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中国の「へき地教育」的な教育用語に関する一考察 : 中国の農村・へき地における教育(その1)

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(1)Title. 中国の「へき地教育」的な教育用語に関する一考察 : 中国の農村・へき 地における教育(その1). Author(s). 柯, 勁松; 門脇, 正俊. Citation. 僻地教育研究, 54: 51-57. Issue Date. 1999-12. URL. http://s-ir.sap.hokkyodai.ac.jp/dspace/handle/123456789/1673. Rights. 本文ファイルはNIIから提供されたものである. Hokkaido University of Education.

(2) Nn54. 「へき地教育」的な教育用語に関する一考察 一中国の農村・へき地における教育(その1)−. 1999.12. 中国の「へき地教育」的な教育用語に関する一考察 一中国の農村・へき地における教育(その1)− 勃 松. 村. 門 脇 正 俊. (北海道教育大学大学院教育学研究科修士課程). (北海道教育大学岩見沢校). A Study on the Terminologyof RuralEducation. RuralEducationin China(I). Jingsong KE and MasatoshiKADOWAKI はじめに. 地の教育環境がまだ改善されていない中国のような開発. 45年前の1954年に、日本の「へき地教育振興法」が制. 途上国において、その僻地における教育問題が深刻であ. 定され、へき地における教育を振興するために、様々な 特別措置が実施されてきた。日本の教育界では「へき地. り、僻地教育研究の必要性と重要性をますます感じてい る。その意味で、これまで十分研究されていない中国の. 教育」、「小規模校教育」、「複式教育」などをテーマにし. へき地における教育についての考察は、比較教育研究及. た実践研究も活発に取り組まれている。. び僻地教育研究にとって一定の意義があると考えている。. その隣国の中国では、社会、政治、文化、経済などの 状況が日本と極めて異なるが、しかし今日の教育はグ. 本稿では、その用語の比較、へき地教育の実態を検討し、 へき地その性質を考えてみたい。. ローバルな性格を有し、世界的な観点からすれば、へき 地・小規模校問題も中国教育界の一つの課題である。. 1.用語の定義から考える. 法律レベルでは、日本で上述のような成果を挙げてき. ① 「へき地」と「へき地手当」. 中日両国の言葉の中に、同じ漢字を使う語彙がたくさ. たきっかけといえる「へき地教育振興法」のような中国. 法令がまだ制定されていないが、農村、特に交通不便な、. んあるが、残念ながら、僻(へき)地という単語は日本. へんぴな、貧しいところに住む人たちの教育水準を向上. 語にしか見られない。「へき地」とは、「広辞苑」で、「①. させるための動きが長年にわたって存在している。いわ. 都に遠い、へんぴな土地。片いなか。②自分の住む土地. ゆる「へき地」での教育上の問題は深刻であり、世界一. の謙譲語。」と説明され、「へき地教育振興法」によれば、. の人口(約12億5千万人)を持つ中国はその7割強を占. 「交通条件及び自然的、経済的、文化的諸条件に恵まれ. める農村人口(は1)の教育を視野に入れる際に、農村教育 の中でも、特に恵まれない「へき地教育」的な教育を考. ない山間地、離島その他の地域」(第二条)とされる。. えなければならない状態になっている。. 遠地区、辺遠農村、偏僻地区、老少辺窮地区、貧困辺遠. 中国語には、類似の単語はいくつかがあり、例えば辺. しかし、広大な国土と複雑な歴史過程に規制される中. 山区などがよく使われている。「辺遠地区」は日本語の. 「辺地」に当たると思われる。「偏僻」は日本語の「へ. 国の教育の実情を正確にとらえることはとても困難であ. る。特に中国の教育分野における客観的なデータの公開. んぴ」と同様の意味であり、「偏僻地区」は「僻地」の. ・整備が遅れているので、細かい資料まで十分備える日. 「へんぴな土地」という意味に相当する。「老・少・辺. ・窮」とは、老区(古くから中国共産党に解放された地. 本の教育と比較することの難しさを認識しなければなら. ない。今まで、中国農村教育の現状及びその背景に関す. 区)、少数民族地区、辺遠地区、貧困地区であり、ほと. る報告は多いが、いわゆる僻地教育における中国教育用 語についての考察は日本でほとんどされていない。僻地. んどが「へき地」の定義に当てはまる。「山区」とは山. 小規模校教育の視点から中国農村教育を研究することも. 地域環境によって恵まれないところである。. 間地で、「牧区」(牧畜地域)や「梅島」(離島)と共に、. まだ未開発の状態であると思われる。. 特に「辺遠地区」について、1983年5月13日に国務院. ところが、僻地の交通条件及び自然的、経済的、文化. 労働人事部(ほ2)により公布された「辺遠地区の範囲に関. 的諸条件がかなり改善されてきた日本の教育界では、僻. する通知」に定義がある。辺遠地区は地域的意味(例え. 地の存在についての疑問及びその定義の改正の必要性等. ば辺境)、自然地理的意味(例えば緯度の高い寒冷地)、. の問題が生じ、新たな展開が要請されている。一方、僻. 政治的意味(例えば少数民族自治)、経済的意味(例え 岬51−.

