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歴史的寺院空間における芸術文化の創出と発信 : 岐阜アートフォーラムの活動報告・ 東日本大震災との関わりの中で

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歴史的寺院空間におけ る芸術文化の創出 と発信

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岐阜 ア ー ト フ ォ ーラ ムの活動報告 ・ 東日本大震災 と の関わり の中で 一

Creation and share art culture in the environment of historical Japanese temples.

~ focused on the relationship between art and the recent Great East Japan

Earthquake. ~

草 野 次 郎*

KUSAN0 Jiro

佐部利 典 彦****

SABURI Norihiko

佐 藤 昌 宏*******

SAT0 M asahiro

小笠原

宣**

OGASAWARA Nobu

二 村 元 子*****

FUTAMURA Motoko

河 西 栄 二*******

KASAI Eiji

衣 笠 文 彦***

KINUGASA Fumihiko

祥 子******

HORI Sachiko

奧 村 晃 史****

OKUMURA Akifumi

Gifu Art Forum is a cultural organization which aims to create and share art culture in the environment of Japanese tem- ples. In order to achieve this goal, it carries out various projects, including exhibitions and concerts. In 2012, it won the Gifu M unicipal Award of Citizens' Participation for its seven years' contribution to society.

Last year 's project focused on the relationship between art and the recent Great East Japan Earthquake. After a visit to the Tohoku District, Kusano composed music for people in the district, with deep compassion for his fellow countrymen. Children who had taken refuge in Gi fu from the stricken area joined local children in making pictures and poems inspired by Kusano's music. 0 n the day of the concert, their completed works of art were displayed in the main hall of the temple. Children sang in chorus, and some members of the forum played cello and piano for the audience.

The present article reports on the various projects conducted by the Gifu Art Forum over the past eight years. This sum- mary attempts to clar ify the role art and music may be able to play in times of disaster. It also aims to evaluate the achieve- ments of the forum, as well as to identi fy some problems to be dealt with in the future.

キ ーワ ー ド : 寺 院、 ワ ー ク シ ヨ ツ プ、 コ ンサ ー ト 、 児 童合唱 、 震災支援

Key words : temple, workshop, concert, juvenile chorus, ear thquake disaster support

本稿は、 筆者ら が2006年から行 っ てい る 「岐阜 ア ー ト フ ォ ーラ ム」 と い う 活動の内、 2012年秋に実施 し た アー ト コ ンサ ー ト ') の実践報告 で あ る。 岐阜 ア ー ト フ ォ ー ラ ムと は、 「寺院空間 に おけ る芸術 文化の創出 と 発信」 を テーマに、 岐阜市大門町の仏教寺 院であ る上宮寺や東別院を活動の拠点 と し、 寺院の本堂 ・ 庫裡 ・ 境内 ・ 茶室な どの空間 を用い た美術作品展や コ ン サー ト によ る プロ ジ ェ ク ト を実施す る文化団体であ る。 本活動は、 時代 や表現形態に既定 さ れる事 な く 普遍的に 存在す るはずの芸術活動の意味 と その魅力 を明確 にす る べ く 進めら れてき た。 そ し て2012年11月には、 ま ちづ く り に貢献 し たと し て岐阜市よ り 「市民参画賞」 の表彰 を 受 け てい る。 活動名の フ ォ ーラ ム (集ま る場所) と い う 言葉には、 表現者 ・ 鑑賞者 と い う 垣根 を超え て、 市民 と と も に文化 や芸術 を育 んでい こ う と い う 意味がこ め ら れてい る。 実行委員 ・ ス タ ッ フ は、 上宮寺住 職の小 笠原宣 2)、 彫 刻家衣笠文彦 3)、 作曲家草野次郎 4) を中心に、 美術作家 や音楽作家、 そ し てその活動に賛同する一般の方 を加え、 総勢30名ほ どの メ ンバ ー 5) に よ り 構成 さ れてい る。 2006年 に始 ま っ た岐阜 ア ー ト フ ォ ー ラ ムの活動 は、 2012年10月には第 4 回を迎え るに至 っ た。 詳 し く は、 こ れま で の研 究 報告 6) を参照 し て頂 き たい が、 各回の タ イ ト ル、 日程 な どは以下の通り で あ る。 ●第 1 回岐阜 アー ト フ ォ ーラ ム~ 時空の住処 (すみか) ~ 衣笠文彦彫刻展、 2006年10月28日 (土) 、 上宮寺 (本堂、 庫裏、 茶室 を用い た彫刻作品展) ●第 2 回岐阜 アー ト フ ォ ーラ ム~ 時空の住処~ 四人の芸術家によ る表現会 ( ひ よう げ んえ) * 兵庫教育大学大学院教育内容 ・ 方法開発専攻文化表現系教育 コ ース * * 画家、 上宮寺住職 * * * 岐阜聖徳学園大学短期大学部非常勤講師 * * * * 画家 * * * * * 彫刻家 * * * * * * 名古屋女子大学文学部児童教育学科 * * * * * * * 岐阜大学教育学部美術教育講座 平成25年 4 月25 日受理

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(庫裡での絵画、 彫刻の作品展 と 作曲、 本堂でのチ ェ ロ コ ンサート ) 、 2008年10月25日 (土) 、 上宮寺 ●第 3 回岐阜 アー ト フ ォ ーラ ム~ 時空の住処~ アート コ ンサート 2010年10月 3 日 (日) (本堂 で の絵画 を基 に し た映像表現 と ウ' ァ イ オ リ ンに よ る ア ー ト コ ンサ ー ト 、 及 び境内 ・ 庫裡 ・ 茶室 を用 い た彫 刻作品展) ● 「 来 て着 て聴い てお寺 で チ ヤチ ヤチ ヤ」 T シ ャ ツ 染 色 ワ ー ク シ ヨ ツ プ (小学生対象の寺院本堂縁側での ア ー ト ワ ー ク シ ヨ ツプ と 境内での楽器作 り 、 及び本堂での演奏会) 、

2011年 7 月25日 (月) 26日 (火) 、 東別院

●第 4 回岐阜 アー ト フ ォ ーラ ム ~ 時空の住処~ 響き あう 心 金谷昌治チ ェ ロ コ ンサー ト (本稿で その内容は詳 し く 述べ る。)

2012年10月14日 (日) 、 東別院

7 年の活動の中で 5 回の大 き なイ ベ ン ト を企画 ・ 運営 し 、 次第に内容の広がり が生ま れてき た と 感 じ てい る。 本論は、 こ の内の第 4 回の 「岐阜 ア ー ト フ ォ ーラ ム」 の活動報告 であ る。 そ れは東日本大震災の被害 を前に し て、 「 我 々 に、 ア ー ト に、 何 が で き る の か」 を 考 え る こ と で も あ っ た。

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本稿の構成 本稿の構成は以下の通り であ る。 1 章 では、 第 4 回の ア ー ト フ ォ ーラ ムへ向け ての構想 の経緯につい て、 震災後の束北への訪問や関わり を通 し、 被災後に岐阜へ避難 し て き た方 と の意見交換 な ど を経 て 活動計画が検討 さ れた経緯につい て記す。 2 章 では企画が決ま っ た後の実践につい て ま と めた。 1 節 では コ ンサー ト 前日 ま での実践の様子につい て、 作 曲家草野が東北への想い を こ めた作 曲につい て、 ま たそ の曲 を聴い たイ メ ー ジ を基 に、 被災地か ら 避難 し た子 ど も た ち も、 地元の子 ど も た ち と 一緒に活動 し た絵画制作 や作詞活動、 合唱練習につい て、 寺院本堂へ子 ども たち の絵 を飾 つた コ ンサ ー ト 会場の設営準備 な どについ て記 す。 2 節 では、 コ ンサ ー ト 当日 の実践 につい て、 チ ェ ロ の 演奏、 子 ども た ち の合唱 な どについ てま と め た。 3 章では、 本実践におけ る芸術活動 と 震災への関わり の在 り 方 につい て整理 し た。 ア ー ト 表現者 と し て震災 を 前に被災者の方 たち と 、 どのよ う な関係 をつ く れるのか。 そ し て どのよ う な発信がで き るのか、 我々の目指す方向 を確認 し 、 その成果 につい て考察 し た。 4 章 では課題につい て記 し た。 被災者の心情への配慮 は どう だ っ たか。 芸術の本質的 な意味 を問 う 活動 た り え たか を検討 し た。 (衣笠、 河西) I 構想 は じ めに 、 東北への想い 美術 と 音楽の多角的 な出会いで構成す る企画展 を既に 岐阜で 2 回行 っ てい る。 しかし今回の第 4 回目はこ れま で と は違い、 2011年 3 月11 日に発生 し た東北の大惨事に 接 し て われわれの想い を こ こ で何 ら かの形 と し て伝 え た い と 考え た。 こ の未曾有の大惨事は想像 を遙かに超え た と こ ろ にあ るが、 し か し他人事 ではな く 私たち個人の問 題 と し て受 け 止め、 そ こ に芸術 と い う ジ ャ ンルがい かに 対応 し得 るのか。 こ のあま り に も巨大 な惨状 に、 単 に一 つの レ ク イ エ ムと し ての作品 を提供す る だけ ではな く 、 我々は社会の一員 と し ての責務、 つま り 人間 と し ての務 め を こ の会 を通 し て、 何 ら かの形 で表現 し たい と い う 方 向性 を共有す るに至 っ た。 そ し て大震災のほぼ 1 年後、 2012年 3 月 に私 を含めた岐阜 アー ト フ ォ ーラ ムの企画者 4 名がその現状 を身体で知 る ために福島県、 宮城県 に赴 いた。 (草野)

