要約:音楽鑑賞は本来内面的で受動的な要素を持っている.本研究では , 初等教育における受動 的な「鑑賞」から , 好奇心を持って意欲的に学ぶ能動的な「鑑賞」のあり方を示したい.児童が 個性豊かに自由な反応を示す鑑賞教材としてプロコフィエフの 2 作品 , ピアノ作品《こどものた めの音楽 》作品 65 と子供のための交響的物語《ピーターと狼》作品 67 を取り上げる.この 2 作 品の楽曲分析を基底としていくつかの「聴取(Listening)」を示し ,「鑑賞(Appreciation)」の新 しい可能性を提案したい. Ⅰ.はじめに 本論文の目的は,従来受動的なものと捉えら れがちであった初等教育の鑑賞授業において, 児童がより能動的に音楽を学習できる方法を模 索することにある . その一端として本論文では, ソヴィエト出身の作曲家セルゲイ・プロコフィ エフ Sergey Prokofiev(1891-1953 年)が書いた ピアノ作品《こどものための音楽 》作品 65(1935 年)と子供のための交響的物語《ピーターと狼》 作品 67(1936 年)を用いた鑑賞授業を提案する . 文部科学省による学習指導要領第 6 節:音楽 科によれば,音楽鑑賞教育は文字通りの音楽理 解に留まらず,音楽と児童の生活に接点が生じ ることを目標としている.実際に,低学年では 鑑賞教材として「身体反応の快さを感じ取りや すい音楽,日常の生活に関連して情景を思い浮 かべやすい楽曲」が,中学年では「生活とのか かわりを感じ取りやすい音楽と劇の音楽」が, 高学年では「文化とのかかわりを感じ取りやす い音楽」が推奨されている.こうした一連の記 述からは,鑑賞の対象となる音楽作品が,児童 にとって非日常的なものに留められるのではな く,むしろ児童の日常に取り込まれ生活を朗ら かにするものとして受容されなければならない, という教育意図がうかがえる . 本論文で採り上げ るプロコフィエフの 2 作品は,こうした教育意 図を実現しうる音楽上の特質を備えており,指 導要領で述べるところの,音楽と児童の生活と の接点になると考えられる . Ⅱ.作曲家プロコフィエフ セルゲイ・プロコフィエフ(1891-1953)は, ロシア帝国に生まれ,後のロシア革命に人生が 翻弄される中,時代背景に応じ,作風を転換さ せながら多くの作品を残してきた作曲家である. その作風は,旧ロシア時代の前衛的な試みから, 亡命時代の新古典主義的作風,ソヴィエト復帰 後の社会主義リアリズム路線へと時代とともに 変化していく. ロシア革命後のソヴィエト共産党は,国家の 音楽家達に対し,社会主義リアリズムのもと, 人民により分かりやすく,明快な音楽を創作す るよう要求した.社会主義思想を人民に根付か せるための大衆向き音楽配信を徹底すると同時 にまた,国策として音楽教育推進にも力を注ぎ, 常に,芸術的に質の高い音楽を創作することを 作曲家達に指示していた. プロコフィエフは,1917 年のロシア革命以降, アメリカおよび西欧諸国での亡命生活を送って いたが,1935 年に妻子も含めたソヴィエトでの 生活を再開していた . 本論文で採り上げる 2 作品 はいずれもソヴィエト帰国後のものであり,創 作にあたって上述のようなソヴィエト共産党の 指針は無視できなかったと考えられる . そのよう な状況の中完成した両作品は,「わかりやすい作 風」と「高い芸術性」という一見矛盾した音楽
初等音楽教育における鑑賞授業への提案
―プロコフィエフの作品に着目して―A Proposal for the Use of Prokofiev's Works in Music Appreciation Classes
in Elementary Education
大海由佳(帝京科学大学),肝付文子(帝京科学大学),舘亜里沙(帝京科学大学) Yuka OUMI (Teikyo University of Sucience),Ayako KIMOTSUKI(Teikyo University of Sucience),