(3) 何 勤松・門脇 正俊. ・チベット、青海高原地区に行く新卒者には、さらに. ば貧困)などを含み、三種類に区分されている。. 賃金を上のクラスに臨時昇給し、連続8年間管内に. 一類は省の境界にある遠くへんぴな県(往3)と貧困山間. 勤務すれば、この臨時昇給分を正式賃金に変え、他. 地にある県。. 地域に転勤する場合にも取り消さない。引き続き異 動しない者には、さらに昇給してもよい。. 二類は辺境にある国境線を持つ県と、辺境県(辺境政 策を実施する県)、少数民族自治県及び標高2000メート ル以上の緯度が高い寒冷地にある山間県。. ・国は毎年一定の数を定め、師範、衛生及び切実に必 要な専攻の卒業生を辺遠地区に派遣する。沿海地域. 三類は標高3000メートル以上の高冷県。 とされている。チベット全域(三類)と、雲南、内モン ゴル等11の省・自治区の一部、合計681の県・市が指定. てきた卒業生の中から引き抜いて辺遠地区を支援す. された(融,。さらに、1993年12月に国務院弁公庁(内閣. る。派遣される者は短期間(3年∼5年)勤務して、. 官房にあたる)により発布され、同10月1日から実施さ れた「辺遠地区手当の実施方法」において、上述の三種. また最初の配分された勤務先に戻り、辺遠地区に行. 類の上に標高4000メートル以上の地域が四類に規定され. 福利待遇を享受する(注8)。. と内陸の地方政府は中央政府の計画に従い、配分し. く間に戸籍がそのまま保持され、辺遠地区の賃金と. た。辺遠地区に所在する国家機構、事業部門(注5)の正規. その辺遠地区手当・特別賃金は日本の「へき地手当」. 勤務者は一∼四類に対応して一人あたり毎月それぞれ14. (教員が対象)や「特地勤務手当」(教員以外の公務員. 元、24元、45元と85元の手当が与えられる(闇)。今後賃 金基準が変わる場合にも、今の手当の標準賃金に占める. が対象)と似ているが、その相違も明らかである。日本 の場合「へき地に所在する公立の小学校や中学校、また. 割合に従ってその手当を支給すると説明されている。. これに準ずる学校」を「へき地学校」(へき地教育振興. 法第二条)と定義し、このへき地学校及び準へき地学校. 「辺遠地区の範囲に関する通知」とほぼ同時に公布さ. れた「労働人事部、国家民族事務委員会からの辺遠地区. に勤務する教員及び職員に対して「へき地手当」を支給. 科学技術建設を強化する若干の政策問題に関する報告」. しなければならない(同第五条の二、1)。すなわち、. に、辺遠地区の経済・文化発展を図り、地元知識層の待. 日本はへき地学校の指定、学校の教職員を特定したへき. 遇を改善するために、国務院を代表して上述の両部門は. 地手当の支給などを基盤としてへき地教育条件の整備、. いくつかの意見を出した。教育関係者を含んだのは次の. さらにへき地教育研究の系統化が進んできた。これに対 して、中国は教師のための特別な措置が講じられておら. 三点である。. ず、辺遠地区に勤務する国家機構、事業部門の職員(教. ・大学と中等専門学校の卒業生に辺遠地区での就職を. 励ます(γ主7)。そこで就職した者は1年間の見習いが. 職員を含む)を手当支給対象にし、とりわけへき地にお. 免除され、即時に正式賃金の取り扱いを受ける。. ける教育の振興策がまだ位置づけられていない。. 表1 省別の辺遠地区に指定された県・市の数(1983年) 類. 類. チベット自治区 新彊ウイグル族自治区 青. 類. 72. 10 29. 海. 内モンゴル自治区 寧夏回族自治区. 6. 51. 甘. 粛. 雲. 南. 50. 49. 貴. 州. 40. 25. 34. 14. 広西チワン族白子台区 四. 30. 川. 黒 竜 江 吉. 2. 31. 林. 出所:「人事工作文件選編(Ⅵ)」(1986年)のデータより作成. −52鵬.

