Ⅰ.はじめに エゾユキウサギの生息数にせまる調査研究がこ れまで幾つもなされてきた。多くは雪面の足跡を 手掛かりとし,「足跡交点調査法(INTGEP 法)」 やヘリコプターを利用した足跡の目視と写真によ る観測などの方法がとられてきた。また,エゾユ キウサギの狩猟数からその生息数の変化を読み取 る研究もなされており,平川(1996)は,1970年 度から1993年度までの一般狩猟免許者による狩猟 数の変化をもとに次のような結論を導き出してい る。「狩猟数は20年以上にわたって一方的に減少 し続けており,(略)。この減少率は12年間で1/ 10,24年間では1/100の減少に相当する。実際, 1993年度の狩猟数は754頭,これは1970年度の狩 猟数(61634頭)の1%強である」ここに引用され ている「鳥獣関係統計」は現在も引き続き行われ ており,公開されている2018年度の北海道の「狩 猟者登録を受けた者による捕獲鳥獣数」のエゾユ キウサギの捕獲頭数は29頭である。1970年頃から 20年余りの間に起こった急激な減少の状態がその 後も引き続き現在まで続いているものと考えられ よう。 さて,先のような大幅な減少は十勝平野におい ても同様に起こったものと見込まれる。過去に遡 ることは難しいものの,現在のエゾユキウサギの 生息状況を十勝平野の冬季の晴天率の高さを生か し把握することを試みた。あらかじめ定めた観測 地点の雪面に残る足跡を手掛かりにエゾユキウサ ギが生息する地点とその密度を記録し,十勝地方 中央部における生息状況を明らかにすることを目 的とした。 Ⅱ.調査方法 1.観測地点の選定 観測地点は,エゾユキウサギの出現の可能性が 2020年9月14日受稿,2020年10月16日受理 帯広大谷短期大学社会福祉科 〒080-0335 北海道河東郡音更町希望が丘3番地3
十勝地方中央部における
積雪期のエゾユキウサギの生息状況に関する調査
Distribution of the Mountain Hare (
Lepus timidus ainu
) during the Snow Season in the Central Tokachi District, Hokkaido野崎 司春
Shiharu Nozaki 要 約:本調査は,雪面に残る足跡を手掛かりにエゾユキウサギが生息する地点とその密度を記録し, 十勝地方中央部における生息状況を明らかにすることを目的とした。 調査の結果,主な生息域として日高山脈に沿った山ろく地域,芽室市街地の北に位置する高 台から然別川を挟みさらに北に広がる地域,さらに大きな河川の河畔林を拠りどころとした 河川域などが確認された。 生息規模の経年変化を8年ほどの経過でみると,全体としては2014年頃に縮小し,2017年に かけて拡大した後は横ばいの状況であった。経年変化を地域別にみると,「 山ろく地域 」「北 部地域」で生息規模の拡大が確認できた。「山ろく地域」では観測される地点数の増加が目 立ち,「北部地域」では高密度地点の増加が特徴的であった。一方「河川地域」では規模の 変動が大きく,近年生息規模の縮小が際立っていた。 今後,各地域において生息規模がどのように推移するのかを見極めるとともに,高密度地点 が増えていることから農作物等への影響も注視して行く必要がある。 キーワード:エゾユキウサギ,生息状況,経年変化十勝地方中央部における積雪期のエゾユキウサギの生息状況に関する調査 高いと考えられる森林の周辺域や原野,防風林, 河畔林などから選定した。地点間の直線距離が近 い場合でも,河川や深い谷,高速道路などにより 分断されているようなところはそれぞれに定めた。 また,現在は生息が確認されなくても,将来その エリアでの生息拡大の際に出現が見込まれるよう な地点も含めた。 2009年と2010年の予備調査をもとに449地点を 定め,その後も実際の観測を行いながら観測地点 を増やしてきた。特に,2016年及び2019年2020年 については,新たなエリアへの拡張などから大幅 な観測地点の拡大を行ない2020年の予定観測地点 数は811となっている。 2.フィールドにおける観測 雪面のエゾユキウサギの足跡はその独特の形か ら他の動物のそれとの区別は容易である。しかし, 雪の上に残る足跡の密度はまとまった降雪からの 日数の影響を受けることから,観測を実施する日 の条件として積雪から2晩を経過した後とした。 