最近の西ドイツにおける「訴訟物」理論の動向
著者
白川 和雄
雑誌名
東洋法学
巻
2
号
1
ページ
49-82
発行年
1958-05
URL
http://id.nii.ac.jp/1060/00007762/
Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/3.0/deed.ja最近の西ドイツにおける
﹁
訴
訟
物
﹂
理論の動向
白
-E E, ノ
手
口
雄
目 ~k は し が き シュパ l プ説 ハープシャイド、観 四 レ ン ト 説 五 ニ キ ツ シ ュ 説 』よー・ ノ、 むすび 主と L て使用きれた外国︿独)丈献l
まし
i
J
:
ミき
し て 、 周知のように、最近ドイツの民事訴訟法学界においては、再び民事訴訟における訴訟物は何かをめぐって、多彩に はげしい論争が起っている ( 1 ) 。いうまでもなく、訴訟物は、民事訴訟の対象として、手続の開始から審理・ 最近の西ドイヅにおける訴訟物理論の動向 四 六J東 洋 法 学 五
。
裁判そして終結にいたるすべての過程における中心問題である。これをどのように理解するかは、おそらく訴訟上の すべての重要問題に影響をおよぼすものと息われる。 現在、ドイツでは訴訟物を実体法とは独立に、専ら訴訟法独自の観点から理解しようとする傾向が強いようである (21 この傾向は、かつて民事訴訟法学が訴権学説を契機として、実体私法から独立し自己固有の学問領域を獲得し て、訴訟法学の誕生をもたらしたことの一層の前進であるのか、或は反対に訴訟法学の独走にすぎないのか、の判定 は別として、いまや、実体法からの訴訟法の独立・独自性の主張に対応して、その関連性如何の問題があらためて喚 起されていることは否めない事実である。こうしたドイツの学界の論争を機会にわが国でも、訴訟物理論の再検討が な さ れ つ つ あ る ( 三 。 この小稿は、最近のドイツ訴訟物論争の現状(とを限られた範囲で、出来るかぎり客観的に理解することに努め、 さらに出来うれば、その論争の根源を究明し、問題の所在を明らかにしたい意図のもとに、その手はじめとして、最 これに対する若干の私見を加えたものにすぎない。 近発表された訴訟物学説の素描と、 シ ュバl
プ設 基本的立場 シ ュ パ l プは、彼の恩師、 ロ l ゼ y ベルク教授の七十五才の誕生日に捧げられた、訴訟物についてのモノグラフィ ー で 、 つぎのような研究意図と方法を示している。すなわち、 シ ュ パ l プによれば従来の訴訟物学説は、その概念構 成とその実際上の結果において、はなはだしい不統一が見られる。統一的適用を示すのは、 わずかにシュダイン・ヨナス・シェンケのコメンタ l ルをあげることができるにすぎない ( 5 ) 。 そこで、彼は訴訟物理論の目標を、その統一的概念を見出すことにおくのである。その方法としては、訴訟におい て訴訟物が問題となる訴の併合、訴の変更、訴訟係属の抗弁、既判力の客観的範囲などに有用性を保持できるか否か を検討するのである。さらに、このような実証的・帰納的方法を通して、訴訟物は実体上の権利主張か、純然たる訴 訟上の請求か、また訴訟物の構成要素は申立と事実関係か、申立だけであるか、などを決定しようとするのである。 ただ、シュバ l プにおいても、訴訟上の請求と実体上の権利との間に、相互の関連性のあることは認めている。すな わち、訴訟上の請求は、訴訟において実体上の権利が主張される形式である。請求は実体上の権利の貫徹のための訴 訟上の手段である。 し ミ し 、 主 主 、 4 μ A 訓 V ド ι ぃ このような相互の関連性を認めながらも、 一方民法と訴訟法との背馳(巴守
R
m
g
N
)
を主張するの である。民法は必然的に、専ら実体上の権利および請求権にかかわり合っているが、訴訟上の請求は、民法にその場 所をもたないのである(
ε
。 シュパ!プは、訴の併合、訴の変更、訴訟係属、既判力の客観的範聞などに適用して、 この純訴訟法的な訴訟物論の正当性を証明しようとする。いわゆる実体上の請求権競合の際、例えば、馬の返還請求 を所有権と占有権とにもとづくことが出来るとすると、同一給付(馬の返還)について、 実休法的には⋮所有権と占有 権とにもとづく二つの権利主張ができる。そこで裁判所は所有権にもとづく請求を棄却し、占有権にもとづく請求を 認容すると、馬の返還を求めた原告は、その返還を受けたとしても、再び敗訴の危険がある。このような判決は実際 上は許されない。さらに一定の給付でなく、金銭債権の支払請求(十万円﹀の場合に、二度の給付請求にかかわらず と・訴訟物を実体上の権利とする説に反論している ( 7 ) 0 なお十万円だけを支払えばよいことをどう説明するのか、 原 最 近 の 西 ド イ ヲ に お け る 訴 訟 物 理 論 の 動 向 五東 洋 法 学 五 告は、馬の返還という同一目的を達するために、実体法上の二つの理由づけをしているにすぎない。訴訟物は、原告 の申立てた馬の返還請求で特定すると考えるのである。このようにして、シュパ!プは、訴訟物を実体法から切断し 専ら訴訟上の概念として構成しようとするのである。そして、彼は、純訴訟的構成によってのみ、すべての訴の種類 に妥当する統一的な訴訟物概念を見出すことができるとしている(と。 訴訟物概念 問題について、 シ ュ パ l プによれば、訴訟物は請求の趣旨において明示された裁判む要求である。訴訟物は、権利主張か要求かの ロ l ゼンベルグの要求説を批判して権利主張説を唱えハヱ、 か つ て -一 キ ッ シ ュ が 、 そ し て 、 ロ l ゼ ン ニキッシュの権利主張説に一時賛成していたが、現在では再び要求説に復帰している白)。 よれば、要求説の利点は、同一権利主張(十万円)でも異なる権利保護形式(確認と給付の訴﹀が可能であるから、 訟物概念としては、権利主張説よりも要求説がすぐれているとする。ただ、権利主張説が権利保護形式(訴の類型)を 含んでいない欠陥を除去するために、最近、権利主張の中に本案主張と権利保護主張(権利保護形式﹀の双方を含ませ る学説が現われた (U) 。この拡張された権利主張説と、要求説との実質的差異はなくなるのである。 シ ュ パ l プは、それでもなお要求説の方が簡単な説明が出来る利点を認めようとしている。訴の併合は、要求説に よれば、複数の申立がなされ、したがって複数の裁判が要求されるときである。これに対し拡張された権利主張説か らは、複数の権利主振が本案主張でなされ、さらに原告の被告に対寸る複数権利が複数判決を求めて主張されるとき と説明しなければならないからである。ところで訴訟物を同じく要求とする場合にも、その意味内容はそれぞれ異な って使用されている。例えばロ i ゼンベルグによれば、訴訟物はある法律効果の既判力ある確定に向けられた要求で ベ ル グ は 、 シ ュ パ l プ に 訴
訴訟物を具体的な実体上の権利主張とするレントもまた、訴訟物は、原告に一定の実体上の権利容在の主 張を含む訴の要求と説明している(問)。これに対しシュバ l プによれば、訴訟物は裁判所から請求の趣旨に記載され た裁判の要求である
21
