アジ研ワールド・トレンド No.240(2015. 10)
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い。それにはいくつか要件が必要
となる。主張の大胆さや新規性、
それと同時に人々に「なるほど」
と思わせる説得力、一貫した矛盾
のないストーリー。さらに細部の
嘘によって全体が疑われかねない
ので細かい事実の積み重ねも必要
になる。しかしよくよく考えてみ
ると、壮大な嘘の特徴はよい研究
にも共通するのではないであろう
か。
データを丁寧に分析・精査しな
がら、そこから読み取れることだ
けしかいわないというのは研究者
として誠実な態度であろう。しか
しそれだけで社会科学の進歩はあ
ったのであろうか。どこかでデー
タとデータの間にある「行間」を
想
像
力
を
働
か
せ
て
埋
め
な
が
ら、
「
壮
大
な
ス
ト
ー
リ
ー」
を
創
出
し
た
著作は、新たな視点と世界観を提
供する。またそのような著作は、
大学院の学生の頃いわれた言葉
のなかで時々思いだすもののひと
つ
に、
「
大
き
な
嘘
を
つ
け
」
と
い
う
ものがある。当時、研究者の卵で
あった私は、その言葉に驚き、違
和感を感じたものだ。
研究には嘘があってはいけない。
特にデータを捏造したり事実を捻
じ曲げたりすることは許されない。
そのような小さな嘘はばれやすく、
ばれれば研究全体の信ぴょう性が
疑われる。だから「小さな嘘」は
ついてもあまり意味がない。他方、
かつてアドルフ・ヒトラーが「た
いていの人間は小さなウソよりも
大きなウソにだまされやすい」と
いったそうであるが、現実の見方
が
が
ら
り
と
変
わ
る
よ
う
な、
「
壮
大
な嘘」には世のなかを変える力が
ある。
しかしみんなが信じるような大
きな嘘をつくのはそう簡単ではな
読み物として魅力的だし、文学作
品的な要素を多分に含んでおり、
読者を知的にわくわくさせてくれ
るし、インスピレーションを与え
てくれる。以下、私にとってのそ
んな著作を三冊を紹介したいと思
う。
●
ジ
ェ
イ
ン
・
ジ
ェ
イ
コ
ブ
ズ
『
都
市
の
原
理
』(
中
江
利
忠
・
加
賀
谷
洋
一
訳
)
鹿
島
出
版
会
、
二
〇
一
一
年
本書ではアダム・スミス、カー
ル・マルクスなど経済学の巨人た
ちが暗黙裡に共有している「最初
に農村が生まれ、これが町になり、
都市はその後に現れる」という前
提
に
対
し
て
敢
然
と
異
を
唱
え、
「
初
めに都市ありき、そして農村が発
展する」という説を展開する。そ
してこれまで分業の機能として効
率性にのみ目が向けられがちであ
ったが、ジェイコブズは分業の新
しい財貨やサービスを経済に追加
し多様化と創造性をもたらすとい
う、
分業の創造性を強調した(
「ジ
ェ
イ
コ
ブ
ズ
型
外
部
性
」
と
い
わ
れ
る
)。
そ
し
て
ニ
ュ
ー
ヨ
ー
ク
州
の
女
性ドレスメーカーからブラジャー
産業が発生してきた経緯や、3M
の多角化の事例、さらに日本の自
転車産業など豊富な事例を提示し、
経済成長における都市の創造的な
役割を主張したのである。
ジェイコブズの著作に対しては
ファンも多いが、同時に批判者も
多い。批判者の何人かはこれら著
作を「お話」であるというものだ。
確かに歴史家や経済学者などから
してみると、データの扱いや解釈
が不十分であるとか恣意的である
のであろう。しかし彼女の自由で
大胆な発想とそれを説得するため
豊富な事例、ストーリー展開は、
読み手を引き込み、それを差し引
いても余りある知的刺激がある。
●
ア
ル
バ
ー
ト
・
O
・
ハ
ー
シ
ュ
マ
ン
『
経
済
発
展
の
戦
略
』(
小
島
清
監
訳
、
麻
田
四
郎
邦
訳
)
巌
松
堂
出
版
、
一
九
六
一
年
ハーシュマンは経済発展に対し
て新たな見方を提示し、既存の均
●
特
●
集
本の森への道案内
優
れ
た
研
究
と
大
き
な
嘘
福嶋
路
[経営学・地域企業論]
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アジ研ワールド・トレンド No.240(2015. 10)
整成長論に対し不均整成長論を提
