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沖縄県の障害児学校高等部卒業生の進路動向: 沖縄地域学リポジトリ

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Title

沖縄県の障害児学校高等部卒業生の進路動向

Author(s)

谷口, 正厚

Citation

沖大経済論叢 = OKIDAI KEIZAI RONSO, 7(1): 107-120

Issue Date

1983-03-31

URL

http://hdl.handle.net/20.500.12001/6673

(2)

〔資料〕

沖縄県の障害児学校高等部卒業生の

進路動向

谷口正厚 ここに掲載するのは、沖縄県の障害児学校高等部卒業生の卒業時点での進路 動向を、沖縄の日本復帰の年から1981年度までの10年間について示した 資料である。 このような資料としては、沖縄県教育庁が毎年発行していろ『学校基本調査 がある。この『学校基本調査』の各年度版をみれば、毎年5月1日現在で把握 された前年度の(同年3月卒業生の)進路動向の推移がわかる。しかし、県教 育庁のこの調査は以下の2点の問題があって復帰後の進路動向の推移を見るた めには不便である。 それは、第一には、1976年度までの資料が大雑把なものであることであ る。進路先については就職と進学が明示されているだけであり、また、ちえお くれ養護学校と肢体不自由養護学校については両者を養護学校として一括した 資料しか示されていない。1977年度、1978年度の改善によって、これ らの分類項目の拡大がなされ、卒業後の「無業者」(進学・就職およ びこれも1977年度から新しく設置された「教育訓練機関への入学」の項目 のいずれにも該当しない者で「死亡・不詳」を除くもの)の数とそのうちの 「福祉施設あるいは医療機関への入所者」の数も明示されるようになった。こ の「無業者」から「福祉施設あるいは医療機関への入所者」をひくと卒業後の 「在宅者」の数もでてくる。ここに掲載するのは、この1977年度、1978 年度に改善された新しい分類基準にあわせて1972年度までさかのぼった数 字を示すことを試みた資料である。 第二に、沖縄盲学校に関しては、1977年度からは同校専攻科卒業生に関 -107-

(3)

する資料が削除されるという後退が生じている。本稿は専攻科卒業生の進路動 向も含んだ資料である。 以上の2点を考慮して『学校基本調査』の不備を補う資料を作成するにあた っては、各障害児学校に保存されている資料を利用した。本資料を利用するに あたって次の2点を注意しておきたい。 第一は、本資料は『学校基本調査』の不備を補なおうとするものだが、基本 的には『学校基本調査』の枠内のものである。例えば、これは、障害児学校卒 業生の卒業時点での進路決定条状を示したものであってその後の追跡調査およ び現状把握は含まない。また進路先の具体的状況(就職の場合の賃金等)も含 まない。第二に、本資料は『学校基本調査」と各障害児学校に保存されている 資料を編集したものであるので、その基準は厳密には統一されていない。例え ば『学校基本調査』は5月1日現在で把握された資料であるが、ここで利用した 鏡ガ丘養護学校(肢体不自由)の資料は卒業後の3月末現在で把握された資料 である等々。 今、沖縄県の障害児学校高等部卒業生の進路保障の問題は転機にさしかかっ ていろ。一方では障害の重度化傾向によって、障害者の労働権保障はますます 困難になろうとしている。それゆえに、重度の障害者の労働権保障参めざす、 障害者の親、障害児学校の教員、地域の人々の「下からの」運動も急速に広が りつつある。他方、障害者の労働権保障運動の歴史が浅く、また高失業率下の 沖縄県においてはで比較的障害が軽い場合でも、障害者の労働の場を確保する ことは容易でない状況も残っている。障害者の実態にあわせた総合的な対策が 必要とされていろ。 本資料は、沖縄県の障害児学校高等部卒業生の現在の時点でのより詳しい実 態分析を行なうための基礎資料として作ったもので公表を目的にしたものでは なかった。しかし、「学校基本資料』が利用しやすい形で公表されていないこ と、および本資料によって、復帰後「無業者」「在宅者」が増大してきているという 沖縄の抱える問題がよく示されていることを考えてここに掲載することにした。資料 の編集にあたっては、資料の提供のみでなく既存資料の再整理。点検等、各障害児学 校の進路指導係諸先生方の積極的な協力を頂いた。ここで耕しを述べさせて頂きたい。 -108-

(4)

