もしかしたら よい麦まで抜いてしまうかもしれない。私達はど れが毒麦か区別することは難しいかもしれない。 神様も私たちが実を結ぶまでじっと私たちを我 慢強く見て下さっている。たとえ話を通して神様 はこういうお方なのだとよく理解出ると思いま す。私たちは神の似姿を宿った存在として創られ ています。 神様のまなざしを持って子供たちを 見つめ信仰の道を歩いていけたらと思います。」 ミサ後、中庭でパーティーが行われ、司教様は 各テーブルを回られて、外国人の信徒の方々や、 日本人の信徒の方々 と談笑され、信徒と の交わりを深められ、 また司教様を囲んで の記念写真ににこや かに応じられており ました。

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12 時頃から 2 時間余り、信徒司祭館で司教様、 ブランチ神父様、そして教会役員会メンバーで昼 食を頂きながら、和やかな雰囲気の中で司教様と お話をしました。はじめに役員の自己紹介をする 中で司教様は一人ひとりに問い掛けをされ、厚木 教会の活動状況を把握されているようでした。そ の後で我々の疑問や質問に対して司教様は率直 に応答されておりました。役員にとって本当に有 意義な時間を過ごすことが出来ました。主な応答 について以下に記します。 1.今年は奄美大島に行かれたそうですが? 今年も夏休みとして奄美大島の近くの島に1 週 間ばかり行きました。そこに住んでいる人はほと んどが 75 歳以上の人で、若い人は少ししかいま せん。廃屋になった家が多い。島には信号が一箇 所しかなく、携帯もつながらない。司教様はそこ で泳いだり、魚を釣ったりして三食自炊でゆっく り過ごしました。普段はほとんど休みが取れない ので、夏休みだけは必ずとるようにしている。 司教館の食事は月曜から金曜は作ってもらう が、土日は自分で料理を作っている。今は神学校 では必修科目として1年間料理の実習がある。ま た、年をとられたシスターが神学校の食事を作っ ている。 2.パリ外国宣教会のシェガレ神父様の話では、 フランスの郷里の教会では神父様は一人で30 から40の教会の司祭を兼任しているので、集会 祭儀は日常的で葬儀ミサを信徒 が執り行うこともあるそうです。 将来の日本では? ヨーロッパの神学校では、最 近インド人、アフリカ人、そし てフィリピン人の神学生が多く、 将来日本に送ってくださる方々 もそのような国の人が増えてい くでしょう。しかし世界に比べ 日本では司祭一人当たりの信徒 数は今でも多い。パリミッション会は司教様がお 世話になっていた頃は、フランス人だけでしたが、 総長さんが代わって今では他の国の人も入るよ うになった。 まだ横浜教区は恵まれており、教区司祭もそこ そこ生まれており、日本にはほとんど教区司祭が いない教区(例:鹿児島、沖縄)もある。しかし、 司祭が足りないので、静岡県、山梨県、長野県で は信徒中心で共同宣教司牧をやってところもあ るが、そのような状況は他のところにも迫ってい る。 3.40年前の日本には外国人の神父様が沢山い たが、どうして多かったのでしょう? その頃、中国にいた多くの司祭が共産化に伴い 日本に逃れてきたためで、そのお陰で静岡県には 教会が多く建てられた。長野県の伊那谷の教会に はスペイン管区の司祭が沢山入ってこられた。一 つの教会に複数の司祭がいた時期もあった。 4.8月に行われた「平和旬間の集い」は如何でし たか? 分科会を見て回ったけれど、あれだけいい企画 があったのにもったいない気がした。もう少し前 宣伝があればと残念に思った。「外国人の雇用の 問題と派遣切り」などは大変関心が持てた。今回 は第七地区が担当したので、少なくとも神奈川県 地区にはもっと関心を持ってもらいたかった。第 七地区での反省として今回の問題点を整理して 他の地区に発信した方が良いです。司教様も地区