したがってその要求の中には、権利保護形式(訴の種類)も含まれるのである。 あ る ハ 引 ) 。 シ ュ パ l プのこのような請求概念は、前述のように、訴訟物と密接な関連をもっ訴の併合、訴の変更、訴訟係属の 抗弁、既判力の客観的範囲などの諸制度を通して、実証的にこの訴訟物概念を適用し検討した結呆、いわば帰納的に 発見された結論である。それゆえ、われわれはつぎにこの結論の導き出された過程を考察しなければならない。 三 訴 訟 物 の 構 成 要 素 訴訟物の構成要素の問題は、同時に訴訟物の特定および単複、同一性の決定要素の問題である。 シ ュ パ l プによれば、訴訟物は請求の趣旨(申立﹀に示された裁判の要求である。したがって、申立によって請求 が特定するのであるから、事実関係(
ω
R
V
S
吾川凶日付)は、訴訟物の構成要素とならない。しかし、前述のように申立に は、権利保護形式(訴の種類)も含まれるのである。 そこで、訴の併合、訴訟係属の抗弁、訴の変更等の問題において、この申立説だけが、すべての訴について統一的 な解決を与えることができると主張する。しかし多くの反対論者が指摘するように、既判力の客観的範囲については ここに審理の範囲と裁判の範囲の不一致が現われるの シ ュ パ l プは、事実関係にかえっているように思われる81
で あ る 。 ともかく、彼は審理の段階においては、申立説で統一的解決を与えるようにしている。例えば原告が被告に対し、 所有権にもとづくピアノの返還に対し、被告が、その所有権者は原告ではない、また被告はピアノを原告から使用貸 最 近 の 西 ド イ ヲ に お け る 訴 訟 物 理 論 の 動 向 五東 洋 法 学 五 四 借しているから、それを所持する権利ありと抗弁した。そこで原告は、訴の理由を変えて原告は被告に使用貸借した が、その契約は解除したから、ピアノの返還義務があると主張した。実休法的に見れば、原告は所有権にもとづく返 還請求から使用貸借物の返還を求める債権上の請求に変えたのである。しかし訴の変更ではないと、シュパ l プは次 の理由をあげる。原告は、 たしかに訴の理由づけの事実関係を変更したが、原告の訴訟物であるピアノの返還要求は 変更していない、と(ご。 この一例からも明らかなように、 シュパ!プにあっては、事実関係の訴訟における地位は、訴訟物の構成要素でなー く、専ら訴の理由づけの役割しかもたないのである。このことは、訴訟物は、実体法から解放された訴訟上の請求で あり、請求の趣旨に示された裁判の要求とする彼の基本的立場に照応するのである。 さらに、彼はつぎの設例から訴の併合の存否を証明しようとする。原告は被告から十万円の支払請求を主張し、そ の理由を売買と、商品引渡の数カ月後になされた債務承認(独民法七八一条)とした。この場合は、明らかに二つの事 実関係により、 一条にもとづく二つの請求権がある。この場合訴訟上は、訴の併合となるか、単一にとどまるか? 一つの申立が理由づけられている。実体法上は、民法四三三条二項にもとづく代金請求権と同法七八 シ ュ パ ! プ は 、 単一説の立場から、それぞれの併合説を批判している。 まず単純併合説に対しては、 つぎの反論が加えられている。売買で認容された後、再び債務承認により請求できな い。また売買により十万円を受領すると、債務承認にもとづくその債務確認の訴は、当然確認の利雄を欠く。原告は 十万円を要求しているにすぎないからである。さらに一部判決を認めると、矛盾判決の危険があること、また一方を 認諾するも、他方の請求はなお訴訟係属するか、売買による請求を認諾、債務承認にもとづく請求を棄却することが
可 能 と な り 、 これらの結呆の妥当でないことを証明しようとする
( 5
0
つぎに予備的併合説に対する批判である( 5
0
この説に対し問題となるのは、主請求が理由のない場合である。こ の場合一部判決を許すと、例えば主請求である売買にもとづく請求が、理由なしとして一部判決され、さらに、予備 的請求である認諾にもとづく請求が、裁判に熟して、終局判決により認容されるという不可能な結果が起りうる。ま た一部判決を認めないとしても、裁判所が主たる請求を理由なしとし、従たる請求を理由ありと考えると終局判決で 二つの矛盾する判決をしなければならない。したがって、予備的併合と解することも、正しい解決に導かないと、 hJ ュ パ l プは反対するのである。 さらに選択的併合説臼)に対しては、訴訟係属の問題をめぐってこれに批判を加えている。すなわち、選択的併合 と解する以上、裁判所が、その中の一つの請求を選択して裁判するのであるから、少くとも二つの請求を主張し、二 つの請求が訴訟係属していなければならない。ところで裁判所が、売買にもとづく請求を認容すると、これと同時に 係属していた認諾にもとづく請求は、解除条件によって訴訟係属を失うのであろうか、とわ y ュ パ l プは反問し、二つ の請求の訴訟係属の依者関係を追求するのであるハ山 ) Q 原告は、裁判所がどの請求を認容する かをあらかじめ知りえないから、請求は相互に解除条件附で主張されねばならない。したがって、最初の請求が認容 つぎの請求の訴訟係属は消滅する。しかし、第二請求が棄却されると、第一請求がその条件附で主張され 選択併合の場合には、 さ れ る と 、 たところの解除条件にもとづいて、同時に第一請求の訴訟係属も消滅しなければならないであろう。これらは、たん なる事実関係の併合を請求の併合と解する根本的誤謬から生事すると、シュパ l プは非難し、単一請求説を理由づける この場合十万円の支払請求の申立が訴訟物であり、その理由づけの事実関係たる売買と債務 のである。したがって、 最 近 の 西 ド イ ヲ に お け る 訴 訟 物 理 論 の 動 向 五 五東 洋 法 学 五 六 承認、または売買と認諾とは、訴訟物の構成要素とはならないのである。 なお、同一請求のゆ数事実関僚の際には(例・所有権確認を譲受と時効、物の返還を所有権と使用貸借から理由づける﹀、原 告は事実関係(この場合シュパ 1 プは権利主張・請求の選択叉は処分とは考えない)の選択・処分ハ譲渡による所有権確認﹀及 び事実関係の審理順序の決定をする権限を認めている
21
これに反して、単一事実関係ハ例・市内電車事故﹀により、 複数実体権の発生する場合(不法行為責任、契約責任、企業者責任﹀には、この単一事実関係の選択処分は許きれないと、 す る ( 担 ) 。 シ ュ パ l プによれば、事実関係の陳述は、原告の役割であり、 この事実に法律を適用することは、専ら裁 判所の役目であるからとする。しかし、問題はこの場合、はたして事実関係は単一であるか否かにあるように思われ る。どのような理由で、 シ ュ バ l プがこの場合、単一事業関係説をとるのか明らかでない。 シ ュ バ l プによれば、事実関係は訴訟物の構成要素ではなく、その訴訟上の機能は、請求の理由づけに 役立つにすぎない。また種類請求の際に、請求の単複決定の解釈には役立つが、その決定要素とはならないと主張す と も か く 、 るのである Q Y 四 既判力の客観的範閉 紛争の対象である訴訟物は、申立(請求の趣旨﹀に示された裁判の要求である。この原告の要求は、裁判の言渡 までに、訴訟中の浮動的な生起の中で一定して変らない(問。ロω
S
E
O
由 自 己 ロE
E
R
S
色g
c
g
n
v
o
v
g
色g
p
.
