一 はじめに キ リ シ タ ン 資 料 に お い て、 「 あ い( 愛 )」 は、 一 般 に、 〈 感 情 的 肉体的な愛情〉を意味する語として使われていると捉えられてい る 注注1 。 し か し、 『 日 葡 辞 書 』( 1603 _4 年 ) に は、 「 あ い 」 を 構 成 要 素 に有する複合語の掲出項目の中に、見出し語の訓釈の一部〝アイ シ〟に対してポルトガル語 Amor が対応していたり、 「じん(仁) 」 の項目の例文に、 〝 自 注 ミヅカ ラヲ 忘 注ワス レ、 他 注タ ヲ 愛 注アイ シテ〟とあることから、 「 愛 す る 」 が 漢 語「 愛 」 に 当 る 広 い 意 味 を 持 ち 得 た 事、 儒 教 風な意味をも持ち得た事が知られるのである (「愛」 と amor の対応にも注意。 amor は 「大切」 に対応するのみではな い 注注2 。) とする見解もあり、 キリシタン資料における「あい」に関しては、 まだなお検討すべきことが存している。 筆 者 は、 以 前、 こ の 問 題 に つ い て、 「 あ い 」 を 構 成 要 素 に 有 す る複合語 —— 以下、単に「愛の複合語」と呼ぶ —— のありようの 具体的な解析として、 キリシタン資料における 「おんあい (恩愛) 」 を 取 り 上 げ、 考 察 し た。 「 お ん あ い 」 は、 仏 教 的 価 値 観 か ら す れ ば、 妄 執 で あ り、 そ の 点 で、 「 あ い す 」 と の 類 義 性 を 有 す る「 愛 の複合語」の一類であることが期待されるところではあるが、 「お ん あ い 」 の 語 釈 に「 た い せ つ( 大 切 )」 が 引 き 当 て ら れ て い る こ と も あ り、 む し ろ、 「 た い せ つ 」 と の 類 義 性 の 方 が 強 く、 キ リ ス ト教の信仰に支障がない場面などにおいては、肯定的な文脈にお いて用いられており、他の「愛の複合語」とは、かなり異なった 特徴を有することを明らかにし た 注注3 。 そこで、本稿では、今回「愛の複合語」の一つである「じあい (慈愛) 」を取り上げ、キリシタン資料における、この語のありよ うを検討することにする。 なお、 ローマ字本のキリシタン資料からの引用に際しては、 ロー マ字を適宣漢字仮名交りに直すことがある。 二 キリシタン資料における「じあい」に関する先学の見解 キリシタン資料における「じあい」に関して、何らかの指摘が あるものは非常に少ない。 以前にも取り上げたよう に 注注4 、小島幸枝氏は、キリスト教的愛の
キリシタン資料における「じあい(慈愛)
」について
漆
﨑
正
人
日本語訳として「あい(愛) 」が用いられずに、 「ごたいせつ(御 大切) 」「たいせつ (大切) 」 が考え出された理由を推測した箇所で、 『日葡辞書』の各項目の語釈に基づき、 「あい」が訳語として適さ ないことの根拠となる「愛の複合語」を列挙している。当時の既 存の日本語を見ると、 まず『日葡辞書』で「愛スル」を〈快楽を与えるものを楽し む〉としているように、愛の熟語もまた、 「 愛 注 アイキヤウ 恭 注 ・ 愛 注 アイキヤウ 敬 注 ・ 愛執 ・ 愛 著 注 ヂャク ・ 愛 寵・ 愛 念 ……」 お よ び「 遺 愛・ 恩 愛・ 敬 注 キャウ 愛・ 最 愛・ 慈 愛・ 憎 愛・ 寵 愛・ 貧 愛・ 人 愛 ……」 (『 落 葉 集 』 1598 刊 に よる)など、その語釈に見る如く、精神的な愛よりはむしろ 肉 注 (ママ) 的快楽的な愛のニュアンスが強く、キリスト教的愛の訳語 としては不適当であったこと、かつ、その他の日本語の中に も相互愛の概念を有するものは見付け難く、意味上、的確に 対応する訳語を認め難かったことにもよろ う 注注5 。 と述べ、 「じあい」は、 「あい」がキリスト教的愛の日本語訳とし て 相 応 し く な い こ と の 根 拠 と し て、 「 精 神 的 な 愛 よ り む し ろ 肉 注 (ママ) 的 快 楽 的 な 愛 の ニ ュ ア ン ス が 強 」 い と こ ろ の、 「 愛 の 複 合 語 」 の 一 つ と 扱 わ れ て い る。 も っ と も、 「 じ あ い 」 自 体 の『 日 葡 辞 書 』 の 具体的な語釈には触れられていない。小島氏は、 フーベルト ・ チー ス リ ク 氏 の、 「 愛 の 熟 語 も、 感 情 的 な 快 楽 も し く は 不 潔 な 快 楽 を 表わしてい る 注注6 」との見解をほぼ受け継いでいると見られる。 次 に、 『 ロ ザ リ オ 記 録 』( 1622 年 刊 ) に 存 す る〝 慈 注ジ 愛 注アイ シ 〟 に 対 し て、 そ の 翻 字 本 の『 ロ ザ リ ヨ 記 録 』( 1986 年 刊・ 平 河 出 版 社 ) の三橋健氏・宮本義男氏の註では、 慈愛 やさしさと愛情でかわいがること。 「プティジャン」 は「御大切深く」に作る。 と あ る。 こ の〝 慈 愛 〟 の 語 釈 は、 そ の 妥 当 性 は さ て お き、 『 邦 訳 日 葡 辞 書 』( 1980 年 刊・ 岩 波 書 店 ) の「 じ あ い( 慈 愛 )」 の 項 目 で示されているところの、 Iiai. ジ ア イ( 慈 愛 ) Itçucuximi aisuru. ( 慈 し み 愛 す る ) 非 常 なやさしさと愛情でかわいがること。 の「非常なやさしさと愛情でかわいがること。 」という語義から、 〝 や さ し さ 〟 に 付 さ れ て い る〝 非 常 な 〟 と い う 修 飾 語 を 取 り 除 い た だ け の も の で あ る か ら、 『 邦 訳 日 葡 辞 書 』 の「 じ あ い 」 の 項 目 の語義をほぼ踏襲していると言うことができる。一方、この註で 言 及 さ れ て い る「 プ テ ィ ジ ャ ン 」 と は、 『 ロ ザ リ オ 記 録 』 と『 ロ ザ リ オ の 経 』( 1623 年 刊 ) と を 取 り 合 わ せ た 改 修 本 の『 玫 瑰 花 冠 記 録 』( 1869 年 刊 ) を 指 す が、 そ れ で は、 〝 慈 愛 〟 に 対 応 す る 箇所が、 〝御大切〟となっているという指摘も注意される。プティ ジ ャ ン 師 は、 当 該 の〝 慈 愛 〟 の 文 脈 的 意 味 を、 〝 御 大 切 〟 に 置 き 換えられるものと見做していることになる。 次に、主な国語辞典 ・ 古語辞典の中で、使用例の典拠を示して、 「じあい」を立項しているのは、 『日本国語大辞典 第二版』第六 巻 (2001 年 刊・ 小 学 館 ) ( 以 下、 『 日 国 』 と 呼 ぶ )、 『 時 代 別 国 語
