知識・技能を実生活の場面に活用して課題の解決を図る方言の学習指導
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(2) 知識・技能を実生活 の場面に活用して課題の解 決を図 る方言 の学習指導. 宮. 内. 征. ]. [. [ ]. 方 言 に つ い て の 指 導法 が わか ら な い 問題の所 在. 人. おいても同 様 である。今 回 の改 訂 により、 「 共 通 語 と方 言 の果 たす 役割 」が中学 一年に変更となったことは小学 校において学んだ方言 の学 習 が中 学 一 年 次 においても引 き続 き履 修 でき、内 容 理 解 の定 着が図られることが期待できる。平成二十九年版中学校学習指導 要 領 解 説 国 語 編 の 第 一 章 総 説 の 2国 語 科 の改 訂 の趣 旨 及 び要 「 国 語 科 の指 導 内 容 は、系 統 的 ・段 階 的 に上 の学 年 につな 点 には、 がっていくとともに、螺 旋 的 ・反 復 的 に繰 り返 しながら学 習 し、資 質 ・能 力 の定 着 を図 ることを基 本 としている。」とある。 「 学 習 の系 統性の重視」である。 しかしながら、平成二十八年十二月に出された中央教育審議会 答 申 において、PISA型「読 解 力 」の育 成 等が国 語 科 の課 題 として 述 べられており、 「 共 通 語 と方 言 」の学 習 は、国 語 科 の課 題 において 等閑視されてきたと思える。そこで、本論においては、方言、共通語 の定 義 を明 確 にした上 で先 行 研 究 から問 題 の所 在 を明 らかにし、 これまでの学習 指導要 領の記 述をもとに方言の指導についての歴史 的経緯を探る。その上で、 「共通語と方言の果たす役割」に関して、 実 践 事 例 をもとに、方 言 に関 す る知 識 ・技 能 を実 生 活 に活 用 す る 学習指導の在り方について検証する。 二. ( 329 ). 「 共通 語 と 方 言の 果 た す役 割 」 の 移 行 措 置に つ いて. 小 学 校 段 階 において共 通 語 と方 言 の違 いを理 解 さ せ、既 習 内 容 を踏まえた上で、中学 校での 「共通語と方言の果たす役割」について 指導す ることとしている。このことは平成二十年版学習指導要領に. (3). −329−. 一. 小学校においては、令和二年四月から平成二十九年告示小学校 学 習 指 導 要 領が全 面 実 施 さ れた。中 学 校 においても、令 和 三 年 度 から全面実施を迎える。学習指導要領の改訂に伴う移行措置とし て、平成二十年版中学校学習指導要領の中学二年の指導事項であ った 「共通語と方言の果たす役割」が、平成二 十九年版学習指導要 領においては中学一年に変更となった。 平成二十九年版中学校学習指導要領解説国語編の 〔知識及び 技 能〕 ウ 「共 通 語 と方 言の果 たす 役割 について理 解す ること。」に は、次のように明記されている。 小学校第五学年及び第六学年の 〔知識及び技能〕の ウの 「共 通 語と方 言 との違いを理 解す ること。」を受けて、共 通 語と方言 のそれぞれが果たす役割について理解することを示している。. (3). (. ).
(3) 方 言 とは何 か。 『広 辞 苑 』によると、 「方 言 」「共 通 語」の定 義 を次 のように記している。 □ 方言 ① 一つの言語において、使用される地域の違いが生み出す音 韻・語彙・文法的な相違。地理的方言。 共通語に対して、ある地方だけで使用される語。俚言。 社会的身分・職業・年齢・性別などの要因が生み出す音韻・ 語彙・文法的な特徴。社会的方言。. 章は、こう締めくくられています。 〈皆さ んは、どのような方言 を知 っていますか。また、日本 各地 でどのような方言が使われているか、いろいろな資料を調べてみま しょう。〉 そのほかの教科書も、だいたいこれと同じような方向で、観点を 決 めて方 言 の一 覧 表 を作 る、共 通 語 と違 う 単 語 や 言 い方 を調 べ る、方言 地 図を見て考える、といったような学 習 方 法 が示 されて います が、指 示 している学 習 方法 の目標 が何であるのかが判 然 と しません。傍線は引用者による。以下同様。 (. ). この相談は国語実践 者には共感されやすいのではないか。相談者 による方 言の学習 指導は 「調べて終わり」とす る授 業であったという。 ある特 定 の方 言 を取 り上 げ、その意 味 を比 較 対 照 さ せる 「方言 一 覧表の作成」や「蝸牛」が日本全国でどのような言い方をするのかを まとめた 「 方 言 地 図 」など、共 通 語 との差 異 性 を明 らかにし、方 言 の独 自 性 、有 意 性 を考 える上 ではそれなりに有 効 な学 習 といえる 注2 。 しかし、これでは学習者の知的好奇心を満たすだけで塚田の指摘 する 「 地 理 的 方 言 」の理 解 に留 まってしまっているといえる。教 科 書 や 指導書に示された方言に関する学習が何をねらっているのか。学 習 者 は提 示 さ れた課 題 をこなす だけで、広 がりや 深 まりのある授 業が望めない。相談者が指摘するように、方言の学習の意義は何か、 学 習 を通 じてどのよう な資 質 や 能 力 が学 習 者 に身 に付 いたのかが 曖 昧である。また、日 本 全 国 の方 言 を知 ることに果たしてどのよう な価 値があるのか、検 証しなければならないだろう。佐藤は質問者 に 「方言を学ぶということは、言葉を知るということよりも、その言 葉と共に生きた心を学 ぶことだと思 います」と答え、さらに続けて 次のように締めくくっている。. ( 330 ). ② ③. □共通語 いくつかの言 語 や 地 理 的方言 をもつ言 語 社会 において、その 全域に渡って通用する言語や方言。. (. 塚 田 泰 彦 は、方 言 には地 域 差 を強 調 す る 「 地 理 的 方 言 」と性 差 や 階層 差、年代 差などの 「社会的方言」とを挙げ、方 言 の指導に当 たっては方言を単なる地理的 差異に限定して取り扱うのではなく、 言語表現の多様性として扱う視点が重要であると述べている。また、 方 言 差 は語 彙 のレベルに限 らず 、アクセントや 文 法 のレベルでも生 じ ているので、高 学 年 でのより広 範 な話 題 での方 言 の学 習 の方 向 性 を 示している。 佐 藤 きむ著『 国 語 教 室 の窓 』の 「方 言 」の項 には、ある教 員 による 悩 みが綴 られる。問 題 の所 在 とも関 係 す るので、以 下 引 用 す る 注 1。 ). (. ). 私 が今 使 っている教 育 出 版 の教 科 書 にも、見 開 き二 ペー ジで 「方言と共通語」という短い説明文が掲載されていますが、その文. −330−.