20 的特徴を兼ね備えることとなった . 次章以降では 両作品の音楽的内容の分析を行い、それらの教 材としての価値を明らかにする . Ⅲ.こどものための音楽 本 章 で は《 こ ど も の た め の 音 楽 Musiques d'enfants》作品 65 を鑑賞教材として提唱し,そ の教育的意義や活用方法を明らかにする.平易 なスタイルを装いながらも,音楽の三要素であ る旋律・リズム・ハーモニーを多分に活かした 同作品は,1 曲ずつが明確な情景やイメージを有 しており,児童の想像力を引き出すのに適して いる.また同作品はピアノ独奏という編成で技 術的にも比較的難易度が低いため,教師が直接 演奏したり旋律を弾いて示したりしながら楽曲 を紹介することも可能である.児童が生のピア ノの音を通じて,直接身体で音楽を感じること は,児童の感性を引き出し,心を豊かにするこ とへと繋がる. 1.楽曲分析 《こどものための音楽》は全 12 曲のピアノ独 奏小品から成り,曲目は以下の通りである。各 曲はいずれも三部形式で、演奏時間は 1 分から 3 分と短い. 第 1 曲:朝 Matin 第 2 曲:散歩 Promenade 第 3 曲:物語 Historiette 第 4 曲:タランテラ Tarantelle 第 5 曲:後悔 Repentirs 第 6 曲:ワルツ Valse 第 7 曲:きりぎりすの行進 Cortege de sauterelles 第 8 曲:雨と虹 La pluie et l'arc-en-ciel 第 9 曲:鬼ごっこ Attrape qui peut 第 10 曲:行進曲 Marche
第 11 曲:夕べに Soir
第 12 曲:月は草原の上にのぼる
Sur les pres la lune se promene 12 曲にはそれぞれ具体的な表題がつけられて おり,それらが示唆する内容で分類すると以下 のようになる. ①時:第 1 曲、第 11 曲、(第 12 曲) ②自然の現象:第 7 曲、第 8 曲、第 12 曲 ③人間の行動:第 2 曲、第 3 曲、第 9 曲 ④人間の心情:第 5 曲 ⑤楽曲ジャンル:第 4 曲、第 6 曲、第 10 曲 12 曲は調の選択や緩急に明確な規則がないた め,作品としての有機的統一性は弱い.だが第 12 曲の表題に記されている「月」を夜の象徴と 解釈すると,①のグループが、朝―夕べ―月(≒ 夜)という流れになる.また①のグループが作 品全体の冒頭と結尾に位置していることからも, 第 1 曲と第 12 曲がプロローグとエピローグにな り,第 11 曲がエピローグへの枕詞になる.つま り 12 曲は個々に現象・心象を描いた音楽の集積 である一方で,ある一日を描いた 1 つの物語と 捉えることも出来る. ③と⑤に含まれるのは,いずれも拍節や形式 の明瞭な楽曲である.⑤は「楽曲ジャンル」と カテゴライズしたものの , 実際には第 4 曲と第 6 曲が舞曲,第 10 曲が行進曲で,楽曲に身体表現 やステップが加わることを想定したジャンルに 絞られている.さらに A-B-A' 形式の B 部分が別 の調へと転調していることも,これら 3 曲の形 式を際立たせている.③に含まれる 3 曲も,各々 リズムを特徴としている.第 2 曲は冒頭で示唆 された三連符を含んだリズム [ 譜例 a] が A およ び A' 部分を支配し,B 部分は 4 分の 3 拍子の基 となっている四分音符のみで構成されている. 第 3 曲は十六分音符と八分音符を組み合わせた リズム [ 譜例 b] が一貫して用いられている.第 9 曲はリズム動機となるパーツは存在しないもの の,左手パートは絶えることなく 2 拍子を打ち 続け,その上で A と A' 部分の音階の上行/下降 を基にした途切れのない旋律と、B 部分の八分 休符や弱拍へのアクセントが対比を成している.1 [譜例 a]第 2 曲冒頭 2 [譜例 b]第 3 曲冒頭 [ 譜例 a] 第 2 曲冒頭 [ 譜例 b] 第 3 曲冒頭 ②のグループに属する 3 曲は、互いに曲調を 異にしている.第 12 曲は先ほど述べた通り、表 題と作品全体の構成から,①のグループに属す ることも出来る。また音楽的内容についても第 12 曲は,比較的広い音域を扱っていること,緩 やかなテンポの長調の曲であること,抒情的な 旋律を持っている点で,①の 2 曲と共通してい る.それに対して第7曲は表題からも窺える通り, ③や⑤の楽曲に類似した特徴をもつ.きりぎり すが跳ねる様相を表すスキップのリズム [ 譜例 c] は,楽曲全体に用いられているが,B 部分で A 部分での八分音符と十六分休符が付点八分音符