大辞典 室町時代編』 第三巻 ( 1994 年刊 ・ 三省堂) (以下、 『室町』 と呼ぶ)に限られていると思われる。 「じあい」は、 『日国』 、『室 町』には、それぞれ、次のように掲載されている。 じ _ あい【慈愛】 〘名〙 親が自分の子どもに対するような深 い 愛。 ま た、 そ う い う 愛 の 気 持 で や さ し く い た わ る こ と。 * 菅 家 文 章( 900 頃 ) 三・ 路 遇 白 頭 翁「 貞 観 末 年 元 慶 始、 政 無 二 慈 愛 一 法 多 レ 偏 」 * 神 皇 正 統 記( 1339 _43 ) 上・ 武烈「上古の聖賢は、子なれども慈愛におぼれず、器にあ ら ざ れ ば 伝 ふ る こ と な し 」 * 謡 曲・ 老 松( 1430 頃 )「 諸 木 の 中 に 松 梅 は、 こ と に 天 神 の、 ご 慈 愛 に て、 紅 梅 殿 も、 老松も、 みな末社と現じ給へり」 *日葡辞書 ( 1603 _04 ) 「 Iiai (ジアイ) 。イツクシミ アイスル」 *夢酔独言 ( 1843 ) 「 親 の 為 に は 孝 道 を 専 ら に し て、 妻 子 に は じ あ い し 」 * 運 命 論 者( 1903 )〈 国 木 田 独 歩 〉 三「 其 言 葉 は 少 な い が、 慈 愛 (ジアイ)に満て居たのです」*礼記 — 楽記「寛裕肉好 順 成 和 動 之 音 作 、 而 民 慈 愛 」 発音 〈 標 ア 〉 0 ジ 〈 京 ア 〉 0 辞書 文明・日葡・書言・言海・ 表記 慈愛(文・書・言) じあい〔慈愛〕神仏・親など上の立場にある人が、自らの庇 護の下にある者を大きな愛情をもってつつむこと。 「 慈 注ジ 愛 注アイ 」 (広本節用) 「 慈 注じ 愛 注あい 」(落葉) 「 Iiai (ジアイ) 。「 慈 注 イツク シミ愛スル」 。 非常な情と愛をもってかわいがること」 (日葡) 「牧ハヤシ ナウトヨムゾ。ソノ州ノ民ヲ子ノヤウニ思テ、ナデハダケ 養育シテ慈愛スルゾ」 (玉塵四十) 「賛 二 魚籃観音 一 丹臉 青鬟慈愛深、自疑雲雨夢中心」 (狂雲集上) 『 日 国 』 で 掲 出 の 最 後 の 用 例 が『 礼 記 』 で あ る こ と か ら 明 ら か な よ う に、 「 じ あ い 」 は 漢 籍 由 来 の 漢 語 で あ り、 仏 教 語 と し て の 用例は挙げられていない。 『日国』によれば、 「じあい」の国内文 献の初出は九〇〇年頃のものであり、以降今日まで用いられてい ることが示されているが、語義は最初に置かれている「親が自分 の子どもに対するような深い愛。また、そういう愛の気持でやさ し く い た わ る こ と。 」 と い う 意 義 で 通 時 的 に 一 貫 し て い る と い う 解釈である。本稿との関わりで言えば、この語義が、キリシタン 資料における「じあい」の意義として妥当なものであるかどうか が問題となるわけであるが、それについては、次節での検討の中 で 扱 う こ と に な る と し て、 こ こ で は、 『 日 葡 辞 書 』 の 用 例 の 挙 げ 方が不十分であることを指摘しておく。 『日国』では、 『日葡辞書』 か ら、 「 ジ ア イ 」 の 項 目 の 記 述 の う ち、 ポ ル ト ガ ル 語 訳 の 部 分 を 省き、訓注部分の引用で止めているけれども、見出し語の訓注が 常に見出し語の語釈にもなっているとは限らないので、ポルトガ ル語訳のところまで引く必要がある。とりわけ、この見出し語の 場 合、 〝 イ ツ ク シ ミ ア イ ス ル 〟 と い う 訓 注 の〝 ア イ ス ル 〟 は、 キリシタン資料においては、扱いに慎重を要する語である。今日 の「 あ い す る( 愛 す る )」 の 語 義 を そ の ま ま 当 て 嵌 め て 理 解 す る わけにはいかない以上、ポルトガル語訳の部分まで引用しないの
は不適切であったことになる。 『室町』では、語義は、 「神仏・親など上の立場にある人が、自 らの庇護の下にある人を大きな愛情をもってつつむこと。 」とし、 「じあい」 の作用の主体として、 〝親〟 のほかに、 〝神仏〟 が指定され、 し か も、 〝 親 〟 よ り も 先 に 挙 げ ら れ て い る こ と に よ り、 最 も 代 表 的 な 作 用 の 主 体 を、 〝 神 仏 〟 と い う 絶 対 的 な 存 在 と 捉 え て い る と 見られる。さらに、作用の方向について、上位から下位へという 一方向的であることを明示し、具体的に踏み込んだ語義となって い る。 た だ、 こ の 項 目 の 用 例 に は、 〝 仏 〟 が 作 用 の 主 体 で あ る も のは挙がっていない。なお、 用例として引かれている『日葡辞書』 の「 ジ ア イ 」 の 項 目 の 日 本 語 訳 は、 『 邦 訳 日 葡 辞 書 』 の も の と は やや異なっている。それについても、次節での検討で扱うことに なる。 三 キリシタン資料に存する「じあい(慈愛) 」の検討 キリシタン資料には、 「じあい」 の用例は極めて少ない。 したがっ て、その一つ一つを取り上げ、検討することにする。 まず、 『日国』と『室町』で掲載されている、 『日葡辞書』から 見ていく。 『日葡辞書』には、 「ジアイ」は、次のようにある。
Iiai. Itçucuximi aisuru.
