2012年度 1学期②号
地理・地図資料
写真はすべて2011年9月撮影/帝国書院
ベトナム
表紙写真でめぐる旅⑫ 2011年9月、ベトナムを取材した。社会主義体制を続 けながら、独自の経済発展を遂げている現在のようす をレポートする。 ● ④ ● ③ ● ② ● ①2
メコンデルタはカンボジアのコンポンチャームあたり から始まる。総面積はおよそ590万ha、その約7割がベ トナム領(400万ha)だ。海抜は平均2m、自然堤防は ほとんど発達していない。モンスーン気候帯の季節は雨 季と乾季に2分され、年間の平均降雨量は1600mm。雨 季の終わりになれば、カンボジア・ベトナム国境一帯は 川面で覆われる。平均気温は26〜27℃。1年で最も涼し いのは12月から1月(23〜25℃)、乾季の終わり(4月 頃)はとても暑い(32〜33℃)。 眼下に広がるのは、ベトナム領メコンデルタのミイ トー付近だ。メコン川本流を南シナ海の河口から40km ほど遡ったあたりの景観である。大都会のホーチミン市 (旧サイゴン)からは車で1時間半程かかる。ミイトー には、17世紀末に中国明朝の遺臣が広南グエン氏(ベト 族)の許可を得て入植した歴史があり、メコンデルタの 「東都」とよばれる。デルタには小河川のほか、たくさ んの水路や運河が開削されている。それらは交通・輸送 路、乾季の灌漑、漁獲場のほか、炊事・洗濯・水浴びに も利用される。河川や水路の交わる場所に町が形成され、 交易・物流・情報の結節点となる。 メコン川が運ぶ新しい沖積土は、作物が育つための土 壌のエッセンスだ。フランス時代の開発によって、デル タは世界の三大輸出米の生産地となった。しかし、急速 な発展の影で大土地所有制が拡大し、小農民の苦しみは 増した。やがて独立・革命戦争を経て、植民地体制は崩 壊する。その後もメコンデルタは、ベトナム戦争の激戦 地となり、枯れ葉剤が大量に散布された。戦争終結後も、 カンボジアとの紛争が1989年まで続いた。20世紀のメコ ンデルタを生きた人々の苦労は並大抵ではなかったので ある。 社会主義体制下、1988年に個人の農家経営が保障され ると、農業生産に活気が戻った。人々は自由に市場向け の生産を行えるようになった。米は年2回ないし3回収 穫され、輸出量も増えている。海岸部のマングローブ地 帯は、輸出向けエビの一大産地となった。写真にあるよ うに、水田を果樹や野菜栽培、魚の養殖池に代えて、よ り多くの現金収入をめざす動きがさかんだ。伝統的な ニッパヤシの農家は減り、煉瓦を積んで漆喰を塗り、床 にタイルをはる農家が増えた。 メコンデルタの省都には、立派な人民委員会と真新し い役所が建設されている。昔の大市場は少なくなり、 スーパーマーケットも出現し始めた。多くの橋が建設途 上で、大学も増えた。グローバル化の影響を受けて、 人々の暮らしは急速に現代化しつつある。メコンデルタ
解説 敬愛大学 教授 髙 田 洋 子取材レポート
帝国書院取材班 ②ベトナムの朝ごはん ベトナムの朝は早い。学校も7時半には 授業が始まっている。夫婦共稼ぎも多いこ とから、ベトナムでは朝食は屋台ですませ るのが当たり前とのこと。ハノイ中心地で も、小学生、中学生くらいの子どもたちが、 通学途中の屋台でフォーを食べていた。 ③ベトナムのコンビニ事情 大都市圏ではコンビニエンスストアが増 加中である。日本のコンビニも2009年から 進出している。商品は日本と遜色はなく、 ベトナムらしく、フォーのインスタント商 品も充実している。価格は高めだが、24時 間営業の便利さがうけ、外食が多いベトナ ムのお国事情にもマッチしている。日系企 業の広告も多いが、韓国系企業の広告も多 い。現地ガイドによれば、近年韓国系資本 が南部を中心に多くなっているという。 ④ホーチミンの街並み 国内最大都市であるホーチミンは、都市 開発で次々に高層ビルが建設されている。 ベトナム一の高さを誇るビテクスコ・フィ ナンシャルタワー(262m)からは、360度 市内を見わたせる。インフレ率が20%近く と東南アジアで最高であり、職を求めて国 内から人が集まっている。首都ハノイの交 通手段の主役はバイクだが、ここホーチミ ンではバイクもさることながら、自動車が 多いことが印象的であった。 ⑤ベトナムのコーヒー農園 ベトナムのコーヒー生産量は、現在ブラ ジルに次ぐ世界第2位(約118万t:2009年) である。取材したコーヒー農園は、南部の 高原地帯にあり最寄のダラット空港から車 で2時間半ほど北にある。広大な農園(8 ha)を農園主と数人の出稼ぎ労働者で管理 している。おもな輸出先はアメリカ合衆国、 ヨーロッパ、日本だという。農園主は、ベ トナムは農地が少なく、人件費も上がって いるということで、近隣のラオスやカンボ ジアへの進出を検討していた。 ⑥メコンデルタの食卓 食卓の中心はお米である。米粉からつく られる麺料理「フォー」が有名だが、メコ ンデルタでは「フーティユ」が一般的だ。 おかずも日本人好みの味つけで、東南アジ ア特有のテイスト(魚醤、香草)が苦手な 人も十分に堪能できる。メコンデルタ(ヴィ ンロン近郊)のご家庭でいただいた家庭料 理は、おかずがナマズ料理で、これはさす がに口なじみがなく、少々苦労したが、バ ナナの花を混ぜたサラダはさっぱりしてお り、大変おいしかった。 ベトナム ハノイ ミイトー ホーチミン コンポンチャーム カンボジア タイ ラオス ② ① ①⑥⑥ ③④ ⑤ 川 ヤ ラプ ャ チ メ コ ン 川 オ タイランド湾 0 300km世界の自由貿易体制と地域貿易協定の動き
地図にみる現代世界 東京国際大学 教授 髙橋 宏 世界の各地には、地域的な経済統合・貿易協定を構築 し、加盟国の間で貿易・投資等の自由化をまず進めよう との動きが、とくに1990年代に入ってから、加速してき た。WTO(世界貿易機関)のデータによると、さまざ まな種類の経済・貿易協定等の数は2012年1月現在で511 に上っている(WTO HPによる)。 本稿では、日本でも現在関心をよんでいるTPP(環太 平洋戦略的経済連携協定)を含む地域貿易協定(RTAs: Regional Trade Agreements)とWTOにおけるグロー バ ル な 多 角 的 貿 易 制 度(MTS: Multilateral Trading System)について、第1に貿易自由化の意義と多角的 貿易体制及び地域貿易協定、第2に地域貿易協定の種類、 第3に地域貿易協定は何をねらいとするか、第4に日本 のFTA(自由貿易協定)とEPA(経済連携協定)、そし て第5にTPPをどう理解するか、以上の五つの項目を取 り上げる。 現代のグローバル経済では、なぜ自由貿易が望ましい とされているのか。その根拠は、貿易利益の実現という ことである。 国際経済学の「比較優位」理論では、各国は自国の得 意とする生産分野(比較優位産業)に特化し、比較優位 商品を輸出して比較劣位商品を輸入することにより、資 源の再配分と所得増大という二つの効果、つまり貿易利 益を実現できると説く。また、他の利益として、海外と の競争による生産性の改善、海外市場向けに生産を拡大 することによる規模の経済(スケール・メリット)、海 外技術の導入・技術革新の促進など、間接的な利益を得 ることもできる。以上が貿易利益の理論的な根拠と貿易 利益の内容を要約したものである。 貿易がこうした利益をもたらすものであるならば、そ れらを制約する貿易制限を撤廃ないし軽減することによ り、貿易利益をそれだけ大きくすることが可能となる。 これが、貿易自由化の論拠である。現実の世界では、ブ レトン・ウッズ体制の下でGATT(関税と貿易に関する 一般協定)が成立し、加盟国間の交渉を重ねて貿易制限 の撤廃・軽減を実現してきた。 GATTの貿易自由化は、多角的貿易制度(MTS)と よばれる。その特徴は、貿易の自由化と最恵国待遇であ る。