(4) ともない具 体 的 方 言 例 をもって、方 言 と共 通 語 に関 す る児 童 の理 解 や 認 識 を充 足 さ せよう としている。」は先の相談 とも関連 を持 つ。 「 教 師 の裁 量 、力 量 次 第 」とあるよう に、方 言 に関 す る教 材 研 究 の 質の向上が強く求められる。方言に造詣がなくては、 「うわべだけの 方 言 理 解 」につながりかねない。 「 活 動 あって学 びなし」であってはな らないことを肝に銘じる必要がある。 先の、佐 藤きむの述べた、 「郷土の生活を振 り返りながら」とある ように、方言と実生活は切っても切れない関係にある。とはいえ、国 語実践者の中にも 「方言についての指導法がわからない」とする授業 者、地元の方言に堪能でない授業者、共通語しか話せない授業者な ど様々な立場の実践家が存在し、方言指導の難しさを抱えている。 さ らに、指 導 の難 しさ は授 業 者 側 だけでなく、 「学 習 者 の方 言 に対 する関心の薄さ」や「方言の消滅の危機」も挙げられる。 国 語 科 教 育 における方 言 の指 導 に関 す る先 行 研 究としては、米 田猛・宮崎理恵「中学校国語科における言語単元の開発研究」、山 田敏 弘・野々村琢磨・豊田有美・市橋聖也「附属中学校における方 言 授 業 実 践 報 告 」、佐 藤 髙 司「 言 語 教 育 の基 礎 としての方 言 教 育 」 などがある。 米田・宮崎論文は富山大学附属中学校において、単元「方言と私 たちの生活」を五時間実施し、富山弁について考えたのちに 「方 言 詩 の創 作 と鑑 賞 」を行 っている。本 実 践 は方 言 を教 材 にして詩 の創 作 活動に取 組ませたことに意義がある。山 田論文は岐阜大学附属 中 学校において、二時間計画で岐阜県の方言会話やアクセント・語彙・ 文 法 について考 えさ せている。方 言 を会 話 のみならず 、アクセント・ 語 彙 ・文 法 にまで広 げて取 り扱 ったことに学 習 の意 味 がある。佐 藤 論文は、ゼミ生が山形県長井市の小学校において、 「方言かるた」を 用 いた学 習 指 導 を行 っている。低 学 年 は方 言 かるたを、中 学 年 は低 学 年 のかるたと異 なる地 方 の方 言 かるたを活 用 し、高 学 年 では自. ( 331 ). 本 当 に方言 を愛 して美しい形で遺 していこうとす る態度は、方 言 と共 通語 との比較といったようなマニュアル通りの授 業では育ち ません。方 言 の学 習が、郷土 の生活 を振り返りながらの温かい血 の通 った授 業 の中で発展 し、品 位ある方 言 が後世 に伝 えられてい くことを期待します。. パターン化されたマニュアル通りの授業では児童生徒の記憶に残ら ない。佐 藤 がいう よう に、 「 品 位 ある方 言 」を残 していくためにも方 言 と実 生 活 をつながりを持 たせ、後 世 に残 していくために 「 温 かい 血の通った授業」づくりに努めねばならない。佐藤の主張は方言の学 習 の理 念 として傾 聴 に値 す る。実 践 レベルにおいて授 業 者 個 々 の指 導技術が問われることになろう。 佐 藤 髙 司 は方 言 の学 習 について、警 鐘 を鳴 らしている。先 の内 容 とも関連があるので引用する 注3 。 (. ). 教育現場では文部科学省検定教科書を使用し、全国的かつ一 般 的 な指 導 が、短 時 間 で行われているのが現 状である。児童 の訪 れたこともない地 域 の聞 いたこともない具 体 的 方 言 例 をもって、 方言と共通語に関する児童の理解や認識を充足させようとして いる。検 定教科 書を使 用しつつも地 元 の方言 にまで踏み込むこと は、まさに教 師の裁量 、力量 次 第であり、地 元 方言 に造 詣の深 い 教員でない限り、うわべだけの方言 共通語 理解となっているのが 実状である。 (. ). 偏 った見 方 ともいえないこともないが、学 校 現 場 の苦 悩 を捉えた 鋭 い洞 察 と分析 といえよう。 「全 国的 かつ一般的 な指 導が、短 時 間 で行われているのが現状である。」「訪れたこともない地域の聞いたこ. −331−.
