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スポーツ技術の抽出に関する問題性

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スポーツ技術の抽出に関する問題性

佐 野  淳

(1985年10月15日 受理)

Zur Problematik der Untersuchung von der Ubungstechnik im Kunstturnen. Atsushi Sano

Ⅰ.問題の所在

技の技術を解き明かすということが,トレーニング場面の効率を高める,ということに異論を唱 える者はないであろう。前転やけ上がりといった基礎的な技から, 2回宙返りやムーンサルトなど の高度な技に至るまで,それらの技を身につけるには,技術を知り,習得しなければならない。そ o o o o o して,技術を習得するということは,ただ単に身体を動かしていればよいのではなく,身体をどの O o o o o o o o o o o o ように操作したらよいのかを身をもって体得することに他ならない。われわれは,そこに技術Be-wegungstechnik)の存在を認めるのである。従って,この技術情報なくしては,技の成功が困難と なることを知らねばならなし「。しかし,われわれはこの技術情報を如何にして獲得しうるのであろ うか。 言うまでもなく,この技術,すなわち運動技術(Bewegungstechnik)の問題は,スポーツ運動学 (Bewegungslehre des Sports)の中心課題の一つであり,個別運動学(spezielle Bewegungslehre)と しての体操競技における技術問題もこのスポーツ運動学の運動技術論によって解決の糸口が示唆さ れることになる。運動技術に関する研究は, 1950年ごろから活発になったが, 1960年代においては, 技術の運動特性や運動様式(Bewegungsstil) ,運動鋳型化(Bewegungsstilisierung)の問題に関心が向 けられていたという19).S.2 このような問題-の取り組みによって,一方で運動技術の概念規定が 多くの運動学研究者によって検討,整理されたのである。またこの時代は,いわゆるマイネルの運 動学(Bewegungslehre)の影響力が強く,運動の現象学的記述科学の重要性が叫ばれていたのあで る。従って,現象学的アプローチによる技術認識の台頭がこの時代の特徴であると言えよう。 しかし, 1970年代になると,競技力向上をより実践的なものとするために,サイバネティックス や情報理論など現代の最先端の科学を取り入れたトレーニング学(Trainingslehre)の構築が,西独 を中心にして前景に立てられるようになってきた19).S.2 マルチソ(西独)やマトゲェ-エフ(ソ 逮)はその代表的研究者として挙げることができる。このトレーニング学は,体力トレーニングに 止まらず,モルフォロギ-やバイオメカニックス,さらには感覚運動理論(Sensomotorik)を基調と 鹿児島大学教育学部体育科(体操競技)

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する広汎な実践的理論体系である。こうしたトレーニング学の躍進とスポーツ運動学の停滞18).S.13 が原因となって,運動技術論の研究は1970年以降大きな立ち遅れを示したのである19).S.3 近年の スポーツ実践において特徴的である体力重視,技術軽視の懐中についてはマルチンも認めているよ うに,トレーニング科学(Trainingswissenschaft)を含めたスポーツ科学(Sportwissenscha氏)の諸 部門にあてはまることなのである24).S.182 しかし, 1980年ごろから再びスポーツ運動学の重要性が 叫ばれたり18).S.13 マルチンを代表にミュールフリーデル,レッツェルター,グロッサーといった 研究者たちの技術に対する関心が技術トレーニング(Techniktraining)という形で現われてきたと いうことは,今一一度原点に立ち返って,運動技術の問題に取り組む必要性のあることを示唆してい るように思われる。 これまでは,技術の特性や本質論,及びそれにまつわる諸問題が取り上げられてきたのであるが, 技術がどのような存在様相を呈し,如何にしてそれを抽出しうるか,ということについては皮相的 忙しか問題にされてこなかったと言える.体操競技における技術研究は,モルフォロギ-的研究や バイオメカニックス的研究によって行なわれるが,この両者の区別は現段階においては非常に難し い。マイネルの提唱したモルフォロギ-的考察法(Die morphologische Betrachtungsweise)は明ら かにバイオメカニックス的考察法から区別されているが,現実の研究場面においてほ,このモルフ ォロギ-的考察法の独自性はなかなか示されていないのが現状であろう31).S.88-90 しかし,われわ れは,このモルフォロギ-的考察法が運動研究,あるいは技術研究において欠かすことができない とする立場に立つものであって,生々流転の中にある技を単に与えられた現象としてのみ捉えてい くのではなく,その発展・発達の中に身を投じ,観察・記述によって,その本質を解き明かしてい こうとするものである。このようなことから,技術抽出の問題に関して,次のようなことを重要な 点として挙げるもである。 ○技の発展性の原理は技術抽出に関して,有用な視点を与えてくれる。 ○技術(Bewegungstechnik)と習熟(Bewegungsfertigkeit)の関係は深く追求されなければならな い。概念的に,技術は客観的であり,習熟は個人的であるとしても,技術の温床は個人技法 o o o o o o o o o o o o o o o o (personliche Technik)なのであり,ここからこの両者がどのように分離されうるのか,という ことは,技術抽出に際して十分検討されなければならない。 ○技術の感覚的・意識的側面の研究は極めて重要である。技を発展させ,指導実践に寄与するの o o o o o o o o o o o は,共通感覚に適合した技術なのである21).S.111-112 0観察(Beobachtung)や記述(Beschreibung)は,技術抽出研究にあっては,まず第一に重要視 されるべき方法である。ここに,モルフォロギ-的考察法の独自性が示されるのである。 以下,.これらの内容について考察を加えていくものである。 技術抽出という作業は,一般に考えられているようにそう簡単なものではない。前転の技術にし o o o o O o o o o ても,け上がりの技術にしても,真の客観的指導内容が解明され,定着してきた道程が長く険しか ったことを知らねはなるまい。

