脳卒中後
CRPS type 1に対する運動イメージプログラム
(
MIP)の試み
─
1事例研究デザインによる予備的研究─
Effect of Motor Imagery Program (MIP) for a Patient with CRPS Type I after Stroke
—A Pilot Study Using a Single-Case Study Design—
高取 克彦
1)松尾 篤
1)庄本 康治
1)梛野 浩司
2)徳久謙太郎
2)鶴田 佳代
2)KATSUHIKO TAKATORI1), ATSUSHI MATSUO1), KOJI SHOMOTO1), KOJI NAGINO2), KENTARO TOKUHISA2), KAYO TSURUTA2)
1) Department of Physical Therapy, Faculty of Health Science, Kio University: 4–2–2 Umami-naka, Koryo-cho,
Kitakatsuragi-gun, Nara 635-0832, Japan. TEL +81 745-1601 E-mail: [email protected]
2) Department of Rehabilitation, Nishiyamato Rehabilitation Hospital
Rigakuryoho Kagaku 23(1): 61–65, 2008. Submitted Jul. 3, 2007. Accepted Aug. 15, 2007.
ABSTRACT: We conducted Moseley’s motor imagery program (MIP) for a patient with left upper limb complex
regional pain syndrome type 1 (CRPS1) after right thalamic hemorrhage. The treatment aims at activation of cortical networks that serve the affected limb. The MIP consists of three different interventions 1) hand laterality cognition task, 2) imaged hand movement, and 3) mirror therapy. We investigated the effect of MIP using a single-case study design. The results showed pain relief during the MIP period, and the effect was maintained during the follow-up period. Body-schema assessed by affected hand tracing at pre-MIP changed to a more detailed picture post-MIP. We suggest the MIP altered the disrupted body-schema, and improved central pain due to cortical abnormalities.
Key words: stroke, CRPS type 1, motor image
要旨:右視床出血により左上肢のComplex regional pain syndrome type 1(CRPS1)を呈した1症例に対し,Moseleyの運 動イメージ・プログラム(Motor imagery program: MIP)を実施した。MIPは3種類の介入(1.手の左右認知,2.患 手の運動イメージ,3.Mirror therapy)で構成されており,皮質ネットワークの賦活を目的としたものである。介入効 果は一事例研究デザインにて検証した。結果としては,MIP実施期間に特異的な疼痛軽減が認められ,その効果はMIP 終了後も持続していた。また患手の模写による身体図式の評価ではMIP後,より詳細な描写に変化した。これらのこ とからMIPは脳卒中後CRPS1患者の身体図式を変化させ中枢性の疼痛軽減効果を持つ可能性が示唆された。 キーワード:脳卒中,CRPS,運動イメージ 1) 畿央大学 健康科学部理学療法学科:奈良県北葛城郡広陵町馬見中4-2-2(〒639-0214) TEL 0745-54-1601 2) 西大和リハビリテーション病院 リハビリテーション部 受付日 2007年7月3日 受理日 2007年8月15日
で診断・治療ともに難しい病態である4,5)。 CRPS1では交感神経活動異常などの末梢レベルの病態 と,幻肢痛や脳卒中後に観察される一次感覚野の表象領 域 の 縮 小 や 身 体 図 式 の 異 常 が 生 じ る6)と さ れ て い る。 CRPS1に対する理学療法アプローチとしては,自動運動 を主体とする関節可動域訓練(ROM ex),温熱療法,温 冷交代浴,星状神経節近傍への低反応レベルレーザー治 療(LLLT)7)などのアプローチが主体である。近年,皮 質ネットワークの異常による難治性疼痛へのアプロー チとして,Mirror therapy8)が注目されており,幾つかの 研究ではCRPS1に対してもその有効性が報告されてい る9-12)。McCabeら10)は外傷後もしくは明らかな誘因の無