貿易の自由化は、モノ(財貨)貿易に対する数量 制限と関税を撤廃・削減するものであり、最恵国待遇と は「加盟国は、他のすべての加盟国に対して、他の国の 産品に与えている最も有利な待遇と同等の待遇」を与え るというものである(GATT協定第1条)。最恵国待遇 は、相互主義(互恵)に基づく貿易制限の撤廃ないし削 減であり、これを多くの貿易相手国の間で適用すること は、多くの国々の間における貿易制限の撤廃・削減につ ながる。その意味で、最恵国待遇は「多角的貿易自由化」 にとって不可欠な原則である。 なお、GATTは当初のモノの貿易以外にも、サービス 貿易及び知的所有権に関する取り決めも対象とするよう になり、その後WTOに移行してからは、紛争解決に係 る規則、貿易政策の検討、複数国間貿易協定に関する取 り決めを含めることとなった。 GATT-WTOのMTSにおける多角的自由化に対して、 RTAsは特定の限られた国の間で締結される取り決めで ある。この意味で「多角主義」に反し、「差別的な性格」 をもち、最恵国待遇の原則に反する。しかしGATT協定 は第24条で、加盟国が自由貿易協定や関税同盟を設立す ることを、一定の条件を満たす場合に例外的に認めてい る。この背景として、GATT成立時にヨーロッパでは RTAsを結ぶ動きがすでに存在していて、それを例外的 に認めることが実際的であると考えられたことがある。 GATT-WTO第24条で例外として認められるRTAsは 「自由貿易地域」及び「関税同盟」の二つであるが、現 実の世界経済では他の地域的な協定・経済統合組織など も存在している。また経済学では、世界的な自由貿易体 制を最善の目的としつつも、それ以外に特定地域におけ る一定の国の間で結ばれる自由貿易協定等について一定 の役割を認め、自由化・協力・統合の程度などに応じて、 五つの類型(統合の段階)を分類している(表1 経済 統合の段階)。 はじめに 1.貿易自由化の意義と多角的貿易体制及び地域貿易協定 2.地域貿易協定の種類にはどのようなものがあるかこれらの類型は理念型を表したものであり、自由貿易 地域から始まり、次の段階へと至るにしたがって、域内 貿易の自由化の程度、生産要素の移動性、貿易以外の経 済的な結びつきの強度等が高度化していく。つまり、商 品貿易の効率化のみならず、国境で制約されていた生産 要素の移動の自由化、それによる地域内の生産の効率化 などが実現されるものと理解されている。 実際のRTAsにはいずれか二つの類型の中間段階も あれば、いずれかの類型の変種もある。例えばEUは、 1993年に共同市場を形成し1997年に単一通貨ユーロを導 入したことから、共同市場と経済同盟の間にある。ま た、FTA(自由貿易地域ないし自由貿易協定)の基本 的内容は上の表に示される通りであるが、経済連携協定 (EPA)は、FTAの貿易自由化に加えて、投資・人的移 動・知的所有権・競争政策・協力など広範な内容を含む ものであり、共同市場の要件の一部を含むと理解できる。 地域的な貿易協定や経済統合による貿易自由化によっ て、加盟国はどのような利点を獲得できるのであろうか。 また、なぜ近年になってFTA・EPAがさかんになって きたのか。次の三つのポイントについてみておこう。 第1に、自由貿易が生産の効率化と所得の上昇をもた らし、規模の経済などの間接的利益を実現するものであ るならば、RTAsのように限られた範囲での自由貿易を 志向せずに、MTSの下でのグローバルな自由化の実現 をめざす方が、より大きな利益を獲得できるのではない か。これに対しRTAsが志向される根拠は、RTAsも世 界的な自由貿易体制に至る経路の一つ(むしろ近道)で あると判断されているからである。 現実の世界貿易の流れは、特定の国同士では密接であ るが、別の国との間ではさほど密接でないといった「貿 易の緊密度」に違いがある。この違いを生む要素は、地 理的な近さ、資源の有無、産業の補完関係、文化的な親 密度、政治的な利害・友好関係、そして経済・貿易協定 といった制度の有無などがある。つまり、自然的・経済的・ 文化的・政治的な要因により貿易関係の密接さが、とく に地理的に隣接した国々では成立しやすいので、経済交 流の仕組みや貿易自由化協定などの制度を整備すること により、そうした緊密な関係を強化することが可能とな る。 利害関係の対立する国や、もともと貿易緊密度の低い 国の間で多角的な貿易交渉を進めるよりは、経済・貿易 交流を緊密化させる要素を共通にもっている「限られた」 国の間で交渉を進める方が、経済的成果がより大きく早 期に実現できると考えられる。そして、そうした地域 的な協定が世界の各所で生じることになれば、やがて異 なった地域協定同士の結び付きを強化することも可能と なる。それゆえ、RTAsは「内向き」の動きとしてよりは、 世界的な自由貿易に向かう一つの経路ないし段階として 理解できる。RTAsの動きは、以上のように整理できる。 第2のポイントは、RTAsが1990年代に入ってから注 目され、とくに2000年代になって徐々に加速してきた理 由は何かということである。それは、現在のWTO貿易 交渉が膠着状態に陥っており、グローバルな自由化の進 展が望み難いと判断されていることにある。MTSによ る交渉の膠着状態から脱して自由貿易の利益を速やかに 実現するためには、利害関係の比較的一致しやすい国同 士が二国間で、あるいは少数国間で貿易協定を結ぶこと が有効であるとの判断が働いているからである。 ここで、GATT-WTOにおける自由化のための貿易 交渉を簡単に振り返り、その成果と現状をみておこう。 MTSでの自由化交渉は、これまで九つの「ラウンド」 とよばれる多国間交渉の場で実施されてきた。第1回か ら第5回までのラウンドでは、関税引き下げ交渉の基盤 がつくられ、若干の成果を生んだに留まった。しかし、 第7回のケネディ・ラウンドで関税引き下げに大きな成 果を生み、同時に農業問題と非関税障壁への取り組みの 足場が築かれた。第8回の東京ラウンドでは、関税引き 下げに成果を生むと同時に、非関税障壁問題についても いくつかの協定が成立するといった成果を生んだ。さら に引き続くウルグアイ・ラウンドでは、WTOの成立と いう世界貿易体制の大転換が実現された。 WTOの下でのドーハ・ラウンドでは、貿易制限の削 表1 経済統合の段階 自由貿易地域 加盟国の間で関税その他の障壁を撤廃する。しかし、対外的には各国の自主的な対応とし、共通関 税を設けない。 関税同盟 域内の貿易制限を撤廃するとともに、域外国に対して共通関税を設ける。 共同市場 加盟国間における貿易制限の撤廃に加え、労働力・資本など生産要素の移動制限も撤廃する。 経済同盟 加盟国は、共同市場を基に、金融・通貨・財政など経済政策の調整を行う。 完全な経済統合 経済同盟に加え、政治的統合を実現する。 (出典:ベラ・バラッサ著、中島正信訳(1963) 『経済統合の理論』ダ イヤモンド社に基づいて作成) 3.地域貿易協定は何をねらいとするか ー加速するFTA・EPAについて