(5) ( 332 ). 単位となつて営まれることになつた。そこで、それを媒介する言語 は、日 本 全 国 に適 用 す るものであることが、必要 条件となり、ま たそのよう な言 語 を確 立 す ることが急 務とさ れた。標 準 語 制 定 の必要であることが叫ばれるやうになつた所以である。. 時 枝は 「明治以後の日本は、封建的政治体制を廃して、強力な統 一 国 家 を建 設 したドイツの中 央 集 権 的 国 家 主 義 の影 響 を受 けて、 すべてに亘つて中央集権的体制を整へることを急いだ。ここに標準語 制定、標準語教育の問題が起こつて来た。」と述べる。明治新政府は 欧米 列強の力をまざ まざと見せつけられ、これに互 角に渡り合って いくにはまず「 藩 」を解 体 し、中 央 集 権 国 家 の確 立 を急 務 とした。 十五代将軍 徳川慶喜には薩摩藩士西郷隆盛の話す言葉 =薩摩訛 りの言 葉 がほとんど理 解 できなかったという 逸 話 も残 っている。明 治初期、日本全国において通用する話し言葉の制定が急務であった。 明治二十三年、岡倉由三郎は最初に 「標準語」という名称を用い た。明治二十八年に上田万年は 「標準 語」が 「現今の東京語」である 「東 京 語」には 「ベランメー 」口調の 「下町 言 葉」と と規 定 した 注 4 。 武 士 階 級 や 知 識 人 階 級 が使 っていた 「 山 の手 言 葉 」とがあり、上 田 が措定しているのは 「山の手言葉」であった。 「東京語」は 「一国の標準 語」となるために 「教育ある東京人の話す言葉」でなければならない という のがその理 由 であった。大 正 二 年 に国 語 調 査 委 員 会 の 『口 語 法』により、 「東京語」が話し言葉の標準と認められた。このことによ って、 「標準 語」以外の方言を認めない排他的な風潮が生まれた。終 戦 後、 「 標 準 語 」と呼 べるよう な理 想 的 な言 語 など存 在 しないこと から「 標 準 語 」の概 念 は消 失 した。方 言 の存 在 を認 め、統 一 的 な国 語教育を行うことから 「共通語」と呼ぶようになった。時枝は、鉄道 「広く一般の乗客を相 でのアナウンスが標準 語 共通 語 であるのは、 手 にす るからである。」と述 べ、 「 方 言 をなくし、標 準 語 に統 一 す べ ). (. 方 言に つ い て の 歴 史 的 意 義. ら方 言 かるたを作 るなど、発 達 段階 に応じた方 言の学 習 指 導 を行 っている。 これらの先行 研究にいえることは、方 言詩の創作や方 言かるたの 作 成 等 、郷 土 愛 を育 み、身 近 な地 域 の方 言 に親 しませるこれらの 取り組みは、時数の制約もあろうが、方言の学習としては短期間で の実践の印象 が否めない。単元を通じて意 図的 ・計画的に方 言の指 導を行 い、知識や技能を実生活の場面において活用できたか、自己 評 価 をさ せ、メタ認 知 にまで引き上 げたいものである。佐 藤 きむの 言う よう に、 「方 言の学習が、郷土 の生 活を振 り返りながらの温か い血 の通 った授 業」を構 想したい。縷々 述べたこれらが論者の問題 の 所在となっている。 そこで、まず 方 言 についての歴 史 的 意 義 、話 し言 葉 の統 一 の経 緯 について触 れ、これまでの学 習 指 導 要 領 における方 言 の取 り扱 いや 方 言 の危 機 について述 べた上 で、平 成 二 十 九 年 版 中 学 校 学 習 指 導 要 領 の求 める 「 共 通 語 と方 言 の果 たす 役 割 」についての教 材 開 発 を どのように行っていけばよいか、検討する。 三. 方 言の歴 史的意義 を捉えるために、江 戸末期 から明 治初期にか けての近代国家の成立と標準語 のちに共通語 の制定、確立に言及 しておく必要があろう。 時 枝誠 記 の 「標準語教育と方言生活」から引用する。 (. ). 封 建 時 代 においては、極 く少 数 の支配 者 、知 識 人を除 いて、大 部分の人の活動範囲は、狭い藩の領地内に限られ、日本が全体と して、一 体 的 な活 動 をす るといふことはなかつた。明 治 以 後 、中 央集権制の政治の下では、政 治経済文化は、すべて日本全体が一. −332− (. ). (. ).
(6) 学 習 指 導 要 領 及 び 指 導 書 解 説 に お け る 方 言 の扱 い. き」と論じてはいない。 「両者相平行」という表現を用いて、生活に奉 仕 す るものであるとす る。時 枝 は、一 方 を除 くことによって他 方 が 成立することを望んでいなかったのである。 四. (. ). ). 4 4 S ・ 3 4 S. 1 H. 小 中. 中. ・方言には方言としての長所もあることを、合 わ せて 指導 す る こと も大 切 と な る 。 ・国語科の教育は、全体として共通語によるの であるが、ここでは方言の矯正を主とするので はない。むしろ、共通語の必要性と同時に、方 言の存在する意味を理解させることがたいせつ で あ ろ う。. ・日 常 の言 語 生 活 では、社 会 的 、公 的 な場 では共 通 語 を使 い、私 的 な親 しい間 柄 では方 言 を使 う 、とい う よう に適 切 に使 い分 け、う るおいのある豊 かな言 語生活が営めるように心掛けさせたいものである。. ※ 昭和二十二年版、昭和二十六年版共に 「試案」である。. ). この表 から学 習 指 導 要 領 は改 訂 の度 に方 言 を尊 重 していること がわかる。以下の三点を指摘することができる。 「標準語」としていたのを、昭和 ①昭和二十二年版 試案 において 二十六年版 試案 においては、 「共通語」に改めている。 ② 昭 和 三 十 三 年 版 においては、 「 共 通 語 」=「 全 国 に通 用 す るこ とば」としている。 ③昭 和四十三 小学 校 年版及び四十四年版 中学校 年版におい て、 「 方 言 にも長 所 がある」と、方 言 の価 値 を評 価 した記 述 が 見られる。 米 田 は昭 和 四 十 三 小 学 校 年 版 及 び四 十 四 中 学 校 年 版 につい て、 「ここに至って、国語教育界で長く続いていた 「共 通 語 標 準 語 獲 得 の教 育 」」「方 言 矯 正 の教 育 」は消 滅 したという ことになる」と述べ (. (). ). ・全国に通用することばで文章を書いたり、ま た 、 話 を し た り す る よ う に 努 め る こと 。 ・話 しことばと書 きこと ば 、共通語と 方言など のそれぞれの違いを考えさせる。. ・方言を使わないで話したり、自分の語法の誤りを認 める。 ・正しい語法に基づいた共通語を話し、俗語や方言は できるだけ避けるようにする。 ・ど んな地 域 の生 徒 たち も 中 学 校 を 卒 業 す るまで に、必 要 に応 じて共 通語 を正しく使 えるようになら なければならない。. ・なるべく、方言やなまり、舌のもつれをなおして、標 準語に近づける。 ・正しい言語感覚をやしない、標準語を身につける。. (. 小 中 小4 小6 中. 小4 中1. ( 333 ). 米 田 猛 はこれまでの学 習 指導 要 領 における方 言の指 導 に関 す る 記 述 の変 遷 を整 理 、分 析 している 注 5 。本 論 においては学 習 指 導 要領及び指導書における方言の取り扱いがどのように移り変わって いったか、米 田 の論 を参 考 に昭 和 二 十 二 年 版 から平 成 元 年 版 まで 時系列の表でまとめた。なお、ここでの傍線は米田によるものである。 2 2 S. 6 2 S ※. 3 3 S. −333− (. ). (. ). (. (. )(. ).
