甲66号証
国土交通省のホームページより入手した、
「近隣の各水系の主要洪水の概要」
(富山県)黒部川、常願寺川、神通川、小矢部川
図1-1 黒部川流域図 表1-1 黒部川流域の概要 (市町村数は、H18.4.1 現在) 項 目 諸 元 備 考 流路延長 85km 全国 60 位 流域面積 682km2 全国 81 位 流域市町村 2 市 3 町 富山市、黒部市、入善町、朝日町、立山町 流域内人口 約 3 千人 支川数 25 本 北又ダム 出し平ダム 小屋平ダム 仙人谷ダム 黒部ダム
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2.治水事業の経緯
黒部川の治水事業の歴史は古く、天正 8 年(1580 年)頃に、越中守護職の佐々さ っ さ成な り政ま さが築堤 を命じたのが始まりとされている。その後、藩政時代になり領主の前田ま え だ利家と し いえが殖産興業の基 盤として、治山・治水政策を立て、黒部川の両岸に堤防工事を実施した。 本格的な治水事業は、明治 17 年から富山県による改修工事が実施され、同 29 年にはオラ ンダ人技師ヨハネス・デ・レーケの設計による霞堤かすみていの築造工事が沿岸各地に施工されたこと により、洪水ごとに氾濫・移動を繰り返してきた河道が現在の位置に定まったとされている。 昭和 9 年 7 月の大洪水を契機に、同 12 年には内務省直轄河川として黒部川の改修事業が着 手され、基準地点愛本において計画高水流量 4,200m3/sと定めて同地点から河口までの 13.2km間の洪水防御を目的とした。その後、堤防、護岸、洪水流を制御するためコンクリー トを用いた巨大水制等を施工した他、昭和 26 年から同 42 年にかけて、天井てんじょう川が わ対策としてタ ワーエキスカベーターによる大規模な河床掘削を実施した。 昭和 45 年に一級河川に指定され、同 46 年に従来の計画を踏襲した黒部川水系工事実施基 本計画を策定した。 昭和 50 年には、同 34 年 7 月、同 44 年 8 月の大洪水等に鑑み、基準地点愛本における基本 高水のピーク流量を 7,200m3/sとし、上流ダム群により 1,000m3/sを調節し、計画高水流量 6,200m3/sとする計画に改定した。昭和 50 年代以降は河床洗掘による破堤対策として、護岸 の根継ぎを実施する他、水衝部の河岸侵食対策として主に高水敷化した寄州を保全し、堤防 補強機能を増大させる「縦工」の整備を進めている。また、平成 13 年には宇奈月う な づ きダムが完成 し、出し平ダム(関西電力)との連携排砂・通砂を実施している。 砂防事業については、上流荒廃地からの土砂流出を抑制するため、昭和 36 年から直轄砂防 事業に着手している。一方、海岸事業は、海岸侵食や波浪被害を防止するため、昭和 35 年か ら直轄海岸事業に着手している。3.既往洪水の概要
黒部川流域の年間降水量は約 3,000~4,000mm 程度であり、洪水要因の多くは梅雨前線によ るものである。黒部川では、梅雨前線が海岸線に対し直角に発達し、流域に停滞した場合に 大雨となることが多い。 黒部川における主要洪水の降雨、出水及び被害の状況を表 3-1 に示す。 表3-1 主要洪水の概要 洪水発生 年月日 要 因 流域平均2日雨量 (愛本上流域) 流 量 (愛本) 被 災 状 況 明治24年 堤防の破堤・欠壊 7月19日 家屋全半壊:42戸 明治42年 堤防の破堤・欠壊 9月21日 浸水面積:約14ha 堤防の破堤・欠壊 大正元年 浸水面積:約1,080ha 7月22日 家屋全半壊:147戸 家屋浸水:1,078戸 大正 3年 堤防の破堤・欠壊 5月22日 浸水面積:約85ha 7月26日 家屋浸水:40戸 8月13日 堤防の破堤・欠壊 昭和 9年 浸水面積:約1,562ha 7月12日 家屋全半壊:212戸 家屋浸水床上:621戸 家屋浸水床下:252戸 堤防の破堤・欠壊 昭和27年 浸水面積:約4,000ha 7月 1日 家屋浸水床上:37戸 家屋浸水床下:88戸 昭和32年 7月 9日 堤防の破堤・欠壊 浸水面積:約1,050ha 