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1. はじめに 生命科学分野では,タンパク質をはじめとする生体分子 の構造と機能との相関解明が重要な研究課題となっている。 その中でも特に溶液中で機能するタンパク質の構造的揺ら ぎの解明は重要で,構造から機能を知る上で必要不可欠な 知見である。タンパク質構造におけるダイナミクスの寄与 は,X 線結晶解析をはじめとする既存の立体構造解析手法 では捉えにくい情報で,熱力学解析や速度論解析などを併 用し,解明する必要がある。特に熱力学解析で得られるエ ントロピー量は,タンパク質の柔らかさや水和の程度を示 す極めて重要な知見となりえる。筆者らはこれまで,DNA 結合タンパク質,抗体,主要組織適合遺伝子複合体(MHC) タンパク質,酵素など,種々のタンパク質を対象として, 多角的にタンパク質の構造機能解析を行ってきた。NMR や X線結晶解析による立体構造解析,示差走査型熱量計 (DSC)や等温滴定型熱量計(ITC)による熱力学解析,ス トップトフロー法や表面プラズモン共鳴バイオセンサーに よる速度論解析などにより,タンパク質が相手を如何に認 識し機能するか,その時にタンパク質の柔らかさが如何に 関与するか,といった問題の解明を目指している。本解説 では,タンパク質の立体構造変化がその分子認識に重要な 役割を果たしている例を取り上げ,熱力学解析結果とその 意義に焦点をあてて紹介したい。

タンパク質機能に重要な構造変化の熱力学解析

織田昌幸

(受取日:2006 年11 月15 日,受理日:2006 年12 月31 日)

Thermodynamic Analysis of Conformational Change Important to

Protein Function

Masayuki Oda

(Received November 15, 2006; Accepted December 31, 2006)

In the present post-genome era, although many three-dimensional structures of proteins have been determined at atomic resolution mainly by X-ray structural analysis, there remain some problems, such as dynamic properties of proteins and hydration effects, to clarify the correlation between protein structure and function. Proteins are flexible and need some conformational changes to recognize other molecules, but it is difficult to detect the dynamic properties only by static structural analyses. Thermodynamic analyses of biomolecular interactions reveal details of the energetic and dynamic features of molecular recognition processes, and complement the structural information. I have investigated several biomolecular interactions, including DNA-protein, antigen-antibody, and peptide-protein interactions, using isothermal titration and differential scanning calorimetries, together with other methods, such as NMR, X-ray, and surface plasmon resonance. Here, I focus on the thermodynamics to detect conformational changes of proteins, which is important for biomolecular function in general.

