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「幼児の表現生活に関する基礎的研究」

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Academic year: 2021

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(1)99. 「幼児の表現生活に関する基礎的研究」 名須川知子* (平成元年9月27日受理) I.はじめに 「言語によって自らの世界を表出する以前から,子どもは身体の水準で,自らの世界の 意味をとらえており,それを行為として表現している。」(1)この記述は,幼児には,その年 齢にふさわしい,その子どもなりのその子ども自身が共有する世界があること,そして, その意味するところを身体の活動,行動として表現していることを示唆している。確かに, 幼児の表現活動は,身体の動きによったり,音声や打音や音楽的なもの,物を操作したり 描画するもの等,言語以外にも様々な表現媒体による行為として見ることができる。この ような活動を中心になされている子どもの表現生活を大人の側から「動き」 「音楽」 「絵 画」的である,と切り離し,分析しても,その子どもの実体には殆ど手が届かない思いに 駆られる。すなわち,幼児の表現活動は,いわゆる教科的発想の枠組みからは,その一面 しかみることができない。そのぐらい幼児の活動は,様々な要素が一緒になって,現前と 大人の目の前で展開されていくのである。 では一体,このあらゆるものが含まれた混在一体となった活動を,どのように見たらよ いのだろうか。さらに,活動の裏に潜む内面の世界には,どうやって近づいたらいいのだ ろうか。 とにかく「子どもが行為を通して語ることに素直に耳を傾けること」(2)を基本的姿勢と して,では,どのような表環活動が,幼児の生活の中でみられ,それが,その子どもにとっ て,どのような意味をもたらせるのか,幼児の表現生活の側面から考察してみたいと考え る。その上でこそ,幼児の表現にとって必要である,或いは不必要かもしれない大人の援 助が具体像として浮かび上がり,その結果,幼児教育内容としての「表現」の中味も明ら かにされると考えるのである。 さて,幼児の行動観察から,その表現性を兄い出そうと試みる前に,従来の研究成果に おいて,どの点が指摘されているのか,文献調査を行なった。その結果,入手し得る限り ではあるが,幼児の「遊び」研究に関するものについてその殆どが発達心理学関係のもの であり,その中でも遊びを"表現生活′′の観点から考察しているものは・さらに少foi、,こ とに気づいた。しかし,現実に幼児の表現活動を取材できる場面としては,いわゆる幼児 の自発的な活動として捉える場合「遊び」の場面が多い。久保田(1973)は,ネコを表現 している幼児について, 「日頃経験していることを,そのまま再現することがすべてなの である。 (中略)きわめて主観的なものであり,表現と表出との中間的な傾向をもつ」(3) と記し,遊びの中にみられる、、表現〝と、、表出〝を区別している。それと反対の立場をと るのが,津守(1989)である。 「私が子どもの生活に参与し,あらゆる感覚と全存在をもっ て子どもと交わるとき,子どもは自らの世界を私に開いて見せる。そのとき,私が見てい る子どもの行為は,単なる行為の断片ではなく,子どもの存在の世界の表或となる。」(4)に 示されるように,大人が子どもと,その全存在をかけて出会おうとする時に示す子どもの *兵庫教育大学第1部(幼児教育講座).

(2) 100. 行為は,その子どもの表現であるとしている。ここには,その子どもを"見よう′′とする 大人の側の前提が重要であるが,そこにあらわれる子どもの具体的な行動は,全て表現で あるという主張に根ざしていると言えよう。 同様に,村田(1961)は,表現とは, 「内面のイメージや思考についての意図的表現」(5) であるとし,乳児には,その活動はみられないが,より「原初的な表現」としては,内面 性を関与しなければ,生まれた瞬間からみられる,としている㌘) このように, 「表現」の概念規定は,様々であるが,本来の幼児の行為,そのものから, その内面性を推測する,という研究目的からここでは内面が関わると思われる行為を全て 「表現」として取り扱うこととする。この立場から,幼児の衝動的にみられる行為も,はっ きりどのような内面性からその行為がとられたのかは明らかではないが, 「表現生活」の 一部を示すものとしては取り上げたいと考える。 次に「表現」する行為があらわれる際には「表現したいもの」があるはずである。これ が,前述したことばの中にみられる「イメージ」であり, 「世界」なのである。しかし, この2つの用語の意味は異なっている。まず,イメージについては,その概念は移しい数 に上るが,ここでは「心のなかにつくる像,心像」(7)として捉えよう。一方,世界にあた るものは,幼児の外面的行為に対する内面的なものであり,幼児の行為を通して大人がふ れることのできるものである。また,幼児と大人が内面世界を共有することが可能なもの である。 幼児の表現生活を知る上には,当然,イメージも,内的世界も重要である。そして,こ れらが重複することも考えられる。しかし,本稿では,目の前の幼児が「何を」表現しよ うとしているのか,ということを「イメージ」とし,さらに,それらの表現活動(行為と イメージの両方を含めて)から,その子どもの内面の世界を垣間見ることを試みたいと考 える。. Ⅱ.研究方法 自然観察法による,対象児の行動の全記録を行なった。対象児は, 3歳女児(1986年9 月17日生まれ) 1名(A子)であり, A子を中心にその行動記録をとった。観察期間は, 1989年10月30日4990年9月12日で, 1週間∼10日に1度,保育園(兵庫県東条町)を訪 問して行なった。総観察回数16回,総時間数17時間16分, 1回当りの観察時間は平均1時 間4分45秒である。 A子の観察時の月齢は, 3歳1か月から4歳直前までであり,その期間は11か月である。 観察時間は,全て午前中,幼児が自発的活動を行なっている時を中心に記録した。 このような1名の行動記録という研究手法に依った理由は,幼児の表現生活にみられる 表現活動を,幼児の内面の世界をあわせて,読みとろうとする上で,できるだけ「自分が 子どもにふれた事実から,子どもの世界を感じよう」(8)とする為に,焦点を絞ったこと, そして,その幼児の世界を,できるだけ長期間にわたって,長い時間の中で見ようとした 為であるO例えば,その時,二時的にみられる表現活動を,行動として記録することはで きる。さらに,何をあらわそうとしているか,イメージの見当もっく場合もあろう。しか し,その幼児にとって,その活動がどのような意味をもっているのか,ということは,な かなか速断でき難いと思われる。だが,ある程度の期間におけるその活動についての考察 がなければ,その幼児の内面を知ることはむづかしいであろう。 以上, A子の個人の行動観察より, (1)どのような表現活動がみられるか, (2)音や動き,.