昭和44年 家屋全半壊:7戸 8月11日 家屋浸水床上:436戸 家屋浸水床下:410戸 愛本堰堤損傷 河岸侵食(最大侵食幅約80m) 平成 7年 護岸欠壊・堤防漏水 7月11日 中流域で約600万m3土砂堆積 発電所・観光施設被害 平成 8年 6月25日 梅雨前線 梅雨前線 梅雨前線 前線 集中豪雨 台 風 集中豪雨 集中豪雨及 び台風 梅雨前線 梅雨前線 348mm 325mm - - - - - 328mm 約4,900m3/s - - - - 408mm 約6,700m3/s 429mm 約3,100m3/s 堤防・水制・護岸欠壊 河岸侵食・護岸欠壊 約2,700m3/s 約3,100m3/s 約3,600m3/s ※流量はダム・氾濫戻し流量 ※被害状況については、「出水記録(北陸地方整備局)」及び黒部河川事務所資料を用いた (ただし、昭和 44 年洪水の被害の状況については「水害統計(建設省)」による)- 2 - 図1−1 常願寺川流域図 表1−1 常願寺川流域の概要 項 目 諸 元 備 考 流路延長 56km 全国 87 位 流域面積 368km2 全国 98 位 流域市町村 1 市 1 町 富山市、立山町 流域内人口 約 2 万 8 千人 支川数 48 新潟県 石 川 県 富山県 新潟県 石 川 県 富山県 位 置 図 有 峰 湖 常 願 寺 川 称 名 川 湯 川 スゴ谷 真 川 岩 井 谷 和 田 川 小 口 川 北ノ俣岳 薬師岳 鳶山 瓶岩 常 願 寺 川 富山県 岐阜県 N 長野県 富山市 舟橋村 立山町 上市町 有 峰 湖 常 願 寺 川 称 名 川 湯 川 スゴ谷 真 川 岩 井 谷 和 田 川 小 口 川 北ノ俣岳 薬師岳 鳶山 瓶岩 常 願 寺 川 富山県 岐阜県 N 長野県 富山市 舟橋村 立山町 上市町 ■ 基準地点 ● 主要地点 常願寺川流域 県境 大臣管理区間 凡 例 上滝 ●
2.治水事業の経緯
常願寺川の治水事業の歴史は古く、天正 9 年(1581 年)、越中守護職佐々さ っ さ成政な り ま さが、富山 市馬瀬口ま せ ぐ ち地先に富山城下を守るために堤防を築造したのが最初とされている。江戸時代に は、富山藩の六代藩主前田ま え だ利與と し と もが、洪水対策の水防林として松を植えさせたという記録が あり、現在も「殿 様 林とのさまばやし」として、松の木が 100 本ほど残っている。 その後、安政 5 年(1858 年)の大地震により上流の立山カルデラを形成する鳶 山とんびやま一帯 が大崩壊し、それにより発生した河道閉塞がその後崩壊することにより、大量の土砂とと もに洪水流が下流域へ流出し、死者約 140 人、人家流出約 1,600 軒にのぼる大被害をもた らした。これ以来、常願寺川は荒廃河川となった。 明治 24 年には、県事業として、オランダ人技師ヨハネス・デ・レーケによる治水計画 に基づき、河口から上滝までの本格的な改修工事に着手し、農業用取水口の統合による扇 頂部での合口取水や新川掘削による白岩し ら い わ川との河口分離、築堤、護岸等を実施し、同 26 年に完了した。 その後、昭和 9 年 7 月洪水を契機に、同 11 年、内務省直轄河川として、瓶岩かめいわ地点にお ける計画洪水流量を 3,100m3/s と定めて改修事業に着手し、堤防、護岸、洪水流を制御す るためのコンクリートを用いた巨大水制を施工した他、天井川の解消のために、昭和 24 年から同 42 年にかけて、タワーエキスカベーターによる大規模な河床掘削等を実施した。 昭和 42 年に一級河川の指定を受け、同 43 年には従来の計画を踏襲した工事実施基本計 画を策定した。その後、昭和 44 年 8 月洪水等の大出水に鑑み、同 50 年に瓶岩地点におけ る計画高水流量を 4,600m3/s とする計画に工事実施基本計画を改定した。昭和 50 年代以降 は河床洗掘による破堤対策として、水衝部では護岸の根継ぎを主に実施している。 砂防事業については、上流域からの土砂の発生を抑えるために、富山県が、明治 39 年 に湯川流域で砂防工事に着手したのが始まりである。その後、大正 8 年、同 11 年の大出 水によって白岩しらいわ砂防堰堤をはじめとする堰堤群が甚大な被害を受けたことを契機として、 同 15 年に直轄砂防工事として着手し、砂防堰堤等の整備が進められている。- 4 -
