情報セキュリティと契約責任
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(2) 情報処理学会研究報告 IPSJ SIG Technical Report. Vol.2009-EIP-45 No.6 2009/9/12. 可 用 性( Av ai la b ili ty )を 確 保 す る こ と と. 者 に 売 却 し て い た 事 実 が あ る 2。 そこで本稿では、組織と従業員等との. さ れ て い る 4 。 以 下 、 ISO 2 7 0 0 1 の 定 義 を. 間で締結される誓約、機密保持契約の情. 参考に機密性、完全性、可用性について. 報セキュリティに関する契約とその責任. 各要素がどのような内容であるかを確認. について、検討する。. しておく。. 2 0 05 年 の 個 人 情 報 保 護 法 施 行 に 伴 い 、. ( ア ) 機 密 性 ( Co n f i d e n t i a l i t y). 個人情報をはじめとして情報を適切に取. 機 密 性 と は 、「 認 可 さ れ て い な い 個 人 、. 扱うことが強く求められるようになった。. エンティティ又はプロセスに対して、情. ま た 、 プ ラ イ バ シ ー マ ー ク や ISM S の 普. 報を使用不可又は非公開にする」ことと. 及により、それらの認証取得が多くの企. され、情報資産にアクセスできる人が正. 業で進んだ。. 当に許可された人に限られていることを. 法令や規格には、従業員の監督や委託. いう。. 先の監督の一環として契約の締結をその 要素として求めている。これらに準拠す. ( イ ) 完 全 性 ( I n t e g r i t y). る形で、多くの組織では従業員等や委託. 完全性とは、 「資産の正確さ及び完全さ. 先との間で情報セキュリティに関する契. を保護する」こととされ、情報資産が完. 約 を 締 結 し て い る 場 合 が 多 い 3。. 全な状態で保管、処理され、内容が正確 であることをいう。. しかし、先に述べた証券会社社員によ る顧客の個人情報漏えい事件をはじめ、 誓約や契約を締結しているにもかかわら. ( ウ ) 可 用 性 ( Av a i l a b i l i t y). ず情報が漏えいするなどの情報セキュリ. 可用性とは、 「認可されたエンティティ. ティ事件事故が多発している。. が要求したときに、アクセス及び使用が 可能である」こととされ、情報資産への. 2.. ア ク セ ス を 許 可 さ れ た 者 が 、必 要 な 時 に 、. 情報セキュリティとは. 利用できる状態にあることをいう。. 情報セキュリティを確保するために、 契約を締結するとしているが、そもそも. 3.. 情報セキュリティとは何であるかを確認 する必要がある。. 契約の種類. 情報セキュリティに関する契約は、情. 一般に情報セキュリティとは、機密性. 報セキュリティの各要素に対応した内容. ( Co nfi den ti al ity )、完 全 性( In tegr ity )、. となる。そのため、以下に各要素の実効 性を担保するために結ばれる契約を裁判. 三 菱 UFJ 証 券 「 業 務 改 善 報 告 書 (抜 粋 )」 3 このほか、経済産業省「経済産業分野 に関する個人情報保護ガイドライン」に お い て も 、契 約 に よ る 保 護 を 求 め て い る 。 2. ISO /I EC 27 0 0 1 で は 、 情 報 セ キ ュ リ テ ィの定義として、上記 3 要素のほかに、 真正性、責任追跡製、否認防止及び信頼 性などを含めても良いとされている。 4. 2. ⓒ2009 Information Processing Society of Japan.