に変わることで,曲調に緩急がつけられている. [ 譜例 c] 第 7 曲冒頭 3 [譜例 c]第 7 曲冒頭 第 8 曲は、唯一他の曲とグルーピングされて いない第 5 曲と同様に , やや異質な楽曲である。 それまでに採り上げた曲は全て旋律またはリズ ムに明確な特徴があり , 調も比較的平易に示唆さ れている . だが , この第 8 曲は冒頭からハ長調のドミナ ントである G-B-D の和声で始まる上 , 基音の G 音が現れるのは 2 小節目に入ってからであり , 1 小節目には D 音とその非和声音の濁った響きが 与えられる . 初めてハ長調の主和音が示唆される のは第 4 小節であるが,さらに C-E-G が完全に 揃うのは B 部分(9 小節目)に入った時である . この B 部分で初めて息の長い旋律線も現れるが , それはわずか 8 小節間のことで , すぐに冒頭と同 様の引き延ばされたドミナントに戻り , 楽曲はわ ずか 22 小節で収束する . すなわちこの楽曲は異 常な短さや「不明瞭さ」が特徴であり , 独立した 楽曲というよりむしろ , 前後の楽曲のあるいは作 品全体の間奏曲/挿入曲の役割を果たしている . 一方の第 5 曲は同じく異質な存在であっても , その特質は第 8 曲とは全く別である . 他曲に比べ て密に強弱が指示され , 旋律には espress.(表現 豊かに)という曲想指示と執拗なテヌートがつ けられたこの楽曲は , 12 曲中唯一 , 人間の内面す なわち表現を通じてしか視覚に現れないものを テーマとしている . そこでプロコフィエフが採っ た表現方法は , 短調と旋律の強調であった . 全 12 曲のうち短調は第 3 曲・第 4 曲・第 5 曲のみで あるが , 第 4 曲は B 部分が完全に原調(ニ短調) の同主調のニ長調となっており , A および A' 部 分も転調が激しくニ短調のドミナントが完全な 形で現れることはないため , 実際原調が示唆され る時間は少ない(コーダもニ長調へと転調して 終結する). 第 3 曲は一貫してイ短調であるが、 主旋律とその伴奏には旋律的短音階の下行形が 用いられているため , 導音として楽曲に緊張感 をもたらす G ♯が現れない時間が長い . それゆ えに楽曲は旋法的な性格を帯び,「古い」「遠い」 イメージを形成する。それに対して第 5 曲はニ 短調の導音から主音 C ♯→ D という動きと , そ れに伴うドミナントからトニックへの動きが頻 発することで , 楽曲全体に緊張感が生まれる . さ らにニ短調のドミナントに F 音を加えた F-A-C ♯ -E の増七和音が多用されることで , 表題に示 された負の感情が表現されている . このような和 声法に加え , 第 5 曲は伴奏として旋律から独立し た動きをしている音型が少なく , 主旋律に沿っ て全ての音型が対位法的に組み合わされている . 楽曲のクライマックスを形成する旋律は2オク ターブのユニゾンで演奏され , 楽曲の感傷を増す とともに空虚な響きを生み出す . 以上の分析をもとに , 12 曲をそれらの教育効 果を基準に再度分類すると次の通りとなる . ⅰ第 2 ~第 7 曲、第 9 曲 ⅱ第 1 曲、第 5 曲、第 8 曲、第 11 曲、第 12 曲 ⅰのグループはリズムや伴奏型によって音楽 のテンポが支えられているため , 児童の運動に適 している . よって机に座ってじっと耳を傾けるだ けではなく , 「音楽に合わせて身体を動かすこと」 「音楽を身の回りの行動と結びつけること」で , 児童の感性が磨かれることが期待される . ⅱのグ ループはテンポが緩やかで旋律に抒情性があり , 楽曲の雰囲気や響きの移ろいを把握しやすいた め, 児童の創造的な活動に適している. よって「音 楽から想像力を働かせ」音楽を通して想像した ことを「音楽以外の手段で表現し伝える」ことで , 児童の心が豊かになることが期待される . こうし た両グループの特色を組み合わせながら新しい 音楽鑑賞授業の在り方を考案することによって , 《こどものための音楽》を児童の心身の成長を促 すための , 非常に汎用性の高い教材として用いる ことが出来る . 