A mimar com g rãde affeito, amor . 『邦訳日葡辞書』と『室町』で、 「じあい」の項目の日本語訳とし て 問 題 と な る の は、 mimar , affeito, amor の 三 語 で あ る。 こ れ ら 三語について、 『現代ポルトガル語辞典』 ( 1996 年刊 ・ 白水社) で、 それぞれ対応する項目の掲載内容を挙げると、 mimar . ( 中 略 ) 他 ① 愛 撫 す る、 か わ い が る、 甘 や か す、 寵 愛(ちょうあい)する。②身ぶり(手まね)で表現する。 afeto. ( 中 略 ) 男 ①〔 +a ・ para[com] ・ por に 対 す る 〕 愛 情、 好感、友情。 ¶ nutrir um g rande 〜 por … …に対する大き な愛情 (友情) を育む。
ter afeto a (por)
… …に愛情を抱く。 ②感情。③愛情。 (友情) の対象。
¶ Doía-me estar ausente
do meu 〜 . 私は愛する人から離れているのが苦痛だった。 amor ( 中 略 ) 男 ① 愛、 愛 情。 ¶ 〜 ao (do) próximo 隣 人 愛。 〜 à (da) pátria 祖 国 愛。 〜 conjug al 夫 婦 愛。 〜 filial 親 に 対する子供の愛情、孝心。〜 maternal(materno) 母性愛。 〜 paternal(paterno) 父性愛。②〔時に 複 。男女間の〕愛、 恋、恋愛。 ¶ estar louco de 〜恋で夢中になっている。〜 à primeira vista 一 目 ぼ れ。 〜 carnal(fisico) 肉 体 的 な 愛。 〜 livre 自由恋愛。〜 passageiro かりそめの恋、浮気。〜 pl- atônico プラトニック・ラブ。 casamento de 〜恋愛結婚。 〜 es de infância 幼 年 時 代 の 恋 愛。 ③〔 時 に 複 〕 情 事、 ア バ ン チ ュ ー ル。 ¶ ter(trazer) 〜 es com+ 人 … と 男 女 関 係 を 持 っ て い る 。 ④ 〔 事 物 に 対 す る 〕 愛 好 、 情 熱 。 ¶ 〜 à v erdade 真 理 を 求 め る 情 熱。 〜 ao jogo ば く ち 好 き。 com 〜 情 熱 的
に 、熱心に 。 ⑤〔時に 複 〕愛する 人(物) 。 ¶ Coragem, meu 〜 ! ねえあなた、勇気を出して!⑥《ブ、口語》とてもきれい な人 (物) 、とてもよい人 (物) 。⑦ 〔 A 〜〕 愛の神キューピッ ド Cupido; 〔 A 〜 es 〕 ビ ー ナ ス と キ ュ ー ピ ッ ド に 仕 え る 愛 の神々。⑧〔動物の〕交尾欲。 と な る。 こ れ ら 三 語 の う ち、 『 邦 訳 日 葡 辞 書 』 と『 室 町 』 と で 日 本語訳に違いがあるのは、 affeito と amor であるが、 affeito につ いては、 『邦訳日葡辞書』では、 〝やさしさ〟と訳し、 『室町』では、 〝 情 〟 と 訳 し て い る。 『 室 町 』 は ②、 『 邦 訳 日 葡 辞 書 』 は ① の 類 義 的解釈と見做される。 amor については、 『邦訳日葡辞書』は、 〝愛 情〟 、『室町』 は 〝愛〟 で、 それぞれ、 訳出している。 〝愛情〟 も 〝愛〟 も、 ① の 範 疇 に 入 る が、 キ リ ス ト 教 的 視 点 に 立 つ と、 〝 愛 情 〟 は 感 情 で あ り、 〝 愛 〟 は 意 志 と い う こ と に な り、 区 別 さ れ る べ き 意 義 と 判 断 さ れ る。 そ も そ も、 類 義 性 を 有 す る、 affeito と amor を 併置しているのは、併置することで、両語の意味を互いに区別し ようとしていると考えるのが合理的である。 すなわち、 affeito は、 感 情 と し て の〝 愛 情 〟、 amor の 方 は、 意 志 と し て の 〝 愛 〟 を 表 わ し て い る と 解 す こ と が で き る。 そ う す る と、 mimar は、 感 情 と 意 志 と の 両 方 を 含 意 す る 訳 語 が 相 応 し い こ と に な る。 『 邦 訳 日 葡辞書』 、『室町』では、ともに、 〝かわいがる〟を当てているが、 これは、ほぼ感情に基づく行為を指しがちだから、訳語として適 切とは言えないので、 上位者から下位者へという方向性のある 〝か わ い が る 〟 と 類 義 性 を 有 し つ つ、 意 志 に 基 づ く 行 為 を 指 し 得 る、 〝いつくしむ〟が適していると思われる。そこで、本稿では、 『日 葡辞書』の〝ジアイ〟の項目は、 次のように訳すべきだと考える。 Iiai. Itçucuximi aisuru. A mimar com grãde affeito, amor . (訳: 慈 注ジアイ 愛 注 。 慈 注 イツク シミ 愛 注アイ スル。大きな愛情や愛でいつくしむこと。 ) 次に、 『落葉集」 ( 1598 年刊)には、 「本篇」に、 ◯ 慈 注じ あはれむ — 愛 注あい — 母 注ぼ — ……(五一丁表) と あ る が、 音 訓 の 付 記 の み で あ る。 