減と新たな貿易ルールの策定により世界貿易体制の大幅 な改革をめざしている。しかし、それ以前までの諸ラウ ンドで決着の難しかった農産物問題について、ドーハ・ ラウンドでも困難な交渉を迎えた。理由は、農産物の自 由化を進めたいアメリカ合衆国など、農産物の保護・助 成を確保したい日本やEUなど、そして特別な保護を求 める開発途上国の三者間で利害の対立が厳しく、議論が 進展しなかったからである。また、先進国と途上国の間 の対立が、途上国を中心とした新規加盟国の増大でさま ざまな分野で激化していることも進展を妨げている。こ うした現状を打破するための方策としてRTAsの役割が 認められている。 第3のポイントは、前述した貿易緊密度の要素のうち、 狭義の経済的利益(貿易・投資などの活発化による経済 の成長・発展=繁栄)のみでなく、地域内及び国内にお ける繁栄の均きん霑てんと格差是正などによる社会的な安定、さ らには地域の繁栄と安定を基礎にした政治・軍事的な安 全保障なども視野に入れる必要がある点である。 経済的な繁栄を遂げる場合、歴史の教訓によると、国 によっては政治的・軍事的な側面での強勢大国への方向 を突出させ、それが周辺諸国との対立を発生させる恐れ が大きい。このような利害の対立の発生を防ぐ意味で、 地域的な貿易協定や経済協力関係を構築し、繁栄と安定 の利益を共有していくことは重要な意義がある。 自由貿易に対する日本の姿勢は、MTS及びRTAsの観 点からみて、どのように判断できるであろうか。次の三 つの事実を確認しておくことが重要である。 第1に、日本の貿易自由化は、2000年以前にはGATT-WTOを中心に実施し、世界主要国の中で関税率は低く、 自由化の程度はかなり高いものであった(表2)。 したがって、日本は保護主義的であるとか、「平成の 開国」が必要であるとかいう議論は、例えば一部の農産 物の輸入制限が高いことや、日本のサービス分野に残る 閉鎖性に対する諸外国からの批判などをそのまま受け入 れたものであり、正しくない見方である。 第2に、FTAやEPAは一つの国が複数の協定を同時に 締結することが可能であり、また二国間FTAを締結しつ つ、同時に同じ国を含む地域を対象にしたFTAをも締結 するといった「重層的な協定・地域的貿易自由化」に参加 できる。実際、日本はASEANの個々の国とのEPAを締結 するとともに、ASEAN全体を一つの相手とする包括的 なEPAも締結している。さらに、上述したようにFTAな どはGATT第24条の規程で一定条件のもとに認められて いる地域的な自由貿易化の枠組みであり、GATT-WTO と「二者択一」の関係にあるのではなく、補完関係にある。 なお、日本のEPAの特色は、関税削減・サービス貿 易自由化の他に、投資・人的移動・政府調達・知的財産権・ ビジネス環境整備など、従来の貿易交渉の範囲を大きく 超える広い分野に及んでいる。相手国と「連携」して経 済交流の拡大・緊密度の強化をめざすものであり、「包 括的な」連携を含んでいる(図1)。 第3に、日本のFTA・EPAが開始されたのは、2002 年に署名・発効したシンガポールとのEPAであり、そ の 後2005年 に は メ キ シ コ と のEPAが、 そ し て2006年 以降は他のASEAN諸国とのEPAが順次結ばれた。そ して2008年12月にはASEAN地域全体との間にAJCEP (ASEAN・ 日 本 包 括 的 経 済 連 携 協 定=ASEAN Japan
Comprehensive Economic Partnership)が発効した。 日本がASEANとのEPA締結に積極的な理由は、日本 とASEANとの間には、1980年代半ば以来、日本の企業 進出がさかんに行われ、現在では生産・流通のグロー バル・ネットワークが日本とASEANの間はもちろん、 ASEANが世界への供給基地の役割を強化するにしたが い、他の国との間にも構築されていることがある。こ のようなグローバル・ネットワークに基づく経済交流を 4.日本のFTAとEPA 表2 主要各国の関税率の状況 (1999 年時点における関税率の単純平均) 国・地域 項目 日本 アメリカ 合衆国 EU カナダ 全品目 平均譲許税率* 4.8% 3.8% 7.2% 5.0% 鉱工業品 平均譲許税率 1.5% 3.5% 3.6% 4.8% (出典:経済産業省) 注* 譲許税率:WTO などの通商協定において協定加盟国が個々の産品に対して国際的に約束した上限税率。 図1 FTA(自由貿易協定)と EPA(経済連携協定) (出典:JETRO「FTA の潮流と日本」) 投資規制撤廃 人的交流の拡大 2か国以上の国や地域の間で、物品 の関税やサービス貿易の障壁等を削 減・撤廃する協定。 各分野の協力 知的財産制度、競争政策の調和 物品の関税を削減・撤廃 サービス貿易の障壁等を 削減・撤廃 EPA(経済連携協定) FTA(自由貿易協定) FTAを柱に、ヒト、モノ、カネの移 動の自由化、円滑化を図り、幅広い 経済関係の強化を図る協定。 FTA(自由貿易協定)とは EPA(経済連携協定)とは
さらに円滑化するためにも、EPAの締結を通じて貿易・ 投資・その他の経済交流を活発化させ、地域の経済成長・ 発展といった繁栄を促進することが重要となる。 なお日本は、ASEANだけでなく、その他の地域の国々 とのFTA・EPA締結にも取り組んでいる。 最後に、RTAsの一つであるT P P ( T r a n s - P a c i f i c Strategic Economic Partnership Agreement)について 簡単にふれておきたい。 TPPは、2005年に環太平洋の4か国(シンガポール、 ブルネイ、チリ、ニュージーランド)で調印し、2006年 に発効した多角的な経済連携協定 (EPA)であり、経済 の自由化をめざしている。その後、アメリカ合衆国、オー ストラリア、マレーシア、ベトナム、ペルーが加盟交 渉国として加わり、2011年現在9か国による交渉が合意 に達し、2012年内の最終合意に向けて、物品・サービス や知的財産など20以上の分野で話し合いが進められてい る。この過程で、日本は交渉参加に向けた各国との協議 に入ると表明したものの、オブザーバー参加や交渉参加 前の条文案の共有は認めないという加盟国の方針により、 2012年3月に開始されたメルボルンでの9か国交渉でも 日本は情報共有やオブザーバー出席すら認められていな いのが現状である。 日本がTPPへの参加の可否を議論するときに、一方 で「保護から自由貿易へ」「鎖国から開国へ」「他の国に 遅れるな」といった安易な推進論に与することを戒める べきはもちろん、他方で「アメリカの陰謀」「日本農業 は壊滅する」「金融・医療サービスの市場原理化を食い 止めろ」といった観念的反対論に終始するべきでもな い。基本的に理解すべきことは、MTSであれEPAなど のRTAsであれ、貿易制限を軽減・撤廃す ることは、加盟国に利益と損失の二つを必 ずもたらすものであり、自由化の効果を評 価するときには、直接的な利害と間接的・ 動態的な利害などを総合的にとらえ、また 中長期的な視点から分析しなくてはならな い点である。同時に、自国の経済的繁栄・ 社会的安定・国家の安全などを、責任をもっ て確保するのは、自国以外にない。RTAs はそのための枠組みを与えるものであって、 RTAsに加盟すれば自動的にそれらが実現 されるといった受け身の考えで臨んでは決 してならない。むしろ、RTAsへの加盟を てこに、国内の諸課題をグローバルな視点から解決する こと、そして自由化の利益をいかに増大し、損失をいか に最小化するかということ、その一方で加盟交渉におい て自国に有利な条件を獲得するよう取り組むこと、以上 が重要である。つまり、経済分析を基礎にして高度に政 治的な判断に立ち、地域の共通利益をめざしつつも、自 国の利益を確保することが求められる。 上でみた日本のEPAからわかるように、経済的に密 接な関係のある国々と連携協定を結ぶことは、その加盟 国全体の利益につながり、地域の繁栄が各加盟国の利益 をさらに促進するといった好循環をもたらしうるもので ある。貿易の効果はいずれの場合も、ゼロサムゲーム(つ まり、誰かの利得は他人の損失で、利得と損失を合計す るとゼロになる取引)ではなく、プラスサムゲーム(つ まり、参加者全員が得をし、利得合計が損失合計を上ま わる取引)である。 交渉参加において日本が留意すべきことは、たんに日 本の非競争的な分野を守るといった守勢に立つことでな く、積極的に他の加盟国(とくに開発途上国)の経済開 発の推進、貿易・経済制度の構築(貿易手続きの共通 化・簡素化などや二重課税を避ける租税条約の制定な ど)、産業構造転換の円滑化、都市と地方との格差の解消、 社会保障制度の整備・効率化など、社会の動態的な変化 に対処しつつ、経済的な繁栄と社会的公平・安定・均衡 などを地域全体で志向するための方策を主導すべきこと である。なぜなら、加盟国における自由化の例外措置を 交渉過程で極力抑制するために、相手国の比較劣位分野・ 非競争産業などの改革に向けた協力・連携関係を構築す ることにより貿易自由化からの利益を最大限に引き出せ るようにすることが肝要であるからである。 図2 平成25年度『標準高等地図』p.114「日本のFTAの状況」 メキシコ 2005年 チ リ 2007年 フィリピン 2008年 ブルネイ 2008年 マレーシア 2006年 シンガポール 2002年 タ イ 2007年 インドネシア 2008年 ベトナム 2009年 ASEAN 2009年 スイス 2009年 5.TPPをどう理解するか
