書評
諸井 克英・古性 摩里乃 著
『動物園の社会心理学-動物園が果たす役割と地方動物園が抱える問
題-』
Review of “Zoo Social Psychology:The Role Played by Zoos and the
Problems of Local Zoos” by Katsuhide Moroi, Marino Furushou
矢野 正
Tadashi YANO
要旨(Abstract) 本書は,同志社女子大学大学院生活科学研究科生活デザイン専攻に在籍した,古性摩里乃さんが提出した修士論 文を,加筆・改稿したものである。古性摩里乃さんは,同志社女子大学現代社会学部社会システム学科に学び,天 野太郎教授の歴史地理学ゼミで「姉妹都市」に関する卒業論文に,熱心に取り組んだ。その際,「姉妹都市」の観点 から,姫路市立動物園も取り上げた。この学部時代の動物園に対する着眼点をさらに深化させるために,特別推薦 入学生として同大学院生活科学研究科生活デザイン専攻に進学され,彼女は,動物園の魅力高揚の諸問題について, 諸井克英教授のもとで社会心理学的観点から格闘・奮闘し,この度,素晴らしい修士論文として世に送り出すこと になった。本書は,大学院での 2 年間の勉学の取り組みを細切れの論文のままではなく,加筆・改稿し「ひとまと まりのかたち」にされたものである。 キーワード:動物園,社会心理学,魅力,いのち,姉妹都市(提携) Key words: Zoo, Social psychology, Charm,Class of life, Sister city allianceⅠ.はじめに 本書は,「第Ⅰ部 動物園が果たす社会心理学的役割」と「第Ⅱ部 地方動物園が抱える問題と地域での役割」,さ らに「付論 虚構世界における動物園」から,それぞれ構成されている。 3 つの章からなる,第Ⅰ部(第 1 章~第 3 章)では,動物園がもつ存在意義に触れたうえで,動物園の魅力の高揚 に対する社会心理学的視点からの論及が行われた。さらに,動物園の魅力に関わる社会心理学的メカニズムを解明す る実証的研究も試みられている。 次の第Ⅱ部(第 4 章,第 5 章)では,動物園がもつ地域社会での役割に関して言及した 2 つの章からなる。現場で の観察及び実地調査も交えながら考察を展開し,姉妹都市提携に伴ういわゆる動物交流の問題点についても,改めて 論議している。 最後の付論では,第Ⅰ部と第Ⅱ部で対象とした現実の動物園とは異なり,コミックといういわば虚構世界で描かれ た動物園の社会心理学的意義について論じているのが,その特徴である。
Ⅱ.本書の内容 本書の内容を,少しレビューしたい。まず,第Ⅰ部と第Ⅱ部に含まれる各章の概要を述べていく。 第1章では,動物園の社会心理学的機能について様々な観点から考察された。まず,動物園研究の意義について焦 点を当てている。近年,学際的な科学として提唱されている動物園が抱える現状を踏まえながら,動物園に対するブ ランド絆感構築の重要性を強調されている。女子大学生(N=609)を対象として,動物園に対するブランド絆感測定の ための心理学的尺度の開発を試み,信頼性と妥当性を確認された。さらに,大阪市の中心部に位置する天王寺動物園 についても検討し,独特の世界である「新世界」の地域とあべの商業地域を含む回遊行動との連結の重要性などを論 議している。 第2章では,動物園の飼育動物に対する性格推測が動物園への来園動機を高めるという前提に立って,実証的な研 究を試みている。ブルーナーとタジウリ(Bruner & Tagiuri,1954)によって提起された暗黙の性格観の考え方によれ ば,一般の人々では性格特性間の様々な関係というものが素朴に仮定されている。この章では,動物園の飼育動物に 対して性格がどのように認知されているかが,主に検討されている。Big Five 尺度(和田,1996)を用いて,まず女 子大学生(N=305)に最も親しい同性の友だち(親友)に関する性格を評定させた。次に,彼らは,動物園の飼育動物 の写真を見て,その性格特性を推測した。その後,2 種類の評定に対して,因子分析的処理及び検定が実施された。親 友の場合には,明確に性格特性の基本的 5 因子(和田,1996)に対応する因子が抽出された。しかしながら,動物園 の飼育動物に関して得られた 5 因子は,親友の場合と傾向が少し異なっていた。性格特性得点に関するクラスター分 析や高次因子分析の結果により,様々な動物の弁別的特徴が見出された。