い下肢CRPS1患者に対しMirror visual feedbackを行い,初 期CRPS1患者(発症後8週以内)において鎮痛効果が得 られたと報告している。彼らの報告では中間期および慢 性期の患者においては介入効果が明らかではなかった ことから,Moseley11,12)はこれらの患者に対しては,賦活 させる皮質領域を考慮した介入が必要であると主張し, 運動を伴わない認知課題から開始する3段階の運動イ メージプログラム(MIP)を考案した。そして,外傷後 6ヶ月以上経過した慢性期CRPS1患者にMIPを実施し, 対象群と比較して有意な疼痛軽減が認められたと報告 している。しかし,これらの先行研究は主に外傷後CRPS1 患者を対象としており,脳卒中後の麻痺側上肢に生じた CRPS1患者を対象としていない。 そこで今回,視床出血後にCRPS1と診断された1症例 を対象にMIPを適用し,その有効性を検証した。 II. 症例紹介 症例は平成17 年 6 月に右視床出血を発症し A リハビ リテーション病院にて入院理学療法が実施されていた 7 4 歳女性である。認知機能は M i n i - m e n t a l s t a t e examination(MMSE):25 点と比較的良好であり,運動 麻痺もBrunnstrom recovery stage で左上下肢・手指ともに stage 5 と軽度であった。また身体失認などの明らかな 限は徐々に進行していった。理学療法は愛護的な手指 ROM 運動と上肢課題運動を中心にアプローチしてい たが,症状の軽減が認められず,左星状神経節近傍に 対するLLLT を追加した。しかし,約 1ヶ月間の実施に も関わらず疼痛軽減が認められなかったため,MIP を 開始した(診断後約3ヶ月)。尚,MIP 開始に際しては 先行研究での知見を含めた充分な説明を口頭で行い, 自由意思にて同意を得た。 III. 評 価 評価は疼痛,上肢機能,示指ROM,握力,上肢表面 温度,身体図式に関して実施した。研究プロトコルは一 事例研究デザインであるA-B-Aデザインに従い,2週間 の基礎水準期と3週間の操作導入期に設定した。評価は 基礎水準期としてMIP開始前2週間,操作導入期として MIP開始前後,第二基礎水準期として2週間のフォロー アップ時に実施した。疼痛評価は左手の安静時痛の程度 をVisual analogue scale(VAS)を用いて測定し,介入前 後の即時的変化および経時的変化を記録した。上肢機能 の評価には簡易上肢機能評価(STEF)を用いた。握力 はデジタル握力計にて計測し,示指ROM測定は角度計 を用いた。上肢表面温度はサーモグラフィー(富士通特 機システム社製インフラアイ210)を用い,手掌面にお ける介入期間中の温度変化を左右で観察した。温度変化 はMIP前後及びフォローアップ時における安静時の5分 間連続測定とし,最大値と最小値,平均値を記録した。 患手の身体図式については患手をイメージで模写する 事により評価し,MIP後の描写変化を観察した。また, 介入期間中における投薬量の変化も調査した。 IV. 運動イメージ・プログラム(MIP) MIPは①手の左右認知,②手の運動イメージ,③Mirror therapyの3つのステージで構成されており(図1),各ス テージを1週間,合計3週間のプログラムで実施した。
MIP実施期間中,その他の理学療法プログラムは愛護的 な上肢ROM exおよび歩行訓練を中心とし,プログラム の変更は行わなかった。 ① 手の左右認知 テーブル前に椅子座位をとっている症例に対して,異 なった手のポーズを撮影した32枚の右手と左手の写真を 無作為に提示する。症例は写真を見てから出来るだけ早 く提示された写真が右手のものか左手のものかを答え るように指示された。本課題における回答までの平均時 間は5.15秒であり,誤答数は8~16回の範囲であった。 ② 手の運動イメージ 左右認知課題と同様に,異なった左手のポーズを撮 影した16枚の写真を無作為に提示し,患手を提示された 写真と同じポーズに動かすイメージを3回実施した。こ の課題ではイメージする時間よりもリアルで正確な動 きをイメージするように指示した。 ③ Mirror therapy ダンボール製の箱の中央に鏡を垂直に立てて2つの区 画に分けられたミラーボックスを作成した。患肢を鏡の 背面,非麻痺手を鏡の前面に置き,非麻痺手の鏡像が患 手の運動に見えるように配置した。症例は手指屈曲,伸 展および対立などを組み合わせた運動課題を非麻痺手 の鏡像を見ながら15分間実施するように指示された。 V. 結 果 VASにより評価した安静時痛の程度はMIP実施期間に 特異的な改善傾向を示した。即時的な疼痛の軽減効果は 基礎水準期においても各セッション前後で認められて おり,MIPによる影響は明らかではなかった(図2)。MIP 終了後のフォローアップ期間では若干,VAS値が上昇す る日が認められたが,ベースライン時に比較して改善傾 向は持続していた。STEF得点はMIP実施後に改善が認め られたが,フォローアップ後は再び初期評価時のスコア に減少した(初期:75点,MIP終了時:84点,フォロー アップ時:74点)。握力は研究期間中に大きな変化は認 められなかった。示指ROMは屈曲で改善が認められた が,伸展可動域は最終的に減少した(表1)。サーモグラ フィでは非麻痺側に比較して患手の皮膚温上昇は確認 できたが,介入期間に特異的な変化は認めなかった(表 2)。患手の描画による身体図式の評価では,初期評価時 の非現実的な描写に比較してMIP終了時は,手指の描写 図1 Motor Imagery Program(MIP)の各ステージ