(4) No.54. 1999.12. 「へき地教育」的な教育用語に関する一考察 一中国の農村・へき地における教育(その1)−. なお、「へき地」にあたる言葉があるが、「へき地」と. 及ぶ児童生徒を一学級に編制する場合をいう」、とされ. いう地域社会に存在する教育をテーマにした理論的な研. る。上の定義をおおざっぱに見ると、ほぼ同じ内容と思. 究ははとんどされておらず、教育界には一つの分野とし. われるが、中国の場合は「異教材を使い」と規定するこ. て「へき地教育」のような用語も見あたらない。「農村. とに注目したい。. 教育」という分野があるが、それは県及び県以下の地域. 日本の複式学級における指導方式は通常次の構成であ. の教育を指し、範囲が広く、その全体は経済問題にしば. る:異教科の組み合わせ、同教科異単元の組み合わせと. られ、へき地における教育を取り出して系統的に研究す. 同単元指導。同単元指導のうち、同単元指導一本案と同. る余裕がないと見られる。. 単元指導二本案(同内容指導二本案と同単元指導完全一. 本案の二通り)がある。表にまとめると、次のようにな ② 「複式編制」と「複式学級」. る。. 複式授業はドイツに生まれ、最初の定義は、一人の教 員が同一時間同場所で一群れの学齢児童に教える編制方. 法である、とされた(注9)。中国の複式授業は清朝の末期 に日本から導入され、1903年に複式授業を行う最初の単 級小学校が無錫で創立された。日本の「近代学校の成立 過程では、1学年1教師の編制という単級編制が見られ たが、義務教育制度の整備に伴い就学児童数が増加する につれて、同学年の児童を複数の学級に編制することが 標準とされるようになった」(注1。)。しかし、中国の場合. 部分は中国の場合には見られな. 「単級小学校」(現在「単班小学校」と改称され、「班」. い。其の原因の一つと考えられるのは、中国の山村小学. は学級、クラスという意味である。)までがあり、「教育. 校では重複式学級(二個学年以上)が多く存在し、日本. 辞典」(献)によれば、全校に一学級しかない学校で、一. の二本案、完全一本案、折衷案のように二年間を単位に. 般に教師が一人、教室が一つ、全部の生徒(たいてい小. して指導計画を立てることば非常に難しいからである。. 学校1年∼4年の学生を含む(rE12))を一学級に編制し、. 従来2個学年複式、3個学年複式等が行われ、その後改. 複式授業を行う。住民が散居し、人口が少なく、教員が. 善されて重複式学級は解消されている日本には、隣接す. 不足し、通学不便な農村、海鳥(離島)、山区(山間地) に設置されることが多い、とされる。この単級(班)小. る2個学年の生徒で学級編制することはほとんどである. が、これと異なって、中国教育界には、隣接しない複数. 学校の存在は未だに認められているが、やむを得ない場. の学年の生徒に指導する場合に学年差・程度差が大きい. 合がはとんどであり、かつての日本の僻地より条件がな. から、互いの妨害をある程度避けることばできると考え. おさら厳しいことば反映されている。. られている。従って、中国のへき地にある小学校には1. ・4学年、2・5学年、3・6学年(6年制小学校)ま. 同「教育辞典」によると、1906年に留学生三人(愈子 夷、楊保恒、周維城)が来日し、単級教授法を研究する ため宏文(?原文のまま)師範学校に入った。帰国後、. たは1・3・5学年、2・4学年(5年制小学校)のよ. 三人は複式・単級教授法を宣伝指導し、1907年に上海で. れていない。. うな複式編成がよく見られ、同内容指導がほとんど行わ. 単級教授講習所を設立した。その後まもなく、複式授業 は全国に普及され、主な小学校教授法の一つになった。. 学級の全員が一緒に学習を展開し、学級の雰囲気が統一. 中国の複式授業は日本から導入されたから、「 ̄複式」 という単語がそのまま使われ、それは長い歴史を持つ両. 式指導の単式化」を目指した同教材指導がかなり実践さ. しかし、実施可能な教科では、同一時間に同一教材を され、落ち着いた学習ができる利点もある。日本では「複 れているので、これから両国間の交流を一層強めること. 国間の教育・文化交流の一つの現れでもある。同「教育 辞典」に、複式教授とは、二つないし二つ以上の学年の. ば有意義なことと考える。. 生徒を一学級に編制し、一名の教師が同場所同一時間で、 異教材を使い、交互に違う学年の学生に教える学級編制. 2.農村・へき地における教育. である、と定義されている。一方、日本の「現代学校教. ① 小規模校の現状. 育大事典【」(注13)に、複式学級の概念について、「小・中学 校において一学級を、複数学年によって編制している学. 学校規模について、1984年12月27日に中国教育部(文 部省にあたる)は「 ̄中等師範学校と全日制小中高校の教. 級」と説明され、「新教育学大事典」(注‖)に、複式編制と は、「 ̄学校の児童生徒数が極小規模の場合、数個学年に. 職員定員標準に関する意見」を出し、学校数が多く地域 間の格差が大きいため、各省・自治区・直轄市の教育部. ー53−−.