(3) 101. 「幼児の表現生活に関する基礎的研究」. 絵画等の表現媒体は,どのような関わりをもっているか,の観点から,一連の流れの中で の行動を追いながら, A子の内面の気持ちに沿って表現活動を考察したい。 Ⅲ.表現活動のあらわれ (l)全体の概要 〔表1〕 A子の表現活動の概要 雷. 現活動 長 い 表現 活 動 観 察 日時 1. 19 89 年 1 0月 3 0 日 (9 :34 - 1 0 ‥48 ). 短 い表 現 活 動. . キ リ ンの 横 に寝 そ べ る ( 7 分 間 ) . ジ ャ ン グル . ジ ム の ピ ンク .. . 三輪車. サ ラ砂 づ く り 9 :45  ̄ 9 二 5 7 (12 分 間 ) 10 :05 - 1 0 ‥15 (10 分 間 ). タ I ポ ( 9 分 間) . ビ ニ ー ル . ト ン ネ ル (16分 間 ) 2. 19 89 年 11月 1 日 (9 :38  ̄ 10 二28 ). . 絵 本 を も っ て (15分 間 ). . ま まごと . ままごと. 3. 19 89 年 11月 10 日 C9 :40  ̄ 12 :10). . 散歩. . あ り , ど ん ぐ り拾 い . 鳥の巣. (22 分 間 ). .. . 描 画 ( 11 分 間 ). ① ②. 「ど ん ぐ り こ ろ こ ろ 」 の歌. 4. 19 89 年 11月 2 5 日 (9 :20 - 1 0 :2 5). 5. 19 89 年 1 2月 14 日 (9 :35 - 1 0 :43 ). 6. 198 9 年 1 2月 2 1 日 (9 ‥ -1 0 :49 ). .地 面 に 絵 を か く . 畑 で 走 って 歌 う. 7. 199 0 年 1 月 2 6 日. . ス ポ ン ジを も って. I .. (粘 土 を 見 る ). 9 :3 8  ̄ 9 :44 ( 6 分 間 ) 9 :5 2  ̄ 10 ‥09 (1 7分 間 ). . 絵本 ( 14 分 間 ). . ま ま ご と (5 0分 間 ) . 描 画 (17分 間 ). i -. (10 :15  ̄ 10 :5 0 ) 8. 9. 1 99 0年 4 月 1 7 日 (9 :14 - 9 ‥5 0). . 車. (年 中 組 の 表 現 ) ( 8 分 間 ). . 輪重ね. 9 :2 8 ̄ 9 :53 (2 5分 間 ). . 鎖昇 り. 1 99 0年 5 月 1 0 日. . カサ回 し. (9 :25  ̄ 9 :5 0J 10. 1 99 0年 5 月 16 日 (9 :3 6  ̄ 10 :34 ). . 砂 場 の 穴 掘 り , 山 づ く り (40 分 間. ll. 19 9 0年 5 月 30 日 (9 :3 8  ̄ 10 :3 5 ). . 砂 と ジ ュ ー ス ぴ ん (22 分 間 ). 19 9 0年 6 月 6 日 (9 :3 8  ̄ 10 :4 0 ). . お た ま じ ゃ く し (3 1分 間 ). 19 9 0年 6 月 13 日. .描 画 ( 7 分 間 ). 12. 13. (9 :2 0  ̄ 10 : 40 ) 14. 19 90 年 6 月 20 日 (9 :2 5  ̄ 10 :2 5 J. 15. 19 90 年 9 月 5 日 (9 :45  ̄ 10 :5 2). 16. 1 9 90 年 9 月 1 2 日 (9 :45 - 10 ‥4 5 ). . 9 ‥3 8 ̄ 9 :39 ( 1 分 間 ) 9 :4 8- 9 :50 ( 2 分 間 ) 9 :38  ̄ 10 :0 4. (2 2 分 閏 月. ※ 4 分間中断 . うん て い. l. 9 :44  ̄ 9 :48 ( 4 分 間 ). .三 輪 車 . 絵 本 の 途 中 の リズ ム. .三 輪 車 ( 7 分 間 ) . ま ま ご と (45 分 間 ) . お 家 づ く り (7 分 間 ). . 年 中組 と い っ しょ に リズ ム .水 筒 の 水 で . 走 り終 わ り. . ま ま ご と (22分 間 ). .積 木 上 の ジ ャ ン ケ ン .絵 本. -.

