初期のパース
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(2) 2. 川 て,. 村. 仁. 也. 「realismがまちがっているというのではない。. realistが科学時代の精神で前進し ないというだけなのだ。観念は感覚と同じくらいrealなのだ。」 (このページのうらに Things. 'Horrid. 7月27. I. 日, W.. Materialist,. am,. Transcendentalist,. Idealist').. Eamilton卿の無限論。. 10月23日,われわれは無限の定義を理解できる。 10月25日,なぜわれわれは無限について思考するのか。. -・汎神論について。魂 の意識されない部分は何であるか,それは他人の魂とどうちがうのか,もし意識がわれ われの限界でないなら,われわれは限界をもたず,集合である.しかし他人の意識は私 の一部ではない。両者ともnou・menaではない。これは形式的汎神論である。 Surveyに勤務した。ダーウインの「種の起源」が出版 59年パ-スは卒業してCoastal された年であった。彼はルイジアナの荒野で測量の仕事に従事していた。 1860年5月30日,形而上学の公理および三段論法。 6月30日,形而上学の基本的区分,思考と思考されるもの,思考しうるものと思考 されうるもの。 7月1日,この体系の礎石。 7月. 3. 日, 無限--0. 形而上学の論理的および心理的考察,形而上学をみるについての二つの方法から二つの 扱い方が生ずる。一つは論理的関係から概念をひきだして,心理のうちで概念の占める位. 置を推論する。一つは心理学の体系から概念をひきだして,その論理的な意味を推論する 前者は心理学からいえば厳密ではないかも知れないが,その結果において形而上学からは 正しいように思われる。私はこの方法をとる。 7月13 8月6. 日, 「論理的に演樺された論理法則」。. 日「形而上学序説」. (第一草稿4ページ)0. 8月11日,同(第二草稿)0 1860年日附不明, 8月21日,. Ⅰ, It,. Thou,・-・実証主義について,. 「私的なものと形而上学的なもの」. 1862年3月30日,形而上学-Odi. ・-・カント。. (17ページ).. profanumvu1gus-は概念の分析でなければな. らぬ。 8月5. 臥「自然科学の大前提について」この形而上学が理論的について科学に本質. 的に重要であるということについてはここではふれまい。. -しかし通常このことが怠惰な. 研究とみなされているので以下において,現代の大論争のいくつかのものは梶本的には これらの前提の妥当性の問題であることを明らかにしておこう。. Gallieはパースの性格形成におよぼしたベンヂャミソ・. ′く-スの影響を重視しているが8). パースの思想形成を理解するには当時のアメリカ思想界を明らかにしておかねばならない。 のちにパ-スがのべていろように哲学はたんなる晋遍的懐疑からではなく,現実的懐疑 1ivingdoubtからはじまるものであり,かつパース自らそのような思索を試みたc;)fである /. とすれば,当時のアメリカ思想界の課題が何であったかをみておく必要がある。′′.
(3) 初. 期. パ. の. 3. ス. ←. A・. フランス革命ほ19世紀のアメl)カにJeffersonismへの反省をもたらした. ルトン,. -ミ. A・T・プレゾウ等. J.アダムス,J.テイラー,T・デュー,J・C・カルフ-ソ,. 「封建制度を崩壊させ,帝王を追放したデモクラシ. は,ジェフア-ソソ的伝統へ反発した。. ーは商人と資本家の前に敗退すると信ぜられるであろうか・・・・それならわれわれはどこ-. (1830年)のなか. ゆこうとしているのか」とド,トソクヴィルは「アメリカの民主々義」. M.ホプ でかいている.政治的な復古主義は,広く啓蒙主義への批判につながっている. E.ヒッチコック, A.P・ピーボディ T・ルイス等にみられるように,自然宗 キンス,. 敬,科学精神の否定,宗教の優位が主張される。宗教団体の支配下に一ある大学においても, スコットランド学派がとりいれられ,テキストもたとえばウェイランドの`Elementsof intellectual. Pbilosopby. 'のごとく哲学の重要な諸真理を提示しはしても,知の探求では. なくなってしまった.ニューイングランドでほTranscendentalismが啓蒙批判の役割り をはたす.プラウが指摘しているようにそれは一つの運動とはいえないにしても共通性を もっている(4)0 ロックの哲学のうえにたてられた1iberal 直観能力を主張することである。. theologyを否定して究極の真理を把くする. J・エドワードに類似しているが,エリートにのみで. はなく,すべての人間にこのような直観能力を認める.カントの影響をうけたT・パー. ヵーは悟性の立場に立つ啓蒙に対して理性の立場を主張した.