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自身からこのようなことを受けたということで 他の地区にそのことを伝えたい。この行事を以前 は地区持ち回りで開催していたが、それが難しい ということで「正義と平和協議会」が主体になっ てそれに協力してくださる地区にお願いすると いう形で開催されている。ただ「正義と平和協議 会」が“正義と平和”について糾弾することに力 点が置かれ過ぎると参加することにしり込みす る人が出てしまう。このようなことも問題点とし て出して欲しい。 分科会を行う上でのノウハウを次に企画する ところに提案して引き継いでもらいたい。 5.国際ミサに関して、 (1) 国際ミサということで、ことばをいろいろ 駆使すれば良いというわけではなく、山手 教会では日本語の「主の祈り」が難しいと きには、最近はラテン語でしている。皆さ んにラテン語の「主の祈り」をできるよう に努力してもらっている。

待降節の黙想会が行われました

(2) ミサの中で様々なことばで「主の祈り」を 唱えることは? 原則として自国語で唱えるのが一般的 でしょう。ローマで教皇様のミサの時には、 基本的にイタリア語で行われ、朗読や共同 祈願はそれぞれのことばであったりする。 「主の祈り」はミサの中で中心的になるこ となので、イタリア語もしくはイタリア語 が難しいときにはラテン語で唱える。 何故イタリア語が使われたかは、イタリア は過去に大きく植民地化しなかったこと による。(イタリアはチェニジアやリビア など対岸のところを少し植民地化したこ とはあったが、そこではイタリア語は使わ れていない。)英語でもフランス語でも差 しさわりがあるのでしょう。大きな修道会 では、例えば英国から、フランスから、ま たは米国から総長が出たりしないで、小さ な国から出るように配慮されている。 外国でミサに与かるとき、例えば、ロー マでミサに与かるとき日本人は一般的に はイタリア語はできないので、心の中で日 本語で「主の祈り」を唱えることが良いで しょう。 日本で行うミサの中で「主の祈り」は中 心的なことなので、日本語の「主の祈り」 だけにした方が良い。 最後に、2008 年 10 月に行われた司教様司式に よる堅信式について掲載の広報「あつぎ」105 号と 2009 年 8 月に行われた「平和旬間」について掲載 の広報「あつぎ」109 号を司教様にお見せしたとこ ろ、ご覧になり持ち帰られたことは広報部員とし てこの上ない喜びを感じました。 (広報部 山内) 待降節 12 月 11 日(金)と 12 月 13 日(日)のミサ 後、山口道孝神父様(鎌倉雪ノ下教会 協力司祭) による講話がありました。今回は 10 分前後の体 験的お話の後、話された内容に関して黙想を行い、 それを4回繰り返し、約 1 時間の黙想会となりま した。 山 口 神 父 様 は、ブランチ神 父 様 が 藤 沢 教 会 の 主 任 司 祭 だったとき、中 高 生 で た い へ ん お 世 話 に な ったそうです。叙階後 20 年近くなり、その間、 長らく海外援助関係の担当をされたり、現在も、 幾つかの NGO を通して、アジア諸国、特にベトナ ム、インド、フィリピン、ミャンマーなどの少数 民族や東ティモールの医療プロジェクトなどに

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関わっておられ、年間 70 回近く飛行機に乗られ るそうです。 以下に講話の概要を記します。