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2. 転写因子c-Myb のDNA 認識機構と構造変化 転写因子c-Myb は分子量約70 k で,N 末端側にDNA 結 合領域を,C 末端側に転写調節領域を有している。DNA 結 合領域には,約50 アミノ酸残基からなる三つの繰り返し配 列(R1, R2, R3)があり,このうちDNA との特異的結合 にはR2 とR3 が必須である。筆者らはこのR2R3 と,特異 的塩基配列((C/T)AAC(G/T)G)を含むDNA(MBS-I), 及びそれぞれの変異体を調製し,各相互作用を主にITC で 測定し解析した。一般的にタンパク質とDNA との相互作 用は,DNA のリン酸基由来の負の電荷とタンパク質の塩 基性アミノ酸の正の電荷との引力により,解離定数にして µM 程度の結合が生じ,さらにDNA 塩基配列特異的である 場合には特定の塩基とアミノ酸の間で水素結合や疎水結合 などにより,解離定数にしてnM 程度の強い結合が生じる ものと考えられる。生物学的にみた「特異的 DNA 認識」 とは特定のDNA 塩基配列だけを他の配列よりも「排他的」 に認識し強く結合することで,「非特異的DNA 認識」とは 「特異的DNA 認識」以外の全ての現象を指していると思わ れる。これらを生命現象の制御といった生体内での「特異 性」として捉える場合,その観測方法にかかってくる現象 論的なものになりがちである。例えばあるタンパク質と, 特定の塩基配列をもつDNA との間に「排他的」な結合が起 こる場合でもその結合が弱いと,他の塩基性の強いタンパ ク質が「非特異的結合」でも同程度の解離定数を持ってし まえば,実際には「排他的」な結合も「特異的」にはなり えない。実際に本研究で用いた各種変異体解析の結果から も,結合は弱いものの「排他性」が残っている相互作用が 存在した。筆者らは熱力学的解析を行うことで,特にこれ まで現象論的に「非特異的認識」として一つに考えられて いた認識形態においても,個々の塩基配列を弱いながらも 識別しうるような「排他的」な認識の存在が確認できるこ とを示した。1) すなわち「非選択的」な「非特異的DNA 認 識」を,「選択的」な「特異的DNA 認識」から,次の観点 で識別できることを提案した。① エントロピー変化(∆Soが相対的に正側の値になる。② エンタルピー変化(∆H) が必ずしもゼロになる必要はないが,ゼロか小さな負の値 になる。③ ∆H のイオン強度依存性が高い。④ 比熱変化 (∆Cp)がゼロか小さな負の値になる。さらに速度論解析結 果2)とあわせて,「非特異的DNA 認識」から「特異的DNA 認識」にいたる過程を整理し,Table 1 にまとめる特徴を 提案した。これらは一般論としても,DNA とタンパク質と の相互作用に適用できるものと考えている。 c-Myb R2R3のDNA 認識機構の特徴として,NMR に よる立体構造解析から,R2 とR3 が協同的に特異的DNA 認 識に関与することが挙げられる(Fig.1)。3) そこでこのR2 とR3 をつなぐリンカーの役割を明らかにすべく,リンカー 部分にある3 残基(N139, P140, E141)をGly またはAla で置換し,各変異体とMBS-I との結合の熱力学量を野生型 と比較した。その結果,N139G, P140G, P140A 各変異体 で,MBS-I に対して明らかに結合親和性が低下し,その熱 力学的寄与は,N139G 変異体では ∆H の増大,P140G, P140A各変異体では∆Soの減少によることが明らかになっ た(Table 2)。前者のN139G 変異体では近紫外円二色性ス ペクトルにも変化が認められ,立体構造上も139 位が,疎 水性コア形成に関与するR2 内部のW134 との距離が近いこ とから,同アミノ酸置換によりR2 内部に構造変化が生じ, 親和性が低下するものと考えられる。またN139A 変異体で は結合親和性の低下がほとんど認められないことから,139

Table 1 Proposed mechanism of the protein-DNA

interaction with the characteristic features of thermodynamics and kinetics.

Non-specific binding Specific binding

lower affinity binding higher affinity binding long-range electrostatics specific hydrogen bonds and van

der Waals contacts entropy driven enthalpy driven higher sensitivity of ∆H lower sensitivity of ∆H

against the ionic strength against the ionic strength smaller negative ∆Cp larger negative ∆Cp

faster dissociation rates slower dissociation rates

Both non-specific and specific bindings

conformational change of the protein and the DNA (if needed) hydration and released cations

R2

R3 Pro140

Fig.1 The DNA-complexed structure of c-Myb R2R3 (PDB code, 1MSE). The DNA double strands are shown by stick models. The backbone of R2R3 is shown by ribbon models, and the residue Pro140 is indicated by spacefill models.