2.身体での「聴取」 まず , ⅰのグループの楽曲について , 具体的な 鑑賞教材としての活用方法を考察する . 前述の通 り , ⅰに含まれる楽曲の最も大きな特徴の 1 つは , 音楽が身体の動きと繋がりやすい点である . この 特徴を活かして , ⅰグループの楽曲では , 身体で の「聴取」に焦点を当てた授業実施が可能となる . ここで述べる身体での「聴取」とは , 音楽の流れ やつくりを感じ取ることで生まれる身体の自然 な動きを束縛せず , むしろそうした動きを積極的 に引き出す聴取方法である . こうして音楽が児童 の身体に取り込まれることは , 同時に児童が受容 した音楽が児童の身体を通して別の形で表象さ れることをも示唆する . 低学年ではまず音楽を「楽しむ」ことが指導 要領のねらいとなっているので , 拍子がとりやす く曲調も軽快な第 7 曲〈きりぎりすの行進〉で , 拍子感を養いつつ音楽を楽しむことを目指す方 法が考えられる . 初めは楽曲に合わせて一緒に手
22 したりすることで,児童の感性を伸ばすことが 期待される.低学年・中学年についての指導法 では,主として音楽に合わせて歩く/ステップ を踏むことを基礎としたが,高学年ではある程 度児童自身での楽曲の構造把握を促すような指 導内容が可能である.第 3 曲〈物語〉では,教 師が音読できるようなテキストを児童に与え, 音楽に合わせて読む指導方法が考えられる.最 初は,児童が音楽のテンポに合った読み方で読 めるようになることを試み,その後には音楽の 流れを活用した音読をするよう指導する.そし て最終的には楽曲の変化や節目に合わせて,テ キストを読み始めるタイミング,次の文を読む タイミング,間の空け方,口調の変化などを児 童本人が工夫できるよう促す.また第 9 曲〈鬼 ごっこ〉を活用して,児童複数人で音楽から感 じたことをアウトプットする指導も考えられる. 表題に沿って鬼役と逃げる役を決め,「鬼ごっ こ」の情景を音楽に合わせて簡単なお芝居で表 現させる.児童にはただ芝居をするだけではな く,音楽の変化に合わせて状況を変化させる(例 えば動き回って逃げていたのが睨み合いになる, 鬼役が交替になる等)よう指導する.こうして 音楽を聴きながら積極的に楽曲構造を把握し, それを身体表現に活かすことで,児童にとって より音楽が親しみあるものになると考えられる. 身体での「聴取」は,音楽そのもので表現する わけではない点で音楽表現とは一線を画しなが らも,音楽鑑賞を受動的な活動にしない点で, 音楽と児童の生活をより密に結びつける効果が 期待される. 3.創造的「聴取」 次に,ⅱのグループに属する楽曲について, 教材としての活用方法を考察する.既に分析し た通り,ⅱのグループの最も大きな特徴の 1 つは, 抒情的な旋律を持ったテンポの緩やかな楽曲で, 音楽的諸要素の 1 つ 1 つを味わいやすい点にあ る.そこでⅱの楽曲では,音楽を聴くことが児 童の想像を膨らませ,音楽以外の媒体でのコミュ ニケーションや表現へと繋がる指導方法を考え ることが可能である.こうした音楽の楽しみ方 を本文では創造的「聴取」と称することにする. 鑑賞の授業において,全学年に共通して指導 要領のねらいとなっているのが,音楽を聴いて 感じた内容を言葉などで人に伝える力を育むこ とである.同時に指導要領では、ある児童が伝 えたことを他の児童や教師が積極的に聴き,共 有することも奨励されている.だが,言葉が音 拍子をして , 児童に楽曲のテンポ感を把握させた 後 , 足踏み・ジャンプ・スキップと動きの難易度 を上げてゆくことで , 児童のリズム感覚を向上さ せることが出来る.特にスキップのリズムはあ る程度のリズム感覚を必要とするものであり , 足 だけではなく手拍子でもスキップのリズムを取 ることで , 音楽表現との連携を図ることも出来 る . さらに,児童が音楽に合わせて身体を動かす ことに慣れた後には , 表題のきりぎりすを真似て 歩くといった応用をすることも可能である . 