I卒業者数の推移 表’は、『学校基本調査』をもとにして沖縄県の障害児学校高等部卒業者数 の復帰後の推移を示したものである。復帰後、障害児学校高等部卒業者数は、 急速に増大してきた。この増大は養護学校の数と在籍者の増大によるものであ る。 本資料に示されていない1982年度以降については、養護学校卒業者の漸 増傾向はしばらく続くと考えられる。ただ、1983年度は特殊なケースで、 この年は、風疹による障害児が高校を卒業する年にあたるために、約250名 前後の聾学校の卒業生が一挙に生ずろ。この数は、同年の全国の聾学校卒業予 定者のうち沖縄県を除く約870名のおよそ3割に達する数である。沖縄県の 全障害児学校高等部の卒業者もこの年には約400名に達する。関係各機関の 積極的な進路保障対策が必要とされている。 表1障害児学校高等部卒業者数の推移 -109-

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1972 1973 1974 1975 1976 1977 1978 1979 1980 1981 卒業者合計 47 80 95 85 108 91 121 121 130153 障害別 盲学枝 沖縄盲学校 普通科 保健理療科 専攻科 聾学枝 沖縄聾学校 ちえおくれ養護学校 大平養護学校 菱崎養護学校 名護養護学校 肢体不自由養護学校 鏡ガ丘養護学校 11 11 8 2 14 14 13 13 9 9 24 24 10 14 12 12 27 27 17 17 28 28 18 10 22 22 28 28 17 17 19 19 10 2 7 28 28 21 21 17 17 26 26 4 4 18 25 25 35 35 22 22 13 13 10 3 17 17 37 37 24 24 25 25 8 8 9 19 19 58 33 25 19 19 15 15 5 5 5 18 18 63 40 23 25 25 2721 27 21 105 10 5 7 11 16 17 16 17 57 84 41 41 16 17 26 30 31 30 31

(5)

表注1)伴校基本調査』では、1977年度以降の卒業者については沖縄盲学校専

攻科卒業生が調査の対象外となっているため.ここでは、1972年度以降か ら、すべて沖縄盲学校進路指導係の資料を利用した。 2)1972年度の盲学校卒業者数とうちわけの合計があわないのは、別科 (中卒者を対象とした2年課程で卒業者が出たのは1971年度(4名)、 1972年度(1名)のみで1973年度から廃止された)の卒業者が表に示 されていないためである。 3)1977年度に沖縄盲学校専攻科卒業者がいないのは、同専攻科が2年課程 から34肩課程に変更されたためである。 4)1972年度~1976年度については、『学校基本調査』は養護学校総計 の資料しか掲載していないので、この期間の養護学校に関する資料は、大平養 護学校、鏡ガ丘養護学校の進路指導係の資料を利用している。 5)1979年度の大平養護学校の卒業者については、大平養護学校進路指導係 の資料と『学校基本調査』(これによれば同校の卒業者は31名となっている) とが大きく違うので、ここでは前者の資料を利用した。 6)上記の点を除き、本資料は『学校基本調劃各年度版にもとづき作成した。 Ⅱ進路動向の推移

表2および表3-1~表3-4の各表は沖縄県の障害児学校高等部卒業者の

進路動向およびその推移を示したものである。 表2は、1981年度卒業生(1982年3月卒業生)の進路動向を示した

ものである。これは、沖縄盲学校の項目を除けば、『学校基本調査』1982

年度版の数字を転載したものである。表3は、障害別に、卒業者の進路動向の

推移を示したものである。各表の原資料についてはそれぞれの表に注記してあ

る。

さらに参考のために、東京都の資料(1981年度)と全国の資料(1980

年度)とを掲げておいた(付表12). -110-

(6)

この表2、表3の各表を付表1および2とあわせて検討すれば、沖縄県の障

害児学校高等部卒業生の進路動向の大まかな特徴が理解されるであろう。

大ざっぱにいうと、盲学校・聾学校についてみれば、その進路先の具体的状

況の問題を別とすれば(『学校基本調査』およびここに掲載した資料はそこま でたちいったものではない)専攻科への進学あるいは一般就業への進路が、こ れまでのところでは、一応保障されてきた。それに対して、東京等では、主と して障害の重度化(重複化)および視覚障害者の場合は清眼者の三療の分野へ の進出による競争激化等の問題も進行して、視覚障害者の労働権保障に新しい

困難が生じつつある。本資料では現われていないけれど、そうした傾向は沖縄

県においても現われつつあるといわれている。 もうひとつは、ちえおくれ養護学校、肢体不自由養護学校においては無業者 とりわけそのなかでの在宅者の数が非常に大きいということである。在宅者の 比率が28.6パーセント(ちえおくれ養護学校)、29.0パーセント(肢体不 自由養護学校)というのは大変な数字であり、障害が重度化している東京都と 比べてもはるかに大きな数字である。沖縄県におけるこの在宅障害者の実態分 析とそれをもとにした適切な対策が緊急に必要な課題となっている。 表21981年度卒業者進路動向一覧(1982年3月卒)