(3) 情報処理学会研究報告 IPSJ SIG Technical Report. Vol.2009-EIP-45 No.6 2009/9/12. 例や調査報告書等から洗い出し、一般的. (ウ ) 可 用 性. 可 用 性 に 関 す る 契 約 と し て は 、S er vic e. にどのような内容が盛り込まれているか. Lev el Agr ee men t( SLA )が 挙 げ ら れ る 。. を確認する。. SLA で は 、シ ス テ ム や 通 信 の 稼 動 が 契 約で定められた範囲を維持することをサ. (ア ) 機 密 性. ービス提供者と注文者との間で取り決め. 機 密 性 に 関 す る 契 約 と し て は 、機 密( 秘. たものである。. 密)保持契約と総称される契約が挙げら れる。一般に機密保持契約の内容として. 具体的には、遅延時間、障害発生通知. は、業務上知りえた秘密を外部に公開し. な ど が 含 ま れ る こ と が 多 い 6 が 、当 事 者 双. ないことを定めたものである。. 方の合意により、盛り込むことの出来る. 前述の証券会社社員による個人情報漏. サービスの内容は様々である。. えい事件では、人事部が社員から「誓約 書」及び「情報セキュリティ管理に係わ. これらの契約は、情報セキュリティの. る確認書」の提出をうけており、守秘義. 各要素によりその内容や項目が異なって. 務、守秘情報の業務外利用の禁止に同意. くる。また、契約自由の原則により、機. している。. 密性、完全性、可用性のすべての要素に 関わる項目をひとつの契約に含めること が可能となる。. (イ ) 完 全 性. 完全性に関する契約としては、システ. そのため、情報セキュリティに関する. ム構築の際のシステム開発委託契約が挙. 契 約 は 民 法 が 定 め る 13 種 類 の 典 型 契 約. げられる。この契約は、注文者と開発者. とは内容がことなることが多く、その性. との間で結ぶ契約で、システムやソフト. 質や責任の範囲が不明確なものが多い。 そこで、次に契約の性質や責任の範囲. ウェアを開発することを債務の本旨とし、 さらにバグが含まれないよう開発するこ. について、特に機密性に関する契約を中. となどを定めたものである。. 心に検討していく。. システム開発委託契約が完全性に関す る契約としてとりあげた理由は、情報シ. 4.. ステムにバグが存在した場合、当該シス. 契約の性質. 情報セキュリティの各要素に関する契. テムにより情報資産に誤った処理がなさ. 約について、その性質や責任はまだ明確. れ、正確さ完全さを担保できなくなるた. になっていない。そこで、それぞれの要. め で あ る 5。. 素に基づいた契約について、判例を手が かりにその性質を検討する。. 5. 岡村久道「情報セキュリティと法律」 (商 事 法 務 , 2 0 0 7, 初 版 ) p. 2 3 4 に は 、シ ス テ ム開発委託契約は可用性を担保する契約 の一種として扱われている。. 経 済 産 業 省 「 SaaS 向 け SLA ガ イ ド ラ イ ン 」 p.22. 6. 3. ⓒ2009 Information Processing Society of Japan.
(4) 情報処理学会研究報告 IPSJ SIG Technical Report. Vol.2009-EIP-45 No.6 2009/9/12. は、労働契約上の秘密保持義務を負って. (ア ) 判 例 か ら み た 機 密 保 持 契 約. 機密性保持契約に関する判例として、. おり、企業機密をYの許可無しに業務以. 大きく分けて 4 つの事例に関する契約が. 外の目的で使用、第三者に開示・交付す. 存在する。1 つ目は、契約の主体が組織. る こ と は 、特 段 の 事 情 の な い 限 り 許 さ れ. とその従業員等である場合であり、この. ないとしつつ、弁護士に守秘義務がある. 場合、就業規則、労働契約等の 1 項目と. こと、開示・交付の目的が自己救済を目. して機密保持契約が含まれている場合で. 的としており不当とはいえない」として. ある。. 秘密保持義務違反を否定した。. 2 つ目の事例は、契約の主体が組織と 当該組織を退職した従業員等である場合. 大 阪 高 判 平 成 6 年 12 月 26 日. である。. ( 高 発 泡 ポ リ エ チ レ ン 生 産 技 術 事 件 7). 3 つ目の事例は、契約の主体が組織の. X は 、X の親 会 社 が 有 す る 特 許 を実 施 す るた. 従業員等以外の者との契約である。多く. めに設 立 さ れた子 会 社 で あり、当 該 特 許 の専. の場合、コンサルティング業務やソフト. 用 実 施 権 者 で あ る。X は 中 国 企 業 と 当 該 特 許. ウェア等の開発委託業務に関連し、締結. の 輸 出 に 関 す る 交 渉 を し て い たが 、 合 意 に 至 ら. される契約のなかに機密保持契約が含ま. なか った。し か し 、交 渉 の 責 任 者 で あ る Y が X を. れている。. 退 社 し、別 会 社 を設 立 、X 在 籍 中 に交 渉 して. 4 つ目の事例は、契約の主体が組織の. いた中 国 企 業 と 技 術 等 の 売 却 ・ 実 施 許 諾 契. 従業員等以外の者との契約であるが、既. 約を成立させた。 X が Y に対して特許情報が X の営業秘. に契約が終了している場合である。 本稿では、組織と従業員等の契約に関. 密 に あ た る と し て 、損 害 賠 償 を 請 求 し た 。. する代表的な判例をもとに、その契約を. これに対して裁判所は、 「本件技術に関. どのように捉えているか、確認する。. する資料は,すべて施錠された特別の書 類箱に入れられ,その鍵は被控訴人が管. 東 京 地 判 平 成 15 年 9 月 27 日. 理し,必要時以外には出さないようにさ. ( メ リ ル リ ン チ・イ ン ベ ス ト メ ン ト・マ. れていた」ことから、不正競争防止法上. ネージャーズ事件). の営業秘密にあたり、 「輸出の相手方に本. 資産運用を主たる業務とする株式会社. 件技術につき守秘義務を課すことも行な. Y の 従 業 員 で あ っ た X が 、自 己 に 対 す る. って」いたことから、在職中に知りえた. いじめ・差別的な処遇があるとして、そ. 営業秘密の保持義務を引き続き負うとさ. の担当弁護士に企業の機密情報を Y の承. れた。. 諾なしに開示・交付したことにつき、秘 密保持義務違反等を理由として懲戒解雇 処分に処された。. 7. 本件については、退職後の従業員等に ついても、信義則から一定の範囲で情報 を保護しなければならないとされるが、 その範囲は明確ではないとされる。. X が Y に対して労働契約上の地位の確 認 を 求 め た 事 例 に お い て 、裁 判 所 は 、 「X. 4. ⓒ2009 Information Processing Society of Japan.
