健闘するスペイン語 (特集「英語の世紀」の地域研
究)
著者
宇佐見 耕一
権利
Copyrights 日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア
経済研究所 / Institute of Developing
Economies, Japan External Trade Organization
(IDE-JETRO) http://www.ide.go.jp
雑誌名
アジ研ワールド・トレンド
巻
178
ページ
26-28
発行年
2010-07
出版者
日本貿易振興機構アジア経済研究所
URL
http://hdl.handle.net/2344/00004465
アジ研ワールド・トレンド No.178 (2010. 7)
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●はじめに
スペイン語は、スペイン本国と ブラジルを除くラテンアメリカの 大 部 分 の 国 で 公 用 語 と し て 話 さ れ 、 またラテンアメリカからアメリカ 合衆国に移住したヒスパニック系 住民も使用している。スペイン語 を 話 す 人 口 は 約 四 億 人 と い わ れ、 これは中国語、英語やヒンディー 語 と 並 ぶ 有 数 の 人 口 規 模 で あ る。 地域的にもスペイン語使用地域は アメリカ大陸がほぼカバーされて おり、人口規模からも、また地域 的広がりからもグローバル化した 世界における有力な言語のひとつ と位置づけられる。他方、英語が リンガフランカ(世界共通語)と なっている現在、その中心である アメリカ合衆国に隣接するラテン アメリカでは、経済はもちろん学 術 面 で も そ の 影 響 は こ と さ ら 強 い 。 そのような中で、高等教育や学術 研究面において独自の地位を保つ スペイン語圏について紹介する。●多様なスペイン語
スペイン語には方言が多く、本 国 ス ペ イ ン の 標 準 語 は 首 都 マ ド リ ッ ド を 中 心 と し た カ ス テ ィ ー リ ャ 地 方 で 話 さ れ る 言 葉 で あ る。 これに対してラテンアメリカで話 されるスペイン語は、スペイン南 部のアンダルシア地方の方言が基 になっている、との説がある。そ のためラテンアメリカで話される スペイン語には、スペイン本国の 標準語との間に文法や発音の差が ある。たとえばスペイン語を標準 ス ペ イ ン 語 で は カ ス テ リ ャ ー ノ ( castellano ) と 発 音 す る が、 ラ テ ンアメリカではカステジャーノと 発音する。また、カスティーリャ 標準語にある二人称複数形がラテ ン ア メ リ カ の ス ペ イ ン 語 に は 無 く、すべて三人称の複数形で話さ れるといった感じである。 こうした本国の標準スペイン語 とラテンアメリカのスペイン語間 の差異のみならず、ラテンアメリ カ諸国間、 また同一国内でも発音、 イントネーション、また語彙に差 異がある。たとえば、かつてアル ゼンチン人は「ナポリの発音でス ペイン語を話し、自分をイギリス 人 と 思 っ て い る イ タ リ ア 人 で あ る」と呼ばれたことがある。それ ほどブエノスアイレスを中心とし たスペイン語にはイタリア語のア クセントが強く、また語彙も二人 称 が 中 世 ス ペ イ ン 語 の 名 残 が 残 り、二人称の動詞の活用も現代ス ペイン語と異なる。こうした強い イ タ リ ア 語 風 の ア ク セ ン ト に よ り、スペイン語圏において、アル ゼンチン人は口を開けばたちどこ ろ に そ の お 里 が 認 定 さ れ て し ま う。 アルゼンチンのスペイン語のほ かにも、メキシコやキューバのス ペイン語のイントネーションは独 特であり、少しスペイン語になれ れば、外国人でも聞き分けること が容易である。また、語彙の地域 差もあり、たとえばアルゼンチン のスペイン語にはアルゼンチン方 言( argent inismo ) の 辞 書 が 存 在 している。そのなかでもブエノス アイレスのルンファルドとよばれ る下町言葉は特別で、通常女性を ム ヘ ー ル( mujer )と い う と こ ろ を ヘ ル ム( jermu )と 逆 転 さ せ て 言 う。 こ う し た 特 殊 な 言 い 回 し は、 ス ペ イ ン 語 を 母 語 と す る 人 々 に とっても理解することが困難であ る。●
地
域
共
通
言
語
と
し
て
の
ス
ペ
イン語
国や地域によりこうした差異の あるスペイン語だが、地域的な特 殊な用語を除いて話し言葉として はほぼ完全に相互に理解可能であ る。そのため、テレビドラマや映 画は吹き替えや字幕なしに約四億 人を超える市場を有することにな る。また、後に述べるように世界 言語としての英語の影響力が強ま健闘す
る
ス
ペ
イ
ン
語
宇
佐
見
耕
一
の
地域研究
特 集
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健闘するスペイン語