。N o g
-g
Q
﹀)このことはシュパ!プが訴訟物について、会く実体法的要素を加えないで、専ら純訴訟法的に構成し、さらに 申立だけで訴訟物を特定できるとする基本的立場から出て来る結果である。したがって裁判の対象も、実体上の権利 主張ではなく、訴訟上の請求である。例えば市内電車事故による損害賠償請求事件で、裁判所は企業者責任、不法行為責任のいずれの観点からも、短期消滅時効により理由なしとした。原告は契約違反で新訴の提起ができるか? た前訴の判決の既判カにより、後訴の提起は排除されるか? 訴訟物を実体上の権利主張とし、それについて裁判がなされるとする実体法説からは、この場合、残った一つの請 求は、なお係属することになるであろう。したがって契約違反にもとづく新訴の提起は、訴訟係属の抗弁が成立する ま こ と に な る 。 シ ュ パ l プによれば裁判は、専ら訴訟上の請求についてなされる。そこで本事案において、裁判所が 市内電車事故にもとづく原告の請求を、積極的契約侵害(ち ω 昨 日 活 ロ ︿ 角 可
ω
m
g
R
Z
R
g
m
)
の観点を審理していない こ れ に 対 し 、 場合には、裁判は事情によっては誤りである。しかし誤った裁判もまた争訟についての裁判である。 訴訟上の請求についてなされ、かっ請求を完全に解決しているからこのような裁判の既判力を制限する原因は全くな そ の 裁 判 は 、 い。したがって、原告は前訴の既判力によって、新訴の提起を排斥するのである。 ことを、移容の効力によって確証しようとする(ご。 す な わ ち 、 この結果の正しい たとえその争点について第一審で弁論・審理がされ シ ュ バ l プ は 、 な く と も 、 認容又は棄却された請求についてのすべての争点(
ω
可 包8
5
-a
o
)
l
申立によりそれについて弁論・審理 が必要とされているl
が上訴裁判所の弁論・審理の対象である(独民訴法五三七・五五七条)。 そこで、もし訴訟物を実体上の請求とすると、この移審の効力と矛盾することになる。なぜなら、本事案の市内電 車事故の場合、控訴裁判所において、契約にもとづく請求についての裁判は許されないであろう。何となれば、契約 上の請求は認容も棄却もされていないからである、とシュバ l プ は 理 由 事 つ け て い る 。 仁j このような帰納的方法により得られた結果を根拠として、 シ ュ バ l プは周知のように、裁判の対象も専ら実体 最近の西ドイツにおける訴訟物理論の動向 五 七東 洋 法 学 五 八 法から独立した訴訟上の請求とするのである。しかし、注目すべき事柄は、裁判の範聞、したがって、既判力の範囲 についての彼の説明でおる。彼は次のように言っている。裁判所が、その請求について裁判したときに限り、その範 したがって、原告および被告によって裁判所に提出された訴訟資料 囲で裁判所の裁判が既判カをもつのである
81
と、裁判所がll
職権探知主義が行われる場合l
l
白ら探知した訴訟資料について、裁判はなされるのである。それ ゆえ裁判は、訴訟上の請求についてなされ、その訴訟上の請求が、裁判所に提出された訴訟資料にもと,ついて、その 理 由 の 者 否 を 確 定 す る に す ぎ な い 会 ) 。 シ ュ バ l プは、訴訟物の概念構成にお このように、既判力の範囲に至って、 いてしりぞけた事実関係を引き入れようとするのである。したがって、給付の訴の既判力の客観的範囲については、 通説、最高裁の判例と一致する結果となる。これに反し、確認の訴については、通説と異なるのである81
ち、シュバ l プは、この訴でも既判力の客観的範閉は、訴訟資料から分離することはできない。裁判は訴訟資料の範 囲内でしかなされないという、裁判の本質論を根拠に、同一所有権確認の訴においても、前訴の訴訟資料(合意・引渡) と関連のない訴訟資料(相続﹀にもとづく後訴を認めようとするのである81
ここに審理の過程において事実関係を 強く排斥しつづけて来たシュパ!プは、裁判の段階においては、まるで別人のように事実関係(訴訟資料)を強調す るのである。その理由を彼は、前述のように裁判の本質に求めるのである。 離婚、婚姻取消、請求異議、使用賃貸借取消などの形成訴訟では、新しい主張の排除は、原告が前訴で一諸に主張 することが不可能で、しかも前訴の裁判の訴訟資料と関連しない事実にまで、新しい主張の排除がおよぶ。そこで、 シュパ!プによれば、この排除効は、訴訟資料に関連しない効果であるから、既判力とは異なる失権効(甲位置ロ a 位 。 ロ ω三
井
g m
)
又は多くの学者の言う拡張された既判力効果であるとしている(剖)。 すなわ1 この度の論争の火附け役は、ロ 1 ゼンベルグ祝賀論文集での﹃ベチヘル﹄の婚姻訴訟における訴訟物論であるとされてい る ( 同
ω
z
n
v
忠 弘-m
可 巳G
S
g
E
g
a
m
・5
)
この論文でベチヘルは、ニキッシュのテーゼである権利主張説に鋭く反論し さらに訴訟物一般にこの要求説を貰こうとしている(思E
n
v
g
問 。ω
g
σ
2
g
・ 司2
2
n
宵 器 ・ω
-g
m
・3
)
。一方、婚姻 訴訟の特殊性を重視しての立論のようにうかがえる点もあるg
s
n
F
2
ニ
E
・o
・ 白-g
-g
なおロ l ゼν
ベルク祝賀論文 集の要約されたものとして、三カ月章・法協七一・一。ベチヘル説の批判および最近のドイヅ学説紹介・中田・民訴雑誌 一号、従来の訴訟物論争については、中田・﹁請求の同一性﹂研究 I 、斎藤﹁訴訟物概念に関する近時の論争﹂法学五 ( 十 二 ) 2 司 。 話 回 目U 2
m m
m u
げB
E
t
p
w
m
H
-m
-N
g
片山・この傾向の先駆者となったのは、ロ l ゼソベルクであるとされる。 ハープシャイドの分類によるといわゆる純訴訟法説に入らない学者は、r w
ロ グ 回0
2
2
5
8
p
出2
a
o
p
同 ・ 回 目 。 自3
2
で あるとする。出色u
R
何 回 色 。 一m
g
x
m
o
m
g
m
g
ロ 仏ω
・ 同 ∞ 片 山 ・ 伊東﹁訴訟物管見﹂民訴雑誌三号、小山﹁請求について﹂法学会論集(北大)一巻、小野木﹁訴訟の対象﹂阪大法学一八 号、川島・三カ月﹁請求権の寛合﹂私法一九号、村桧﹁弁論主義﹂民訴講座一一巻。 最近のドイヲ訴訟物論争の紹介・批判は上掲中田、斎藤、三カ月、伊東、小山各氏によりなされている om
n
F
4
3
-y
m
R
a
G
a
g
E
g
b
a
ω
・3
・m
g
山 口 ・ 旬 。 ロ 釦 凶 問 。E
g
g
S
F
H
∞ k p g 出 -KF ロ 自 ・ 同N
N
C
仰N
印 ωm n
何 回 話 相W V - ω
・ 州w
・c - w
∞
-E
H
直接的にはレシト説に対する批判である的n
V
4
5
7
2
5
即 時m
o
m
o
s
s
白 色 印 ・ 区 切 れF d
g σ
ω
-M W
・O ・-ω
-E
H
この統一的訴訟物概念を求めようとすることは、事物の本質に反する方法であると批判するの は 、 Z 山 W Z R H V ﹀R
F
言 ∞ 可 旦 時 ・ ∞ -Nヨ
Z 路 一 一 町 一n
F
印 可 - 一 色 丹m o
m o
ロω 4 Z E E
-ロ 息 切 ・H A H
民 ・ ロ l ゼンベルグは、その教科書の第四版(一九四九)で従来の﹁要求説﹂を権利主張に変え、五版(一九五一)以降は再 び権利主張説に復帰し、現在第七版(一九五六)に至る。 3 4 5 6 7 8 10 9 最近の西ドイヅにおける訴訟物理論の動向 五 ブしf く O K. Blomeyer , Arrest S. 60 , 61 -tミーミ・ネ江~\yャトー営*牒州出・鍵罷週土鰯州出・静鑓判 lmQl11 ゃ e 議議奪鍵蛍陣 眠~常ばtQ O ~J 長記事ぞ .-Y トミ,,( ~.ι. 'ト江{ト、・~~t!"*~州出Al~ト握州 ~Ql1 c'布製;蛍陣醗..¥1←tQ。 A. Blomeyer , Streit-gegenstand S. 53 ff. in 己 bes. S. 59 , LentsFe3tschrift , S. 159 Rosenberg. Lehrb. ~ 88 1 2 , 7 Aufl. Lehrb. S. 101 ,7 Au f1. ふ~ .L-t!~恒鯉'鍵~,刷出..\1←のな~~tQ~長.. ~J Q 吋 ""11 崎純Al←tQ ~4rr .ßl~.c--饗伺..\1,...)ド iモ護! 者f. 挺 社 担再 T 吋 F ・ 4 NH 的 H 岳判~~&t!耳 IT採 ~~tQ Schwab Streitgegenstand S. 186 ~ Schwab , a. a. 0. , S. 139 Schwab , a. a. 0.. S. 110
口
Schwab. a. a. 0. , 76 ff. Schwab , a. a. 0. , S. 81 ff. ~ Schwab , a. a. 0. , S. 84 ff. Schwab , a. a. 0. , S. 85 Schwab , a. a. 0 ・, S. 98 ff. ~J Q~4tl" ;;,吋て ~O l'\t!橋治去 ~Q~ 裂ヰョ FJ214三 v' 時間〈盛 ~Q 芸員合..\I rそtQ O Al ~mr 吋峠",, 0 叫 VH 山 WH∞
HONHN Schwab , a. a. 0. , S. 101 Schwab , a. a. 0. , S. 92 , 190 , 199"-'200 Schwab a. a. 0. , S. 139 時駅富雄必 Jlij 糧,...)~岳判ロ士会~\犠講義必 1誕蛍←時制 E軍兵 &t!' ヨ11 援 Q~ 遅咲~~心",, 0 Schwab , a. a.。吋
S.152 NN 的 N 司 YN 凶 N ゆ N Schwab a. a. 0. , S. 139 , 154 , ~J Q m:g~~必,,( ,トぐえもに 1 ~く様相盤寧-R!\J Q .ßl Q Al盤+"-tQ ~J Alぜ4
葉 J ド:;'tQ Schwab , Streit. im Eheprozetsss.
