素材物性学雑誌 第27巻 第½号 (2016年 3 月) 6 1. はじめに 超音波を用いた非破壊試験の一つに,固体中のき裂の検出が ある。き裂は開口き裂と閉口き裂に大別され,開口き裂につい ては従来の探傷などの方法により検出が可能であるが,構造物 や工業製品内部など固体中に生じる閉口き裂も,微視的にはき 裂面に接触点がランダムに分布しており非接触点においてもそ の間隔がnmオーダー以下のものが混在し,その場合,接触が 点であっても超音波がき裂部を透過するため,き裂の検出が困 難となる。 近年,閉口き裂を検出する技術として,接触非線形超音波 (CAN : Contact Acoustic Nonlinearity)を利用する手法が注
目されている[1]。CANは,閉口き裂にき裂の開口幅と同等か それ以上の変位を有する大振幅超音波を入射すると,ある音圧 以上でき裂面が開口し,その後接触境界面が接触,開口を繰り 返しながら振動することにより伝搬する音波に大きな波形ひず みが生じ,結果として高調波成分が生じる現象である。これま でに,上述のような超音波を用いたCANなどの非線形振動か ら発生する高調波検出による閉口き裂の検出については研究が 行われているが[2],物体内部での音波の挙動や高調波発生位置 の空間的な推定などは報告されていない。また,超音波を用い る非線形振動成分の測定では,探触子内部の接合層の影響や, 探触子と固体表面の接合状態による影響を受ける恐れがあり[3], 高調波成分の発生カ所の同定が課題となっていた。 本論文では鉄などの金属と音響特性が類似していて,内部が 可視化できるガラスを試料として,超音波によるレーザー光の 偏向現象を用いて,固体試料内のき裂の検出と位置の同定を行 う方法について述べ,き裂検出に有効な情報を得ることを目的 とする。 2. 測定原理 媒質中を伝搬する縦波超音波は伝搬方向に対しての疎密波の 伝搬であるため,光学的には音波の伝搬方向の屈折率の変調を しながら音波が進行していることになる。図 1 に示すように音 波の伝搬方向と垂直にそのスポット径が音波の波長 に比べて 十分小さいレーザービーム光を入射させると,空間的に分布す る音波による周期的な屈折率勾配中を光が横切ることになるた め,レーザー光は音波により円弧上に偏向される。また超音 波の時間的変化に対して光の偏向角θも超音波の周波数で時間 的に変化するため,時間平均すると音波がない場合に比べて, レーザー光が音波の伝搬方向に広がっているように観察され る。レーザー光の音波による偏向は知られた現象であり,その 偏向角θは,正弦波超音波に対して次式のような関係にある[4]。 sinθ= 2πL dn p (1) λ dp ここで,pは音圧,Lは音波の幅,dn/dpは音波による屈折率変
研 究 論 文
光偏向法を用いた固体試料の内部き裂の 2 次高調波超音波検出の一方法
今 野 和 彦
* A Detecting System for the Crack in the Solid Material Using Light Deflection Method Kazuhiko IMANO†Light deflection method is introduced in the ultrasonic measurement system to detect and identify the position of the crack. Glass sample having opening and closed crack is used to demonstrate the usefulness of the method. Fundamental and second harmonic component including in the ultrasonic wave were analyzed by the deflected laser light via the APD sensor and signal analyzer. Second harmonic component increases at the tip of the crack and propagates around the tip of the crack is revealed. Possibility of quantitative evaluation of the sound pressure by the light deflection method is also demonstrated.