同様に強風による影響も考慮し,強風が止んで2 晩を経過した後とし,また固雪の状態では行なわ ないこととした。 観測地点はあらかじめ国土地理院発行の5万分 の1地形図に刻印し,地点ごとの足跡の状況を車 で移動し目視で観測した。その地点に立ち見渡せ る範囲の足跡の密度を5段階の尺度に分類して記 録した。足跡が「無」から,「ⅰ」;足跡が2∼3筋 まで見られる,「ⅱ」;幾筋もの足跡が交差し一部 重なるところが見られる,「ⅲ」;足跡が縦横に多 数重なり繰り返し通る「道」が出来ている,「ⅳ」; 一面に足跡が網の目状に広がり「道」が幾筋も出 来ている,とした。 Ⅲ.調査結果 1.現在の生息域 年ごとの観測結果の概要は,表1である。数値 の上段は,観測された密度の地点数。下段は,観 測数に占める割合である。 この中から2020年の実際の観測結果を地図上に 示したのが図1である。QGIS 3.4を使用。国土地 理院「標準地図」を背景に,国土数値情報「森林 地域」データ2015を重ねてある。観測された密度 をポイント記号の大きさ等,色の違いで示している。 観測結果から主な生息域として確認できるとこ ろは,まず日高山脈に沿った地域があげられる。 山すその森林から,酪農・畑作地帯の牧草地や畑 地,防風林,小河川の河畔林を生息の拠りどころ とした地域である。次に,芽室市街地の北に位置 する高台から,然別川を挟みさらに北に広がる地 域である。このうち十勝川と然別川に挟まれた高 台の地域は,幾筋もの小河川による河畔林と段丘 林が発達した地域で,それらと接続する畑地や牧 場などを生息の拠りどころとした地域である。現 表1.調査結果の概要 密度/年
2011 2012 2013 2014
2015
2016
2017
2018
2019 2020
ⅰ
138
126
115
120
135
202
179
189
235
266
0.33 0.29 0.25 0.24 0.31 0.36 0.32 0.33 0.36 0.33ⅱ
55
40
36
25
16
28
54
48
43
33
0.13 0.09 0.08 0.05 0.04 0.05 0.10 0.08 0.07 0.04ⅲ
2
4
3
1
2
3
4
5
3
8
0.00 0.01 0.01 0.00 0.00 0.01 0.01 0.01 0.00 0.01ⅳ
0
0
0
0
0
1
0
1
1
2
0.00 0.00 0.00 0.00 0.00 0.00 0.00 0.00 0.00 0.00無
221
264
302
352
284
333
316
333
370
492
0.53 0.61 0.66 0.71 0.65 0.59 0.57 0.58 0.57 0.61/観測地点数
416
434
456
498
437
567
553
576
652
801
観測予定数449
503
512
514
516
572
580
603
661
811
林もエゾユキウサギの重要な生息域としてあげら れる。主な河川として,十勝川と札内川,然別川 などがあり,堤防内の河畔林から堤防の外側の畑 2.生息規模の経年変化 (1)調査区域全域の経年変化 経年変化をみるに当たっては,比較対象とする 観測地点の選定を次のように行った。 まず,2011・2012年及び2015年の調査について は,一部の区域でまとまって観測ができていない など観測記録が十分でないことから比較対象から 除外した。その上で比較対象とする地点の条件と しては,7ヵ年全ての年に観測記録がある地点とし, また,調査期間全ての年で足跡が観測されなかっ る幾つかの大型の防風林や保安林も生息規模は限 られるものの生息が確認されている地域である。 た地点は除外した。その結果,最終的な比較対象 地点の数は350となった。この350地点を地図に示 したのが図2である。 比較対象地点の年ごとの観測結果を示したのは, 表2(段落の末尾に表記)であり,また,それを 積み上げ式にグラフ化したものが図3である。 2013・2014年に縮小に向かい,2017年にかけて かなり大規模に拡大した後は横ばいの状況といえ る。また,高い密度を示す「ⅲ」「ⅳ」の地点が 少しずつ増える傾向もみられる。 図1.2020年の生息状況