(7) (. ). ている 注6 。 ②アは、鹿児島県甑島の鹿島村 現・薩摩川内市鹿島町 の人口の 推 移 について、グラフをもとに 「 中 学 生 による集 団 就 職 」や「 求 職 の ための家族ぐるみの転出」が過疎化を招き、方言の継承が困難とな ったことを指摘す る。イでは、核家族化 によって、祖父母や曾祖父、 曾 祖 母 から方 言 を耳 にす る機 会 を失 ってしまったとす る。木 部 は、 「結婚形態の変化」も挙げ、 「人の移動により同郷の者同士の結婚が 減少し、家庭で方言が使用されることがきわめて少なくなった」「昭 和 四 十 年 代 以 降 、家 庭 が方 言 使 用 の場 でなくなり、子 どもたちが 家庭で方言を学ぶことが難しい時代となった」という。 ウについては、昭 和 四 十 年 代 の初 めに白 黒 テレビの普 及 率 は百%、 カラー テレビが全国に普及したのが昭和五十年代初めのことである。 木部は 「昭和四十年以降に生まれた人は、生後すぐからテレビを通 じて共 通 語を身近 に接す るという 環 境が生まれた。」「昭 和 四 十 年 以降、家庭はもはや方言学習の場ではなく、共通 語学習の場となっ た」と述 べる。テレビのブラウン管 から共 通 語が日 夜 聞こえてくるこ とによって、方言の衰退、方言の危機につながっていった。 ③については、東日本大震災のように、自然災害による地域コミュ ニティの崩 壊 が地 域 の方 言 の衰 退 の原 因 となることを挙 げ、 「社会 変化による地域コミュニティの崩壊は徐々に進むが、災害によるコミュ ニティの崩壊は急激である。そのため、災害後は急 速にコミュニティが 崩壊 し、対応策がたてられないまま方言が衰えていくという状 況に なる」と分析している。 木 部 は、 「 地 域 コミュニティの再 建 の時 には、方 言 が大 きな力 を発 揮する」こととして、東日本大震災のあと、東北各地において 「紙芝 居 」や「 昔 話 」が方 言 によって語られ、地 域 の人 々 を元 気 づけたこと を挙げている。 論者は 「 昔 話 」が 「 方 言 」と切 っても切 れない点 に着 目 して、 「昔 (. ) ). ( 334 ). ている。また、平 成 元 年 版 については、 「通 信 等 の発 達 による共 通 語 の広がりとは逆に、方 言の衰退が見られることに鑑み、 「方 言 尊 重 」 の時 代 に入 ったことを示 す 記 述である。」と述 べている。以 降 の学 習 指導要領においても方言を尊重するようになっていくのである。 これら のことから 、この百 五 、六 十 年 の 「 標 準 語 」と「 共 通 語 」、 「方言」の関係は次のようにまとめられる。 (. (. (. ■幕藩体制による弊害 藩内での往来=「方言」の存在と役割 ↓ ■幕府崩壊と近代国家の建設 話し言葉と書き言葉の統一 ↓ ■話し言葉の統一と方言の矯正 東京山の手言葉を 「標準語」に ↓ ■排他的な印象の 「標準語」が問題視「標準語」 から 「共通語」へ ↓ ■メディアの発達、浸透による方言の衰退、危機「方言」の尊重 (. ). ) ). (. ). 木部 暢 子は 「言語・方言の危機の要因」に以下を挙げている。 ① 学校教育における方言の扱い ② 社会の変化 ア 若年人口の都市への集中 イ 家族形態の変化 ウ テレビの普及 自然災害による地域コミュニティの崩壊 ③. ① については前 述 のとおりである。木 部 は学 校 現 場 において、方 言 の矯 正 のために子 供 に 「 方 言 札 」を首 にかけさ せたことを指 摘 し. −334−.