ほかの分析結果も含めての総合的考察では, 動物園の飼育動物に対しても暗黙の性格観システムが発動され,性格推測が行われている可能性が確認されるに至っ ている。 第3章では,人間による動物のいのちに対する介入をめぐる問題が,動物園における「園内リサイクル」のシステ ムを論議の糸口として検討された。とくに,動物園内で生息している動物のいのちの問題や最近の小学校などの教育 現場で重要視されている飼育動物といのちの大切さに関する学びとの連結などに焦点を当てて論じられた。動物のい のちの問題というものが人間存在の捉え方にかかわる極めて哲学的で,倫理的な観点を前提としているかということ が確認された。 第4章の目的は,地方動物園の現状を検討・把握し,これらの動物園が直面している様々な問題を浮き彫りにする ことであった。佐渡友(2015,2016)は,第二次世界大戦後の日本の公立動物園で採用された経営方針を分析し,1960 年代半ばから 1970 年代半ばにかけてパラダイム転換(公的資金の投入を前提とした運営)が起きたことを指摘した。 戦後の高度経済成長が,1990 年代に終焉したことに伴い,多くの地方動物園が財政難に陥った。しかしながら,様々 な再生方略を採用することにより経営が回復方向に向かっている動物園も多く認められる。また,関西圏にあるいく つかの地方動物園の現場での観察調査に基づき,地方動物園の役割と存在意義が論議された。観察事例として,福知 山市動物園,五月山動物園,大内山動物園の 3 つの園が紹介され,環境エンリッチメントの試みについてから地方動 物園の役割と意義についてを考察している。 第5章では,オーストラリア連邦南オーストラリア州の州都であるアデレード(Adelaide)市と兵庫県姫路市の姉 妹都市提携の象徴として,姫路市立動物園に寄贈されたウォンバット(wombat)の役割を中心に検討している。1982 (昭和 57)年に,アデレード市と姫路市との間で姉妹都市提携が締結され,これを記念する形で 1985(昭和 60)年 にウォンバットが姫路市立動物園に寄贈された。しかしながら,姫路市立動物園は,集客方略のために寄贈されたこ
のウォンバットを役立てることができなかったのであった。この動物園が採用した方略は,姫路市が実施する様々な 行事との連携であった。これは,ウォンバットを中心に据えた大阪府池田市の五月山動物園の場合とは大変対照的な ものである。このような対照的な事例を含めて,姉妹都市提携の象徴としての動物交流の意味と意義について,それ ぞれ論議された。 最後の付論では,コミックに描かれた動物園が現実の動物園がもつ神秘性を基盤とすることを明らかにしながら, 虚構世界を描いたコミックが現実の動物園の魅力の高揚につながることを改めて示唆している。 Ⅲ.おわりに 以上,本書の内容を紹介してきたが,大阪市の天王寺動物園園長の牧慎一郎氏は,「動物園の動物や動物園そのもの が人々にどうとらえられているのか?地方動物園に未来はあるのか?動物園という多義的な存在を理解するための多 くのヒントがここにあります」と,本書の刊行にあたって,推薦文(帯)のメッセージを添えられている。地方動物 園の未来や持続可能な動物交流への提言は,大変すばらしいものであると客観的に感じられ,裏付けのための実地調 査も精緻にかつ丁寧になされている印象を受けた。 奇しくも,2020(令和2)年の3月末をもって,大阪府のみさき公園が 63 年の歴史の幕を下ろし,閉園となった。 いわゆる公立の動物園ではないが,大手私鉄の1つである「南海電鉄」が経営母体であり,イルカショー,動物園, 遊園地が楽しめる「総合レジャーランド」であった。大阪府泉南郡岬町に位置する都市公園であり,南海電気鉄道(南 海)が創業 70 周年記念事業として,1957 年 4 月 1 日に開業した。2020 年 3 月 31 日までは, 日本動物園水族館協会 加盟の施設として,遊園地・動物園・水族館などを運営してきている。学芸員(博物館)資格を持つ筆者としても, 若い頃に訪れた経験があるので,この度のみさき公園の閉園に際しては,たいへん残念な思いでいっぱいである。 さて,書評に戻ろう。動物園というのは,たいへんに魅力溢れる神秘空間である。誰もが学校の遠足などで,1 度は 行ったことのある原風景でもある。また,生涯に 3 度訪れるといわれる動物園。最初は親と,2 度目は子どもと,3 度 目は孫と…。いやいやもっと魅力に溢れる神秘な空間ではないだろうか。あなたは,どんな動物園が好きですか?動 物たちにも,性格ってあるのでしょうか?地方動物園のゆくえは,果たしてどうなるのか?