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1 東北訪問 2012年 3 月15日、 草野、 小笠原、 林進一 7)、 衣笠の 4 名はそ れぞれの思い を抱 き なが ら東北 ・ 仙台 の地に立 っ た。 報道 な どで あ ふ れ るほ どの情報 に接 し て き たが、 や は り 実 際の光景 を目の当 た り にす る と 現場 を踏む こ と の 重要性 を実感 さ せ ら れる。 現場 で受 け る情報 と は360度 の視界、 現場の人 た ち と リ ア ル タ イ ムで共有す る時間 ・ 空間のこ と で あ る。 い く ら マ ス メ デ ィ アの情報の質、 精 度が上が ろ う と も 、 そ れはあ く ま で も 間接的 な情報 と し て我々に届 く 。 ア ー ト フ ォ ー ラ ムの メ ンバ ーは、 そ れぞ れが何 ら かの 表現手段 を持 つ プロ フ ェ ツシ ヨナ ルの集団 で あ る。 自 ら の五感で感 じ取 る こ と が今回の活動の第一歩にな る と い う 直感が正 し かっ たこ と を自 ら証明で き たよ う に思う 。 車 を駆 っ て仙台から石巻へ北上後、 松島 を経て太平洋 岸 を南下。 福島第一原発の手前で交通規制。 道中、 さ ま ざま な光景 に出会い なが ら 、 車中で の時間は4名のそ れ ぞれの思い を心に刻 み、 考え を紡いでい く 時間 と な っ た。 こ の旅 を通 し て半年後のア ー ト フ ォ ーラ ムの発表活動 で 何がで き るのか、 答 え を探 ら なけ ればな ら ない。 移動の途中、 小笠原手持ちの放射線測定器が示す数値 に驚 き なが ら 、 福島市 の金谷昌治 8) と 合流。 被災者で も あ る彼の話 を聞 き なが ら発表内容 を検討 し てい く 。 そ の際、 繰 り 返 し 確 認 さ れた のは、 東 北 ・ 福島 の人々 と の 関わり を 「被災者」 「非被災者」 と い う 二元的な く く り で扱 う こ と だけは避け たい、 と い う こ と で あ っ た。 こ の 問題意識はその後 の打 ち合 わせで も た びた び議題に上 る こ と にな る。 芸術活動 にかかわる根源的 な問題 に も つな が る こ と だか ら で あ る。 (衣笠) 次 に草野が音楽 と 東北の関わり に つい て述べ る。 仙台空港から まず向かっ た宮城県石巻市の某小学校。 凄ま じ い津波の破壊力 で一瞬に し て引 き ち ぎら れたかの

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よ う に校舎の 1 階すべてはほぼ壊減 し ていた。 壁に掛かっ てい る時計が津波の到達時刻 で こ と 切 れたかのよ う に止 ま っ てい るのが余 り に も む な し い。 さ ら に子 ども た ちの 描い た楽 し い遠足 の絵が教室の壁 に破 れて引 っ掛かり そ のま ま にな っ てい る状況は、 記憶から消え ない。 学校の 敷地の隅 には、 所々花 が手向け ら れてその中 には子 ども た ち の好 ん だ キ ャ ラ ク タ ー人形 が多 く 置 か れてい る。 想 像す る だけ で心が痛 み、 張 り 裂け る思いがす る。 さ ら に 福島へ場所 を移動す る車中から見え る光景は、 基礎部分 し か残 っ てい ない住宅街の跡地が延々 と 続 く 。 1 年経過 し て も全 く 手付かずのま ま であ る。 その途中、 ほぼ全壊 の家屋 を覗 く と 、 その庭には津波 で窓から放 り 出 さ れた ア ッ プラ イ ト ピ ア ノ (写真 1 ) が無残 な姿 を呈 し てい る。 家族団ら んを司 っ ていた楽器が今や変わり 果てた姿と な っ てい る。 こ のよ う な現実 を目の当 た り に し て、 今回の企画の具 体案 が私の中に徐々に固 ま っ てい っ た。 その詳細は次章 で述べ る こ と と す る。 (草野) 写真 1 津波 で庭 に放 り 出 さ れた ビ ア ノ ー 2 東北 での関わ り 佐部利典彦 9) は、 2012年の 4 月から 5 月ま で岩手県 の山田町と 大槌町で アー ト と 音楽 を中心 と し た活動 を行 っ た。 震災 か ら 1 年がた ち、 心 に関わる事が必要 と さ れて き てい る と 現地の情報 な どか ら 判断 し た。 た だ単 に展覧 会や コ ンサー ト を行 う のではな く 、 美術 や音楽 を通 し て、 同 じ時間 を共有 し、 交流す るこ と に意味がある と 考え た。 活動の概要 : チ ームす どう 美術館'°) に よ る ア ー ト ワ ー ク シ ヨ ツ プ 指導者 : す どう 美術館と 関わり のあ る作家及び美術館ス タ ッ フ 活動内容 : 缶バ ッ ジづ く り 、 ビーズの ア ク セサリ ーづ く り 、 油絵制作 作家作品展 : す どう 美術館 コ レ ク シ ョ ン 「管創吉」 展、 及び21人の作家によ る現代美術展 作品点数 : 管創吉20点 その他60点 コ ンサ ー ト : ウ' ァ イ オ リ ン大鹿由希、 ギ タ ー橋爪晋平 参加者 小学生から高齢者ま でのべ約300名、 4 月27 日 ~ 29 日 岩手県山田町中央公民館小ホール、 4 月30日~ 5 月 1 日 岩手県大槌町中央公民館 3 階大ホー ル ア ー ト ワ ー ク シ ヨ ツ プでは、 参加者が楽 し むこ と がで き る と い う こ と を第一 に考え た。 我々 と 色々な話 を し な が ら、 存分 に楽 し み、 表現に没頭 し て も ら う 。 ま た完成 し た作品は仮設住宅に飾 るこ と がで き たり 、 日常生活で 身 に着け たり で き るよ う に考え、 缶バ ッ ジづ く り 、 ビー ズのア ク セサリ ーづ く り 、 油絵制作 を行 っ た (写真 2 ) 。 写真 2 「東北 での関わ り」 ワ ーク シ ョ ッ プの様子 子 ども から高齢者ま で多 く の方が訪 れた 次に展覧会では展示に参加す る全 ての作家が震災で傷 つい た東北での展示 を意識 し て新作 を制作 し た。 作家は それぞれに震災 を捉え、 会場で東北 と 向 き合 う こ と を考 え た。 そ れと 共 にす どう 美術館の コ レ ク シ ョ ンで あ る管 創吉の展示 を行 っ た。 管創吉は人間の本質 を捉え た作家 で あり 、 今回是非、 東北の方 に観て も ら い たい と 考え た。 コ ンサー ト につい ては、 来場者 と よ り 近 く 接す る こ と がで き る よ う に配慮 し た。 ヴ アイ オ リ ン と ギ タ ーの体験 教室 と 演奏会では、 楽 し そ う に楽器に触 れながら 、 短時 間に一 曲マ ス タ ーす る姿がみら れた。 作品 が展示 さ れて い る場所 を コ ンサー ト 会場にす る こ と で、 作品は舞台 装 置 と し て も 効果的 であ っ た。 来場者 と 一体感が も て るよ う に、 演奏者 と 客席の距離 を近づけ たり 、 会場の雰囲気や演奏者の感覚で毎回 プロ グラ ムを変更 し た り し て客席 と やり と り を し な が ら行 っ た (写真 3 ) 。 写真 3 「東北 での関わ り」 コ ン サー ト の様子 演奏者 と 観客が近い距離で行われた

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岩手での活動では、 毎日来場す る人 も あり 、 存分に制 作 や交流 を楽 し んで も ら う こ と がで き、 一体感のあ る コ ンサ ー ト は聴衆の心 に し みた。 御自身 も被災 し昨年は会場の設営、 撤去作業等 を手伝 い、 コ ンサ ー ト やワ ー ク シ ヨ ツ プに参加 し た方 か ら う れ し い話 を聞い た。 「昨年のす どう 美術館の活動がなけ れ ば、 一生、 アー ト に触れる こ と も 興味 を持つこ と も なかっ たで し よ う 。 コ ンサー ト は と て も 胸 を打 た れた し 、 油絵 制作は没頭 し て し ま っ た。 自分で制作 し た油絵作品は仮 設住宅の玄関に、 す どう 美術館か ら プ レ ゼ ン ト で も ら っ た作品は、 ワ ンルー ムの居間 に大事 に飾 つてあ り ま す。 仮設の家の壁 に何 も ないの と 絵があ るの と では部屋の感 じ が全 く 違い ます」 と 。 こ の話は我々が 「 そ う な る と い い なあ」 と 思 っ てい た通 り の も ので あ り 、 活動の方向性 は良か っ たのだ と 確信す る こ と がで き た。 私は出会いの時から その人のこ と が気に な り 常 に注目 し て き た。 は じ めは 「 ワ ー ク シ ヨ ツ プ も 絵 を 観 る こ と も コ ンサー ト も手伝いはす るけ ど興味はないので参加は し ません」 と 話 し ていた。 し か し毎日、 会場に様子 を見に 来 て、 そ の う ち に 「 ワ ー ク シ ヨ ツ プや っ て みよ う かな」 「 コ ンサ ー ト 、 す ご く よ か っ た」 と 言 う に な り 、 最後 に は 、1由絵に没頭 し 、 コ ンサー ト に涙 し 、 絵 も 何度 も 繰り 返 し 観 てい た。 ア ー ト に触 れた こ と で、 興味 を持 っ たのは 事実 だ と 考え るが、 そ れと と も に固 ま っ てい た彼の心 を、 ほ んの少 し だけほ ぐす こ と がで き たのではないかと 捉え てい る。 そ れは、 作品 やワ ー ク シ ヨ ツ プ、 演奏 だけ では な く 、 大槌町 を訪 れた人 たち ( チ ームす どう 美術館) と の出会い も その要因 の一 つ で あ る こ と に違い ない。 こ の経験に よ っ て こ のよ う な企画 を続け る こ と の必要 性 を感 じ 、 岐阜 で も 何かで き るのでは ない か と い う 思い が、 今回の活動につなが っ た。 (佐部利)