世界の今
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(株)第一生命経済研究所 経済調査部 主任エコノミスト 西濵 徹タイの洪水によるグローバル経済への影響
2011年の夏、インドシナ半島の国々ではラニーニャ現 象によって長期間大雨が続いたことから、大洪水などの 深刻な災害に見舞われた。とくに、タイにおいては、同 国中部を流れるチャオプラヤ川が大氾濫を起こし、流域 の農地や多くの工業団地のほか、下流の首都バンコク周 辺においても深刻な洪水被害が発生し、経済活動にも大 きな打撃を与えた。タイにおける洪水被害はその後「部 材供給網(サプライ・チェーン)」などの経路を通じて 世界経済にも悪影響を与えることとなり、私たちにあら ためて経済活動のグローバル化を再認識させた。ここで は、タイにおける洪水被害がタイ経済のみならず世界経 済に与えた影響とともに、その背景となった要因につい て考察したい。 タイが東南アジアの「工場」となった背景 タイは世界最大のコメ輸出国であるなど東南アジア 有数の農業国だが、GDP(国内総生産)における製造 業の割合はASEAN(東南アジア諸国連合)のなかで最 も高く(図2)、近年は東南アジア有数の工業国として 存在感を高めている。このような急速な工業化のきっ かけは、1967年に東南アジアにおける地域共同体である ASEAN誕生にさかのぼる。ASEANの設立当初、原加 盟5か国(タイ、インドネシア、マレー シア、フィリピン、シンガポール)のう ち都市国家であるシンガポールを除くと、 タイ以外の3か国は鉱物資源に恵まれて おり、とくにフィリピンなどは高い経済 水準を誇っていた。一方、鉱物資源に恵 まれなかったタイは、比較的高い教育水 準と広大な国土を背景に工業化を推し進 めることで経済発展を図ろうとした。当 時の軍事政権は、「東洋のデトロイト」 を旗印に、海外から自動車産業などの誘 致を積極化させた。こうした動きに日本 は早い段階から対応しており、日本の自 動車メーカーは1960年代後半から技術協 力などを通じてタイの工業化を支援して きた経緯がある。 2789億ドル 2789億ドル マレーシア マレーシア 25.5% 21.1% 2248億ドル 2248億ドル フィリピン フィリピン タイ タイ 34.0% 3462億ドル 3462億ドル インドネシア インドネシア 8467億ドル 8467億ドル 24.3% その他 製造業 凡例 図2 GDPに占める製造業の割合(2011年) (出所 CEICより第一生命経済研究所作成) 図1 洪水被害の分布 2011年12月の段階 (出所 JETROバンコク事務所作成資料) 新たに洪水が発生した 洪水発生中 洪水が発生したものの すでに水が引いている メーホンソン チェンマイ チェンライ パヤオ ランパン ターク スコータイ ピサヌローク ウタラデイトウタラデイト カムペー ンペット ピチットピチット ナラチンブリ ナラチンブリ ノンカイ ノンカイ ナコンサワン ナコンサワン ウタイターニー カンチャナブリ ラトブリー ペッブーリー プラチュア プリキカン プラチュア プリキカン チュムポン チュムポン シンブリーシンブリー アーントン アーントン アユタヤ アユタヤ ノンタブリ ノンタブリ サムットプラカーン サムットプラカーン サムット サーユン サムット サーユン サムットソンクラーン サムットソンクラーン パトムターニー パトムターニー ナコン パトム ラノン ラノン プーケット プーケット サトゥーン サトゥーン チャイ ナート ペッチャ ブーン チャイヤブーン ロッブリ ラン プーン ラン プーン ナーン プレー ルーイ ブンカーン ウドンタニ カラシン コンケン マハー サーラカム ローイ エット ウホンラ チャタニ シサット スリン プリラム ナユンラチャシマ サケーウ チャチュンサオ チョンブリ ラヨーン スラーターニー パン ガー クラビー ナコンシータマラート スパンブリ バンコク サラブリー ナコンナ ヨック トラン バッタルン ソンクラ パタニ ヤラーナラーティ ワート チャンタ ブリー トラート トラート ヤリー トン アムナートチャルーンアムナート チャルーン サコンナコン ナコン パノム ムクダ ハン ノンブア ラムユー ノンブア ラムユー チ ャ オ プ ラ ヤ 川日本企業によるタイへの進出は、1985年にG5(先進 5か国蔵相・中央銀行総裁会議)において締結された「プ ラザ合意」を契機に大きく加速することとなった。これ によって急激な円高が進行し、日本の輸出競争力が低下 し、製造業などでは日本国内において生産体制を維持す ることが難しくなったからである。多くの日本企業は 比較的人件費など生産コストが低いアジア諸国を中心 に、新たな生産拠点を求める動きを積極化させるように なり、それまで生産立地としての基盤整備を進めてきた タイが注目を集めるようになった。また、タイは早い段 階から自由貿易を推進することによって、輸出を通じて 経済成長を図る方針を掲げてきたが、これに対して日本 もODA(政府開発援助)などを通じて工業団地の建設や、 物流や電力などのインフラ整備を支援することでタイの 工業化を側面支援してきた。また、タイ政府は補助金や 免税措置などの優遇策を通じて外国企業の誘致を積極化 させることで、工業化を推進してきた。これらによる技 術移転や教育レベルの高さを背景に、同国では技能労働 者層が厚みを増しており、比較的安価な労働コストを武 器に労働集約的な加工組み立て型産業を中心として外国 企業の進出を促した。 こうした加工組み立て型産業を中心とする工業化は、 1997〜98年に発生したアジア通貨危機の際にいったんは 足踏みを余儀なくされたものの、その後のアジア経済の 回復に伴い再び加速している。とくに日本の自動車メー カーなどは部品や部材などの周辺産業を伴って進出する 傾向があることから、タイにおいては自動車関連産業の 集積が進み、ASEAN随一の自動車産業国となることが 可能になった。さらに、自動車産業のみならず電気機械 産業や精密機械産業などの進出も続いており、タイは製 造業を中心に厚みのある産業構造を築き上げている。ま た、近年は日本企業によるグローバル展開が加速するな か、さまざまな地域との分業体制が構築されつつあり、 生産拠点においては部材などを他国などからも円滑に調 達する必要に迫られている。コスト面のみならず、関税 など貿易面での障壁も考慮すべき課題となっている。し かし、タイは多くの国や地域とのFTA(自由貿易協定) やEPA(経済連携協定)の締結などを通じて自由貿易 を展開していることから、こうした地域と一体となった 経済活動が可能となっており、グローバル企業が世界展 開を図っていくにあたって重要な位置を占めるように なっている。ちなみに、日本とASEANとの間の包括的 なEPA(AJCEP)の2008年締結、発効に先立って、タ イとの間ではEPAが2007年に締結、発効している。 