十勝地方中央部における積雪期のエゾユキウサギの生息状況に関する調査 図2.比較対象地点(全域) 図4.比較対象地点(地域別) 図3.全域の経年変化 また,2013年より前の生息規模を表1の数値か ら推測すると,2011・2012年の観測数に占める「無」 の割合が2013・2014年より低く,「ⅰ」「ⅱ」の割 合がより高いことから,2014年にかけて縮小の方 向にあった可能性が考えられる。 (2)「山ろく地域」の経年変化 次に,地域別の経年変化をみることとし,次の 3つの地域を選定した。日高山脈沿いに連なる「山 ろく地域」,芽室市街地の北に広がる高台の「北 部地域」,主な河川の河畔林とその周辺を生息域 とする「河川地域」とした。それぞれの比較対象 地点の地図上の位置は図4に示した。 まず,「山ろく地域」は,中札内村から芽室町, 清水町の一部にかけての日高山脈沿いの地域であ る。先の方法と同様に比較対象地点を選定した結 果,104の地点となり,年ごとの観測結果を示し たのは表3(段落の末尾に表記)と図5である。 この地域では,2014年は前年比拡大に転じてお り,その後横ばいが続き2019年からの2ヵ年の拡 大が顕著である。足跡が確認された地点数の拡大 が生息域の横の広がりを示すと共に,高密度の地 域が少し増えてきていることを示している。 (3)「北部地域」の経年変化 「北部地域」は,芽室町の最北部に位置し,音 更町・鹿追町・清水町の一部に接続する地域であ る。比較対象の地点は107となり,年ごとの観測 -300 -250 -200 -150 -100 -50 0 50 100 150 200 2013 2014 2015 2016 2017 2018 2019 2020 無 ⅰ ⅱ ⅲ ⅳ 図5.「山ろく地域」の経年変化 -80 -60 -40 -20 0 20 40 60 80 2013 2014 2015 2016 2017 2018 2019 2020 無 ⅰ ⅱ ⅲ ⅳ
この地域は,2020年の観測結果からその生息規 模が最も大きいところであるが,2016年以後かな り急激な拡大があったことが分かる。生息地点の 横の広がりは限られているものの高密度地点の増 加が特徴的である。2020年の観測でも雑木林・カ ラマツ林の伐採地などに集中して現れる傾向が確 認されており,そうしたところでは密度ⅲ・ⅳの 出現となっている。 一方,2014年の縮小が極めて特徴的であり,先 の全域における縮小に影響を与えている。 (4)「河川地域」の経年変化 「河川地域」は,このたびの調査の全域にまた がり,主な河川に沿った地域である。 他地域の方法と同様に比較対象の地点を選定し た結果は55地点となった。地点の数は限定的となっ たが,年ごとの観測結果を示したのが表5(段落 の末尾に表記)と図7である。 この地域は,その経年変化が最も顕著に表れて おり,特にここ数年の生息規模の縮小が際立って いる。芽室市街地の北を流れる十勝川では,南北 両側に安定した生息が確認できていたが,南側で 徐々に縮小し2019年以後は消滅した状態である。 年の縮小傾向は河川域全体に及んでいる。 一方で,帯広市街地の南東部の札内川沿いには 比較的安定した生息域がある。堤防の外側に続く 湿地林との接続により安定した生息が保たれてい るようである。 Ⅳ.考察 このたびの調査により十勝地方中央部における エゾユキウサギの生息域を詳細に把握することが できた。また,各地点の足跡の密度との関連から, 地域における生息規模を確認することもできた。 生息規模が大きいところとして,芽室市街の北側 の地域,日高山脈の山ろくの地域が確認できた。 さらに,平野部の河川域や,防風林・保安林など も規模は小さいものの生息が確認できた。 次に観測結果の経年変化をみることで,生息規 模が拡大に向かっている地域と,縮小に向かって いる地域が確認できた。 拡大に向かっている地域の中では,「山ろく地域」 で生息する地点数が増加し横への広がりを示して いるのに対し,「北部地域」では,高密度の地点 の増加が特徴的であった。「北部地域」にあって は地形的に限られた範囲の中で横への広がりが限 界に近づいているものと考えられる。 図6.「北部地域」の経年変化 -80 -60 -40 -20 0 20 40 60 80 100 2013 2014 2015 2016 2017 2018 2019 2020 無 ⅰ ⅱ ⅲ ⅳ 図7.「河川地域」の経年変化 -50 -40 -30 -20 -10 0 10 20 30 2013 2014 2015 2016 2017 2018 2019 2020 無 ⅰ ⅱ ⅲ ⅳ