11 1, Streitgegenstand S. 162 Schwab , Streitgegentand S. 161 Schwab , a. a. 0. , S. 173 ,174 Ji[艇m:gAl,...)ド Stein-Jonas-Schonke , Schonke (積極的確認の訴), Hab3cheid Streit-gegenstand , S. 198 hN∞
N29
ω n
v g
v v
w ω
・
ω
・
。
・
φ
・
H
E
ハ ー プ V ヤ イ ド 説 基本的立場 シ ュ パ l プと同じく、訴訟物を純訴訟法的に構成しようとする。ただその把握 の熊度や方法は両者にかなりの差異があるように息われる。彼自身の説明によれば、訴訟物概念の構成にあたって、 どこまでも訴訟法に適応した構成に努め、また訴訟法の基本原理との関連性に留意するという態度を示しているハム。 さらにシュパ l プが訴訟物の構成方法として、訴訟物と密接な関連性をもっ訴訟上の諸問題(訴の併合・訴の変更・訴 訟係属・既判力範囲)にそれぞれの訴訟物概念を使用・検討してその結果の正当性の春否を帰納的に確証しようとする 周知のように、 ハ ー プ シ ャ イ ド は 、 ハープシャイドは、訴訟上の請求の本質から考察をはじめ、実体上の権利と訴訟上の請求との根本的差異 を認識することによって、演釈的にまず訴訟物概念を構成し、これを訴訟上の諸問題に適用するのである。シュパ l プの研究方法が、帰納的方法であるのに対し、 の に 対 し 、 ハープシャイドのそれは、演釈的方法であるといえよう(と。 ハ l パシャイドによれば、訴訟では現存する権利ではなく主張された権利が問題となるのである。しかも、その主 張権利は実体上の具体的権利ではなく、実体的には無色な権利主張(宮号z
g
問
。
。
F
Z
Z
F
S
唱 宮 ロ 問 ) で あ る 。 そ の 主 はじめて判明することになる。それゆえ、訴訟上の請求についての考察方法 張された権利の存否は、判決によって、 訴 は 、 必然的に実体法的考察方法とは異ならなければならないとするハ4
0
そこで、実体法の思考形式から独立した 最 近 の 西 ド イ ヅ に お け る 訴 訟 物 理 論 の 動 向 _ ... ノ¥東 洋 法 学
_
.
- /'-訟法的観点からは、訴訟物を実体上の具体的権利主張とするのは誤りであることを、 る。具体的権利主張説は、訴訟物を現在する権利(実体法説)ではなく、主張された権利と解する点では訴訟法的で あるが、実休上の具体的権利の内容を加える点で実体法説に近づくとして、ハープシャイドは、これを折衷説と名付 彼は論証しようとするのであ け て い る ? ) 。 その限界づけは訴訟法の根本的目 標である法的安定性に適合しないように思われるとしている。例えば、当事者聞に使用賃貸借関係(富山O
Z
R
V
包宵宮) 原告は裁判所の看過し 折 衷 説 は 、 法律面から既判力の客観的限界を明確にするとしても、 が容続していないという理由で、 使用賃貸借 ( P 虫 色 。 ) にもとづく返還請求が棄却されると、 た具休的実休法規、例えば所有物返還請求にもとづく新訴を提起出来るのか? 明されずとして、この所有物返還請求を棄却すると、さらに不当利得にもとづく訴が許されるのであろうか? そして、裁判所は原告の所有権が証 訴 訟 物を特定の具休的権利主張とすると、裁判所に顧慮されなかった実休権にもと,ついて、棄却された訴をこのように新 しく繰返されょうから、法的平和と法的安定性が矢われよう。したがってハ l プシャイドは、具休的権利主張説は正 当でないとナるのである(ニ。 訴 訟 物 概 念 ハープシャイドはシュパ l プと同じく訴訟物を純訴訟法的に構成するのであるが、訴訟 物概念は、要求ではなく権利主張であるとする。すなわち訴訟物は、その手続において、一定の生活事実関係(伊中σ
g
g
R
H
Z
R
F
色丹)にもと。ついて要求された法律効果の認容を求める、原告の権利主強である ( H ) Q そしてこの権利主 眼には、被告に対する法律効呆主張(問。n F
S F
H m
o
ロσ
丸 岡 山 口 匂 宮 ロm )
とさらに国家に対する権利保護形式(訴の種類﹀の 主聴である手続主眼2
R
P
宵
g
ω
E
V
E
-s
m
)
をも含まれるのである。手続主眼(栴利保護形式の主張)を訴訟物たる すでに述べられたように、権利主張の中に包含させるので、 ハープシャイドは、自己の立場をニキッシュの権利主張説の拡張であると説明して い る (71 すなわち相手方に対する関係での同一権利主張も、 国家に対する権利保護を求める関係では、確認の訴と 給付の訴(権利保護形式)とが可能であり、この場合権利保護形式の差異により訴訟物も異なると考えるのである (8)O そこで、ハ l プシャイドの訴訟物の構造は非常に複雑な組立からなっている。まず訴訟物は法律面で請求の対象を なす権利主張と、事実面で請求の原因をなす生活事実関係とに大別される。さらに権利主張は、前述のように手続主 張と法律効果主張に分れ、法律効果主張はまた一般的法律効果主張ハ例・物の返還)と、特定の法律効呆主張(例・所 有権確認)とに細分され、さいどに特定の法律効果主張の発生根拠の区別により、法規による特定法律効果主張(例・ 不法行為にもとづく請求)と当事者の意思による特定法律効果主張(例・姦通による離婚請求﹀とに分れるのである。そし つねに彼のいう権利主張と請求原因(生活事実関係の意味である)の両者によって構成されるのである ? ) G て 訴 訟 物 は 、 このような訴訟物の構成は、ともかくとして、 ハープシャイドが要求説を排斥して権利主張説を堅持しようとする 根拠は何であろうか。彼によれば、要求説と権利主張説との重要な差異は、それらの方向づけにある。すなわち要求 説は、その要求が裁判所したがって国家に対じて向けられ、国家だけがその要求をかなえることができるとする。こ れに対して権利主張説によれば、原告は被告に向ってその権利主張をなし、その正当性をめぐって両当事者が争って いる。裁判所は、そこで原告の権利保護要求(問。。宮訟の伊豆
N
m
g
