マウス精巣への in vivo 遺伝子導入による
外来遺伝子の発現の検討
鈴 木 真梨子,正 田 朋 子,平 田 修 司,星 和 彦
山梨大学大学院医学工学総合研究部産婦人科学講座要 旨:最近,重篤な乏精子症や精子無力症の重症男性不妊症例でも,卵細胞質内精子注入法 (intracytoplasmic sperm injection,ICSI)の技術によって児を得られるようになった。しかし,そ の児が男児の場合,精子の数的もしくは機能的な異常形質が遺伝する可能性がある。このような症 例に,正常遺伝子を導入し精子の形態・機能を正常化して ICSI を行うことで,子孫への遺伝を抑 止する治療法の開発が期待される。本研究では対象遺伝子として,精子頭部の構造物である micro-tubule manchette の形成に関わる Hook1 遺伝子を利用し,まず,Hook1 蛋白の発現を目的として, Hook1 遺伝子のプロモーター領域を特定し,クローニングした。この遺伝子を用いて,電気穿孔
法(electroporation 法)1–3)を施行し,in vivo マウスでの精巣への遺伝子導入法を確立することに
より,外来遺伝子が特定細胞においてのみ発現可能なことを明らかにした。
キーワード Hook1 遺伝子,電気穿孔法,遺伝子治療,精子形成細胞
はじめに
1978 年に世界で初めてのヒト体外受精胚移 植(in vitro fertilization, IVF-ET)が行われ,そ の後,1992 年には卵細胞質内精子注入法(in-tracytoplasmic sperm injection, ICSI)が成功し て以来,生殖補助医療技術(assisted reproduc-tive technology, ART)の進歩は著しい。近年, 重症乏精子症や精子無力症などの重症男性不妊 症において射出精子もしくは精巣内精子を用い て ICSI を行うことにより,多くの妊娠成功症 例が得られている。また,精子形成障害がある 症例では,円形精子細胞もしくはそれよりも未 熟な精母細胞を利用した ICSI が試みられてい る。しかし精子形成関連遺伝子の異常のために 成熟精子が形成されない遺伝子異常症例では, 児を得られたとしてもそれが男児だった場合, その形質が児に伝搬する可能性がある。このよ うな遺伝の防止策については未だ十分に研究さ れておらず,今後解決すべき重大な問題である。 このような遺伝子そのものの欠失や発現に異常 のある症例に対して,正常遺伝子の導入により 精子の形態・機能を正常化し,しかも子孫への 伝搬を断ち切ることができる治療法の開発が期 待される。本研究は,このような治療法の開発 に向けた基礎的研究として,精子形成過程で特 異的に発現する Hook1 遺伝子のプロモーター 領域のクローニングに成功した。この遺伝子を 用いて,電気穿孔法(electroporation 法)1–3) を施行し,in vivo マウスでの精巣への遺伝子導 入法を確立した。これは,将来的に「特定段階 の精子形成細胞のみに外来遺伝子を発現させる こと」を目的としたものである。 〒 409-3898 山梨県中央市下河東 1110 受付: 2008 年 12 月 15 日 受理: 2009 年 9 月 29 日
原 著
材料および方法 1.マウス Hook1 遺伝子 雄性不妊を呈する azh ホモ接合体(azh -/- ) のオス C57BL/6J マウスで,精子頭部形成に重 要な構造物である microtubule manchette の形 成に関与する Hook1 遺伝子4)の異常により, 精子の形態異常が生じる5,6)。マウス Hook1 遺 伝子は,第 4 染色体上に存在し,22 個のエキ ソンから構成されている(図 1)。Azh -/- オス マウスは,これらのエキソンのうち,エキソン 10 および 11 が欠失している。 2.マウス 正常マウスとして B6D2F1系オスマウスの精 巣を使用した。 なお,本研究の動物実験は,山梨大学医学部 の動物実験委員会の承認を得た後に,山梨大学 医学部の定めた動物実験指針に則って実施し, 動物を研究に用いることに対する十分な倫理的 および愛護的配慮を払って施行した。 3.プラスミド DNA 第一に,サイトメガロウィルス(CMV)プ ロモーターとミトコンドリアシグナル cDNA および yellow fluorescent protein(YFP)cDNA を 有 す る p E Y F P - m i t o プ ラ ス ミ ド ベ ク タ ー (pCMV-YFP)(Cat
No.6115-1,Clontech,Moun-tain View,CA,U.S.A.)を使用した。 第 二 に , こ の pEYFP-mito ベクターより, 584 bp の CMV プロモーター領域およびミトコ ンドリアシグナル cDNA 領域を排除し,同部 に 精 子 形 成 細 胞 に 特 異 的 に 発 現 す る マ ウ ス Hook1 遺伝子のプロモーター領域を挿入した プラスミド(pHP-YFP)を構築した。マウス Hook1 遺伝子のプロモーター領域は,その塩 基配列よりエキソン 1 に存在する転写開始点よ り上流 740 bp から転写開始点の下流 100 bp ま 図 1.「Hook1 遺伝子の構造およびプライマー塩基配列」
Hook1 遺伝子の構造を示す。Hook1 遺伝子は 22 個の exon から構成され,5’- 側には microtubule (MT)結合領域が,3’- 側にはオルガネラ(O)結合領域が存在する。また,設計した 4 つプライ