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Ⅱ.技術研究における技の発展性原理の重要性

1.技の発展と技術開発の推移 現在の体操競技における技の発展は,一時たりとも停滞を許さぬ感がある。クソツが1850年には じめて``け上がり沖をやり, 1868年に-フナ-があん馬で``両脚旋回ガを演じて審判を驚かした時 代から1D.S.10 今日の``ムーンサルト(1972)'や``トーマス旋回(1976)", ``片手車輪(1978)'と いった技の出現までには,数えきれないほどの技が開発され陶汰されてきた。そして,それらの技 は出現当時には脚光を浴びたり批判されたりして,いろいろな問題を投げかけながらも,それなり に定着し,その時代その時代を特徴づけてきたと言えよう。過去の牧歌的な体操に比べると,今日 の技は極めて高度かつ複雑になり,研究も追いつかないほどに発展してきている。そこには,器械 器具の改良や採点規則の改訂,トレーニング状況の改善,さらには,各種競技会が数多く開催され るようになって国と国との情報交換が盛んになり,頂点のオリンピック大会-の志向が∴一段と高ま ってきたことなどの要因を認めることができよう。勝負に勝つためには他と同じ内容をやっていて は駄目なのであり,優る内容を持たなければならない。より良いもの,より美しいものを目指すの が人間の本性であり,人間の活動なのである。技の発展史を見ると,このことが如実に物語られて いる。 戦後から現在までのこれまでの技の出現状況を見てみると,ほぼ1970年を境として技の開発・発 展は急速に進んできた29).S.15-106 跳馬の塚原跳びの出現(1970),つり輪の伸腕技術の開発(1964)辛 車輪の出現,平行棒での車輪(1978),床におけるムーンサルト(1974)や後方伸身2回宙返り(1977) などに見られる後方宙返り系の分化発展,あん馬での縦向き移動技(1972)やシュピソデル(1974), トーマス旋回(1976)などの出現,そして,鉄棒でのイェ-ガ-宙返り    やトカチュフ飛び 越し(1977)に代表される手放し技の流行といったように各種目に見られるものであるが,それら は技の構造上,分化発展の要因を内包していたからだと考えられる。そして,それらの技はより姿 勢の簡潔性が志向され,高度で複雑な技にもかかわらず,より美しく締寛に捌かれるようになって きている。このような技の発展や形態発生の様相の中に,金子は次のような法則性,あるいは債向 というものを認めている20).S.10-14 一つは,例えばかかえ込み姿勢から屈身姿勢,さらには伸身姿 o o o o o o 勢-と移行していく,いわゆる姿勢的簡潔性(haltungsm註βiger Pragnanztendenz)であり,二番目は, スピーディな技術によって,例えば,前振りひねり(Stiitzkehre vorwarts)や後方支持回転(Felge O O O O 0

r屯ckwarts)が倒立位に持ち込まれるような極限志向性(die auf Maximalamplitude gerichteten

Pr五g-O Pr五g-O Pr五g-O Pr五g-O Pr五g-O Pr五g-O 0 nanztendenz),そして三番目には,宙返りにひねりが加えられる場合に認められる極限簡潔志向性 (zusammen乞iehende Pragnanzteridenz)である.このような技の発展特性というものは,単に形態発 生の展開様相を示しているだけでなく,技術開発の発展方向というものをも示唆していると考えて よいであろう。以下,技術開発の様相をこの三特性から考察するものである。 床での後方宙返りの分化発展様相を見ると,まずかかえ込み姿勢で実施可能となり,次いで屈身

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姿勢,伸身姿勢での宙返り-と発展してきた。金子によると,後方伸身1回宙返りは1950年代後半 になって,ようやく出現をみるに至ったという20).S.10 このような形態発生(Formgenese)は, 1 回宙返りでも2回宙返りでも同様である。 2回宙返りは1964年の東京オリシビック大会においてア メリカのミッチェルによって発表されたが, 1973年にはソ連のアンドリアノフが屈身の2回宙返り を演じ,その4年後の1977年,再びアンドリアノフによって伸身の2回宙返りが発表されたのであ る。また,跳馬に1つの大きな発展方向を与えた塚原跳びも, 1970年のリュブリアナの世界選手権 で塚原によって発表されたときはかかえ込み姿勢で,その2年後のミュソ-ソオリンピック大会で は同じく塚原によって屈身姿勢で実施されたが, 1978年のストラスブールの世界選手権においては, 清水によって完全なる伸身姿勢で成功している。このことは,鉄棒の後方2回宙返り下りについて もあてはまる1960年前半までかかえ込み姿勢で行なわれていた後方2回宙返りも, 1965年にはソ 連のソ-シソによって屈身姿勢でも実施されるようになり, 1974年の中日カップにおいてソ連のロ ーシキンによって後方伸身2回宙返り下りの口火が切られたのである。上述のような技の発展を, 床にあっては,踏み切り技術や腕の振上げ制動技術,空中回転の技術,跳馬では踏み切り技術や着 手技術,側わんや反りの技術,そして鉄棒においては肩の抜きやあふり技術などの開発と改良がも たらしたということは周知のことである。 このようなことから,姿勢的簡潔性の債向というものは,単に,かかえ込み-屈身-伸身という 姿勢変化の問題だけでなく,そのような姿勢で課題を満たそうとする技術の変遷でもあるのである0 言い換えれば,それは技術の改良あるいは改革なのであり,金子の言う``革新的図式(Erneuerungs-schema)サa>.s.i06で示される技術発展の一側面と理解することができよう。しかし,それは選手の運 動習熟(Bewegungsfertigkeit)との関係で理解されなければ,皮相的な認識とならざるを得ない.屈 o o o o o o 身姿勢で行なえるようになったということは,かかえ込み姿勢での習熟度が高まり,余裕ができた o o 結果なのである。また,技術の習熟は技術開発の温床なのであり,技術開発の発展の方向とその可 能性を示すものなのである。姿勢的簡潔性とは,その1つの発展特性を示すものと言えよう。 一方,極限志向という観点から見た場合はどうであろうか。前述したように,極限志向とは振幅 増大によってもたらされる技の極限化懐向である。例えば,つり輪における伸腕でのほん転倒立や 車輪の開発にみられるように,より運動空間が大きくなりスピーディな動きが特徴的である。金子 は, ``Zur technischen Entwicklung des Einkugelns"という論文で,つり輪の前方肩転移の技術的発展 の経緯を述べている12).S.17-19それによると,技術的発展は3つの段階を経てきたという。第1段階 においては,後振り懸垂(R屯ckschwung im Hang)と後振り上がり支持(Schwungstemme r也ckwarts in den Stiitz)という2つの技の結び目として,すなわち結合局面として認識されていたのであって, 技術的にはその価値はあまり認識されていなかったのである。ここでは,伸腕での屈身姿勢という 逆懸垂が特徴的であった。それは,両者の技を結びつけるには, ``逆懸垂に当然なってしまうサ12).S.17 o o o o o o o o o o o o o と一般に考えられていたからであった(前方肩転移)。しかし,振動系にすぐれた選手の出現によっ て,逆懸垂での明確な屈身姿勢は示されなくなり,流れるように実施されるようになった。これが