第 10 曲〈行進曲〉は , 音楽を聴いて歩くという行 為を通じて , 児童の感性を引き出すことに応用出 来る . 教師がこの楽曲を色々なテンポで演奏し , 児童はそのテンポに合う速さで歩く , 教師が動物 の真似など歩き方を指示して , 児童はその指示か らイメージできる歩き方をする , 教師が手振りを 指示し児童がその手振りをつけながら歩く , と いった様々な方法が考えられる . 中学年は指導要領解説でも , 知的側面の成長 に合わせて音楽に積極的に関わることが求めら れている . よって、低学年に比べて音楽的教養の 向上につながる内容が必要となる . そこで舞曲や マーチといった , 伝統的な楽曲ジャンルに触れる ことの出来る第 4 曲・第 6 曲・第 10 曲を教材と して採り上げ , 音楽と身体だけではなく知性をも 結びつけることを , 授業のねらいとすることが出 来る . 第 4 曲の表題となっているタランテラは ナポリで中世から存在していたと言われる円舞 曲で児童達は輪を作り , 音楽に合わせて簡易な ステップをつけて楽しむことが出来る.第 6 曲 の表題となっているワルツは近代のウィーンで 広まった舞踊だが、基本的なステップは決まっ ており,音楽に合わせてそのステップを実践す ることが出来る.このように第 4 曲・第 6 曲は, 録画等を見て教科書を読むだけでは児童にとっ て親しみづらい伝統舞曲を身体で「聴く」こと で楽しめるよう促すことが出来る.特に 3 拍子 は日本の楽曲には少ないため,すぐに 3 拍子の ステップを取るのは難しい場合には,比較的テ ンポの揺れが少ない第 2 曲〈さんぽ〉で 3 拍子 を手や足でとる練習をした上で,第 6 曲に移る 方法も考えられる. 高学年では中学年以上に創造性や社会性の高 まり,また論理的思考の発達が指導要領解説で も期待されている.そこで教材との関わり方に ついても,低学年・中学年とは変えることが必 要になる.具体的には,音楽を聴いて感じたこ とをより創造的な手段で伝えたり,集団で表現
23 1.楽曲分析 この楽曲において,最も大きな特徴であるの が,登場人物それぞれライトモチーフを取って いるという点と,「オーケストラの特定楽器によ る主題担当制」が採用されている点だと言える. この 2 つの特徴を組み合わせると,それぞれの 登場人物が持つ明確なライトモチーフを,指示 されたオーケストラの特定の楽器のみが担当演 奏する,という「一主題一楽器」形式が誕生する. 登場人物の心情や動作の様子に応じて登場する 印象的なライトモチーフは,物語の展開に添う ようにして発展していき,物語に付随した音楽 作品の構造の基礎となって,楽曲の性格を決定 づけていると言える . 登場人物とそれを受け持つ担当楽器の配置は, 次の表 1 の通りである. 4 [表1] 登場人物と楽器 小鳥 フルート あひる オーボエ 猫 クラリネット お祖父さん ファゴット 狼 フレンチホルン 猟師の鉄砲 ティンパニ・バスドラム ピーター 弦楽合奏 [ 表1] 登場人物と楽器 上記の特定の楽器使用を条件とした上で,そ れぞれの登場人物に割り当てられたライトモ チーフの冒頭部は下の譜例 d-k の通りである. (プロコフィエフは、移調楽器においても全て C 音を基音とした実音記譜を実践しているため, 上のクラリネット譜も実音記譜とする) [ 譜例 d] 小鳥(フルート) [ 譜例 e] あひる(オーボエ) [ 譜例 f] 猫(クラリネット)実音記譜 5 [譜例 d]小鳥(フルート) 6 [譜例 e]あひる(オーボエ) 7 [譜例 f]猫(クラリネット)実音記譜 (プロコフィエフは、移調楽器においても全て C 音を基音とした実音記譜を実践しているため,上 のクラリネット譜も実音記譜とする) 楽を表しうる内容は限られており,特に言葉の 習得が十分ではない低学年の児童には,より自 由に音楽から感じたことを伝える手段が必要で ある.そこで、第 1 曲・第 11 曲・第 12 曲を用いて, 音楽から感じたことを児童に絵で伝えさせると いう指導方法が考えられる.3 曲はいずれも表象 対象にしている情景がある程度明確である一方, 聴き手の自由もある程度残している.