洪水被害が長期化した要因 昨年夏以降の洪水被害が予想外に長期化した要因には、 ラニーニャ現象によってインドシナ半島での大雨が長期 間続いたことがあげられる。タイは例年6月から10月く らいまでが雨季であるが、昨年は雨季の前半にインド洋 での「ダイポールモード現象* 」もあって大雨が続いた ことから、例年に比べて早くタイ北部のダムの貯水量は ピークに達した。しかし、政府によるダムの放水決定が 遅れてしまったことから、雨季の後半以降に大量の水が 放出されることとなり、下流域において深刻な洪水が発 生したのである。このように放水が遅れた一因には、同 国が東南アジア有数の農業国であり、チャオプラヤ川中 流域が同国にとってコメの一大生産地域であることも大 きく影響しているとされている。つまり、一昨年秋以降 の乾季時の水不足が深刻だったため、同時期のダムの貯 水量は例年の水準を大きく下まわり、主要農産物である コメの生産に悪影響を及ぼした。結果、タイでは稲作は 二期作で行われているが、乾季作の生産量が大きく低下 して輸出に悪影響が出たほか、国内においても供給不足 によってインフレ圧力が高まり、市民生活にも悪影響が 出た。こうしたことから、タイ政府としては限界まで放 流を避けることによって、乾季入り後の貯水量を高めて おきたいとの狙いがあったものと考えられる。 一方、洪水が発生したチャオプラヤ川は、タイ中部の 「チャオプラヤ・デルタ」とよばれる広大な平野地帯を 約300kmも流れており、流域の土地の高低差はほとんど ないことから流下能力は低く、上流のダムで放水された 水が下流域に達するまで長時間を要する。さらに、チャ (億バーツ) 18,000 16,000 14,000 12,000 10,000 8,000 6,000 4,000 2,000 0 ASEAN EU 中国+香港 オーストラリ ア アメリカ合衆 国 NAFT A 日本 1995年 2011年 図3 タイの地域別輸出の変化 (出所 CEICより第一生命経済研究所作成) *ダイポールモード現象:夏頃から秋口にかけて、インド洋東部の海水温度が例年に比べて低下する一方、 中央部から西部においては例年に比べて上昇する 現象。別名、インド洋ダイポール。
オプラヤ川の最下流には近年の経済成長によって巨大都 市となっている首都バンコクがあり、同川はその中心部 を流れていることから、川の浚しゅん渫せつなどによって流下能力 を高めることも難しくなっている。また、チャオプラヤ 川はタイの南北をつなぐ水上輸送路としても重要な役割 を果たしており、流域には数多くの工業団地が開発され て、地域経済の発展に大きく貢献してきた。このため、 近年の経済成長を背景に、もともと水の「逃げ場」とし て放水路や遊水地が建設される予定であった土地にも宅 地開発や工業団地の建設などが行われてきたことも、被 害を大きくした一因になっている。また、ダムがあるタ イ北部は急峻な山岳地帯であるが、木の違法伐採などに よる環境問題が懸念されており、川の中流域においても 乱開発が行われていることから、保水能力の低下も大量 の雨水の流入を招いたと指摘されている。 また、洪水による混乱が長期化した原因には政府によ る対応の遅れも影響しており、その背景には長年にわた る政治対立がある。タイでは、2000年代初めに政権に就 いたタクシン元首相を支持する勢力(タクシン派)と、 軍部や昔からの支配層を中心とする反タクシン派との間 で長期間にわたる政治対立が続いており、2006年の軍事 クーデター後は軍部を中心とする暫定政権による統治を 経て反タクシン派による政権運営が続いてきた。その後 もたびたび両勢力による対立は続き、一時は武力衝突に も発展した。しかし、昨年7月に実施された総選挙の結 果、タクシン派政党(タイ貢献党)が第1党となり勝利 を収めたことで、タクシン元首相の妹であるインラック 氏を首相とする政権が誕生し、両派による対立は一応の 収束をみた。今回の洪水は新政権の発足直後に発生した こと、政府自身も事態は比較的早期に収束可能との楽観 的見通しの下に対策が後手を踏んだこと、インラック首 相はそれまでまったく政治経験がなく指揮命令系統など が混乱したことも事態を悪化させた。さらに、首都バン コクを洪水被害から守るためには、バンコクを迂回する 形で水を誘導させる必要があったが、これによって被害 を受ける地域をめぐって政治対立が表面化し、有効な対 策を打ち出せずに時間による問題解消を待たざるを得な くなったことも、被害の悪化と長期化を招いた。 タイの洪水による世界経済への影響 今回の大洪水では、チャオプラヤ川流域にある多くの 工業団地が浸水に見舞われ、進出している日系企業の工 場などで長期間の生産停止に追い込まれた。実は、チャ オプラヤ川の流域地帯での一連の洪水発生とは対照的に、 これ以外の地域にある工業団地などでは直接的な被災を まぬかれている工場も少なくない。しかし、洪水に見舞 われて生産停止に追い込まれたいくつかの企業では重要 性の高い部品や部材などを生産し、さらに高いシェアを 有していたことから、これら部材の供給停止による「部 材供給網(サプライ・チェーン)の寸断」は、直接的被 害をまぬかれた需要家を含めて、関連産業全体に深刻な 影響を与えた。さらに、多くの工場では機械設備などが 長期間の浸水により使用できなくなったのみならず、在 庫なども廃棄処分を余儀なくされるなど、生産以外の面 でも大きな被害を与えた。 このような部材供給網寸断による問題は、昨年3月の 東日本大震災後にも発生している。東日本大震災におい ては、東北地方を中心に生産していた重要な部材の供給 が止まったことから、自動車産業の生産が世界的に滞る など甚大な悪影響が発生し、企業にとってはリスク分散 のために生産立地を広げることの重要性が認識された。 さらに、日本国内においては安定的な電力確保に対する 不透明感が高まり、急激な円高進行によって輸出企業の 採算悪化が深刻化したことから、多くの製造業において 日本国内で生産を続けることが一段と厳しくなった。こ の結果、事業基盤が比較的充実しているタイでの生産も 拡大することによって、生産体制を再構築する対策を 採った日本企業も少なくなかった。日本の製造業にとっ てはタイに事業の軸足を移すなかで供給網の寸断が生じ たことで、タイ国内のみならず日本国内などでの生産に も悪影響を及ぼすことになった。 タイの洪水による悪影響が大きかった産業の代表例は、 パソコンなどの情報機器やデジカメなどの光学機器など 図4 タイの部材輸出 (出所 CEICより第一生命経済研究所作成) 200 180 160 140 120 100 80 60 40 20 0 (億ドル) 1995 96 97 98 99 2000 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 電子部品 自動車部品 二輪車部品 光学機器 (年)