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3 打 ち合わせ会 4 月14 日 と 6 月30日に実行委員会 を行い秋の演奏会に 向け ての打 ち合わせ会 を実施 し た。 4 月の集ま り では先 の東北視察の報告 を皮切 り に各委員 がそ れぞれの思い を 発言す るが、 なかなか意見の集約 を見 る こ と がで き ない 展開 と な っ た。 後述 さ れる よ う に被災 さ れた方々 と どう 向 き合 う のか な どの問題 も は ら み、 大震災 ・ 原発事故 を どのよ う に解 釈 し発表活動 につ なげ てい く のか、 当然のこ と なが ら 、 早急に結論 を見出す こ と がで き るはず も ない。 芸術家 と し て今回の大震災 を どのよ う に解釈 し 表現活 動に昇華で き るのか。 今秋の演奏会実施ま で半年間、 各 自が悩 み、 模索 し てい く こ と にな っ た。 その後次回打 ち合 わせま での 2 ケ月の間、 小笠原 を中 心に企画の内容や東北の方 と の関わり 方の検討が行われ て き た。 テ ーマ タ イ ト ル決定 に あ た り 、 企 画の軸 に 金 谷のチ ェ ロ コ ンサ ー ト を据え 、 被災者 と の交流 をはかり つつ、 震災 と ア ー ト の関連 を探 る模索が始 ま っ た。 仮称 テ ーマ タ イ ト ルを 「福島のこ こ ろ一 被災地 ・ 東北か ら祈 り のこ こ ろと どけ一」 と し、 演奏担当の金谷、 作曲担当 の草野は着 々 と 演奏内 容の構想 を固 め、 実現 に向け て進 みつ つ あ っ た。 6 月の打 ち合わせでは、 実行委員会と し て本活動の意 味づけ を明確にす るこ と が目標であっ た。 委員各自が宿 題 と し て持 ち帰 っ た さ ま ざま な課題の答え を披露 し つつ、 議論 を深めた。 東北 を応援 し たい と い う 想いは、 ス タ ッ フ の誰 も が共 有 し てい たが、 そ れ を どのよ う に ア ー ト フ ォ ー ラ ムの企 画 に反映 さ せ る かは個々に考え が異 な り 、 様々 な意見 が 出 さ れた。 実際に震災の被害 を受け た方 に と っ て押 し付 け な ので は と の発言 も あ っ た。 打 ち合わせ会には、 被災者支援活動 を続け てい る小森 真 人 5) と 、 被災地か ら 避 難 し て き た家族 に も 参加 を依 頼 し、 避難 し てき た方の率直 な気持 ち を聞 く 貴重な機会 と な っ た。 福島や岩手か ら岐阜近郊に避難 し て来 てい る 家族 の Y 氏 5) や K 氏 5) か ら は、 津波 が襲 っ た時刻 に な る と 、 具合が悪 く な る子 ども のこ と や岐阜 で の暮 ら し ぶ り につい て伺い、 こ こ で、 「 私 たち を被災者 と し て特別 視 し ない で欲 し い」 と の切実 な声 を聞い た。 今後は同 じ町に暮 ら す知人 と し て、 自然豊かな岐阜の 長良川や金華山で家族一緒に遊ぼう と いう 話で盛り 上がっ た。 ま た今回の活動 に も協力 し て も ら う こ と と な っ た。 被災 し た方 の言葉は、 今回 ア ー ト フ ォ ー ラ ムの企画の 根幹 その も の を問い直す問題提起 と な っ た。 その後、 お互い の信条、 感性の違い を尊重 し つつ、 演 奏会の実現に向け て意見 を集約 し てい く 作業が続いた。 あ る い は こ の作業 こ そ が 「岐阜 ア ー ト フ ォ ー ラ ム」 の本 質的 な存在意義 で あ るのか も し れない。 こ う し た中で タ イ ト ルも変更す る こ と と な っ たが詳細 は以下の通り であ る。 まず 「被災地」 「被災者」 「福島」 「東北」 な どの具体 的 な事例語から見直 し、 いかに彼等 と 共通表現 を発見す るかの議論 を繰り 返 し た。 その結果、 仮称 「福島のこ こ ろ一 被災地束北か ら祈 り のこ こ ろ と どけ一」 を 「響 き あ う 心」 と 改めた。 こ れは議論 を深 めてい く 過程で、 救援 者 ・ 被救援者、 加害者 ・ 被害者等の対立す る既成概念を 越え て、 私 た ち自身 の ア ー ト 活動 の原点 で あ る、 「 よ り 自由で平等なアー ト 表現者たり え よ う」 と 言う 共通概念 を再確認で き たか ら だ と 言え る。 こ の確認作業 が、 金谷 のチ ェ ロ コ ンサー ト に向け、 子 ど も たち と の絵画共同制 作、 草野の曲に 福島 や岐阜 の子 ど も た ち が作詞す る な ど、 一連の実践活動の基調 と な っ た (衣笠、 小笠原、 河 西)

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II 実践

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1 コ ン サー ト 前日 ま での活動

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(1) 作曲 前章での東北訪問の後、 こ の悲惨な現実 を直視 し す ぐ さ ま芸術活動 に移行す る こ と はかな り の部分 で ため ら い があ っ た。 生死の狭間 を体験 し た人々に対 し て われわれ 第三者 と し て一体何が出来 るのか。 傍観者 と し ての共感 を芸術作品 で表 し た と こ ろ で何の意味があ るのか、 こ れ ま で自分自身が信 じ てき た芸術表現の意味 ・ 目的がこ の 現実 を目の当 たり に し て揺 ら ぎ出 し た。 たと え ば音楽作 品 では こ のよ う な状況 におい て ォ 鎮魂歌サ 、 つま り ォ レ ク イ エ ムサ と い う も のがあ り 、 そ れは そ れで重要 な意味 を持 つ作品種 ではあ る。 た だ、 作 曲家が多 く の ォ レ ク イ エ ムサ を高度 な技術 で作曲 し演奏 し た と こ ろ で、 果た し て 「今」 「 現実」 の救 い に直結す るのか。 む ろ ん長い ス パ ンで見 れば、 そ れは大い に人々の心の救い に繋が るの だ ろ う が、 あ の現場 を見 た私に と っ てはそ れではあ ま り に手ぬ るい と し か思え なか っ た。 一 日 も 早 く 人々の中に 笑顔や勇気や希望、 と 言 っ た も の を音楽家や美術家が集 ま っ た こ の岐阜 ア ー ト フ ォ ー ラ ムか ら 生 み出せ ない だ ろ う か、 と 感 じ た。 そのよ う な想い を巡ら せた結果、 一つの結論に至 っ た。 今回の美術が行 う ワ ー ク シ ヨ ツプと同様の発想で、 音楽 も 私が一方的 に作品 を完成 さ せて発表す るのではな く 、 作品 を完成 さ せ る プロ セ ス におい て被災 し た子 ど も た ち と 共同 で制作 にあたり 、 それを共同で発表す る、 と い う 原案であ る。 む ろ ん作曲す る ためには最低限の技術等が必要だが、 その部分は私が担い、 子 ど も た ち にはその先 の部分 で自 由 に参加す る こ と が可能 と な る ための音楽的 な 「器」 を 構成す る こ と を考え た。 具体的 には、 子 ど も た ちが想い を込め て歌え る 曲の完成 を最終目的 と す るの だが、 ま ず 私が歌詞の付い てい ない旋律 を作 曲 し て、 その後に子 ど も た ち に歌詞 をその旋律に書 き込 んでい っ て も ら い、 彼 ら の思い を投入 し て も ら う 。 さ ら に歌詞の内容 に合 わせ て旋律の音型やリ ズ ムを柔軟に変化 さ せて一つの完成体 に導 く 、 と い う 流れであ る。 旋律の作曲に於い ては以下の部分に留意 し構成 し た。 1 . 歌詞の内容 を組み立 てやすい よ う に、 旋律の構 造を 「起 (句) ・ 承 (句) ・ 転 (句) ・ 結 (句)」 の 4 つの文脈構造 と合致す る形 と す る。 2 . 子 ども の声域を考慮 し つつ、 旋律の音程 を 「起 ・ 承」 か ら 「転」 「 結」 へ と 徐 々に高 く な る よ う に設定す る。 3 . 「 結」 で は音楽的 な ク ラ イ マ ッ ク ス を同時 に設 定する。 4 . 歌詞の文字数に自由度が可能 と な る よ う に、 同 音反復 を多 く 配置 し て リ ズ ム的分割 ・ 統合の余 地 をつ く り 、 様々な歌詞に対応 で き る旋律の原 形 を作 る。 上記の 4 点の留意事項 を踏まえ た上で、 以下の旋律 を 考案 し た。 [ 譜例 1 ] 旋律 「岐阜の子 ども たちへ in A 旋律のみ」 (本論末尾に掲載) まず、 ア ウ フ タ ク ト か ら の 8 小節間が 「起」 の部分 に あ た る。 2 小節 ごと に基本音程が 2 度ずつ上昇す るよ う に設定 し てい る。 その 8 小節間 を繰り 返す こ と で 「承」 の部分 と し てバ ラ ンス を と る こ と と し た (子 ど も の歌に と っ て 「繰り 返 し」 は重要で、 同時に曲の難易度 も抑え ら れる) 。 10小節目アウ フ タ ク ト から 8 小節間が 「転」 に相当す る。 ゼ ク エ ンツの作 曲技法 で音楽的エ ネ ルギーは徐々に 蓄積 さ れて 「結」 に向か っ て強力 なベ ク ト ルを示す。 18小節目アウフ タ ク ト から10小節間が 「結」 と なり 、 曲の最高音 を含 めて、 全体の ク ラ イ マ ッ ク ス を形成す る。 以上が曲の構造の簡単 な説明 であ る。 そ し て次の段階 では [ 譜例 1 ] の音源 を子 ども た ち に聴かせて、 こ の歌 への意味 を伝え てその歌詞 を募 るこ と と し た。 その結果、 3 名の子 ど も か ら 歌詞が寄せ ら れた。 そ の内 容は (3) 節で紹介 し たい。 (草野)