各曲の演 奏を繰り返し聴いて想像力を働かせることで, また出来上がった絵を互いに見ることで,児童 の心の世界を広げることが期待される. 音楽を聴いて感じたことを絵にするという指 導方法は,中学年にも用いることが出来るが, 前の 3 曲よりも抽象的で音楽のつくりもやや難 しい第 5 曲と第 8 曲を課題に与えることでより 表現の幅を広げることが出来る.特に第 5 曲は 視覚にするのが難しいが,表題の通り自分が「後 悔」した時の心の色はどのようなものか,また どんな時に「後悔」するかを考えさせることで, 児童の課題への取り組みを促すことが可能にな る.また,低学年への課題に比べて出来上がっ た絵が各々違うものになることが予想されるた め,児童一人一人が楽曲に対して思ったことを, 教員が積極的に聴き,コミュニケーションを図 ることが必要である. 高学年はある程度言葉の習得も済み,音楽に 対しても他学年に比べて,集中力や全体を把握 する力が高まっている.そこで,ⅱグループに 含まれる楽曲(あるいは全 12 曲でも可)の中か ら複数の楽曲を組み合わせ、一つの物語を創っ てみるという指導方法が考えられる.教員は, 児童に楽曲を複数選択させた後,最終的に音楽 に合わせた朗読や紙芝居といった形で,発表が 出来るよう指導を進める.指導にあたって,音 楽的変化を児童の創った物語とどう対応させる か,逆に音楽的変化に合わせてどうプロットの 変化を創るかを,アドバイスする必要がある. 発表の後には児童達と教員で互いに感想を話し 合うことで,児童の音楽への造詣をより深める ことが期待される. Ⅳ.子供のための交響的物語《ピーターと狼》 子供のための交響的物語《ピーターと狼》作 品 67 は,「音楽教育推進」という国家を挙げた 大きな目的のために作曲された経緯がある.本 稿では,子どもの音楽教育を最初から想定して 作曲された劇音楽を,楽曲分析し鑑賞教材とし ての可能性を模索する. [ 譜例 g] お祖父さん(ファゴット) 8 [譜例 g]お祖父さん(ファゴット)
24 各ライトモチーフは登場人物の性格や動きを 具体的に表現した音素材によって形成され,そ れを担当する楽器の特性を最大限に引き出すよ うな音域や奏法が選ばれている.登場人物と楽 器、ライトモチーフの関係は表2の通りである. [ 表2] 主題の特徴 13 [表2]主題の特徴 登場人物 楽器 主題の特徴 小鳥 フルート 高音の装飾音を含む速いパッセ ージを活用し、小鳥のさえずり の模倣。バロック時代より、フ ルートの高音は、小鳥のさえず りの再現に最も適した楽器と位 置づけられていた。 あひる オーボエ ゆったりとした装飾音で滑稽な あひるの動きを、鳴き声に似せ た オ ー ボ エ の 滑 稽 な 音 色 で 表 現 。 ダ ブ ル リ ー ド の オ ー ボ エ は、生物の発する中音域音に近 いといわれている。 猫 クラリネ ット 上下行する跳躍進行素材と順次 進行素材の混合を、スタッカー トとレガートの器用な組み合わ せで表現。クラリネットは、幅 広い奏法の可能性があり、奏法 によってその表情をころころと 変えることが可能である。 お 祖 父 さ ん ファゴッ ト ゆっくりとした低音による音数 の少ないリズム素材をつぶやく ように表現。登場人物の威厳と 滑稽さは、低音ファゴットの高 速を避けたリズムパッセージに よってイメージされている。 狼 フレンチ ホルン 恐怖感を抱かせるような半音階 の重音による不安定な響きを表 現。木管にかわって低中音金管 楽器を使用することで力強さを 表現。 猟 師 の 鉄 砲 打楽器 リズム素材による鉄砲の音の模 倣 。 打 楽 器 ( 主 に テ ィ ン パ ニ ー)で鉄砲の発砲音を、インパ クトを持たせ強く表現。 ピーター 弦楽合奏 跳躍行による伸びやかで軽快な 主題。吹奏楽器を使用せず弦楽 合奏にすることで、主人公を明 確に他と区別している。弦楽器 特有の柔らかい音色で、滑らか に表現。 このように,主題の特徴をオーケストラの特 定楽器が効果的に表現することで,ライトモチー フやストーリーをより印象的に,また具体的に 聴衆の耳に届けることができるのである. 