4
JVRSJ Vol. 26 No. 1 Mar. 2021
日本バーチャルリアリティ学会誌第26巻 1 号2021年 3 月
巻
頭
言
巻
頭
言
IntroductionIntroduction
巻
頭
言
Introduction
巻
頭
言
巻
頭
言
Introduction
巻
頭
言
Tomoe Moriyama
森山 朋絵
東京都現代美術館 学芸員
1 .はじめに
ここに一冊の美術雑誌がある─1995年発行の平凡社刊
『太陽』である.「アート驚く日本の美術館」という特集
が組まれ,当時活況を呈していた国内の美術館建設ラッ
シュを反映するかのように,多数の特色ある美術館が紹
介されている.その中に筆者が「映像展示室(映像工夫
館)」の設置に携わった東京都写真美術館が取り上げら
れ,驚くべきことに,キャッチコピーとして表紙には
「ヴァーチャル・リアリティも体感」とある.クリスタ・
ソムラー&ロラン・ミニョノーのVR作品「Trans Plant」
が開館にあわせて公開されたからだ.映像展示室で,
アーティストの故・池田満寿夫が,ソムラー&ミニョ
ノーによるバーチャルな庭園を体験する姿が見開きで掲
載されている.1995年の幕開けは,“VR も体感できる”
東京都写真美術館の開館のみならず,地下鉄サリン事件
や阪神淡路大震災など,忘れえぬ年となった.それから
四半世紀が経った2020年,我々は再び忘れえぬ「特異点」
を迎えることになった.「二度目の VR 元年」と言われた
時期を経て,COVID-19 という疫病によってごく一般の
人々がごく普通に「VR・AR」という言葉を口にしはじ
め,オンライン授業やリモート会議によって「テレプレ
ゼンス」の概念も劇的に普及したのである.
2 .VR 的なるものの隆盛
「日本にバーチャルリアリティの学会ができる」と聞い
て,企画展でお世話になっていた東京大学ほかの先生方
に誘われ,筆者がその会員に加えていただいたのは1996
年のことだった.ほどなく,当時勤務していた東京都写
真美術館の講堂にて,常設の立体ハイビジョンシアター
を使った第 1 回「VR 文化フォーラム」が開催され,河
口洋一郎作品や芸能山城組の映像上映が行われた.当時
の舘暲初代会長が,マイクを片手に200名の客席に向かっ
て「バーチャルリアリティは『仮想現実』ではないので
す」と壇上からスピーチされた姿をよく覚えている.
当時,公立美術館においてはほぼ未踏の領域であった
バーチャルリアリティの専門家たちの発表を聞き,参加
者に交じって筆者はワクワクするような「何ごとかが始
まる感」を感じていた.裸眼立体視やランダムドットス
テレオグラムしかり,アナモルフォーズや錯視,「宇宙×
芸術」もしかりで,思いもかけない知覚の扉を開ける
「表現の新領域」が登場したとき,アートとテクノロジー
に携わる私たちはかつてない期待に満ちてその行方を注
視する.1990年代半ばから後半にかけて,私たちの社会
バーチャルリアリティ
後の世界
─ VR 的なるものを超えて
「[特集]アート驚く日本の美術館‘95」,『太陽』1995年 4 月号(33巻
4 号通巻406号)表紙,平凡社,1995年
5
巻 頭 言
バーチャルリアリティ後の世界
には確かに「VR 的なるもの」に対する期待と,それが
徐々に実現していく高揚感とがあった.
1993 年 の SIGGRAPH ア ナ ハ イ ム 大 会 で は,既 に
「Tomorrow’s Reality」という VR にフォーカスしたアー
ト作品を含むセクションがあったし,同時期の Ars
Elec-tronica でも同様の試みをマイロン・クルーガーやスコッ
ト・フィッシャー,ジェフリー・ショーや前出のソム
ラー&ミニョノーらが展開している.VRSJ や IVRC の
発足とその活動は,本来の工学的な領域にのみとどまる
ことなく,日本での先駆的な VR 研究者たちの深い見識
によって芸術表現の領域にも歩み寄り,アートの領域か
らのみではアプローチの難しかった両者の協働が,やが
て盛んに行われるようになったのである.