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第2段階である(前方懸垂回転の原初形態)。この後 FIGからの前向きの姿勢も手伝って,伸腕 伸身で実施できるように努力が重ねられた。その結果,前方肩転移は伸腕伸身で捌かれ,さらに肩 がリングよりも高い位置で保持できるようになったという(前方懸垂回転)。以上のような前方肩 転移の発展経緯には,より力強く勢いのある大きな振動を作り出す落し技術や輪の押さえ技術など の開発が大きく関与していたのである。そして,結果的には前方懸垂回転を生みだすことになった のである。言うまでもなく,ここにおいても選手の運動習熟あるいは技術の習熟が大きくかかわっ ていたことが理解できる。以上のような発展経緯は,スポーツの運動技術が, ``現場で発生し,か つ検証されたある一定のスポーツ運動課題の最善の解決法(マイネルi26).S.261"であるとするよい 例であろう。 もう一つの例を示そう。け上がりという技は,鉄棒にとっては基礎的な技なのであるが,この基 礎的な技も極限志向性の観点から眺めると,特徴的な発展をしてきたことがわかるID.S.10-11け上 がり(Schwungkippe)はその発生当初は肩帯を緊張させた力的要素の強いものであった。しかし,ま もなくリズム運動論(rhythmische Bewegunglehre)の影響から,流れるような力動性を帯びた実施 が目指されるようになった。その結果,肩帯の解緊を伴なった``あふり動作(Beckenarbeit)5や身体 が弓なりに反られた状態(die Bogenspannung des Korpers)からの前振りによるけ上がりが現われ た。しかし,この形態のけ上がりは,現代の技の発展からすればまた不十分なものであった。つま り,振動が振り子状の振動(Pendelschwung)の域を出ないことから,他の技との結合において技 術的な弊害が出てくるからである。現在における最も新しいけ上がりは,極めて大きな振動で捌か れることも可能となっており,膜の曲げ伸ばしが直接関与しないものとなっている。それは一般に ソ連式け上がり(Russenkippe)と呼ばれており,雄大にしかも流れるように実施されるのである。 以上述べてきたつり輪の前方肩転移と鉄棒のけ上がりの発展経緯は, ㌦、ずれも振幅増大に向かっ て生じてきた極限志向を如実に表わすものである。そして,振動をより力強くスピーディなものと o o o o o o o o o o o o o する``落とし技術''や``あふり技術''といった技術の開発は,実施者の習熟の向上とともに為され てきたのである。 3番目の極限簡潔志向は,宙返りにひねりが加わった技に見られる20).S.12-13 すなわち,左右軸 (Breitenachse)の回転運動と長体軸(Langenachse)の回転運動の合成技として典型的な, 2回宙返り1 回ひねりに見られるものである.塚原の発表した``ムーンサルト''は宙返りの全経過にひねりが示 されたが,それは"ギソガ-宙返り''や``リー宙返り''といった技に見られるように, 1回目の宙返 りにひねりが合成されるタイプと, 2回目の宙返りにひねりが合成されるタイプに分かれるもので あり,ひねりが極めて短縮されて実施されるようになっている。とくに,床における後方2回宙返 り1回ひねりは,前半にひねりが集約される傾向を強く示している20).S.13。このような傾向を示す ようになるのは,単に現象がそうだから,というのではなく, 2つの軸をもつ回転運動が合成され た場合,全経過にひねりが示されるというのはその発展方向からはずれてしまうからなのである7)・ S.102 また, 2つの運動要因が分離して示されるようになる根底には,姿勢的簡潔志向から求めら