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位のアミノ酸はβ 位のメチル基までがR2 の疎水性コア形成 に必須であることが示唆された。一方P140 置換体での親和 性の低下が∆Soの減少に起因することは,DNA と結合して いない状態でのタンパク質側のエントロピーの増加による ものと考えられる。すなわちリンカー部分もDNA 結合状態 ではある定まった構造をとるが,非結合状態では140 位に Pro残基があることで自由度が抑えられ,結果として結合 の自由エネルギー変化(∆G)を減少させるということであ る。これをタンパク質フォールディングの問題から見ると, Pro残基の導入やGly 残基の変異により,変性状態のエント ロピーを下げて変性状態を不安定化し,タンパク質を安定 化する(やはり5 kJ mol−1ほど)という概念とも良く一致 する。4) タンパク質がDNA と結合することである定まった 構造をとる(ある場合は特定の二次構造まで形成される) という現象は,「ローカル・フォールディング」と呼ばれ,5) 特異的DNA 認識において重要な役割を果たしていることが, 本結果からも熱力学的に証明された。 3. 抗体の抗原認識機構と構造変化 IgG抗体は二つの異なるポリペプチド鎖からなる分子量 約 150 k のタンパク質で,2 箇所の抗原結合部位をもつ (Fig.2)。生体内では免疫後経時的に,あるいは免疫の繰り 返しによって,同一個体が産生する抗体の抗原結合親和性 が高くなる「親和性成熟」という現象が知られている。こ れら各抗体の抗原認識機構の変化は極めて興味深く,高親 和性抗体の創製といったラショナルデザインにも役立つこ とが期待される。筆者らはハプテン抗原の一つである (4-hydroxy-3-nitrophenyl)acetic acid(NP)に対する一連の 抗NP モノクローナル抗体の抗原認識機構解析を行ってい る。その研究の一つとして,抗体進化の方向性を熱力学的, および速度論的に解析した。アミノ酸配列から明らかに同 一クローンから派生したと考えられる4 種類の抗NP 抗体 (9T7, 9T8, 9T10, 9T13)の各抗原認識機構について,ITC による熱力学解析と表面プラズモン共鳴バイオセンサーに よる速度論解析を行ったところ,親和性成熟に伴い,熱力 学的には∆Soを増加する方向へ,速度論的には結合速度定 数(kon),解離速度定数(koff)ともに減少する方向へ変化 していることが明らかになった。6)これは親和性成熟過程に おいて,抗原認識機構が「ジッパー」型から「鍵と鍵穴」 型へ変化することを示唆しており,生物学的事実とあわせ て次のように解釈できる。成熟前の抗体は,限られたレパ ートリーで多種多様の抗原と結合する必要があり,弱いな がらも特異性の広い抗体が求められる。その結果,特定の 抗原に対しては,構造変化を伴う「ジッパー」のように抗 原に結合し適応するため,結合前後での∆Soが大きくなる。 一方,成熟した抗体は,ある特定の抗原に対して強く結合 できるよう進化するため,「鍵と鍵穴」的に抗原を認識でき る構造をもち,結合前後での∆Soが小さくなると解釈でき る。これら各抗体の立体構造上の違いは,円二色性分散計 では検出されなかったことから,極めて微視的な,あるい は動的な構造の違いであり,その程度の違いが異なる抗原 認識に寄与するものと考えられる。また各抗体(9T7, 9T8,

Table 2 Thermodynamic parameters of c-Myb R2R3 mutants binding to cognate DNA, MBS-I, at 20℃.

protein n Ka / M−1 ∆Go/ kJ mol−1 ∆H / kJ mol−1 T∆So/ kJ mol−1 ∆Cp / kJ mol−1 K−1

wild-type 1.01 2.0×107 50.7 52.3 1.6 2.6 N139G 1.00 3.3×106 46.5 47.3 0.8 2.5 N139A 0.99 1.3×107 49.9 52.0 2.1 2.3 P140G 0.99 3.3×106 46.5 52.0 5.5 2.6 P140A 1.01 3.9×106 46.9 51.5 4.6 2.4 E141G 1.01 1.1×107 49.4 48.2 1.2 2.7 E141A 1.00 2.1×107 51.1 49.9 1.2 2.6

The n value represents binding stoichiometry of DNA to protein.

CH1 CH1 CH2 CH2 CH3 CH3 VH VL VL VH CL CL protein G protein G protein A protein A antigen antigen Fc

Fig.2 Schematic diagram of interactions between mouse IgG1 and antigen, streptococcal protein G or staphylococcal protein A.

(4)