ブラウがのべているように Transcendentalismはニューイングランドのwild. oatsである。. ′く-カーのいう理性は. self-relianceである.ドイツ-留学して,のちに--ヴァ-ド大学のドイツ文学の教授と. Clubが設立されたのは1836年であった。. なった-ッヂを中心としてTranscendental マ-シの序文を附したコルリッヂの`Aids れた.. to. Reflection'は1829年アメリカで出版さ. 「精神の自叙伝に興味をもたれたひとのた捌こ傍道させていただくが,私はコンコ. ードの近く-ケンブリヅヂーに生まれ育ったoそ.のころ,. -マーソソ,. -ッヂ,その. 友人たちはシュl)ソクから学びとったもの(シュリンクはプロチヌス,べ-メあるいは東 洋の怪奇な神秘主義の影響をうけたのだが)を弘布していた。しかしケシプリッヂの雰囲 気はコンコードの超越論をうけつけなかったo私はそうようなヴィールスに感染したとい. う自覚はない。にもかかわらず,なんらかの培養されたバクテリアが構神の奥深く,うえ っけられて,ようやく数学的発想と科学研究によって変容されて表面イヒしてきたというこ ′くとはありうることだ」5'.パースが1892年にかいているように,初期のパースには, カ-,ソロー,マ-シ,. -ッヂ等にふれているところがない。. 19世紀のリグィザァリズム. はパースに関するかぎり一見,素通りしているよう-に思われる.まえにのべたようにパ-. スが-ーーヴァ-ド大学を卒業したのは「程の起溝」が刊行された年であるoそして南北戦 Ageを 令(1861-64年)をへて,マ-ク・トゥエインのいわゆる「金ピカ時代」Gilded 迎えるoペンシルヴァニア,. *J、イオの石炭,石油,ミソガンの銅;. '鉄,太平洋岸の金,. 級,木材,漁業等の開発,ベヅセマ一法の採用による製鋼業の発達は,やがて大陸横断鉄 道の建設(1869年)農耕具の機械化となる。国有地の奪取が開発であり,開発が進歩であ るというデモクラシーが「金ピカ時代」とよばれるものの基盤であった。. 「金ピカ時代は.
(4) 4. 川. 村. 也. 仁. 啓蒙については何も知らなかった。それが認めたのは獲得本能だけだった。」 ン). (パーリント. 「盛大なバーベキュー」はどれほど盛大ではあっても,すべてのひとを招くわ捌こは. いかない。. 「招かれたものがすべてのひとを代表すると想定された」(6)のである.. という伝統はニュー・イングランドの固疾であった.. 「お上品. (アメリカ・ルネッサンスのもつと. もすぐれたひとでも若干は-とくにユマ-ソンとソローは-免れなかった。」 (Santayana, てから'How. Genteel to. Make. Tradition. in American. Our. Clear?が発表されるまでのパースの思想の歩み(7)を. ldeas. Philosophy). Coast. Survey. に勤務し. 辿ることほ,現代のアメリカ思想界における′<-ス復晴への反省への手がかりをえるため にも必要ではないかと患われる0. 年代償にパースの論文,断片を記しておくと, 1864-.65年「科学の論理について」 ューム,. (CoastSurveyに関係するものを除いて). (--ヴァ-ド大学の講義として行なわれ,. 0・W.ホームズなども聴講したが聴講者の数が少なく中止になった.). 1866-67年「科学の論理と帰納法」. (ロ--ル講演66年「アリストテレスのシロギズム覚書き」ノ(1). 67年「プールの論理演算の改良について」 「新しい範噂表について」 「数学の論理について」. 12回-). (2). (3) (4). 「論理の内包と外延について」. 「J・ヴェンの確率論の書評」 1868年「ノミナリズスとリアリズム」. (5). (6) (「北アメリカ評論」) (7). 「"決定されている"とは何か」. (8) (「思弁哲学誌」) 「人間がもっているといわれる若干の能力について」 (9) 「四つのIncapacitiesからの若干の帰結」. 「論理・法則の妥当性の根拠」 1869年」イギリスの論理学者」. (12). 1870年「関係の論理学の記号」. (13). (10). (ll). 1871年「バークワ一会集-フレイザ一版-の書評」4'(北アメリカ評論) 1873年「論理学」 1875年`Tbird'. (15) (16). 1876年「論理学の'ContrapositionとConversionについて」. (17). 1877年「グラースマンのCalculus of Extensionについて」 「料理の論理の例証Ⅰ■11ustratio血s」 (19) 「Beliefの確立」. (20). 「いかにしてわれわれの観念を明瞭にするか」 「偶然論」 (22) 「帰納法のプロパブリテ‡について」 「自然の秩序」 (24). (23). (21). (18). W.ジ.