2 月 11 日(金)黙想会

(個人的な体験談) (1)日本に貧しい子どもたちがいるとしても、 飢え死にするような子どもは非常に少ない。でも、 アジア、アフリカの子どもたち、特に少数民族の 子どもたちの中には、ひじょうに厳しい状況に置 かれている子たちがいる。戦争や自然災害に対応 する能力を有していない政府が世界に 90 カ国以 上も存在している。 神父様が学生時代に滞在されたタイ・カンボジ ア国境近くにあったカンボジア難民キャンプで の出来事。約 3 万人の難民が収容される中、約 650 人の孤児がいた。その中に、チャンタラという 3 歳の女の子がいたが、トラウマによって笑うこと も、話すことも出来ない状態だった。トラウマの 原因は、クメール・ルージュによって、自分の目 の前で、両親、兄姉が残虐なやりかたで殺害され たからだった。しかし、ある日、チャンタラが神 父様に近づいてくるようになり、突然、飛びつい てきて笑った。それから、彼女は少しずつ声が出 るようになり、友達もできて立ち直っていった。 他者の痛みを感じ分かち合えるようになるた めに、どうしたらよいか?→黙想 (2)極端な例:ずいぶん前のことで、日本の大 学 生 と 中 国 河 北 省 の 北 担 村 ( 北 京 か ら 200 ~ 250km)という村を訪れた。レンガ作りの家並み のなかでおばさんが座っていたので話しかけた。 すると直ぐに、私たちが日本人であると分かり、 狂ったように「日本人帰れ」と叫びはじめた。1942 年、日本軍の三光作戦(殺しまくる、奪いつくす、 焼き尽くす)の一つとして、この村の農民たちを 地下壕に追い落とし、全員が穴の中に入ったこと を確認した後、日本兵が毒ガスを投げ入れた。犠 牲者は、1000 人を越えた悲惨な事件のあった村だ った。被害者でその当時村長をしていた李さんが、 財布から 7 枚の名詞を取り出し、神父様に見せた。 それは NHK、朝日新聞といった日本の記者たちの 名刺だった。この老人は、日本からの訪問者にお 茶を進め言った。「あなたたちが8番目です。あ の大虐殺の後、ここを訪ねてきた日本人は・・・」、 「ここへもっと多くの日本人に来て貰いたい。そ して、一緒にお茶を飲みながら、ここで何があっ たのか知ってほしい」と。 赦しようのない辛い体験を強いられながらも、 やられた側から和解を求める。良いクリスマスを 迎えられるように私たちも勇気を持って、他者と 和解をするということを神様は望んでおられる のだと思う。→黙想 (3)フィリピンで、22 歳の友人の女性から、日 本人の男性なら 60 歳でも 70 歳でも良いから紹介 して欲しいと頼まれた。「どうして」と聞くと、 彼女が家族全員を養っているが、8歳の妹が深刻 な病気になってしまった。その妹の足を切断しな いため手術をしなければならない。その手術代が 20000 ペソ、日本円で4万円かかる。しかし、彼 女の収入は、1 日 400 ペソ、交通費を抜くと 240 ペソしか残らない。途方に暮れる彼女は、なんで もするという気持ちになっていた。別れ際に彼女 が言った。「身を売っても神様怒らないよね」、そ のときどう応えればよいのか分からなかった。 世界には 68 億人の人がいて、そのうちの 12 億 人以上が満足に食べることのできない貧困層で ある。この事実を、私たちは忘れてはいけないと 思う。 もう一つの例:横須賀三笠教会に来ていたフィ リピン人女性の話し。30 歳を過ぎた彼女に、20 歳そこそこの日本人のボーイフレンドができ、妊 娠してしまった。彼女は、ビザとパスポートを取 られていて、仕事以外あまり外に出ずアパートに 閉じこもっていた。入管の目を気にして病院の定 期健診にも行くことを拒んでいた。あるとき、日 雇いをしていたフィリピン人の医師に彼女を診 察してもらうことができた。すると、問題はない が、赤ちゃんは双子だった。そして数か月後、産 気付いたと彼女から電話がかかり、大至急、病院

