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罪の文化再考 : キリスト教(パウロ)における罪と仏教(親鸞)における罪業の比較思想的考察

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(1)

MEMOIRSOF SHONAN INSTITVTE OP TECHNObOGY Vol. 29,No. 1,1995

\6DJ(It

pt21;

I

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13

mu

[]:

E

)c*

On

Reconsideration

of "guilt culture"{ontrastive

Study

of

Guilt

&

Tsumi

"For

well

I

know

my misdeeds, and my sins confront me all

the

day

long."

Psalm

51

Tateo

T.

KANEKo

Pretace.

(1)

The

problem: 'guilt culture' vs. `shame culture'

in

"The

Chrysanthemum

and the

Sword-Patterns ef Japanese

Culture"

by

R.

Benedict

R.

Benedict.

the female American anthropologist states inher book "The

Patterns

of

Cultures"

that foreign nations'

behaviours,

however strange they may appear, are consistent according totheir inner

logic

which

derives

from

theirown social structures.

During

the

Second

World

War,

she was required

by

the

American

Government

towrite an essay on

theways of behaviour and thinking which are peculiar to

the

Japanese

peeple. Inthe

book

titled"The

Chrysanthernum

and the

Sword"

she

defines

Japanese

culture as a "shame

culture' and

Western

culture

as a `guilt

culture'.

Kazuko

Tsurumi,

the earliest

Japanese

reader of

Benedict's

book

wrote a short

critical introduction toan acadernic monthly magazine "tuM

ShisO

(voL

No. 276)" inApril in 1947. In itshe quite severely criticized the anthropological method

Benedict

had applied to

Japanese

society.

Since

the publication of the

Japanese

translation

in

Dec.

1948,

a series of criticism,

both

negative and positive,have come into being.

The

negative critics were, e.g.

K.

Yanagita,

T.

Watsuji

and a

bit

later

S.

Tsuda.

The

positive

ones

included

T.

Kawashima,

an authority

in

the

field

of

legal

sociology and others.

Anyway

"The

Chrysanthemum

and the

Sword"

became popular with

journalists

and ordinary people. Inparticular, the contrastive schema of `guilt

culture' vs.`shame culture', what can

be

called the

high-light

of the

book,

became

very popular.

(2)

Necessity

of analyzing the rneaning of `guilt'

or `tsumi'

After

that

many analyses* of

'haji

(shame)'

have

been

published

by

Japanese

scholars, calling

Benedict's analysis of `haji'

inadequate.

But

What about the analysis of `tsumi

{guilt)',

then?

Although

some

Japanese

scholars pointed out that therealso exists 'haji

(shameY

in

Western

society, the society of `guilt

culture' or that`haji'

is

more

fundamental

than `tsumi',

it

is

Kunio

Yanagita

alone who referred

to the

Japanese

word "tsurni"

mentioning that until quite recently ithad been used frequently in

Japanese

everyday life.He comments, ina rather ironicaltone,that thereprobably isno nation inthe

Western

world where

the

word "tsumi"

is

used as much as itisin

Japan.

There

have

been

some contrastive studies of Buddhism and

Christianity,

in particularof `tsumi'

in

Buddhism and

'guilV

in

Christianity.

Yanagita

made rne aware of the necessity toanalyse `tsumi

(sin,

misdeed, tresspass)'

in

relation to

Benedict's

schema of 'sin

(tsumi)'

and `shame

(haji)'.

Certainly

Japanese

used

to

refer

to

the expression'

tsumi

na koto

{sinful

deed)

or `tsumi tuskuri

(commit

sin or

do

a cruel thing)'.But

in

the very usage of Yanagita

I

feel

a slight difference between the two words i.e.

*

tyrsscre

enthN

STZut

6

ff

1O

A

11

Eettt

(2)

-97-湘南工科大学紀 要  第 29 巻  第 1 号

tsumi

and

sin or guilt

 

Tsumi ’

o ガ zaigO

isavery

 

important

 concept  

in

 

Buddhism ,

 

in

 particular

 

JyOdo

mon

 especially  

in

 the

denomination

 of 

J6do

shinshu  

founded

 

by

 

Shinran,

 

Shinran’

s concept  of ‘zaig6 ’

has

 often  

been

 con

sidered  

to

 have the same  meaning  as 

St.

 

Pau1

s use  of the wQrd

sin

 

In

 

the

 

framework

 of 

Buddhism ,

Shinran

 uses such  words  as

g6

g6hO

and

innen

 while  

St.

 

Paul

 uses the word

sin

in

 the 

framework

of 

Christianity

 

They

 are not 

identical

 

First

 of al1

 we  should  make  

it

 clear

3

Task

 Therefore in this paper 1We  shall try to contrast  the two concepts  i

e

tsumi

sin in Buddhism

referred  to by 

Yanagita

 and ‘

sin

’in

 

Christianity

 

by

 

Benedict.

 

More

 specincally

 we  shall  compare

Shinran’

s

tsumi (zaigO }

with  

St.

 

Paurs ‘

sin

through  an analysis  of the two  religious  theories

 

We

should  search  

for

 

both

 

differences

 and  similarities  

in

 the two  

different

 religions

 

And

 then (2)we  shall

examine  the 

different

 attitudes  of protagonists in 

N .

 Hawthorn

s

The  Scarlet Letter

and  N

 SOseki

s

Mon

The

 

Gate

 

That

 

difference

 

in

 consciousness

,【assume , 

derives

 

from

 

the

 

d

丗erence  

between

Christian

 culture  and  

Buddhist

 culture  after al1

 

And

 

lastly

3

Ithink

 the ultimate  

difference

 comes

from

 the one  in Western  ego and  

Japanese

 ego

 

In

 other  words

 the point 

is

 where  we  emphasize  the

cause  Qf

sin

 

Do

 we  take 

the

 cause  of our  lsin

as cQming  

from

 ourselves

It

 

follows

 that we  take 

its

responsibility  by ourselves

 But if we  believe 

in

 outside  

forces,

 

beyond

 o control

 outside  of ourselves

something  like fate

then we  would  not  be responsible  for our  misdeed

 *

See

 

K .

 

Sakuta,

 

Haji

 no Bunka  

Saik6,

 

Shis

δ no  Kagaleu

 April 

19640r

 

Chikuma

 1967

 

T.

 

DQi,

 

Haji

 

to

   

Tsumi ,

 

Amae

 no 

K

δzδ

1(6bundO

 February  l 

971,

B

 Kimura

 

Hito

 to 

Hite

 t()no 

Aida ,

 

K6bundO ,1972

序   問 題の所 在  (

1

) 「菊と刀」にお け る 「罪の文 化 」vs

「恥の文 化 」  ア メ リカ の女 流 文 化 人類 学 者

R .

ネ デ ク ト は 化の型』の な かで文 化と伝統を異にする他民 族の行動は いか に異 様に見 えるものであっ て も

そ の民族特 有の社 会構造に基づ

し た内面 的 論理によっ て貫か れて い る と 言 う。 彼 女 は第

2

次 大 戦中に ア メ リ カ政 府に よっ て 文 化 的に きわ めて異 質な対戦国日本の国 民に固有な行動 様 式や発 想 法

即 ち 「日本 文 化の型 」に関 す る論 文 を書 くこと を 委 嘱 される。 その 『菊と刀 』の中で彼 女は西欧

キ リス ト教文 化を 「罪 (罪悪)の 文化sin

 guilt culture 」

日本 文化を 「恥の文 化shame  culture 」と規定 する。 昭 和

23

年 12 月に邦 訳が公 刊 されて か ら

もっ とも 昭 和 22 年 4 月

鶴 見和子は批評 と紹 介を 「『菊と刀 』

ア メ リ カ人の みた日本的 道徳観 」2) と 題 して 『思 想 』

1947

3

,NO .