今世紀に入ると,文科省による CREST やさきがけの
ような研究プロジェクトにおいてもアートとテクノロ
ジーの複合領域が対象となるという拡がりを見せ,工学
系に軸足のある研究者たちによる研究成果発表が,メ
ディアアート作品の形式をとるというケースも珍しくな
くなった.2002年からは映像メディア教育やマンガ・写
真・イラストレーションが義務教育化され,前述のよう
に「特異点」たる2020年からはプログラミング教育が必
修化される運びとなったのである.そのような流れにお
いて,VR 研究者たちの中から,より身体機能の拡張を
極める「超人スポーツ」や「人間拡張工学」と名づけら
れた領域も勃興した.これらが,アートとエンターテイ
ンメントとのはざまを往来するメディアアート領域と結
びつかないわけはない─1980年代のグループ・アール
ジュニによる一連の「ハイテクノロジー・アート展」,
1990年代の ARTEC や MMCA(マルチメディアコンテ
ンツグランプリ),ARTEC の終焉とほぼ同時,1997年に
創設された文化庁メディア芸術祭という流れにつれて,
VR,AR,MR,SR などの試みがアートと結びつき,現
在に至るまで実に様々に展開されている.テクタイル
(仲谷正史・筧 康明・三原聡一郎・南澤孝太)が提唱す
る,バーチャルリアリティに触覚を加えた「情動的な現
実感」=エモーショナル・リアリティ(ER)や,渡邉淳
司・安藤英由樹らによるウェルビーイングにまつわる
「ふるえ」をベースとした各種の研究もまた,リアリティ
を追求する多様性の一つの証左であると言えるだろう.
3 .バーチャルリアリティ後の世界
筆者は2021年 3 月20日に,ライゾマティクスによる個
展「ライゾマティクス _ マルティプレックス」(企画:長
谷川祐子・東京都現代美術館参事:当時)をコロナ状況
下のメディアアート展として実装担当し,オープンさせ
たところである.同展は,センサー,web カメラ,半導
体レーザー,オリジナル球形デバイス,モバイルロボ
ティクスなど約500ものデバイスが充満した,従来の美術
展からかけ離れた要塞のようなテクノロジー空間となっ
た.高精細なデータビジュアライゼーションや,エンジ
ニアリングの結晶というべき巨大なボールサーキット作
品に混じって,展示の中核を成すのは AR のダンサーた
ちが自律型ロボティクスとともに拡張されたリアリティ
のパフォーマンスを繰り広げる「multiplex」と題された
VR・AR 空間である.同作は,2021年 2 月にスパイラル
ホールで発表された彼らの「border2021」という拡張現
実感作品に連なる新作で,「border2021」では VR ゴーグ
ルや制御された WHEEL,車輪のついたオムニによって
自在に動く白い角柱から成る空間の中で,MIKIKO 率い
る ELEVENPLAY のメンバーが爆音とともに踊りなが
ら,ときに体験者の肩や膝に触れ,現実と非現実のボー
ダーを体感させる仕掛けになっている.高度に練り上げ
られたその表現は,現時点におけるこの領域のひとつの
極北・ある種の到達点を示しており,研ぎ澄まされた映
像と音に我々は時に騙され,もはや臨死体験すら超えて
「死」への畏怖が和らぐように感じられるほどである.
私たちはここ四半世紀以上の流れの中で,VR が領域
として成立し,徐々に社会の一部となる過程を目撃した.
今では,社会のほうが急速にこの領域に接近してきてい
る.長い時を経て,VR は VR として真に成立した─そ
のような時にこそ,成立した技術をどう使うのか,その
思いもかけない使用法が強烈に希求されることになる.
2020年という特異点を超え,もはやバーチャルリアリ
ティ的なる世界の拡張を知ってしまった私たちは今後,
その後に訪れる世界を視ることになるのだろう.幸いに
して筆者自身は素人ながら,四半世紀以上の月日を,優
れた VR 研究者たちのトライアル&エラーと研究成果と
を間近にしつつ過ごすことができた.そして今も今後も,
この領域が真に普及し浸透した後の世界を想い,いつか
その世界を見渡すことができる日を心待ちにしている.
略 歴
森山 朋絵(MORIYAMA, Tomoe)
東京都現代美術館学芸員,メディアアートキュレーター
早稲田大学理工学学術院無期非常勤講師,東京藝術大学芸術
情報センター非常勤講師.
筑波大学大学院在学中の1989年より東京都写真美術館に勤
務,東京大学,早稲田大学,UCLA 等で教鞭を執り,映像
メディア展を多数企画.Prix Ars Electronica
Jury,SIG-GRAPH Asia 2008 Chair,NHK 日本賞審査員,文化庁メ
ディア芸術祭アート部門主査,文化審議会専門部会委員を歴
任.日本バーチャルリアリティ学会理事(2021年 3 月まで).