9T10, 9T13)では,体細胞突然変異により親和性が増大し ているが,アミノ酸置換された各部位を眺めると,抗原と 直接相互作用する部位だけでなく,その外側にも多く分布 している。これら各部位でのアミノ酸置換が,全体として 抗原結合部位の構造や,抗体そのものの安定性に寄与して いるものと考えられる。同様のアミノ酸置換は他の抗体で も認められ,これら抗原結合部位から離れた残基の役割を 明らかにしていくことは,抗体のラショナルデザインなど 今後の応用研究にも大きく貢献するものと考えられる。7) 抗体は複数の抗原結合部位(例えばIgG 抗体では2 箇所, IgM抗体では10 箇所)を持ち,特に抗原価が複数の多価抗 原に対しては,各抗原結合部位が同時に結合することで, 見かけ上の結合親和性が増大する。このアビディティの寄 与は,各抗原結合部位の親和性や可動範囲,抗原の大きさ や抗原価,抗原エピトープの分布密度などに影響される。 筆者らは,ハプテンであるNP を異なる価数で,大きさの異 なる種々のタンパク質に結合させたものを抗原として調製 し,これら各抗原と,親和性の異なる抗NP モノクローナル 抗体との相互作用解析から,アビディティと抗原価をはじ めとする上記各因子との相関を明らかにした。8,9) また最近 では,抗原・抗体間相互作用に,超遠心分析や質量分析な どを適用し,各手法の有効性の証明や特徴づけも行ってい る。10) 熱力学解析や速度論解析を含めて,それぞれの測定 手法に利点があり,ポストゲノムにおける今後の構造機能 解析にますます応用利用されるものと考えられる。 細胞上での抗体は抗原と結合した情報を細胞内へ伝える 受容体としての機能も有する。この細胞内シグナル伝達機 構に関しては,抗体の構造変化の必要性が長年にわたり議 論されているが,未解明な点が多い。例えば種々の立体構 造解析結果も,抗原結合に伴う構造変化が認められる報告 がある一方,ほとんど構造変化が認められない場合も報告 されている。これらの結果は,抗原結合に伴う構造変化は 非常に小さく誘起される,あるいは抗体の自由度に変化が 生じるなど,既存の解析手法では検出が難しいことを示唆 する。筆者らは,以上の問題を別のアプローチから解決す べく,抗体の定常領域に結合するタンパク質(ブドウ球菌 由来のプロテインA や連鎖球菌由来のプロテインG)をプ ローブとして(Fig.2),抗原結合による影響を解析した。す なわち抗体とプロテインA やプロテインG との相互作用解 析を,抗原の存在下,非存在下それぞれで行ったところ, 抗原存在下での結合親和性が明らかに低下した。11,12) これ らの結果は,抗原結合に伴い抗体の構造に何らかの変化が 起こり,プロテインA やプロテインG との結合モードが変 化すると解釈できる。特にプロテインA は抗体Fc 部分に結 合することから,自由度の高い抗体ヒンジ部を超えて,比 較的長距離にまで構造変化が波及することを示唆し,細胞 内シグナル伝達に関与することを想起させる。抗体を介し たシグナル伝達に関して,多価抗原結合により細胞上の複 数の抗体が架橋される必要性が報告されているが,これだ けではタンパク質抗原をはじめとする単価抗原結合に伴う 免疫応答現象は説明できない。ごく最近,タンパク質抗原 としてのリゾチーム,およびそのオリゴマーによる細胞活 性化の事例が報告された。13) これらのうち少なくとも単価 抗原結合に伴うシグナル伝達には,抗体の構造変化の関与 が必要と考えられるが,筆者らは抗原結合の強弱やアビデ ィティと抗体構造変化とが相関する可能性を検討すべく, 研究を進めている。 4. MHC class II のペプチド認識機構と構造変化 MHC class II分子は,二つのポリペプチド鎖からなり, 細胞内小胞に取り込まれたタンパク質抗原由来のペプチド に結合し,これをT 細胞に抗原提示する。その立体構造は 逆並行β シート上に2 本のα へリックスが位置し,これら2 本のα へリックス間に抗原由来ペプチドの収容溝が形成さ れている(Fig.3)。生体内で新しく合成されたMHC class II分子は,MHC class II 関連インバリアント鎖由来ペプチ ド(CLIP)と結合しており,これが酸性 pH の小胞内で, CLIPから抗原由来ペプチドに交換し,細胞表面に出て抗原 提示する。この立体構造上で特筆すべき点は,抗原由来ペ プチドがMHC class II の分子構造の一部として不可欠で あり,ペプチドが結合していない状態では安定性を失うこ とが挙げられる。研究試料として,MHC class II をペプチ ド非結合状態で調製することが極めて困難であることも, その表れである。筆者らは,マウスMHC class II の一つI-Ek分子を対象として,ヘモグロビン(Hb)由来のペプチド P1 P4 P6 P9 β chain α chain

Fig.3 Structure of Hb peptide covalently bound to I-Ek(PDB code, 1IEA). I-Ekα and β chains are shown by ribbon models, and the anchor residues of Hb peptide, Ile (P1), Phe (P4), Glu (P6), and Lys (P9), are indicated by spacefill models.