沖縄唖学校1715200 ちえおくれ養護学校84440040 人、P錘痩学校412200l9 x0X錠獲学校178009 名獲養痩撲枝26MOO12 鏡力任養護学校 肢体不自由) 注1)資料沖縄県教育庁膵校基本調査』1982年度版 沖縄盲学校進路指導係 -111- ①卒業者 ②就職者 ③教育・訓練 機関等入学者 ④進学者 ⑤無業者 ④左記のうち福 祉施設・医療 機関等入所者 、在宅者 (⑤-①) 沖縄盲学校 21 10 1 10 0 0 0 齊通科 5 0 0 5 0 0 0 保健琿療科 5 0 0 5 0 0 0 専攻科 11 10 1 0 0 0 0 沖縄聾学校 17 15 2 0 0 0 0 ちえおくれ養護学校 84 44 0 0 40 16 24 大、'養護学校 41 22 0 0 19 0 19 )E咲養護学校 17 8 0 0 9 7 2 名護養護学校 26 14 0 0 12 9 3 鏡ガ丘養護学校 (肢体不自由) 31 2 6 0 23 14 9 合 153 71 9 10 63 30 33

(7)

表3-1盲学校卒業者進路動向推移 3) 4) ,

19721973197419751197619771978197919801981

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①上記のつち福祉施設 ・医療機関等入所者 C⑤0 1 ①卒業者10242819261325152721 ②就職者21110415186610 ③教育訓練機関等入学者132211 ④進学者81118127101661910 ⑤無業者1122 ④上記のうち福祉施設 ・医療機関等入所者

、在宅者(⑤-④)■■■■■■■■■■■■■■■■■■

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-112- 1972 1973 1974 1975 1976 1977 1978 1979 1980 1981 普通科または本科の ①卒業者 ②就職者 ③教育訓練機関等入学者 ④進学者 ⑤無業者 ①上記のうち福祉施設 ・医療機関等入所者 ◎在宅者(⑤-①) 8 8 10 10 18 18 10 10 4 4 10 2 8 8 8 5 3 2 2 10 9 1 1 5 5 保健理療科 ①卒業者②就職者 ③教育訓練機関等入学者 ④進学者 ⑤無業者 ①上記のうち福祉施設 ・・医療機関等入所者 、在宅者(⑤-①) 2 0 0 2 0 0 4 0 0 3 0 0 1 3 1 2 8 8 5 1 1 3 10 10 5 5 専攻科 ①卒業者 ②就職者 ③教育訓練機関等入学者 ④進学者 ⑤無業者 ① うち福祉施設 機関等入所者 、在宅者(⑤-④) その他 2 2 14 11 1 1 1 10 10 7 4 3 18 15 2 1 9 8 1 1 5 5 7 6 1 1 11 10 1 合計 ①卒業者 ②就職者 ③教育訓練機関等入学者 ④進学者 ⑤無業者 ④ うち福祉施設 機関等入所者 、在宅者(⑤-④) その他 10 2 8 24 11 1 11 1 28 10 18 19 4 3 12 26 15 2 7 1 1 1 13 1 2 10 25 8 16 1 1 15 6 1 6 2 2 27 6 19 2 1 1 21 10 1 10

(8)

注1)資料沖縄盲学校進路指導係 2)1973年4月に、高等部の教育課程は、従来の本科・別科制が廃止されて普通科・ 保健理療科制が開始された。表の「普通科または本科」は、1975年度まではIE課 程の本科の卒業者、1976年以降新課程の普通科の卒業者の数である。 3)1972年度は、表に記載されているものの他に別科の卒業者1名(就職)が ある。 4)「普通科または本科」および「保健理療科」からの進学者はほとんどが同校専 攻科への進学である。ただし、1975年度の「普通科または本科」からの進学者 の中には、専攻科への進学でkkなくて、保健理療科への「進学割2名が含まオTてo、る゜ 5)1976年度より、専攻科は従来の2年制から3年制に変更された。1977年度 は専攻科の卒業者はゼロとなっているのはそのためである。 表3-2聾学校卒業者進路動向推移 、藍 ⑤-⑭ 注1)資料県教育庁障校基本調査』 -113- 1972 1973 1974 1975 1976 1977 1978 1979 1980 1981 ①卒業者 14 12 22 28 25 17 19 18 16 17 ②就職者 11 5 20 27 22 17 18 15 15 15 ③進学者 0 3 2 1 3 0 0 3 1 0 ④教育訓練機関等入学者 ⑤無業者