(5) 初. Collected. 期. の. 「漬揮,帰納,佐説」. (25). Papersの編輯者C.. HartshorneとP.. パ. 5. ス. ー. Weisp. によるとパースほこれらの論. 文を次のような構想で考えていたといわれる。. (19). -Ⅰ. (20). -Ⅱ. (21). -Ⅲ. (22). -Ⅳ. 「方法論」. -Ⅴ. (24). -Ⅵ. ?. i-. 1. -2 Search. for. a. Method. (1893). -3. -4(9) (10). -5. (ll). -6 7. -. -. 8. -9 -10. -ll -12 -13 -14. 「哲学は. 「ローウェル講演」(8)の草稿の一部と推定されるもの(ⅩⅠ)が残されている(9). 試みです.」とパースはのべている.. 「試みというコトミの示すように,不完全であり,普. た不完全たらぎるをえないのですが,すべてを一般的に概念構成する読みです。すべての ひとは哲学する。アリストテレスもいってますように,哲学の無用さを証明するにすぎな いためであっても哲学します。哲学を無視するひとも,やほりそれなりの形而上学をもつ. ていますoただ粗野で,虚偽の,ワトバのあやの理論をもっているだけです。. -・教養の ないE[とほど形而上学の奴隷になるのです.ですから誰でもがものごとの一般的概念をも たねばならないとすれば,もつとも重要なことは注意深く構成されねばならないというこ. とですo」人間とは何か?ということについて考えてみるに,聖J<ウロは人間には三通り の存在様式があるというが,デカルトほ精神が単一であり,思考すなわち人間であると規 定したが,このようにさまぎまな人間論があるのは,人間生活という事実についての韓納 的説明と仮説的説明とを区別しないことにゆらいしている。供説的説明は人間生清の現象 の原因を追求する。現象は内であり外である。内からみれば内的な必然的前件が考えられ -生理学者に委託されるが一物質的真理が明らかにされるo生 理学老にとってほ人間ほ自動機械とみなされ,意識も規則的な物理現象と考えられるo. _るし,外からみれば,. ころでこのような思考法に時日然のuniformityが要請されているのであって,自然法貝Il, 観察事実につきるものでほないし,さらに不滅の霊魂とか責任ある人問という人間観と相 入れないもののごとく思われる.. I rしかし,責任とか不死という概念には過去のあらゆる. 哲学,宗教からきているおびただしい寄生的思考でおおいかくされております。ですから (外的必然性)という. postnlates. と融和させることができないとしますと,このことは. と.
(6) 6. 川. 村. 仁. 也. たしかにこの間題についてのわたくしたちの概念のアイマイさとか混乱によるものだと思 います。. --」10)「人間性の仮説的説明は独白の地位をもっておって帰納的説明と矛盾する. ものではありません.. --外から考察しますと人間は脊椎動物であり補乳質に属しており ます。しかし,わたくしたちが求めておりますのほ筋肉とか線とか神経を度外視して,内 面的にみたときの感情,努力,思想のみを考慮したときの人間であります。」11)意識状態が 推論であるとすれば生命は思考の連鎖であり,思考が一種の記号であるなら人間とは記号 であるとパースはのべている。. 「不死とは人間の真のsymbolである」ということである。. 「ローウェル講演」は形而上学を論理学によって基礎づけ,論理学と記号論とを結合させ たものであったようJだ.パースの関心は彼が形而上学の例証としてあげた不死,自由,棉 の問題にあったのではない.. 「1860年代のはじめのころ私はカントの愛読者であったo」1乏). といっているようにパースは「純粋理性批判」の先験的分析論をたんなんに検討したo 1867年に執筆されたものは論理学に関するものばかりである。 ヴュソの「確率論」の書評(「北アメリカ評論」)で,確率論の三つの塾としてrealistic, な立場を否定して,. 「信頼度が大 局的になんらかの真理に対応するた糾こは,一一般的統計的事実一客観的な-の表現で. conceptualistic,. nominalisticをあげconceptualistic. なければならない。」というときパースはCosmologyを考えていたように思われる。. 1868. 午.i-スは-1)ス,ブロックマイヤーを中心としてセント・ルイスで創刊された「思弁哲 学雑誌」14)に次の三つの論文を寄せている. ( Ⅰ). Questions. (II). Some. (Ⅲ). Grounds. concerning. Consequence? of Validity. Certain of Four of. the. Factllties. Claimed. for. Man.. Incapacities Laws. of Logic. (1)においてパースは中世の権威主義のかれによれば近代的変形である直観,自意識を批 判する。批判は心理的事実とか哲学的な理論とか多方面からおこなわれているが,一見カ 「しかし,上述の時間,空間論はか ントに反するような所論になっているようにみえる。 