日常空間では決して遭遇 できない動物たちとの出会いの場,それが動物園なのである。さぁ,文科系「動物園学」を一緒に学び,共に語ろう ではありませんか。最後に,古性摩里乃さんの修士論文を,二人三脚で指導された諸井克英教授にも,ここに敬意を 表したい。そして,素晴らしいご高著が世に送り出されたことに,改めて称賛を送りたいと思う。 最後に世界中で,新型コロナウィルス(COVID-19)が猛威をふるっており,今回の新型コロナウィルス感染症の 蔓延が,社会に与える影響は甚大なものとなっている。米ニューヨーク市のブロンクス動物園の4歳の雌のマレート ラ「ナディア」も、飼育員からの感染が判明した。また,アムールトラやアフリカライオンなども体調を崩している そうである。日本政府から初めての緊急事態宣言が出されていくつかの街が静まりかえる中,阪急池田から五月山公 園へと散策に出てみた。閉園している五月山動物園。動物たちは,何を想うのか。そんな折,純粋にふと動物園の魅 力高揚に関する古性摩里乃さんの修士論文を読んでみたくなった。 【本書の構成】 目 次 本書の構成とねらい
第Ⅰ部 動物園が果たす社会心理学的役割 1章 動物園におけるブランド絆感の構築を目指して 1 動物園研究の現在 2 動物園に対するブランド絆感測定の試み 3 大阪市天王寺動物園の未来 4 動物園研究への旅立ち 2章 動物園で飼育されている動物に対する性格特性の推測 1 動物に対する性格特性の推測を生みだす 2 調査のデザイン 3 動物園・動物はどのように見られているのか 4 動物に対する性格の推測が動物園の魅力高揚に果たす役割 3章 人間による動物のいのちに対する介入をめぐる諸問題―いのちに関する考察― はじめに 1 動物園における生と死 2 動物を育てて自ら食べることの意味 3 動物のいのちに関する問題の深遠さ 第Ⅱ部 地方動物園が抱える問題と地域での役割 4章 日本における地方動物園の現状―いくつかの地方動物園に関する考察― 1 日本における地方動物園の現状 2 関西圏に位置する地方動物園に関するいくつかの観察事例 3 地方動物園の未来 5章 「姉妹都市」提携事業として姫路市立動物園に寄贈されたウォンバットのゆくえ はじめに 1 「姉妹都市」提携を活用した姫路市立動物園の事例 2 持続可能な動物交流へ 6章 ここまでの暫定的結論 付論 虚構世界における動物園―『逢魔ヶ刻動物園』が描く変身の妄想的世界― 1 現実から虚構へ 2 園長〈椎名〉は本当に「自己中」? 3 丑三ッ時水族館との争い 4 ヤツドキサーカス団との争い,そして大団円へ 5 『週刊少年ジャンプ』誌と『逢魔ヶ刻動物園』 6 変身の場としての「逢魔ヶ刻動物園」 7 動物園がもつ「神秘性」の意義 あとがき (書誌情報:晃洋書房,平成 30 年 9 月 20 日発行,A5 判,全 162 頁,ハードカバー,税別 2,000 円,ISBN
978-4-7710-3088-6) 【関連資料論文一覧】 ・古性摩里乃(2018)「魅力ある動物園の構築に関する社会心理学的研究:動物園が果たす社会心理学的役割と地 方動物園が抱える諸問題」同志社女子大学大学院生活科学研究科修士論文 ・古性摩里乃・諸井克英(2018)「わが国における地方動物園の現状:いくつかの地方動物園に関する考察」同志 社女子大学生活科学,51,pp.26–34 ・古性摩里乃・諸井克英・天野太郎(2018)「地域社会における「姉妹都市」提携の機能と直面する課題(3): Adelaide 市と姫路市との「姉妹都市」提携事業として姫路市立動物園に寄贈されたウォンバットの事例」同志 社女子大学生活科学,51,pp.17–25 ・古性摩里乃・諸井克英(2018)「動物園の社会心理学(2):動物園で飼育されている動物に対する性格特性推 測」同志社女子大学生活科学,51,pp.1–16 ・古性摩里乃・諸井克英(2017)「人間による動物のいのちに対する介入をめぐる諸問題:いのちに関する一考 察」同志社女子大学生活科学,50,pp.50–55 ・古性摩里乃・諸井克英・天野太郎(2017)「地域社会における「姉妹都市」提携の機能と直面する課題(2):小 田原市の事例」同志社女子大学生活科学,50,pp.19–23 ・古性摩里乃・諸井克英・天野太郎(2017)「地域社会における「姉妹都市」提携の機能と直面する課題(1): 「姉妹都市」提携の歴史と広がり」同志社女子大学生活科学,50,pp.13–18 ・古性摩里乃・諸井克英(2017)「動物園の社会心理学(1):動物園におけるブランド絆感の構築を目指して」同 志社女子大学生活科学,50,pp.1–12