3.既往洪水の概要
常願寺川流域の年間降水量は約 2,100mm∼3,000mm 程度であり、洪水要因のほとんどは、 前線性の降雨によるものである。 主要洪水における降雨、出水及び被害の状況を表 3-1 に示す。 表3−1 主要洪水の概要 洪水発生年 要 因 流域平均 2 日雨量 (瓶岩上流域) 流量 (瓶岩地点) 洪水被害 M24.7.19 集中豪雨 堤防の破堤・欠壊 流出田畑約 6ha T 元.8.26 集中豪雨 堤防の破堤・欠壊 浸水家屋 300 戸余り T3.8.13 台 風 373.5 mm 3,040 m3/s 堤防の破堤・欠壊 氾濫面積 5,493ha 浸水家屋 910 戸 S9.7.12 前 線 503.4 mm 2,240 m3/s 堤防の欠壊 氾濫面積 4.9ha S27.7.1 前 線 246.8 mm 2,200 m3/s 堤防の破堤・欠壊 家屋浸水床上 329 戸 家屋浸水床下 893 戸 耕地の流出埋没 518ha S39.7.18 前 線 348.1 mm 1,240 m3/s 根固工等の流出・破損 S44.8.11 前 線 460.1 mm 3,975 m3/s 堤防の破堤・欠壊 S53.6.27 前 線 230.0 mm 1,361 m3/s 堤防の欠壊 H7.7.12 前 線 262.1 mm 1,443 m3/s 根固工等の流出 H10.8.12 前 線 195.6 mm 1,717 m3/s 護岸等の決壊・流出 出典:「常願寺川の急流河川工法」、「出水記録」日本海 図 1-1 神通川流域図 表 1-1 神通川流域の諸元 項 目 諸 元 備 考 流路延長 120 km 全国 37 位 水系面積 2,720 km2 全国 22 位 流域市町村 4 市 富山市、南砺市、高山市、飛騨市 流域内人口 約 37 万 7 千人 - 支川数 105 支川 - 基 基準準地地点点::神神通通大大橋橋 主 主要要地地点点::河河口口 主 主要要地地点点::高高田田橋橋 主 主要要地地点点::八八はちまん幡幡橋橋ばし
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2. 治水事業の経緯
神通川の治水事業は、明治 30 年(1897)から明治 32 年(1899)にかけ、県の事業とし て、神通川旧川 4,582mに亘る川幅拡幅工事に始まる。明治 34 年(1901)から 36 年(1903) にかけては、それまでの現松川、いたち川の川筋を流れていた神通川を、ほぼ直線とする 馳越線工事が実施された。その後、大正 7 年(1918)に内務省の直轄事業として、河口か ら約 22km間について、洪水防御を目的とする 10 ヵ年計画で改修事業に着手したが、関東 大震災の発生や時局の激動の影響を受け、本川河口部などの計画を変更し、昭和 12 年 (1937)に一次完成改修工事として完成させている。その計画は、河口における計画高水 流量を 5,565m3/sとし、河口部の東岩瀬港との分離、全川を通じての川幅の拡幅、堤防の 新設および改築、河道の掘削、護岸、根固工を施工して河道の増大、堤防の補修を図るも のであった。 これらの改修とは別途に、右支川のいたち川から放水のための水門を神通川に新設する こととし、昭和 56 年(1981)に着手し、昭和 59 年(1984)に完成させている。河川敷を 利用した富山空港の拡張に伴う対策工事として、昭和 54 年(1979)から低水護岸 2,180 m、蛇籠工 4,160m、堤防付替工 2,100m等の河道整備を昭和 58 年(1983)にかけて実施 している。 神通川は、洪水による幾多の災害から地域住民の生命と財産を守るべく洪水防御を目的 として改修事業に取りくみ、各種の対策を長期にわたり実施してきたものである。現状に おける神通川は、全川に渡る堤防は概ね整備されているが、直轄管理区間のうち、上流部 と下流部の一部にその対策の必要性や、また、急流河川の特性から水衝部対策の必要箇所 が、中・上流部にみられるなど本川に対する対策だけでなく、支川、井田川および熊野川 においては全川的な対策と、特に、井田川では下流部が急務となっており、さらに、氾濫 域に富山市中心街を抱える熊野川においても、早急な対策が必要となっている。 ことに、神通川の流域がもつ特有な自然や歴史、産業、文化などとの調和に配慮しなが ら、また、地域の声を計画的に反響させるための各種の協議会などを開催し、地域住民の 理解と協力を得ながら治水、利水、環境との調和を固めるよう努めながら治水事業を進め ている。3. 既往洪水の概要