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を手配し、タクシーを送って病院に急ぐように指 示を出した。結局、病院に着く以前に、タクシー の中で最初の赤ちゃんが生まれた。さらに、病院 に到着した途端、二人目も出てきてしまった。日 本の医療の現場で、専門的な用語を使える通訳は ほとんどいない。日常会話のできる外国人であっ ても、病状やその原因、また、治療方法などを理 解するのは難しい。通訳にとっても同じことが言 える。日頃、助けてくれる日本の友人が少なく、 医療制度やその他の法律の情報も入り難い。こう したひとたちがたくさん日本で暮らしている。3 年前に、彼女は子ども二人を残して亡くなった。 肝臓がんだった。子どもたちは、施設に預けられ た。日本の社会全体が、外国人に対してとても冷 たい。私たちもこうしたひとたちの痛みを知ろう という気持ちをもつ必要がある。 それぞれの場で、私たち一人ひとりが果たせる使 命とは何でしょうか?→黙想 (4)行動を起こした一つの例:数年前、聖心会 のシスター二人と共に、ベトナムの山岳地帯に住 む少数民族を訪問した。カンボジアの国境に近い ところで、ベトナム戦争中、ホーチンミン・ルー トをつぶすため、アメリカが山岳地帯に詳しい彼 らに資金を流し、CIAに協力させられていた。 しかし、戦争終結と共にアメリカは去り、ベトナ ム共産党政府から復讐を受ける形になってしま った。 約 120 の村々には、殆ど学校と医療施設がなく、 ハンセン病が蔓延している。時々、日本から薬を 持ってその村々をまわるが、働ける者は町に行っ ているため、老人と小さな子どもだけが残ってい る。村に残っている大人の90%以上はハンセン 病を罹っていて生活環境は極悪といえる。薬など を配り、帰路につこうとすると、その村のリーダ ーが、聖心会のシスター二人に黒い小さなひょう たんをプレゼントしてくれた。その中には、きれ いな水が一杯に入っていた。このひょうたんは、 毎朝、多少元気のある村人が、村の全員のために ひょうたんに水を詰め持たせている。腰に各々が さげるひょうたん一個分の水が、全員1日に消費 する水量と分かった。後日、そのひょうたん一個 分の水量を測ってみた。ちょうど 350cc だった。 人は一日に 50 リットルの水が無いと命が持た ないと言われている。しかし、現在、深刻な水不 足に陥っている国は世界に 35 カ国もあり、水を 奪うための戦争が起こると言われている。このよ うな状況の下、私たちは、毎日、こうして生きら れることに心から感謝しているだろうか。ある人 が言っていた。女性の登校率を上げると、幼児死 亡率は下がると。しかし、女性だからという理由 で、学校に行けないこどもたちが世界にたくさん いる。 そうしたことも含めて、貧しいひとたちのこと を考え、私たちが生活のあり方を見直しながら何 か出来ることはないでしょうか?→黙想

12 月 13 日(日)黙想会

世界の人口は 68 億人、その中で満足な食事に ありつけないひとたちが15億人、清潔な水を得 られないひとたちが10億人いると言われてい る。毎日 22 万人の人口増加があるが、3秒に一 人の割合で餓死している。 私たちにとってひと事なのか、そうした状況に あるひとのことを考えずに過ごして良いのでし ょうか? (1)ベトナムの HIV(エイズ)に関して、10 年 前に、180 人前後の感染者がいるという報告があ った。しかし、現在、HIV 感染者は、30万人近 い。貧しい人が麻薬の注射器を回し使いして、HIV が蔓延している。ホーチミン市の病院では、あま りに多くなってきた HIV 感染者への面倒を診るこ とが難しくなってきている。HIV は、嘗てのハン セン病と同じ扱いを受け、家から追い出されて路 上生活を強いられているケースも多い。麻薬中毒 者で HIV に感染している若者たちが、田んぼの中 の隔離された土地で共同生活している例もある。 また、母体から HIV に感染してしまった多くの子 どもたちも、3年サイクルで命を長らえている。