ならずしもカントの理論と矛盾しない。 ・-・カントによると時間,空間の知覚は心のプロ セスー直観における統覚-から生ずるもの.なのだ。カソトの感性論の要点は(i) 晋遍的,必然的命題は経験においては与えられない。 (ii)晋遍的,必然的事実は経験一 般の諸条件によって決定される,ということにある。晋遍的命題とはかならずしもすべて のひとが信ずるということではなく,あることをその全館域において主張することであり,. 必然的命題とは事物の現実的状態のみならず,可能的状態についても主張することであつ て,そう考えぎるをえないという命題をいうのではない。. (i)での経験は・-・感覚の印象. が意識と結合し,構想力によってモデル作成,さらにそこから論理的に浜鐸できるすべて の定理までふくめていわれる。この意味でほ普遍的,必然的命題は経験においては与えら れないといわれるにしても,そのばあい経験からえられる帰納的結論も経験において与え. られないということになる。まさにカントが指摘しているように,科学的帰納の普遍性, 必然性は哲学のそれのアナローにすぎない。そ・してこのことは,科学的結論を若干の払い 戻しなしに認めてはならぬという限りに ぉいては正しい。だがこれは事例が不充分である.
(7) 初. からそうなのだ。. 期. の. --(ii)は帰納法にほかならぬ。. パ. ー. 7. ス. --帰納法を有限な経験にではなく,,. 全人弊経験に適用すればカント哲学を正しく発展させたことになろう.」15'′く-スは自意識. の問題についても,上述の脚注でのべたようにその裏づけがあるかどうか,あるいは,な いとすればprobable. causeとして直観(自意識の)を認めるかと問い,無知とか失敗と. いう経験を通じての自意識を認めようとしている。無知と失敗はreal. knowledge,. truth. と相関関係にあると考えられる。そ・して真理は認識の本質だ。認識には知らぎれるしかも 知りうる実在が立ちはだかつている。しかし一切の可能な認識に対立するものは白己矛盾. である.つまり認識可能と有とは形而上学的に同一であるのみでなく同意味語なのだo」16' 「認識はプロセス」であることをパースは「人間に具る能力と主観,自意識,内観の否 定によって,主張し,いちおう確立された経験主義,帰納主義の諸原理をつきつめて, (Ⅱ), (Ⅲ)において実在,個体,論理法則の妥当性等の諸問題にまで拡大していく。. (Ⅱ). はデカルト主義の批判からはじめられる。パースによればデカルト主義は(i)普遍的懐 (iii)中世の多様な推 疑から出発し(ii)確実性の究極のテストは個人の意識にあるとし, 読.を一本の糸の推論でおきかえ, (iv)中世の神秘的信念を放棄したものとしてとらえた。 「これらの諸点に関していえば近代の哲学者はおおむねけつきよくはデカルト主義者であ る。私はスコラ主義にもどるつもりはない。私には近代科学および近代論理学がデカトル 主義とはひじように異った基盤に立つことを要求しているように思われてならないo」17'と (i)哲学の出発点としてデカルトは普遍 パースはいう。デカルト主義のもつ難問は何か。 的懐疑をとるが,すべてを疑うことは,疑うこと自体を疑わないかぎり,自己欺隔にすぎ doubtとはいえない。疑うにたる積極的根拠があるときにのみ疑 なく,現実的懐疑real うべきである。したがってパースが問題にし,懐疑するのは当時の科学,論理学がその根 (ii)真理の究極的テストは哲学者の共同社会communi底にひそめている偏見であった。 ty. of. pbilosophersに求められねばならない。. (iii)「哲学は周到な吟味のできる経験的前. 操のみから出発するというかぎりにおいてその方法において成果をあげた諸科学を見倣わ ねばならない。 けねばならない。. --そして一本の糸ではなく,細くとも,よりあわされた索条のようでな (iv)観念論でない哲学は思索から生じてもそれ自体は思索されないある. 物を想定する。ところがこれはsignsからの推論によってのみ知ることができる。そして. 記号からの推論が正当であるという根拠はその結果が事実を説明することだ。」18'(Ⅰ)の 直観否定の結果をパースは反デカルト主義の四つの原理に要約した。 (i)によって外界の認識を意識に基礎づける偏見が排除される.意識に関する命題は 通常「外界」とよんでいるものを説明するのに必要な仮説として以外には認めてはならな (iii)ところで認識は記号 い。 (ii)諏識はIntrospectionではなく,プロセスであるo signなしに行なわれない。. 「われわれが思考するとき意識には記号としての役割をはたす. 感情,イメージ,概念等が生ずる.. --これらのものはすべてわれわれ自らの現象(われ われ自らということは無知と失敗から証明されるが)であるといえる。しかしそれは同時 にわれわれの外の何物かの現象でないとはいえないo」19'いいかえると記号は何に対して, 何を代表して,何においての三つの側面をもつ。記号はさらにその素材的なあるいはp血y-.