Key Words : light deflection method, crack, ultrasonic wave, higher harmonic wave, non-linear vibration
平成27年 3 月23日受付 ; 平成27年 5 月30日受理 *秋田大学工学資源学研究科 電気電子工学専攻
〒010‐8502 秋田市手形学園町1-1
†Department of Electrical and Electronic Engineering, Graduate School of Akita University 1-1 Tagata-gakuenmachi, Akita, 010-8502, Japan
素材物性学雑誌 第27巻 第½号 (2016年 3 月) 光偏向法を用いた固体試料の内部き裂の 2 次高調波超音波検出の一方法 7 化である。水中の場合,dn/dpは1.47×10-10[Pa-1]という値が 知られている[5]。屈折率nの変化は音圧の変化に比例している ので,十分な応答速度をもつ光センサで偏向角θの時間変化を 測定することにより超音波の音圧の情報が得られる。これは光 偏向法として知られており,実験でこれらを求められることは すでに報告されている[6][7]が,本論文ではこれらとは異なり, θの測定からではなく光センサから得られる時間波形の振幅か ら求める方法を適用する。すなわち,式(1)において,後述の ようにガラスを試料として用いる場合,例えば後述の実験を想 定して縦波音速を6300 m/s,後述の実験のように音波の周波数 が1.03 MHzのとき波長λは6.12 mm,となりL(振動子の幅)= 5.0×10-3mおよび音圧pを0.1 MPaとすれば,θ=0.07×10-3rad. となり,これを高精度で測定することは簡単でない。本論文で は後述のようにθを測定せずに,レーザー光の時間波形から測 定する方法[8],[9]を採用するために図 2 のような測定システム を構築した。図中で,レーザー(He-Ne)光(スポット径:50µm) は光量調整用の減光フィルタ(ND)で 1/16にされた後に試料 であるガラスに入射される。ガラス内を伝搬する音波で偏向さ れたレーザー光は直径1.5mmの受光面を持つ高速のフォトダ イオード(Avalanche Photodiode : APD)で受波される。上述 のように音波による光の偏向角θは小さく,APDでは偏向を 受けない成分と音波により偏向された成分が同一の受光面上で 受光されることになる。このうち偏向を受けていない成分は連 続したレーザー光であり時間的に強度は変化しない。一方,偏 向された光は図 1 のように 1MHzの周波数で音波の伝搬方向 に時間的に位相変調されているため時間的に変化する。これ らの性質は“光波マイクロホン”[8][9]と同様な考えに基づくも のと考えられる。本論文では音波によって偏向された成分と偏 向を受けない成分をAPDに接続される増幅器(図 2 中のAPD の後のAPD Module)の周波数特性において直流をカットし, 偏向を受けない成分を除去する方法を用いる。次節において, APDからの出力電圧時間波形の振幅と音波の音圧にどのよう な関係にあるのかについて述べる。 3. 音圧測定のための校正実験 APD出力電圧と音圧との間にどのような関係があるのかに ついて実験を行った。最初にAPD出力の校正を行う必要があ るが,MHz帯の音圧の校正を空中や固体中で行うことは簡単 でないため,標準マイクロホンが利用できる水中で行う方法 を採用した。音源や音波の周波数等は後述の実験と同様であ る。上述のシステムにおいて,ガラス試料を水槽に置き換え て,水中に超音波を放射し,音圧測定用の標準マイクロホンと APDの電圧出力の関係を測定した。すなわち,発振器 1(NF WF1974)からバースト正弦波40波を繰り返し周期10 msで発 振し,信号の電圧振幅を増幅器(NF HSA4101)で増幅して 共振周波数1.03 MHzの矩形型圧電振動子(富士セラミックス C-9 : 40mm×5mm×2mm)に印加することで水中に超音波 を送波する。次に,超音波が伝搬する領域に光源からレーザー 光を照射する。超音波領域を通過した光はAPDで受光され, 音波の影響を受けない透過光(直流成分)を広域フィルタで除 去した後に,偏向成分を増幅し,その出力はオシロスコープ (Agilent Infiniium 54845A)により観測される。ここで,レー ザー光の通過点の超音波音圧を感度校正されたマイクロホン (ニードル型ハイドロホン:センサノテクス 300/25/395)を水 中に挿入して受波し,出力は増幅器(東レ AK85)で増幅され た後,オシロスコープで波形が観測される。実験では,矩形型 圧電振動子への印加電圧振幅を 0~50 Vp-pで変化させて水中に 放射する超音波の音圧を変化させた。 図 3(a),(b)はそれぞれAPDおよびマイクロホンによる時 間波形である。図(b)からわかるように,マイクロホンの観測 ではしばしば電磁的な誘導やノイズが被測定信号に重畳される ことがある。これはマイクロホンのセンサ自体及び後続の増幅 器が高インピーダンスであるためで,ノイズを拾いやすいとい う性質に起因する。図(a)の光計測ではこのような電磁的な干 渉を受けにくいという観測上のメリットがある。図 4 はAPD 出力と音圧の関係を実験によって得たものである。図では横軸 Figure 2 Mesurement system using light deflection method.