*1:左右の異なるポーズを撮影した32枚の写真を無作為に提示 し,左右どちらの写真かを出来るだけ早く答える. *2:提示された写真と同じポーズをとる運動イメージを想起 する. 図2 安静時VASの即時的および経時的変化 表1 MIP 介入前後における各評価項目の変化 MIP MIP フォローアップ 開始前 終了時 終了時 STEF(点) 75 84 74 示指MP 屈曲 65 75 80 示指MP 伸展 – 20 0 – 15 握力(kg) 6.0 6.9 6.1 表2 サーモグラフィによる上肢表面温度変化(℃) 右最高 右最低 右平均 左最高 左最低 左平均 MIP開始前 35.6 33.5 34.6 36.2 33.7 35.0 MIP終了時 35.0 32.5 33.8 36.1 34.2 35.2 フォロー 35.6 32.9 34.3 36.1 34.9 35.5 アップ終了時
や位置関係などリアルに描写される部位が多くなって いた(図3)。また研究期間中に明らかな投薬量の変化は 認めなかった。ADL面に関しては,BIの得点には改善を 認めなかったが,動作に対して積極的に患手を使用する 場面が認められる様になった。 VI. 考 察 幻肢痛やCRPSに代表される難治性疼痛に対する介入 法として,運動イメージを用いた介入が近年注目されて いる。運動イメージが疼痛軽減作用をもたらす理論的背 景は慢性疼痛による運動意図と期待される感覚・視覚 フィードバック間のミスマッチ13)の修正と,変化した身 体図式の修正と解釈されており,Ramachandran8)は鏡像 での錯覚により幻肢をコントロールする重要性を述べ ている。しかし,Moseley11)は慢性期CRPS1患者に対す るMirror therapyは異常な侵害受容ネットワークを強化す るために適切ではないとのMcCabeらの報告10)から,賦 活する皮質領域に段階制を持たせたMIPを考案した。そ してMIPの初期プログラムには運動野を直接賦活せずに 運動前野を中心にアプローチする手指左右認知課題を 導入した。Parsons14)はImaging studyにより,手の左右認
知は運動前野を賦活したが,一次運動野は賦活されな かったことを報告している。第2段階の手の運動イメー ジは運動前野に加えて,一次運動野を賦活するものであ り,第3段階では実際の運動課題と運動イメージとの組 み合わせであるMirror therapyへと進められる。 今回,Moseley11,12)のMIPを視床出血後CRPS1の1症例 に適応し,介入期間に特異的な疼痛の軽減効果が認めら れた。これは皮質ネットワークの段階的活性化による身 脹の軽減が認められていたが,日間変動があり,サーモ グラフィによる評価日にその変化を捉えきれなかった ためと考えられる。 近年,無作為化コントロール試験12)が実施されたこと により,MIPの有効性に関しては根拠が高くなってきて いるが,Moseley自身もMIPの効果に関するメカニズム は明らかではないと述べている。STEF得点の介入期間 中の変化は疼痛軽減に対応した手指運動機能の変化と 思われるが,MIP終了後に初期評価時の点数に戻ってい たことに関しては,若干の拘縮進行による影響を受けた ものと考えられる。示指ROMの変化からも確認できる ように,手指伸展制限は初期評価時に比較して増大して いた。これは,外傷性CRPS1と異なり,運動麻痺を有す る症例では疼痛軽減と運動機能の向上が直接結びつき にくいことを示している可能性がある。本症例において もADL上での不使用状態が疼痛軽減によって大きく改 善しなかったことが原因と思われた。従って,今後この ようなケースにおいては,疼痛軽減が認められた場合, 直ちにADL改善を目指した課題特異的な運動療法を並 行して行う必要があると考えられる。MIPに含まれる3 種 類 の ア プ ロ ー チ(左 右 認 知,運 動 イ メ ー ジ,Mirror therapy)の中で,安静時VAS値の変化が手の左右認知か ら運動イメージ介入へと進んだ時に明確な低下を示し たことは注目すべきである。これは皮質ネットワークの 段階的活性化による身体図式の再構築が良好な運動イ メージ形成に貢献したものと考えられる。 以上のことから,MIPは外傷後のみならず脳卒中後 CRPS1に対しても有効な認知神経学的アプローチである ことが示唆された。しかし,シングルケースデザインに よる結果を一般化するには最低2例以上の結果が必要と されており15),対象群を設定したグループ比較研究によ る検証作業も今後は必要であると考えられる。 引用文献
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