(4) 102. A子の表現活動の概要について整理したものが,表1である。観察期日の順に従い, 6 分以上継続した「長い表現活動」と, 6分以下のその瞬間をとらえた表現も含めた「短い 表現活動」に大別できる。 6分で区切った理由は,この観察結果から, 6分以上のものは 観察している側からみると,ずい分長く,その,様々な活動の展開がみられるものであっ たということによる。それ以外の活動を「短い表現活動」の方へまとめたが,その中には, 30秒ぐらい,或いは瞬間的に表現活動としてみられるものも含めている。 その他,観察総回数16回のうち, 6回にわたり,同一の活動がみられた。これは他の活 動とは異なり,継続的にみられたものである。具体的な活動は「サラ砂づくり」である。 A子が板の上に砂をのせ,両手で板を上下させて徐々に重い砂をとりのけ,最後に板の 上に,サラサラした白っぽい砂を残す,という活動である。その砂をコップ等の中にため たり,時にはその中に少量の水を入れ,固めたり,ダンゴの形に作ったりする。これにつ いては後述する。 (2) 「ままごと」の展開例 A子の表現活動中,ひとまとまりの最も長い活動は,観察0.5の「ままごと」 (50分間) である。次いで, Na14の「ままごと」 (45分間)であるO 「ままごと」は, Nal6 (22分間)にもみられるが,その内容はいずれも異なっている。 N0.5では, A子が母親或いは姉役になって,ままごとの用具で遊び,途中「動物病院ごっ こ」へと展開するNo.14では「赤ちゃん」役のぬいぐるみを中心に,やはりA子は母親役 になり,同年齢の他の女児を姉役に指名して活動しているNo.16では, A子は姉役である が,ペットのネコ役の女児を活動の役割上での中心として,活動を展開している。 〔表2〕 A子の表現生活(3歳児)観察(No.5)ままごと (少. 場 面 写真を とる. 表 現 A 子 , ブ ロ ック を方フう に見 立 て て写 真 を と る0 手 で ピー ス をす る。 女 児 B と 2 人 でO. 子 ど もの 気 持 , そ の 他 A 子 は , そ れ まで , ま甘 さ盲 面 準 備 を して い た が , 写 真 を と って も らう 様 子 に つ ら れ て い く0 ( ま ま ご とが う ま く始 ま ら な い0 ). (塾. う さぎ に な って 跳 ぶ. 女 児 B , うさ ぎ に な って A 子 の ま わ り で ピ ョ ン ビ a ンとぶ. ③. ネ コに な って な く. 女 児 C 「ニ ヤー ニ ヤー」 言 い なが ら ブ ロ ック の箱 に片 足 を のせ る. ④. ブ ロ ック の車 にの る (バ イ ク ? ). ブ ロ ック を つ み上 げ , 車 に見 立 て て , A 子 , 男 児 D が の る0 A 子 「エ ンジ ンか け て くれ」 と D に言. く 探 索 > あ ち こち の 箱 を の ぞ い た り , プ ロ ツ ロックにさわ る う さ ぎ や ネ コ は ま ま ご と (A 子 ) の 周 囲 で 加 わ る と もな く , A 子 の こ と を 気 に しつ つ 活 動 動 して い る0 く 試 み > nを *.気 '.i IA 子 は 2 人 の女児 に il せ--iず , まま 」との放 定 をす る0 男 児 の ブ ロ ッ クの 車 の イ メ ー ジ に A 子 も加 わ る0 < 転 換 >. *'o 男如 , 女児 B , C がその車に町 わ つて の る0. 他 の 男 女 児 も加 わ る< 同 調 >. ⑤. 車の中で , 映画 を見 る話. み ん な で , 映 画 を 見 る こ との で き バ イ ク の話 を す る0. ブ ロ ッ ク は , は っ き りパ イ ク に か わ る0 バ イ クに の り なが ら , い ろい ろ な 話 を す るO. ⑥. ままごと. A 子 「ごほ ん が あ れ ば - 」 と歌 う0 「そ ん な こ と言 わ な いで お 母 さん ご っ こす る人 , 指 と まれ 」. < 発展> A 子 桔 , ま ま ご とへ 戻 ろ う とす る0 ま ま ご と は 中 断 した ま ま で あ る0 しか し, 動 物 病 院 が 始 ま るく 揺 れ動 き> ∼ く 転 換 >. ⑦. 動物病院 ごっこ. A 子 「ふ じ も と ネ コ ち や- ん 」 等 と呼 び 注射 を す る0. ⑧. 箱のお風 呂. 箱 を お 風 呂 に 見 立 て て 「ごめ ん な さ い , 私 が ‥… .だ か ら」 と歌 う0. 病 院 ご っ こか らA 子 は , ま ま ご と へ 戻 ろ うと す る0.