(5) 情報処理学会研究報告 IPSJ SIG Technical Report. Vol.2009-EIP-45 No.6 2009/9/12. 明示的な合意がなくとも労働者の義務を. 組織と従業員等の間で結ばれた情報セ. 認めるものであるとする考えもある。. キュリティに関する契約は、典型契約の. では、その付随義務による従業員等の. うちの雇用契約をモデルとした労働契約. 義務とは何かが問題となる。. に一部分が追加されたものであるという. 付随義務が認められえる根拠としては、. ことができる。. 多数の労働者がともに就労することから 5.. 生じる共同生活の必要性、使用者の財産. 契約責任. を管理・保全することが必要とされる。. 前章では、判例を手がかりとして、機. そのため、労働の履行に直接関係があ. 密保持契約の性質を確認したが、これら. るものが主たる付随義務の対象となると. の契約は、典型契約の雇用契約を中心に. 考えられる。さらには、使用者の財産を. 機密保持契約をその一部とした契約であ. 守 る こ と も 付 随 義 務 の 一 種 と い え る 10。. るということができる。そこで、次にこ. この使用者の財産を守ることが、従業員. れらの契約により、契約の当事者が負う. に対して機密保持契約を締結する上での. 責任の内容について検討する。. 根拠となっている。 従業員等が労働契約にある機密保持契. 雇用契約とは、 「労働者が労働に従事す. 約を履行しなかった場合に負う責任とし. ることを約し、使用者が報酬を与えるこ. て 、使 用 者 に よ る 人 事 権 の 行 使( 懲 戒 1 1 や. とによって成立する契約」である。. 解 雇 1 2 等 )、債 務 不 履 行 又 は 不 法 行 為 に よ. 一般に、労働に関する契約には、4 つ. る 損 害 賠 償 責 任 13を 負 う こ と と な る 。. のパターンがあり、その一つが人の労務. 債務不履行責任による損害賠償責任が. そのものを目的とするもので、 「労働者を. 認められるのであれば、債務不履行責任. 指図して、一定の目的に向けて効果を発. の一種として認められる債務の履行も当. 揮 さ せ る 権 能 は 使 用 者 に 属 す る 」8 と す る 契約である。 雇用契約の大部分は、労働基本法によ. 版 ) p. 1 2 6 日 本 労 働 学 会 編「 講 座 2 1 世 紀 の 労 働 法 第 4 巻 労 働 契 約 」 ( 有 斐 閣 , 2 0 0 0, 初 版 ) p. 1 5 に お い て も 同 様 の 内 容 が あ る 。 11 従 業 員 等 の 懲 戒 処 分 に 関 す る 判 例 と し て 、古 川 鉱 業 事 件 ( 東 京 高 判 昭 5 5 年 2 月 18 日 )が 挙 げ ら れ る 。 12 従 業 員 等 の 解 雇 に 関 す る 判 例 と し て 、 三 朝 電 機 事 件 (東 京 地 判 昭 43 年 7 月 16 日 )が 挙 げ ら れ る 。 1 3 従 業 員 等 に 関 す る 判 例 と し て 、美 濃 窯 業 事 件 (名 古 屋 地 判 昭 6 1 年 9 月 2 9 日 ) がある。また、役員に関する判例として は 、ダ イ オ ー ズ サ ー ビ シ ー ズ 事 件 (東 京 地 判 平 14 年 8 月 30 日 )が あ る 。. る修正が大きく加えられている。. 10. 労働契約は、当然のことながら労務の 提供と賃金の支払いを基本とした契約で あるが、使用者と労働者との信頼関係が 根幹にあるといえる。 そのため、 「 相 互 の 利 益 に 配 慮 し 、誠 実 に 行 動 す べ き 付 随 的 義 務 を 負 う 」9 と さ れ 、 我 妻 栄 「 民 法 2 債 権 法 」 (勁 草 書 房 ,2 0 0 9 , 第 3 版 )p . 3 4 1 9 松 本 恒 雄・升 田 純「 情 報 を め ぐ る 法 律 ・ 判 例 と 実 務 」 ( 民 事 法 研 究 会 , 平 成 15 , 初 8. 5. ⓒ2009 Information Processing Society of Japan.