ち な み に、 『 落 葉 集 』 の 成 立 に影響を与えたと思しい「節用集」類その他の古辞書には、管見 の 範囲では、 『文明本節用集』 (室町中期写)には、 「シ」部に、 ◯ 慈 注ジ 悲 注ヒ — 愛 注アイ ……( 「態藝門」 ) とあるほかに、 慈 注ジ 愛 注アイ (『弘治二年本節用集』 室町末期写 「シ」 部 「言語進退」 門) 慈 注ジ 悲 注ヒ — 愛 (『永禄二年本節用集』 1565 年以降写 「シ」 部 「言 語」門) 慈 注ジ 悲 注ヒ — 愛 (『尭空本節用集』 1565 年以降写 「シ」 部 「言語」 門) 慈 注ジ 愛 注アイ (『枳園本節用集』室町末期写「シ」部「言語」門) 慈 注ジ 愛 注アイ (『永禄五年本節用集』 1562 年奥書写本の影写 「シ」 部「言 語」門) 慈 注ジ 愛 注アイ (『慶長五年本節用集』 1600 年写「シ」部「言語」門) 慈 注ジ 愛 注アイ (『経亮本節用集』 1565 年以降写「シ」部「言語」門) 慈 注ジ 愛 注アイ (『塵芥』 1510 〜 50 年頃成立「シ」部「態藝」門) い つ く し む 〳〵 はゝ イ ツ ク シ カ ナ シ ム ヲ シ ム
な ど と 存 す る。 「 節 用 集 」 類 で は、 伊 勢 本 系 統 の 増 刊 本 類 に 属 す るとされる『文明本節用集』を除けば、印度本系統の諸本のうち の 数 本 に の み「 じ あ い 」 の 登 載 が 認 め ら れ る。 「 節 用 集 」 類 以 外 の 古 辞 書 で 掲 載 が 確 認 で き た の は、 「 韻 書 乃 至 は 韻 事 の 書 注註7 」 と さ れる『塵芥』だけである。 次に、 『朗詠雑筆』 ( 1600 年刊)には、 『雑筆抄』に一例、 ◯誠神妙也能々可 被 慈愛 と、 〝慈愛〟 が使われている。この漢文は、 「 誠 注 (まこと) (に) 神 注 (しんめうなり) 妙也 注 ( 。) 能 注 ( よ ) (く) 能 注 ( よ ) ( く ) 慈 注 ( じ あ い ) 愛 注 ( せ ) 被 注 ( ら ) ( る ) 可 注 ( べ ) ( し ) ( 。) 」 と 訓 読 さ れ る と こ ろ で あるが、後半の〝能々 可 被 慈愛〟は、読み手自身がわが身を労る ことを書き手が請う内容になっている。既に見てきたように、 『日 国 』 や『 室 町 』 や『 日 葡 辞 書 』 で 掲 載 す る「 じ あ い( 慈 愛 )」 の 語義には、 『雑筆抄』の〝慈愛〟に適合する意義は見出しがたい。 キ リ シ タ ン 版『 雑 筆 抄 』 は、 『 雑 筆 抄 』 の 系 統 分 類 で は、 前 段 後 段を有する第二類のうち、前段の部分が第一類第二種の『宗叮本 雑筆抄』と同系の第二類第二種に属する一本であるとされてい る 注注8 が、 実は、 同種の諸本( 『類従本雑筆往来』 、『東大本雑筆抄』 、『神 宮文庫本雑筆抄』 、『真如蔵旧蔵本雑筆抄』 )では、当該の〝慈愛〟 は、 すべて〝自愛〟となっていると指摘されてい る 注注9 のである。 「じ あい(自愛) 」については、 『日葡辞書』にも項目がある。 Iiai. Mizzucara aisuru. A mimar mostrar amor . ( 訳 : 自 注ジ 愛 注アイ 。 自 注 ミヅカ ラ 愛 注アイ スル。いつくしむこと、また愛を表わすこと。 ) 『邦訳日葡辞書』や『室町』で引用されている 『日葡辞書』では、 それぞれ、次のように日本語訳している。 Iiai. ジアイ (自愛) Mizzucara aisuru (自ら愛する) かわいがっ て愛情を示すこと。 Iiai. ( ジ ア イ )。 「 自 注 ミヅカ ラ 愛 ス ル 」。 か わ い が っ て 愛 を 示 す こ と。 たしかに、 『日葡辞書』の誤釈によれば、 「じあい(慈愛) 」と「じ あ い( 自 愛 )」 と は 類 義 的 で は あ る も の の、 「 じ あ い( 慈 愛 )」 に おけるいつくしみの源が、大きな愛や愛情であることが明示され て い る の に、 「 じ あ い( 自 愛 )」 の 方 は、 そ の よ う な 指 定 が な く、 そういう意味で汎用的であるから、その行為の主体と対象が同一 の場合も成り立ち得るが、 「じあい(慈愛) 」の場合は、行為の主 体と対象とが同一ではなく、別々であるのが自然である。当該の 〝 慈 愛 〟 は、 む し ろ〝 自 愛 〟 で あ る 方 が、 整 合 的 と 判 断 さ れ る。 キリシタン版 『雑筆抄』 の同類同種の他本すべてが 〝自愛〟 となっ ているのは、 他本の方に問題があるのではなく、 キリシタン版『雑 筆抄』 の〝慈愛〟 表記の方が本文として極めて疑わしいわけである。 「じあい(自愛) 」に関しては、 『日国』や『室町』ばかりでなく、 『小学館古語大辞典』 ( 1983 年刊 ・ 小学館) (以下、 『小学』 と呼ぶ) 、 『角川古語大辞典』第三巻( 1987 年刊 ・ 角川書店) (以下、 『角川』 と呼ぶ)にも掲載されている。 『日国』 、『室町』 、『小学』 、『角川』 における記載内容は、それぞれ、次のとおりです。 じ _ あい【自愛】 〘名〙 ①自分を大切にすること。自分の体