(5) 「幼児の表現生活に関する基礎的研究」. 103. 表2は,ままごとの事例の展開であるが, A子の表現活動を中心に整理したものである。 これらの展開は<探索- (試み)一転換-発展一揺れ動き一転換>という道筋をたどり, 最後は,描画活動に移動し,ままごとは消滅する。 幼児の表現活動の開始は,この例にもみられるように, "探索活動〝と命名されている, あちらこちらへ何かでき得るものを探しているかのような行動を多くみることができる。 そして,そこで得た何かを契機として,自分のみつけた活動が行なわれる。このような活 動の展開については,久保田(1973)も同様に指摘している(9) 以上, 「ままごと」の-事例を中心に,表現活動の展開の概要をみたが,表1に示され る活動の中で, 6分以上の活動については,ひとっひとつの活動が,それぞれの展開をも ち何かのきっかけ,ことば等による刺激によって,多種多様な発展をし,その中にことば や音や身体の動きや絵画等の表現媒体を有した「表現活動」が兄い出されるのである。 次に,それらの表現媒体の関わりについて考察しよう。 Ⅳ.表現媒体の関連-律動性 表1でみられた表現活動は, A子自身の身体の動きによって,或いは声によって,絵を 描くことや,物をつくること等により,目の前に行為としてあらわれている。それは, A 子が表現しようとする際のひとつの表現媒体である,といえよう。表現活動は,決して単 独に突如行なわれるのではなく,様々な状況の中で,いろいろな媒体を通して行なわれる。. (1)ことばと声と身体の動き 〔事例1〕 (表1, Na5以下同様に示す.) A子は,ままごとの活動(No.5)の途 中でその活動が停滞し,連続しない場面 で「ごほんがあれば-」と即興で歌い始 める。 (楽譜①参照)歌が終わると「そんなこと言わないで,お母さんごっこする人,指 とまれ」と言って隣にいた女児と手をつなぐ。この歌をきっかけに,ままごとから動物病 院ごっこへと活動が変化する。 この事例では,ままごとを続けるグループと病院の話を持ち込むグループがあり, A子 自身も,ままごとをしながら注射の話をしたりしていた。しかし,それらが他の幼児に共 通のイメージとして定着しないまま,ままごとも混乱し始めてきたのである。 A子は,自 分で歌うことにより,ままごとの方へ意識をもたせようとする。そして,リズミカルにや や快活に「この指とまれ」と周囲の幼児に声をかける。そして,次に指にとまるのではな く, 「手をっなぐ」という行為がみられる。 ここに, A子が何か混乱した,もやもやしたものから突破口を見つけ出し,それがリズ ミカルなことばや,手をっなぐ行為へと連続させる誘引となったことがわかる。また,こ とばのリズムが弾みとなって,周囲の幼児と手をっなぐ,という新たなる活動の転換を予 期させる行動へつながったと言えよう。 〔事例2〕 (No、2) A子は園庭におかれているビニ、ル・トンネル(伸縮してトンネルとして通り抜けられ るもの)杏,めずらしそうに見ている。手で触れて,トンネルの中をのぞく。そして「み.

(6) 104. んな,おったで-」と大声で叫ぶ。次に,ト ンネルを伸縮し始めるが,,すぐ中に入り「ト トトト--'J (楽讃②)と歌い始める。さら にトンネルの奥に入り,今度は「オーロ,ロ ロロ・--」 (楽譜③)と歌いながら,身体を トンネルのカープにそって回転させている。 この事例では, A子が探索活動をしながら,. 身体の動きにあわせて,即興的に歌っている。これは身体の動きのリズムがことばを生み 出し,同時にメロディーを伴った発声,すなわち歌の始まりとも言える行動である。トン ネルの中で身体を自然に沿わして転がりながら,多分, A子は大変心地良かったのだろう。 身体感覚でつかんだ快適さが,リズムを通して歌となって表現されている。 クラーゲスは, 「リズムの本質」の中で,本来人間のリズムが身体の動きから生まれ, 音も動きも一体となった形であらわれる,と指摘している(.Wこれが原初的なリズム体験で あるのなら, A子のこの何気ない動きと歌は人間に本来備えられている,リズムと動きと 歌の根本的な関わりのあらわれ,と言えるかもしれない。 (2)ことばと声と描画 〔事例3〕 (No.5) A子が,隣で絵を描いている女児に「これ日日・・みたい」 「おふね?車?」 「ケロケロビー ちゃんかしら?」と,いろいろなことばで話しかけている。女児は,全く応答せずにひた すら絵を描いている.A子は「ケロケロビー,ケ,ロ,ケ,ロ,ビー」と繰り返して歌い ながら自分も絵を描き始めた。 (楽譜④). A子の描画活動が, A子自身の即興歌から引き出された事例である。ここでは,隣の女 児を見ながら話しかけている自分のことばの響きが,リズミカルでおかしみをもっている ため,そのことばに抑揚がつき,施律をもち描画活動へと展開している。 次の事例は,絵本からのリズムをやや意図的に増幅させたものである。. 〔事例4〕 (No.13) A子は,先生が読む絵本を熱心に見ている。絵本の途中で, A子が絵本の中味について 話しかける。その後, A子は自分の膝を叩く。 (楽譜⑤)その様子を見ていた先生が「卜 ントン一一」と言って, A子の膝打ちの リズムを声で再現する。 A子は先生の声 にあわせて身体を何回も揺らしている。. 「「. このように, A子が絵本にひきつけられながら思わず膝打ちしたリズムを,先生が声で 再現することで, A子はより嬉しくなり,今度は身体全体を揺らす動き-と発展する。 A子が膝を叩くことで外面へあらわしたリズムが,フィードバックされることで,より.