であった。コンピュータなどに使用されるハードディス ク駆動装置(HDD)では、タイは世界生産の大半を占 める供給基地となっていることから、これの不足によっ て世界的にパソコンやサーバーなどの供給に障害が生じ ることとなった。また、光学機器メーカーなどもタイに 生産拠点を集中させてきたことから、昨年のクリスマス 商戦においては、デジカメなどが世界的な供給不足に陥 るなどのビジネスの機会損失が生じた。さらに、一部の 輸送機器メーカーにおいては、タイ国内で四輪車や二輪 車の完成品を生産して世界に供給する戦略を進めてきた が、操業停止により世界的な供給不足に直面することと なった。 マクロ経済面でも、タイにおける大幅な生産の落ち込 みは、アジアのみならず日本や欧米などの生産活動に も悪影響を及ぼしており、各国の景気を下押しする一 因となった。タイの昨年の経済成長率(実質GDP成長 率)は前年比プラス0.1%となり、15年ぶりの高成長と なった2010年(前年比プラス7.8%)から大幅に減速した。 とくに、洪水被害の影響が集中した第4四半期(10-12 月期)については、前期から年率換算でマイナス36.4% と過去最高の落ち込みとなるなど、被害の深刻さを如実 に表す結果となった。同様に、日本の昨年第4四半期の 実質GDP成長率は前期から年率換算でマイナス成長に なったが、これはタイの洪水によって外需が低迷したこ とも大きく影響している。 「生産立地」としての再生を模索するタイ経済 タイではすでに乾季に入り、被害に見舞われた工業団 地もすべて排水作業が終了し、復旧・復興に向けた取り 組みが進んでいる(3月現在)。タイ政府は大規模な復 旧・復興予算を組んでおり、工業団地の周りを堤防で囲 う工事を行うほか、チャオプラヤ川の沿岸に「スーパー 堤防」を建設する計画を打ち出している。さらに、工業 団地に進出している企業などが独自に地盤の底上げを図 る動きもみられる。 今回の洪水被害を経て日本など外国企業がタイでの生 産から撤退するような状況にはなっていない。ただし、 一部ではタイでの生産集中リスクも認識されており、他 のASEAN諸国などに生産拠点を分散させる動きが出て くる可能性もあることから、これが中長期的な成長を損 なうことも懸念されよう。こうした背景には、タイの人 口ピラミッドがすでに「すり鉢型」になっている(図5) ことから、ASEAN諸国のなかでも比較的早期に生産年 齢人口の減少局面を迎える可能性があることも影響して いる。さらに、周辺国では中長期的な人口増加による市 場拡大が見込まれるなか、タイでは少子高齢化によって 市場が縮小する懸念があることも、企業が周辺国に生産 立地を分散化させる誘因になろう。このように、タイが これまでのように生産立地としての魅力を維持すること は容易ではなく、周辺国の工業化と経済活動上の関係を 深めつつ、タイ自身の産業立地の優位性を再構築してい くことが求められよう。 一方、わが国を含む国際社会は、ODAなどを通じて タイの復旧・復興支援に動いているものの、タイ政府自 身の対応は必ずしも十分なものではなく遅れている。さ らに、中長期的な視点からも洪水の遠因となってきた環 境問題への対応や、計画的な土地開発などを通じた新た な経済成長モデルを模索することも求められる。生産立 地としての魅力が相対的に低下するなか、タイは今後こ れまでとは異なるアプローチで経済成長をめざす必要に 迫られている。これまでタイの工業化で大きな役割を果 たしてきたわが国にとっても、さまざまな形の支援を通 じて、タイ経済の持続可能な経済成長を支える役割が期 待されている。 図5 タイの人口ピラミッド(2012年、2050年ともに推計) (出所 米国国勢調査局より第一生命経済研究所作成) (歳) 100以上 95-99 90-94 85-89 80-84 75-79 70-74 65-69 60-64 55-59 50-54 45-49 40-44 35-39 30-34 25-29 20-24 15-19 10-14 5-9 0-4 男 (千人) 2012年 女 3000 2000 1000 0 1000 2000 3000(千人) (歳) 100以上 95-99 90-94 85-89 80-84 75-79 70-74 65-69 60-64 55-59 50-54 45-49 40-44 35-39 30-34 25-29 20-24 15-19 10-14 5-9 0-4 男 (千人) 2050年 女 3000 2000 1000 0 1000 2000 3000(千人)
BRICs諸国の経済成長と特徴〜諸課題の解決に向けて〜
いきいき授業実践
平成24年度『高等学校 新地理A 初訂版』 平成24年度『新詳高等地図 初訂版』 平成24年度『新詳地理資料 COMPLETE 2012』 神奈川県私立高等学校教諭 BRICsという用語は、2001年にアメリカの大手証券会 社によって発表されたレポートに、経済成長が著しいブ ラジル(B)、ロシア(R)、インド(I)、中国(C)の頭文 字を取って使われたことがはじまりである。BRICsは新 興国として、また重要な市場として新聞でもよく取り上 げられる用語である。中学校の社会科地理的分野では中 国がよく取り上げられるので周知の生徒も多いであろう。 『高等学校 新地理A 初訂版』(以下、教科書)では、 地誌学習のなかで中国とインド、ラテンアメリカの一部 でブラジル、近隣諸国のなかでロシアが登場する。教科 書ではインドとロシアの単元でそれぞれBRICsが太字で 紹介されている。最近では、この新興4か国に南アフリ カ共和国(S)を加えた「BRICS」5か国が、2009年以 降に毎年首脳会議を開くなどBRICs間の交流もみられる ようになった。 最近になってBRICs首脳レベルでの交流は行われるよ うになったものの、それは国が連帯して成長してきたの ではなく、各々の地理的背景のもとで成長してきた結果 である。BRICs各国に共通する地理的背景や経済政策も みられるが、各々の国には地理的な個性がある。したがっ て、授業ではこれらの国を新興国としてひとくくりにせ ず、相互に比較してそれぞれの国の地理的特徴を横断的 に見つけ出すことができるのではないかと考えた。 BRICs各国は、授業ではそれぞれ別々の地誌として扱 われることが多い。しかし、大学入試センター試験でも 複合した国・地域の統計図表を読み取って選び出す設問 がみられるように、BRICs各国を並べて比較する視点は 地理的技能や国際的視野を養ううえでも重要である。こ こではBRIC諸国の比較地誌として扱い、新聞記事や統 計図表などを用いた授業をめざした。 最近では、授業において言語活動を充実し、持続可能 な社会の実現をめざして参画していくことができる資質 と能力の育成が求められている。授業では、BRICs各国 の経済成長とそれぞれの地理的特徴を示す図表を用いて 各国の状況を教師から解説する。しかしながら、先述の ような教育的な背景を意識すると、地誌学習においても 生徒には持続可能でない現代社会の構造に対する改善を 意識させたうえで、地理的資料と地理的見方を土台に、 生徒間でも課題に対するやり取りを経て、地理的特徴を 考えさせていきたい。 そこでこの授業では、経済成長の過程で生まれた BRICs各国の環境への負荷を持続可能なものにするため にはどうすればよいか、という課題を授業の最初に生徒 へ提示して、持続可能な社会を考える学習である意識 をもたせる。そのうえで、BRICs各国の経済発展の理由、 気候、貿易、資源などの地理的特徴を描き出していく。 この授業案は、実践後に改善を加えたもので、4時間を 見積もった展開である。 「BRICs」の文字を板書し、これは何であるかを生徒 に発問する。すると、「Bはブラジル・・・」や「経済が 急成長している・・・」という声が聞こえて来る。次に、 BRICs各国で課題となっている四つの新聞記事を配布す る(図1)。生徒からBRICsに対する反応がなかったと しても、新聞記事を配布してどこの国の話題であるか聞 く。新聞記事の概要は、①中国・ペキン(北京)で自動 車などからの排ガスで大気汚染が進行、②ブラジル・ア マゾンで大豆の生産のための開発で熱帯雨林の伐採が拡 大、③ロシア・シベリアでは人間活動により森林火災 が増大、④インドや中国は二酸化炭素の排出量が増加し ているなかで二酸化炭素排出の削減をめざす協議が難航、 という内容のものを取り上げた。 それぞれ経済成長の過程で、新聞記事のような環境問 題や先進国との間で意見の相違がみられるようになった。 導入として、どのようにすれば持続可能な社会を築いて いくことができるのか生徒に問いかける。そのうえで、 「BRICs」は近年の経済成長が著しい国をとらえた言葉 であることを伝え、諸課題の背景としてBRICs各国の経 済成長の理由と各国の特徴などを調べていくことを伝え る。1.はじめに
2.授業の構成とねらい
3.経済成長の過程で生じる問題は何か?