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れる融合局面における融合技術の解明が進んだからだと考えられる。 以上,技の発展における3つの特性について,技術開発との関わりを簡単に述べてきたわけであ るが,要約すれば,技の発展を支えるものは技術開発であり,それは選手の習熟度合いによって方 向が示されるのである。単に,われわれの理論的な技術の構築によって決定されていくものではな いのである。逆に言えば,技術の開発やその抽出は,単に目の前にある現象のみで解明されていく ものではなく,このような技の発展性原理からのアプローチが極めて重要だということである。 2.技術的因子と姿勢要因の複合性 練習目標の対象となる運動の乱 あるいは形態が一般に技(Ubung-Kunststiick)と呼ばれ,そ こでは運動課題(Bewegungsaufgabe)が明確にされている。そして,その課題をどのように解決さ せていくのか,といった内容が技術(Ubungstechnik)として位置づけられる。しかし,技術は生々流 転の中にあり,不変のドグマではない21).S.261新しい技術,古い技術といった事態はその変遷を物 語のものである。新しい技術の出現によってそれまでの技術は古いものとして見捨られ,減点の対 象ともなる。つまり,そこでは古い技術は利用価値が失なわれてしまったことを意味するのである。 しかし一方で,以前の技術が新しい技術によって凌駕されたとき,その技術が古いものというレッ テルを貼られる代わりに,その技術が難度が格下げされて技そのものに変貌してしまうこともある。 0 0 0 0 o o o o o o o o o o o o o 言い換えると,技術的因子が姿勢的要因に姿を変えて理解されることがある,ということである。 すなわち,その古い技術は姿勢的意味が強くなるということなのである。より厳密に言えば,技術 に対するわれわれの認識が変わっていったということなのであるが-。このことを具体的な例をも って示そう。 例えば,空中で2回転するという課題をもって生まれた2回宙返りという技に対して,これまで いろいろと技術が開発されてきた。姿勢的簡潔性の観点から見ると,まず始めにかかえ込み姿勢で 形態発生が起きていることはすでに述べたとおりである。しかし, 2回宙返りの発生当初は,とに o o o o o o o o o o o o o o o o o o かく空中において2回転するという課題を満たすことだけが関心事であったし,そのこと自体で ``驚異性は確保された15).S.101"のである。例えば,床での後方かかえ込み2回宙返りの原初発生は, 金子によれば1950年ごろである。しかし,そこでは非常に長い助走をもって行なわれていたとい う20).S.ll また鉄棒の2回宙返りにおいても,その開発当時はただ2回転できるかどうかが問題の 中心であったのである27).S.775-779 っまり,とにかく2回転して着地をすることが努力目標として 掲げられたのである20).S.10。従って,そこでは,最もバイオメカニックス的に効率のよい姿勢であ る,かかえ込み姿勢がまず第一に選ばれたのである。言い換えれば,かかえ込み姿勢で実施するこ とが, 2回宙返りをまず可能としたということであり,かかえ込み姿勢で2回転するというのでは なく, 2回転するには,かかえ込み姿勢になるのが当然のことなのであったのである。それは,餐 勢要因と同時に,空中で回転するための最も効率のよい技術として認識されていたのである6XS.414 例えば,鉄棒における後方伸身2回宙返りがまだ夢物語りであった頃,後方2回宙返りの技術に

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ついては次のように解説されていた10).S.205 ``二回宙返りの場合は第一のアフリは一回宙返りより 強く行なわれるが,第二の肩のアフリはむしろ流し気味に行なわれねばならない。第二のアフリを 一回宙返りのように強く行なうと,いかに体をまるめて回転しようとしても回転不足になる''。ま た,連続写真の解説において``②における十分なるアフリと③∼④にかけての早めの体のかかえこ 1● みに注意しなければならない。重ねて注意したいのは, ④の手のはなれる瞬間の体の状態において, 普通の宙返りのように体がのびていては,どうしても回転不足になって危険な状態に追い込まれる ことである。''っまり,ここでは回転効率という点から体をまるめること,すなわち,かかえ込み 姿勢になることが技術の一側面だったのである。結局,この時点においては, ``かかえ込む''とい う姿勢は,今日のような姿勢的要因の強いものではなく,いわゆる動作としての理解が強く,技術 の一因子という認識にならざるを得なかったのである。 姿勢的簡潔志向の示すものが,単に姿勢上のものではなく,技術因子の開発志向であると考える とき,このかかえ込み2回宙返りは, 2回宙返りの原初形態の発生と捉えることができる。そして 選手の習熟の向上とともにこのかかえ込み宙返りに余裕が生まれてくると,姿勢的簡潔志向から, 屈身姿勢や伸身姿勢での2回宙返り-と開発が進んでいく。この段階では単に2回宙返りをすると いうのではなく,屈身で,あるいは伸身でという姿勢規定が関心事になり,そのような姿勢で回転 できる技術が解明されることになる。ここに至って,かかえ込み,という技術因子は姿勢的要因に 変貌し,かかえ込み姿勢で2回宙返りをする,という課題になるのである。かかえ込み-屈身-伸 身という姿勢の移行は,単なる姿勢簡潔志向というよりも,技術開発上の過程を示すものなのであ る。単なる姿勢上の問題であれば,かかえ込み姿勢が屈身や伸身よりも下にランク付けされる理由 がどこにあるのだろうか。伸身姿勢がかかえ込み姿勢よりも難しい,高度であると言えるのは,こ の姿勢的要因と技術的因子の弁証法的関係から理解されなければならない。 これらのことが意味するのは,技の原初形態の発生時は,それがかかえ込みのような姿勢的要因 で規定されたものであっても,それ自体は技術的側面を持っているということであり,姿勢的要因 の拘束力はそれ以後の発展で強められていく,ということである。 もう一つ例を挙げよう。つり輪のほん転倒立はあふり技術や輪の握り外転の技術等の開発や改良 によって,屈腕から伸腕での実施が可能となったのであるが,この辺の事情について金子は次のよ 0 0 うに述べている16).S.235 ``これまでは支持になるまでに腕が曲がるのが当然であった。しかし,あふ り技術の改革によって,伸腕でさばくのが当然とされ,屈腕は技術的に未熟とされるようになった''。 つまり,屈腕で捌いていた当時は,はじめから屈腕という体勢で行なうのを目標としていたのではな く,ほん転倒立という課題を満足させるために使われたし方であり技術であったのである。そして, 選手の習熟の向上とともに屈腕自体に余裕ができてくると,あふり技術の開発も進み,伸腕での実 施が可能となった,ということなのである。伸腕で実施しようとする段階にあっては,それは姿勢 o o o o 的要因の追求となるのであり,この時点において,屈腕は技術ではなく姿勢的要因という認識の改 0 革に迫られることになるのである。さらに言うならば,技術の視点が腕ではなく,あふりに向けら