(7) 「幼児の表菟生活に関する基礎的研究」. 105. 大きな身体の揺れ,という表現を導いている。 以上のように,ことばや声,描画,歌,身体の動きという表現媒体が単独ではなく, A 子の表現活動の中で複合してみられることが明らかとなった。そこには,身体の動き,こ とば,声,描画共に,それぞれの表現媒体のもっているリズムが共通にみられる。リズム, すなわち律動性が,各々の表現媒体の架け橋となっているのである。ことばのリズムが歌 や絵を生み出し,身体の動きの律動性が,ことばや歌を引き出す。さらに,リズムが再現 されてフィードバックすることによって,より大きな揺れのある律動性となるのである。 幼児は表現することで,外にあらわし,内面の世界を外在化することによって,より大 きな反響を自らの内面に再び返すことになる。すなわち,外に出すこと(表現)と内面に あるもの(世界)は,キャッチ・ボールしつつ,よりはっきりして大きなものとして,次 の表現に連関するのである。 そして,それはことばと音,動き,絵等の表現媒体の関わりの中で「律動性(リズム)」 を共通項として,同時に,或いは連続的に関わっているのである。 Ⅴ.表現活動におけるイメージ 表現活動における表現媒体をつなぐものとして,それぞれの媒体に有する「律動性」を 兄い出した。さらに,共通なものとして,あるひとつのものを,何かであらわそうとする 以上,そこには,イメージに関わる想像性が関与してくるOそれは,何を表現しようとし ているか,という内容にも関連する。 本研究では,あるひとっの想像上のものが何度もA子の表現活動にあらわれる,という 事例について検討する。具体的には「怪獣」ということばである。 A子の表現活動の中で は「ピンク・ターボごっこ(表1)」,「どこ-ル・トンネル(同No.1)」,「まま ごと(閣NO.5)」, 「ままごと(同No.16)」の4場面で"怪獣〟が登場する。 A子にとって,どのようなイメージをもつものなのか,事例から検討したい。 〔事例5〕 -1ピンク・夕、ポ(Nal) ジャングル・ジムで, 2名の3才男児が遊んでいる所へA子が入っていく。 A子は,自 分で「A子,ピンク・ターボ」と言い,他の男児は「おれ,ブルー・ターボ」とか「からっ (カラー?)ターボ」と言い,自分の役をそれぞれ自分で決めている。男児は,お互いに 「おまえ,変身してないやないか」と言い, A子に対しては「A子ちゃんも変身している」 と言う。そのうち, 1名の男児が「悪者がいるかな?」と言いながら,手で双眼鏡をつく り,ジャングル・ジムの上からまわりを眺めている。 A子が横から「怪獣がおるよう」と 答え, 「怪獣があらわれた」と言い,ジャングル・ジムに片手で吊り下がりながら大声で 叫んでいるO次いで, A子は「どうだ,トウt」とジャンプし,ジャングル・ジムからと び降りた。その間,誰もA子の言葉や動きには反応しない。 A子は,次に隣の木工アスレ ティックの方へ移り,そこにおいてある三輪車を降ろそうとする。しかし,うまくいかな いoそこでA子は「だれか-1この怪獣を--」と叫ぶが,誰も応答してくれない。 ここでの「怪獣」は, A子にとって他の男児の言った「悪者」である。そして,怪獣が 来た,ということでA子はジャングル・ジムからとび降りたり,隣の木工アスレティック -移動したり, A子は自らのイメージによって,身体を動かし,ピンク・ターボになって.

(8) 106. 表現活動を繰り広げている。さらに, A子は自分の思い通りに動かせられない三輪車を怪 獣に見立て,周囲の幼児に声をかけている. A子にとっての怪獣とは,悪者ではあるが, そう恐しいだけのものではなく,大きく重く,何か自分の手の及ばないもの,と見ている 様子が窺われる。 〔事例6〕 -ビニール・トンネル(No.1) ビニール・トンネル(前出)に3人の女児が入り込み,ころがったり,揺れたりしてい る。 1人の女児がネコのふりをして「ニヤオン,ニヤオン」と言い始める。それをきいた A子は「ネコちゃん,だめ」と言い「あんたのお家はあそこでしょう」と,トンネルの外 をさして言う。次に, A子は「ワ-怪獣だ-」と大声で叫ぶ.ネコになった女児は,トン ネルの中から出てゆく。 A子は「うちのネコちゃ-ん,死んじゃったの-」と,トンネル の外に出て叫ぶが,その女児は戻ってこない。再び, A子はビニール・トンネルの中をの ぞきながら, 「誰も入ってない」 「怪獣も入っていない」とつぶやき,外の方を見る。そ して, 「怪獣だ-,怪獣だ-」と大声で外に向かって叫ぶ。 この事例では,女児が示したネコの表現をA子は拒否し,ここはネコの家ではないこと をはっきり伝えている。そして, A子は突然怪獣の登乗を告げる。結局,ネコの表現をし た女児は,この活動から離れてしまう。しかしA子は,その女児に離れられ,さびしくな り,ネコをさがし求めている。外に向かって叫び,応答がないと,トンネルの中をのぞき 「誰も入っていない」とつぶやき,さらに「怪獣も入っていない」と言う。ネコの女児や 怪獣とたくさんの仲間が,さっきまでこのどこ-ル・トンネルの周辺にいたのに,今は本 当に「誰もいなく」なってしまったのである。あの怪獣さえ,いなくなった。ここでの怪 獣は,こちらに近づいてくると緊張する「もの」であるが,いなくなると寂しい,という 活動にとっては欠かせないものである。しかし,すぐにまた「怪獣」はあらわれる。 A子 の活動は, A子のイメージの中の「怪獣」の出現で,また活気を帯びてくる。 〔事例7〕 -ままごと(Nal4) A子が広い遊戯室の一角でままごとを始めた。男児1名と一緒に,コーナ-をつくり, ぬいぐるみの赤ちゃんを揺りかご状のイスに寝かせ, A子はお弁当づくりや,おなべで料 理等,お母さん役をやっている。 3才の女児Bが黙って見ていたが, A子は「B子ちゃん, お姉ちゃんな」と言って,役割りを決める。活動が順調に進んでいたが,突然,外部から 男児がやってきて,コーナーの板をけとばし,設定をこわし始めた。 A子は「お父さん, 暴れちゃった-」と言うが,男児は,ますます壊してゆく。 A子は「怪獣が来た-」と 大声で叫び,それをきいた先生がA子のことばを復唱する。男児はA子と先生の声をきい て,ますます暴れまわる。しかし, A子はままごとの家のセッティングがこわされていっ ても「-- (不明)したから大丈夫」と言って,平然と見ている。お姉さん役のB子は, 家の壁になっていた板を,こわされない様に必死になって押え,泣き始めた。それを見た A子は,まだ暴れている男児と取っ組み合いのけんかを始めた。 この事件では,コーナーをこわしにきた男児を, A子ははじめは「暴れているお父さん」 として受け入れていたが,その男児がお父さん役として活動に入る様子がなく,ますます 暴れ回るので「怪獣が来た」としている。しかし,決して男児を追い出すのではなく,秦.

