石油業界におけるガスモニタリング
石油資源開発株式会社 技術研究所
早稲田 周
1. はじめに 石油の坑井においてはヘッドスペースガス法とよばれる方法によりカッティングスの吸着 ガスを採取,分析することが多い。この方法で坑井のほぼ全深度にわたってガス組成と炭素 同位体組成の連続的なデータを得ることによって,炭化水素の生成,移動,集積に関する情 報を得ることができる。また、最近は泥水検層のフローラインからガスを採取する方法も行 われている。本報告では石油資源開発株式会社技術研究所で実施している方法を中心に、試 料採取法、分析項目、分析法、データの解釈例について概要を報告する。2. 試料採取法
2.1. ヘッドスペースガス ヘッドスペースガス法の模式図を図 1 に示す。採取容器には従来ブリキ缶(ペンキ缶)を 用 い て い た が , 現 在 は 米 国 Isotech Laboratories Inc.(http://www.isotechlabs.com) と Humble Instruments & Services, Inc.( http://www.humble-inc.com)がヘッドスペースガス採取用に共同開発 したIsoJarTMと呼ばれるプラスチック製容器(容量 650ml)を使用している。坑井元において 約 300mlの未洗浄のカッティングスを入れた後,水を足し容器頭部に約 150mlの空間(ヘッド スペース)を残す。容器内での微生物活動によるガスの新たな生成を防ぐため殺菌剤(塩化ベ ンザルコニウム水溶液)を数滴加えた後,金属キャップで確実にシールし実験室に運搬する。 実験室では超音波洗浄機を用いてカッティングスに吸着したガスを超音波で抽出し、容器の ヘッドスペースに移動させる。試料の採取間隔は任意であるが、通常 50mごとに採取し、貯 留層部分ではより密なサンプリングを行う場合が多い。 2.2. マッドガス マッドガス試料採取法の模式図を図 1 に示す。ガス採取は既存の泥水検層のフローライン を利用する。サンプリング・マニフォールドをフローラインの途中に設置し、IsoTubeTM(米国Isotech Laboratories, Inc.)と呼ばれる内容量 110cm3のシリンダー型の容器をマニフォールド
にセットする。掘削中はIsoTubeにマッドガスが常時流れている状態にする。ガスの流路をマ ニフォールドに組み込まれたバイパスラインに切り替えることにより、IsoTubeをとりはずす
と、その時点で流れていたマッドガスが採取される。試料の採取間隔は任意であるが、泥水 検層のデータをみながら通常は 50mに 1 試料程度、貯留層区間や炭化水素濃度の上昇が認め られた区間では密に試料を採取する。 図 1. マッドガスおよびヘッドスペースガス採取法模式図
3. 分析項目
ガス組成:O2, N2, CO2, CH4~CH6 炭素同位体組成:CH4, C2H6, C3H8, i-C4H10, n-C4H104. 分析法
容器からガスをシリンジで抜き取り,ガスクロマトグラフによりガス組成を測定する。ガ ス組成は現場の泥水検層でほぼ連続的にデータが得られるが、実験室では高精度の装置で測定す るため、泥水検層データよりも高い精度のガス組成データが得られる。その後,メタン、エタン, プロパン,ブタン,二酸化炭素について,分析が可能な濃度を含有している場合は,炭素同 位体組成を測定する。 炭素同位体組成の測定は,ガスクロマトグラフ,燃焼炉,質量分析計がオンラインで接続され た装置(ガスクロマトグラフ燃焼安定同位体質量分析計;GC-C-IRMS)を用いる。ガスクロマト グラフでメタン~ブタンの炭化水素は分離され、それぞれ二酸化炭素に変換されたあと、質量分析計に導入され炭素同位体比(13 C/12C)が測定される。測定結果は国際標準試料(PDB;Peedee Belemnite)からの偏差を示すδ値(δ13 C)で表す。単位は千分率‰(パーミル)である。炭素同位 体組成が測定可能な下限濃度は、石油資源開発(株)技術研究所の装置(GVI社IsoPrime)の場合、 メタンと二酸化炭素が 50ppm、エタンが 30ppm、プロパンが 20ppm、ブタンが 15ppm程度である。
5. データの解釈
5.1. 炭素同位体組成から得られる情報 天然ガスの炭素同位対組成は同一試料でも炭素数ごとに異なる。メタン(C1),エタン(C2), プロパン(C3)の炭素同位体組成はそれぞれδ13C1,δ13C2,δ13C3で示される。ガスの炭素同位体 組成からは以下のような情報が得られることがこれまでのデータの蓄積・解釈によりわかっ てきた(早稲田ほか, 2002)。括弧内には解釈に使う主な指標を示す。 (1) 起源(微生物起源,熱分解起源)(δ13C1) (2) 移動による組成変化(δ13 C1, C1/(C2+C3)) (3) 熱分解ガス成分の熟成度(δ13 C2, δ13C3) (4) 微生物分解作用(δ13 C3, i-C4/n-C4, C2/C3) (5) 微生物起源と熱分解ガスの混合(δ13 C1, δ13C2) (6) 異なる熟成度で生成したガスの混合(δ13 C2, δ 13 C3) 図 2 に日本の天然ガスにおけるメタンの炭素同位体組成と炭化水素組成の関係を示す。生 物起源ガスは微生物起源ガスとケロジェンの熱分解起源ガスに分かれる。これら二つの起源 のガスは,炭化水素の組成比もメタン炭素同位体組成も異なる。C1/(C2+C3)比が高く(通常 1,000 以上),メタン炭素同位体組成が軽い(通常-60‰以下)ガスは,一般に微生物による有 機物の分解で生成したガスとみなされる。