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カトリック教会は、必死で生きているこうした子 どもたちを支えるよう、例外的に共産党政府から 依頼されている。遠いところで起きているとはい え、私たちがこうした問題に無関心でいてよいの だろか。世界でおきていることを自分の事として 考えなければいけないように思う。実際、資源や 外交を含め、私たちの生活に関係することがたく さんある。 神様は、私たち一人ひとりに、同じではない違 うメッセージを送っている。自分は何をすること を神様から期待されているのか、自分らしく黙想 してみてください。 (2)教会共同体のメンバーは、誰々がこう言っ たから、また、何々をしなければという義務的な 行動ではなく、教会のためにどうすればよいのか、 教会に来て良かった、共同体のメンバーでよかっ たと思えるためにはどうするのがよいのか考え る必要がある。以前、クリスマスの時期にベトナ ムのメコンデルタ地帯に行った。そこはジャング ルが多く、ベトナム戦争中には、ベトコンとアメ リカ軍が激戦を繰り広げたところ。その中に幾つ かのカトリック村があるが、それらはみな戦争中、 アメリカ軍や南ベトナム政府軍に協力させられ たため、共産化した現在、逆に弾圧を受けている。 その教会でちょうどクリスマスのミサにあず かった。短い説教の後、子どもたちによるご降誕 の聖劇が行われた。マリアに連れ添ったヨゼフが、 「部屋はないか」と宿屋の主人とかけあう。しか し、「どこにも空き部屋などない」と断られ、そ れでも、3回ヨゼフは、宿屋の主人に頼もうとす る。マリア役の女の子は、苦しそうに最高の演技 をし、ヨゼフが「彼女は本当にここで倒れてしん でしまうかもしれない」とセリフをいった瞬間、 宿屋の主人役の年下の男の子の表情が変わった。 そして、「そんなに苦しいんだったらなんでここ で劇なんかやってるんだ。直ぐ僕の家に連れて行 ってあげるから、休まないと」と言った。それを 聞いた会衆は全員立ち上がり、大きな拍手が沸き 起こった。 子どもは、心の中にあることを正直に出せる。 でも、私たちは、世間体を気にし、本当にするべ きこと、いうべきことをできないでいるのかもし れない。 自分と神様との関係が、共同体の中で養われ強 められていくとすれば、そこにすばらしい共同体 ができあがっていくと思います。教会での当番や 担当など、自分は何のためにやっているのか、い やいやするのではなく、自分は共同体の中でどん な役割を果たすよう呼ばれているのか黙想して みましょう。 (3)ミャンマーの少数民族の話。少数民族であ るカレン族の9割は、クリスチャンでその中心の 一つが、首都ヤンゴンから千キロ南にくだった地 域にある。民族間の争いが続いているため、生活 の基盤となる畑のあるところから強制的に別の 場所に移住させられ、耕作を続けるために闇にま ぎれ数時間歩いて畑に行くひとたちもいる。しか し、いてはいけないところにいるということで政 府軍の兵士に打ち殺されることも少なくない。 その一帯に4つの孤児院があり、それぞれ50 人前後の子どもたちが収容されている。年間50 0人の子どもたちが、親を失っているとも言われ ている。今年の初め、新潟教区の菊地司教様と二 つの孤児院を訪ねた。そのとき、子どもたちに質 問した。「お父さんかお母さんが亡くなったとき、 そこにいたひと」全員が、手を挙げた。次に、「こ こは良いところですか」全員が「良いところ、楽 しいところ」と応えた。「それではなぜ楽しいの」 と聞くと「安全だから。ご飯が食べられるから。 友だちがいるから。そして、勉強出来るから」と 4つの応えが返ってきた。この中の5歳になる男 の子は、50キロ離れた自分の村からたった一人 で歩いて来たと知った。 私たちは、今、こうして平和に生活できている ことを感謝しているだろうか?また、神様に喜ん でいただけるように私たちは何かしているだろ うか? キリストの誕生を祝う準備として、まず、感謝し