(9) 「幼児の表現生活に関する基礎的研究」. 107. れる行為をも認め, A子の表現活動のひとつとして受け入れようとする気持ちがみられる0 ふっうなら, B子にみられるように,進展している活動を中断するものとして拒否或いは 守ろうとする行動にでるであろう。ここでのA子にとっての「怪獣」は,ままごとの家を 「破壊する」「暴れ回る」ものである。 B子が泣き始めるまで, A子は観察者が驚く程,辛 然とし,怪獣が来て家をこわすこともこの活動の延長として受けとめていろ様子であった. しかし,そのA子の気持ちも, B子の声をきいて変わり,男児に果敢に立ち向かっていく。 そこではもはや,その男児は「怪獣」ではないのである。 〔事例8〕 -ままごと(No.16) ままごとの活動の途中で, A子は夜になって寝る場面を自分で設定している。 A子は 「私たち,もう寝るのよ」と他の幼児にも言い,ペット役のネコになっている女児の桟に 寝る。次に,その姿勢のまま,電話に見立てたプラスチックの箱をもつ。男児が「お姉ちゃ ん,怪物だ-」という声に, A子は電話をかけている様子で「え?何も来てないって?」 と言い,その男児に「怪獣がきたら,お願いね」と言う。 (中略)しばらくして,再び男 児に「お兄さん,今日ね,怪獣くる・--」と言う。男児は「怪獣? !」ときき返すと, A 子は「だって,電話かかってきた」と答える。 (中略) A子は,再びプラスチックの箱の 電話をかけ「怪獣か。お別れってどう意味?」 「お別れってどういう意味よ」とくり返し て言う。 このように,この活動では「電話」を通して怪獣の様子が知らされる。男児の「怪物 ど-」ということばに対し, A子は電話で問い合せ, 「怪獣」が来ることも電話で連絡が あり,最後にA子は「怪獣」自体と話しをする。そして, A子は怪獣が,お別れの電話を してきたとする。このままごとはまだ続くが,怪獣はもう出てこない。 ここでの怪獣は,それほど恐くもなく,またそれ程の緊張感ももたせない。前の事例と 比較しても,ずい分, A子に接近した位置にいることがわかる。友だちの一員に近い存在 とも言えよう。 以上のように, A子にとって「怪獣」は,時には「悪者」であったり,緊張感をもたら すものであったり,暴れ回るものであったりする。しかし,それはA子にとって親しみの ある,活動仲間の一員であり,いっでも出てきて,活動を活気づけてくれるものなのであ る。 このような想像上の擬人化したものについて, J. L.シンガー(1975)は「ゴッコ遊 びのとても重要な側面は,想像上の友達が出現することである。」00と述べている。今回の 事例では,友達ではないが,活動を活発化する表現として「怪獣」が,大きな役割を担っ ていることは事例から推測できる。また「怪獣」は,活動毎に少しづっ,その役割が異なっ ている。 「怪獣」は,前述したような,声や音,身体の動きや描画等の表現媒体であらわされる ものではない。いわゆる,表現する者(-A子)が,表現する物(-表現媒体)を用いて 表現するのではない。想像上のものであるが, A子が「怪獣」になることはない。そこに 紘, A子の言葉を通して,はじめて怪獣の存在が見ている大人の側に伝わるのである。 しかし,これもひとつの表現活動である。現実に昌に見えない"役割′′も表現活動には 重要なものである。全く,イメ-ジこそが,その活動の推進力となるo.

(10) 108. Ⅵ.表現活動をつなぐもの A子の全活動を記録した結果,表現ではあるのだろうが,いわゆる表現活動として従来 の枠組みに入らない活動がみられた。それは16回申6回みられた「サラ砂づくり」である。 砂遊びの一種であると思われるが,他の活動にくらべ頻繁にこの活動がみられる。もち ろん自発的な活動であり,保育者側で意図的に奨励しているわけでもないのだが,よく行 なわれる活動である。 A子にとって,この活動は一体どのようなものであるのか,どのような意味をもってい るのか,事例を検討しつつ,さら砂づくりの活動の前後の表現活動におけるA子の気持ち を併せて考察する。 〔事例9〕 (Nal) A子は, 5才女児がサラ砂づくりをやっている所を見て5才女児の使っている道具(坂) に似た発泡スチロールとコップをもってくるが, 5才女児に「そんなん,できへんよ」と 言われる。続けて,隣で3才男児がつくっている土ダンゴを手にとろうとするが,それも 拒否される。 A子はやむなく,その活動から離れる。次に年中組の部屋に入り,製作中の 横たわっているキリンの側に寝そべり,キリンの顔をのぞき込んだり,足や胴体にふれる。 また,キリンに抱きっく。その後,走り出し,再びサラ砂づくりを始める。一人で始める がリズミカルな坂の動きにあわせて"ワーワースットト′′という鼻歌もでてくる。この活 動が10分間つづいた後, 3才男児たちが遊んでいるジャングル・ジムへ行き「よして-」 と仲間に入れてくれるよう声をかける。すぐに返答がなかったため, A子は同じ言葉を3 回くり返す。 この事例は,第一回目の観察にみられたサラ砂づくりである。 A子は5才女児のサラ砂 づくりの真似をしようとする。が,うまくいかない上, 3才の男児とも葛藤がある。しか し,この後,キリンに1人で触わることで気持ちも回復し,再びサラ砂づくりに挑戦する。 今度は年上の幼児のそばでやらなくても,自分1人でできる。この活動は大変うまく進む。 10分間,サラ砂づくりをやった後,既にジャングル・ジムで遊んでいる3才男児の活動へ, 3回も入れてはしいと明確に意志表示し,積極的にその活動(ピンク・ターボの表現活動一 一前出)に参加する。 〔事例10〕 (No.2) A子はままごとを始めようとするが,うまく周囲の幼児とコミュニケーションがとれな い。次に,他の幼児と三輪車のとりあいになるが,何とかA子も乗ることができた。しか し,それもすぐに他の幼児に乗って行ってしまわれた。次に, A子はサラ砂づくりを始め る。そこでも,年長の幼児から「もも組(A子のクラス)は,でけへん」と言われ, A子 は場所を移動して,サラ砂づくりを行なう。この活動を16分間つづけ,次に,偶然見つけ た絵本を,観察者の所-持ってきて, 「これ読んで」と言う。このあと,絵本をめぐるA 子の表現活動は自分の即興の歌をうたったり,他の男児に「読んで! 」と足をっかんで離 さなかったり,その絵本をもって走り回ったり,活発に展開する。 このように,はじめはうまく進行しなかったA子の活動も,サラ砂づくりに集中した後 は,絵本を読んで欲しいと近くにいる観察者に言うほど,積極的に関わってくる。 A子は.