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れたことによって,腕の曲がりという要因は姿勢的な意味で理解されるようになったのである。 今まで述べてきたことを総括すると次のようになる。技の原初発生時に現われる姿勢的要因は, 同時に技術的因子の強いものであり,それは技術の原初発生とも言える。そして,段階が進むと, 姿勢面に注意が向けられるようになって,技術的因子と姿勢的要因が分離することになるのである。 o o o o o o o o o このことは,技術というものは最初は漠然とした形で現われ,しだいに明確化される方向-と向か う特性を持っていることを意味するものである。この過程は不可欠であり,かつ不可逆である。す なわも,ほん転倒立や宙返りという課題が示されたとき,いきなり伸腕や伸身姿勢での技の出現は あり得ないということである。何故なら,はじめはその技の課題達成ということだけに注意が向け ■ られ,最も効率のよいし方が求められるからであり,いわば,まず最大公約数的技術の解明が第一 の関心事となるからである。そして,その技術はより明確にされていく路線に乗り,姿勢的要因の o o o o o o o 特性を内包していたものは技術的因子から分離されるのである。このことは,技術認識の変遷と理 解しえよう。つまり,技術とは固定されたものではなく,それぞれの特性や発展状況によって,そ の視点が変わってくるということである。例えば, ``あふり技術''がバイオメカニックスの立場か ら,まずはじめに提示されたとしても,それを要求しない方向で技が発展していくならば,その ``あふり技術''はこの世界では何の意味もないのである。このような知識は極めて重要である。わ れわれが技についてその技術を解明していこうとする場合,この技術の``過程性サ15)S.101-102を認識 しつつ先取りする姿勢が望まれる。このことは,理想像を設定する上でも大いに役立つであろうし, そこにモルフォロギ-的アプローチの意味が生まれてくると考えるものである。 3.中核技術の発見における発展史的視点 これまでに,幾つの技術が開発され明らかにされてきたのだろうか。``あふり技術''や``落とし技 術''といった技術は,現代の体操競技の中にあって最も特徴的な技術として理解できるが,われわれ はさらに多くわ技術を用いて技を実施しているのである。そして,それらは縦関係,横関係の構造 をもち,単に並列して存在しているわけではない.いわゆるメタ-技術(Meta-Technik)サ>.s.i05の性 格を内包していることは周知のことであろう。すなわち, AのためにはBの技術, BのためにはC の技術, CのためにはDの技術といったように-。金子は, ``技はいくつかの技術によってよりよい 実施が可能になっており,この不可欠の実施上の方法は基礎技術''であるとし,この``基礎技術も技 の運動構造に対する参与のし方の差において大別される"と述べている13)S.317 導入技術や中核技術, 移行技術13).S.317はそのようにして大別された捉え方であるが,これも一種のメタ-技術と理解され よう。われわれはこのようなメクー技術に対して,ただ漠然と対応していくことは避けなければな らない。そのためには,メター技術の構造が単にモデルとしてではなく,技術抽出の視点に立って 明確に表わされることが要求されるのである。中核技術は,導入技術や移行技術がかなり幅を持っ た内容であるのに対し,技の成立にかかわる不可欠な中心的内容をもつ。従って,現象として現わ れる技の中にあっても,ある意味で最も機能の集中した形で示され,変容の確率が小さい。導入や

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移行の技術が幅をもっているということは,それだけ現われる場合に変形を伴う可能性が大きいこ とを意味するものである。われわれはこのようなことから,まず技の成否を大きく左右する中核技 術13).S.317の問題に取り組む必要性を認めるものであり,以下このことについて考察を加えていくも のである。 技の技術の解明は,大きく3段階に分けられると考えることができよう。すなわち,技の発生に おける原初形態時の解明,次いでその改良された技術についての解明,そして,現在最も良いとさ れている技術の解明のようにである。もちろん,それぞれの段階に幅があることは言うまでもない。 また,このような段階は,姿勢的簡潔性や極限志向性などの発展特性と軌を一にすると考えてよい o o o o o o o o o であろう。そして,現在明らかになっている技術は,それまでの技術的視点を覆えすものが多い。 また,覆えすことによって,その技の技術の最も本質的側面,すなわち中核技術の本質が明確にな ってきていることが特徴である。もちろん,この背景には時代の潮流や価値観の変遷といった要因 が影響していることは言うまでもない。しかし,これまでの技の発展僚向を見てもわかるように, 現在までの体操競技の技は簡潔志向や極限志向-流れてきた,ということは確かなことである。 例えば,け上がりの発生当初においては,今日の``あふり技術''などというものは考えられなか ったであろう。しかし,スピーディな体操を目指す現代になると,け上がりが科学的研究の的にな り,分析研究がかなり行なわれるようになったのである。そこでは,角速度や角運動量保存の法則, 重心の移動などに関心が向けられ,腰の屈伸動作に注目が集まった。つまり,け上がりの中心的ポ イント(中核技術)は膜の曲げ伸ばし(Beckenarbeit)である,とされるのが一般的になった30XS.59 しかし,現実の技の発展はこの研究結果を覆えす事態を引き起こしたのである。振り上げ型と呼ば れるソ連式け上がりの出現によって,ほとんど腰の操作が関与せずにスムーズに実施できるように なったのである。この時点において,け上がりの中核技術は肩角の急激な減少機能であるとされる ようになり,腰の操作は本質でないという結論に至ったのである30).S.59-61。この肩角の減少技術は, 技の成立を意味する中核技術なのであり,クソツの時代も, 60年代も,現在も不可欠に実施される ものなのである。それを中核と位置づけられたのは,広く技の発展史の中でその技の特性を認識す ることによって,はじめて可能となったのである。 また,マット運動の前転については,これまでボールのように丸くなることがポイント(技術) とされてきた。ころがるということは,ボールのようになることで力学的にもかなったし方だから であった。しかし,前転が伸膝前転やとび込み前転-と発展していく視点を与えることになる体系 論の確立によって,前転の捉え方は変貌するのである。つまり,前転は小さく丸くなるのではなく, 身体をいったん開いて,その後で腹部を緊張させて急激に脚を引き寄せる,いわゆる伝導技術が重 要であるとされるようになったのである。 これらの技術は,いずれもけ上がりや前転にとって不可欠の中核的内容を示す技術なのであり, 技の成否上極めて重要なものである。ただこの場合注意しなければならないのは,技の成否とは, 技の発展上のある一点に限って理解されるものではなく,常に発展の最先端を基準に理解されなけ