ロ各)にもとづいて、この紛争を裁判する役割をも っているにすぎない。ところで、民事訴訟法は、訴訟上の請求を国家に対してのみ方向づけているのではない。訴の 要求、したがって権利保護行為としての訴は、訴の本質的内容をなす訴訟物と同一とはいえない。すでにニキッシュ が指摘しているように、訴訟物を要求とすることは、法文の用語に合致しないばかりか、民事訴訟法の基本原理であ 最 近 の 西 ド イ γ に お け る 訴 訟 物 理 論 の 動 向 一 』 / ,東 洋 法 曲 名 ーォー・ ﹄¥汀苛 -ノ H t る処分権主義にも合致しないとする(当事者の権利主張の処分権能の説明が困難)。ハ l プシャイド自身の表現によれば、 要求説は民事訴訟法の用語と構造に強制力(の。毛色。を加えるものであるとしているハ
g u
したがって、前述のよう に訴訟物とは、 法律効果の認容を求める︿法律効果主張)、原告の権利主張である。 訴訟物の構成要素 そ の 手 続 に お い て ( 手 続 主 張 ) 、 一定の生活事実関係(
F
$
0
5
8
のF
S
吾 色 丹 ) にもと事ついて要求された ト) すでに述べられたようにハ l プ シ 4 イドによれば、 訴 訟 物 は 、 つねに権利主張(シュパ l プの申立と同一﹀と請 求 原 因 ( 事 実 関 係 ) と に よ っ て 構 成 さ れ る 。 確 認 の 訴 も つ ね に 請 求 原 因 に よ る 請 求 の 特 定 が 必 要 で あ る ︿ど。請求原因(事実関係)が訴訟物の構成要素であるか否かの問題は、訴訟における請求原因の役割・機能をどのよ うに理解するかの問題に還元され・る。すなわち、請求原因は申立を理由ザつけるにすぎないとすれば、それは、申立の し た が っ て 、 下位にあり訴訟物の特定にあたって、申立と同格の地位におかれないことになる(便宜上一体説と呼ぶ)。これに対し、 請求原因は、たんなる理由づけでなく、訴訟物を特定する要素と解すれば、それは申立と並んで訴訟物の構成要素と な る ︿ 便 宜 上 三 体 説 と 呼 ぶ ) 。 そ こ で ハ i プシャイドは、 請求原因の訴訟上の機能を、民事訴訟法と民事訴訟の本質に関 連させて、後者(一一体説﹀の正当性を論証しようと試みている。 彼によれば、ドイツ民事訴訟法第二五三条二項二号は、 請求の対象と原因によって訴訟物の整理的確定(宮a
g
w
‘ 片 山 。 ロ 己 目 。 司g
己o m
c
ロ閃)以上のことを要求しているものではない D したがって、原告が請求対象(彼によれば権利主張﹀と 請求原因とによって訴訟物を特定することは、訴訟の適法要件(訴訟要件﹀であるハ5
0
それゆえ、権利主張(申立)と 請求原因とは、 ともに専ら訴訟上の問題であり、実休法と独立した訴訟概念となるのである。そこで、請求原因事実には、法律効呆主張を訴訟上正当づける事実の外に、手続主張を正当事つける事実︿例・権利保護必要の事実・訴訟障碍の また民事訴訟法草案からも民事訴訟法が権利主 張と請求原因との二体説にもとづくものであることは明らかであるとするハと。また訴訟では、抽象的な権利主張が問 題なのではなく、特定の事実関係にもとづく権利主張について争われ、それについて審理・裁判されるのである。さ 不存在事実等)も含まれるのである ( 1 ﹀。ともかく、法制史上からも、 したがって民事訴訟の本質 このような立場からは、すべての訴について事実関 係によって訴訟物を特定することは、原告の権能となるから、確認請求の特定に、事実関係を必要としないとするの は、民事訴訟の原別である処分権主義に反するものであると反論している。またシュパ l プのように訴訟物は、申立 らに民事訴訟法は、手続・裁判資料の可集を当事者の役割とし、それと共に原告がその訴の理由づけのために提出す る事実関係
(
ω
R
F
S
忌包仲)もまた訴訟物の構成要素であることを認めているのである。 からも、請求原因は、訴訟物の構成要素であるとしている ( Y で特定し、請求原因は申立の理由づけにすぎないとしながら、 既判力の範聞に至って、 訴訟資料(事実関係)がその 限界をなすという理論構成は、 訴訟物と裁判の対象との不一致を招くことになり、 正当でないと批判している01
またシュパ l プは、二体説(申立と事実関係﹀よりも一体説(申立﹀の方が、 浮動的な訴訟過程をより適切に説明する による場合には、訴の選択的併合によって容易に解決がつくのである。 ことができるとしている。しかし例えば十万円の支払請求(申立﹀で、その理由づけを(事実関係)売買と債務承認と シ ュ パ l プ説によれば、この場合一個の裁判 どちらか一方の理由で請求が認容される時には、 る。これに反し請求棄却の際には、彼の説は通用しないのである。なぜならこの場合には、現実に二つの請求原因に (十万円の支払要求)の要求が訴訟物であるから、 彼の説が通用す ついて二つの裁判が春在するからであるとしている(ど。 し た が っ て 、 ハープシャイドによれば、訴訟物はつねに、 最近の西ドイヲにおける訴訟物理論の動向 六 五東 洋 法 品込a
、
寸4 ﹄ ¥ い ¥ 一 / 一 ノ 法律酉で権利主張ハシュパ l プのいう申立と同意)、事実面では誇求原因による構成を必要とするのである。 ロかくして請求原因は、権利主張と並んで訴訟物の構成要素たる地位を与えられたのであるが、彼のいわゆる権 利主張は専ら訴訟法的概念であると同様に、請求原因も従来の請求原因とは異なって、全く訴訟法上の概念たる生活 事実関係を意味するのである。ハープシャイドによれば、請求原因の限界づけは、訴の基礎となっている生活事実関 によってのみ可能である。しかし注意を要するのは、彼が断っているように、この見解は 係(
Z
F
S
E
R
F
4
0
岳島)
生活事実関係だけを訴訟物に引上げるのではないのである。それは、どこまでも訴訟物の一つの構成要素たる請求原 当事者はお互にその事実上の陳述( ω ω
・
つまりその請求原因(生活事実関係)内では、 因についての見解なのである。。
F J、 。
2
5
m
)
を補充・変更できるという請求原因の同一性の限界づけの問題についての見解である。 事 実 ( 、 円ω
Z
R
F
g
)
!