十勝地方中央部における積雪期のエゾユキウサギの生息状況に関する調査 今後こうした増加の傾向が安定的に続くのか, その場合でも,生息域の横の広がりや高密度地点 の拡大がどのように進むのか見極めることが必要 である。すでに消滅した地域などへの流入がどの 程度進んでいくのかについても注目したい。 また,「北部地域」においては特に生息密度の 高いところが毎年複数出現していることから,今 後は農業等への影響もみていく必要があろう。現 在はエゾシカによる食害が極めて大きく,関心の 大部分がそちらに向けられているものの,エゾユ キウサギについても徐々に注視していく必要が生 じてくるかもしれない。 生息規模が小さく,他の生息域から孤立した状 態にある地域の今後の推移もテーマの一つである。 「河川地域」では生息規模の縮小が進んでいる が,同様に広大な畑地内にある防風林・保安林の 生息状況も規模は小さく不安定な状態にある。こ うした地域をとりまく環境を考えたとき,生息規 模の拡大に作用するような変化を想定することは 難しい。エゾユキウサギがもつ移動の行動特性と の関係から,生息規模が拡大している地域からの 流入が進んでいくのか,それともさらに厳しいと ころまで減少し今後消滅域が広がっていくのか, そうしたことも見極める必要がある。 付表 表2.比較対象地点(全域)の調査結果 表3.「山ろく地域」の調査結果 密度/年
2013
2014
2015
2016
2017
2018
2019
2020
ⅰ
105
97
-
138
130
133
143
144
0.30 0.28 - 0.39 0.37 0.38 0.41 0.41ⅱ
30
22
-
17
45
38
26
25
0.09 0.06 - 0.05 0.13 0.11 0.07 0.07ⅲ
3
0
-
1
3
4
2
7
0.01 0.00 - 0.00 0.01 0.01 0.01 0.02ⅳ
0
0
-
1
0
1
1
2
0.00 0.00 - 0.00 0.00 0.00 0.00 0.01無
212
231
-
193
172
174
178
172
0.61 0.66 - 0.55 0.49 0.50 0.51 0.49/観測数
350
350
-
350
350
350
350
350
密度/年2013
2014
2015
2016
2017
2018
2019
2020
ⅰ
31
34
-
39
39
35
44
52
0.30 0.33 - 0.38 0.38 0.34 0.42 0.50ⅱ
6
14
-
8
10
8
9
9
0.06 0.13 - 0.08 0.10 0.08 0.09 0.09ⅲ
1
0
-
1
0
0
0
2
0.01 0.00 - 0.01 0.00 0.00 0.00 0.02ⅳ
0
0
-
0
0
0
0
0
0.00 0.00 - 0.00 0.00 0.00 0.00 0.00無
66
56
-
56
55
61
51
41
0.63 0.54 - 0.54 0.53 0.59 0.49 0.39/観測数
104
104
-
104
104
104
104
104
引用文献・参考文献 平川浩文(1996)「エゾユキウサギの過去,現在, そして将来−エゾユキウサギの動向に注目−」 北方林業 Vol.48 No.10 217-221 北 海 道(2020)「 鳥 獣 関 係 統 計( 北 海 道 版 )」 http://www.pref.hokkaido.lg.jp/ks/skn/toukei/ tyozu.htm(参照日2020年9月8日) 岩崎暁生(2002)「エゾユキウサギによるダイズ 初生葉期の加害様相と被害解析」北日本病中研 報 53 305-307 柴田義春,林知己夫,樋口輔三郎,門崎允昭(1991) 「ノウサギ・キツネの生息密度と変動−北海道 石狩南部から留萌地位における−」森林野生動 物研究会誌 18 17-20 柴田義春,林知己夫,林文,樋口輔三郎,豊島重 造(1990)「積雪期におけるノウサギ・キツネ の垂直分布と生息数−北海道石狩・留萌地方に おける−」野兎研究会誌 17 13-19 柴田義春(1982)「北海道におけるノウサギの個 体群変動(Ⅰ)− INTGEP 法による−」日本 林学会北海道支部講演集 30巻 223-225 塚田英晴(2007)「草地における野生哺乳動物の 生息実態とその意義−草地と野生動物のかかわ り−」日草誌 53 52-58