(6) 情報処理学会研究報告 IPSJ SIG Technical Report. Vol.2009-EIP-45 No.6 2009/9/12. 然 に 選 択 肢 と し て 有 り う る と し て い る 14。. 用者と従業員等の間で確実に書面化する. しかし、従業員等が機密保持契約を履. ことにより、機密保持契約の義務範囲を 明確化することができる。. 行しなかったことにより、情報が漏えい し、組織外に拡散している状態となる。. また、従業員等に対する情報セキュリ. Win ny に よ る 情 報 漏 え い 事 件 な ど に. ティ教育などの際に、機密保持に関する. おいて指摘されているとおり、漏えいし. 書面に記載し、情報セキュリティについ. た情報の流通を止め、回収することは困. ての意識を常に持ち続けてもらうといっ. 難であると考えられている。. た手法も考えられる。. そのため、機密保持契約に関しては、 使用者が債務不履行責任による解除権、. (イ ) 契 約 の 期 間. 履行請求を行うことに意味はないといえ. 在職中の従業員等は、労働契約の性質. る。. もあり、継続的に機密保持義務を従業員 が負うこととなるのに対して、退職した. 6.. 従業員等は、機密保持契約を結んでいな. 情報セキュリティの確保を担保する 機密保持契約. い状況となる。. 機密保持契約に関する契約について判. この点に関し、本稿では触れていない. 例からその契約モデルを確認した。契約. が退職後も一定の間、付随義務を負うこ. モデルとしては、労働契約の一部として. ととなる。. 機密保持契約が取り扱われている。 (ウ ) 責 任 の 内 容. このとき、必ずしも書面により機密保 持契約に関する取り決めが必要とされて. 前章で確認したとおり、機密保持契約. いるわけではなく、労働契約の付随義務. を従業員等が履行しなかったことにより. として従業員等の機密保持義務が認めら. 負う責任の内容としては、使用者による. れる場合がある。. 人事権の行使と債務不履行責任又は不法 行為責任による損害賠償請求である。. このような機密保持契約の特性を考慮 し、情報セキュリティを確保・維持する. つまり、組織が機密として取り扱う情. ために実効性をもつ内容とするため、以. 報が一度、漏えいした後はそれらの情報. 下の 3 点に注意を払う必要がある。. の利用を停止させたり、回収したりする ことは困難である。そのため組織は、日 ごろから情報セキュリティを確保・維持. (ア ) 契 約 の 形 式. するための対策を実施することが重要と. 労働契約の付随義務として、機密保持. なってくる。. 義務を負うこととなるが、その内容を使 菅 野 和 夫 「 労 働 法 」 (弘 文 堂 ,平 成 20 年 , 第 8 版 )p . 7 3 で は 、 「根拠が明確であれ ば 、履 行 請 求 も 可 能 で あ る と 考 え ら れ る 」 としている。. 14. 7.. 課題. 情報セキュリティに関する契約、特に. 6. ⓒ2009 Information Processing Society of Japan.
(7) 情報処理学会研究報告 IPSJ SIG Technical Report. Vol.2009-EIP-45 No.6 2009/9/12. 機密保持契約の性質、責任の内容が明確 になっていない。 そのため、すべての情報セキュリティ に関する契約について、情報セキュリテ ィを確保するために実効性のある解釈を 行う必要があるが、セキュリティと利便 性 の ト レ ー ド・オ フ が 問 題 と な る よ う に 、 どのような解釈を行い、情報セキュリテ ィに実効性をもたせるかが大きな課題と して残る。. 謝辞. 本稿は、情報セキュリティとそれに関す る契約責任を明確にすることを目的とし た 研 究 で あ る 。本 研 究 を 進 め る に あ た り 、 助言を頂いた関係者各位に感謝する。. なお、本稿における意見の部分はすべて 筆者の個人的な見解・意見であって、所 属する組織とは関係ありません。. 7. ⓒ2009 Information Processing Society of Japan.
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