展開の1番目として、『新詳地理資料 COMPLETE 2012』(以下、資料集)、『新詳高等地図 初訂版』(以下、 地図帳)、教科書からBRICs各国の経済成長を示す資料 を生徒に探させる。資料名、国、ページ番号、概要を書 かせる欄をワークシートに準備して調べさせる。作業は ペアや4人グループにすると相互に情報を交換しながら 探しはじめる。作業時間を取った後で、国ごとに調べた 結果を生徒に発表させ確認する。ここでは、書画カメラ とプロジェクターを用意する、生徒があげた資料をその 場で教室全体に提示することができ、臨機応変な対話が できるので活用したい。 4か国の経済成長を示す図表は、それぞれ内容は異な るものの、経済が伸長している国々であることが読み取 れる。例えば、インドでは情報技術(IT)産業であるソ フトウェアの輸出が伸び(資料集p.1111ソフトウェア の輸出)、中国では携帯電話やパソコンなど身近な電気 製品が大量に生産さ れ( 資 料 集p.1094 中 国 が 世 界 生 産 第 1位の製品)、ロシ アでは原油の生産量 が飛躍的に増え(資 料 集p.1183原 油 の 生産、図2)、ブラ ジルではコーヒーが大半を占める輸出経済(モノカル チャー)から機械類など多様な輸出品へ変化している(資 料集p.1223各国の輸出品の変化ⓑブラジル)。インドは とくにITのサービス輸出額が多い。これらは、それぞ れの国の1990年代後半から2000年代にかけての経済成長 と地理的特徴を示すものである。 次に、BRICs諸国と主要先進国のGDP(国内総生産) に基づいた経済成長率の推移を示す(図3)。ここでは 詳細な経済のしくみや用語の話題ではなく、BRICs諸国 は主要な経済大国以上の経済実績を示していることを確 認する。とくに中国とインドは年率10%前後の高い経済 成長を示して、2011年には中国のGNI(国民総所得)が 日本を超えて、アメリカ合衆国に次ぎ世界第2位に成長 したことを確認する。日本は1960年代にGNP(国民総 生産)がアメリカ合衆国に次いで世界第2位となり、高 ①北京の大気汚染 国際基準で公表 中国・北京市当局は21日、大気汚染の指標として国際的に注目され る微小粒子状物質「PM2.5」の測定値の公表を始めた。PM2.5はディー ゼル車などから排出され、粒子が細かい分、体内に深く入り込むため 健康被害が大きいとされる。 北京では近年、大気汚染が原因と見られる白い霧に覆われる日が増 えている。10日にも濃い霧で北京を発着する多数の飛行機が運航を中 止したり、大幅に遅れたりした。規制を上回る車両の増加による渋滞 や、河北省や天津の工場の排ガスの流入などが理由で空気の汚れが深 刻化している。 (朝日新聞 2012年1月23日) ②シベリアからオゾン 森林火災で流入 越境汚染も シベリアの森林火災によって、光化学スモッグの原因となるオゾン の濃度が日本でたびたび上昇していたことが、国立環境研究所の分析 でわかった。地球温暖化の影響で大気が乾燥し、米アラスカ州やシベ リアなど北方での森林火災が拡大すると懸念されており、今後シベリ アからの越境汚染が問題になる恐れがある。 国連食糧農業機関(FAO)によると、ロシアでは森林火災によって新 潟県の面積に匹敵する年約127万ヘクタールの森林が消失し、大半は 火の不始末など人間の活動が原因だという。 (毎日新聞 2008年12月29日) ③食われるアマゾン 森消え大豆畑拡大 ブラジル・アマゾンの熱帯雨林にまで大豆畑が迫っている。アマ ゾン開発は80年代に比べ、栽培面積は2.4倍、生産量は3.5倍に膨れ上 がった。伐採された森林はまず牧草地となり、大豆畑へと姿を変えて いく。 現在の大豆生産量は年間約6千万トンに上り、世界第2位。この10 年間で2倍以上になった。食用のほか、家畜の飼料として欧州や中国、 日本などに輸出されている。とくに、かつて大豆の輸出国だった中国 が90年代から輸入国に転換。今ではブラジル大豆の約20%が中国に向 かっている。 大豆畑の北には牧場が広がる。その先は緑の熱帯雨林がどこまでも 続く。その森林の間に点々と茶色の地面が見える。違法伐採の跡だ。 開発がこのままのペースで進めば、2050年にアマゾンの森林の消失 面積は40%に達するとみられる。 (朝日新聞 2007年10月28日) ④温暖化対策の話し合い、進んでる? ■京都議定書がなくなるかもって聞いたけどどういうこと?…京都議 定書は地球温暖化を防ぐため、たくさんの国が約束した国際ルール。 その取り組み期間が2012年で期限切れになる。そこで次のルールをど うするか議論する。 ■なぜ交渉がまとまらないの?…京都議定書ができた当時とは世界の 情勢が変わったからだ。議定書で削る義務を負うのは日本やEUなど 一部先進国だけ。当初は米国も参加。これらの国々で世界の排出量の 6割近くを占めた。ところが01年排出量が当時世界一だった米国が産 業界の反発などから議定書から抜けた。一方で中国、インドなどの新 興国は経済成長で排出量が増え続けている。中国や多くの途上国は、 温暖化の責任はこれまで温室効果ガスをたくさん排出した先進国にあ るという立場だ。だから先進国に厳しい京都議定書を延長するよう強 く求めている。 (朝日新聞 2011年10月30日) 図1 BRICs各国の環境問題を示す新聞記事の要約(要約は筆者、以下同じ)
4.どのような経済成長がみられるか?