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(2) 絵画 ワ ー ク シ ョ ッ プ

開催日時 : 2012年 8 月25日(土) 10時~ 15時

会場 : 岐阜市上宮寺境内 指導 : 佐部利典彦 参加者 : 約20人 2012年の春に岩手県で アー ト の活動 を し た実感から、 東北に関わる活動 を継続 し て行い たい と 考え た。 今回は 東北か ら岐阜 に転居 し てい る家族 と 地元の人が一緒に表 現活動 をす る こ と に重点 を置 き、 あえ て互いの出所 を知 ら せ る こ と を し な か っ た。 な お、 ワ ー ク シ ヨ ツ プ用 チ ラ シ (写真 7 ) のイ ラ ス ト を佐藤瑛気'') に依頼 し た。 柔 ら かなパ ス テ ルの タ ッ チは、 温か く 楽 し い雰囲気 を出 し てい た。 200部印刷 し呼 びかけ を行い、 約20人の子 ども た ちが集ま っ た。 午前の部 では、 境内 に用意で き る可能な限り の大 き な 画面に参加者全員 の共同作業 で、 ペイ ンテ イ ン グを し て い く 。 で き る だけ大 き な画面で非日常 を感 じ て も ら い な が ら一人一人が身体 を つか っ ての びの びと 活動 がで き る よ う に考慮 し た。 活動のき っ かけ と し て今回の プロ ジェ ク ト の ために草野が作 曲 し 、 参加者か ら 詩 を募 り 、 コ ン サー ト で披露 し たい と 考え た曲 を流 し た。 ま た、 大 き な 画面 と カ ラ フ ルな絵 具や、 ロ ー ラ ー な どの道具 を活動 し やすい よ う に配置す る こ と に よ っ て参加者は開始前の段 階で活動への見通 し と 、 期待感 を も つよ う に し た。 始 め か ら絵具 を使 う のではな く 、 今回は行為 と 造形性の観点 か ら 、 マ ス キ ン グテ ー プ を ち ぎ っ て貼 る活動 を最初 に取 り 入 れた (写真 4 ) 。 マ ス キ ン グテ ー プで ド ロ ーイ ン グ

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写真 4 絵画 ワ ーク シ ョ ッ プ マ ス キ ン グ テ ー プ で の ド ロ ーイ ン グ を す る イ メ ー ジ で あ る。 身 体 を使 っ て ち ぎ っ て貼 る と い う 行為 を行い なが ら 、 その最中に制作 のイ メ ー ジ を も た せ る。 ア ク シ ヨ ンペ イ ン テ イ ン グ的 な活動 で は、 イ メ ー ジ性は希薄に な る こ と が多 いので、 は じ めに少 し イ メ ー ジの要素 を取 り 入 れよ う と 考え た。 ま た、 着色 を し た後 に テ ー プ を剥 が し て、 定型的 な線 やかた ち を表出 さ せ る こ と 、 紙の新鮮 な白 を表出 さ せ る こ と を考え た。 マ スキ ン グテ ー プでの活動の後、 絵具 を飛 び散 ら し た り 、 ロ ー ラ ーで着色 を行 っ たり し た。 画面 には、 水分の吸収が良 く 、 色の に じ みの き れい な和 紙 を使用 し 、 サイ ズは、 本 堂への展示サイ ズ と 境内の広 さ を考慮 し 、 で き る だけ大 き いサイ ズで4.5m X 9 m に設定 し た。 次 に昼食の時間 では初め て顔 を合 わせ る子 ど も た ち も い るので、 良い交流の時間 に な る と 考え た。 一緒 にお に ぎり を頬張 り ながら自己紹介 を行 っ た。 午後の部では、 自分のやり たい こ と を存分に行 う ため に個人制作 を設定 し た。 画面の大き さは4.5m XO9m に 設定 し た。 個人作品 も コ ンサー ト 会場に設置す る予定で やは り 、 展示の都合 と 境内 での活動ので き る可能 な限り の大 き なサイ ズ を考え 設定 し た。 午後から の活動のき っ かけは型紙であ る。 イ メ ー ジは 「最近、 気に な るかた ち」 と し た。 画用紙に描き、 切り 抜 く 。 切り 抜 く こ と を考え て、 かた ち を デザイ ンす る。 全 て自由 に ぺイ ン テ イ ン グ を行 う よ う な造形遊 び的 な活動 ではな く 、 自分 を見つめ る時間 を設け、 個人の表現 を引 き だそ う と 考え た。 さ ら に活動のイ メ ー ジや見通 し が も ち やすいのではない か と 考え た。 午前の活動 で、 要領 を理解 し てい るので、 後は各自 で 制作 を進めてい く 。 参加者 と ス タ ッ フ で交流 し なが ら完 成 を確認 し た人から活動終了 と し た。 境内 の中心 にあ る大 き なイ チ ョ ウの木の下 に画面 を用 意 し 、 夏の日差 し を避け なが ら 、 カ ラ フ ルな絵具 を透明 なバケ ツに用意 し て、 色がよ く 見え る よ う に し たり 、 ロ ー ラ ーな どの道具 も 使い やすい よ う に種類 ご と に ま と めた り し た。 こ の様子 を見 る だけ で、 子 ど も た ち は、 ど んな 活動 を す る のか大体想像がつい て、 「 あ れ使 っ てバ ー つ と や っ ていいの」 な どと い う 質問 をす る。 そ れゆえ に活 動 におけ る 「場の設定」 「 環境作 り」 が非常に重要なの で あ る。 マ ス キ ン グ テ ー プ で の ド ロ ーイ ン グで は、 東 北 か ら の参加 の児童が テ ー プ を使 っ て家 を描い てい たのが 印象 に残 っ てい る。 震災の影響 も あ るのではない か と 考 え さ せ ら れた。 その後、 着色の段階に な っ て も 、 その児 童は他の児童が自分の描い た家のスペ ースに色 を付け ら れるの を非常 に嫌が っ た。 今 ま で何度 も 、 共同作業 での ワ ー ク シ ヨ ツ プ を し て き た中 では じ めての経験 で あ っ た。 こ の状況 を見 た時に午後から の個人制作 を設定 し ておい て よ か っ た と 思 っ た。 前半 は白 ・ 黒は出 さ ない で制作 し た。 は じ めか ら白 ・ 黒 を使 っ て色がに ご るの を防 ぐ ため であ る。 後半は白 ・ 黒 を追加 し、 色に幅 と 深みを追加で き ればと 考え た。 参加者は時間と 共に行為が面白 く なり 、 どん どん絵具 をのせてい く 。 参加者 と 美 し さ を確認 し な が ら 、 存分 に活動 を し て も ら い たい気持 ち と 美 し い と こ ろ で終え てその美 し さ を共に味 わい たい気持 ち が交差す る。 午前は画面がに ご る ぎり ぎり のと こ ろ ま で活動 し、 終了 し た。 予定時間よ り 30分程早 く 終えたこ と から、 参 加者がかなり 積極的 に活動 で き た と 考え る。 幼稚園年長 の幼児は、 飛行機のかた ちの型紙 を制作 し、 空や雲のイ メ ー ジ を和 紙の白 い部分 を効果的 に用い な が ら 表現 し て い た。 午前中に自分のスペ ース を守 ろ う と し てい た児童 は、 自分のスペ ースに安心 し て表現 し てい た (写真 5 ) 。 写真 5 絵画 ワ ーク シ ョ ッ プ 個人制作の様子 実践の留 意点 と 期待点は、 以下の通り であ る。 ・ 参加者が時間 を忘 れて、 身体 と 頭 と 感覚 を使 っ て存 分に表現活動 をす る。 ・ 造形遊 びではな く 作品 と す る ために、 時間 や画面 サ イ ズの設定 ・ 技法な どを工夫す る。 ・ 東北の子と 地元の子と制作や昼食を通 し て交流す る。 ・ お寺 な ら ではの雰囲気や場所性 を う ま く 利用す る。 存分に活動 をす る と い う 点 では、 広々と し た寺院の野 外空間 を活か し て、 大 き な画面での共同制作 と 個人の制 作が充分 で き た と 考え る。 ま た、 マ スキ ン グテ ー プや型 紙の使用は造形遊 び的要素の強い活動の中で造形性の観 点から効果的 だ っ た と 考え る。 造形活動で同 じ時間 を共有す る と 、 仲良 く な る時間が 普通よ り は短い と 経験上感 じ たが、 今回は充分 に交流す