(8) 8. 川. 村. 仁. 也. sicalな面においてではなく思考との関連において表現機能を顕著に発揮する‥思考はそ れ自体としては単純で未分の.形をとるが,このばあいには知的価値をまったくもたず,意 味をもたない。意味とか知的価値は「あとにつづく思考と結合するという点にある。だか ら思考とはまったく潜勢的なものなのだo」_つまりパースによると思考はmaterialなも の,. denotativeなもの,. representativeなものの三つに分類される.しかも思考記号と する立場からすれば「有の概念は記号に関する概念であって」記号に関する考察が示すよ うに,古典的,アリストテレス的な種概念では規定できないものであった. る記号はじつは人間白身であるo」20'「思考の存在は未来に依存するo. 「人間が用い したがってポテンシ. ャルな存在しかもたず,未来の社会の思想に依存するo」21'--個体とはこのような広義の 共同社会から疎外された「否定」にすぎないとパースはのべている.推論を否定すること は意味logical. comprehensionを否定することである.ところで,パースによると対象は 意味にふくまれている諸特徴をもっているからこそ意味が対象に適用しうる.したがって 推論を否定することはすべてを否定することになる22'.. (Ⅲ)は論理法則の妥当性の根拠を 明らかにしようとしたものであるQここでは(i)シpギズム-の反論としていくつかの立. 場があげられている.. (a)すべての証明はそれ白身証明されざる前提に求吟ることから. 一切証明の無価値である.. (b)論理の先き取りがある.. (c)シロギズムは機械的プロセス. でそこには生き生きとした思考がない. が主観的である。. (スウィフト「ラブ-メ-の旅」) (d) 「それゆえ」 (a)についていえば「系列において第一番目のものがないからというこ. とほ系列が時間的に起点をもたないとほいえない」23)といえるし,. (b)はシロギズムでは 前捷に内合されているのは結論ではなく,シロギズムの妥当性であるから, demostrative だから妥当でないという推理を主張することになる。. (c)の主張は公式もしくは機械を用. いるにほ精神を必要とする。ところが精神自体がまた公式であるから,それを動かすには さらに揖神を必要とする.. represent. ・-以下無限に.この立場は地図が土地を. しない. という主張に似ていて,抽象化が否定的な意味で考えられている。. (d)事実が前撞でのべ られたとおりであるなら結論としてのべられたとおりであるというのがシロギズムである。 結論から前捷を浜鐸的に推論するばあい事実的な結合にもとづいて推論されるのだから主 観的とはいえない.パースはシロギズムをプロセスとし,対応説をとっているのである. このことはしかし次の章でさらに詳細にとりあげられている。すなわち. sopbismの三つ. の形態としてあげられているもの,第一は連続性に関するもの(ソニノン),第二は仮定的. なことがらに関するもの,第三は自らの偽を含立する命題に関するものである。第二の型 のソフィズムというのは,. can. とかmayとかmust等のような語によって示され,直. 接法によらない語法にさいして生ずるパラドックスである。. ればならない。できるんだから。」というセンチスで, 的な意味合いでいわれているo. 「君はこのことを実行しなけ 「できるんだから」というのは勧告. しかし事実の命題として考えちれるときは,次のようなパ. ラ■ドヅクスが生ずる。実行されなかったとき,科学者は物理的世界におけるすべての出来 事は物理的に先行する出来事に依存するという見地から,このばあいぼ自然法則によって 実行できないようなことになったのだ。だからたとえしよう′としたところで,実行しなか.