大衆性と具体性,音楽教育促進のための高い 芸術性を兼ね備えた作品作りは,「聴衆への意識」 が創作の大前提であったことは言うまでもない. この楽曲では、一主題一楽器形式の提示によっ て,大衆性と具体性を表現することに成功した が,さらに「音楽教育推進」という国家の目的 [ 譜例 h] 狼(フレンチホルン) [ 譜例 i] 猟師の鉄砲(ティンパニ・バスドラ [ 譜例 j] ピーター(弦楽合奏) 9 [譜例 h]狼(フレンチホルン) 10 [譜例 i]猟師の鉄砲(ティンパニ・バスドラム) 11 [譜例 j]ピーター(弦楽合奏) この他に「狩人のおじさんたち」も登場人物 の中に含まれているが,その様子を描写する主 題は,ライトモチーフにはなっているものの, 担当楽器を指定していないため,上に記した一 主題一楽器の完全なスタイルとは,区別して考 えたい. [ 譜例 k] 狩人のおじさんたち 12 [譜例 k]狩人のおじさんたち それでは「狩人のおじさんたち」の描写表現 を除き,この一主題一楽器のスタイルは、聴衆 にとってどのような意味があるのだろうか. 政治的な意図もあるが,プロコフィエフはこ の楽曲を発想の段階から子どもを対象としたも のとして考えており,実際に初演はモスクワの 児童劇場で行われている.作曲家による自由で 前衛的な試みを作品に反映させる,いわゆる新 たな技法・書法の開拓や挑戦ではなく,楽曲を 耳にした子どもがすっと惹きこまれていくよう な作品作りを目指したことは明らかである. 実際に,ライトモチーフの全てが非常に具体 的でわかりやすく,また,ライトモチーフ同志 は互いに類似性のない旋律素材によって構成さ れ,区別化が明確に行われている.固有の印象 的なライトモチーフを物語の進行に添わせるこ とで,聴衆は,ストーリー展開もより追いやす くなる.聴衆は、登場人物やその個性,役割を 物語の進行と共に記憶していく必要がなく,ラ イトモチーフの登場やその微妙な表現の変化に よって,登場人物の心情や動きの様子をダイレ クトに感じることができ,ストーリーの次の展 開の予測も,自然に促され、惹きこまれていく.
ている点や劇としても発表する形態が可能な物 語音楽である点で,児童はこの楽曲を通して, 外国の異なる文化や芸術についての意見や感想 を出し合い,外国文化への興味や知識を広げる 機会を持つことができると考える. 高学年の指導要領である「音楽を形づくって いる要素の働きを感じ取りやすく,聴く歓びを 深めやすい楽曲」という項目においては,登場 人物を示すライトモチーフを覚えたり,その特 徴を児童の個々の感性によって捉え,意見を発 表し合ったりすることで,音楽の中に具体的に 含まれる「音要素」についての考察授業を展開 することが期待できる.さらに鑑賞後の応用と して,「自分を示すライトモチーフ」いわゆる簡 単な「自分のテーマソング」を創作するような 授業展開も考えられる. プロコフィエフのこの楽曲は,これまでの楽 曲分析や考察で述べてきたとおり,「大衆性」「具 体性」(わかりやすさ)「教育的な楽器紹介」と いういずれの側面から見ても,日本の文部科学 省が掲げる指導要領項目に見事に合致している と言える . この合致は , プロコフィエフ自身が創 作にあたって最も意識した部分が , 現代の日本の 初等教育音楽鑑賞授業に求められている内容と 重なりあっている結果であると言えるだろう . このことから , 「子ども」というものが , 国家 体制 , 民族 , 言語 , 文化などを超越して , 普遍的 な存在であることを改めて再認識することがで きる . Ⅴ.まとめ 本研究では、プロコフィエフ《こどものため の音楽》と《ピーターと狼》に潜在する音楽的 内容の豊かさ , 音楽的特徴の明瞭さ , 曲間の緩や かな統一性を示唆した上で , 2作品を音楽鑑賞教 育に活かす手法を考察した . 音楽鑑賞の授業で は、技術的難易度が高い , 授業での生演奏は不可 能といった理由で音楽表現では扱いにくい楽曲 が , 教材として選ばれることが多いことから , 指 導要領の狙い通りに音楽が児童にとって親しみ やすいものへと昇華されることが難しい傾向に ある . だが《こどものための音楽》のように , 教 員が生演奏をすることも可能でかつ児童の感性 を引き出す作品を用いて , 積極的に音楽に関わら せることで , より児童の心身の成長を促す音楽鑑 賞授業を実施することが可能となる. また, 《ピー ターと狼》では芸術に敏感に反応する児童の心 の動きと , そこから発信される個々の感性に教員 にも応えようと試みる側面を見出すことができ る. それは,物語やライトモチーフに着目する以 前に,楽器の音色そのものに集中するような作 品の,聴き方を行うことで浮かび上がってくる 「楽器紹介」という特徴である. 