ーその正当にして完全な陳述が権利認容の要件であるーーを目 そこで請求原因 は 個々の MH 訴を理由づける H H 的とするのではなく、全体としての生活事実関係を目的としているのである。通常個別事象(思R
o
-g
a
似 ロ
m g
)
複数は、一つの生活事実関係の中に入るのである。したがって通常の観察方法(
5
8
2
♀
R
回2
5
n
v
g
ロ 窃 司 包 括 ) によれば、一つの生活統一(
Z
Z
S
巳 巳5
3
をなす全ての結果が、生活事実関係の中に入るのである。その例とし て商品の注文・配達・消費の一連の事実を同一生活事実関係としているお)。 の したがって例えば、 原告の売買にもと づく支払請求で、事実審理によりその売買が無効であることが明らかになると、その請求は棄却される。所でこの場 合は、被告が防禦にあたって、原告より買った商品をすでに消費したと述べているとすると、裁判所は不当利得にも とづいて裁判しなければならない81
請求原因は、個々の事実(売買要件事実﹀にとらわれることなく、むしろ、 ぐ〉 ねに生活事実(売買・無効・商品の消費)を目的とすべきであるという理由にもとづくのである。 このような純訴訟法的な請求原因の理解の仕方は、すでに述べられたように、 ハープシャイドの基本的立場である実休法と独立した訴訟 物概念を構成する点に原因するものと思われる。 したがって訴訟物は、 申立(権利主張)と請求原因によって構成さ れるという場合にも、その意味内容は、 ハープシャイドとレント又はニキッシュ等とは、 おのずから異なってくるの で あ る 。 四 既判力の客観的範閉 ( → ハープシャイドの場合にも、既判力の客観的範聞を決定規準として、訴訟物が重要な役割を果すのである。た された訴訟資料に限って既判カを生ずると解する古川である。その理由は、 だここで注意を要するのは、民訴法第三二二条一項にいわゆるグ限って 4 の意味内容を、その裁判につき提出・審理 シ ュ パ l プの見解と同一であって、裁判の 本質にもとづくとする。すなわち裁判は、客観的に限界づけられる生活事実関係についてなされるのではなく、事実 によってもられた請求原因
(
E
芹 斗 旦g
n
F
O
ロ 告 内 問 。 同 ﹁ ロ 件 。 ロ 閃E
m
o
m
g
ロ仏)についてなされるのであるハ引 )O したがっ て裁判の基礎は、当事者により提出された事実に限られるのである。そこで、裁判官が顧慮できなかった事実、 ぴ客観的にみれば請求原因に入る事実でも提出されなかった事実には、既判力は及ばないとするのである 81 お よ したがって、客観的には請求原因八生活事実関係)に入るすべての事実を提出していない場合には、彼のいわゆる請 求原因と既判力の範囲は、 一致しないのである。この同一請求原因に属する不提出事実の排除効は、彼によれば、既 判カと異なる一一般央権効(色-m
O
B
O
E
O
司
み
EgE
ロ ) 審理の対象であった・訴訟物は、事 実面において既判力と一般失権効とに分化するのである、しかしこの既判力と一般失権効の両者の及ぶ効力範囲は、 であるとしている。そこで、 請求原因(生活事実関係)と一致するのである。さらに、審理・裁判された同一請求原因をこえて、異なる請求原因に 最近の西ドイヲにおける訴訟物理論の動向 六 七東 洋 法 学 ノ¥ 八 まで及ぶ判決の排除効を特別失権効
( v
g
。 ロa
q
o
司
忌
E
g
目 。 ロ ) と 呼 ん で い る ( 部 ) 。 は、請求原因が同一であるか否かによる区別である。 それゆえ一般・特別失権効の区別 このように既判カの範囲を現実に審理・裁判した訴訟資料の範囲に限定する根拠は、前述のようにハ l プ シ ャ イドによれば、裁判の本質と弁論主義から導かれるのである。もともと裁判は、その裁判の基礎となる訴訟資料につ したがってその裁判の効力もその基礎となった訴訟資料の範囲に限定されなければならな 仁} いてなされるのであり、 い。これに反して裁判の基礎資料とならなかった事実については、裁判そのものができないのであるから、その不提 出事実について裁判の効力はおよばないのである。ところで、裁判の基礎資料である訴訟資料は、原則として当事者 に提出責任がある。この当事者の負う訴訟資料の提出責任の範囲が、訴訟物の事実面における範囲と一致するのであ る。この訴訟物の事実面における範囲において、現実に提出された訴訟資料についての裁判の効力範囲が既判力の客 観的範聞となり、提出責任を負いながらも、不提出に終った訴訟資料となるべき事実についての排除効の範囲が、既 判カと異なる失権効の範囲︿一般失権効)となるのである。さらに、ある請求原因︿離婚の訴﹀の裁判によって、 れ と異なる請求原因(婚姻取消の訴て に特別失権効とされるのであるa )
。 したがって異なる訴訟物に属する事実の不提出による裁判の排除効が前述のよう 2 問 削 w σ l n v σ 山内同日ω
伸一円。山片側 o m ゆ ロ ψ 仲 創 出 向 凶 ・ ∞ -H 吋 岡 市 与 仙 の F O E -M W・f ・0 ・ w ∞ ・5
∞ ﹀ 自 自 ・ 。m m
H V
d g
- y
m
可 旦G
o
m
g
g
砕き色ω
・ 印 同 日 乱 M n T w T 凶 m -m ・ o-m-HHα4 出 向 w σ 出 回 目E w
釦 ・ 州 w ・c
・ -m ・8
白・その代表とL
て、ヘルピッヒとレントをあげている 町 ω σ n v 巳 色 ω ・ 削 w ・c
・ m -H H 句 、 t H N O 1 3 56 国与 ω n v o 町 内 F M W ・ 削 W ・ O -w 印 ・ N N H t N N N 同じく権利主張というもその内容として具体的権別主張か一般的法律効果主張かに より非常に異なってくる。 7 出色 M M n v 巳 弘 、 削 w ・ 州 W ・ O -w ω ・ E C W Z 日 w r n F 印 可 。 即 時 m o m o H M ω Z E 凶 印 ・ 日 日 8 出 向 F r n M M E a -釦 ・ 州 w ・c -w m -H 臼なお権刺保護形式の訴訟物構成要素については、前段シユパ l プ の ( 註
)
ω
を参照されたい。 レントはこれを例外的事象として認めている。 F g け 印 可 広 伸 m o m g ω 宮 口 向 田 印 ・ ω N U 9 国 m -z n 吋 M E a -ω ・ 州 W ・O ・- m w -N H。
12 11 10 出 向 島 V一 u n F 忠 弘 w 釦 - m w ・ c - w ω ・お∞このことをニキッシュは証倒しているとする。 出 向 W V M n y E a w m ・ 削 W ・ O -w m -巴 rHS 民・ここに請求原因とは生活事実関係でありレントなどの言う請求原因とは異なる。 出 向 W H M 刷 。 何 回 旦 i a -ω ・ 削 w ・c -w m ・呂町民・彼によれば、事実記載説は二体説、同一認識説は一体説であるとする。しかも後者は、 実体法的に構成するので、彼のいわゆる折衷説(具体的権利主張)と結びつくとする。 出 向 凶 v u n v E 弘 、 釦 - m W ・ O -u ω ・ H ∞ 印 出 向 w σ h H M E p m w ・ 州 W ・ O -w 印 H ∞m v M 出 ω -u -u n H H 忠 弘 w ω ・ 州 w ・ c -w m - H m v c 出 向 W V E F E p m w ・ 何 w ・c ・ - ∞ -H S なおドイヅ旧民事訴訟法(一八七七)の成立までの、訴訟物概念の詳細な歴史的展開につい ては、中村英郎﹁訴訟の目的概念の生成過程﹂中村宗雄教授祝賀論集(昭一三﹀また前掲、小山﹁請求について﹂に立法 沿革が詳細に研究されている。 出 向 W V 凶n v o 山 内 凶 ・ ω -m w ・c -w m -N O C 口 出 向 W H M ω n v E m H ω ・ 州 w ・ c -a ∞ -N O H 国 与 一 円 何 回 忠 弘 -m ・ 州 W ・ O -w ∞ -N O N ジ ュ パ l プから見れば、それでは何故一部判決が出来ないのかと反問するであろう。 的 に し て も 、 訴 訟 物 は 複 数 だ か ら 。 ∞ 各 省 州 号 、 印 神 宮 町 沖 m o m g 凶 g D ︽ 伊 ω ・ ∞ 品 止 -E M W ぴ 呂 何 回 丘 内 伊 ω -m w ・c -w ω -N g この生活事実関係なるものが、不明瞭あいまいであると批判する者 ω 仲 ω 国 内 伊ω