(9) 初. 期. の. パ. ー. 9. ス. っただろうという。だが良心はそうはにもかかわらず,とがめる。二つのうち一つは真で 一つは偽であるとふつうは考えられている。 アであるように思われる。. ・「これが白由と必然についての主要なアポリ --必然論者はいまでは,すべての物理的な出来事が物理的原. 因によって決定されるとか,すべての意志の行為がもつともつよい動機によって決定され. るとか主張しないようだoだが誰もこれまで証明したものはいない。擁護するひとはnni・ versalcausationから帰結されると考えているようだが,行為の原因がなぜ意識にならな ければならないのか.. -・・ホ.ヅプズによると-「1)ヴァアサソ,第四章」一人問はつね. に,もつとも人間を楽しませるものへの反省から行動するという。およそ粗野な見解だ。 ひとはつねに自らのことを考えてはいない。たんに一時的な必要をみるのみでなく,自制. することがより高次のものへ昂揚していく能力であろう。これこそひとが誇るに足る唯一 の自由である」24'o. 1869-70年「イギ1)スの論理学者」という題目でパースはハ-ヴァ-. ド大学で9回の講義を行なっているoパ-スの関心はノミナ1)ズム対1)ア1)ズム・自然科 学q)論理,記号論理にあって,その恰好な地点をイギ1)スは擁供したのであろうoこのこ ろ,G.ライト,N.∫.グリーン,W∴ジェームス,F・E・アポヅト・J・フィスク, w.ホームズ,. 0・. J:B.ウォーナー等とMetaphy申calClubがつくられる25).ハーグァ-. ド大学卒業生で数学,法学,生理学,哲学等の専攻者の小人数のこの集会で指導的地位を 占めていたのはライトである。年齢からいっても最長であったライトはアメリカ天文暦の 計算者として勤務し,わずかの期間ではあったが・アガシがバザーズ湾のペニキ-ズに創 School Historyで教鞭をとり, 1870年--ヴァ-ド大学 立したAnderson of Natural. で心理学の講義をしているD学生時代AsよGrayに私淑した彼には,キュヴィ-に似て 実証と聖書がいりまじったアガシとは異っていたo. 「実証主義は哲学であろうとするかぎ. り,それは諸科学以上のものであるQそれは(諸科学にもとづいた)普遍的方法,仮説, 原則の体系でなければならぬ。また,たとえ絶対的な意味での普遍的科学でなくとも,覗 ライトによると形而上学的思考法は実在を現 実科学と共存せねばならない」26'oというo 象の底にひそむものとすをがこのようなontological. faithは野蛮人の思考法と相通ずる. ものである.哲学ほ究檀の原因を追求するといつた非生産的な試みを放てきして自然を経 験することで満足しなければならないo彼はこのような立場からその実験的方法を意識の 「北アメリカ評論1873年)27' (The Evolution of Self-Consciousness, 問題に適用した。 creation'のような難問をもた この論文でライト甘藍化諭は他の仮説たとえば`special ない。しかし自意識の発生は進化論でもいぜん難問とされているoライトはまづ遷化が軽. から種-という意味と同一瞳のなかでの程度の問題との二義にとらえられていることを指 摘し,偶然発生から種の形成というとき,それは経験的に説明できるものであって他の諸. 科学と方法的には異なるものではなく,自然現象にほかならぬとのべ,こゐような自然現 象を超自然現象とする神秘主義は人間と動物とのあいだに超えることのできない深淵をつ くるものだとして,次に科学の性格にふれて記号のindirectな,意志的な使用法を強調 している。パースもいっているように,ライトのダーゲイン擁護論はメタフィジカル,ク 「ピュアタニズムの時代からプラグマチズムの時代に. ラブで討論に附されたものである。.