(8) (. ). 話 」を教材として活用 し、学習者の生活圏の話し言葉 方言 に書き 改 めさ せた成 果 物 から、学 習 者 が方 言 をどのよう に理 解 し、活 用 したかを検証することとした。 「我 が 国 の言語 文化」 とも 関連 付け た方 言学 習の実 際. 身 近 な 地 域 の 方 言を 使 っ て昔 話 「 桃 太郎 」 を書 く. ). 一 般 的 に兵 庫 県 の方 言 は、但 馬 、淡 路 、神 戸 、播 磨 、丹 波 など、 地 域 によって差 異 がみられる。方 言 区 画 としては、 「 但 馬 方 言 」「淡 路 方 言 」「摂 津 方 言 」「播 磨 方 言 」「 丹 波 方 言 」の五 つに分 けられる。 勤務校は北播磨地方にあり、主に 「播州弁」が話される。 播 州弁 の学 習 後 、方 言 学 習 の言 語 活 動 として、 「むかしむかし あるところにおじいさ んとおばあさ んがありました。おじいさ んは 山 へしばかりに、おばあさ んは川 へせんたくに行 きました。」から始 まる、昔 話 の 「 桃 太 郎 」の冒 頭 文 を、方 言 を含 んだ生 活 語 による話 し言 葉 に直 したらどのよう な文 章 表 現 になるか、書 かせてみた 注 8 。次のように、方言語彙も文 法も異なる冒頭文が完成した。ここ では特 徴 的 な四 名 の学 習 者 の文 章 を取 り上 げ、使 われている方 言 語彙に着目、分析する。. ■ むかしむかしあるところにおじいさ んとおばあさ んがおってん や んかー 。おじいさ んは山にしばかりにいってー おばあさ んは川 へ せんたくに行ってん。おばあさんが洗たくしてたらなー、かわかみ から大きな桃 がどんぶらこどんぶらこと流れてきてん。おばあさ んはなぁ、その桃を拾 って家に帰ってん。おばあさんが桃を切ろう としたら桃 が二 つに割れてなぁ、中から大きな男 の子 が生 まれて ん。M・ N. ( 335 ). (1). (. (. ). ■むかしむかし、あるところにおじいさ んとあばあさんがおった。 おじいさ んは山 へしばかりにおばあさ んは川へせんたくに行きよっ た。おばあさ んが洗 たくをしていると、かみの方 から大 きな桃 が どんぶらこどんぶらこと流 れて来 よった。おばあさ んはその桃 を 拾って家へ帰りはった。おばあさんが桃を切ろうとすると桃が二つ. −335−. 五 光 村 図 書 版 の教 科 書 に 「 方 言 と共 通 語 」がある。ここでの学 習 の ねらいは二 つある。一 つは、方 言 と共 通 語 の使 われ方 の違 いを理 解 す ることである。もう 一 つは、方 言と共通 語 のそれぞれの特 徴 をと らえることである。方 言 と共 通 語 にはどのよう な特 色 があり、どの よう に使 い分 けていいかを考 えさ せることが学 習 のねらいとなる。 平成二十九年版中学校学習指導要領解説 国語編の 〔知識及び 技 能〕 ウ 「 共通 語と方言の果たす 役割について理解すること。」に は、次のように明記されている。再掲する。 小学校第五学年及び第六学 年の 〔知識及び技能〕の ウの 「共 通 語と方 言 との違いを理 解す ること。」を受けて、共 通語と方言 のそれぞれが果たす役割について理解することを示している。. (. 以 前の勤 務 校であった兵庫県の中学 生は関西弁のアクセントで日 常会話を話す。当たり前のようだが、例えば、県都鹿児島市の中学 生 は鹿 児 島 弁 の二 型 アクセントで話 す ことができなくなっている 注 7 。両者を考え合わせると対照的である。関西圏の児童・生徒は年 配 者 が使 う よう な方 言 語 彙 は扱 えないものの、無 意 識 に方 言 で話 す ことができる。まさ に生 活 と言 語 と風 土 が一 体 化 している。そこ で、 「方 言 に関 す る知 識 ・技 能 を実 生 活 に活 用 す る学 習 指 導 」とし て、身近な地域の方言の学習を二学期 十月 に実践した。. (3). (3). ). (. ).
(9) (. ). (. ). ( 336 ). に割れて中から大きな男の子が生まれてきよった。F・ K. 見 ら れるという 。もう 一 つは、読 点 を打 つ場 所 や 文 節 の切 れ目 に 「な あ 」を挟む表現である。M・Nのような書き方は、日常生活の会 話にごく当たり前のように用いられる。 これに対 して、F・Kの表 現 は主 観 的 な表 現 のM・Nに比 べてや や 客 観 的 な印 象 を受 ける。その理 由 として、おそらく 「~ よった」とい う表現が第三者的なニュアンスで用 いられるからであろう。 「よる」に は 「軽卑形」や「継続形」がある。 「はった 」という表現は敬語的な要 素 を含 んでいる。 「はる」は 「尊 敬 形 」で、動 詞 に後 接可 能である。二 年生の中ではこの書き方はF・Kだけであった。 学習 者の住む主な地域 は三 木市 ・加東 市 ・西脇市・小野 市・加 西 市 と、播 磨 地 方 の広 範 囲 に及 ぶ。この他 に三田 市 ・姫路 市 からの通 学 生 も若 干 名 いる。学 習 者 H・Kは明 石 市 から通 学 している。通 学 距離は二年生の中では最も遠い。この表現とM・Nの表現とでは大差 はない。 「~ しとう 」という表現は兵庫県 特 有のものである。大阪 府 では 「持ってる」「知ってる」と言うところを兵庫県では 「持っとう」「知 っとう 」と使 う 。この言 い方 は明 石 市 においても加 東 市 などの北 播 磨 の地 域 においても用 いられる。なお、桃 が流れる様子 を 「ぼっちゃ ぼっちゃ」と表 現 したのは特 徴 的 であり、九 州 地 方 では普 段 使 われ ない表現である。 先の三名と明らかに語彙や文 法が異なるのは学習者I・Kである。 I・Kは長 崎 県 からの転 入 生である。I・Kには方 言 の学 習 の際 に長 崎 弁 について紹 介 してもらった。長 崎 の言 葉 の特 徴 として、 「 ~ は」 「~が」「~ を」の部 分に格助詞「ば」を当て、 「洗 たくば」「桃ば」とな る。また、文 中や文末において終助詞・間投助詞「~さ」がよく使わ れる。さらに、先の三名が 「大きな桃が」「でっかい桃が」と記したのに 対して、形 容詞の終止形・連体形をカ語 尾とする、 「ふとか」と記 し ているのも九州地方の言葉の特色である。 学習 者 たちは、はじめ方言は高齢者 しか使わない言葉だと思って. −336−. ■めっちゃむかしの話 。あるとこにおじいちゃんとおばあちゃんが おってん。おじいちゃんは山へしばかりにいって、おばあちゃんは川へ 洗 いもんしにいった。おばあちゃんが洗 いもんしとう ときに、川か らでっかい桃がぼっちゃぼっちゃ流れてきてん。おばあちゃんはその でっかい桃を拾って家に帰ってんな。そんで、おばあちゃんが桃切ろ うとしとったら桃がぱっくり割れて中からでっかい男の子が生まれ てきてん。H・K ■むかしむかしあるところにおじいさんとおばあさんがおったっさ ー。おじいさんは山へしばかりへ、おばあさんは川にせんたくに行っ たとさ 。おばあさ んが洗 たくばしとったら、かわかみからふとか 桃 がどんぶらこどんぶらこ流 れてきたっさ 。おばあさ んはその桃 ばひろう て家 帰 ったっさ 。おばあさ んが桃 ば切 ろう としたらさ 、 桃は割れてふとか男ん子が生まるうたとさ。I・K (. ). ) (. ) (. 地 域 の 方 言 に 興味 を も ち 、 言語 生 活 を 振り 返 る. 二年生の全体の傾向を分析すると、学習者M・Nのような書き方 が大半を占めていた。この書き方における特徴的な事柄が二点挙げ られる。一 つは、文 末 が 「 ~ てん」となる表 現 であ る。 「 生 まれてん て」「生まれてってん」「生まれてきたんや」「でてってんてー」「でてきた んやって」などがみられた。 「てん」は 「たんや」が母音変化、 「や」の脱 落 という 過 程 を経 てできたという 。 「てん」は 「 のだ形 」である。近 畿 地方においては、 「てん」「ねん」を兵庫県や大阪 府では両方使うが、 奈良県や和歌山県においては 「ねん」は使わず「てん」を使う傾向が. (2).