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を,I-Ek β 鎖のN 端側にリンカーを介してつなげたものを 発現,精製し,試料とした。14) 同分子を含めていくつかの MHC class IIとペプチドとの複合体の結晶構造が報告され ているが,15,16) 特に酸性条件下でペプチド交換する機構に ついては静的な立体構造情報では説明できなかった。そこ で筆者らは,結合しているペプチドがMHC class II の安 定性に影響することを利用して,I-EkとHb,及びそのアミ ノ酸置換Hb ペプチドとの複合体の熱安定性を主にDSC を 用いて解析し,酸性pH の必要性を検討した。17-19)その結果, いずれのペプチド複合体においても,酸性pH での変性温度 (Td)が中性pH よりも高かった。さらに熱変性に伴う∆H とTdとの相関をみると,明らかに酸性領域(pH 5.0∼6.0) と中性領域(pH 6.5∼8.0)にグループ分けすることでき, 酸性領域での構造的特徴が中性領域のそれとは異なること が示唆された。I-EkとHb 複合体の∆H とTdとの相関関係か ら求められる∆Cpは,酸性領域で11.1 kJ mol−1 K−1,中性 領域で15.9 kJ mol−1 K−1であった。次にこの∆Cp値を用 いて,同じ温度での酸性pH と中性pH の変性に伴う熱力学 量を算出したところ,酸性pH では中性pH に比べてエント ロピー的に安定化されていることが明らかになった(Table 3)。∆Cpが酸性pH で相対的に小さな値である結果とあわせ て考察すると,MHC class II 分子は酸性pH 条件下で中性 pH条件下よりも相対的に揺らいだ「オープン構造」をとっ ており,これが酸性小胞内でペプチド交換するという機能 を良く説明できる。 MHC class IIと抗原ペプチドとの特異的結合は,ペプチ ドのアンカー残基と,対応するMHC の結合ポケット(P1, P4, P6, P9)との組み合わせで説明付けられる。筆者らは CLIPと抗原由来ペプチドとの交換反応,すなわち両ペプチ ドとの相互作用の違いを明らかにすべく,マウス MHC class II分子I-Abを対象として,各複合体の熱安定性を解析 した。20) 上記I-Ekと同様に,I-Abとペプチドとの複合体に おいても,酸性pH でより安定であり,さらにいずれのpH 領域においても,抗原ペプチドとの複合体の熱安定性が CLIPとの複合体よりも高く,両ペプチド共存下では平衡論 的に抗原ペプチドに交換されうることが示唆された。また CLIPのP1 ポケットに結合するアンカー残基Met を,抗原 ペプチドの対応する残基Phe に置換したところ,そのI-Ab 複合体の熱安定性は抗原ペプチドと同程度にまで上昇し, このP1 部位の寄与が極めて大きいことが明らかになった。 その後のI-Ab-CLIP複合体の結晶構造解析結果16)でも,ペ プチド全体の結合モードは抗原ペプチドと変わりなく,局 所的な違いが,ダイナミクスを含めた構造上の特徴を決定 し,生物学的にも重要な機能に反映されていることが示唆 された。さらにI-Ekと各種アミノ酸置換Hb ペプチドとの複 合体の熱安定性解析結果においても,抗原ペプチドのアミ ノ酸配列の違いが複合体に限定的ながら微小な構造変化を 生じさせることが明らかになった。19) T細胞受容体は, MHC class II上の抗原ペプチドの違いによる微小な変化を 識別し,異なるシグナルを伝えるものと考えられる。 5. おわりに 以上,これまで種々の分子間相互作用に熱測定を適用し, 既存の立体構造解析だけでは得られない微小な構造変化や 揺らぎの寄与に関する情報を取得し,タンパク質の機能解 明に重要な知見を得てきた。研究を進めながら,改めてタ ンパク質の「柔らかさ」という難題を思い知らされ,構造 から機能へ進む上で明らかにしていかなければならない重 要課題であると再認識させられる。日々蓄積されつつある 原子レベルでの立体構造情報は極めて有用な知見を与える が,これらはあくまで揺らいでいるタンパク質立体構造の スナップショットにすぎない。一例として,ある抗体の結 晶構造は一つの立体構造を呈するが,21) これを電子顕微鏡 トモグラフィーにより1 分子ごとに観察すると,Fc やFab の各アーム部分が多様な角度をとって存在していることが 見てとれる。22) タンパク質分子は溶液中で多様な立体構造 間を揺らいで存在しており,他分子との相互作用時にはあ る特定の構造に収束したり,ある場合にはローカル・フォ ールディングを含めた立体構造変化が誘起されたり,また ある場合には動的可動範囲が変化することもありうるであ ろう。その結果として,個々のタンパク質の機能が発現さ れるという精巧なメカニズムが存在する。本解説で述べて きた例を含めて,タンパク質の一連の構造変化は,既存の 解析手法で捉えられるものもあるが,特にダイナミクスを 含めた微小な変化は観測そのものが難しく,現段階では溶 液中での情報を熱力学や速度論なども駆使して,多角的に 解析する必要がある。ポストゲノムとして「タンパク質の 構造から機能へ」という重要課題を明らかにしていく上で, タンパク質の自由度や微小な構造変化の検出は,測定手法 の開発とあわせて今後のデータの蓄積が待たれるところで

