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小西加保留先生との思い出

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Academic year: 2021

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小西加保留先生との思い出

著者

大谷 京子

雑誌名

Human Welfare : HW

10

1

ページ

17-20

発行年

2018-03-10

URL

http://hdl.handle.net/10236/00027432

(2)

日本福祉大学

大 谷 京 子

はじめに

小西加保留先生が関西学院で博士論文指導をしてくださった第一号というご縁かと思いますが、ご退職 記念号に執筆する機会をいただきありがとうございます。先生から私が直接ご指導いただいたのは、2007 年度から 11 年度までの 5 年間です。ゼミはなく、ずっと個別指導でしたから、他の学生との様子や集団 の中での先生を存じ上げません。密室の中での小西先生を綴らせていただきます。

1.小西先生との出会い

小西先生に初めてお目にかかったのは、私が修士の院生だった頃、兵庫医大での聞き取り調査と入院患 者さんへの家庭教師のアルバイトで伺ったときでした。ほとんど接点はありませんでしたが、「白衣を着 たちゃんとした MSW さんだ」という感慨をもって眺めていました。先生のお噂は折に触れその後もお 聞きしておりました。入院中だった荒川義子先生のお見舞いに伺った際、先生の後任に「すごくいい人が 来てくれるのよ」と嬉しそうに話しておられたのも、後から思えば小西先生のことでした。「名前は言え ないんだけどね」と、言いたそうにうずうずしている雰囲気の荒川先生の笑顔に、これほど評価されてい る先生ってどなただろうと興味津々でした。 私の博士課程入学は 2002 年度でした。満期退学後、指導教授の髙田眞治先生が天国に召された後、「指 導は引き継ぐので心配しなくてもよい」と芝野松次郎先生がお心を砕いてくださいました。2006 年度に 就職をした私は、ほぼ 1 年間、研究を進めることができずにおりました。その後、芝野先生から、小西先 生に指導教授をお引き受けいただいたとうかがいしました。当時、小西先生も関学にいらっしゃって 2 年 目、博士号を取得されてすぐの時期で、入学して 5 年も経過している、他の先生の指導を受けてきた私 は、さぞ大きな荷物だったろうと想像します。 初めての指導の日、お約束の時間の 5 分前に院生室を出て、先生の研究室の近くで時間を待って、あん まり「時間ぴったり」も印象が悪いか‥などと逡巡して、研究室のドアをノックしました。先生は Big smile で迎えてくださり、お茶とお菓子も用意してくださっていました。先生にお会いすることに緊張し ていたのに、先生にお会いしてほっとするという、おかしな感覚でした。一瞬で溶かされるような、温か い空気に包まれるような、「安心感」を、初日から味わっていました。

2.博士論文指導

小西先生から受けた 5 年分の個別指導の記録は、A 4 で 38 頁あります。E メールでのご指導もずいぶ んいただきましたので、それらも合わせると膨大な量になります。最初に先生に見ていただいたときは、 まだ先行研究レビューと 2 つの質的調査が終了した段階でした。「知りたいことを知り、示したいことを 示していくために、研究デザインを今後どうするか要検討」というコメントをいただいたと記録にあるよ うに、筋道が定まらず、思いだけが先行する状況でした。私にその自覚はありませんでしたが。入学して から 5 年も経っているのにこの状況かと、小西先生は、かなり頭を痛めておられたことでしょう。私は全 く気付いておりませんでしたが。小西先生のご指導の特徴を、①忍耐、②アセスメント、③ソーシャルワ ーカー魂の 3 点からお示しします。