でと推定し,マウス精巣 DNA を鋳型とした polymerase chain reaction(PCR)法を用いて 増幅した。PCR には,センスプライマー HPs およびアンチセンスプライマー HPas を使用し た ( 図 1)。 増 幅 し た Hook1 promoter DNA (HP DNA)を,制限酵素 AseI および BamHI を使用して切断した pEYFP-mito ベクターに挿 入して pHP-YFP を構築した。Hook1 遺伝子プ ロモーターは精子形成細胞内でのみ活性がある ため,遺伝子が導入された細胞のうち,精子形 成細胞でのみ YFP 遺伝子が転写・翻訳され, 黄 緑 色 の 蛍 光 を 発 す る こ と が 予 想 さ れ る 。 pHP-YFP は Hook1cDNA 領域が挿入されてい ないので,今回クローニングした promoter 部 位が有効なプロモーター活性を有するか否かの 検討が可能となる。
第三に,Hook1 promoter DNA(HP DNA) の下流に Hook1 cDNA および YFP cDNA をタ ンデムに連結したプラスミドベクター(pHP-HK-YFP)を構築した。この Hook1 cDNA は, Hook1 遺伝子の翻訳領域であるエキソン 1 か らエキソン 22 の全長を有しており,azh -/- マ ウスにおける欠失部分であるエキソン 9 の 3’-側からエキソン 11 の 5’- 側までを補うものであ る 。 Hook1 cDNA をクローニングするため, センスプライマー HCDs およびアンチセンスプ ライマー HCDas を使用して,精巣 tatol RNA を 鋳 型 と し て reverse transcription (RT)-PCR を施行した(図 1)。これにより,Hook1 pro-moter 領域の下流に,増幅された Hook1 cDNA の全長が挿入された pHP-HK-YFP が導入された 細胞ではプロモーターが活性化すると,YFP cDNA が転写・翻訳され黄緑色の蛍光を発する とともに,Hook1 タンパクが合成されること が予想される。 4.in vivo 電気穿孔法 8 週令 B6D2F1系オスマウスについてエーテ ル吸入麻酔下に開腹し,直視下にてそれぞれ別 の 個 体 に 10 µg/testis の各プラスミド DNA (pCMV-YFP,pHP-YFP,pHP-HK-YFP)を精細 管網に径 85 µm のガラスピペットでマイクロ マニュピュレーターを用いて注入し,電気穿孔 法(electroporation 法)(30 V,50 msec を 90 ° 交差する方向で 2 方向 2 回ずつ)(Electro Pora-tor,BTX 社,Hawthorne,NY,U.S.A.)によ る in vivo 遺伝子導入を行った。さらに,72 時 間後に屠殺し,精巣を摘出した。 5.共焦点レーザー顕微鏡による観察 プラスミド DNA(pCMV-YFP,pHP-YFP, pHP-HK-YFP)を遺伝子導入した精巣を摘出後, 蛍光部分が極めて限局しているため,まず未固 定のまま全体像を観察し,蛍光発現部位を同定 した。その後,同部位で凍結切片を作成し,共 焦点レーザー顕微鏡を用いて,蛍光を観察した。 さらに,隣接切片を用いて HE 染色を施行し, 蛍光発現細胞を確認した。 結 果 p C M V- Y F P プ ラ ス ミ ド が 導 入 さ れ る と , CMV プロモーターが活性化し YFP 遺伝子が転 写・翻訳され,細胞内のミトコンドリアが黄緑 色の蛍光を発する。導入した精巣においては, 曲精細管内の広汎な範囲で,YFP の発現を認め る細胞が確認された(図 2(A),(B))。また, 切片においても精細管の広い範囲で YFP の発 現が認められた(図 2(C),(D))。 pHP-YFP を導入した精巣では,Hook1 遺伝 子プロモーターは精子形成細胞内でのみ活性が あるため,遺伝子が導入された細胞のうち,精 子形成細胞でのみ YFP 遺伝子が転写・翻訳さ れ,黄緑色の蛍光を発することが予想される。 YFP 陽性細胞は精細管の限局した部位に局在し ていた(図 3(A),(B))。切片でも,精細管の 二次精母細胞以降の精子形成過程細胞に YFP の蛍光発現が認められた(図 3(C),(D))。精 原細胞や成熟精子での発現は見られなかった。 p H P - H K - Y F P を 導 入 し た 精 巣 で は , Y F P cDNA が転写・翻訳され黄緑色の蛍光を発する とともに,Hook1 タンパクが合成されること
が期待される。pHP-HK-YFP を導入した精巣で は,曲精細管の一部に YFP の発現が認められ た(図 4(A),(B))。Hook1 タンパクは,step8 以降の精子細胞で合成されることが知られてい るが,Hook1 プロモーターが精子形成の特定 の段階でのみ機能していることが示唆された。 考 察 哺乳動物の体細胞への遺伝子導入,また,そ れを利用した遺伝子治療は,最近広くおこなわ れるようになってきた。しかしながら,生殖細 胞に対する遺伝子導入は安全性の面のみなら ず,遺伝子導入の確率が低い点など問題が多く, 遺伝子異常によるヒト男性不妊症,特に精子形 成過程における障害に対する有効な治療法はい まだ確立されていない。 精子形成過程は,複雑なシステムから成立し ている。精原細胞は自己増殖を繰り返している が,一方で一定の周期で精母細胞に分化し,そ の後,減数分裂を終了し,成熟精子となる。従 来,精巣への遺伝子導入法にはアデノウイルス もしくはコクサッキー B ウイルスベクターを 利用した感染による導入法がおこなわれてきた が,生殖細胞への安全性については不明な点が 多い7)。1997 年に電気穿孔法による精巣への遺 伝子導入が報告され1),2000 年には,精細管内 へ green fluorescent protein(GFP)遺伝子お よび CMV プロモーターを有した DNA の導入 法が確立された8)。また,精巣で特異的に発現 する protamine 1 プロモーター9)や heat shock testis-specific 遺伝子(hst70)のプロモーター10) 図 2.「pCMV-YFP 導入曲精細管」 光学顕微鏡(A)および共焦点レーザー顕微鏡(B)による曲精細管の全体像。 (B)矢印に,発現した蛍光タンパクを認める。 曲精細管切片標本の HE 染色(C)と共焦点レーザー顕微鏡像(D)。 精細管内の細胞に蛍光タンパクが見られる(D)。 (D)矢印に,発現した蛍光タンパクを認める。