Table 3 Thermodynamic parameters for denaturation of I-Ek-Hb at the denaturation temperature at pH 5.5.

pH Td / ℃ ∆Td/ ℃ ∆G / kJ mol−1 ∆H / kJ mol−1 T∆S / kJ mol−1

5.5 75.4 0 723 723

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ある。タンパク質科学分野において熱測定が有用な基礎情 報を与えることは言うまでもないが,さらに立体構造情報 との定量的評価法の確立や,溶液中で機能するタンパク質 にとって重要な水分子の寄与の解明などが今後ますます求 められる。筆者も引き続きタンパク質の熱力学解析を行い, タンパク質全般,ひいては生命科学現象に通じるタンパク 質の構造機能解明に貢献したいと考えている。 謝  辞 一連の上記研究は,主に生物分子工学研究所と東京理科 大学にて行い,中村春木博士(大阪大学),東 隆親博士(東 京理科大学)はじめ,多くの共同研究者や大学院生の方々 との共同研究の賜物である。最後に記して謝意を表したい。 文  献

1) M. Oda, K. Furukawa, K. Ogata, A. Sarai, and H. Nakamura, J. Mol. Biol. 276, 571 (1998). 2) M. Oda, K. Furukawa, A. Sarai, and H. Nakamura,

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3) K. Ogata, S. Morikawa, H. Nakamura, A. Sekikawa, T. Inoue, H. Kanai, A. Sarai, S. Ishii, and Y. Nishimura, Cell 79, 639 (1994).

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S. Sandin, and U. Skoglund, Proc. Natl. Acad. Sci. USA 101, 6466 (2004). 要  旨 ポストゲノム時代において,タンパク質の立体構造から の機能解明が重要課題となっている。現在,X 線結晶構造 解析などにより多くのタンパク質の立体構造が原子レベル で決定されているが,機能発現におけるタンパク質の動的 構造や水和の寄与など,未解明かつ明らかにすべき問題も 多く残されている。タンパク質は柔らかい分子であり,他 分子との相互作用時には構造変化を伴う場合もある。これ らの問題解明に向けて熱力学解析は重要な情報を与え,既 存の立体構造情報を相補しうる。筆者はこれまでにDNA− タンパク質,抗原−抗体,ペプチド−タンパク質といった 種々の生体分子間相互作用を,ITC やDSC といった熱測定 を利用して解析し,タンパク質の構造機能解明に取り組ん できた。本解説では,タンパク質の機能発現にその立体構 造変化が重要な役割を果たしている事例を取り上げ,各熱 力学解析結果がどのような有用情報を与えるか,その概要 を紹介した。 織田昌幸 Masayuki Oda 京都府立大学大学院農学研究科, Graduate School of Agriculture, Kyoto Prefectural Univ., TEL&FAX. 075-703-5673, e-mail: [email protected]

研究テーマ:タンパク質科学 趣味:スポーツ観戦,旅行

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