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ればならないということである。単に上がればいいとか,回ればいいという認識は,技の発展から すれば,発展途上の認識なのである。け上がりはそのスイングの大きさとの関係で,前転はその発 展性との関係で本質(中核)が明らかにされてきたのである。このように,技の中核技術を明確に o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o していくには,その技の発展可能性という中に立脚していなければならない。このことは,単に, その場の目の前の技だけに囚われていたのでは,技の本質を捉えることはむずかしいということを 示していると言えよう。

Ⅱ.技術抽出に関する運動学的諸問題

1.技術と個人技法

スポーツ運動学(Bewegungslehre des Sports)において技術論の研究が活発化したのほ,前述し たように1950年ごろからである。そこでは,体育やスポーツの世界において技術をどのように位置 づけるべきかが論議の的になり,そこから出される様式(Bewegungsstil)や鋳型化(Stilisierur唱) の問題に関心が向けられていた。また,この時代には多くの運動学研究者が現われて活動し,技術 (Bewegungstechnik-sportliche Technik)をはじめ多くの体育やスポーツの専門用語の概念規定が試 衣られ,またそれらの統一的見解に達しようと努力が重ねられた。マイネル,フェッツ,レーテイ ッヒ,シュナ-ベル,ベルネット,トログシュ等はその代表的研究者であるが,用語問題は1960年 代に入ってさらに活発に取り組まれるようになった17).S.33 1963年にはオーストリーで,その2年 後の1965年には西独のガウティソグで体育専門語国際研究集会が開催されるまでになった。専門用 語統一に関する一連の研究は,多くの著書や論文となって発表された。 ``体育の専門用語(Termi-nologie der Leibeserziehung) " (1962) v ``体育運動学の基本概念(Grundbegriffe der Bewegungslehre der Leibes屯bungen) " (1969)3¥ ``運動学の専門用語(Terminologie der Bewegungslehre) " (1965), "スポ ーツ科学事典(Sportwissenschaftliches Lexikon)" (1972)32)等。しかし, ``これらは用語の概念統一の 確立を希っての活動がやっと開始されたことを意味するものであって,決して国際レベルで共通の 概念が確立されたわけではなく,まだまだ道は遠いといわざるを得ない''という金子の言どうり 17).S.5 今日にあっても足踏み状態であるとこは否めない事実である。技術と個人技法の問題に入 っていくにも,この両者の概念ができうる限り明確に捉えられていなければ,不毛の議論に終わっ てしまうだろう。ここに概念規定の重要さがあるのであるが,ここでは過去行なわれてきた妥当な 概念規定の立場に立って技術抽出の視点から,技術と個人技法の問題に取りかかるものである。 運動技術(Bewegungstechnik)は,現在のスポーツ科学において,運動課題(Bewegungsaufgabe) に対しての客観的,公共的な,そして合理的,経済的な解決方法と理解されている。この理解の妥 当性は過去において次のような概念規定が為されてきたことからも首肯しえよう。 ``スポーツ運動 技術とは現場で発生し,かつ検証されたある一定のスポーツ運動課題の最善の解決法である。この 課題解決の仕方は合理的でなければならず,換言すれば,現行競技規則の範囲内においてより高い