神通川流域の年平均降水量は上流域で約 1,700mm、下流域で約 2,200mm であり、上流域は 高い山々に囲まれた内陸性気候、下流域は冬の積雪が多い日本海側気候となっている。大規 模な洪水要因の多くは台風性によるものである。 主要洪水における降雨、出水および被害の状況を表 3-1に示す。 表 3-1 主要洪水の概要 洪水年月日 原 因 被害概要 大正 3 年 8 月 豪 雨 神通大橋地点流量:不明 死者 93 名、負傷者 9 名、行方不明者 60 名、全半壊流失家屋 396 戸、浸水家屋 14,476 戸、橋梁流失数箇所 大正 9 年 6 月 豪 雨 神通大橋地点流量:不明 死者 22 名、負傷者 5 名、全半壊流失家屋 191 戸、浸水家屋 1,941 戸、橋梁流失数箇所 昭和 20 年 10 月 阿久根台風 神通大橋地点流量:不明 床上浸水 6 戸、床下浸水 234 戸 昭和 28 年 9 月 台風 13 号 外ヶ谷の 大崩壊 神通大橋地点流量:不明 死者 6 名、行方不明 2 名、負傷者 6 名、全壊家屋 1 戸 半壊家屋 46 戸、流失家屋 5 戸、一部破壊 172 戸 床上浸水 3,474 戸、床下浸水 5,712 戸、浸水面積 3,800ha 昭和 33 年 7 月 梅雨前線 神通大橋地点流量:3,900m3/s 全壊家屋 1 戸、半壊家屋 1 戸 流失家屋 2 戸、家屋浸水 782 戸、橋梁流失 4 箇所 昭和 39 年 7 月 豪 雨 神通大橋地点流量:2,600m3/s 半壊家屋 48 戸、床下浸水 446 戸 昭和 40 年 9 月 台風 24 号 神通大橋地点流量:3,500m3/s 負傷者 1 名、一部破壊 3 戸、床下浸水 305 戸、橋梁流失 2 箇所 昭和 47 年 7 月 梅雨前線 神通大橋地点流量:4,100m3/s 床上浸水 3 戸、床下浸水 15 戸 昭和 58 年 9 月 台風 10 号 神通大橋地点流量 6,100m3/s 床上浸水 27 戸、床下浸水 94 戸 平成 11 年 9 月 台風 16 号 神通大橋地点流量:4,900m3/s 全壊流失家屋 26 戸、半壊家屋 23 戸 床上浸水 54 戸、床下浸水 213 戸 平成 16 年 10 月 台風 23 号 神通大橋地点流量:7,400m3/s(流量観測史上最大) 支川(川上川)破堤 3 箇所、瓜巣川他越水、全壊家屋 7 戸 半壊家屋 21 戸、床上浸水 669 戸、床下浸水 860 戸2 図1-1 小矢部川流域図 表1-1 小矢部川流域の概要 項 目 諸 元 備 考 流路延長 68 km 全国76位 流域面積 667 km2 全国82位 流域市町村 6 市 富山県:南砺市、小矢部市、砺波市、高岡市、射水市 石川県:金沢市 流域内人口 約 30 万人 支川数 26
2.治水事業の経緯
小矢部川水系における近代的な治水事業は、かつての小矢部川が河口部の高岡市伏木付 近で庄川の左支川として合流し、庄川の洪水による逆流で小矢部川が破堤を繰り返してい たため、明治 16 年から内務省直轄工事として、沿川における低水工事を実施したことに 始まる。明治33 年から庄川第二期改修工事(新川開削工事)が実施され、当時合流してい た庄川からの逆流による災害の防止を目的に庄川との分離工事を実施し、大正元年に竣工 した。この分離工事により、小矢部川は単独水系となり、庄川の逆流による被災はなくな った。 その後、昭和8年7月洪水を契機に、昭和9年に津沢つ ざ わ地点における計画高水流量を 1,100m3/s とし、小矢部市から高岡市までの区間の幹川 40km、支川 5km で築堤等の改修工 事に着手した。