 

276

寄せて い 。 彼 女の批判の中 心は ベ ネデ ィク ト の採 用 した方法に関 する もの であるが

論文 の内容につ いて

辛辣 な 調 子で批 判 してい る

次々 と 評価や批 判3)が 世

 評 価 は二 つ に分か れ た

柳田國 男

和 辻 哲 郎そ してす こ し後の津田左右 吉4)批 判

し三氏 と も批 判 は ない と断っ て い る が

は否 定 的なもの

法 社 会学 者 の川 島 武 宣の 批 判は論 文の価値につ い て肯定 的な もの だっ た。『菊 と刀』は少 な く と もジャ

ナ リズムの間や

般の人々 にけは した と く に論文のハ イ ライ トと言う べ き 「文化 」対 厂恥の文 化図 式は有名になっ た     罪の概 念 分 析の必要性  ベ ネ デ ク トに関 する分 析が不十 分で ある と し て, わ が国に お いて も恥の分 析に関して は

多くの考 察 5, が加え ら れて きた。 しか し罪の分析の ほ うは どうで あろ う か。 「罪の文化で あ る西欧に も恥が あ るで は ないか

恥 の ほうが罪より

より根 源 的で ある」 と指 摘さ れ ること はあっ て も

日本に も罪ッ ミとい う言 葉が あり

日常 世 界でっ い先 頃まで頻繁に使 わ れて いた と切 り返し たの は 流 石に柳田 国 男だけで あ る。 「日本人の大 多 数のもの ほ ど

罪とい う言 葉 を朝 夕口 に して いた民族は西 洋の基督 教 国にも少な か っ たろ う」 と柳田は聞きように よ っ て は 皮 肉とも取れ る言葉を吐い て いる。 た し か に現在迄の と ころ

日本に おい て

浄 土教の罪 業観と キ リ ス ト教の罪 悪 観の

仏 教 とキリス ト教の対 比 研 究6レが な さ れて はき た が, この ベ ィ ク トの 「罪と恥」とい う図式に 関して

日本に もあ る 「罪ツ ミなこ と」

「罪ッ ミ作り」 とい うような 言 葉の存 在に言 及 し

日本 文 化にお け る罪 の 問 題に注 意 を 向 け させ たの は 前 述の如 く柳 田を おい て 他に な か っ た。 そして私は柳田の批 判の ま さに こ の部分 に

即 ち柳 田の い う罪 とベ ト の いう罪 とはそ の 内実に おい て異な る もの で は な い か と言う疑 問を抱いた の で あっ た。  仏 教とくに浄 土 教 系の宗 教に おい て は罪業は重 要な概

一 98 一

(3)

罪の文化 再 考 (兼 子 盾 夫) 念である

と くに親 鸞の真 宗に おい て そ うで ある。 し か もこの親 鸞に お け る罪 業が キ リス ト教にお ける罪

と く にパ ロ の罪 と 同

の 内 容 を 語る もの の ように取 り扱 わ れ るこ と が あ る。 し か し親 鸞は仏 教の 枠 組の な かで 業

業 報

因 縁 と言 う意 味で罪 を使い

対 峙 る個 人の犯 す 罪 の意 味で 使用 して い るこ と は明かで あ る。 そ れ は けっ して同

 identicalを もた ない。 その こ と が 先 ず 明 確に意 識 さ れな け れ ばな らない。  そ れ故

小論で は まず (1)ベ ネ デ ト の言 う西 欧キ リス ト教における罪の 概念

柳田のう 日本 的 (神 道 的7) ではな く

仏教 的8) )な罪の概 念と を構 造 的に対 比さ せ るこ とを 試み る 具 体 的に は もっ ぱ らパ ウ ロ によ る罪 と親 鸞に よ る罪 業と を そ れ ぞ れの 宗 教の もっ 独 自な構造 を通 して

その類 似 点・ 相違点を明らかに して行 く

そ して次に {

2

)ピ

ュー

リ タン社 会と罰の 文学で あ るN

ソ ン の 『緋 文 字 』 と 業 報の文 学で あ る漱石の 『門 』 にお け る

主 人 公の抱 く罪 意 識の在り方の相 違を見る

そ れ は キ リス ト教 的な文 化と仏 教 的な文化にお ける罪意 識の 相違で ある。 そして最 後に (3)私は両 者の罪 意 識の 最 終的な違いが何処に 由来する か を考え

そ れを 東 西に お け る個

我の たて方の相 違に 由 来 するもの と考え る。 これ は換 言 す れ ば 罪の原 因 を どこ に お くか

罪の原因を 主体 的に自己の責任と認め そ の任 を 個 人で 引 き 受け て 行こ うとする か

そ れ と も個 人の意 志を越え たなん ら か運 命 的

外的な力の を 認め るのか とい う違いで も ある

第 1 章

 

キリ ス ト教 的 な 罪 と 仏 教 的 な 罪

         対

的考察

 (

1

) 柳田 の言う罪ツ ミ概 念  柳 田 はベ ィ ク ト に批 判 な か 本 人の 大 多 数の者ほど

『罪 』とい う言 葉を朝 タロに して た民 族は西洋の基督教国にも少 な かっ たろ う」 と述べ

「ッ ミ 作 りと かッ ミな こ と をする な と い う文句が, 今で はすっ か り狭 義の意 味に限定さ れ

主 と して い もの い じ め

無防 御な者を攻 撃 すること

例え ば小 動 物に対 して 無益 な殺 生を する こと」を 意味する よ うに と変 化 し た が

そ れで も 「

方に あ ど け ない児 な ど を形 容して ッ ミ の無 い顔 な ど とい う言 葉 が

昔 通 りイン ノ セ ン ト の意 味で使 用されて い る」 と述べ い る

そ してその後に 「神 道の 罪は祓い とい に よ っ て こ の世な が ら

浄め消 すこ と が 可能」 なの に 「仏 法で は次々 の世 まで それ を 持 ち 越 すよ うに なっ た」 として

t

ベ ネ ディ ク トの 日本 仏 教に お ける 輪 廻 思想の浸 透に関 する認識 不 足を指摘して い る。 そ し て 「も しベ 教 授存 命あ れ ば

は 女 人 は 罪 深 き9) 存 在で あ るこ と を 知 らせ てあ げたかっ た 」 と 皮 肉 を 効か して い る

これ らの 文 脈か ら柳田の言う罪ッ ミ と は もっ ぱら仏 教 的な罪 業を指す もの だ と判 断して い いだろ う。   従っ て 先 ずこ こ で はベ ネデ ィク ト の言 う 西 欧キ リス ト 教における罪 と柳田の言う仏 教 的な罪業と を構 造 的に対 比さ せ ること か ら始める

罪業を構 造 的に比 する と は二 っ の概 念をキ リス トと仏 教 (こ こで は浄土真 宗 )の教 義 体 系 自体の相違

類 似を明らかにしつ っ比較 考 察す ることで あ る。   具 体 的に はパ お け罪 と 親 鸞の罪 業 と を 対 比 さ せ

罪 と罪業のっ根 本 的 相違を 明 らか にす るこ とであ る。  そ の意 味で此 処で問 題と さ れ る キ リス ト教と浄 土 真 宗 の枢 要な概 念とは以下の き もの で あ る:a

原 罪 と宿 業 (罪の造物と しての我 と罪悪 生 死の 凡 夫 )

,b.