一方,C1/(C2+C3)比が低く(通常 100 以下),メタ ン炭素同位体組成が重い(通常-50‰以上)ガスは,一般にケロジェンの熱分解起源ガスとみ なされる。地表ガス徴試料の多くは、メタン炭素同位体組成が-50‰以上で熱分解起源ガスを 示すにもかかわらず、C1/(C2+C3)比は通常の油・ガス田のガスよりも高く微生物起源ガスに近 い値を示す。これらの試料は、深部で生成した熱分解起源ガスが地層中を地表まで移動する 間に,ガス組成のみが分別したものと解釈できる。細粒堆積物を長距離・長時間ガスが移動 した場合,通常,炭素同位体組成は一定のまま,C1/(C2+C3)比が上昇する。図 2. 炭化水素組成とメタン炭素同位体組成による天然ガスの起源分類(Waseda & Iwano, 2008) 5.2. シール評価、油・ガス層の検知 組成の層準変化から,炭化水素の移動・シール・貯留状況などに関しての推定が可能であ る。例として,秋田県本庄市南東に位置する鮎川・由利原油・ガス田の周辺で掘削された坑 井の分析結果を図 3 に示す(早稲田・岩野, 2007)。ガスの起源は下部天徳寺層における微生 物起源主体のガスから深度とともに熱分解ガスの割合が高くなり,女川層以深では,熱分解 起源ガス主体になっている。女川層On-1 層のガスはi-C4/n-C4比が高いこと,プロパン炭素同 位体組成が重いことから,微生物分解作用を受けていると判断される。炭素同位体組成の深 度化からオパールCT/石英の続成境界をシールとして女川層On-1 層が貯留層を形成している ことや,西黒沢層の玄武岩貯留層BI層とBIII層が組成的に異なっており,別の貯留層を形成し
ている(BIII層の熟成度がBI層よりも高い)ことがわかる。
図 3. へッドスペースガス,テストガス分析結果
5.3. 高密度マッドガス同位体検層
ガスの炭素同位体を深度に対して高密度で分析することによって、炭化水素のシールや油・
ガス胚胎層準を高精度で検知することが可能になる。Ellis et al. (2003) は、この方法をマッドガ
ス同位体検層(Mud gas isotope logging)と呼んでいる。図 4 はカナダ・アルバータ堆積盆にお
ける高密度マッドガス同位体検層の例である。炭素同位体組成の変化は本堆積盆の主要なシ ール層準が有効かどうかを判別するデータとして使われている。 通常の泥水検層によるガス徴の検知は、泥水比重変化の影響を受ける。一方、炭素同位体 組成は泥水比重変化の影響を受けない。図 5 に、マッドガス炭素同位体組成による油・ガス 層検知の概念を示す。通常の泥水検層では泥水比重との関係から油・ガス徴が検知できない 場合や、検知されても微生物起源のガスで、少量のガスの貯留しか期待できない場合がある。 このような場合に、炭素同位体データは油・ガス層の判定に有効なデータを提供する。
図 4. マッドガス同位体による油・ガス胚胎層検知の概念 (http://www.terranovatech.net/mgil.shtml を改変)
図 5. マッドガス同位体組成の深度変化からみた西カナダ堆積盆における主要シールの有効性推 定(Tilley et al., 2002)
6. 文献
Ellis, L., Brown, A., Schoell, M. and Uchytil, S. (2003) Mud gas isotope logging (MGIL) assists in oil and gas drilling operations. Oil & Gas Journal, 101, Issue 21 (May 26), 32-41.
Igari, S. and Sakata, S. (1989) Origin of natural gas of dissolved-in-water type in Japan inferred from chemical and isotopic compositions: Occurrence of dissolved gas of thermogenic origin. Geochemical Journal, 23, 139-142.
Tilley, B, Miller, R. and Muehlenbachs, K. (2002) Evaluation of the effectiveness of regional seals using carbon isotope mud gas depth profiles, west-central Alberta, Canada. AAPG Hedberg Research Conference: December 1-5, 2002, Barossa Valley, South Australia Abstract p. 82.
早稲田 周・岩野裕継 (2007) ガス炭素同位体組成による貯留層評価. 石技誌, 72, 585-593. Waseda, A. and Iwano, H. (2008) Characterization of natural gases in Japan based on molecular and carbon
isotope compositions. Geofluids (submitted)
Waseda, A. and Uchida, T. (2004) The geochemical context of gas hydrate in the Eastern Nankai Trough. Resource Geology., 54, 69-78.
早稲田 周・岩野裕継・武田信從 (2002) 地球化学からみた天然ガスの成因と熟成度. 石技誌, 67, 3-15.