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スポーツ運動の成果を達成するための合目的的なかつ経済的な仕方で行なわれなければならない'' (マイネル1960)26).S.261 ``スポーツ技術という集合概念はスポーツの実践の中で発展させられ,か つ検証された,スポーツ運動の普遍妥当的実施方法の全体を含む。 ・・・認識論的立場から,スポーツ における技術の質的価値の決定的な判断基準は一同時に,そもそもスポーツ技術の概念の定義的規 定の最も重要な構成要素は一技術の合理性(Rationalitat)である''(トログシュ1960)5).S.353 ``設 定課題を解決するために発達した合理的な運動状態'' (スポーツ科学事典 1977)32).S.316 ``スポー ツ技術はあるスポーツ運動(sportliche Ubung)の一般的に有効な,合理的な,競技規則に即応し た,生力学的解決の仕方と解される''(フェッツ 1972)5).S.354 トレーニング学(Trainingslehre) においても, ``スポーツ技術は,スポーツ運動系の領域における運動課題の解決方法である''(レッ ツェルター1984) 23).S.271とか, ``実践の中で検証され,人間の一般的な諸前提に基づいて実現可 能な,スポーツ運動課題の特徴的な解決のし方''といったように,ほぼ同一路線の認識と理解され るが,そこではトレーニングの1つの要因(Faktor)として捉えられている。例えば,マルチンは, ``スポーツ技術はたいていのスポーツ種目でより高いスポーツの達成に到達する上で,重要な達成 決定要因であるサ28).S.121とし,グロッサーも要因として捉え,それは科学的な分析と実践的観察方 法によって客観的に表わされるとしている9XS.9 いずれにしても,課題解決の方法として位置づけ ていることには変わりはない。これは,ベルネットの捉えた``指導内容としての技術"D.S.119であり, いわゆる``Was"情報を意味するものである。 言うまでもなく,スポーツの世界でこの運動技術が注目されたのは,第一回オリンピック・アテ ネ大会であり,これを契機にすぼらしい成果を示した選手の運動経過(Bewegungsablauf)の中から 転移可能な合目的的,経済的な運動解決法を兄い出すことに関心が向けられた14).S.98。こうしたこ とは,単に身体能力(Kondition)だけでなく,合理的なよりよい運動経過が競技力に決定的な力を もっていることに気がつきはじめたことを意味するものであろう。金子は``運動技術論(1968)" o o o o o o o o o o 14).S.100中で,多くの研究者の概念規定を検討して,運動技術は運動経過に関する事柄である必要を 認めている。すなわち,力学的原理や生理学的法則が関心の的なのではなく,身体運動によって可 視的になる身体あるいはその諸部分の変化が中心課題となるのである。マイネルの言う``最善の解 決法''とは,まさにこの地平のことなのである。 一方,ベルネットはこの``Was"情報としての技術に対して,運動習熟(Bewegungsfertigkeit)と しての技術も捉えているD.S.119 すなわち,運動がある修練を重ねてスムーズな完壁な出来栄えと して示される過程を捉えているのであり,それはスキルの概念とほぼ一致する。このような認識 は,東欧圏諸国においてみられるが,運動習熟という内容は体力との関係で見られるのが一般であ る17).S.33 ところで,技術を客観的な解決法と解し,体力や運動習熟から分離させて理解しようとすること 紘,現実の問題に際して,技術情報,すなわち``Was"情報の客観性の問題を避けて通ることはでき なくなる。金子は, ``Prolegomena zur sporttechnischen Neugestaltungガ21).S.102の中において,学習過

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程においては,運動経過に関する客観的な``Was"情報という技術の存在が不可欠であるとし,そ の客観性の問題について次のように述べている。 ``バイオメカニックスの`Was'情報は確かに合理 的,客観的ではあり得るが,しかし,それはこの情報が選手から,つまり技術の習得を目指す主体 から完全に切り離されていて, `運動メロディ'が問題にならない限りだ'',と。つまり,実践場 面において,もっとも重要なこの運動メロディを抜きに考えれば,バイオメカニックスの情報は客 観的で合理的なものとして位置づけられるが,その情報の真価は問われなければならないというこ o o o o o o o o となのである。言い換えれば,技術とはある意味で公共的な感覚情報でなければならない,という ことなのであるが,それでは,われわれはこの``Was"情報,感覚情報を如何にして客観的に把握 しうるのであろうか。言うまでもなく,技術は現場で発生する。このことは,個人の体力や能力, 感覚,習熟といった因子が複雑に絡み合った状態で技術が現われることを意味するものである(個 人技法personliche Technik)c このような複合現象から,如何にして客観的かつ運動メロデーが問 題になる技術を引き出すことができるのであろうか。 技術の温床が個人技法であることはマイネルも認めていることであるが,それは,グロッサーの 言うように,技術の普遍妥当な主要因(die allgemeing山tigen Hauptelemente)が個人技法の中に含ま れているからなのである9).S.10 個人技法を大切にするということは,抽出された技術が結局はま た個人に遼元されなければならないからであり,いくら客観的情報だと言っても,個人に還元され ない情報は技術情報とはならないのである。その意味で,技術を抽出するには,個人の中において o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o その技術がどのような形で習得され定着しているのか,またどのような現象となって現われている 0 0 のか,という習熟や学習問題を抜きにすることはできないと考えるものである。従って,技術の客 観性を主張するあまり,習熟や学習の問題に注意を払わずに,単に運動経過やその場の感じだけを 取り出しても,やはり真の技術情報の獲得とはならないであろう。技ができるということは,当然, その個人にあってはある能力水準に達していたことを意味するものであるから,この能力水準によ o o o o o o o ってもたらされた結果から客観的技術情報を得ようとするならば,われわれはこの能力水準を捨象 しなければならないのである。ミュールフリーデルは,技術の学習について次のように述べている 28).S.124 ``スポーツ技術を習得する場合は,一般にまず学習者のある一定の習熟段階(現在値)か ら出発するのであり,それから理想型としての技術(目標値)に到達しようとするのである''と。 また,マルチソ24).S.183やレッツェルター22).S.214も,運動課題を解決するためには,それ相応の習熟 の水準を必要とするとしている。このことは逆に言えば,結果としてもたらされた達成(Leistung) o o o o o o o o o には,技術因子とともに習熟要因や感覚要因があるレベルにおいて存在していたことを示すもの である。 ``技術は,スポーツ選手の素質や体力的,協調的水準から,そして彼の認知的能力から浮 き彫りになる23).S.275"ということなのである。技術が運動経過に関する事柄だとしても,その抽出 に際しては上述の認識は不可欠なものであり,金子の言う``共通感覚に適合した技術"2D.S.112とは, まさにこの地平の重要性を示唆しているように思われる。