超 越 的 存 在 者の 人 格 性 (キ リス トと阿 弥 陀 仏

或い は聖三位

体 と三身 )

c

救 済の根 本 的 要 件 (信 仰 と念 仏 )

  d

究 極 的 な価 値 (愛と慈悲)等々で あ る。  (

2

) 罪の概 念分析  a

罪の根 源 と して の 原 罪と宿 業

罪の 被 造 物 と し てのと罪悪 生 死の 凡 夫  キ リス ト教に おい て は個 人が実 際に犯 す 罪 peccatum actuale (例えば姦 淫の 殺 人と か偽証の 罪 )に先 立っ 罪と して 人類の 遍的

根 源的な罪 「原罪」lo}pec

catum  originale とい う考え が あ る。 すべ て の人 間の有 す る罪 深 さの 根 拠 は そこ に求められ る

そ れ は 普 遍 的

根 源 的な罪で あ る故に 「義 人なし

,一

人だになし」とい うパ ウ ロ の言 葉ど お り, 人間は只

人 とど も を免れ てい ない   「これ を成 すの はもは や我で なく我が内に宿る罪で あ る。 我 が 内に即 ち我 が 肉の内に は善 が 宿 らぬ こと を 我は 知る。 な ぜ なら善を行わんと する意 志は我にあるが

そ れ を行う力を欠 く か らで あ る。 即 ち我が欲す る善はこ れ を 行 わ ず

欲せざ る悪は これ を 行 う。 も し欲せざ るこ と をせ ぱ

それはもは や我で な く我がに宿 る罪である

」 とパ ロ が告 白11 )る と

パ ウロ はの被 造 物として の我に言 及 す る

  同 様に親 鸞は 自 己の う ちに無 限の罪の担い手を見る。 即ち親 鸞は 『教 行 信 証 』 「信 巻 」に おい て 「涅 槃 経 』 を 引 用 し

次の ように説 く

「(釈 尊 は ) 阿 闍 世 王の為に涅 槃

一 99 一

(4)

湘南工科大 学紀要   第

29

巻 第 1 号 1こらず。

…一

切凡夫

阿 闍世王は遍く及 び

切五 逆 を 造る者な り。 又 復 為と は即ち是れ

切 有為の衆 生な り」 と。 親鸞が阿 闍世王の逆悪 と その後の回 心の件 りを 引 用 する の は

た と え阿 闍世王の如 き

五 逆の者で も釈 尊の 慈 悲に よ っ て救わ れ ない もの はない 即ち難 治の機が如 来の本願 力に よっ て救済さ れ ることを明ら か に し ようと す るの で あ る。   何 故 阿闍 世 王か。 親鸞に よれ ばすべ ての 人間はあの阿 闍世12[根 本的 存 在 る か ら 。 その 罪は 五逆 罪 (故 意に父

僧 を 殺 すこと

悪 心 を もっ て仏 身 よ り血 を 流 すこ と

倒見 して教団の分裂を謀る こ と) 謗 法13)に よ る正 法 を不 信を もっ て謗るこ と)で あり

そ れ らのは仏 (阿弥 陀仏)の慈 悲に縋 らなけ れ ば決して許さ れ ない重大な もの である。 (「信巻」末の逆 謗 摂 取 釈 )。 し かも前世か らの業の きっ か けが あ り さ え す れ ば

自己 をふくめ罪 悪 生 死の凡 夫にはそれ らのを 犯 す 可 能 性 が あるの である

仏教 徒である親鸞に は キ リ ス ト教で い う所謂 「原 罪 」とい う考え は ない。 し か し彼 は我々 凡 夫 を本 来 的に五 逆, 謗 法を犯す罪 深い存 在, 罪 悪 生死の凡 夫と見な して い る。  ま たパ ロ と親に は 並外れ た罪の 自 覚と と もに救 済 者へ の感 謝

1

こ関 して

まっ た く共 通 す る もの があ る。 即 ちパ ロ は ロ マ 書 7

25 におい て次の ように言う。  「我は何とい う惨めな 人間なのか。 誰が我をこ の 死の 体か ら救 うの か。 我 等 が 主イエ ス

キ リス ト によっ て神 は感 謝 すべ き か な。 か くし て

我 自身は心で は神の 律 法 に仕え, 肉で は罪の律 法に仕え る。」 と。  パ ロ に お い て は自己の罪 深の認 識か堕 罪の惨め な状 態が主イエ ス

キ リス ト の贖 罪に よっ て救わ れ る有 り難さの 告 白へ 展 開さ れ る 。 親 鸞も ま た次の よ うに述 べ

そ くば くの業を も ち け る身にあ り け る をたす けん とおぼ しめ した る本 願の かた じ けな さよ 聖 八百四)」, 同じ く罪の深さ とそれに もか か わ らず, わ が身を救 済し てさ る阿弥 陀 仏のり難さを語る。 人 間の罪 深さの 自 覚

しか も個 人の罪業だ けでな くそこか ら始ま りすべ の人間が等 しく有する根 源的な堕 罪の認識が両 者の信仰 の根 底に は共通 して ある。 そ してこ の救済の手を 否 むこ と

イエ ス

キリス ト によ る贖罪の可能 性, 阿弥 陀仏の 請願に よ る往生の有 効性を露ほ どで も疑うこ と が原罪で あり

請願疑 惑とい う謗 法の罪なの であ る。  即ち自己分別智に よっ て阿 弥 陀 仏の誓願の 有効 性を 疑 うこ とが所謂, 仏智 疑 惑で ある が

原罪とは本来, 人 間 にす る 神の絶 対的な計らい にする疑惑にな らず

被造 物である人 間 が 神と智恵に おいて並び立と う とい う 罪なの である か ら。 そ う言う意 味で キ リス ト教の 原 罪と は浄 土 門でい う誓 願 疑 惑の罪と等し い と言え よ う か。  b

超 越 的存 在者の人格 性

阿 弥 陀仏と キ リス ト

 

阿 弥 陀仏が 『仏 説 無量寿 経」の 「法 蔵 神 話」 を背 景と して い る以 上

,一

種の 人 格 性 を 持っ と考え ることは自然 で ある。 し か し親 鸞の 阿弥 陀観は同 時に人格 的な概念 を 越え ている。 そ も そ も仏 教において は究極的 な もの は 法

dharma

で あ り

仏 は 法 を覚っ たことにおいて仏 陀

覚 者と呼ば れるのであり, その限りに おい て仏で さ え究 極 的実 在 者で は な い こ と が留 意さ れ ね ば な ら ない。  何 故 此 処で キ リス ト教と仏教に おける超越 的 存 在

