インドネシア -- 多様な知の集積地 (特集 アジア
の古本屋)
著者
土佐 美菜実
権利
Copyrights 日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア
経済研究所 / Institute of Developing
Economies, Japan External Trade Organization
(IDE-JETRO) http://www.ide.go.jp
雑誌名
アジ研ワールド・トレンド
巻
247
ページ
14-15
発行年
2016-04
出版者
日本貿易振興機構アジア経済研究所
URL
http://hdl.handle.net/2344/00002968
アジ研ワールド・トレンド No.247(2016. 5)
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特 集
アジアの古本屋
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こ こ 数 年、 イ ン ド ネ シ ア の 本 屋 市 場 は、 ジ ャ カ ル タ な ど の 都 市 部 を中心にショッピングモールの建 設ラッシュとともに大型書店の寡 占状態が目立つ。こうした大型書 店の拡大が加速するインドネシア において、古本屋はどのような状 況にあるのだろうか。本稿ではジ ャカルタ、ジョグジャカルタとい うインドネシア二都市における古 本屋事情の一端について紹介して いきたい。●
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ジャカルタではもともとクイタ ンという地区に古本屋業者が集ま り、賑わいをみせていた。二〇〇 八年頃、彼らの多くが南ジャカル タのブロックM地区へ移り、今で はこの地区にあるブロックMスク エアという老舗の商業施設の地下 街に店を構えている。洋服やアク セサリー、お土産品などを売る店 に混ざりながら、ところ狭しと本 を並べている。子ども用の本や漫 画から、辞書や語学教材に至るま で、売られている本のジャンルは 様々である。地下街へ降りるエス カレーター付近にも「安い本の取 引所」と記されており、本が安価 に入手できる場所として役割を担 っているようだ。 こうした古本屋の集積地がある 一方で、特定の場所で一軒だけで 古本屋を営む店もある。ジャカル タにはタマン・ミニ・インドネシ アと呼ばれる国内各地方の伝統的 家屋を再現した広大な公園がある のだが、ここの敷地内に店を構え ているのがパサール・ブク・ラン カ だ( 写 真 1) 。 一 九 八 〇 年 代、 先代の店主(今の店主のお父さん にあたる)の頃に当時の大統領夫 人、 すなわちスハルトの妻シティ ・ ハルティナに本を売ったことが縁 でこのタマン・ミニ内に古本屋を 開業することができたという。お 店は平屋の一戸建てで、店内の本 棚には歴史や文学、伝記を中心に 取り揃えており、一九六〇~七〇 年代に書かれた人文・社会科学分 野の古い本も売られていた。ここ の主な客層は欧米を中心とした海 外の図書館や大学・研究機関の関土
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集積地︱
係者であるという。こうした海外 の顧客への販売ルートはすでに先 代 の 頃 よ り 確 立 し て い る よ う で、 相手の機関に合わせて本のリスト を予め作成しておくなど、購入者 ごとのニーズに合わせた対応も行 っている。 もう一軒は劇場や映画館などを 備えたジャカルタの複合文化施設 タマン・イスマイル・マルズキの 一 角 に 店 を 構 え て い る ギ ャ ラ リ ー・ブク・ブンクル・デクラマシ で あ る( 写 真 2) 。 創 業 者 で も あ る現在の店主が一九八〇年代にニ ューヨークのブロードウェイでみ た古本屋から着想を得て、当時ま だジャカルタに一軒もなかったこ とから、古本屋を自身で開業しよ う と 考 え た の が き っ か け だ っ た。 店内は独特の配置で本がぎっしり と積み上げられており、目当ての 写真1:タマン・ミニ内にたたずむ店舗 (筆者撮影) 写真2:店内は独特の配置で本が積み上がって いる(筆者撮影) 14_15_特集_土佐美菜実_インドネシア.indd 14 16/03/29 18:0615