に 気 を つ け る こ と。 現 代 で は、 「 御 自 愛 」 の 形 で、 手 紙 の 末 文 な ど で 相 手 に 向 け て 用 い る こ と が 多 い。 * 家 伝( 760 頃)上(寧楽遺文) 「入 二 吾堂 一 者、⽆ レ 如 二 宗我大郎 一 、 但公神識奇相、実勝 二 此人 一 、 願深自愛」*明衡往来( 11C 中 か ) 下 本 「 彌 端 二 勁 心 一 可 レ 被 レ 持 二 奉 公 之 節 一 也 、 自 二 愛 玉 躰 一 、 不 レ 可 レ 混 二 風 塵 之 客 一 」 * 釈 氏 往 来( 12C 後 ) 五月日「自愛之処差 二 専使 一 、 投 二 芳札 一 」*読本・椿 説弓 張 月( 1807 _11 ) 拾 遺・ 四 七 回「 彼 山 路 は、 洋 腸 と し て 樹だち深く、 熟(なれ)たる者も路に迷(まど)ふ事あり。 且毒蛇猛獣も亦多かり。よく自愛(ジアイ)し給へ」*日 本外史( 1827 )一 ・ 源氏前記「平治之変、 信頼義朝之猖獗、 吾而自愛、 事未 レ 可 レ 知」 *小学読本 ( 1884 )〈若林虎三郎〉 五 「 厳 寒 の 時 節 尊 体 御 自 愛 専 一 に 被 遊 候 」 * 老 子 _ 七 二 「 聖 人 自 知 不 二 自 見 一 、 自 愛 不 二 自 責 一 」 ② 品 行 を つ つ し む こと。自重すること。*椿葉記( 1434 )「年来の本望達し て自愛の処に」*史記 — 平準書「人人自愛、 而重 レ 犯 レ 法」 ③ (形動) 人や物を大事にすること。珍重すること。また、 それに値するさま。*江都督納言願文集(平安後)三・奉 造立六尺皆金色観世音菩薩像一体「位列 二 二品 一 唐白氏猶 自 愛 」 * 古 今 著 聞 集( 1254 ) 一 一 ・ 三 九 六「 件 僧、 人 の い さかひして、腰刀にて突合ひたるを書きて、自愛してゐた りけるを」*源平盛衰記( 14C前)一四・木下馬事「武士 の宝には、能き馬に過ぎたる物なにかは有るべきとて、あ だにも引き出だすことなければ、 木の下と云ふ名を附けて、 自愛 (ジアイ) して飼ひける程に」 *井蛙抄 ( 1362 _64 頃) 六「員外後学一言を自愛せられける、まことの数奇人と覚 て お も し ろ く 侍 り き 」 * 明 徳 記( 1392 _93 頃 か ) 上「 奥 州天下の望は元来心にかけ給しうへ、自愛の聟のすすめ成 け れ ば 」 * 中 華 若 木 詩 抄( 1520 頃 ) 下「 苔 も よ く 生 長 し たれば、一段深きぞ。言語道断、自愛なる風景也」④自分 の 利 益 を は か る こ と。 利 己。 * 日 本 開 化 小 史( 1877 _82 ) 〈田口卯吉〉五 ・ 一〇「蓋し人の天性は自愛に切にして他愛 に疎なるものなり」 ⑤自己保存の自然の感情。この感情が、 他人への愛の根底にあるとする見方と、他愛と別個である とする見方がある。*哲学字彙 ( 1881 )「 Self-lov e 自愛」 * 竹 沢 先 生 と 云 ふ 人( 1924 _25 )〈 長 与 善 郎 〉 竹 沢 先 生 と 虚空 ・ 五「それはどこ迄も『自己愛の反照としての愛』 、『自 愛の一部』 であって」 発音 〈標ア〉 0 〈京ア〉 0 辞書 文明 ・ 天正 ・ 黒本 ・ 易林 ・ 日葡 ・ 書言 ・ ヘボン ・ 言海 表記 自愛(文 ・ 天・黒・易・書・ヘ・言) じ あ い〔 自 愛 〕「 自 注ジ 愛 注アイ 」( 易 林 節 用 )「 自 注じ 愛 注あい 賞 翫 也 」( 和 漢 通 用 ) 「 自 注じ 愛 注あい 」(落葉)①自らの身を大切に思って、むちゃをせず 大 事 に 扱 う こ と。 相 手 の そ の 身 を 思 い や っ て い う 語。 「 能 自愛セヨト云語アリ。吾トモ吾身ヲ愛シテ、身モチリヨウ
ジ ニ ス ル ナ ノ 心 ゾ 」( 謡 抄 老 松 )「 汝 又 改 二 素 心 一 、 以 レ 賦 新 レ 律。 其智随 レ 日而長、 其祐逐 レ 時而亨。善加 二 自愛 一 」(碧 山 日 録 長 正 祿 、 四 一 、 ) ② そ の 人 自 身 の、 特 別 に 好 き こ の み、 目 を か けてかわいがる対象であること。特に、目上の人の行為に つ い て い う。 「 Iiai ( ジ ア イ )。 「 自 注 ミズカ ラ 愛 ス ル 」。 か わ い が っ て 愛 を 示 す こ と 」( 日 葡 )「 斎 以 後 菓 子 者、 生 栗 … 覆 盆 子、 百 合 草、 随 二 御 自 注ジ 愛 注アイ 一 可 レ 用 レ 之 」( 文 明 十 四 年 鈔 庭 訓 往 来 十月 返状 )「自愛ト云ハ、 御好物ニ随テ可 レ 用 レ 之也」 (前田本 庭 訓 往 来 抄 )「 奥 州 天 下 の 望 は 元 来 心 に か け 給 し う へ、 自 愛の聟のすゝめ成ければ」 (明徳記 上 )「諸木の中に松梅は、 ことに天神の御自愛にて、紅梅殿も老松も皆末社と現じた まへり」 (光悦本謡 = 老松) 「自愛 トリワケ御寵愛ノ木ト 云 心 ゾ 」( 謡 抄 ) ③ 当 面 の 状 況 を、 我 が 意 に か な っ た も の として満足し喜ぶこと。 「言語道断、自愛ナル風景也」 (中 華若木抄 四 )「仙洞勅許子細なくて四月十六日宣下せらる。 年来の本望達して自愛の処に」 (三稿本椿葉記) 「今日宗 法 師 来。 古 今 切 紙、 源 氏 三 ケ 事 等 面 授、 自 愛 々 々」 ( 実 隆 公記 長享二、 正、⼶ ) じ _ あ い【 自 愛 】〔 名・ 自 サ 変・ 他 サ 変・ 形 動 ナ リ 活 〕 ① 自 ら そ の 身 を 大 切 に す る こ と。 「 但 し 公 は 神 識 奇 相、 実 に 此 の 人 に 勝 る。 願 は く は 深 く — — ・ せ よ 」〈 家 伝・ 上 〉。 「 且 つ 毒 蛇 猛 獣 も 亦 多 か り。 よ く — — ・ し 給 へ 」〈 読・ 椿 説 弓 張月 ・ 四七〉 。②物を重んじ愛すること。 「弘高聞き て — — ・ しけり」 〈著聞集 ・ 画図〉 。「木の下といふ名を付け て — — ・ して飼ひける程に」 〈盛衰記・一四・木下馬〉 。