即 ち神 と仏 と を対比 する必要が あるか。 それは そ もそ も人 間に対して宗 教的規 範を 与 え

その規 範 (掟

戒 )に対 する違 背 を 罪 悪 と して規 定 し

さ ら に そ れ に対す る救 済 の方 法を説 くこと がキ リス ト教や仏教と いう救 済 宗教の 本質だ か らであ る。 実にパ ウ ロ がロ マ書

7

章に おい て述 べ る如 く 「律法が なけ れ ば罪は なく」, さらに そ れを敷 衍 して, もし神や仏が存在しなけれ ば何 を して も許 さ れ る だ ろうか らである

 つ まり罪

罪 業の 問 題をえる上で

そ れを 規 定 する 超 越 的 存 在 者の性 格の差 異に此 処で必 然 的に言及せざる を 得 ない

しかし同時に この 題は たいへ で あ る。 キ リス ト教の 神は所謂, 人格神だ が仏 教の仏は そ うで は ない と簡 単に言い切れ ない性 格を もっ 。 た しか にキ リス ト教と は 歴史 的

人 格 的 実 在 者イエ スを キ リ ス ト (メ シアと して 奉 す る宗教なの では あ る が

キ リ ス トた る 「歴 史 的イエ ス」 をめぐ る問題 と

ま た 「父 と 子 と聖 霊」をめぐる所謂 「三位

体」論14)の 題が キ リ ス ト教の に はあ り

他 方

仏 教の側に も同 様の 難 問が 控 えてい る か らであ る。  即ち仏 教のに は歴史 的な実在 者と しての釈 尊 宇 井

中村説で も紀 元 前

380

年 代 )が信 仰の対象たる唯

で は な く (非常に沢山ある仏の

人で あ り

時空を こえ た 久 遠実 成のが偶 然, 歴史 的に実現 した偉 大な存 在)

さ ら に釈 尊自身が説かれた本 来の教え か ら言 えぱ

根 本 的な仏 教の教 義は人格 的な 存在の拝で は な く

dharma

に対する尊崇であるか らである。 そ う言う意 味 で えば

仏 教のに は 「法

法 性」と 「釈 尊」 浄土門 に とっ て は直接の信仰の対象た る 「阿弥 陀仏 」

そして そ の 「阿 弥 陀 仏 」の は た ら きで あ る弥 陀の 「回 向 」を ど う 位 置づけるか とい う問 題が あ る。  つ ま り仏教の側に もキ リス ト教の 「三位

体 論 」と平

100

(5)

罪の文 化 再考 (兼 子 盾夫 ) 行 関 係に あ る所 謂 「三身 (法

dharma

と法 性 法 身 とは同 格であ るが

その法 身の歴史的 具 現であ る応 身とさらに その者 を 統 合し た報 身)」の問 題があ り

キ リス ト教と の対 比で言え ば

三身の ど れ に何を当て嵌め る か とい う 難問が あ るか らで あ る

 

こ の の事 情は親 鸞 自身の言 葉に よれ ばこ うな る: 「しか れ ば 仏にっ い て 二種の法 身15) ま し ま す。 ひ とつ に は法 性 法 身 と ま うす。 ふ たっ には 方 便法 身と ま うす。 法 性 法 身と ま うすは

い う もな し, か たち も ましまさず

しかれ ばこ ころ も お よ ば ず

こ とばもたえ た り。 こ の

如よ りか た ちを あ ら は し て方便 法 身 と ま うす

その 御す が たに法 蔵比 丘 と なの りたまひ て不可思議の四十 八の 誓 願を お こ し あ ら は した ま う な り」。 そ して こ の法 性 法 身 を法 身とすれば, 阿弥 陀 仏は報 身であり

釈 尊 は応 身 と考え ら れ る。 史的イエ ス に対応する者と し て史 的 仏 陀

即ち釈 尊が人 格性を もっ 疑いをいれ ない。 し か し阿 弥 陀仏が人 格性を もつ と は

教 義上 か ら は言え な い

ま して や入滅の時に釈 尊が説か れ た 「依法 不依 人」 を親鸞 も また 『教 行 信 証 』化身 土 巻に引用 し て

仏 教に お け る究 極 的な人格 的 実 在を 否 定 して い る。

 

し か も浄土 門における実 際の信 仰におい て は

阿弥 陀 仏 が あた か も実 在せ る如 き

人格 性を有する存 在と して 扱か わ れて い る の もま た事実で ある。 そこ で キ リス ト教 と浄土真 宗の 間に

っ まり 「三位

体論」 と 「三身 説 」 を此 処で対 比 するこ と は, この論文にお ける考 察の趣 旨 か ら して あ な が ち 的 外 れで は ない。 それ 故

こ こ で は便 宜 上

キリス トに お け る イエ ス は人か神か とい う キ リ ス トや史的 イエ ス の問題は棚上 げ し

また仏教のの 「依 法 不依 人」 も不問に して話を進め よ う

 

キ リス ト教でい う父

聖 霊とい う三位の どこ に 教の何 を 配当し よ うか とい う問題 (八木 誠

氏16) は法 性 法 身を父に

阿 弥陀 仏を子に, 回向を 聖 霊に配 し, そ し て小 山

行氏17)はそ れ を批 判し, 父で はな く神に法性 法 身た る阿 弥 陀 仏を, 子で は なくキリ ス ト に釈尊を

聖 霊 に名 号を 配 されて い る。 ど ち らがより合理的かとい う判 断はまっ たく個々の位 格 persona に対 する イエ ス観 キ

 

リス ト観, 三身観の差 異に よ るもので は ない だ ろ うか。 三身と 三位 八木説 法性法身

一一

阿 弥陀仏

    〉

        回 向

鸚 法 性 法身   11 阿 弥 陀 仏

釈迦

    〉

        名 号 小 山 説 神性   II   神

キ リス ト

    聖 霊

 

例え ば キ リス ト論か ら言えば

キ リス トは単に史 的イ エ スではなく

人 類の救済 者

神であ るの で

イエ スが 子の位 格 を 持つ と言 う意 味で の子で はない。 した が う て 小 山説をキ リス トの側から見れば

キ リス トを 応 身の 釈 迦 と対 応さ せ る とい う不 都合 を 犯 して い る し,

方, 仏教 側か ら見 れば 八木 説は子に史的 実 在で な く方 便法身 (報 身 )である阿弥 陀 仏 を 配 する とい う不都 合を 犯 して い る)は

こ こでの議 論に とっ て それほど 大 きな問題で は ない。 む し ろど ち らの側に も時 空を超 越 し た神 性 (法 性 ) と時空に 出現し た神人

人神 (仏 ) と時 空の な かで 眼に見え ない神 (仏 )の働をする霊 的力 (回向)が形 成 する 三角 形が見ら れ るこ とが重 要なの で あ る。 何故な ら

筆 者は仏教に疎いが

キ リス ト教のか ら言 え ば

イ エ スは絶え ず 「生け る神」 を口 に さ れ る が

も しこの 三 位

体と い う概念が無け れ ば

生ける神は無く, 時空 の な か に神は閉 じ込め ら れて しまうか らであ る。 事 情は 仏 教で も

お そ ら く, 同じで あ ろ う。  c

救 済の根本 的 要 件 (信 仰 と念 仏 )

 