(5) 何 勤松・門脇 正俊. 門がその標準を設定し教育部に報告することを可能にし、 同時に定員標準参考表を添付した。ここでは都市・農村. 行規則」第17条が12−18学級を標準規模とし、教育デー. 別の小中学校の定員標準を紹介したい。(表2を参照). 日本の小規模校は学級数に対して認識されていることば. タとして学級規模別の学校数も統計されていることから、. しいから、原則的に上の表を参考にされるが、山間地、. わかる。中国の場合、表2の農村小学校の定員を見ると、 30−35人を標準規模としているので、30人以下の学級が. 牧畜地域及び離島など人口が少ない地域の学校は適当に. 小規模と思われる。なお、教学点は. 定員を減らしまたは複式学級を設置する、と説明されて. 30人以下の複式学級または単式学級である、という定義. いる。都市、農村の定員標準が違うことから、農村学校. から、及び学級規模別の学校数のような統計資料も見あ. の少人数、小規模が考慮されていると言えよう。. たらないことから見ると、以上のように、中国の小規模. この参考表に、学級生徒数を統一することは極めて難. 校は学級の生徒数に対して認識されていると言えよう。. 農村では普通小学校として5年制と6年制が併存して. いるはか、低学年と高学年を区分する二段制、つまり初. しかし、学級数であろうと、学級生徒数であろうと、小. 級小学(1【4学年)と高級小学(5”Ⅳ6学年)があり、. 規模化それ自体は生徒数の減少に伴う学級数や学級定員. 国語、算数授業だけを行う簡易小学校(4年か5年)、. 数の減少であるので、小規模性とへき地性は両国共通な. 少人数で正規学校の枠に入っていない教学点等も認めら. れている(教学点は30人以下の複式学級または単式学級. ものと考えられる。 中国1997年の学校調査では、全国の小学校62.9万校の. である、とされている)。半日制、隔日制、巡回教授制. うち農村小学校は51.3万校(82%)があり、その学級数. 等多様な形態がとられている。人口が少なく、散居する. が305.6万、人数が9560.4万人で、平均すると1学校に. 少数民族地区、辺遠山間地、森林地帯、牧畜地域には、. 6学級、186人に過ぎない(津15)。これは日本の標準規模 を考える場合にも小規模校であることに違いない。平均. 教学点が多く、寄宿制学校の設置が勧められている。こ のような現状を背景に、中国農村小学校の小規模性につ. の数値であるが、中国農村小学校の大部分は小規模であ. いて考えよう。. ることば言える。. 学校の小規模化といっても、中国と日本の教育界は共 にその基準が確立されていない。日本の「学校教育法施. 12人、13−20人、21−25人、26−30人、31−35人、36−. 日本の「学校基本調査報告書」には、7人以下、8【. 表2 定員標準参考表(1g84) 都. 市. 農. 1学級平均教職員数. 1学級. 1学級. 平均 生徒数. 村. 1学級平均教職員数. 平均 計. 教員. 生徒数. 職員. 中学校 45−50 3.7. 2.5. 1.2. 小学校 40一冊45 2.2. 1.7. 0.5 30〟¶35. 4045. 教員. 計. 3.5. 1.4. 2.5. 1.0. 1.3. 0.1. 出所:「中等師範学校和全日制中小学校教職工編制標準参考表」教育部、1984年. 表3 農村小学校規模別学級数及び割合 学 級 数. 割. 合(%). 10人以下. 148167. 4.8. 11−20人. 532633. 17.3. 21冊30人. 819057. 26.5. 31−−40人. 819576. 26.5. 41劇49人. 498826. 16.2. 50人以上. 269222. 8.7. 計. 3087481. 100. 出所:「中国教育事業総計年鑑1996」人民出版社のデータより作成. Ⅷ54一. 職員.