(10) いが、この独特な言葉をこれからも残してほしいと思う。兵庫県は 播 磨 ・丹 波 などがあるが、その地 域 によって少 しず つ違 っており、 例 えば 「食 べてはった」「食 べてや 」「食べちゃった」などがある。方 言 はその地 方 ・地 域 でしか使 わないので、いろいろな方 言 について伝 え、大切に残していきたいと思う。K・Y. (. ). 方言の果た す役 割につ いて理 解する. いるようであった。簡単な文章を書かせ、書き終えた昔話を学習者 同士で話し合わせることによって、自分自身がさまざまな方言を使 っていることを再確認できた。九州からの転入生がいたことも、播州 弁を話す学習者にとって他地域の方 言の特色を知るきっかけとなっ た。昔話を教材として活用 し、言 語活 動を設定 す ることによって地 域 の方 言 に関 心 をもち、自 らの言 語 生 活 を振 り返 る学 習 となった ということができよう。 七. B播州 弁とは、兵 庫県の南 西で使われている方言です 。語尾 が荒 いため、 「日本で一番押しの強い言葉」といわれています。基本的に 大 阪 弁 と同 じです が、共 通 語 で 「 ~ してる」が、大 阪 弁 では 「~ し よる」になり、播州弁では 「~しとる」になるなど多少の違いはあり ます 。例 えば共 通 語 で 「 何 をしているの」が大 阪 弁 では 「 何 してん の」になり、播州 弁では 「何 しとんの」になります。その他、兵庫県 でしか使わない、 「べっちょないべっちょない」「だぼ」という言葉もあ ります 。しかし、神戸など播州 弁をあまり使わない人たちが移 っ てきた加古川など、あまり聞かれなくなっており、失われつつある 方言です。S・M (. ). C普 段 、僕 たちが使 っている方言 、これが播 州 弁です 。しかし、一 言に 「 播 州 弁 」といっても、地 域によってはアクセントに違 いがあり ます。例えば、加西 ・姫路方面で使われる播州弁と加東、西脇方 面で使われる播州弁です。加西、姫路方面の人が 「虹」と言うと、 加 東 、西 脇 方 面 の人 は時 間 の 「 二 時 」だと聞 き取 ります 。また、 「飴」と 「雨」、 「蜘蛛」と 「雲」の発音など、隣接している市でも大き な違 いがあります 。また、加 西 、姫 路 方 面では語 尾 に 「~ け」をつ けることがあります。これは何かを尋ねるときに使 うもので、 「こ れ、~ け」という 風 に使 います 。このよう な方 言 の違 いには、地 域 の文 化が大 きく関わってくると思います 。加西は姫 路の方言 の影 響 を受け、加 東は西 脇の影響 を受け、自分たちの言 葉にしていき. ( 337 ). 方 言 の学 習 のまとめとして、十 月 下 旬 に実 施 した二 学 期 中 間 考 査 において、方 言 に関す る小論文 を課 した。課題は次の通 りである。 次のA~ Cから一つを選び、播州弁について学習したことを 百五十字以上三百字以内で書きなさい。 A 兵庫県で話される方言の種類 B 播州弁の特徴 C 播州弁の具体的な方言. 学習者は次のように記述している。 A方 言 はもともと昔 、ほかの地 方 との行 き来 ができず 、ほかの地 方の情報が入らなかったので、その地方独特の言い回しができてい った。方 言 はいろいろあるが、私 たちが普 段 使 っているのは播 州 弁 である。播州弁は大阪弁と近い言葉だが、独特な言 葉がある。例 えば、 「べっちょない→大 丈 夫」や「さ んこ→ ちらかっている」などで ある。私 たちはこのよう な言 葉 を、親 しみを込 めて使 う 。よく使 う のは私 たちの祖父 母などが使 い、私たちはあまり使 うことはな. −337−.