「イエ ス

キ リス トを 信 ずる信 仰に よ る神のであっ て, すべ て信 ず る人に及ぶ ( ロ マ書 3

−21

)」イエ ス ・ キ リス トを救い主 と す る信 仰によ る神の正義は

信じ る す べ の人に与え ら れ, そ れ に は差 別が ない。 すべ て の人 は罪を 犯 して神の栄光を奪い去られ た。 しか し今キ リス ト

イ エ ズス によ る贖いに よっ て神の恩 寵に より無 償で 義と される。 神は キ リス ト を その御 血によ っ て信 仰によ るな だ めのえ物と定め られた が

そ れ は神の正義を 表 すた めで あ る。

人が義 とされるの は律法の 行い に よっ て で はな く

信 仰に よっ て で あ る。」   こ こに は如 何な るもの に もま して尊いイエ ス

キ リス ト に対する信 仰に よ る救い が述べ ら れて い る。 さ らに ヘ ブ ラ イ人へ 手紙な かロ は

キ リス ト の十 字 架 上の罪に よ り

罪が除か れ た こと

キ リス ト の十 字 架 上の死と贖罪の神秘以 外に罪 を除く力を有するものが な い こと を 述べ る。 「すべ ての祭 司は毎 日礼 拝を献げる た めに立ち, 決して罪を除くことの 出来ない同 じ生 贄 を 繰 り返 して献 げる。 し か し キ リス トは罪の た めに唯

の生 贄 を 捧 げて

キ リス トは唯

の捧 げ 物に よっ て聖な る者

101

(6)

湘南工科大学 紀要 第 29 巻 第 1 号 と さ れ た 人 た ち を 永 遠に完 全 な 者 となさっ た か らです。 罪 と 不 法の しが ある以 上

罪を贖うた めの供 え 物はも う必 要 あ り ません

(ヘ ブ ラ イへ の手 紙 10

11

18)」  イ エ へ の信 仰 以 外の なに もの も無 効であ り

イ エ ス へ の信 仰が我々を罪か ら救う。 パ ウロ は書 簡の な か で そ う述べ て い る。  こ の イエ スへ 信 仰仏 教か でめ れ , 阿弥 陀 仏 (如来)の誓願に対する信心 だろ う。 即ちそれは阿弥 陀仏の名を称え ること 「称 名

念 仏」で あ る。 阿弥 陀如 来の働きは摂 取不捨で , どん な罪 人で も南 無 阿弥 陀 仏の 名 を 称 える人は受 け 入れて決 して捨て ない。 そ うい う無 限の慈 悲が阿 弥 陀仏の本質で ある   何故, 他の仏で はな く阿弥 陀仏 を信仰するの か と言え ば

親鸞は他の仏 を 信 仰 して はいけない と言 うこ と で は なく

阿 弥 陀 仏の誓 願が偉 大で あ り

阿 弥 陀 仏を念 じて 称 すれば

その願 力に よっ て往 生 し易いからだ と言 う。 「も した だ

仏の

を 称 する は

即 ちこれつ ぶ さ に諸仏の 名号を称する なり。 功 徳無 量な れ ばよく罪 障を 滅 す

よ く浄土に生 ず」 何故信心によっ て救 済さ れ るの か

親鸞は 『唯信鈔 文 意 』で次の よ う に述べてい る。  「涅 槃おば滅 度とい ふ 無為とい ふ 安 楽とい ふ 常 楽 と い ふ

実 相と い ふ

法 身と い ふ

法 性と い ふ

真 如と いふ

仏性といふ

仏性す な わ ち 如来な り。 こ の如 来微 塵 世 界にみちみち た まへ

なわち

切 群生海の心な り, こ の心に誓 願を信 楽 する が ゆへ に, こ の信 心 すなわ ち仏性な り

仏性 すな わ ち法性なり

法 性 すな わ ち法 身 なり。 法 身 はい う もな し

かた ち もま し ま さず。 しか れ ばこ ころ もおよば れ ずこと ば も たへ た り

こ の

如 よ り かた ち を あ らわ して, 方 便 法身と まふす御すが た を しめ して

法蔵比 丘 となの りたまひて

不 可 思 議のを おこ してあ らわ れ た まふ

か た ち お ば,

世親菩

薩は尽 十 方 無 碍光 如 来とな づ け た まへ 。 こ の如来を報 身とまふ す。 誓願の業 因にむ くひ たまへ る ゆへ に報 身如 来とま ふ すなり。 報と ま ふすは た ねにむ くひた る なり

こ の報 身 よ り応

化 等の無 量 無 数の身 を あ ら は して

微 塵 世 界に 無 碍の智慧 光を は な た し め たまふ ゆへ に尽十方 無碍光仏 とまふ すひ か りに て

か たち も ましま さず

い うも ま し ま さず

無 明 もや み を は らひ悪 業にさ え られ ず

こ の ゆ へ 無 碍 光 と まふす な り。 無 碍 は さわ りな し と まふす

しかれ ば阿弥 陀仏は光 明 なり

光明は智慧のかたち なり と し るべ し」

 

仏 性は智慧であ り

慈 悲であ る が, 信 心 は 大 慈 大悲

大 喜 大 捨 を 具え て仏 性の覚に至る

自ら仏になっ て人 を 助 けよ う と願うこと

南無 阿 弥陀 仏の称 名の本 質はこ こ にある。 阿弥 陀 仏に帰 命する

阿 弥 陀の誓 願を信じ る

自 己の

切 を 阿 弥 陀に委ね る

とい う そ の信心の本質は 其 れ 自 体 が 仏 性のきであり

阿弥 陀 仏の よ う に, 自ら 仏になり

衆 生を助け た い と いう願で る。 阿弥 陀の誓 願を信じ

阿 弥 陀 仏の 名を称え る

そ の心は正に仏 心で あっ て, 我々は信心におい て仏 心に 目覚め

救 済にいた るの で ある。  

d,

究極 的な価 値 (愛と慈 悲 )

 

「涅槃 経」 は大乗教典の 中で釈 尊 臨 終の教 え と して尊 重さ れるが

趣 旨は闡 提 成 仏 (ニ ヒ リ ズム のの超 克) と如来 常 住 無有 変 易 (如 来は どこに で もお ら れ, その姿 は変わ る ことが な い)の教え に あ る。 親 鸞は 「涅 槃経」 の引 用に よっ て難 治の機 が 如 来の本 願 力に よっ て救済さ れる所 以 を 説 く。  父 王 を 殺 害 したため に身 体 中に悪 臭 を 放つ 来物がで きた阿闍 世王は

こ ころ に原 因する病なの で薬で は治せ ない と母 親に言う。 六 師 外道の説を代弁する六 人の大 臣 が そ れ ぞ れの立場か ら治癒の方 法を薦める が

阿闍 世 王 は調 達 (提 婆達 多 )さ え許し た釈 尊の偉 大な教えに帰 依 するこ と を薦め る耆婆に従う。 阿闍世王が釈尊の ところ に耆 婆と共に象にまた がっ て 向か う と

釈 尊 は 「阿 闍 世 王の た めに涅 槃に入 らず 」と言い

悪 深 重の阿闍世 王 の た めに自 分 は入 滅 を しない と大 衆 に言う

釈 尊は月愛 三昧に入り

光 明を放ち

阿 闍世王の皮 膚の表面の 出来 物を癒 す。 そこ で王は書 婆に聞 く 「如 来 世 尊は自分の こ と を 心にか けて下 さっ てい るのか と」それに対して耆婆 はこ う答 え る