表 2 にまとめた通り,各ライトモチーフは特 定楽器そのものの特性を引き出すような奏法, 音域,音素材によって奏でられるため,非常に 印象的で.ライトモチーフや登場人物の個性だ けでなく必然的に楽器そのものの個性も披露す る形となる.これは,楽曲を通してオーケスト ラの楽器紹介が行われていると捉えることがで きる.現在でも,演奏するバンドや楽団のメン バー紹介の際に,演奏者が担当する楽器をワン フレーズ鳴らすような場面がよく見られるが, その感覚に近い.実際の楽曲の中で,具体的, 個別に個性を持って提示される音素材とその楽 器の音色を聴くことは,聴衆である子どもたち にとって楽器の知識を机上で理論的に学ぶより も実践的であり,具体的であった. 芸術性の高い作品によってプロコフィエフは、 わかりやすく,親しみやすい楽曲に仕上げるだ けでなく,楽器の知識を提供する要素を楽曲の 中に持たせ,音楽教育促進のための一芸術作品 として展開させることに成功している. 2.音楽鑑賞での「聴取」 楽曲分析を踏まえた上で,現代の日本におけ る初等教育の音楽鑑賞教材としての可能性を考 えたい. 小学校指導要領の「音楽」において,低学年, 中学年に対し重要視されていることは,「(楽器 や声による)音色」「(楽曲の)編成」と「親し みやすさ」である.高学年になるとそれに加えて, 文化・生活に関わる音楽や音楽の持つ情感に触 れることなどが求められている. 低学年の指導要領に見られる「楽器や人の声 の音色の特徴を感じ取りやすく,親しみやすい 楽曲」という項目においては,楽曲分析で述べ た通り,一主題一楽器形式という主題とそれを 担当する楽器の特徴的な音色の具体的な提示方 法によって,低学年の児童でも鑑賞後の楽曲理 解の進みやすさが期待できる. 中学年の指導要領では「諸外国に伝わる民謡 など生活とのかかわりを感じやすい音楽,劇の 音楽」という項目に着目すると,プロコフィエ フ自身が脚本を書いているものの,オリジナル の話ではなく,ロシア民話が脚本の基盤となっ
26 が着目して立ち止まり , 受け止めるという鑑賞授 業の本質を明らかにした . 本項で述べたいくつかの「聴取」のように , 児童の自己表現や即時反応を尊重する音楽との 接し方は , 既にリトミックの世界等で提唱されて いることであるが , 初等教育の音楽鑑賞にも採り 入れられることで , より充実した音楽授業の実施 が期待される . 参考文献 音楽之友社編『プロコフィエフ』(作曲家別名 曲解説ライブラリー),東京:音楽之友社, 1995.
Prokofiev Sergey, Musiques D'enfants op. 65, Berlin: Editions Russes de Musique, 1935. プロコフィエフ、セルゲイ、ピアノ絵本館⑥『ピー ターと狼』(連弾、千秋次郎編)東京:全音楽 譜出版社、1990 年。 プロコフィエフ、セルゲイ『こどものための音楽』 東京:全音楽譜出版社、2009 年. プロコフィエフ、セルゲイ『自伝/随想集』 田代薫訳東京:音楽之友社、2010 年。 プロコフィエフ、セルゲイ『子どものための交 響的物語 ピーターと狼』日本楽譜出版社: 出版年不明. サフキーナ、N.P. 広瀬信雄訳 (1995 )『プロコフィ エフ:その作品と生涯』東京:新読書社 "Sergey Prokofiev" in The New Grove Dictionary
of Music and Musicians, Oxford university press(2004) (2nd edition).
Web サイト
「現行学習指導要領。生きる力」文部科学省 http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/