(11) ついて理 解 す ること。」の学 習 へとつながっていく。 「方 言 の 果 た す 役 ました。だから、隣接す る市においても、近隣の都市の影響によっ 割 に つ いて 理 解 す る 」 学 習 活 動は 、「 我が 国 の 言 語 文 化 」 を 考 て方 言 の違 いがあるという ことは大 いにありう ることだと考 えま え さ せ る 学 習 活 動 に も な っ て い る ので ある 。「 昔話 を 身 近 な 地 した。Y・T 域で 語ら れる 言葉を 使 って 書く」 活動 及 び 総 括的 評価 小論文 Aにおいて、学 習 者 K・Yは方 言 が生じた理 由 を述 べて、播 州 弁 の に よ っ て 単 元 を通 じて意 図 的 ・計 画 的 に方 言 の指 導 を行 い、知 識 具体的な方言である、 「べっちょない」「さんこ」を挙げている。K・Yは や 技 能 を実 生 活 の場 面 において活 用 さ せ、メタ認 知 にまで引 き上 播 州弁 を 「親 しみを込 めて使 う 」と記 し、 「方 言 はその地 方 ・地 域 で げることができた。 しか使 わないため、いろいろな方 言 について伝 え、大 切 に残 していき たいと思 う 」と結 んでいる。K・Yは方 言 の特 徴 や 必 要 性 を理 解 し、 八 方 言 は 地 域 の 言 語 生 活 を 生 き 生 き と させ る 豊 か な 言葉 方言の果たす役割を理解していることがうかがえる。 ここ まで「 共通語と方言」の知識・技 能を実生 活の場面に Bにおいて、学 習 者 S・Mは、播 州 弁 を 「 語尾が荒いため、 『日本で 活 用 し た 実 践 に つ い て 検 証 し た 。 文 化 庁 ホー ムペー ジの、 「 方 一 番 押 しの強 い言 葉 』」と記 している。 「 ~ してる」を 「 ~ しよる」「 ~ 言 の尊 重 」には、 「方 言 は地 域 の言 語 生 活 を生 き生 きとさ せる豊 か しとる」と比較している点も方言に興味をもっている証左であろう。 な言 葉 」とし、 「方 言 は地 域 の文 化 を伝 え、地 域 の豊 かな人 間 関 係 特 筆 す べき点 は、S・Mが加 古 川 市 の例 を挙 げて播 州 弁 が使 われな を担うものであり、美しく豊かな言葉の一要素として位置付けるこ くなっていることを危惧 していることである。S・Mが関心をもって日 常の自分の言 語生活を振り返 っていることに価値があると思われる。 とができる。」とある。また、方 言 に親 しむための工 夫 の例 として、 「児童生徒が地域に伝わる民話や 芸能、あるいは高齢者とのコミュニ それは、次の学習者Y・Tの記述でも同様である。 ケー ションによって方 言 に触 れること」が有 益 であり、 「言語感覚を Cにおける学 習 者 Y・Tの記 述 は、方 言 学 習 を通 して学 習 者 間 の 養 い、豊かな心 を育てる」ことにつながるとある。例えば、現勤 務 校 話 し合 いの中 から生 じた疑 問 が出 発 点 となっている。一 括 りに播 州 の校区内の小学校において、地元に伝わる民話を脚本化し、舞台で 弁といっても、播州弁が使われる地域は広範囲に及ぶ。隣り合う市 演 じたことが地 元 新 聞 で大 きく報 じられていた。これなどは 「言 語 町 村 ごとに微 妙 にアクセントの差 異 がみられるのは兵 庫 県 に限 った ことではない。Y・Tは、隣り合う市町村ごとに微妙 に差異がみられ、 感覚を養い、豊かな心を育てる」好例であろう。 民 放 テレビにおいて、お国 言 葉 や お国 料 理 を紹 介 す る番 組 があ 互 いに影 響 を与 え合 っていることに注 目 した。S・M同様 、興 味 をも る。お国 言葉 を語 るときの芸 能 人たちの表情 は誇 りに満ちている。 って日常の言語生活を振り返っていることがうかがえる。 「方 言は地域の言 語生活を生き生きとさせる豊かな言葉」であるこ 「方 言 の 果 た す 役 割 に つ いて 理 解 す る 」 学 習 活 動は 、 中学 一 とを忘 れてはなるまい。 「 品 位 ある方 言 」を残 していくために、方 言 年 生 の 〔 知 識 及 び 技 能 〕 「 我 が国 の言 語 文 化 に関 す る事 項 」 「 言 葉 の 由 来 や 変 化 ウ 」 をふまえたものである。方 言 の学 習 は、 を実 生 活 とつながりを持 たせ、 「温 かい血の通 った授 業」づくりに努 三年生の 「時間の経過による言葉の変化や世代による言葉の違いに めねばならない。児 童 生 徒 にとって、教 師 が自 分 たちの話 す 言 葉 と (3). (2). −338−. ( 338 ). (. ). (. ).
(12) 同じアクセントで話すと親近 感を抱くものである。授業者が方 言を 理 解 せず 、その必 要 性 も感 じないという のではその資 質 を疑 う 。夏 目漱石の 「 坊ちゃん」の、主 人 公 である江 戸 っ子 の坊 っちゃんが愛 媛 言 葉「 ぞなもし」を小 馬 鹿 にす る場 面 がある。これでは生 徒 との信 頼 関係 を築くことはできない。教師が自らの生まれ育 った地域の言 葉 に誇 りを持 つのは結構 なことだが、教 師の生まれ育 った地 域が標 準語を話すからといって方言に関心を持たないような国語教師では 余りに寂しい。教員採用試験を受け、国語 教師を志そうとするな らば赴任先の言葉、方言を理解してその地域になじむようでなけれ ばならない、という のが論 者 の主 張 である。無 論 、四 六 時 中 方 言 を 使用 しなければならないということでなく、流麗な響 きの共通 語の 良さもあり、 「両者相平行」が望ましい。とはいえ、共通 語で読む宮 沢賢治の詩「雨ニモ負ケズ」では東北の人たちの粘り強さが表現され ず 、しっくりこない。や はり岩 手 の東 北 アクセントだからこそ、賢 治 の謙 虚 で誠 実 な人 となりが伝 わってくる。TPО に応 じて 「方 言 」と 「共通語」を使い分けることができればよいのである。今や「風土」と 「 言 葉 」とが切 り離 さ れた危 機 的 状 況 にある。