 「耆 婆こたへ ふ さ く, た とへ ば

人に しか も七子 あ らん。 こ の七 子の なかにや まひ にあへ ば

父 母の心平 等な ら ざ るにあ らざ れ ど も

しか も病 子におい てす な はちひとへ に お き が ご と し 。 大 王, 如 来も また し か な り。 もろもろ の衆 生において平 等な らざ るにあ ら ざれど も

しか も罪者に おい て心 すなは ちひ とへ に おも し。 放 逸の もの におい て

仏 す なはち 慈 悲 を 生 ず」(『教 行 信 証

信巻二百 八 』)   大勢の子供の気の子が出ると両 親は子 供た ちに 対 して平 等に愛 を 注 が ない わ けで はない が

しか し病 気 の子にと くに心 を か ける。 それ と同 じ く如 来 (こ の場 合 は釈尊 )の心は

切 衆生に対して平 等である が

と く に 罪 悪 深 重の者に対 して

層の慈 悲が生 じる。

 

阿闍世王 は自分の 罪の恐ろ し さ ば か りにと らわ れてい る

釈 尊は その心の とら わ れを迷 い と して無 く そ うと 諭

102

(7)

罪の 文 化 再 考 (兼 子 盾 夫 ) す。 「罪 業 も とよりか たちな し

妄想 転倒の な せるなり

心性 もと より きよ け れ ど

こ の世は まこ との ひと そ な き」 (『悲嘆 述懐の 和讃』) 浄 土 教とい え ども もと よ り仏 教である ので罪 業を何か実 体 的に捉え る と執着に な る と 教え るので あ る

罪 業に執 着 するな ら

そ れ は善 根 功 徳 に執 着 するの と 同 じで ある。 そうで はな く罪 業の認 識は ひとつ の きっ か けになる が

本願

他力に よっ て救われ な くて は ならない

阿 闍世王に対して も 自

の罪の 恐ろ し さば かり に心が と ら わ れ てい る

そ れ を無 く そ う と釈 尊は試み る。 そ して阿 闍世 王は釈 尊の教えの うちに深い 揺る ぎの無い信 を 獲 得 する

それば か り か 阿 闍 世 王は 信の

願 作 仏

度 衆 生心)

切衆 生の悪心 を破る た めに地 獄を受けて も よい と までう。 悪人 正機の 親 鸞はこ こ に深 く感 動するの で あ る。   同 様に イエ ス は 「健 康な者に は医 者は い らない は 病 人と罪 人の た めに来た

」 (『ル カ』

5,31 〜32

)と自分 は義 人の ため で は な く

救い を 必 要 と してい る罪 人の た めに来たこ と を述べ ま た 「罪人が ひ とりで も悔いめ るな ら

悔い改めを 必要と しない九十九 人の人に まさ る大 き な喜びが天にある だ ろ う」 (『ルカ』

15,

7〜

)とも 述べ て い る。 さ らに その 直後の

「法 華経」の 「長者 窮 子」 と平 行 関 係に あ る 「放 蕩 息 子の帰 宅 」の 条で も

や は り 悔いめ た罪人 (放蕩息子 )のいがモチ

フ になっ て お り

神は神か ら背い て い た 人 間が 再び

神の愛に気づ き

神に立ち返る ことを ど ん な に喜ばれ る かを述べ て い る。 第

II

章  

r

緋 文 字 亅 と 「門 亅にお け る 罪 意 識の相 違  何故この二作 品が比 較 ・ 対照 さ れ る

の二 作品 はと もに 主 人 公の す不義

姦通の と罰の物 語で あ る。 『緋 文字」の主 人 公デ ィ ム ズ デ

ル牧 師の居 候する部 屋に はゴ ブラ ン織りの タ ピス トリ

か っ て お り

そ の図 柄に はバ

ビ デ

詩 篇51 参 照 ) が描か れて い る。 漱 石 も不 義を描 く作 家である。 しか し 同じテ

い な が らこれ らの二 作 品に は 主人 公の 意 識の描写 におい て根本的に異なる姿 勢が見 られる。  (1) ホ

ソ ン の 「緋文字

i

(1850 年 )にお け る罪の 意       識 (良 心の呵 責 ) と 懺 悔  ホ

ソ ン の 緋 文字は不倫

密 通 とい う ピュ

リ タン社 会で さ れ ざ る罪を犯し た男女が罪の重荷と罰を耐え忍 ぶ人間の雄々 し さの悲劇で あ る が作 者の意 図は む し ろ反 ピュ

リ タ= ズム にあ る と言っ て もい いか もし れ ない

女 性は恥 (胸に緋 色の A の縫い取 り を 付 けて い るこ と に よ っ て

社 会 か ら絶 え ず 屈 辱 を 与 え ら れてい る) を強 い ら れて い る

男 性は罪の意識の た めに

ま た自 分だ け が社 会からの 指 弾 を 免 れて い るとい う 自 責の念 にか ら れ

罪 責 感 (良心の 呵責)か ら自己の肉体 を 責め苛 み

最 後に公衆のに真 実を告白 (懺 悔) して息 絶え る物 語 である。  罪は最 初か ら与え ら れて い て

読 者は何故二人が

罪 を 犯 したのか とい う

得の い く説 明は与え られ ない だ か ら読者は 只, 罪に よっ て二 人 が受け な け れ ば な ら ない 冷た い社 会 的 制裁 (罰 )

信 徒に 己の過 ち を 秘密に して い る デ ィ ム ズ デ

ル牧 師の 良 心の 呵 責の凄ま じ さ (ピュ

リ タン的と言えば

この点が そ うで あ る) に驚 き

が運 命を雄々 しく 引き受 け るのを見る だ けで あ る。  ヘ ス タ

ー ・

プ リン は恥 多き姦 通の女と言う運命を引き 受 ける覚 悟 を す ると

緋 文字と言 う刺に よっ て人格性 が 鍛 え られ

いっ の まにか 社 会の な かでシス タ

ー 。

オ ブ

と して人や弱 者を助け る存 在と な る。 そ して 胸の緋 文字

A

は もは や ADULTERY 姦 淫で はなく,

ABLE

有 能な と言う意味に変じ て し まう。 ま た

牧 師の 良心 を責めて いるもの は 自分だけが恥ずか しめを免れ て い る

真 実 を 偽っ て い る とい う罪 責 感であっ て姦 通その もの に対して で はない。  (2)漱石 の 「門 」 (明治 43 年 1910 年) に お け る 罪 の       意識   自然の 欲 求が もた ら し た罪と その復 讐 )とい う自 然 主 義 的な記 述に徹 した品であ る。 つ まり漱 石の 『門」 は煩 悩 と しての恋 が 理 性 を 無 視 して発動 した結 果にっ い て の作品で あ る

主 人公野 中 宗 助は 「そ れ か ら』の代 助 の如 く, かっ て はエ ピ キュ リア ンだっ た過 去を持つ 。 在 学 中に友 人安 井か ら恋人 (妻 )を奪い