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ているか、何に感謝しているか黙想してみましょ う。

第42回横浜教区一粒会大会概要報告

(4)アフリカ、カメルーンの若い司教様に関す る話。自分の教区がとても広く、まだ訪ねていな い地域もたくさんあった。ある時、教区内の最も 遠く、カトリック信者がほとんどいないところで 複数の伝染病が猛威をふるった。そこで、若者た ちを集め、何か良い案がないか話し合っていると、 ある20代の若い看護師が、自分がそこへ行って も良いと名乗りを上げた。そして、彼女はその村 へ向かった。それから2年、その村から伝令がや ってきた。彼女がマラリアに罹り亡くなったとい う知らせだった。 司教は、生前、彼女を一度も訪ねなかったこと を悔やみながら、遺体を引き取るため遠いその場 所へ若者たちと向かった。村に着くと、そこには 遺体と共に、村の長と全村人が立っていた。司教 は、「本当に残念です。でも、今、私は皆さんに 何かできることがありますか」と話しかけた。す ると村の長が尋ねた。「あなたに伺いたいことが あります」。「彼女の神様は誰ですか」。司教はそ の質問の意味が取れずもう少し説明するように 頼んだ。そして、長が続けた。「彼女はここにい る2年間、決して彼女の神様について語りません でした。でも、村の全員が、彼女の言葉を通して 彼女の神に語りかけられました。彼女の手を通し て、彼女の神に触れて貰いました。そして、彼女 の存在を通して、彼女の神に出会いました」。司 教はそれに感激し、キリスト教の話をした。 そして、翌朝、司教一行が村を去ろうとすると、 長が司教に尋ねた。「昨日司教様は私たちに何か できることはありますかと聞いてくださいまし た。今、村人全員、いただきたいものがあります」。 「彼女と同じ神様を下さい」。こうして、この部 族全員がキリスト教の洗礼を受けた。信仰は、生 きることを通して伝えていくのだと思う。 (広報部 山内) 秋晴れに恵まれた2009 年 10 月 12 日体育の日 (月)静岡県裾野市不二聖心女学院にて開催され ました。参加者は約850名、当教会からは7名 が出席されました。 担当されたのは、静岡東部地区(伊東、熱海、御 殿場、三島、沼津、富士)の方々でした。 主テーマは ”召命とは何か? -生活におけ るキリストのあかしを通して召命を - ”あなたも行って人に伝えなさい” ルカ10-3 7に基づきます ■ 祈りのつどい 静粛な祈りと聖歌(全員参加) ー あなたも行って人に伝えなさい - ■ 開会挨拶 一粒会本部委員長 枡田英郎氏 長年に亘り本業である眼科医として奉職、殊 にカメルーンでの医療奉仕を通じ、祈りの輪、神 との交わりの体験を語られました (注1、注2 参照) ■ 分科会 ー大人ー 講堂にて ”召命とは何か」 --- 私の召命 -- このテーマにしたがって、シンポジウム、パネ ル討論形式で実施されました。 進行役は聖パウ ロ修道会澤田豊成神父様、清泉小学校シスター堂 平房江さん、神山復生病院看護士 井坂玲子さん、 富士教会信徒 横山レイカさん、藤沢教会 宮内 毅助祭(藤沢教会)の五名の方々によります。 職能的専門の立場から神様との関わり、抵抗し きれない神様の御力に導かれたこと、修道者、司 祭へ不思議な力で導かれていたこと。外国人との 関わり、福祉活動、行政との軋轢の中で神の声が 聞こえたこと、ミサ奉仕中の司祭の言葉によって、 神学校に導かれていたこと、臨終の患者さんを看 取り、ホイヴェルス神父様の”最上のわざ”の真意 が理解できたことなど、体験を通じ、”神の声に

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耳を傾け、それに応える勇気によって、召命が生 成され且つその延長上に司祭、修道者への召命が ある”と結ばれました。 ”私自身の召命とは何?”テーマへのソルーショ ンの一例として: 澤田神父様のお兄様が神父様を目指しておられ 挫折、それを見て神に導かれた。 (澤田神父様) ■ 分科会 ー子供の部 --- (注2) 静岡教会 濱田神父様、山手教会 谷脇神父様方 のご指導によります。 ー 講師の方々の神様との関わりなどのお話を 伺うこと。 ー 感じたこと、疑問などをもとに ー ”どのように自己を神様にささげたら?” ”祈りの手カード”作成によっての表現です エアチン・オボス神父様による奉納の歌、踊りの 練習 ■ 大会ミサ:- 子供とともにささげるミサ - 生徒全員が一堂に会し、ミサ聖祭に与かること が可能であること、空調設備更新を含め2008 年6月更新された聖堂で梅村司教様、はじめ37 名の司教団司式によってささげられました。 特記すべき点は、アフリカ、ペナン共和国から 来日されたエチアン・オボス神父様ご指導による タムタム(太鼓)のリズムによる歌と踊りによる 奉納でした。 平和に満たされ大会が無事終了しました。 準備ならびに当日の奉仕をされた静岡東部地 区各位、施設提供を快諾いただいた不二聖心学院 各位に深く感謝の意を表します。 注記: 注1、一粒会だより 2009年12月号に細目 注2 カトリック 横浜教区報 64号 20 09年12月 ”司祭年にあたり ”に細目記事が あり参照方願います。 (広報部 植木)

異動情報

(2009.10.1~2009.12.31)

敬称略

編集後記

教会事務へのお届出時に掲載を希望されな い方の情報は割愛しています。

個人情報のため削除

今号から竹内恵子さんが広報部員として加わ り、次号からもう一人女性が加わります。一方、 私(山内)と広報部長の永田さんは退任します。 永田さんは昨年4 月頃からお仕事が超多忙になり、 残念ながら広報部活動ができませんでした。この タイミングで広報部に2 人加わることで、新年度 も継続して広報「あつぎ」を発行できる見通しが つき、神様のお恵みに感謝しています。 当面、私は裏方で力になれればと思っています。 (広報部:永田、山内、竹内、植木)

参照

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