生 まれ育 った土 地 の 方 言 言 葉 す ら話 せなくなっている中 学 生が増 加 していることを私 たちは大きな危機感を持って受け止めるべきではないだろうか。 文 化 庁 によると、二 〇 〇 九 年 二 月 時 点 で 「 消 滅 の危 機 にある言 語 ・方 言 」として、、 「 アイヌ語 」極 めて深 刻 、 「 八 重 山 語 ・与 那 国 語 」重 大 な危 機 、 「 八 丈 語 ・奄 美 語 ・国 頭 語 ・沖 縄 語 ・宮 古 語 」危 「 言 語 ・方 言 の危 機 の要 険 の八 言 語 ・方 言 を挙 げている。先 述 の、 因 」を踏 まえ、北 海 道 、沖 縄 県 、東 京 都 、鹿 児 島 県 のこれらの言 語 に高い関心 を持ち、保 存や 継 承のために私 たちに何ができるか、他 人事ではなく、その覚悟が求められている。. −339−. ( 339 ). 〈 注〉. 1 『 国 語 教 室 の 窓 』 は 「 国 語 教 室 の 窓 」「 教室 の い い 話」 「 い ま さ ら 聞 け な い 国 語 の 豆 知 識 」 の 三 部 構 成 と な って お り 、 前二 部は随 想集、第三部は国語実践者の相談に佐藤が応えるQ &A方式となっている。 2 【 資 料 1】【 資 料 2】は中 学 校 の方 言 の学 習 の際 に用 いられる一 般的なワークシートである。 3 佐 藤 髙 司 「 各 都 道 府 県 版「 方 言と 共 通 語 」 教 材 開 発 ・ 作 成 のすすめ―方言研究の国語教育への貢献として―」、「共愛学 園前橋国際大学論集」№ 、二〇一〇年 4 浅 川 哲 也 は、 「 東 京 語 」は薩 長 等 西 国 雄 藩 出 身 者 の方 言 の影 響を少なからず受けているという。また、 「共通語」は室町時代の 抄物以来の教養人による講義調の文体も影響を与えているという。 5 米 田猛「戦 後中学 校国語科 教科書に おけ る「日 本語の 特 質」 に 関す る 教 材 の 史 的 展開 ― 「 方 言 と 共 通 語 」 に 関 す る 教 材の場合―」、「人間発達科学部紀要」第十一巻第一号、二〇 一六 年 6 方 言札、方言矯 正につ いて は 、前田達朗「鹿児島県の国 語 教 育 に お け る 標 準 語 / 方 言 イ デ オ ロ ギ ー ―戦 中 の 「 指 導 書 」と 戦 後の 教 育 雑 誌を て がか り と して ― 」 に も 記 述が あ る 。 7 「国語を語る会」二〇一八 第八十七回特別例会において報告 を行 った。県 都 鹿 児 島 市 内 の中 学 生 は鹿 児 島 弁 が理 解 できず、 共通語を話す中学生が二十年前と比較しても増えている。 兵庫教育大学 附属中学校二年生一組・二組・三組を対象 に し た実践 二 〇 〇 八 で ある 。 8. 10. (. ). (. ). ). ). ). (. (. ). (. (. (. ).
(13) (. ). p j . o g . a k n u b . w w w / / : s p t t h. ( 340 ). ・ 冨 山 哲 也 『 新 学 習 指 導 要 領 の 展 開 』、 明 治 図 書 、 二 〇 一 七 年 ・ 文 化 庁 ホ ー ム ペ ー ジ 、「 新し い 時 代 に 応 じ た 国 語 施 策 に つ い て」 ・ 前 田 達 朗 「 鹿 児 島 県 の 国 語教 育 に おけ る 標準 語 / 方 言 イ デ オ ロ ギ ー ― 戦 中 の 「 指 導 書」 と 戦 後の 教 育 雑 誌 を て がか り と して―」、「日本語・日本学研究第三号」、二〇一三年 ・山口仲美『日本語の歴史』、岩波書店、二〇〇六年. (みやうち ゆきと/長島町立平尾中学校). −340−. 参 考文 献. 15. 10. 26. ・ 浅 川 哲 也 『 知 ら な か っ た ! 日 本 語 の 歴 史 』、 東 京 書 籍 、 二 〇 一一 年 ・小川和佑『東京学』、経営書院、一九九六年 ・ 木 部 暢 子 「 言 語 ・ 方 言 の 危 機 の 背 景 」、 国 立 国 語 研 究 所 、 二 〇一六年 ・米 田 猛 、 宮 崎 理 恵 「 中 学 校国 語 科に おけ る 言 語 単 元の 開 発 研 究―「方言」を扱う単元の場合―」、「富山大学人間発達科 学 研 究 実践 総 合 セ ンタ ー 紀 要 教 育 実 践 研 究 」 第 八 号 、 二 〇一四年 ・ 米 田 猛「 戦 後 中学 校 国 語科 教 科 書に お け る 「 日 本 語の 特 質」 に 関 する 教 材の 史 的 展 開 ― 「 方 言 と 共 通 語」 に 関す る 教 材 の場合―」、「人間発達科学部紀要」第十一巻第一号、 二 〇一六 年 ・酒井雅史「兵庫県神戸市方言」、「全国方言文法辞典資料集 活用体系 」、方言文法研究会編、二〇一七年 ・佐藤きむ『国語教室の窓』、津軽書房、二〇一〇年 ・ 佐藤 髙 司「 各 都 道府 県 版 「方 言 と 共通 語 」 教材 開 発 ・ 作 成 の すすめ―方言研究の国語教育への貢献として―」、 「共愛 学 園前橋国際大学論集」№ 、二〇一〇年 ・佐藤髙司「言語教育の基礎としての方言教育」、「共愛学園前 橋国際大学論集」№ 、二〇一五年 ・ 田 近 洵 一 、 大 熊 徹 、 塚 田 泰 彦 編 『 小 学 校 国 語 科 授 業 研 究 』、 教 育出 版 、二 〇 〇 九 年 ・時枝誠記『改稿国語教育の方法』、有精堂、一九六三年 ・ 野 間 純 平 「 近 畿方 言 に おけ る ネ ン・ テ ン の 成 立 ― 昔話 資 料 を手がかりに―」、「阪大日本語研究」 、二〇一四年 (2). (3).
(14) 2. −341− ( 341 ). 【資料2】. 「いる」の方言分布について気がついた ことをまとめ,グループで話し合ってみよう。. 【 資料 1 】. 2 ほかの地方の方言で知っている言葉に ついて、1と同じようにまとめてみよう。.
(15)
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