アジ研ワールド・トレンド No.247(2016. 5) 本をお客が自力で探し出すには希 望が持てないような構造になって いる。店主はもともと舞台監督を 務めるなど、文化や芸術の分野で 活躍しており、店の本も主に芸術 や文化、文学系のものが多い。し かし、それだけではなく歴史や政 治に関する本も広くカバーしてい る。先のパサール・ブク・ランカ と同様に買いに来るのは欧米の図 書館関係者が多いという。 このようにお店の常連の多くが 欧 米 を 中 心 と し た 海 外 の 図 書 館・ 大学関係者であり、どちらもアメ リカ議会図書館をはじめとした海 外機関による貴重資料の収集先と して重宝されていることが窺えた。●
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ジャワ島南岸に位置するジョグ ジャカルタは、周辺に数多くの古 代遺跡が残るインドネシアの古都 として有名である。またその一方 で、ガジャマダ大学をはじめとす る多くの大学を有する学園都市と しても名高い。 観光客向けの土産店などが並ぶ マリオボロ通り近くに古本屋のコ ンプレックスがある (写真3) 。鮮 やかなオレンジとグリーンの色使 いが眩しい二階建ての建物の中に 古本屋のキオスク(日本の駅でみ るような小さな売店の形態)がび っしりと並んでいる。建物内には ここが二〇〇五年に建てられたこ とが記されていた。一階と二階で 相当数の古本屋キオスクが入って おり、ひとつの建物に古本屋だけ でこれほどの数が集まっているの には驚きである。さらに、これら のキオスクを一軒一軒覗いてみる と、どの店も様々な特徴を持って いることがわかる。雑誌を中心に 販売している店、イスラーム系出 版物を専門とする店、IT関連の 本 だ け を 取 り 扱 っ て い る 店 な ど、 それぞれに色があり、人びとのニ ーズをこのコンプレックス全体で 満たしているようである。なかで も左派系出版物を中心に取り揃え ている店は本当に赤色の本ばかり で目立っていた。このほか、古本 屋とは呼べないかもしれないが新 聞のクリッピングを専門的に取り 扱う店もある。 「イスラーム銀行」 や「 税 金 」「 家 族 問 題 」 な ど、 テ ーマごとにまとめられたクリッピ ングの束がどっさり積まれており、 圧巻である。 このように、ジョグジャカルタ ではそれぞれに個性を持つ古本屋 などがひとつのコンプレックスに 集まっており、それぞれに持ち味 を活かして棲み分けがなされてい た。筆者がここを訪れた際、大学 生と思われる若者らが店の人に何 かを相談しているところをみかけ た。ジャカルタとはまた違った古 本屋の様子を知り、古本屋のコン プレックスがこの街の学生たちを 支える知の集積地として役割を担 っていることを感じた。●
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以上のように、インドネシアの 古本屋事情として実際に見聞きし たことを紹介してきた。大型書店 の台頭が加速するなか、ジャカル タ、ジョグジャカルタでは多様な 古本屋業のあり方が今もなお存在 している。 最後に、今回様々な古本屋を訪 れたなかで特に印象に残ったこと を述べておきたい。ジャカルタの パサール・ブク・ランカの店主の 「 こ う し た 古 い 本 を 大 事 に す る の は外国人だけだ」という言葉が強 く心に残った。先に紹介したジャ カルタの二つの古本屋は海外の図 書館・大学機関が常連客となって いるわけだが、古い貴重資料への 関心が国内では消極的である実情 を示唆しているようにも感じられ る。 近年、インドネシアでは情報サ ービスのデジタル化が急速に進ん でいる。インドネシア中央統計庁 では最近の出版物のほとんどがウ ェブ上で無料公開されるようにな ったし、ジャカルタでは市民向け に電子図書館のアプリケーション が開発されている (参考文献) 。技 術革新によって情報アクセスの格 差を取り払う取り組みが積極的に 行われている。 しかし、 その一方で 国内の古い貴重資料の収集・保存 も引き続きインドネシアの重要な 課題になるといえるだろう。 ( と さ み な み / ア ジ ア 経 済 研 究 所 図書館) 《参考文献》 ① “G re at er J ak ar ta : G ov er no r la un ch es li br ar y ap p, ” T heJakarta Post, October 15, 2015.
写真3:コンプレックス内の様子(筆者撮影)