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2.モルフォロギー的技術研究における観察の重要性

マイネルによって導入されたモルフォロギ-的考察法(die morphologische Betrachtungsweise)が, スポーツ科学界に大きな影響を及ぼしたことは周知のことである。しかし,現代のような自然科学 が発達した今日にあって,その手法の素朴さが起因して,パルライヒをして古典的だと言わしめた のには,モルフォロギ-的考察法の素朴さの奥に潜む運動現象の認識の複雑さや困難さに取り組ん だ真意を汲みとることができなかったからであろう。運動に関する知識をより実践的なものにする には,実践場面において何が問題となっているのかを,実践場面との関係を断つことなしに捉えて ゆかなければならないのである。マイネルの運動学は,その意味で,現象学的であり直観的である。 言い換えれば,運動そのものの哲学であると言える。モルフォロギ- (運動形態学)と言っても, 単に外的な形態がすべてであると言っているのではなく,そこには特に知覚や感覚との関係が重視 されているのであり,このことから,運動学は運動そのものの哲学であると同時に,運動そのもの の心理的側面の強い学領域と理解することができよう。マイネル自身も, ``運動モルフォロギ-は 解剖学一生理学的,物理学一力学的な運動の前提や条件のなかからは,さしあたって何ひとつ取り 入れないけれども,心理学的考察法はこのモルフォロギ-的考察法ときわめて密接な結びつきをも っている''と述べている26).S.107 日本の体操研究者達が,このマイネルのモルフォロギ-的考察法を導入したのは29).S.5 技を説 明することを欲したからではなく,技の問題性を捉えようとしたからなのである。つまり, ``その運 動現象がどのような構造をもち,どんな価値系に関連し,その形態発生はどのようになっているか'' 29).S.5ということが無視されては,技の研究は生きてこないことを感じたからなのである。このモル フォロギ-は,その主題に運動質(Bewegungsqualitat)を置き,記述(Beschreibung)で運動の本質的徴 表を捉えることを第一の任務としている。まさに,ここにモルフォロギ-の特徴が存在するわけで あるが,この記述は素朴であっても単純であると考えられてはならない。研究者に要求されるのは o o o o o o o o o o 現象学的態度をもって現象を注意深く観察することである。マイネルも挙げているように, "運動 o o o o

系の経過に関するすぐれた観察能力''や``動動共感(Mitvollziehen der Bewegung)の能力"26). S. 128が運 動を分析していく上で前提となるのである。すなわち,運動や技,ないしは技術を研究していくに は観察によってその現象の中に深く入り込まなければならないということなのである。この観察は c o o o いわゆる,印象分析(Eindrucksanalyse)なのであって,単に見るという行為から区別されければ ならない。つまり, "単に運動それ自体の経過を映し出すことにだけ顕るのではなくて,豊かな運 運経験(Bewegungserfahrungen)や「運動知識」 (Bewegungserkenntnisse)を基にして運動の鋭い洞察 を可能にする。単に,運動の範囲や形態を視覚的に認知することだけに制限されているのではなく て,弾性や流動性,或いは,リズムや--モニーのような運動質(Bewegungsqualitat)を把握"16XS.279 o o o o o o o していくのが観察であり,印象分析なのである。従って,単に運動経過の解説やそこから受ける主 o o o o o 観的な感じに止まるものであるならば,それは動運の本質を見抜いていることにはならないのであ り,印象分析とは呼ばれない。例えば, ``胸をふくんでいる''とか``腰をとっている'',また``少し

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>^サ: 流し気味'', ``けりをはずしている''といった記述は,それらがどのような機能を持ち,何を意味し ているのか,また,運動質との関わりはどうなっているのか,ということが明らかにされない限り, それらは単なる運動経過の主観的な解説の域を出ないのである。ここに,印象分析の難しさがある のであり,逆に,正しく印象分析が行なわれれば,この記述はかなり有効な資料を提供することに なろう。この印象分析は, ``運動観察の習熟性(Ge屯btheit),技の構造上の問題意識,理想像の鮮明 度,運動共感(Mitvollziehen der Bewegung)などを前提としで'16).S.280可能なのであり,誰にでも できるものではない,と金子は強調している。 この印象分析に関して,その信頼性という観点から客観的資料を提示しようとして,フイルム分 o o o o o o o o o 析あるいは映画分析などが行なわれるが,大切なことは,それ以前に正しい厳しい態度で印象分析 を行なっておくことなのである3DS-91。今日の技術研究においては,マイネルや金子の主張するこ の印象分析の重要性が汲み入れられていないように思われる。単なる運動経過の主観的な記述で済 ましてしまっているのである。コンピューターやビデオ等が発達している今日にあって,このよう な素朴な方法にしがみついていると,時代遅れと言われるかも知れないが,今一度,モルフォpギ -の成立事情を再確認すべきではないだろうか。ゲーテの時代も今日の時代もそう大した差はない ように思われる。 <引用・参考文献>

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5. 7ェッツ/金子 訳:体育運動学,不味堂1979 6.本間茂雄:改訂 鉄棒運動,目黒書店1950

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13.金子明友:体操のトレーニング,種目別現代トレーニング法,大修館書店1968 14.金子明友:運動技術論,序説運動学,大修館書店1968 15.金子明友:器械運動における技の体系化の基礎,東京教育大学体育学部紀要 第8巻1969 16.金子明友:体操競技のコーチング,大修館書店1974 17.金子明友:器械運動の技能と技術および技法,新体育, 11月号1975 18.金子明友:運動の科学をめぐる諸問題,体育科教育, 2月号1984 19.金子明友:運動の技術論,女子体育, 2月号1983

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1985

参照

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