(10) 10. 川. 村. 仁. 也. いたるまで進化と啓蒙とは数しれぬ小ぜりあい,戦闘,戦争をくりひろげたo」28,といわれ るように進化論は大きな問題であった.ライリーは1859年以前を前ぶれの時代以降を解 釈の時代にわけているが,. 「種の起源」をそのsocial. implicationとして理解することと 29',科学として,あるいは存在論として理解することとはおのずから別の問題であってメ タフィジカル・クラブはそれぞれのメンバーによってニュアンスのちがいはあるがmeta. p血ysicalにとったのであるoライトは進化論を生物学と心理学に限定して,歴史,倫理に. 拡張することを警戒した。. -ーヴァ-ド大学で生物学を担当していたアガシ(ライト,ジ (1859年)で分類はarti丘cialである ェムス,パースは彼の講義をきいた)は「分類論」. のかnaturalであるのかと問い「われわれの研・究の秩序と配列は動物生活の自然的,原始. 的関係に基いている.」とのべて創造の事実と人間の知性との予定調和を説き,自然研究は 発見することでほなく痕をたどることだといっている30,0. 「ライほはダーヴィンに熱中 しているo進化論は彼にはミルの代りになるものらしいo」81,とパースはかいている.ラ. イトはミルの「ハミルトン批判」(1865年)によってカントからミル-転向していた。同じ クラブのフィスクが,. 「進化論」をようごした論文を「北アメリカ評論」に投稿して卒業を 危まれたのほ1864年であって,化学者のC.W.エリオットの総長就任とともに--ヴ ア-ドで実証主義哲学を講義した(1869-72年)という事情が物語るように進化論が市民 権を獲得した時期であった。. パースほ1896年「プラグマチズム」で当時を回想して次のようにのべている.. 「1870年. 代のはじめころケンブリッヂでわれわれ青年が数人集って,半ばアイロニカルに半ば昂然 と「形而上学クラブ」をつくって-というのはそのころ不可知論が流盛をきわめつつあ って一切の形而上学を拒否していたからだ。. -ときには私のところ,ときにはW.ジ 'ごちそうをたべているときに,むかしまいた. ェイムズのところで集まることにしていた. 種子の話を好まぬ旧友があるかも知れぬ.しかしホームズ判事もJ.ウォーナ-も誇りを. もって追想することをゆるしてくれるだろうと信ずる。学識ある有能な弁護士であるN. J・グリーンはもつとも興味あるもののひとりでベンサムの弟子であった.. -・・グリーン. はbeliefについてのペインの定義を『ひとがそれにもとづいてまさに行動しようとする もの』として適用することの重要性を強調した。プラグマチズムはこの定義の系にすぎな い。. --当時哲学界で著名であったライト氏はつねに出席していた。彼はわれわれの会の. コルフェウスともいうべき人物であった。いや彼はほわれわれのbo∑ing masterであつ たといったほうがいいo向っていくといつも手ひどくやつつけられたのだ。彼ほ-ミルト. ンへの傾倒からはなれてミルの学説を採用し,それとその不可知論に異質のダーウィンの 考え方を接合させようとしていたo. J・フィスク,. F・. E・アポットはときたまでできた。. われわれの精神に賛同してはいたが,その成果に同意を表明してはいなかった。ライト, ジェイムス,それに私は科学者であって形而上学老の諸学説を,括神的に重要であるとみ. なすよりも・その科学的な側面において吟味していたのである。われわれの思考のタイプ はイギリス風であった.私だ桝まカントを通して哲学にはいってきたのだが,それでも私. の考え方はイギリス靴りをもっていた」32'。 「私はケンブリヴヂで育った。. 「瞳の起源」が.
(11) 初. 期. の. パ. ー. ll. ス. 出版されたのは21才のときである。当時ケンブリッヂにはひとりの思想家がいたo彼は 何も残していないので,知遇をうけたすべてのひとびとの心にどれほど教育的影響を与え' --彼は力学が. たかを,いまでは知るよしもない。それはチオーソシー・・ライトであるo. 数学の最高の部門とみなされていたころの数学者であったので自然を厳密な数学的見地か ら考えようとした.しかし彼の関心は広く,またA・グレーの門下でもあったoダ-ウ インの大作が出版されたとき私はルイジアナの荒野で測量に従事していたoそれがひき. ぉこした大きなセソセイショソを手紙で知っていたが,翌年の夏まで帰ってこなか?たo もどってみるとライトはダーウインに心酔していた.ダーウイン学説はミルを補うものと 彼は思っていたらしい。いまでもよく記憶しているのだが,私はライトにこういつたo彼. 『この進化論という考え方はあなたのいだ. は賛成しなかったけれどあきらかに困惑したo. いている他のお気に入りの考え方よりもはるかにすぐれた生酒力をもっている.のであつ. て,いまは連想主義という木をよぢのぼる小さなツルのように思っているかも知れない が,やがては木をだめにしてしまうでしようと』oどうしてかねと彼はきいたo私は答え た。ミルの学説ほ形而上学にほかならないからですo実証的観察に支えられたダーウイン ダ-ウインの「程の起源」がひき. の学説は致命的なものになるにちがいありません」28)o. ぉこしたセソセイショソとパースはのべているのほ1860年代から70年代のはじめにか けての,とくに「人間の由来」が出版されてからの(1871年)激しい論争がいわれている (1863年), 「進化と型の恒久性」 (アトラソティ のである。