・ ω 印 { ) 斗 町 内 ・ 15 13 18 16 選 択 19 F o m 4 ? ω 仲 H 1 0 山神的 o m o ロ 1 最近の西ドイヲにおける訴訟物理論の動向 六 九東 洋 法 員,... Fオー 七
。
22 21 20 出 向w
-z n
w H
O E
- ω
- M
W
・O ・- m
- N
H
吋瓦対最高裁問。N5rs
民-F
g
神 的 可 包 括o
m
g
m
仲 卸 白 色ω
・ ω 島 国 防- z
n r
o E
M W
・ 削W
・O ・ - ∞-N
g
t
N
S
国 側W V ω
の 伊 ぬ 一 町 内 同 ・ω - M
W
・c
・-m
-N
g
u
r
ュ パ l プと共に既判力を審理裁判した訴訟資料の範囲に限定しようとする。 の排除と既判力とは性質上異なるとするのである。幻国与ω n
F O
E
-釦- M W
・O ・ 唱 印 一 -N 笥 民 ・ 国ω
σ
仙 の 何 回a
p
M
W
・ 削 w ・c
・-ω
-N
S
山内・不提出事実の排除効の根拠およびその範囲、さらに訴の種類によっても学説は分れてい るしかし特別失権効の概念を特に認めているのは、ハープシャイドに限るように思われる。 不 提 出 資 料 24 肌 トv
ン ト設
訴訟物の法的性質 レントにおいても・訴訟上の請求は、現存する実体権ではなく、 主 張 さ れ た 実 休 権 で あ る ( ! ) 。 その意味で訴訟物を 訴訟法的に構成しているのである。ただ、現在ドイツの多くの営者が主張するような純訴訟法的構成ハ要求説・一般的 従来の伝統的な訴訟物理論を堅持しよう 法律効果説﹀をとらないで、 どこまでも訴訟物に実体法的要素を内包させ、 とする数少い学者(宮)の一人であることは周知の通りである。 必然的に実休法の規準にしたがって決定されなければ ならない。それゆえ実体的に複数の請求権の発生が可献であれば、訴訟上も複数請求となり、訴の併合がある。もつ レントによれば訴訟物は、具依的に特定した実休上の権利主張である。このように、実株法的な意味 で具体的内容をもった権利主帳(訴訟物)の単複・同一性は、 したがって、 とも最近レントは、 いゆわる実休上の請求権競合(例・所有権と占有権にもとづく物の返還請求﹀の場合に、 従来の彼の説を変更している。 法的理由づけに関係なく二定の裁判の要求ハ物 実体上二個の権利が在在するけれども、このような原告の特別の申立態度によって、 訴訟上の請求は一簡であるとする (81 このレントの改説は、彼の基本的立場である実体上の具体的権利主張とする 態度と矛盾する、との批判をうけている。しかし訴の併合を除いては、レントによれば、前述のように実体上の具体 的権利主張の同一性が、訴訟物の同一性の決定規準となるから、訴の変更、訴訟係属の抗弁、既判カの客観的範囲な どの諸問題の解決規準ともなるのである。したがって、訴訟物は、どこまでも実体上の具休的ハ特定)権利主張とな るのである。それゆえ、訴訟物の構成要素も実体法的に考察されるハ
4
0
すなわち、確認の訴では請求の趣旨(申立) により、具体権利主張そのものが明示されるから、請求原因を必要としないのに対し、給付・形成の訴については、 申立だけでは、実体法的には権利の個別性が判明しないから、請求原因を必要とする結呆となると見れないだろうか すなわち、原告が、申立(請求の趣旨)により、 の返還﹀をもとめる場合には、 ハ 5 ) 。このことはレントが、訴訟物をいちおう、訴訟的に理解しながらも(
ε
、 その内容には実体法理を持込もうとす る、彼の基本的立場の現われであろう (71 訴訟物の特定 実体上の具体的権利主張であるとしても、訴訟物の特定︿個別化)の問題と訴訟物の法性決定・法的当 はめ︿ O Z包B
N
ぽ ロ 自 問 。a
・5
の ﹃ 己 目 。 F O D 回 口 。 邑 ロ ロ 問 ) の 問 題 と は 、 レ ン ト の 場 合 に も 異 な る 問 題 で あ る ( 日 ) 。 訴 訟 物 は 、 即ち訴 訟 物 の 特 定 は 、 具体的権利を明確にすることであるのに対し、 法性決定・法的当はめは、特定︿個別化)された権利 の種類如何の問題であるとしている ( 9 ) 。 目ではなく、裁判所の役割にすぎないからである。 し た が っ て 、 原告は請求の法的当はめをする必要はない。それは原告の役 最 近 の 西 ド イ ヅ に お け る 訴 訟 物 理 論 の 動 向 七東 洋 法 学 七 異なる性質であることが明ら かにされた。そこでつぎに、訴訟物の特定はどのようにしてなされるかの問題が生ずる。特に問題となるのは、給付 このように訴訟物の特定(訴訟要件)とその理由づけ・法的当はめ(本案要件)とは、 -形成訴訟において請求原因を訴訟物の構成要素とする場合である。 レントによれば、 この請求原因を実休法的に理 解してはじめて訴訟物が明確となるのであり、 これを生活事実関係と解することは、訴訟物を不明確とすると反論し ている。すなわち、生活事象
(
E
Z
B
g
円m g
m )
には明確な限界づけがない。また法的観念(足。 F g n V O K F民
p
g
g
m
﹀ と生活事象とは一般に一致しないのである。例えば)箇の物の殴損(同一生活事象﹀により占有者と所有者が請求でき つ一個の訴訟物)、馬の奪取ハ同一生活事象)により所有権と占有権にもとづく権利主張が可能である。 また反対に数箇 の生活事象︿譲澱・加工・時効)でも、所有権の主張は同一である。そこでレントによれば、 このように生活事象は、 法的観念として不明確であるから、請求原因、既判カの客観的範聞の内容とすることは出来ない、 とするのである。 したがって、生活事象が請求原因にとっての規準ではなく、 レントの訴訟物観が、請求原因に強く影響していることがうかがえるのである。 つねに実休上の法律要件がその規準となると主張するの である日)。ともかくここでも、 既判カの対象 レントによれば、訴訟物は、実休上の具休的権利主張であり、請求原因も実休法的要素 をもっ事実関係であるから、既判力の対象は、実休上の具休的権利である。したがって、審理の対象と裁判の対象が すでに述べられたように、 前後通じて同一の実体上の具体的権利となるのである。ただ前述のように、 複数実体格ハ例・所有権と占有権)にもと づくも、一佃の恰付の訴(物の返還﹀による場合には、審理・裁判の対象が実休上の権利であるとする彼の基本的立場 の例外をなすのである。ここでは訴訟物は物の返還要求であり災休上の具休的権利主張ではないからである。しかし競合請求権中の一請求についての既判力は、その請求に限られるから同一事実関係にもとづく新訴の提起をさまたげ ないとする
21
もしこの場合に一請求の判決の既判力が、他のすべての実体上の競合請求権について裁判されてい ると解することは、どういう意味であろうかと疑問をなげかけている住吉 この見解に従えば、 一請求権にもとづく 給付請求を認容すると、他の請求権についても認容され確定される。そこで審盟・証明されない請求権が、被告に対 して既判力により確定されるととになり、被告は予測しない危険にさらされるのである。また統合請求権中の一請求 権の棄却によって、他の誇求権も排除されることになる。この結果は、その請求について弁論・証拠により審理・裁 判されたときに限って既判力により確定されるという訴訟の基本原則に反し、また権利保護の歎酬であると非難して い る お JO a F 8 5 F O H M 円σ
R
げ 抑 ω ∞ 吋 ﹀ 口 同 ] -w m 可 巳 百 m m g し 宮 目 。ω