人生の約 束さ れ た将 来 を 途中で放 擲 して し まっ た彼は地方 勤務の後

友 人のっ て で帰 京 し

は ひっ そ り と小 市 民 的 生 活 を 送っ てい る。 そ して傍 目に は仲睦 ま じ く支え合っ て

宗 助は 妻の お米と 互い の 存 在を頼 りに生 きて い る。 し か し とあ る崖 下の借家で暮ら してい るこ と は寓 意的で あ り

二人 はいつ 自分達の 幸福を脅か す外的な力

意地の い 運命 の悪 戯に出 会 わない とは言 え ない

かっ ての よ うに再 び 残 酷な運 命 が 「気 紛 れに面 白半 分に 二 人 を 穽のな かに突 き落と さ」ない と は言え ない の であ る。 下 女はい る が生 活ぶ り は う だつ の上が ら な い下 級 官 吏の俸 給 生 活者の質 素な そ れで ある。 互い を焼き焦が し た焔は額の烙印と も ども 時 間とい う救 済 者の慈 悲の 手に薄れて い る

つ ま り

一 103一

(8)

湘 南工科大 学 紀要

 

29

 

1

号 『門』の宗 助

お 米 夫 婦場 合も, 過去に お いて 自分たち の 犯 し た 姦 通 とい う罪に対す る良心 の呵 責

罪の 意 識 (青 竹を炙っ 油 を 絞る ほどのし み)を経験 し は した が

しか しそのは自ら犯 し た とい うよ りは

あたか も 自然 的 災 害に襲わ れ た かの

「大風に突 如とし て な ぎ倒さ れ た かの如 く

」 与え ら れた もの で あ る。 っ まり 運命 或い は非理 性 的 な自己の内なる自然の欲 求の ため に 突然罠に落と さ れ た状 態に あるの である。 罪の結果の罰 を=人と も意 識して おり, そのた め世 間から半 分

隔 離 さ れた暮 ら し を してい る。 お米が流 産その他で 三度 も子 供にめ ぐまれな か っ たこと は

易 者のに ある如く, 人 に対してまない こ と を し た結 果なの である。 その こ と を お米は 宗 助に言 わ ず, 宗 助もま た家主の坂井の家に安 井が満州か ら帰 っ て立ち寄るの を知ら さ れ安に苛ま れ た結 果

参 禅 するこ と を お米に は伏せて い る。 宗 助の恐 れは罪の意識とい う よりは精神 的な不 安 (「彼は黒いなが ら

た だ ど うにかし て こ の心か ら逃れ出 た い と思 っ た。 その 心 は如何にも弱くて 落ちつ き が な くっ て

不安で不 安で度 胸が無さ 過 ぎて け ちに見え た」) で

彼 は 胸 を押さえ付け る

種の圧迫の下に

如 何にせ ば

今の 自分を救う事がで きる かとい う実 際の方 法のみ を考えて , その圧迫の 原 因に なっ た自分の罪や過 失は全 くこ の結果から切 り離 して仕舞っ た そ の時の彼は他の こと を考える余 裕 を 失 っ て悉く自己 本 位にな っ て い た  宗 助は こ のしさ か ら逃れ, 安 心 立 命の 境 地 を 獲 得 す るた めに鎌 倉に参 禅に赴くが結果 は な ま じの分 別 が災い し 不如 意に お わっ た。 「自分 は門 を開けて貰い に来た。 け れ ど も門 番 は た たい て も だ め だ, 独りで 開けて入 れ とい うの みであ る

彼はへ いせい 自分の分 別を たよ りに生 き て来 た。 そ の 分 別が今は彼に祟っ たの を口惜 し く思っ た。 彼自身は長く門外に た た つ むべ き運 命に あっ た。 か れ は 後 ろ を 見, 前を見た。 前に堅 固な扉があっ た

彼は 門を 通 る人では な かっ た。 又門を通らない で済む人で も な か っ た。 要 す るに彼 は 門の下に立っ て 日暮れ を待つ べ き 不 幸 なひ と で あ っ た」  何事も な く彼を め ぐる事態は好 転す るが

お 米の春の 到 来 を 喜ぶ 言 葉に 「何じきにま た冬が くる よ」と言 う宗 助の言 葉通 り

問 題は何 も解決されて い ない の で あ る。  「お ま え は 信 仰 を もっ たこと が あるかい」と宗 助は お 米にき く。 宗助の生活 原理 は 「成る が侭に して 置 くよ り 外に

手 段のじよ う もない もの は自然のに任 せてお くのが

番だ。神や仏に縋る こ と は出来ない

」 し か し二人の罪の意 識は他 人にする済まない こと と言う 日常 性の理のなか に止まっ い て

自己の実 存に関わ る人 間 存 在の 根 底 的な もの

西 欧 的な罪 の意 識で は な かっ た

 

宗助 夫 婦の生 活で は共 犯 者の意識を もっ て過去の罪 過 は人に見 え ない 「結 核 性」の恐ろ しい もの と して 自己の 内 部に潜ん で い る。 二人の平 和はこ の過 去の罪 過に敢え て触れ ない ことに よっ て成 り立 っ てい る 二人が し か し その過 去の罪 過 を決して 忘れて い ない の は

我々 は そ ん な好い こと を予期す る権

i

利を 剥奪さ れてい る存 在だ と宗 助がお米に言うとき二 人の胸に は明ら かで あ る (『こ こ ろ」の先 生 も奥 さん の 「子 供で もあれ ば

少しは 賑 や か な ん だ け ど」という台 詞にして 「我々 に は子 供は けっ し て出 来ない よ」と答え る)。

 

運命とか外 的な力の入 が 描 か れてお り, 西 欧 的な意 味に お け る罪の意識が希 薄である。 こ の点に関 して は

バ ル トが

r

教 会 教 義 学 』IS,の な かで述べ い る こと が示唆的である ので紹 介す る

即 ち イエ ズス 会 士 が 16 世紀に 日本を来 訪し た ときに ル タ

的な宗 教が日 本に もあること を発 見 し た が

ト は そ仏教 キ リス ト教 (ル タ

の プロ ス タンテ ィズム を比 較し

浄土 仏 教を真の 宗教で は ない と批 判する。 こ の批 判 は 現 在の キ リス ト教神 学の視 点か ら言え ば

あ る 種の 独断と 偏 見による批 判で ある が

罪の意識の希 薄さ

懺 悔に対 する無 頓 着とい う特 徴 を衝い てい る の は傾 聴に値する。

 

トが うに は

に浄 土 運 動の 発点は よ り容 易で単 純な救 済へ の道 を 求め る が, ル タ

や カル ヴァ ン につ い てはそうで はない。 第二 に浄 土 仏 教には 律 法の神 聖性, それか ら阿 弥 陀仏 (神 )の怒 りが ない

従っ て 阿 弥 陀の慈 悲に は起 伏 もない し, 人間の救 済にも劇 的 性 格 が な く, 本 当の問題 解決の要 素 が 欠 けてい る (しか し キ リス ト教で も律 法主 義や怒 りの 神はすべ て の キ リス ト教 に特 徴 的で あ るわ けで は ない