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る には時間 と 手立 てが足 り なか っ た。 よ り 深め る ために は継続的 な活動 に し た り 、 グルー プでの活動形態に し た り する と いう 工夫も必要だと考え る。 (佐部利)

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(3) 音楽作詞、 合唱練習 2012.9. 25 ー① 音楽作詞 前述の コ ンセ プ ト に基づ き 、 事前に作曲 し た旋律 に 3 人の子 ども が詩 を提供 し た。 3 人の中の 2 人は東北で被 災 し 、 岐阜 に疎開 し てい る子 ど も で も あ る。 3 つの詩は以下の通 り で あ る。

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あ めあ が り の そ ら を に じ がかか っ てい る あ めあが り のそ ら を そ ら を に じ がかか っ てい る こ と り が と んでい る こ と り が と んでい る お ひ さ ま の ひか り が さ し こ んで い る ま わり のふう け いは やま に かこ ま れてい る ト ラ ンペ ッ ト がおかで な っ てい る あ お く ひ ろが る だい ち き みは と びたつ んだ ゆめ と き ぼ う をのせ て みら いへ と は し っ て ゆけ き みな ら で き る と き みにはで き る と みんな で ち か ら を あ わせあ わせ と べ よ い ま ひか る と き よ い ま みら い には し る き っ と みら いは す ば ら し い だ ろ う み ん な み ん な い れば み ん な み ん な い れば み ん な が ん ば れ る よ が んば れ る が んば れ る よ た と え さ み し く と も た と え さ み し く と も み ん ながい る か ら だい じ よ う ぶ だ よ み ん ながい る か ら だい じ よ う ぶ だ よ み ん ながい る か ら だい じ よ う ぶ だ よ 以上 3 つの歌詞に関 し ては、 旋律 と の修正はほと んど な く 、 歌詞の意味、 つま り 子 ども た ちの想い と 旋律の抑 揚は問題 な く 一体化 し融合 し た。 なお 1 フ レ ーズの反復 (最初の 8 小節間) は歌詞の関係上削 除 し 、 全体の流れ を優先 し た結果、 A

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B - c の歌唱 3 部形式 に落ち着い た。 さ ら に曲名 に関 し ては、 当 初 ォ 未来 に向 か っ てサ と 仮題 を設定 し てい たが、 最終的に 3 番の歌詞から引用 し、 ォ みんながい ればサ に決定 し た。 (草野) [ 譜例 2 ] みんながい れば (本論末尾 に掲載) ー② 合唱練習 作詞 さ れた曲 を コ ンサー ト で発表す る ために、 実行委 員 か ら 、 ワ ー ク シ ヨ ツ プに参加 し た り 、 作詞に携 わ っ た り し た子 ど も た ち に合唱 を し てほ し い と の願いが出 て き た。 し かし合同で練習 をする時間や場所、 また指導者不 在 な どの問題 か ら 、 集 ま っ ての練習 を断念せ ざる を得 な く な っ た。 そ こ で作 詞 を し た子 ど も た ち 数名 に CD と 楽譜 を渡 し、 各自練習 し て も ら う こ と に し た。 ま た、 当 日少人数でい き な り 本番 と な る こ と は、 子 ども た ち に負 担が強い ら れ、 さ ら に広い束別院の本堂では声が届かな い こ と も 考え ら れたので、 上宮寺近郊で活動 し てい る岐 阜市の岐阜少年少女合唱団や大垣市の NP0 法人リ ト ミ ツ ク GIFU に参加 を要請 し、 各団体の指導者には通常の活 動範囲内 での合唱指導 を依頼 し た。 子 ども たち に と っ て、 新 たな発表の場 と な り 、 ま た交流の機会に な るよ う 期待 し た。 コ ンサ ー ト 前日、 草野 と 守山繭子'2) に よ り 、 岐 阜少年少女合唱団の練習場で合唱練習が行われた。 リ ト ミ ツク GIFU は活動曜日 で ない こ と 、 移動手段がない こ と な どに よ り 、 当日 の リ ハ ーサルで合 わせ る こ と に な っ た。 (二村) 写真 6 東別院の本堂 絵画作品展示の準備作業の様子

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(4) コ ンサー ト準備 、 会場設営 今回、 上宮寺の 5 倍の広 さ を も つ東別院 (写真 6 ) へ と 会場 を移 し た。 観客が寺院のも つ独特の雰囲気 を感 じ、 さ ら に絵画 に よ っ て包 ま れてい る よ う な空間 に変化 さ せ る た め に、 ワ ー ク シ ヨ ツ プで の子 ど も た ち の個人作品 を 本堂の両脇に配 し 天井か ら吊 し た (写真 9 ) 。 そ し て、 みんなで描いた巨大な絵画 を中央に配 し、 それが コ ンサー ト 中に一瞬で垂 れ下が るよ う に計画 し た。 ま た コ ンサー ト 最中に後 ろ から 光 を当 て る と い う 演出 が佐部利 よ り 提案 さ れた。 こ れは後 ろから 光 を当 て る こ と で、 マ スキ ン グで白 く 残 し た部分や絵の具のに じ みが、 よ り き れい に見え る効果を期待 し たから だ。 天井が高 く 、 梁 を傷つけ ない よ う 慎重に作業す る必要があ り 、 予想以 上に時間がかか っ たが、 巨 大絵画 をロ ール状 に し て天井 に固定 し、 1 度試 し た後、 当日の朝に設置 し直 し た。 当日の会場設営では、 録音 ・ 録画機材、 照明機材、 椅 子等の準備、 合唱の子 ども たちの控え室 ・ 受付等の設置 が行 われた。 ま た宣伝用にチ ラ シ2000枚、 ポス タ ー (写真 8 ) 100 枚 を印刷 し、 実行委員 の協力 の下、 近隣の寺院 ・ 画廊 ・ 商店 ・ 大学 な どに配布 し チ ケ ッ ト の販売 も行 っ た。 さ ら に広 く 地域住民 に知 つて も ら う ため、 各新聞社に取材 を 依頼 し た。 (二村)

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2 実践当日 「第 4 回岐阜 アー ト フ ォ ーラ ム~ 時空の住処~ 響き あう 心 金谷昌治チ ェ ロ コ ンサー ト」

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(1) 概要

2012年10月14日 (日) 15 : 30~ 17 : 30

会場 : 岐阜東別院 ・ 本堂 コ ンサー ト 出演 ・ 担当 : チ ェ ロ演奏 ・ 金谷昌治、 ピア ノ 伴奏 ・ 谷峰子'3)、 作 曲 ・ 構 成 ・ 草野次郎、 司会 ・ 高橋かずえ、 主催 : 岐阜 アー ト フ ォ ーラ ム実行委員会、 後援 : 岐阜市教育委員会 ・ 寺院を活かし たま ちづ く リ 推 進協議会、 企画 ・ 衣笠文彦

2012年 8 月25日(土) 10 : 00~ 15 : 00 会場 : 上宮寺

(境内) 絵画制作 ・ 指導、 佐部利典彦 ・ 二村元子'4)

2012年 9 月15日(土) 10 : 00~ 12 : 00 会場 : 上宮寺

作詞の披露 ・ 歌唱指導 ・ 草野次郎 ・ 守山繭子

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(2) 実践 コ ンサー ト内容 今回の岐阜 ア ー ト フ ォ ー ラ ムの メ ー ンで あ る 「 チ ェ ロ コ ンサー ト」 は、 2012年10月14 日岐阜東別院本堂で行 っ た。 チ ェ ロ独奏は金谷昌治、 ピア ノ 伴奏は谷峰子。 金谷 は第 2 回岐阜 アー ト フ ォ ーラ ムで既に独奏 を行 っ てお り 、 こ の会の趣旨 (美術作品と 音楽演奏会の融合) に賛同 し 今回再 び参加 し た次第 であ る。 普段の コ ンサー ト 会場 と は異 な る寺の本堂での演奏 (写真10) は、 響き的には残 響の少 ない乾い た音 と な り 、 チ ェ ロ の深い響 き と 幅広い 表現 をつ く り だす物理的な倍音成分が極端に少な く なる。 し か し そのマ イ ナ ス面があ る に も かかわら ず、 金谷は こ の場での演奏会 を き わめて有意義 な場 と 捉え てい る。 そ れは、 こ の特殊 な空間 での聴衆 と の距離の近 さ に よ る、 響き を超え た表現伝達密度の濃 さ と い う ものが存在す る と い う 。 通常の残響豊かな ホ ールでは確 かに楽音 その も のが美 し く 磨き上げ ら れ、 演奏自体が独自の芸術性 を持 ち出すが、 あ る意味 そ れは聴 き手 と の一定の距離 をつ く り 出 し てい る と も言え な く ない。 その点、 今回の寺の本 堂 と い う 特殊な空間は、 逆に音楽の 「生の」 表現 を直接 伝え る こ と が出来 る と 金谷は語 っ てい る。 で っかくて なが一い接 を 書集にa わせて

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写真 7 絵画ワークシ ョ ップ チラシ 原画 佐藤瑛気 写真 8 ポ ス タ ー 原画 小笠原 宣 制作 神谷ま さ子 写真 9 コ ン サー ト準備 本堂の両脇天井に吊 し た子 ども た ち の個人作品 , r-・ '