「言語道断 、 — — ・ なる風景なり」 〈中華若木詩抄 ・ 下〉 。「ジアイ〔 Iiai 〕 かわいがって、愛情を表す」 〈日葡辞書〉 じあい【自愛】 「(自)愛 (ジ)アイ 」〔易林本節用〕 一 名・動サ変 ①漢語。㋑わが身を大切にすること。用心すること。書簡 文 に 用 い る こ と が 多 い。 「 玉 躰 を 自 愛、 風 塵 之 客 を 混 ず 可 からず」 〔雲州消息・下本〕 「且、毒蛇猛獣も亦多かり。よ く 自 愛 じあ い し 給 へ 」〔 弓 張 月 拾 遺・ 四 七 〕 ㋺ み ず か ら そ の 言 動 を 慎 む こ と。 自 重。 「 年 来 の 本 望( = 立 親 王 ノ 事 ) 達 し て自愛の処に…仙洞より内々うけ給はる子細ありて、七月 に 出 家 を 遂 ぬ 」〔 椿 葉 記 〕 ② 人 や 物 を 大 切 に す る こ と。 た い そ う か わ い が る こ と。 「 件 の 僧、 人 の い さ か ひ し て、 腰 刀にて突合ひたるを書きて、 自愛してゐたりけるを」 〔著聞 ・ 一 一 〕「 奥 州 天 下 の 望 は 元 来 心 に か け 給 し う へ、 自 愛 の 聟 の す ゝ め 成 け れ ば 」〔 明 徳 記・ 上 〕 二 形 動 ナ リ た い そ う 気 に 入 る さ ま。 「 興 あ り て 面 白 ほ ど に、 帰 ら ん こ と を も 又 打 忘れたるぞ。…苔もよく生長したれば一段深きぞ。言語道 断自愛なる風景也」 〔中華若木詩抄・下〕 キリシタン版『雑筆抄』の当該の〝慈愛〟は、これらの辞典にお いては、 「じあい(自愛) 」の項目の、 『日国』の①、 『室町』の①、
『小学』の①、 『角川』の 一 ①㋑に、 それぞれ合致する。しかも、 『室 町』 の①の用例として引かれている 『謡抄』 ( 1595 〜 1600 年頃) 「老松」 の 〝能自愛セヨ〟 という表現は、 当該 〝慈愛〟 の 「 能 注 (よ) (く) 能 注 (よ) ( く ) 慈 注 ( じ あ い ) 愛 注 ( せ ) 被 注 ( ら ) ( る ) 可 注 ( べ ) ( し )」 と ほ ぼ 同 じ 文 脈 で あ る こ とや、 そもそも、 「雑筆往来」の別名であるところの『雑筆抄』が、 書簡用文例集の「往来もの」であって、前掲の辞典の中には、該 当語義の説明で、 「じあい(自愛) 」が書簡文に多いという指摘も あることなどから、 当該の 〝慈愛〟 は、 書簡文でよく見られる 〝自愛〟 の誤と解し、 「じあい(慈愛) 」の例とは認めないのが妥当である。 次 に、 『 ひ で す の 経 』( 1611 年 刊 ) に は、 「 御 作 の 物 を 以 て と 稱 注せう じ奉る御作者と其御善徳を見知り奉るの經巻第一」の「第八 水大の事」に、 「じあい(慈愛) 」が一例用いられている。 則人を御子の如く思召す御大切の故也然ば人はかゝる御慈愛 を顧て御作者を崇敬し奉らずんばあるべからず(二四丁表) 〝御作者〟とは、 『日葡辞書」の「サクシヤ(作者) 」の項目に、
Sacuxa. Tçucuru mono.
Official, ou homẽ que faz algũa obra.
¶ Item, P
oeta que faz bem h
ũs v
ersos que charão,
Reng a, l,r en gu . It em , H om em q ue te m b oa tr aç a,o u i nu en çã o n o que faz. ¶ Gosacuxa.
Criador:palaura que corre na Ig
re ja. (訳: 作 注サク 者 注シヤ 。 作 注 ツクルモノ 者 注 。職人、あるいは、何か工作品を作る人。 ¶ ま た、 連 注レン 歌 注ガ 、 ま た は、 連 注レン 句 注グ と 呼 ば れ て い る 詩 を 上 手 に 作 る詩人。 ¶ また、 物を作るに関しての良い構想、 あるいは、 巧 み な 工 夫 を も っ て い る 人。 ¶ 御 注ゴサクシヤ 作 者 注 。 創 造 主。 教 会 に お いて通用していることば。 ) と あ る よ う に、 キ リ ス ト 教 用 語 で 創 造 主、 す な わ ち、 神 を 指 す。 〝 か ゝ る 御 慈 愛 〟 と は、 〝 御 作 者 〟 で あ る〝 〟( 神 ) が〝 人 を 御 子の如く思召す御大切〟のことにほかならず〝かゝる御慈愛〟の 〝 か ゝ る 〟 の 具 体 的 な 内 容 が、 ( 神 が )〝 人 を 御 子 の 如 く 思 召 す 〟 ことである以上、当該の〝御慈愛〟は〝御大切〟の同義的表現と して使われていることは疑いない。 『日葡辞書』 の 「たいせつ (大 切) 」の項目は、 Taixet. Amor . ¶ Taixetni moyuru. Arder em amor . ¶ Taixetuo tçucusu. Amar sũmamente, ou mostrar grande amor , ag asalhado . ¶ Taixetni zonzuru.l,v omô. Amar . (訳 : 大 注タイ 切 注セツ 。 愛。 ¶ 大 注タイ セ ツ 切 注 ニ 燃 注モ ユ ル。 愛 に 燃 え る。 ¶ 大 注タイ セ ツ 切 注 ヲ 尽 注ツク ス。 こ の 上 なく愛する 、 あるいは 、 大きな愛や厚遇を表わすこと 。 ¶ 大 注タイ 切 注セツ ニ 存 注ゾン ズル、または、 思 注オモ フ。愛する。 ) と あ り 、 項 目 の 対 訳 に は 、 本 来 多 義 的 な amor の み で 示 さ れ て い る の は 、 キ リ ス ト 教 的 立 場 で は 、 意 志 と し て の 〈 愛 〉 と い う 意 味 が 紛 れ も な く amor の 第 一 義 で あ る と い う 認 識 に 基 づ い て い る と 考 え ら れ る 。 項 目 の 説 明 に よ れ ば 、「 大 注タイセツ 切 注 ヲ 尽 注ツク ス 」 こ と は 、 “grande amo r ” (大きな愛) でもって為される行為であるという点で、 『日 葡 辞 書 』 の、 「 ジ ア イ( 慈 愛 )」 の 項 目 で 説 明 さ れ て い る「 慈 注ジ 愛 注アイ 」 と共通しており、 『ひですの径』において、 〝御大切〟と〝御慈愛〟