図2 『新詳地理資料 COMPLETE 2012』p.118 ロシア「3原油の生産」 中国 インド ブラジル ドイツ ロシア アメリカ合衆国 日本 2006 2007 2008 2009 2010 2011(年) 15 10 5 0 −5 −10 (%) 図3 BRICs諸国とおもな先進国の経済成長率度経済成長の過程で四大公害病などの環境問題や地方の 過疎化を生じたことを、発問を通じて伝える。 BRICs諸国の経済成長の理由は、小林(2008)や吉井 ほか(2010)に詳しくまとめられ、とくには多数の図版 が掲載されている。両者によると、BRICsの経済成長は いずれも経済の自由化政策がキーワードとなる。 社会主義国である中国は、1978年からの改革開放政策 により、計画経済から市場経済に移行した。この結果、 郷鎮企業や経済特区などの発展、またその発展による 人々の経済水準の向上につながった。これは教科書p.87、 91、92にまとめられている。なお社会主義国から転換し たと誤解する生徒が多いので説明を加えたい。 インドは、公営企業による輸入代替工業化を重視し、 自国産業を保護する政策を取ってきた結果、世界の技術 革新から取り残されていった。しかし1990年代に規制緩 和、民営化、資本の自由化などを進めていった結果、外 国からの資本が流入して経済成長が進んでいった。これ は教科書p.103にまとめられている。 ブラジルは、輸入代替工業を進めていったが、工業化 は輸出産業化せず経済は停滞した。1990年代前半まで高 いインフレが続いて、さらに海外からの債務に依存した 経済政策がとられ、累積債務が増大していった。しかし、 民営化、規制緩和などの結果による経済成長で累積債 務問題を解消した。一部が教科書p.127に記されている。 ブラジルは2016年の夏季オリンピック(リオデジャネイ ロ)開催国である。東京オリンピックが日本の高度経済 成長の象徴のひとつであるように、ブラジルは今まさに 経済成長している国である。 ロシアは、1991年に社会主義国家ソビエト連邦が崩壊 して誕生し、その後市場経済を推し進めていった。体制 の転換によって、これまでロシアを支えてきた東ヨー ロッパや旧ソ連の経済圏が縮小し、経済活動の混乱が見 られたが、2000年になると原油、天然ガスなどの資源の 高騰が利益を生み、高い経済成長を示している。一部が 教科書p.139にまとめられている。 このように教科書の記述に経済成長の理由と経済の自 由化への過程がまとめられている。展開の2番目として、 生徒に「BRICs4か国が経済成長した理由は何だろうか」 と問い、教科書や資料集から理由を探す作業を行う。教 科書、資料集にない参考文献の情報などを追加したプリ ントを配布し、なぜ経済の自由化(例えば貿易の自由化) が経済成長を生むのか追求することなども考えられる。 すべての国を網羅したかったが、ここではブラジルの 経済成長を紹介した最新の新聞記事を配布した(図4)。 生徒に調べたことを発表させる際は、なぜ輸入代替工業 がその国で停滞したのか、対照として輸出指向型工業を 提示して、教師が進行役になって生徒と対話する。 展開の3番目として、BRICs各国の気候、人口、産出 する主要な鉱物資源、国の面積の順位、貿易相手国(資 料プリントを配布)、おもな輸出品を地図帳の巻末資料 や資料集別冊などの教材から調べて、用意したワーク シートに書き込んでいく。これまでの作業を通じて、生 徒がBRICs諸国の位置を確認していることを期待するが、 大きな白地図をワークシートに印刷して、ここでその国 の位置を書き込ませる。調べる項目の記入欄は表の形式 でもよいが、地理的特徴をつかんでほしいという願いか ら白地図に書き込ませようにする。 いずれの国も広大な国土をもち、人口は1億を超え、 豊富な労働力と国内市場をもつ。また鉱物資源が豊富に 産出する国である。それぞれの国とも貿易相手国に特 徴がある。中国はアメリカ合衆国、日本、韓国、ロシ アはドイツなどEU諸国、インドは中国やアメリカ合衆 国、ブラジルは中国、アメリカ合衆国、アルゼンチンと 結びつきが強い。これらは白地図に矢印で結ばせる。ロ シアへの投資はEU諸国からの投資が多い。作業の後で、 BRICs間で共通する特徴と異なる特徴を考察させる。 BRICs諸国に共通して生産する鉄鉱石を例にする。中 国、インド、ブラジルでは鉄の生産が伸び、経済の自由 化で資本を増やすなか、鉄鋼(粗鋼)の生産量も伸ばし ている(表1)。ブラジルとインドは鉄鉱石の輸出がそ れぞれ世界の2、3位で、両国でその世界の輸出量の 33%を占める(2009年)。中国は世界最大の鉄鋼(粗鋼) 生産国で、生産量は20年間で10倍に増加し、世界最大の
5.経済成長の理由は?
6.BRICs諸国の地理的特徴は同じか?
南米の大国 成長に踊る 新興経済国として台頭著しいブラジル。2014年のサッカーワールド カップ、2016年の五輪開催も決まり、存在感はますます高まる。しか し課題も多い。 ブラジルは経済改革や豊富な資源を武器に急速な経済回復を実現 し、今や中国、ロシア、インド、南アフリカとともにBRICSと呼ばれ る新興国の代表格となった。2010年の国内総生産(GDP)は世界7位。 2011年にはイギリスを抜き6位になる見通し。 今のブラジルは日本のバブル期を思わせる状況だ。賃貸住宅の平均 家賃は1年間に11%上昇した。急成長がもたらす強烈な光は、社会に 暗い影も落としている。 世帯あたりの月収が約3万2000円未満の貧困層は2468万人。うち 110万人はファベーラ(貧困街)に住む。 (読売新聞 2012年2月8日) 図4 ブラジルの経済成長を示す新聞記事の要約鉄鉱石の輸入国にもなっている。なお日本は中国から年 間約6900億円(2010年)の鉄鋼を輸入している。鉄鋼は 中国の代表的な輸出品である。このように中国では鉄鋼 などの第2次産業の生産品が、インドとブラジルでは鉄 鋼など第2次産業の生産品のほか、資源の輸出が大きな 経済成長の原動力になっている。教師からの解説ではな く、表1などの統計表を配布して、それぞれの国の特徴 を生徒に考察させ深めることもできる。 一方でロシアは、ほかのBRICs諸国と異なり、鉄鋼の 生産量は伸びておらず、おもな輸出品が原油や天然ガス といったエネルギー資源であることに気づかせる。本誌 p.12の図2とも対応する。ロシアは、資料集p.118にある とおり、第2次産業では設備の老朽化が問題となってい る。ロシアは石油資源を背景に経済成長していることが 読み取れる。 いずれの国においても近年の海外からの投資は急激に 増加し、ロシアには年間700億ドルを超える投資がある。 その例として、日本企業のロシア・シベリアへの進出が 最近の新聞記事でみられた(図5)。ロシア・シベリア には油田、炭田、ガス田がある。豊富な資源を背景にし た開発が現在進行形で行われており、昨年、日本海側の ウラジオストクまでパイプラインが開通した。 3番目の展開で気候を調べた。ブラジルは熱帯雨林気 候(Af)に属し、広大な熱帯雨林セルバが広がる。ロシ アは亜寒帯冬季少雨気候(Dw)に属し、とくにシベリア には広大な針葉樹林タイガが広がる。 日本でも経済成長の過程で公害が発生し、開発にとも なって自然保護運動も行われたが、今まさにBRICs諸国 は環境問題を生じ、国土の広さから自国の問題だけでな く、周辺国や地球規模での問題となっている。 一連の授業の最初の導入に戻り、上記の経済成長のな かで起こる諸問題をどのように改善していったらよいの か考えさせる。なお「経済成長」は経済の自由化と置き 換えることもできる。図1(本誌p.12)の四つの問題を すべて取り上げてもよいが、時間の関係から一つを取り 上げて深めさせるようにした。いずれも複合的な要素が からんだ解決が困難な課題である。しかし、困難である がゆえ解きほぐして持続可能な社会をめざしていかなけ ればならない。この4番目の展開ではブラジル・アマゾ ンの開発を選択した。これまでに学習した地理的特徴な どを生かしてグループでどのようにしたらアマゾンの熱 帯雨林の拡大が改善されるのか考えさせ、グループごと に配布したミニホワイトボードに記入して発表させた。 BRICsは新興国の代表例であり、そのほかにVISTA (ベトナム、インドネシア、南アフリカ共和国、トル コ、アルゼンチン)、NEXT11(イラン、インドネシ ア、エジプト、韓国、トルコ、ナイジェリア、パキスタ ン、バングラデシュ、フィリピン、ベトナム、メキシコ)、 TIPs(タイ、インドネシア、フィリピン)など新興国 を表す言葉がある。1990年以前に中国やインドの経済的 な発展をここまで予想できたであろうか。今後も経済成 長を示す国は増えていき、それと同時に環境問題や経済 格差など同じ地球でくらしていく市民として対応してい かなければならない。とくに地球温暖化、大気汚染、大 面積の森林開発などの環境問題はクローバルな問題であ る。経済成長とともにエネルギー消費も多くなっている。 経済成長の背後にはどのような地理的特徴があり、また どのような諸課題があるのか、比較して明らかにする地 理的見方を活用した授業を今後も考えていきたい。 参考文献 小林英夫 『BRICsの底力』 2008 (ちくま新書)筑摩書房 吉井昌彦ほか 『BRICs経済図説』 2010 東洋書店