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写真10 コ ンサー ト の様子 本堂で演奏す る金谷 (右) と 谷 (左) 写真11 コ ンサー ト での合唱 聴衆 と 共に全員 で歌 っ た 演奏会全体は 2 部で構成 し、 プロ グラ ムは以下の通り で あ る。

[第 1 部]

1 . 鳥の歌 (パ ブロ ・ カ ザルス) 2 . こ の想い、 届け東の空に (編曲 : 草野次郎) 3 . みんながい れば (詩 : 束北 と 岐阜の子 ども たち 3 名 曲 : 草野次郎)

[第2 部]

1 . ダイ スの瞑想曲 ( マ スネ) 2 . ィ◆の街 (團伊玖磨) 3 . 浜辺の歌 (成田為三) 4 . チ ェ ロ のための組曲 「風の谷のナ ウ シ カ」 よ り (久 石譲) 5 . 明日への プレ リ ュ ー ド < アウ ェ ・ マ リ ア> (バ ツハ : グ ノ ー) 6 . 華麗 な る ポロ ネ ーズ ( シ ヨパ ン)

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[ 第 1 部] は今回のテ ーマ であ る東北大震災への追悼 的内容で固めた。 冒頭、 カ ザルスの ォ 鳥の歌サ で故国 を 想 う 哀愁 に満 ち た抒情的名曲に よ っ て ま ずは追悼の念 を 表 し た。 次に ォ こ の想い、 届け東の空にサ は東北民謡 を メ ド レ ー式 に綴 っ た編曲 で あ る。 本来、 オ ーケ ス ト ラ と 合唱 の ため に編曲 さ れた も の を、 今回の演奏会の ため に 草野が チ ェ ロ と ピ ア ノ 用 に再 ア レ ン ジ し た。 内 容は、 < 斎太郎節 (宮城県) > < 南部牛追い唄 (岩手県) > < 会 津磐梯山 (福島県) > で、 被災 し たそ れぞれの県の有名 な民謡 で構成 し てい る。 そ し て前半の最後 に今回の テ ー マの メ ー ンと も言え る児童合唱 曲 ォ みんながい ればサ を 発表す る前に、 子 ども たちが夏休みに制作 し た巨大 な絵 画が天井から舞台後方全面 に下 ろ さ れた。 こ れは子 ど も たちが制作 し た美術作品と 音楽作品が最終的な融合 をこ の場 で完結 さ せ る ためで あ る。 さ ら に プロ グラ ムに印刷 さ れてい る歌詞 を使 っ て会場の聴衆が共に参加 し 歌え る よ う に と 、 聴衆 と の歌の練習 を一度試み、 本番 では歌詞 の第 3 番 ま で を聴衆も含めて全員 で歌 っ た (写真11) 。 演奏は子 ども たちの生き生き と し た歌声が響き渡り 、 当 初の計画は予想以上の効果 を も た ら し た。 子 ども た ちの 絵 に包ま れなが ら 音楽 と し ての表現性がそ こ に加味 さ れ て、 美術 と 音楽の充実 し た結 びつき がこ の瞬間 に実現 し 得たと 言え る。 (草野)

III 成果

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1 音楽に つい て 私は今回の東北訪問以降、 こ こ での音楽がなすべき役 割に関 し て様々な思いが交錯 し紆余曲折 し た。 し か し被 災 し た人々やそ れ以外 の人々 も含 め て、 最終的 に音楽 を 通 じ てその心的痛みが共有 で き 、 そ し てその先に 「何 ら かの希望の光が生ま れる よ う な場 を作 る」 と い う 意味 で の今回の子 ども によ る詞 と 私の旋律 と の、 いわば 「合作」 発表は聴衆 も含めて最 も納得の ゆ く 形 であ っ た と 断言で き る。 ま た 「合作」 を完成す る ま での プロ セ ス も き わめ て重 要で あ っ た と 言え る。 子 ども た ち と の詩の中での コ ン タ ク ト 、 直接 の練習 を通 し ての コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン等 々 で 次第 にこ の テ ーマ に関す る共通意識が音楽の中で高め ら れてい つた。 本番当日の聴衆 と 合同 で歌 う と い う 発想は すべ ての演奏会におい て効果的 と は思え ないが、 今回に 関 し ては本堂の限 ら れた空間の中で聴衆が歌 う 歌わない に関わら ず、 その臨場感 に よ る一体性があ っ た と 感 じ ら れる。 プロ グラ ム構成 で は、 子 ど も た ち の歌の手前 で東 北民謡の編曲作品 を置き、 東北民謡の特有のべ一 ソ スや 生命感 を こ こ で提示 し たこ と も有効であ っ た と 考え ら れ る。 (草野)

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2 ア ー ト 活動について こ れま での作家によ る作品展示の形式は、 作品 を見せ る側 (表現者) と 見 る側 (鑑賞者) と い う 限定的 な立場 に分け た。 そ し て、 企画者はその役割 を そ れぞれが十分 果たすこ と を期待 し てき た。 し か し美術館や画廊等 と 比 べ、 強固 にその役割 を期待 し ない寺院では、 鑑賞者は作 品 と 共に独特 な空間 を も楽 し むこ と がで き、 ま た表現者 に と っ て も新 たな表現の場 を得 る こ と がで き た。 し か し、 今回は表現す る喜 びの大切 さ を知 つた東北の活動 を踏ま え、 そのよ う な立場 を取 り 払い、 こ れま で と は異 な っ た コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ンの形式 を提示す る た め、 誰 も が参加 で き るワ ー ク シ ヨ ツプ を企画 し実行す る こ と がで き た。 ア ー ト 活動 に よ っ て 「東北 に関わ っ て何かで き ない か」 と い う 思い に、 現在 の ア ー ト フ ォ ー ラ ムが出 し た最良の 答 え だ と 言 つて も よ い だ ろ う 。 ア ー ト の テ ーマ と し て、 「 生」 「死」 「命」 と い っ た要 素 をはずす こ と がで き ない と 考え る。 死 を身近に感 じ た 震災 を背景 に し なが ら も、 生 き生 き と 活動 し た時間 を企 画者側 も 共有 で き た こ と は意義深い こ と であ っ た。 特別 な東北支援 プロ ジ ェ ク ト ではな く 、 普段考え る ア ー ト の 延長線上にあ る活動 と し て、 人 と の関わり の中で継続 し てい く こ と が重要であ る。 (佐部利、 二村)

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3 子ど も た ちの変化 に ついて 今回は特 に子 ども た ち の参加が重要な意味 を も っ てい た。 先述 し たよ う に役割 を超え て、 自 ら参加す る意義 と 共 に、 企画者側 に人 を つ な ぎ、 育 て る環境 を つ く る と い う 寺院本来の役割 を再認識 さ せた。 こ れま で、 こ の寺院 空間 を芸術的 な意味におい て、 独特の空間 と 捉え活かす こ と では成果 を上げ て き たが、 日常 か ら 離 れ、 学校 な ど の枠組みと は別の空間 と し て、 「居場所」 を提供で き た こ と は大 き な成果だ っ た と 言え よ う 。 東北か ら 移住 し た K 氏は、 「 学校や家庭 な ど と は全 く 違 う コ ミ ュ ニ テ ィ が こ の岐阜 ア ー ト フ ォ ー ラ ムで あ っ て、 そ こ に自分 の新 た な居場所 を見つけ る こ と がで き た」 と い う 報告が さ れた。 ま た東北から 移住 し た子 ど も た ち の変化 を、 夏から 秋 へと活動 を継続する中で感 じ るこ とができた。 ワー ク シ ヨ ツ プでは、 不安の表 れと も 捉 え ら れる行動 を見せた子 ども も い たが、 コ ンサー ト 会場では積極的 に仕事 を手伝 う 姿 や自 ら話 し かけ る様子があ っ た。 事実 K 氏から 「絵 を描 い て自慢で き た子 ども は自信 を つけ、 歌詞に挑戦 し た子 ども は、 その後の生活面で も 前向 き にがんばるよ う にな っ た」 と の嬉 し い報告があ っ た。 そ し て子 ども た ち の成長 を父兄 も感 じ取り 、 活動参加 を肯定的に捉え ら れるよ う に変化 し たよ う だ。 さ ら に空間 と 時間 を一 にす る こ と 以外 に、 美術 と 音楽 の融合 を どう 図 るかと い う 問題がこ れま で も 浮上 し てい たが、 子 ど も た ち の活動が軸 と な り 、 美術 と 音楽 を時間 的 に、 そ し て内容的 に も つなげ る役目 を果た し た と 言え よ う o 当日会場では31名から ア ンケ ー ト を得た。 その内訳は