(6) No.54. 「へき地教育」的な教育用語に関する一考察 w中国の農村・へき地における教育(その1)≠. 1999.12. 40人、41−45人、46人、47人、48人、49人、50人以上、. 地区を作り上げ、ここを拠点として全国の農村に義務教. のように統計されている(注16)。その項目を表3の項目と. 育の普及と学校教育構造の改革を拡大していくプランで. 比べると、異なるところがあるが、その数字を全体的に. ある。1989年5月に116の県が「農村教育総合改革実験. 把握することばできる。. 区」に指定され、僚原計画実施の模範地区とされた。. 表3を見ると、30人以下の学級が5割近くを占めるこ. 1990年7月にこの農村教育総合改革の方針と任務をまと. とは分かり、複式学級と単級学校が多く存在することを 考えたら、農村では小規模の小学校が圧倒的に多いこと は判明できる。さらに、人口が少ないへき地に所在する. 表された。これは1990年−2000年までの十年計画である. 小学校の深刻な小規模化の様相も推定できる。. たとはいえ、これからの道は長い(98年末の時点では、. めた「全国農村教育総合改革実験区工作指導要綱」が発. が、へき地を含む広大な農村では大きな変化をもたらし 総人口の73%を占める地域で九年義務教育が普及された. が、危険校舎がまだ1000万ポ残っている、という)。し. ② 社会的・文化的背景. 建国当時、中国の非識字者が4億3200万人で総人口の 80%以上を占めていた。農村では、経済と教育は共に低. かも、へんぴな土地はど教育上の問題が深刻であり、行 財政的振興策のみでは解決できない。学習指導の複雑さ、. いレベルで、末端組織の幹部ははとんどが文盲・半文盲、. 外との文化的交流、へき地自然の学習上の大切さなどへ. せいぜい小学校卒程度であった。この事情によって、農. き地であれば共通することについての研究は、中日両国. 村教育を基本的に国が一手に引き受けて、県教育局が運. のへき地教育の重要な課題である。. 営・管理する体制は維持されてきた。しかし、膨大な人 口を持ち、教育経費に悩む中央政府は経費全部を負担す. おわりに. 戟後、日本の義務教育は小学校から中学校まで伸ばさ. ることばだんだんできなくなり、農村学校の条件が悪く、. 危険校舎が年々増加しつつある状態に陥った。80年代か. れ、その普及が速かったことば識字率の上昇等により労. ら、多様なルートで教育経費を調達するという政策が打. 働者の質を向上させ、知識の普及と共に社会全体が進歩 してゆくことに大きな役割を果たした。但し、特に初等. ち出され、郷・鏡政府及び村も学校運営に関する権限が ある程度与えられた。さらに、団体・企業・個人による. 中等教育に関しては、政府の政策だけでなく国民の就学. 学校経営が勧められてきた。. 意欲が強かったことが寄与した。さらに明治時代に潮る. だが、中国農村の経済発展が遅れ、都市との格差が激. と、明治23年に開催された全国初めての「全国教育者大. しい。日本では、へき地は「恵まれない」地域である、. 集会」に、就学率を高めるために、督励・強制が効果を. とされているが、中国の場合、農村の大部分は恵まれな. 示すものではなく、住民に実業教育を行ってその生産性. い地域であるといってよい。そこで、教育の機会均等は. を高めて富ませたり、知識を普及するのが一番だ、とい. 言うまでもなく、衣食問題さえ解決されていないところ. う主張が重視され…18)、その後の学校教育の整備・普及. は少なくない。1986年に「義務教育法」が制定され、. 及び学校・地域の連携につながってきた。この主張が現. 2000年までに基本的に9年制義務教育を普及し、基本的. 在中国の農村教育総合改革の主な方針の一つと一致する. に青年・壮年層の文盲をなくすという目標も「中国教育. ことは非常に興味深い。. 