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①忍耐 指導記録には、「小西先生がご助言くださった枠組み作りは何のために必要だったんだろう?」といっ た、私のとぼけたコメントがところどころに出てくるのですが、この物分かりの悪い私に、繰り返し、何 度も何度も同じことを、違う言い方で、異なる方向から、助言の雨を降らせてくださっています。半年空 いて、同様のコメントをしてくださっていることもあり、このときの先生の堪忍袋は伸びに伸び切ってい たと思います。今更ながら、先生には本当にご苦労をおかけしたのだと、申し訳ない思いでいっぱいで す。 ②的確なアセスメント 先生のご指導は、研究的に的確であるだけでなく、その時の私の状態をも的確に捉え、サポートしてく ださっていました。 曖昧模糊とした実践課題を、研究の枠組みに置き換えるのにも苦労しました。「質の高いソーシャルワ ーク実践」を探求していたのですが、「自己規定も関係も含んでの実践ではないのか?」「成果物をどうい う場面でどう使いたい?」「関係性モデルを作成したいのか?」など、研究の言語に、実践感覚を落とし 込むために、多くの問いを投げかけてくださいました。感度の悪い私はなかなかうまく反応できていない のですが、そういう私の力量も踏まえて、粘り強く付き合ってくださいました。 私が、どんどん一つの考え方に凝り固まっていくようなときには、思考を広げるために、多角的なアイ デアを提供してくださいました。それも、「今のあなたの言うモデルでは、危機介入のときの支援は説明 できないのでは?」というように、実践をイメージしながら研究を進められるような形で助言をしてくだ さっていました。また「省察」といった気に入った概念を見つけては、そちらにずぶずぶと踏み込んでい く私に「帰ってこ∼い!」と絶妙なタイミングで声かけしてくださいました。ソーシャルワークの固有性 や専門性にも執着していましたが、「関係性を軸にすべきでは?」とコメントくださったのも小西先生で した。私の博士論文のタイトルです。先生に言われるまで自分の研究の核として定められなかった自分に も呆れますが、私が明らかにしたいことの核心を(きっとしびれを切らして)突いてくださいました。 質問紙調査は、質問紙を作るまでが勝負で、郵送してしまった後は取り返しがつかないと学んでいた私 は、プリテストの前にも予備のテストをするほど慎重に進めていました。「プリプリテスト」と呼んで先 生に報告すると、さすがにこのときはあきれ顔をされていました。いよいよ全国調査の段になっても、ね ぶねぶ先行研究を読み続け、項目の推敲を重ね続けてなかなか質問紙を完成させられない私には、「いい かげんにしなさい!」とお尻を蹴ってくださいました。データ収集後の因子分析で、1 つ 1 つの項目に思 い入れが強すぎて、統計的には削除すべき項目についても捨てられない私には、「割り切ることで新たに クリアーに言いたいことが出るかもしれない」と進むべき方向を示してくださいました。 時には具体的にやるべきことを提案してくださいました。「考えのプロセスが残るように、メモを残し ておくように。それが後で考察に使える」といった、細かいところまで教示くださっています。「あなた 作文、下手なのよ」と、赤ペン先生のように細かく文章を直してくださったこともありました。修正した 文章と元の文章を比べて、「確かに端的に分かりやすい文章になっているのは分かるけれど、どうすれば 次からこんな文章が書けるのか分からない」という私のコメントが残っています。 このプロセスは、スーパービジョンでスーパーバイザーがバイジーの力量をアセスメントしながら、自 分で気づくように促すところから、気づきが悪ければ示唆し、それでもダメなら教示するという流れと同 じだと思います。私の力を見極めつつ、そのときどきに私がクリアしなければいけない課題を、私がクリ アできる程度の大きさに切り分けて、提示してくださっていたのだと思います。 ③ソーシャルワーカー魂 言葉にしなくても、ソーシャルワーカーとしての思いを先生は先に分かっていてくださるということ も、心強かったです。現場実践 10 年を経て博士課程に入学した私には、この 10 年は研究としてはブラン クのように感じていました。髙田先生は、私の経験を宝物のように扱ってくださり、理論的根拠なく経験 『Human Welfare』第 10 巻第 1 号 2018

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はないのでしょうが、私にはそう見えました)認めてくださいました。おかげで、私は自分の 10 年を卑 下せずにいることができました。そして小西先生からのコメントをいただく中で、私が実践で培った感覚 が間違っていないということの保証と、それをいかに研究に組み込むかの作法を学んだと感じています。 ソーシャルワークにおけるワーカーと当事者との関係性が私の研究テーマでしたから、「関係性は、 時々に異なる場合と、いつも大事にしている、常にある関係とがあるよね?」、「医師もパートナーシップ を謳うけれど、ソーシャルワーカーのそれとは異なるのでは?」といった、先生のご経験に裏打ちされた (と私には感じられた)コメントをたくさんいただきました。また先生の MSW 領域と精神保健福祉領域 の差異も指摘してくださいました。そうした問答の中で、実践感覚と研究を行ったり来たり繰り返してく ださったので、何となく、ちょっとずつ、両者を統合していくプロセスを身に着けていけたのだと思いま す。 研究は本来孤独な作業だと思うのですが、私は博士論文を書いている間中、ずっと先生が一緒にいてく ださる感覚を味わっていました。「不思議なことに」と思っておりましたが、記録を振り返ってみますと、 まさに、私が迷う時も壁にぶち当たったときも、調査が終了した時も、いつもコメントをくださっていま す。「先輩からこんな指摘をされました!どうしたらいいでしょう?」、「ある先生からこんな助言を受け ました!方向を変えなければいけないでしょうか?」等々の私の SOS に対して、その都度、「それはこう いう意味では?」「この部分をこうすればいいのでは?」と助言を受けています。まるで幼稚園児のよう に、出迎え、送り出していただいていました。不思議なことではなく、小西先生がそのように伴走してく ださっていたのだと思います。