・ 臼 ω ω N H ハ l プ シ ャ イ ト の い う 折 衷 説 ( 具 体 的 権 利 、 主 腰 ) に 属 す 。 現在ではヘルピッヒ以来の伝統的訴訟物持論を堅持する掌者は、レシトの外に見当内 h d ない。前掲、中間(形成訴訟の訴訟 物 ﹂ で も こ の 点 指 摘 さ る 。 認諾の法的性質について、純歩訟的性質とみることは、レシトの訴訟物についての基本的立場︿実体上の具体的権利主 張 ﹀ と 矛 盾 す る も の で は な か ろ う か ? 戸 内 凶 口 同 ・ ﹀ ロ2
w
o
ロ ロ 宮 町 ∞ -H N 印 公 ・ F o z g B X m a g E H M a m -ω ω 品この論文からレ γ トはこの場合複数請求説から単一請求説に改めている oF 各 号 宮 町 抑 ω 吋 印 ・ 5 H 4 F 2 -一 円 。 げ 同 ぴ ロ n y m ω 叶 戸 何 回 ザ 印 可 σ x m o M 双 山 口 υ g ロ 。 印 ・ ω ω ω F 0 2 印 可 丘 仲 m o m -g u g 白 色 印 ・ 臼 ∞ t ω H むその請求原因は実休上の請求権の開由づけと単純に同一視すべきではないとして 1 2 3 5 も、レントの場合請求原因は実体法要素の強いものである。使用賃貸と用謎賃貸借借は法的性質決定の問題(請求問一﹀ 最近の西ドイヅにおける訴訟物理論の動向 も'七 回 6 東 洋 法 学 なるも、契約と不当利得では請求は具別なりとす
Fg
ゲ 印 可 包 括o
m
g
品g
a
m
-g
。 訴訟物は、実存する実体権ではなく、主張された実体権であると主張する意味で。 前註 1 ・5 参照、訴訟物は具体的な特定権利主張であるとする立場を指す国与告げ巴内v
g
足 首o
m
g
a
g
a
m
・8
Fg
件 、 印 可 丘 片 側0
m
g
弘g
a
m
-出。しかし請求権の際には、特定にその発生原因を必要とするので、特定のための事実と 理由づけのための事実が広範囲に一致するとしている。F
0
5
・ ω ・ω ・0 ・ω
・ ω N OF R
M 4
同w M W
・ 削W
・O
・ " 印 ・ω
N
N
F
O
S
仲- F
O F
Z v
ロ の 伊 丹 印 ・ む 山 WF o
E W
N W
- ω
・0 ・w
ω
・8
r
ω
忠 、F
o
z
,F A
W F
同g
n
v
m
・5
0
ほ・契約から不当利得に請求原因を変更することは、訴の変更とな るのである。生活事実関係としては両者を含んでいる場合に、その法律構成(請求原因)如何によってそこから請求が一 個となったり(契約請求)三個(契約・不当利得、おそらく予備的併合)となると考えるのであるう。 戸g
けω - M
W
・O
・-m
-g
o
この範囲で、レジトにおいても訴訟物︿物の返還)と既判力の範囲ハ競合請求権中の裁判された一 請求権)とが一致しない結果となることは看過できないであろう。F O
E
-M W
・ 削W
・O - w
ω
・ω
出訴訟物を実体上の具体的権利主張と観念するレントの立場からは、当然出て来る疑問であろう OF
O
ロ 品 卸 ・ ω ・0 ・w m
・ ω 品 ほ ・ 7 8 10 9 11 13 12五
'/ シ ェ1.. 設 ー ー ヨF 訴 と 請 求 訟物論﹄ 周知のように-一キッシュは、かつてロ i ゼ ン ベ ル グ な ど が 訴 訟 物 を 要 求 と す る こ と を 主 張 し た の に 対 し 、 そ の ﹃ 訴 訴 訟 物 は 要 求 で は な く 、 権 利 主 張 で あ る こ と を 主 張 訴と請求との差異を解明して、 (一九三五)において、 し た こ と が あ っ た (1)0 そしてロ!ゼンベルクは、 一一キッシュのこの権利主張説に賛成して、彼の教科書第四版!この版に限られたが
l
にこれを採用したことも事実である。 そのような経緯はともかくとして、 ニキッシュによれば、訴訟物を法律効果の既判力ある確定に向けられた要求と する見解は、その方向が裁判所に対してのみ向けられ、原告の主張する実休上の権利となんら関連性をもたないもの となる。しかし、訴訟物をこのように理解することは、法律および事柄の本質に反し、さらには訴訟物の沿革にも適 合しないとして反論しているす)。すなわち、法律は原告により訴をもって起きれ又は主張された請求︿﹀回毎E n
v )
を紛争の対象もしくは訴訟物としている。また被告は請求の認諾(三 O 七 条 ) に よ っ て 、 原告の国家に向けられる訴 の行為(毘ω
m
o
F
S
色g
m
)
を承認するのではなく、 w Q。
その訴による要求内容である請求︿権利主義) また原告のなす請求の放棄は(三 O 六条)、どこまでも被告に対して主張された請求を般棄するのであって、裁判 を承認するのであ 所に対してなされる訴の取下(一一七一条)とは区別されているのである(と。 事柄の本質からも、訴と請求とは異なるとして、 ニキッシュは次の理由をあげている。訴訟において、原告がその 請求を貫徹しようとする場合には、少くとも原告の意図す、る請求が論理的に訴訟前に現存しなければならないへ Y 国家に対する権利保護行為である以前に、被告に対する権利主張である請求の春在をニキッシュは、場えなければな らないとするのである。 さらに民事訴訟における訴訟物は、沿革的には、原告の被告に対する給付詰求権にさかのぼるのであり、その後確 認・形成の訴が認められてから、実体権(現存する権利)とは異なる訴訟上の請求械念(主張された権利﹀として構成さ れるに至った ( -H ) 0 ところですべての・訴による請求を包摂する・訴訟物概念としては、 は法律関係(要約して、権利主張﹀と解することが法文に適合すると、 主根もしくは争われる、権利又 一キッシュは増えるのである。かくして、 一 キ 最近の西ドイツにおける訴訟物理論の動向 七 五東 洋 法 学 七 六 ッシュは、民事訴訟法の請求概念を拡張し、しかも沿革的意味を保持することが、訴訟物概念の妥当な解釈に導くと するのである (G)O 訴訟物の特定 訴には、申立と請求原因とを必要とするのである
? )
O
したがって確認の訴では、 給付・形成の 訴訟物の構成要素で はなく、たんなる理由づけにすぎない。これに対して、給付・形成の訴では、請求原因は、申立と並んで訴訟物の構 請 求 原 因 は 、 ニキッシュによれば、 訴訟物たる権利主張の特定は、確認の訴では申立︿請求の趣旨﹀だけで足り、 成要素となり、 この場合には事実関係が、 ニキッシュのいわゆる二重機能ハ請求の特定と理由づけ)のはたらきをする これまで訴訟物の単複の規準は、権利保護要求 ( 河RZ
訟 のF
E
N
m
g
z
の﹃)の単複にかかっていたハヱ。したがって、たとえば同一給付の訴が、複数の請求原因にもと づく場合にも、要求される裁判(権利保護要求)が単一であるから、請求は一箇であるとしたのである。 の で あ る 。 このような請求原因の位置づけを試みたニキッシュは、 -一 キ ッ シ ヰ は、この従来の説を改めて、一箇の給付又は形成の訴で複数の事実関係にもとづく場合には、訴の選択的併合とする のである(。。例えば、原因行為たる売買とその代金債権のために手形が振出された場合には、その手形債権と手形 によって満足さるべき原因債権とは、生活事象としてつねに独立の生活事象であり、したがって異なる事実関係であ るから、二箇の請求権が競合すると考えるのである(ど。 た だ こ の 場 合 、 ニキッシュは、ニ箇の請求権により、 同 一 の経済的目的を達すればよいのであるから、訴の演択的併合(相互の補充関係)と解するのである。そしてこの見解は 彼の﹃訴訟物論﹄において展開された単一請求説を改めたものである(♂。 ところで、形成の訴にこの給付の訴でえられた・訴の併合理論を移すと、多くの離婚原因にもとづく離婚原因にもとづく離婚配偶者が、その離婚原因数におうじた離婚権をもっているという己とは、不自然でありまた事実にも適合し この離婚権は離婚の理由づけのための事実の総体によって特定される。したがって複数請求で ないとしている