る中で、アメリカ合衆国において 膨大なスペイン語人口を抱え、し かも隣接地域に巨大なスペイン語 圏が存在することから、アメリカ 合衆国発のニュースも同時的にス ペイン語で放送される。その代表 例 は C N N ス ペ イ ン 語 版 で あ ろ う 。 こ れ は ス ペ イ ン 語 で セ ー・ エ ネ・ エ ネ ・ エ ン ・ エ パ ニ ョ ー ル( CN N en Español ) と い い、 ア メ リ カ 合 衆 国やラテンアメリカ諸国のニュー スを衛星放送によりスペイン語で 全世界に発信している。こほかに ス ペ イ ン の 国 営 テ レ ビ で あ る テー・ベー( T V )も衛星放送に よ り 世 界 中 に ニ ュ ー ス や ド ラ マ、 映画を発信していた。 T V は日本 でも数年前まで視聴可能であった が、残念なことに採算ベースにの らず、その放映は中止された。 書 き 言 葉 と し て の ス ペ イ ン 語 は、話し言葉とは比較にならない ほどに地域差は少なく、文学、学 術書、ニュース等の書き言葉はス ペイン語圏の人々には完全に共有 されている。もちろん文学作品や ニュースの中に地域特有の言い回 しや表現があるが、こうした書き 言葉上の差異は日本語の中にみら れる地域的差異と本質的に異なら ない。そのため、スペイン語圏の 大 出 版 社 二 一 世 紀 出 版( Sig lo XXI ) の よ う に ス ペ イ ン、 メ キ シ コおよびアルゼンチンに拠点を置 くものもある一方、各国で出版さ れた学術書、文学作品また雑誌類 はスペイン語圏の大手書店で販売 されている。●英
語
の
時
代
に
お
け
る
ス
ペ
イ
ン語
英語の世紀で問題にされるのが 高等教育や研究面で英語が主流と なり、スペイン語による教育や出 版が二流とみなされる事態が起き るのではないかということであろ う。英語がリンガフランカである ことは、アメリカ合衆国に隣接す るラテンアメリカではことさら強 く意識されている。初等教育や中 等教育における英語とスペイン語 のバイリンガル教育は中・高所得 層には人気である。また、大学院 レベルでアメリカに留学して学位 をとり、学会、経済界また政界で 活躍している人はきわめて多い。 そうした状況にも拘わらず、大 学以上の高等教育はほぼ完全にス ペイン語で行われている。社会科 学部門ではラテンアメリカで最も 権威があるとされるメキシコ大学 院 大 学( EL Coleg io de México ) には、ラテンアメリカ中から留学 生が集まってくるのをはじめ、メ キシコシティーにあるメキシコ国 立自治大学やアルゼンチンのブエ ノスアイレス大学を始めとした主 要国における有名大学にも自国学 生のみならず、ラテンアメリカ各 国 か ら 留 学 生 が き て い る。 ま た、 チリのサンチアゴに本部を置く国 連のラテンアメリカ・カリブ経済 委 員 会( CEP AL ) は、 ラ テ ン ア メ リカ地域の経済・社会問題研究に 関して域内で大きな影響力を持っ ている。とくにスペイン語圏最大 の人口を擁するメキシコの主要大 学には、ラテンアメリカ各国から 学生が集まり、また大学の教員や 研究所研究員として他のラテンア メリカ諸国出身者が多数勤務して いる。 前述したようにラテンアメリカ の出版物は、広大なスペイン語圏 が対象となるため、スペイン語に よる有力な学術誌が存在する。た とえば社会科学全般を扱うブエノ ス ア イ レ ス の 経 済 社 会 研 究 所 ( IDES: Inst ituto de Desarrollo Econémico y So cial ) の 発 行 す る Desarrollo Económico 、 最 近 社 会 情勢の悪化により発行地をベネズ エラのカラカスからブエノスアイ レスに移したヌエヴァ・ソシエダ (Fundación Foro Nueva So
ciedad ) 財団発行の Nueva Sociedad 、 経済 ・ 社会問題を扱うサンチアゴの国連 ラテンアメリカ・カリブ経済委員 会 発 行 の Revista de la CEP AL な ど がある。これらの雑誌は著名な研 究者により構成される編集委員会 をもち、そこに論文は厳格な査読 を経て掲載され、域内ではそれら の 雑 誌 に 論 文 が 掲 載 さ れ る こ と が、各研究者の業績として高い評 価を受けることになる。 英語の時代は単に言葉の問題に とどまらず、社会科学の主要理論 がアメリカ合衆国で生産され、そ の強い影響下に各国がおかれるこ とも意味している。その点で現在 のスペイン語圏も理論面において も英語圏の影響力下にあるといえ る。とはいえ、ラテンアメリカ発 の理論が少なからずあるのもスペ イン語圏の特徴である。その代表 例に挙げられるのが経済学におけ る構造学派である。構造学派の形 成は一九五〇年代におけるラテン アメリカのインフレに関する論争 が出発点となっている。マネタリ ストがインフレの原因を放漫な財 政・金融政策による財政赤字であ ると説くのに対して、構造学派は
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