さらに、昭和 28 年には、改修区間を小矢部市津沢より河口までの幹川 33.6 ㎞及び支川渋しぶ江え川、子撫こ な で川、千せん保ぼ川等を含め 38.0 ㎞とするとともに、上流部は中小河川 改修事業として富山県において施工することとなった。 しかし、昭和 28 年 9 月の台風 13 号により計画高水流量を上回る大洪水に見舞われ、上・ 中流部において 34 箇所の破堤・越水により、住宅、農耕地、道路、橋梁及び下流の高岡 市内工場地帯等に甚大な災害を被った。この洪水を契機に、昭和30 年12 月に津沢地点にお ける計画高水流量を 1,300m3/s に改定した。さらに、昭和43 年には一級河川の指定に伴い、 同年に計画高水流量 1,300m3/s の工事実施基本計画を策定した。その後、昭和 54 年には改 修区間を河口から小矢部市鴨 かも 島 じま 地先までの 35.4 ㎞とし、昭和 63 年には、津沢、箕輪 み の わ 地区 における大規模引堤とする計画の見直しを行った。 また、近年では平成 2 年 9 月洪水、平成 10 年 9 月洪水等度重なる計画高水流量相当の 洪水により、護岸の欠損、支川での破堤、内水による浸水被害等、多数発生している。 現在、堤防の断面不足解消のための築堤、河積確保のための河道掘削及び、護岸の整備等 を実施している。4
3.既往洪水の概要
小矢部川流域は、日本海側特有の多雨地帯に属し、年間降水量は、2,400~3,100mm であ り、1 月、12 月の冬期が最も多く、次いで 7 月の梅雨期、9 月の台風期の順となっている。 また大規模な洪水要因のほとんどは台風性によるものである。 主要洪水における降雨、出水及び被害の状況を表 3-1 に示す。 表3-1 主要洪水の概要 洪水年月日 要 因 流域平均 日雨量 (mm) 流量 (m3/s) 洪水被害 T 8. 7. 6 台 風 - - ・堤防欠壊 計 211 間 ・被災家屋 516 戸 S 8. 7.25 台 風 - - ・床上浸水 113 戸 ・堤防欠壊 31 ヶ所 ・橋梁流失 8 ヶ所 S28. 9.25 台風 13 号 250.8 (津沢上流域) 1,300(推定) (津 沢) ・死者 6 名、行方不明者 2 名 ・負傷者 6 名、流失家屋 5 戸 ・床上浸水 3,474 戸 ・床下浸水 5,712 戸 S38. 6. 4 台風 2 号 107.5 (津沢上流域) 1,160 (長 江) ・死者 2 名、負傷者 2 名 ・被災家屋 1,097 戸 ・床上浸水 111 戸 ・床下浸水 983 戸 ・橋梁破損流出 5 ヵ所 S39. 7.18 梅雨前線 87.6 (津沢上流域) 1,210 (津 沢) ・全壊・流失家屋 2 戸 ・半壊・床上浸水 1,859 戸 ・床下浸水 4,411 戸 ・氾濫や堤防欠壊発生 S40. 9.18 台風 24 号 205.9 (津沢上流域) 1,190 (津 沢) ・家屋や田畑の浸水多数 H 2. 9.20 台風 9 号 193.4 (津沢上流域) 1,190 (津 沢) ・床下浸水 29 戸 ・浸水面積 96ha H10. 9.22 台風 7 号 120.8 (津沢上流域) 1,210 (津 沢) ・半壊 1 戸 ・床上浸水 52 戸 ・床下浸水 674 戸 ・浸水面積 267ha H16.10.20 台風 23 号 216.3 (津沢上流域) 1,040 (津 沢) ・護岸欠壊 3 ヶ所 ・護岸根固工流出 3 ヶ所 流量値はダム戻し流量 被害状況については「富山工事事務所六十年史」他による 主要洪水の基準地点津沢における洪水到達時間は 9~15 時間(角屋の式)である。表 1-1 梯川流域の特徴 項 目 諸 元 備 考 流 路 延 長 42 ㎞ 全国第 100 位 流 域 面 積 271 ㎞2 全国第 103 位 流 域 市 3 市 小松市、能美市、白山市 流域内人口 約 11.2 万人 支 川 数 13 図 1-1 梯川水系流域図
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