(11) 「幼児の表境生活に関する基礎的研究」. 109. 16回の観察中でも殆ど私に話しかけてくることはない。この時は,まだ観察を開始して2 回目であったにも拘らず,観察者にA子の方から近づいてきた。 A子はこの絵本を偶然見 つけた割には,その後様々な活動場面にその絵本を持っていき,読む相手を探したり,絵 本の上に座ったり,この絵本に大変執着する様子が窺われた。 〔事例11〕 (No.8) A子はビニールの輪でいろいろ試みるが,集中して活動することがなかなかみつからな い。そのうち,男児が土の固まりをとり出しているのを見て, A子はサラ砂っくりを始め る。そして,周囲の幼児に「A子,固まりやっとんの」と言いながら,リズミカルに板を 動かしている。 (中略) 3才男児がA子の槙に来て,土ダンゴをA子の前に差し出す。 A 子は,その土ダンゴの上に,今つくったサラ砂をかける。この行為を3度くり返す。 A子 は,土ダンゴにサラ砂をかけた後,まだ板の上に残っている砂を集めて,コップの中に貯 める。 25分間,サラ砂づくりを行なった後,年中組の表現活動- 「A子も一一」と大声で 言って参加する。 この事例でも,何か自分が夢中になれる活動がみつからない時,サラ砂づくりをはじめ て,その活動をしばらく続ける様子がみられる。ここでは, 25分間もその活動が続けられ ている。 この活動では,それまでのサラ砂づくりにみられなかった行動があった。すなわち,他 の幼児の差し出した土ダンゴの上に,つくったばかりのサラ砂をかけてあげる,という行 為である。 A子にとって,板を何回もリズミカルに上下させてつくったサラ砂は,大変大 切なものである。それは,でき上がったサラ砂を大事にコップの中に移しかえる行為にも みられる。また,砂づくりに適当な土を探して園庭をあちらこちら移動し,砂づくりを再 開する。 そうやって,やっとできたサラ砂を,他の幼児に分け与える行為は, A子が相手を受容 した行動であると言えよう。その行為は3回行なわれたが,その間,無言であった。しか し, 2人の間のコミュニケーションは,しっかりとれていることがわかった。 さて, A子はサラ砂づくりを18分間継続した後,年中組の楽しそうな声にひかれて,そ の活動へ入っていく。 その経過をみると,すぐに板を手離すのではなく,はじめは立ち上がりながら板を手で むしり,次に片指でひっかき,そしてやっと板を手離す。そして同時に走り出す。 ここでのA子の様子から,次の活動へ移る際,そこにはそれまでの行動との決別がある ように考えられる。もちろん,その活動に没頭していないような時は,わりあいあっさり と遊具を手離して,次に移るのであろう。それまで遊んでいた遊具との離れ方も,それま での行動に対する充足感を垣間見る指標になろう。 さて, A子はこの板を手離すや否や,次の活動へ,自ら「A子も--」と大声を出して 参加しようとする。ここでも,サラ砂づくりが,次の表現活動のエネルギーを充満させて いることに気づかされる。 しかし,果たして今まで見てきた事例のように, A子にとってサラ砂づくりとは,何か 安定させ,気持ちを落ち着かせる意味をもっているのだろうか。次の事例を検討したい。.

