0.8+ (
0
.
2+0. 3
)
x
1
.
8=
1
.
7万円/伺
となる.したがって,取引⑧の流量は
8
0
0
x
1
.
7=
1360万円
になる.
取引⑨:取引@のところで求めた製品 l 個当り
の原価を用いると,
700x 1
.
7=1190万円
が取引⑨の売上原価の流量になる.一方,こ
の売上原価に対応する収益は明らかに2660万
円である.
このようにして図 5 の資本の流れ図の矢印の値
を求めて記入し,各々ストックと出入口の当期末
有高の記入も完了すると損益計算書と貸借対照表
を作成することができる.それらを表 3 ,表 4 に
示しておこう.
F圃・・・・ー・・一一..-一一一富田・回一・・・・"・・園周回・・・・田町田岡田明・・圃岡山・ー・..__...・・園町四・・・ー・・・・・・・回一一...回開・ー岡田一....一...田園田町田・・可
.
「北越雪譜」
トンネルを抜けると,空はからりと晴れて,そこは
空っ風の里であった…大学受験の 2 月に「雪国 j
とは逆向きに,はじめてトンネルを抜け出たときの驚
樗と開放感は今もあざやかである.その年は,正月か
ら一晩に 5 尺もの降雪をみる日もあった.夜半,窓越
しに天を仰ぐと,音もなく降りしきる雪に,朝までに
は埋れ死ぬような恐怖すらおぼえた.
20年近くも温暖な三浦半島で暮すと,そんな雪への
情感も,すっかり遠いものとなった.
「北越雪譜」の著者,鈴木牧之は,明和 7 年(1770)
,
越後の国,魚沼郡塩沢村の縮仲買商,兼質商の家に生
れ,天保 13年 υ842) に 73歳で没している. r雪譜」は
牧之得意の画を折り込んで,魚沼の風土・生活・雪話
を記録したものであり,随所に科学的な考察が見られ
る.牧之25歳のときに,珍しがり屋の江戸っ子に売り
込むべく「雪中之奇談」と題して企画されたが,永ら
く日の目を見なかった.その後,幾多の曲折を経て,
牧之68歳のときに,内容と表題を大きく改めて,山東
京伝の息子,京山の手でようやく初編三巻が出版され
i た・
京山はその序に「今日,軽薄な武士の子弟は,わず
かな雪が急に,粉々と空に舞うと,さっそく彫りもの
入りの鞍に高価な勧をつけて,玉塵をまきあげて郊外
!を疾走し (柵)
今 もし凶川そ
越雪譜』を読ませれば,これによって凍え飢えること
の苦しさを考えるだろう J (教育社新書, 原本現代訳
より)と,述べている.鞍をスキーに置き換えれば,
森
雅夫
雪譜 2 編, 7 巻, 123条(岩波文庫,岡田武松校訂よ
り)の題を適当に拾い出すだけでも,雪の気が迫る.
すなわち,地気雪と成る弁,雪の形状,雪の深浅,雪
もよい たかさ ごもり
意,雪の堆量,雪竿,雪を払ふ,雪塾,雪中の洪水,
'"がれ しばい
雪中の虫,雪吹,雪類,雪中の戯場,家内の泳柱,雪
中歩行の用具.雪による難儀を説き,楽しみを語り,
さらには雪の効用にも触れる.
雪の育てた産業,縮についてはことの外愛着深く,
はたおりおんな お Bまたや
越後縮,縮の種類,縮の荷並紡績,織婦,御機屋,縮
を鷹す並織の市などの条がある.縮を織るには魚沼の
湿った雪の冷気の作用が欠かせぬこと,またその作業
の工数の多さを数え,他人を雇っても採算がとれない
こと,それ故の家内の仕事であることなどを切々と説
く.
雁や鮭などの習性,その漁法も詳しい,雁の代見立,
雁の総立,鮭の字考,鮭を捕る打切並つづ,掻網,鮭
の洲走.牧之の若い頃に比べ,数が半分に減ったと嘆
き,漁獲制限を説くなど今風である.一方,鮭の上ら
ぬ川に受精卵を移す夢を語る.
ほりあげ
雪譜を眺め返すうちに,雪払い,雪堀,堀揚,雪下
ろしのハードとソフトが時代と共に,あるいは町中と
村とによって,どのように変遷してきたかに輿味がわ
く.また,牧之の時代,あるいは住む村に無かったの
むろ
か,雪譜に見当らぬが,雪庇(雪室の屋号かも知れな
し、)に働く人々の光景がなつかしく憶い出された.そ
れは,夏の魚のための,ピラミッド型で藁茸きの巨大
な貯雪小屋に雪を積み上げる作業である.
立さごè J!,ごう;t ,1ここè -C~QどでirMi--- ご譜は'EZ521t:ごと:こ!こと一
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