が同義語に使用されているのは、極めて自然なことである。 次 に、 『 コ ン テ ム ツ ス・ ム ン ヂ 』( 1596 年 刊 ) に は、 巻 第 三 の 「 第 注ダイ 九 注ク 。デウスノ 御 注オン マ ヘ 前 注 ニオイテワガ 身 注ミ ヲ 卑 注イヤ シク 思 注オモ ヒ 取 注ト ルベキ 事 注コト 」に、 「じあい(慈愛) 」が一例存する。 如 注イ 何 注カ ニ ワ ガ デ ウ ス 尊 注 タット マ レ 給 注タマ ヘ、 ( 中 略 ) 御 注オン 身 注ミ ノ 気 注ケ 高 注タカ ク 量 注ハカ リ ナ キ 御 注ゴ ジ ヒ 慈悲 注 ヲ 以 注モツ テ 御 注ゴオ ン シ ヤ ウ 恩賞 注 ヲ 思 注オモ ヒ 知 注シ ラザル 者 注モノ ニモ、 又 注マタ ハ 御 注オン 身 注ミ ヨリ 如 注イ 何 注カ ニ モ 遠 注トホ ザ カ リ タ ル 者 注モノ ニ モ gojiai ヲ 尽 注ツク シ 給 注タマ フ 事 注コト 絶 注タ エ 間 注マ ナ シ。 (一七五ページ) 当該例は、ローマ字表記のため、 〝ゴジアイ(御自 愛 注 注注 注 )〟 、〝ゴジア イ( 御 慈 愛 )〟 の 両 語 の 可 能 性 が あ る が、 文 脈 的 に は、 絶 対 的 な 存在のデウスの、人々との関わり方を讃える表現中で用いられて いるので、 使われ方は、 『ひですの経』の〝御慈愛〟と同様である。 したがって、当該例は、 「ごたいせつ(御大切) 」と同義的な〝ゴ ジアイ(御慈愛) 〟と解すのが自然である。 次 に、 『 ロ ザ リ オ 記 録 』( 1622 年 刊 ) に は、 「 第 注ダイ ロ ク 六 注 。 此 注コ ノ 尊 注 タット キ コフラヂアノ 御 注オン サ ダ 定 注 メノ 事 注コト 。 是 注コレ ダ イ ダ イ 代々 注 ノパツパサントノ 御 注ゴ 納 注ナツ ト ク 得 注 ヲ 以 注モツ テ 徹 注テツ シ 置 注オ キ 給 注タマ フ 条 注デウ デ ウ 々 注 ナリ。 」に、 「じあい(す) 」が一例見える。 尊 注 タット キロザリオノコフラヂアハ 高 注カウ 下 注ゲ ノ 差 注シヤ 別 注ベツ 無 注ナ ク 万 注バン ミ ン 民 注 ヲ jiai シ 給 注タマ フ ビ ル ゼ ン サ ン タ マ リ ア ヘ 対 注タイ シ 奉 注 タテマツ リ テ ノ 興 注 コウギヤウ 行 注 ナ レ バ 、(二八ページ) 当該例もローマ字表記のため、 〝ジアイ(自愛) 〟、〝ジアイ(慈愛) 〟 の可能性を考えなければならないが、 文脈的には、 聖母マリアの、 万 民 へ の 対 し 方 を 賞 讚 す る 表 現 に お い て、 〝 ジ ア イ シ 〟 が 使 わ れ て い る か ら、 主 体 は テ ウ ス に 準 ず る と い う こ と で、 「 た い せ つ 」 に同義的な、 ジアイ (慈愛) 〟と解して差し支えなかろう。なお、 『ロ ザリオの記録』と『ロザリオの経』との改修本である『玫瑰花冠 記録』では、本節での引用部分は、 玫瑰經の組は高下の差別なく萬民に御大切深く在す尊き童身 聖瑪利亜に對し奉りし事なれば(巻第一之九) と な っ て お り、 〝 ジ ア イ( 慈 愛 )〟 を 含 む 表 現 を、 〝 御 大 切 〟 を 含 む表現に書き換えている。これは、キリシタン資料では、あまり 使 用 さ れ て い な い〝 ジ ア イ( 慈 愛 )〟 を、 プ テ ィ ジ ャ ン 師 は 読 解 を容易にするために、同義的でキリシタン資料ではよく用いられ ている〝たいせつ〟に書き換えたものと思われる。 四 おわりに 以 上、 一 般 に キ リ ス ト 教 的 な 愛 と は 相 容 れ な い と さ れ て い る、 「 あ い( 愛 )」 を 構 成 要 素 に も つ 複 合 語 の 一 つ「 じ あ い( 慈 愛 )」 について、キリシタン資料における、そのありようを検討してき た。 キリシタン資料からは、 「じあい (慈愛) 」 の用例は、 僅か五例 (各 資料一例ずつ)しか見出せなかった。他に、 「じあい(自愛) 」の 誤と判断される〝慈愛〟を一例確認した。 「じあい(慈愛) 」の使