改革・発展要綱」(1993年)で出されたが、達成できる. 中国農村地域社会では、80年代後半から顕在化した大 きな問題は農民の知識・技術水準が低く、また科学技術. かその鍵になる問題はやはり農村教育である。 農村教育には二つの悪循環があり、一つは経済の立ち. を吸収・運用する能力や経営・管理水準が低いことであ. 遅れ → 教育改善資金の不足 → 教育の質の低下. る。一方、農村学校では受験競争のため、学習が進学用. → 経済レベルの低下、もう一つは貧困さ → 青少年. の内容となっているにもかかわらず、地域環境による教. が農村に落ち着かない → 進学を求めて農村を離れる. 育格差が大きいから、中学校卒業生は2劃しか高校に進. → 人材欠乏によってますます貧困になる、ということ. 学できない。その大部分は農業に就くが、しかし学校で. である。さらに、へき地の山村、離島では、教師不足の. 習ったことは農事に役立たず、教育の必要性が感じられ. 問題は特にひどい。よそから来た教師がすぐ転出してし まい、地元の教師が足りないため、国の定めた基準に達. ないため、農民の就学意欲が薄くなった。このような状. 況を改善するため、学校教育内容の調整、基礎教育、成. していない人も登用され、教師陣は質に欠けている。そ の卒業生の一部はまた教師に登用され、低いレベルの知. 人教育、職業技術教育三者の結合・連携等の農村教育改 革が実行されてきた。実用的な技術の普及による生産性. 識伝送はもう一つの悪循環になっている。. の向上や生活の豊かさが図られ、農民が豊かになって就. 農村教育を振興するため、1988年に「 ̄燦原計画」(冊) が実施された。この僚原計画は各地に教育改革のモデル. 念は日本において義務教育を普及する段階にも見られた。. 学率が当然上昇してくることが認識された。この教育理. ー55−.

(7) 何 勤松・門脇 正俊. なお、「へき地性」を考えるとき、そこでの教育は単に. 当時の為替レートは1元=12.75円(1994年1月)(「世. 学校教育を充実すれば改善されるような単純な問題では. 界年鑑1994」による)。現在(1999年6月)の為替. なく、地域の文化も活性化させることが必要になってく. レートは1元=14.73円(「人民日報 海外版」1999年. る。社会教育を含めたへき地における教育の比較研究は. 6月9日)。 7、中国の学校教育制度は、初等段階は幼稚園、小学校. 中国農村教育改革を考える上でも意義のあることと考え、. (5−6年制)で、中等段階は初級中学(中学校にあ たる)3年、高級中学(高校にあたる)3年のはかに. 今後の課題にしたい。. かつて日本の僻地学校を持つ市町村は財政も乏しく、 農業経営も小規模で生産性が低く、生活水準も低位であ り、学校の施設・設備も劣悪であった。しかし、義務教. 職業技術教育を行う中等専門学校、技術労働者学校、 農業・職業中学があり、高等段階は大学本科(4…5. 育費国庫負担法や僻地教育振興法等によって教育環境が. 年)、専科(短大にあたる)2−3年、研究生院(大. 大きく改善されてきた。このような先進国のへき地にか. 学院にあたる)である。. って現れた問題、及びいま存在している問題等の研究を. 就職については、1994年までに大学生を国家計画に基. 通して、発展途上国が直面しているへき地における教育 問題にどんな示唆を与えるか、という問題も今後の課題. づいて募集し、卒業後指定した職場に配属するという 「分配」システムは実行されていた。1994年から高等. としたい。. 教育改革が推進され、大卒者の就職自由化も実現され. ※(付記)本稿は何勤松が執筆し、門脇正俊が指導助. てきた。. 言を与えたものである。. 8、1990年代初めまでに、中国は厳しい戸籍制度をとり、 農村人口の都市への盲目的流入を禁止し、小さい都市 から大都会への移動も難しいことであった。