素材物性学雑誌 第27巻 第½号 (2016年 3 月) 今野和彦 8 にマイクロホンによって測定される音圧を縦軸にAPD出力を 示しており,振動子からの距離を20と30mmに変えたものを示 しており,音波の伝搬に伴う振幅の減少の様子がわかる。図 3 (a)から明らかなように音圧波形を光学的に検出できると同時 に図 4 のように音圧とAPD出力の間にほぼ直線的な関係があ ることがわかる。この関係を利用すれば,APDの時間波形か ら大凡の音圧値も測定できることがわかる。 4. ガラスのき裂からの高調波の測定 本章の測定対象であるき裂を有するガラス試料の写真を図 5 (a),ガラス試料の外形を同図(b)に示す。また,き裂付近の 拡大図を(c)に示す。ガラス試料には導電性接着剤を用いて 矩形型圧電振動子を接着している。矩形型圧電振動子の共振周 波数は1.03 MHz,ガラス試料の縦波音速は6300 m/s,横波音速 は3700 m/sである。ガラス試料には図(c)に示すように上端 から52 mmの位置に,光の進行方向に19 mm,振動子の長さ方 向に26 mmの大きさをもつき裂が存在する。 図 2 のシステムにおいて,発振器から周波数1.03 MHzのバー スト正弦波10波の信号を発振し,バイポーラ増幅器で電圧振幅 を増幅した後,矩形型圧電振動子に印加することで,試料中に 超音波を放射する。光源からのレーザー光は,超音波領域を通 過し,APDで受光され,シグナルアナライザ(ベクトルシグ ナルアナライザ:VSA,Agilent 89441A)で得られた周波数 スペクトルから基本波成分及び 2 次高調波成分の電圧値得て図 4 の関係から音圧を求める。実験では,図 5(c)のようにガラ ス試料の上端から音波の伝搬方向に54 mm,き裂の下 2 mm, 光学ガラスの側面から 2 mmの地点を基準として,40 mmの範 囲を 1 mm間隔で測定を行った。実験では電圧振幅は120 Vp-p 一定とした場合とき裂の状態を変化させて高調波の変化を測定 するために図 6 のようにき裂の先端側(左側)を冷却スプレイー で冷却した場合について実験を行った。図のように冷却部は熱 収縮し,相対的にき裂の左端の開口部分はさらに開口すること によってき裂全体の状態を変化させた[10]。 ₅. 測定結果 電圧振幅120 Vp-pの場合の測定結果を図 7(a)に示す。図の 縦軸は,レーザー光をAPD出受光したときの出力電圧を基 準に取っている。図において,き裂はガラス試料の右端から 26 mmまでの範囲に存在する。図より 6 mm地点から 8 mm地 点の範囲で基本波の音圧が低いことがわかる。これは,6 mm 地点から 8 mm地点の範囲のき裂が開口しており,これが音波 の振幅より大きいため音波が透過できないためと考えられる。 また,図中に矢印で示したようにき裂部の前後の測定点におい て,基本波成分と 2 次高調波成分の音圧に 6 dB程度のの差が 生じた。この結果から,き裂の先端(右端)において 2 次高調 波成分が大きくなっており,この近傍では,微細閉口き裂の非 線形振動により 2 次高調波が増加していると推測される。さら に右側の部分も 2 次高調波成分が大きいままであるが,これは き裂先端で発生した 2 次調波成分が,球面上に周辺に伝搬して いるためと考えられる。
Figure 4 Relation of APD and hydrophone output(●, ▲ represent the distance between acoustic source and observation point).
Figure 5 Glass sample used in the experiments. (Crack is exists at the left center of sample)(a)dimensions (b)enlarged view of crack.
素材物性学雑誌 第27巻 第½号 (2016年 3 月) 光偏向法を用いた固体試料の内部き裂の 2 次高調波超音波検出の一方法 9 次に,光学ガラスを冷却し,圧縮した後の図 7(b)の結果を みると,ガラス試料圧縮後において基本波,2 次高調波の音圧 が冷却前よりも増加していることが確認できる。これは,冷却 によりき裂部先端が右側に進行し,き裂が目視できない領域に でも閉口微細き裂が非線形振動をするようになるためと推測さ れる。また,き裂前後における基本波と 2 次高調波の差は図(a) よりも大きくなっており,き裂先端の動向が 2 次高調波の大き さに大きく影響することがわかる。また,図 7(a),(b)から, 冷却によるガラスの圧縮前は27 mm地点で 2次高調波の音圧が 最大となるが,圧縮後は29 mm地点で 2 次高調波の音圧が最大 となることがわかる。すなわち 2 次高調波の最大となる点が右 側にシフトしていることになり,これは上述のようにき裂が右 側に進行し,閉口していた点が開口し,新たに 2 次高調波発生 源となるためと考えられる。 これらの結果から,光学的手法を用いることで,固体内部に 存在する微細き裂の非線形振動による 2 次高調波発生の可能性 を示すことができた。 6. おわりに 固体内のき裂の検出のための情報を得るために,ガラス試料 を用いて,き裂の近傍の挙動を光の偏向を用いた光学的な観測 法について述べた。この結果,き裂の中でも検出が難しいとさ れている閉口き裂の検出が 2 次高調波の観測から可能であり, 状態を変化させた場合の 2 次高調波のレベルの変化や発生位置 の変動などを観測できた。2 次高調波は開口していても接触点 があれば発生するが,き裂先端などき裂が開口から閉口に変化 していく付近で大きく発生し,周辺媒質中に拡散し伝搬すると 考えられる。 金属などの不透明な物質では,音響センサを試料の周辺に設 置してこれを移動して測定する必要があるが,2 次高調波の検 出によりき裂の存在は確認できる。音響センサの効率的な設置 のためには基本波と同様に 2 次高調波の伝搬の詳細について知 る必要がある。筆者らは光弾性法[11]やFEMなどの解析によっ てこれらを詳細に検討しているが,これらについては稿を改め て発表する予定である。 参考文献
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[11] 立石俊弥:光学的手法を用いた超音波音場観測に関する 研究,秋田大学工学資源学研究科電気電子工学専攻修士 論文,2015
Figure 7 Second harmonic components before and after the cooling. (a)before cooling(b)after cooling(dotted line represent the crack tip).