①上記のうち福祉施設

・医療機関等入所者 、在宅者(⑤-①) 3 4 0 0 0 0 0 0 0 1 0 0 0 0 1 1 0 0 0 0 0 1 1 1 0

(9)

表3-3ちえおくれ養護学校卒業生進路動向推移

注1)ちえおくれ養護学校高等部の卒業生がでているのは1972年度~1977年度は1

校、1978年度、1980年度は2校、1981年度3校である。

2)資料は1972年度~1976年度は大平養護学校畔校要覧』により、1977年度

以降は峠校基本調剤によっている。

3)1979年度は『学校基本調査』によると大平養護学校卒業者は31名となっている。

しかし、大平養護学校の資料によれば40人となっている。後者の方が信頼できる と思われるが、1977年度以降の進路動向を『学校基本調査』によって示してい るので、比較の便宜のためにこの表では前者の資料の数字をあげておいた。大平

養護学校に関して、「学校基本調剤と大平養護学校『学校要鬮の数字を対比

すると次の表のようになっている、、学校要劇の数字は『学校基本調査」と同 じく5月1日現在である)。 大平養護学校卒業生の進路動向(俘校基本調剤と13大平養護学樺堂校要覧』との対比)

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-114- 九、 1977 学校基 本調査 学校要覧 1978 学校基 本調査 学校要覧 1979 学校基 本調査 学校要覧 1980 学校基 本調査 学校要覧 1981 学校基 本調査 学校要覧 ①卒業者 37. 37 33 33 31 40 41 41 41 41 ②就職者 22 21 24 26 28 25 24 18 22 22 ③進学者 ④教育訓練機関等入学者 ⑤無業者 ④上記のうち福祉施設・医療機関等入所者 、在宅者(⑤-①) 0 0 15 16 0 0 9 2 7 7 0 0 3 2 1 15 0 0 17 2 15 23 0 0 19 0 19 19

1972 1973 1974 1975 1976 1977 1978 1979 1980 1981 ①卒業者 13 27 28 21 35 37 58 54 57 84 ②就職者 9 22 22 14 31 22 33 34 31 44 ③進学者 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 ④教育訓練機関等入学者 ⑤無業者 ④ 上記のうち福祉施設 ・医療機関等入所者 ◎在宅者(⑤-④) 4 5 6 7 4 0 15 0 25 7 18 0 20 8 12 0 26 5 21 0 40 4) 16 24

(10)

4)1981年度の大平養護学校卒業生から福祉施設への入所者はゼロとなっている が実際には1982年度内に6名の入所者があり、これに加えて4月11日開所さ れた若竹共同作業所(無認可)へ6名が入所している。このように、何月で実態 を把握するかによって数字が大きく違ってくることもめずらしくない。 表3-4肢体不自由養護学校卒業者進路動向推移 注1)資料は鏡ガ丘養護学校進路担当係の資料で、3月末現在・参考までに1977 年度以降の畔校基本調査』による数字をあげておけば次頁のとおりである。 一部に大きな違いがある。 鏡ガ丘養護学校卒業生進路動向推移 (『学校基本調査』による) -115- 1972 1973 1974 1975 1976 1977 1978 1979 1980 1981 ①卒業者 9 17 17 17 22 24 19 25 30 31 ②就職者 2 5 6 2 1 0 0 1 2 1 ③教育訓練機関等入学者 3 4 1 6 3 6 5 9 9 6 ④進学者 3 2 3 3 0 0 2 1 3 0 ⑤無業者 1 6 7 6 18 18 12 14 16 24 ① 機関等入所者うち福祉施設 0 2 5 2 11 7 2 9 6 13 O在宅者(⑤-①) 1 4 2 4 7 11 10 5 10 11

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1977 1978 1979 1980 1981 ①卒・業者 24 19 25 30 31 ②就職者 1 0 1 1 2 ③教育訂11練機関等入学者 13 6 12 10 6 ④進学者 0 2 1 3 0 ⑤無業者 10 11 11 16 23

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(11)

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(12)

付表1注 注1)資料は沖縄県については表2と同じ。東京については「障害児学校卒業生の実 態と課題」(東京都障害児学校教職員組合ユ9182年9月発行)による。 ’1 2)「作業所等」とは、:身体障害者福祉法、精神薄弱者福祉法にもとづく授産施設 以外の、都。区。市単独事業の福祉作業所ざ生活実習所および民間の無認可作業 所である。 -117-

(13)

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