唱した論者として知られている。
しかし彼の著作のなかにはそれ以
外にも多数の知的好奇心をかき立
てる魅力的な考え方や言葉に溢れ
ている。
例えば、経済発展の所与の資源
や生産要素の最適結合をみつけよ
うという既存の考え方に対し、経
済発展には「隠された、散在して
いる、もしくは利用の稚拙な資源
や能力を、発展目的に即応して喚
起し協力させることの方が重大で
あ
る(
九
ペ
ー
ジ
)」
と
主
張
す
る。
そして稀少な諸資源の最大化能力
を喚起し動員する「圧力」や「誘
導機構」を作り出すことがそれを
実現するための手段となるという。
このような発想は、企業経営や地
域おこしなどにも十分応用できる。
またハーシュマンがこれまでの
主流の経済理論が暗黙のうちに前
提としていたことを次から次へと
論破し、
「変動観念」
「決意形成」
「
実
行
力
」「
不
均
衡
」「
誘
発
」
と
い
った聞きなれない独特な用語を駆
使し、これまでの経済学でみてい
たものとは全く異なる世のなかの
姿をみせてくれるのは大変小気味
いい。
ハーシュマンは主流派とはなり
えなかったが、目から鱗が落ちる
ような着眼点、独自の概念、それ
を駆使した骨太な理論展開は、知
的巨人という言葉を彷彿させる。
彼の他の著作も、経済学専門の人
間でなくても示唆を獲られる名著
が多い。
●
ア
ナ
リ
ー
・
サ
ク
セ
ニ
ア
ン
『
現
代
の
二
都
物
語
』(
大
前
研
一
訳
)
講
談
社
、
一
九
九
五
年
本書は、アメリカを代表する二
大ハイテク・クラスターである、
シリコンバレーとルート128の
比較研究である。軍事産業を基盤
とする同じような出自でありなが
ら、一九八〇年代の急激な環境変
化のもとで二つの地域は対照的な
道を歩む。その理由を、両者の地
域産業システムの違い、つまり水
平的な企業間ネットワークからな
るシリコンバレーと独立した企業
群からなるルート128に求めた。
そして地域産業システムという概
念を提示し、これまで企業や産業
レベルで論じられていた競争戦略
論に地域という視点を与えた。
ハイテク・クラスター論の先駆
的な研究となった本書に対して高
い
評
価
が
多
勢
を
占
め
る
一
方
で、
「
ナ
ラ
テ
ィ
ブ
」
で
あ
る
と
か「
理
論
的な貢献は弱い」という批判がな
されることがある。また全体とし
てストーリー先導的であり、両地
域はそこまで対照的なのかという
批判もある。しかし本書のシリコ
ンバレーとルート128を、膨大
な資料をもとにしながらも、些末
な違いは殺ぎとり、あえて二つの
地域のなかのロジックを対比的に
描くというわかりやすいストーリ
ー展開は、読む人を惹きつけるし、
その後の研究に大いにインスピレ
ーションを与えたのではないかと
思われる。
以上挙げた三冊の筆者は共通点
をもっている。第一にその時代の
「
主
流
派・
正
統
派
」
に
果
敢
に
大
胆
に挑み、彼らの前提を疑うような
深い疑問を呈しているという点で
ある。だからこそ彼らの展開する
主張には、はっとさせるような気
付きや驚きがある。
第二に、実は彼らは現場にとて
も精通していたという点である。
彼らのストーリーの背後には膨大
な実体験がある。ジェイコブズは
都市に住む市民運動家であったし、
サクセニアンもボストンに生まれ、
その後カリフォルニアに移住した
ので、両地域を知り尽くしている。
ハーシュマンに至っては発展途上
国の多数の開発プロジェクトに実
際に携わっていた。彼らは現場を
知り抜いているからこそ、正統派
や主流といわれる論とは一線を画
する、大きな嘘、いや独自性の高
い理論を打ち立てることができた
のではないかと思われる。
第三に彼らの著作は読み物とし
てとても魅力的であるという点で
ある。えてして研究者は厳密性に
こだわるあまりに、読者に「読ま
せる」ということを忘れがちであ
る。しかし社会科学にはアートの
要素も含まれており、それが社会
科学の特長でもある。彼らの著作
はそういう意味でも優れている。
彼らの著作を「壮大な嘘」とい
うと語弊があるかもしれない。た
だ多数の人々に信じてみたいと思
わせた名著であることは疑いがな
い。
(
ふ
く
し
ま
み
ち
/
東
北
大
学
大
学
院経済学研究科教授)