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40代 から80代 ま で幅広い世代 に渡 っ てい る。 中で も 第 2 回 か ら の リ ピ ー タ 一が約半数 を し め、 回 を重 ねる度に認 知度が上が っ てき たこ と は、 ア ー ト フ ォ ーラ ムの継続 し た活動の成果 で あ ろ う 。 ア ンケ ー ト で最 も多 か っ た意見 は 「子 ども たちの大作絵画が素晴 ら し かっ た」 (40代女 性) 、 「子 ども たちの合唱に感動 し た」 (50代女性) で、 やは り 訴求力 は子 ど も た ち に あ っ た よ う だ。 子 ど も た ち に よ る “ ア ー ト パ フ ォ ーマ ン ス” と し て、 来場者の感動 を呼 ぶ結果 と な っ た と 言え る。 「非常 に心 地よ い空間」 (80代男性) 、 「母親の胎内のよ う な不思議 な感覚」 (40代 女性) と 言 っ た声から も、 会場の一体感が図 ら れてい た こ と が見 て と れ、 企画者の思いが形に な っ た と 言え る。 こ の こ と は 「 子 ど も た ち の絵、 コ ー ラ ス、 チ ェ ロ の演奏 すべ てが響 き あ っ て心豊かに な り ま し た」 (60代女性) と の声 に言い当 て ら れてい る。 ま た ア ー ト フ ォ ー ラ ムに は多 く の ス タ ッ フ が関 わ っ てい る が、 子 ど も た ち の参加 に よ り 、 多 く のこ と を感 じ考え る機会 と な っ た。 初めて 会 っ た子 ども同士 やス タ ッ フが開放的 な境内 で遊 んでい る姿が見 ら れ、 交流が自然に行 われてい た。 ス タ ッ フ の 一人小森から は、 そ れこ そが 「響 き合 う 心」 ではなか っ たかと い う 意見があ っ た。 ま た 「今回は特 に相互扶助 に つい て考え る場 を与 え ら れ、 ま さ に社会教育の場 と な っ て い る よ う に思 う 」 と の ス タ ッ フ 澤田 5) の意見 や 「 ス タ ッ フ が的確 に仕事 を こ な し足並 みを揃え たこ と に感動 し た」 と い う ス タ ッ フ 高松 5) の意見 か ら は、 参加者同 士が様々な関係性 を築 き上げ てい く こ と がで き た と 言え よ う 。 そ し て、 そ れぞれが今回の活動 を通 し て、 自 ら の 参加意義 を見つけ た こ と は一つの成果 と 言え る。 岐阜 と い う 地方都市 で、 「 地域社会のつ なが り が希薄 に な る中、 学校 と 言 う 枠組みを離 れ、 お寺 と 言 う 独特の 空間に自発的 に集ま っ た子 ど も た ち や大人が、 礼儀や裝 を意識 し なが ら美術 や音楽に触 れる機会 を提供す る ア ー ト フ ォ ーラ ムの存在意義は大 き い と 思う 」 と い う 澤田の 意見 に加え 、 東北 を思い活動 し た今回の ア ー ト フ ォ ー ラ ムは、 紆余曲折 し ながら も 、 子 ども たちの力 によ っ て様々 な成果 を得 る こ と ができ たと 言え る。 (二村、 小笠原)

IV 課題

こ れま で の報告 6) で は、 岐阜 ア ー ト フ ォ ー ラ ムは、 寺院群 を芸術活動の拠点 と し て文化の発展 を目指 し てお り 、 地元で制作活動 をす る造形作家や音楽家 ら が歴史あ る空間に作品 を発表す るこ と で、 美術館や コ ンサー ト ホー ルと は違い、 非日常的かつ、 その地域特有の展開 を期待 す る こ と が出来 る と のま と めに至 っ た。 し か し 、 第 4 回ア ー ト フ ォ ーラ ムでは、 東日本大震災 に起因 す る地縁 に と ら われない新 た な コ ミ ュ ニ テ ィ の在 り 方 と 捉え方、 こ れら と ア ー ト フ ォ ーラ ムと の関係性の 持 ち方 を巡り 、 計画から実施段階に至 るま で実行委員会 の中で一つの意見 に集約 さ れない場面があ っ た。 そ れら を下記 に示 し 、 今後 の ア ー ト フ ォ ー ラ ム開催 に向け て課 題と す る。

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1 計画段階での課題 今回の企画は、 実行委員会有志数名によ る束北の現場 視察か ら始 ま っ た。 その後の意見交流会では、 実際に震 災を体験 し岐阜市内に移住 し た二つの家族と 、 その支援 団体の代 表者 を迎え て行 われた。 その際に ア ー ト フ ォ ー ラ ム側の被災地に対 す る何か力 に な り たい と の思い が十 分先方 に伝え ら れない ま ま行 われ、 配慮が欠け る結果 と な っ た こ と は反省 し たい。 移住 し た家族の父親で あ る Y 氏からは 「被災 し た子 ど も と し てではな く 、 あ く ま で今、 岐阜 に住む子 ど も と し て捉え て欲 し い」 と の と ま どい の心情が伝え ら れたのだ が、 新聞各記事 には震災 を文脈に含 んだ上での活動 と し て取 り 上げ ら れた。 結果 と し ては当日 の集客 に繋が るの だが、 上記の心情への適切 な配慮 と し て どう だ っ たかは 実行委員 会の中で も議論が進むこ と はなか っ た し、 批判 的 な意見 を出 しづ ら い雰囲気が作 ら れた。 今後 こ のよ う な活動 に対 し ては主催者と し て意図 を的確に先方に伝え たう え で行 う こ と を課題 と し たい。 (堀)

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2 当日の課題 当日は東別院の本堂 と い う 宗教施設が会場 と なり 、 舞 台背景 には子 ども た ち に よ っ て描 かれた絵画が天井 か ら 吊 り 下げ ら れた。 作曲家の草野が作 っ た楽曲に合わせて、 被災地や県内 の子 ど も た ち に よ っ て創作 さ れた言葉 を元 に作 ら れた詩 を添 え 、 関 わ っ た子 ど も た ち と 地元 の子 ど も合唱団が歌い上げた。 そ こ にチ ェ リ ス ト の金谷 と ピ ア ニ ス ト の谷 を加え た編成で演奏 し た。 熱心 に聴 き入 る観 客は、 感動的な雰囲気に浸 るこ と ができ た様子がア ンケー ト から も伺え る。 し か し 、 会場の募金箱の設置や、 コ ンサー ト の収益 の 幾分かを募金 し た こ と も あり 、 芸術活動 と い う よ り 先の 大震災によ る被災地の救援 と い う 目的 に偏 り す ぎた感が あ る。 佐部利 の ア ー ト ワ ー ク シ ヨ ツ プに よ る巨 大 な絵 画 は、 寺院空間 を今 こ こ で し か味わえ ない空間に一変 さ せ る効果があ っ た。 ま た、 コ ンサー ト 終了時に金谷は挨拶 で、 被災地の住人であ る と 同時に演奏家 と い う 狭間 での 葛藤 を通 し て、 やはり 自分は演奏家であ る と 言い切 っ た。 絵画作品 も 演奏作品 も芸術性の高い も ので あ るか ら、 鑑 賞者がそ う し た芸術性に浸 れる導 き のよ う な も のが必要 で あ っ た。 画家であ る藤田嗣治の作品 「 ア ッ ツ島玉砕」 を例に挙 げ る と 、 戦争 と い う 絶望的 な中での人間 を描 く こ と は、 芸術の独立性 を守 る ため必死の抵抗 と 感 じ取 る こ と がで き る。 極端 な一例で はあ るが、 どのよ う な状況の中で も 、 芸術 に携わる者はそ れの持 つ本質的 な意味 を常 に問い続 け る必要があ る。 (佐藤 (昌) )

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3 今後の課題 今後の ア ー ト フ ォ ーラ ムの持 ち方 と し て、 実績 を持つ 芸術家の作品紹介にと どま ら ず、 若い芸術家の展示や芸 術 の実験的試 みな ど、 ア ー ト の も つ面白 さ や奧深 さ を味 わえ る機会 と な る と よ い。 作家の持 つ芸術性 をの びの び と引 き出すこ と が重要であ る。 こ れま で の コ ンサー ト を伴 っ た企画 にお い て、 集客面 では良い結果が得 ら れてい る。 今後、 美術作品展示に主 眼 をおい て企画 を行 っ た場合、 こ れま で行 っ て き た 2 時 間程度のイ ベ ン ト の形 と す るこ と は難 し い。 仮に 1 週間 単位での時間の展示 と し た場合 も、 不特定多数の人問が 出入 り す る寺院の場所の特性上、 ま と ま っ た期間 を占有 す る こ と や、 管理面の問題 も あ り 工夫が必要であ る。 そ の上 で、 期間 や集客 の工夫 をバ ラ ンス よ く 組み合 わせ る 展開の検討が求め ら れる。 ま た、 震災復興に向け て さ ま ざま な形 で支援の必要は あ るが、 別の部門あ るいは組織 を立 ち上げ る な ど、 ア ー ト フ ォ ーラ ムの活動 と は切 り 離 し た上で、 次回はこ の章 の冒頭 で述べたよ う な本来の趣旨に立 ち返 っ た活動 と し たい。 (奧村) お わ り に 結語 こ れま での岐阜 ア ー ト フ ォ ーラ ムの活動 では、 寺院空 間 におけ る美術文化の創出 と 発信 を テ ーマ に、 ア ー ト を 手掛かり と し た精神 , 感性の拡張 と 凝縮、 人々と の交流 を特徴 と し てい た。 それに加え て本稿で報告 し た活動で は、 寺院の持つ祈 り の空間 と し ての特徴 を際立 たせ、 子 ど も た ち か ら 未来への希望 を メ ッ セ ー ジ と し て、 ア ー ト を介 し て地域社会から発信す る こ と が出来 た こ と が一つ の成果 と いえ るのでは ない か と 考え る。 そ こ には ア ー テ ィ ス ト のみな ら ず、 活動 を支援す る市 民、 当日集 ま っ た観客 そ れぞれの、 社会的立場や職能、 金銭での東北大震災に対 す る支援の形があ っ た。 移住 し てき た家族 ら と 共に生き、 現実に立ち向かう 権利があ る こ と を確認 し たこ と も 、 次への活動の一つの指針 と な り え る と考え る。 こ のよ う な形態 での活動 と な っ た こ と に対 し て、 岐阜 新聞記者の林進一は 「 やわら かな運動体」 に よ る文化活 動 と 表現 し てい る。 ォ有志 ら の被災地訪問に私 (林) が同行取材 し たのは、 ア ーテ ィ ス ト の鋭敏 な感性が、 被災者 ・ 非被災者の二分 法 を超え、 自 らの体験 ・ 課題と し てこ の大災害 を受け止 め るのでは、 と 思 っ たか ら だ。 震災 と い う 社会的事象は 人々に共通 ではあ っ て も 、 体験の形は そ れぞれ異 な る。 幅広い市民が参加 し た今回の フ ォ ーラ ムは、 も と よ り 単 一目標、 評価で く く れない性質 を内包 し てい た。 その広 が り ゆえ に、 良 く も悪 し く も 「 やわ ら かな運動体」 、 と き に 「 あい ま い」 に な ら ざる を得 なか っ た も のの、 多 様 な意見 や提案 に耳 を傾け る精神 と 行動 の “やわら か さ ” な し には何事 も 成立 し なか っ たはず だ。 震災復興が短期 で済ま ないのと 同様 に、 参加者一人一人が今回の課題 を 負 い、 考え続け てい く ほかはない。 芸術作品が個々の創 造の追求であ り つつ多 く の人に共感 ・ 感動の奇跡 を も た らす こ と は、 “壁” を破 り 、 越境す る ア ー ト 本来の魅力 、 特性だろう 。 それは大震災の被災者、 非被災者の区分け を解き放つ こ と に も つ なが るのではない だ ろ う か。 サ 本稿 で述べ た企画の過程 におい ては、 かかわ る人 そ れ ぞれに多様 な価値観があ り 、 そ れに起因す る発言 も多 様 であ っ た。 決 し て一つの意見 にま と ま っ た訳で も な く 、 移住 し て き た家族や、 東日本大震災での被害 に対 し て、 物理的 に何が出来 たのかは明 ら かでは ない。 し か し 、 林 の述べた 「 やわら かな運動体」 の中で見 る こ と の出来 た 子 ど も た ちの笑顔が、 被災 し た厳 し い現実 を背負 い、 並 走せ ざる を得 ない私た ちの救い と な っ た こ と を確認 し、 本稿のま と め と す る。 (堀)