筆 者 ) 三に 」 と か 道 徳 的 な行 為に よっ て義とされ よ う と す ることに浄土 仏 教は反対して い る。 し か し そ こ に は

神の栄光の ため の の 自力 や 傲 慢 とい が見ら れない。 第四に浄 土仏教の中心は

仏 教

般 と 同 じ く

自 己の 解 消

Auf ・

16sung に よ る救 済

つ ま り 「涅槃」 に至るこ とで あ っ て

成 仏 することへ のしい人間的 願 望が浄 土 仏教の モ チ

フであ り

阿弥陀仏も阿 弥陀 仏へ の信 仰もそ の段 である と。  こ こで は, 自己の解 消に よ る救 済云々 とい う第 四の批 判を問題 と して考えてみ よう。 た しかに仏 教におけ る悟 りは自我を 離 れ るこ とで ある。 有 名な道 元の 『正法眼蔵』

一 104一

(9)

罪の文 化 再 考 (兼 子 盾 夫 ) の 「現 成公按の巻 」に よ く引 用される箇所がある。 即 ち 「仏 道 をな らふ とい ふ は

自己を な ら ふ也。 自己を な ら ふ とい ふ は

自己を わする る な り」と。 その後に 「自己 を 忘 れ ることが万法に証 せ られ るこ とであ り

そ れ が自己 及 び 他 己の身 心 を 脱 落せ し める」 ことで ある と続く。 換 言すれ ば仏 道を修する こ と は自己 及 び他己の 心 脱落だ と言うの である

自分が 自分で あ るこ とを明らかにる と は自 己を忘れ るこ と。 自我の立場に留ま る限り自己 を 忘 れるこ とは出 来ない。 狭い意 味におけ る 自 我の立 場 を 捨て た時に初め て 自己 を忘れ る こ と が出 来る。 自我に関 わ る

切を放 擲した時に本 当の自分が明ら か に な る とい うこ とで あろ う。  また道 元は 「生 死の で もこ う言う。 「ただわ が身を も心 も放ち忘れて, 仏の家に投げ 入 れて, 仏のか た よ り 行はれて

これに し た がひ もて ゆ く とき

力を もい れず

こ こ ろを もつ ひ や さず して

生 死 を はなれ

仏 とな る」 と

  身心 を 開 放 し

切を仏の手に委ね た だ無 心に して い れ ば 自 然に悟 りに至る とい うこと だ ろ う か。 いずれ に し て も 仏 教で は狭い意 味で の自我を捨て るこ と が肝要で あ る。 しかる に西欧で は自我 を捨て ること は 自分で あ るこ と を止め る

自己の主体を捨て る こと と考えるので

そ うい う存 在の 意 味が 理解 出 来ない の で あ る。 そ れ は西欧 的 な 意 味での

切の存 在の根 拠

認識の根拠を捨て るこ とで あ るか ら。   自己を解 消するとい うこ と以外に

も うひとつ 誤 解が あ るように思 う。 そ れ は阿弥 陀 仏へ の信 仰が成仏する た めの エ ゴ イス ティ ッ ク な手 段である と述べ られて い る箇 所で あ る が, 阿 弥陀 仏へ の 信仰は目 的その もの であ り

ま た阿弥 陀 仏へ 信 仰自 己の成 仏 を 願 うよ り も他 人の 往 生の祈 願なの であ る。 何 故な らつ ま り発菩提 心は願作 仏 心であ り

また度 衆生心に他な ら な い か ら。   そ れ故

親 鸞は 「嘆 異 抄 』で 「弥 陀の 本 願 をよくよく 案ずれば, ひ とへ に全く親 鸞独りの た め な り け り」と述 べ てお り

短絡 的に 考え ればエ ゴ イ ズム と も言えない こ と も ないが

し か し勿 論  この 発 言の趣 旨はエ ゴ イ ズム の反対のか ら発 してい るのであ る。 即 ち罪 悪 深 重

煩 悩 熾盛の 大罪人であり

地 獄 こそ

定 す みか な りと懺 悔 する親 鸞の 罪意 識の き さ, ま た その よ うな大 悪人 を も 許 して下 さ る 阿 弥 陀 仏の 無限の 慈 悲の深 さ に対 する感 謝

救 済のか た じ け な さを 逆説 的に述べ た もの であろう か ら。  そ してま た教 義的にも 「色 も形 もなく

心 も及 ぼ ず

言 葉にも尽 くせ ない

即 ち 法 性 法 身 か ら法 蔵 菩 薩 が 出で たち

衆生救済の大 願を 発 して

っ い に土 を建 設 し て, みずか ら報 身 仏の阿 弥陀如来になる。 こ の阿 弥 陀 仏が人間の救 済の た め に歴 史 的な存 在で あ る (応 身仏 ) 釈迦を派 遣さ れ る。 そ してその 釈迦の説法に応え る形で 衆 生は信 を 深め

浄 土に往 生 すること が 出 来る。 しか し そのを深めることは

信 徒の 自力で はなく阿弥 陀 仏のに よ るの で あ り

その 回向に往相だ けで な く還 相 回向が あ るこ とに思い至れ ば

八木 誠

氏の指 摘ど う り

バ ル ト の批 判の浄 土 仏 教はエ ゴ イ スム だとい う批 判 は プロ テス タンテ ィズムだ け を本物の宗教と考え る独 断 と偏 見に よ るもの と言 わなけれ ば な ら ない。

III

章 

罪の

主体

一 一

仏教

する

精 神

      

析学

か らの

判  柳 田の罪ツ ミ は仏 教 文 化的 背 景の下で の 日常 言語の使 用で あっ た ここか ら比 較 思 想の対 象 と して罪

罪 業の 分 析が必 要と さ れ た わ けだが

その過程で明か になっ た ことは仏教において は罪の主 体の在 り処 が キリス ト教 と は異なるとい うこ とで ある。 仏 教の 輪 廻 転 生の教 理の 下 で は罪を犯 し

罪を担わ な け れ ば な ら ない責 任の主体は 何 処にあ る か。  元来

イン ド に おい て は業 報 輪 廻に お け る第

の原理 は自業 自得即ち, 悪行の報い は そ れを な した本人自身に 必 ず戻っ て くるとい う個 人の責 任 が 強 調 さ れ た もので あ り

また第二 の原理 は善因善 果

悪 因悪果で量 的に も そ のい の合い が 取 れてい な け れ ば な らない とい う合 理 的なものだっ た が

日本で は報いがそれぞれの世にお け る 行 為の主体に戻 らず

次の世の行 為 者に 降りか か るの で ある。 例え ば親の因 果が子に報い る よ う に。 し か し こ れは原 因に主 体があると みて い るか

結果 (結 果 を被る もの)に主体ありと見て いるかの違いか も 知 れ ない 本 来

イン ドにおい て能動 的な意 味を強く持っ て いた業 報 輪 廻 説が む し ろ受 身的に なっ たの は, 日本人が所 与の結 果 を 説 明 するの に過 去に遡 り

原 因 を 自 己 以 外の 場 所に 求め る傾 向 をイ ン ド人より

より多く もっ て い る ことに 由来 するか も知れ ない いず れにしてもキ ワス トにお い て は罪を犯す者が個人で あ り

罪は自由 意 思の結果で ある。 した が っ てその結果 は個 人が負 う。 しか るに仏教 に お い て は罪 業を犯す者は, 現 世におけ る個人の意 思は 第二 の原 因であっ て

それに先 立っ宿 業

即 ち 第

原 因 がある。 これにつ い て は精 神分 析学の方 面か ら興 味 深い 指摘が なされて い るの で紹 介する。

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参照

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