図 3.「pHP-YFP 導入精細管」 光学顕微鏡(A)および共焦点レーザー顕微鏡(B)による曲精 細管の全体像。 (B)矢印に,発現した蛍光タンパクを認める。 曲精細管切片標本の HE 染色(C)と共焦点レーザー顕微鏡像(D)。 (D)矢印に,発現した蛍光タンパクを認める。 図 4 .「pHP-HK-YFP 導入精細管切片」 光学顕微鏡(A)および共焦点レーザー顕微鏡(B)による曲精細管の全体像。 (B)矢印に,発現した蛍光タンパクを認める。
を有する遺伝子の導入も報告されている。そこ で,今回は遺伝子導入法として電気穿孔法を用 いた結果,効率良く in vivo で精細管内の種々 の細胞に DNA を導入し得ることが明らかとな った。 本研究では,精子頭部の形態形成に関与する Hook1 遺伝子6)を利用した。Hook1 遺伝子は, 精子形成過程において精母細胞より発現し精子 頭 部 の microtube manchette の 形 成 に 関 与 す る。この遺伝子のプロモーターならびに YFP cDNA を接続したプラスミドを用いて,精細管 内に導入した結果,精子形成細胞にのみ,しか も分化過程の特異的な期間にのみ限局して,細 胞内で特異的に外来遺伝子を発現させることが 可能であることが明らかになった。さらに,翻 訳領域の Hook1 cDNA を接続することにより, 導入された細胞内で Hook1 遺伝子を合成し得 る こ と を 確 認 す る 必 要 が あ る 。 合 成 さ れ た Hook1 蛋白により,異常精子の合成が修復さ れ,正常精子が作出されることを目的とするが, 導入精子の数は極めて少ないことが推測される ため,遺伝子導入効率の上昇が,今後の課題で ある。 種々の遺伝子の点変異や欠失に基づく遺伝性 疾患に対して,遺伝子の異常部分に対応した正 常遺伝子の DNA 断片を遺伝子導入して治療を しようという試みが世界的に行われてきている が,現在のところ異常遺伝子が正常化する確率 が極めて低いため,それを治療に応用すること は困難な状況である。本研究では,安全性が高 い電気穿孔法を利用して,生殖細胞に遺伝子を 導入し,外来遺伝子を特異的な細胞でのみ発現 させることが可能であることを明らかにした。 文 献
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Studieds on the Expression of the Extreinsic Gene by in vivo Transfection into the Murine Testis
Mariko SUZUKI, Tomoko SHODA, Shuji HIRATA and Kazuhiko HOSHI Department of Obstetrics and Gynecology, Interdisciplinary Graduate School of Medicine and
Engineering, University of Yamanashi
Abstract: Recently, the severe oligospermatozoa or azospermatozoa has been successfully treated by the intracyto-plasmic sperm injection (ICSI). However, in the patient whose spermatogenesis is hindered by genetic reason, the sperm abnormality will be herited to his next generation. If the spermatogenesis could be normalized by the specific-gene transfer into the spermatospecific-genetic cells in the testis, the phenotype of the male infertility will not be inherited to the offspring. For this purpose, we cloned the promoter region of gene encoded Hook1 that constructed the micro-tubule manchette in the sperm head. We had transferred the plasmid cDNA containing the promoter region to the mice testis and fluorescent protein cDNA by the electroporation (EP) in vivo. We demonstrated that, using this tech-nique, the specific gene could be expressed in the spermatogenetic cells.