アガシは「生物学の研究方法」 1874年)によって,進化の基礎を実証的に拡大・深化させはしたが・ (ル・コソり「アガシには生 「そこから科学的構築をきづきあげることはできなかったo」 ク・マンスリー,. まれつき精神的な信念があって,それが外の世界についての彼の解釈に全面的ににじみで 「自然科学の立場から素描 (∫.ライマン「アガシの思い出」)といわれているo (P・レズリー, 1868年),同年のアポットの「哲学的生物学」 された人間の起源とゆくえ」. ていた。」. (「北アメリカ評論」)A・ウインチェル「創造の素描」. (1870年)マイヴアート「瞳の創造」. 「アメ1)カソ・プレスビチアリアソ・レヴ (同年)「ダ-ウインの瞳の起削(J・パスコム, (J・B・テイラー「ニュー・ ィ-ユ」 1871年) 「キリスト教と関連した博物誌における進化」 (同年)W・バジョット「物理学 ィソダランダー」1871年)パスコム「科学・哲学・宗教」 と政治学」. (1872年) C・ホッヂ「ダーヴィニズムとは何か」. にもとづいた宇宙論概説」. (1874年)フィスク「進化論. (同年)0. パースの回想をこのようなclimate. of opinionにおいて考えてみるとboxingmaster. としてのライトとパースをふくめての他のメンバ-との思想的交流の情景が想像されるo 「プラグマチズムの真の定義が何であるかはひじように表現しにくいが・一種のinstinctive. for. attraction. living. factsだ」叫。とパースはいう.この点に関するかぎにおいて. すべてのメタフィジカル・クラブのメンバーは一致していたことであろうo against. Formalism. (M・ホワイト)であったoしかし1iving. Revolt. factsとは何か,という. ことになると形而上学の問題であって,おそらく・ライトと他のメンバーとのあいだに激 Make Belief', `How七o ・the Fixation しい論争がひきおこされたことと思われるo. Our.
(12) 12. 川. 村. 仁二. 也. IdeasClear'に定式化されてくる′く-スのプラグマチズムは,周知のようにジよイムスの それとはかならずしもー致していない。. 註 Papers,. Collected. 1) 2). P・. 3). W・. P・. Wiener・. B・ Gallie,. 2.9. Evolution. Peirce. and. Founders. the. Pragmatism,. and. of Pragmation,. 1952.. Men and 4) J・ L・ Blau, Movements in American 102. C.P.,6. 5) 6) Ⅴ・ L・ Parrington, Main Currents in American 7)以下の資料はCollected Papersに限定される。 8) Lowell Lecturesは散逸しでしまって,その一部IV. 1949.. 34-35.. pp.. Pbilosopby, Thought,. 1952; 1930. ⅠⅠⅠ. p.. (C・ P・ 7131-137),. 23. ⅩⅠ. (7・578-596)お. よび「アリスけレスのシロギズム覚書き(2・792-806)のみが全集に収められている。 9) 10). C. C.. P., 7.578-596. P.,7.. ll) 12) 13). C.. P.,またibid.. 582.. C.P,.4.2. C.P.,8.3.. 1チ)タウンセソド, 「アメ1)カ哲学史」市井訳第八草参軌 15) 16). C・. P・,5.. C.. P., 5. 257.. 222脚註。. 1.7) C. P., 5. 265.. 18). C.. P.,5.. 266.. 19) C. P., 5. 283. C. P., 5. 314. 20) 21) C. P.,5.316. 22)パースのlogical. comprehensionに内在する素朴なrealismについてはここではふれない。 of C・ S・ Peirce H・ 1952所収のMI Thompsonの`The. in the Philosophy cf.・ Studies Paradox Peirce's Realism' of. 23) 24) 25). C.. P.,. C.. P., 5. 340.. 5.. 26). C・. Wright・. 27) 28) 29). P・. R・. Wiener,. W・. 327.. ibidリ§. 2.. Philosophical. Anderson. Riley,. and American. M・. Discussions H・. Fisch・. Tbougbt Socialimplicationについてはcf・. 1877,. 1915. pp. R・. Anderson. 32). C.Pリ5.12.. 33). C.. P.,5.65.. 34). C.. P.,. C.. and P., 5.64.. ibid.. Fisch,. ibid., pp.. 398-412.. in America. p.. 1939. 240. pp.. 421∼438.. 173-174.. Hofstadter・. 1944.. 30) 31). (死後出版された). Philosophy. Social. Darwinism. in American. Tho.ught.
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