用 例 の あ る キ リ シ タ ン 資 料 を 成 立 年 代 順 に 挙 げ る と、 『 コ ン テ ム ツス・ムンヂ』 、『落葉集』 、『日葡辞書』 、『ひですの経』 、『ロザリ オ 記 録 』 と な る。 表 記 の し 方 で は、 『 落 葉 集 』、 『 ひ で す の 経 』 は 漢字表記の〝慈愛〟 、『コンテムツス・ムンヂ』 、『日葡辞書』 、『ロ ザリオの記録』は、 ローマ字表記の jiai ( Iiai )の二つに分かれる。 ただし、 『落葉集』は、 振り仮名〝じあい〟付きの漢字表記であり、 また、 『日葡辞書』の例は、 項目自体であるが、 項目を掲げた後に、 項目の訓釈〝 慈 注 イツク シミ 愛 注アイ スル〟が添えられているので、漢字表記の し方を示したローマ字表記という方が適切である。 キリシタン資料に認められる 「じあい (慈愛) 」 五例のうち、 『落 葉 集 』 に 関 し て は、 〝 慈 愛 〟 に 対 し て の 音 訓 の 付 記 の み で、 語 義 や用法に直接継がる手掛りは存しないが、他の用例は、語義の記 述や具体的な文脈を有しており、それらの吟味から、用例は僅少 な が ら、 キ リ シ タ ン 資 料 上 の 語 義 や 特 徴 が 明 ら か に な っ た。 『 日 葡辞書』によれば、 「じあい(慈愛) 」は、感情や意志として、上 位者が下位者を大きな愛情や愛で慈しむことを意味する語と受け 取られていたと思われる。そして、 『コンテムツス ・ ムンヂ』 、『ひ ですの経』 、『ロザリオの記録』の、それぞれの具体的な文脈にお け る「 じ あ い( 慈 愛 )」 の あ り よ う か ら、 「 ご じ あ い( 御 慈 愛 )」 の形式で、デウスの、人々への愛を、 「じあいす(慈愛す) 」の形 式で、聖母マリアの人々を愛する行為を、それぞれ表わすのに用 いられており、キリシタン資料において、キリシスト教的愛を表 わ す 語 と し て 多 用 さ れ て い る「 た い せ つ( 大 切 )」 と 強 い 同 義 性 を有していることがわかった。 漢籍由来の漢語であると見られる「じあい(慈愛) 」は、実は、 仏教書にも、 肯定的な〈愛〉の在り方として、 例えば、 『大智度論』 第七十二に「愛は貧欲煩悩の心にして行ずべからず、當に慈愛の 心 を 行 ず べ し 注 注注 注 。」 と あ る よ う に 用 い ら れ て い る。 一 方、 国 内 の 仏 教 関 係 の 文 献 で の「 じ あ い( 慈 愛 )」 が 稀 注 注注 注 な の は、 日 本 で は、 特 に 中世以降、仏教的には「愛」が「排斥され超克されるべき煩悩 として取り扱われることが多く」 (「あい (愛) 」の項目の 「語誌」 『日 国』第一巻 ・ 二〇〇〇年刊 ・ 小学館) 、 その立場では、 「慈」が「悲」 と結びついた「慈悲」は定着できたが、 両立しがたいはずの「慈」 と「愛」とが結びついた「慈愛」は受け入れにくかったからと思 われる。古辞書において、 「じあい(慈愛) 」の掲載が、印度本系 の「節用集」の一類などに留まっているのは、そのあたりの事情 を反映しているのかもしれない。 漢詩などの作成に使用された 『聚 分韻略』の「文明辛丑版本」 ( 1481 年刊)には、 慈 愛也 アハレム イツクシミ (巻一 ・ 八丁裏) と あ り、 〝 慈 〟 に〝 愛 也 〟 と の 注 が あ る。 こ れ に よ れ ば、 〝 慈 愛 〟 の漢詩における漢語としての用法は〝慈〟と〝愛〟は同義的であ り、 〝 慈 愛 〟 の 熟 字 は 同 義 を 重 ね て 意 義 を 認 め た も の と い う こ と になる。 『塵芥』における「じあい(慈愛) 」の掲載は、この書が 「韻書乃至は韻事の書」 であることと関わっていよう。漢語の 「じ
あ い( 慈 愛 )」 自 体 は、 本 来 キ リ ス ト 教 的 愛 を 表 わ す 語 と し て 相 応 し い に も か か わ ら ず、 「 愛 」 を 否 定 的 に 捉 え る 当 時 の 一 般 的 な 状況において、 「慈愛」の「愛」は、 肯定的な意味であるがゆえに、 むしろ控えめな使用に留まってしまったのではないだろうか。 注1 小島幸枝 「ご大切」 『岩波キリスト教辞典』 (二〇〇二年刊 ・ 岩波書店) 。 注2 大野透「 『愛』 『愛す』に就て』 『国語学』 」一二六集・一九 八一年九月。 注 3 拙 稿『 キ リ シ タ ン 資 料 と『 お ん あ い( 恩 愛 )』 — キ リ シ タ ン 資 料 に お け る『 あ い( 愛 )』 の 一 考 察 と し て — 』( 『 藤 女 子 大学国文学雑誌』第九三号・二〇一五年一一月。 注4 注3同書。 注5 「 た い せ つ ( 大 切 )」 『 講 座 日 本 語 の 語 彙 』 第 一 〇 巻 一 九 八 三 年刊・明治書院。 注6 「キリシタン宗教文学の霊性」 『キリシタン文化研究会会報』 第 一 八 年 第 四 号( 一 九 七 七 年 一 二 月 )、 後 に『 キ リ シ タ ン 教 理書』 (一九九三年刊・教文館)に再録。 注 7 安 田 章「 塵 芥 開 題 」( 『 清原 宣賢 自筆 伊路波分類体辞書 塵 芥 』 一 九 八 八 年 再 刊・ 臨川書店。 注 8 土 井 忠 生「 倭 漢 朗 詠 集 之 上 解 題 」『 慶 長 五 年 耶 蘇 会 板 倭漢朗詠集』 (一九六四年刊・京都大学国文学会) 注9 注8同書。 注 10 尾原悟編『コンテムツスムンヂ』 (二〇〇二年刊・教文館) では、 〝ご自愛〟と翻字している。 注 11 『 望 月 仏 教 大 辞 典 』 第 一 巻( 一 九 三 六 年 刊・ 世 界 聖 典 刊 行 協会)の「アイ 愛」の項目による。 注 12 道元の 『正法眼蔵』 (一二三一〜五三年成立) に、 「行持下」 、 「菩提薩埵四攝法」に、 それぞれ一例ずつ、 〝慈愛〟が存する。 祖師の慈愛は 親 注しん 子 注し にもたくらべざれ。 (『道元禪師全集』上 巻・一九六九年刊・筑摩書房・一四二ページ) 愛語といふは、 衆生をみるにまづ慈愛の心をおこし(同書 ・ 七六六ページ) (うるしざき まさと/本学教授)