1 ) 美術 と 音楽が融合 し た コ ンサー ト のこ と 。 2 ) 小 笠原宣 ( お が さ わ ら のぶ) 上宮寺住職 画家、 1952年岐阜市生まれ。 1974年京都 ・ 大谷大学真宗学科 卒業 (在学中下村良之介に師事) 、 1983年岐阜県美術 館開館記念展で洋画部門賞、 1984年第27 回安井賞展で 安井賞受賞、 2000年 コペ ンハーゲン、 2010年リ ト アニ ア な どで個展多 数開催。 3 ) 衣笠文彦 ( きぬが さ ふみひこ ) 岐阜聖徳学園大学短 期大学部非常勤講師、 1954年岐阜市生まれ。 1979年愛 知県芸術大学美術学部彫刻科卒業、 アメ リ カ、 メ キ シ コ を始 め中国、 イ タ リ ア な ど世界各 地に旅行、 滞在、 中部総合美術展な ど企画展、 2006年ロ ーマ な ど個展多 数開催。 屋外彫刻モ ニ ュ メ ン ト多数設置。 4 ) 草野次郎 ( く さ の じ ろ う ) 兵庫教育大学大学院教 授、 1955年京都市生まれ。 1979年愛知県立芸術大学大 学院作曲専攻修了、 作曲を石井歓、 保科洋の両氏に師 事、 1990年文部省在外研究員 と し て ミ ュ ンヘ ン音楽大 学の D ・ ア ツカ 一教授の ク ラ ス で研鑽 を つむ。 1996年 朝日賞な ど受賞多数。 5 ) 第 4 回 アー ト フ ォ ーラ ム実行委員 ・ ス タ ッ フ小笠原 宣、 佐部利典彦、 衣笠文彦、 草野次郎、 二村元子、 林 系比さ子、 高橋和江、 小森真人 (東北支援活動等を行う ) 、 神谷ま さ子、 高松秀進 (歯科技工士、 主に会場設営担 当) 、 澤田健司 (主に録音録画担当) 、 佐藤瑛気、 吉田 侑記子、 堀祥子、 河西栄二、 佐藤昌宏、 奥村晃史、 K 氏 (東北よ り 岐阜に移住) 、 Y 氏 (東北よ り 岐阜に移 住) 、 豊田純、 柳瀬 と よ こ 、 宇佐美直子、 松井善眞、 小笠原まや、 小笠原人、 小笠原知佳、 小笠原保、 小笠 原恵梨、 川島安弓美、 岡本朋子、 大森美瑠、 土谷実来、

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6 ) 小笠原宣 ・ 衣笠文彦 ・ 草野次郎 ・ 佐部利典彦 ・ 二村 元 子 ・ 奥 村 晃 史 ・ 堀 祥 子 ・ 佐 藤 昌 宏 ・ 河 西 栄 二 (2013) : 歴史的寺院空間におけ る美術文化の創出と 発信~ 岐阜アート フ ォ ーラ ムの活動報告~ 岐阜大学 教育学部研究報告 (人文科学) 第61巻 2 号、 123

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7 ) 林進一 (はやし し んい ち) 岐阜新聞記者 (元文化部 長 ・ 論説委員) 1950年大垣市 (旧不破郡赤坂町) 生ま れ。 74年岐阜新聞入社。 文化部時よ り アーテ ィ ス ト 取 材な どが縁で、 内モ ン ゴル自治区美術交流、 東日本大 震災被災地に同行取材。 8 ) 金谷昌治 (かなやま さはる) 福島大学人間発達文化 学類教授、 東京ハルモ ニ ア室内 オーケ ス ト ラ 団員、 カ メ ラ ー 夕 ・ セ シリ ア主宰、 1980年東京芸術大学大学院 修了、 2000年東京ハルモ ニ ア室内 オーケ ス ト ラ ・ チ ェ コ コ ンサ ー ト ツ ア ー2000な ど公演多 数。 9 ) 佐部利典彦 ( さ ぶり のり ひこ) 画家、 1969年岐阜県 生ま れ。 1992年岐阜大学教育学部美術工芸科卒業、 1994年愛知教育大学大学院修了、 伊藤廉賞展な ど コ ン ク ール出品、 個展開催。 岐阜県内、 横浜、 震災後の東 北な どで、 子 ども たちや障がい を も つ人 と 活動 を行 う 。 ま た、 カ ナ リ ヤ諸島、 スロ ベ ニ ア 中国張家界 な ど海 外 で制作、 ワ ー ク シ ヨ ツ プ を行 う 。 10) す どう 美術館は、 小田原市にあ る個人美術館であり 国内外の現代美術作家の作品展やア ーテ ィ ス ト イ ンレ ジ レ ジ デ ン ス な ど を行 っ てい る。 関連作家 や美術 館 ス タ ッ フ に よ り 、 「 チ ー ムす どう 美術館」 と し て東北支 援芸術活動に も取 り 組んでい る。 11) 佐藤瑛気 ( さ と う え い き ) 心理 カ ウ ンセ ラ ー ・ イ ラ ス ト レ ー タ ー ・ 岐阜への避難者や東北の支援活動 をす るエ イ キエ イ ド参加。 12) 守山繭子 ( も り やまま ゆこ) 兵庫教育大学芸術系 コ ース卒業後、 同大学大学院に進学 し修了。 声楽 を保 坂博光に師事。 平成23年第 8 回兵庫教育大学芸術系 コー ス演奏会 (「蝶々夫人」 よ り “あ る晴れた日に” ) 、 平 成24年、 茨城新作音楽展 (新作歌曲 「いつま で も 、 い つま で も」) な どに出演。 13) 谷峰子 ( たにみねこ ) 全日本 ピ ア ノ 指導者協会正 会員。 愛知県立芸術大学大学院修了。 「日本演奏連盟 オ ー デ イ シ ヨ ン」 に合格 し 名古屋 フ ィ ルハ ーモ ニ ー交 響楽団等 と協演。 ま た神戸合奏団チ ェ ンバリ ス ト と し て も 活躍。 ピ ア ノ を 故 オ ス カ ー・ ケ ーベ ル ら に師事。 東京藝術大学弦楽科助手、 愛知県立芸術大学音楽学部 講師 な ど歴任。 14) 二村元子 ( ふたむら も と こ ) 彫刻家、 1973年岐阜 県生ま れ。 1996年 岐阜大学教育学部美術教育講座卒 業、 1999年同大学院美術教育専修修了、 2004年アート スペ ース Citta (各務原) 、 2008年 ア ク テ ィ ブ G (岐阜 市) な ど個展多数開催。 障がい を持つ人 と の グルー プ 展 な ど も 行 っ てい る。

写真出典

写真 1 ・ 10草野次郎撮影 写真 2 ・ 3 ・ 4 ・ 5 ・ 6 ・ 9 佐部利典彦撮影写真 写真 7 絵画ワ ー ク シ ヨ ツプチ ラ シ 原画 佐藤瑛気 写真 8 第 4 回ポス タ ー 制作 神谷ま さ子 原画 小笠原宣 写真11 2012年10月16 日岐阜新聞朝刊、 林進一撮影

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[譜例 1 ] 旋律 「 岐阜の子ど も た ちへ in A 旋律のみ」

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[ 譜例 2 ] みんな がい れば

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参照

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