3.小西先生から学んだこと

立ち方 私にとって小西先生は初めから今に至るまで、師でありソーシャルワーカーです。 今でも学会などでお目にかかりますと、私の論文に関するコメントをくださり、お声かけくださいま す。単に研究としてではなく、「私」に関心を持って見てくださっていると感じます。精神障害当事者に 理想のワーカー像を尋ねたときに、「仕事の対象ではなく、人として接してほしい」と言っていたことを 思い出します。先生は、仕事の対象としてではなく私個人に関わってくださるように思いますし、私の研 究よりも、私個人を思ってくださっているように感じています。脳内お花畑系の私の自意識過剰かもしれ ませんが、私がそう感じているという主観がこの場合は大切だと思います。先生のソーシャルワーカーと してのスタンスは、教員としても同様で、相手が誰であれ人として尊重しておられるのだと感じます。 私も教員ですが、クライエントではない学生に対して、どのようなスタンスで立てばいいのか、いまだ につかみきれていません。クライエントなら目標設定から一緒にやれますが、学生は一定の目標が既定さ れています。しかも本当はその目標を目指していない学生も、目指したくない学生も、目指せない学生も おります。自分はソーシャルワーカーとしてのアイデンティティは持つものの、教員として存在し、支援 契約をするわけではないので、学生に対していわゆる「支援」はしてはいけないのではないか、未だ悶々 としています。それでも、小西先生にご指導いただき、学位取得後も時折の関わりから、私はモデルを間 近に見せていただけているのだと感じます。ときどき「小西先生ならどう言うかな」と考えながら学生と 対峙しています。 研究に対するまなざし 今年度の日本ソーシャルワーク学会 34 回大会の学会企画シンポジウム「現代日本のスペシフィックな 社会福祉問題とソーシャルワークの専門性∼専門性の『越境』に対して、改めてジェネリックなアプロー チを探る∼」において、シンポジストとして小西先生は、「SW アドボカシーの可能性−環境アセスメン

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トによるミクロ・メゾ・マクロ SW 実践への展開−」と題してご発表されました。そのご発言に大いに 興奮しました。その感覚は、私が博士課程入学してすぐに味わったものに似ていました。 髙田ゼミは、ゼミ生がそれぞれの研究を発表し、ゼミ生同士で議論し、先生からご助言をいただくとい うスタイルでした。膨大な実践知を丁寧に形式知に置き換えている 2 学年先輩の院生のご発表を聞いた 時、「これが研究というものか!」と衝撃を受けました。「感動しました!!」と、研究に対するコメント としては不適切な私の叫びに、髙田先生が「『感動』ですか?」と笑っておられたことを覚えています。 それから 15 年、多くの研究を見聞きし、その作法にもずいぶん親しんできましたが、小西先生のご発表 には震えました。先輩からは、「自分の言いたいことを研究の言葉にする」やり方を学び、小西先生から は、「私の言いたいことはこんな風に表現できる」というお手本を見せていただいたのだと思います。 さらに、私は語る人のスタンスに痺れるのだと思います。そのときの先生のテーマは、「アドボカシー」 「環境アセスメント」でしたが、社会福祉の課題に向かう先生のポジショニングに共鳴しているのだと思 います。先生も言及しておられましたが、ソーシャルワーカーのアイデンティティはずっと課題にされつ つ明示されてはいません。それでも、先生の課題に向き合う目線にソーシャルワーカーの専門性を感じる のです。研究者のスタンスにはさまざまあり、その多様性もまた社会福祉学を推し進める原動力になるの で重要だと思います。ただ私は、自分も、ソーシャルワーカーであるという自分のアイデンティティを基 にした研究がしたいのだと気づかされました。 これからも、遠く先を歩かれる先生の背中を見ながら、先生の視界に入るあたりをウロチョロしていた いと思っております。 『Human Welfare』第 10 巻第 1 号 2018

参照

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