都市戸籍. によって、就職、低価格の食糧配給、住宅提供、医療. 証. などの福利厚生が与えられる。. 1、「世界年鑑1999」(共同通信社)によれば、中国総人 口(1998年)は12億5400万人強で、農村人口(1997年. 9、「教育辞典」江西教育出版社、1987年. 末)は9億1500万人あまりである。. 10、「現代教育学事典」p645、労働旬報社、1988年. 2、国務院は日本の内閣にあたる。労働人事部はその下 の省庁・委員会の1つである。. 11、同9. 12、簡易小学校では、課程設置に関わる諸条件がよく備. 3、中国の行政区画は、1982年12月4日に公布・施行さ. わっていないため、たいてい1−4学年しか設けられ. れた「中華人民共和国憲法」によれば、ふつう省→県. ない。. ・市→郷・鎮の3級制をとる、とされている。しかし、 たいてい1つの省に数十から百以上の県があり、省政. 13、「現代学校教育大事典」ぎょうせい、1993年. 府が直接県政府を管理するのは困難であるため、実際 上、下の図のように省と県の間にもう一つ「地区」が. 15、http://www.moe.edu.cn/statics/p46.htmによる。. 増設され、4級制がとられている。. 17、「僚原」とは、四字成語「崖火僚原」から取られ、. 14、「新教育学大事典」第一法規、1990年 16、文部省「平成10年度 学校基本調査報告書」を参照。. (第1級)省レベル……. 省、自治区、直轄市、特別行政区. (第2級)地区レベル…. 地区、地区級市. る、という意味である。よく革命勢力、生命力等を例. (第3級)県レベル……. 県、県級市、区. えて用いる。ここでは、モデル地区が野火のように教. (第4級)郷レベル・…‥. 郷、鏡. 育改革を全国まで広げていくことを予想・期待して、. 郷の下部区画は村であり、 委員会」が設けられている。. 小さな野火でも広がって野原を焼き尽くす可能性があ. 「僚原計画」と名付けた。. そこで自治組織の「村民. 区は市の下部区画である。. 18、「週刊朝日百科 日本の歴史103」(朝日新聞社)を. 4、中国は行政上、22の省(台湾省を除く)、5つの自. 参照。. 治区(内モンゴル自治区、寧夏回族自治区、新彊ウイ グル自治区、チベット自治区、広西チワン族自治区)、. 4つの直轄市(北京、上海、天津、垂慶)及び1つの. 参考文献. 特別行政区(香港)からなる。. 1、「教育小六法」平成十一年版、学陽書房. 5、事業部門は政府機関、企業に対して、生産収入がな く国の下に置かれる部門である。 6、1993年の労働者・職員の年平均賃金は3371元、平均. 2、「世界年鑑」各年版、共同通信社 3、「人事工作文件選編(Ⅵ)」人事部政策法規司編、 1986年2月. 月収は281元であった。(「世界年鑑1995」による)。. 4、「機関、事業単位辺遠地区津貼実施弁法」国務院弁 ー56鵬.

(8) Nn54. 「へき地教育」的な教育用語に関する−一考察 一中国の農村・へき地における教育(その1)−. 公庁、1993年12月 5、「人民日報 海外版」1999年6月9日 6、「教育辞典」江西教育出版杜、1987年 7、「現代教育学事典」労働旬報社、1988年 8、「現代学校教育大事典」ぎょうせい、1993年 9、「新教育学大事典」第一法規、1990年 10、「複式学級の授業展開」北海道教育資料研究会編、 1986年. 11、「関子中等師範学校和全日制中小学教職工編制標準 的意見」中国教育部、1984年12月 12、「中国教育事業統計年鑑1996年」人民出版社、1997年. ー57−. 1999.12.

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参照

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