(12) 110. 〔事例12〕 (NoJ0) A子がサラ砂づくりを始めていたところ,先生が「いっしょにとび箱しましょう」とA 子に声をかけた。 A子はその声で振り向きサラ砂づくりを中断して,とび箱の方へ行く。 (中略)何回かスムーズにとび越え降りをしていたが,とび箱からとび降りる時,先生の 手の高さのタンプリンを叩いて降りることができない。他の幼児の様子を見て,やり方は わかっているようだが, A子はうまくそれができない。 2-3回やってみようとしたが上 手に叩いてとび降りられないことがわかると, A子はサラ砂づくりの活動へ戻った。 この事例からも推測されるように, A子にとって,サラ砂をつくることは,自分を安定 させることであろう。自分が越えることのできない事柄に対して,とりあえず,ひとまず 自分をとり戻す「場」であるのかもしれない。 これは決して挑戦することから逃げているのではない。この事例でも, A子は何回かタ ンプリン叩きにチャレンジしているのである。むしろ,次の活動へ転換するまでの回復エ ネルギー充満活動ととる方がいいだろうo このサラ砂づくりは2分程でおわり,隣の砂場で4才男児と穴掘り,山づくりへと進む。 ここでは, A子も多弁になり,川づくりまで18分間,砂場で活動する。 〔事例13〕 (Nail) A子はサラ砂づくりの板が,自分のもっている物は小さいので,大きい方に変えて埠し いと4才女児Bに頼む。しかし,その女児はかしてくれない。そこへ男児が来て, A子の 板をとり上げようとするが, A子はサッと自分の身体の後方に板を隠す。その後, 3人で 向かい合って,それぞれがサラ砂づくりを始める。しばらくして,女児BがA子に対し 「怒らんときな--・おこったら--・」と言う。 A子は「--- (不明)は恐いやろ-」と答 え,女児に自分の板をかす。さらに,今までつくったサラ砂をすくって,女児のコップの 中に入れ,残った分を自分のコップの中に入れる。 このように,サラ砂の道具である板をめぐって, A子と女児B,男児の3人の葛藤があ るが,女児Bからの和解ともとれる言葉により, A子は自分の板をわたし,サラ砂を分け 与える。 A子は自分の大切なサラ砂を自分のコップに入れる前に,女児Bに与えている。 A子はそこでしっかりと女児Bを受容し,その前に起こった葛藤は消えているかのよう である。このサラ砂づくりはその後もつづき,結局40分間行なわれた。 その後, A子は「いいこと思いっいた」と言って,砂場の砂をジュ-スのぴんの中に入 れ,その後,園庭に並べてある輪に沿って,砂を配分する活動を展開する。この活動は, 大変活発に行なわれる。 以上のように, A子の活動全体を通し,繰り返しみられたサラ砂づくりは,積極的に活 動を行なう間を結ぶ行動であることがわかった。それは,葛藤があった時,拒否された時, 自分では越えられない障害があった時,一時的に自分の気持ちを安定させる機能をもっも のである。いわば,沈みかけた気持ちを回復させるような機能をもっているものと言えよ う。 このような行為は,サラ砂づくりの他に,キリンに触れる事例にもみられた。また,事 例として挙げなかったが,活動の途中で,先生の肩にそっとふれたり,一瞬手をつかんで.

(13) 「幼児の表現生活に関する基礎的研究」. fill. 走り出す,という行為も, A子はそれでひと安心したかの様子で活動の中に走っていく。 このサラ砂づくりも, A子の内面の一部を示しているという点で,表現活動のひとつで あるといえよう。 Ⅴ.おわリに 幼児の表現活動について, 3歳児A子の行動観察事例を検討した結果,次の3点につい て,その特質がみられた。 (1)表現活動は,表現媒体によってあらわされる場合,媒体の複合がみられるが,それら は,各々にある律動性によって関連づけられる。 (2)表現活動には,想像上の目に見えないものもあらわれ,それは活動の重要な要因とな る◇. (3)表現活動として,積極的に行動,展開するものの他,それらの問をつなぐ活動も認め られる。その活動は,幼児の気持ちの安定をもたらし,次の積極的な表現活動の回復 行動として機能する。 今回の観察により, A子の全ての行動記録は,当然のことながらひとつとして同一のも のはみられなかった。似た活動であっても,その活動の柱ともいうべき内容が異なってい るのである。そして,その殆どが幼児の内面を写し出している「表境活動」と言えるもの であった。正しく「表現生活」と呼べるものであろう。 今回,幼児の表現活動とその行為の意味について,主にA子の観察記録に依り考察した が,ここには観察者の「主観性」というものが存在する。これは行動の解釈についての方 法の問題である。ここでは,観察者の窓意性や,自分自身の固執する見方をできる限り回 避した「主観」をもつよう心がけた(∫2)が,この行動観察法における主観と客観及び普遍に ついては,今後の課題としたい。 1人の幼児に周囲の大人がどのように関わり,援助すべきなのか-これは,その幼児 の内面に近づこうとする大人の側の気持ちからしか生まれ得ないであろう。そして「表現」 することは,その内面をもつ幼児への尊重から青くまれるものであろう。そのことを改め て確認すると共に,その基礎的な資料の手がかりを与えてくれたA子ちゃんにも感謝した いと思う。. 註 (1)津守真: 「保育の一日とその周辺」フレーベル館, 1988年p.40 (2)津守真: 「子どもの世界をどうみるか」日本放送出版協会, 1987年, p. 16 (3)久保田浩: 「あそびの誕生」誠文堂新光社, 1973年, p. 117 (4)前掲書(1) p. 39 (5)村田孝次: 「幼児の表現生活」朝倉書店, 1971年, p. 2 (6)同上p.7 (7)中沢和子: 「イメージの誕生」日本放送出版協会, 1979年, p. ll (8)津守真: 「保育現象の文化論的展開」光生館, 1977年, p. 173 (9)前掲書(3) p.73.

(14) 112. (10)L.クラーゲス,杉浦実(釈) : 「リズムの本質」みすず書房, 1971年pp.92-96 (ll)J.L.シンガー,小山睦央,秋山信道(訳) : 「白日夢・イメ-ジ・空想」清水弘文堂, 1981年, p. 145 (12) H.ダンナ-,浜口順子(訳) : 「教育学的解釈学入門」玉川大学出版部, 1988年, p. 85 ここに述べられている主観性と客観性の考え方に立脚して,本観察を整理した。.

(15) 「幼児の表現生活に関する基礎的研究」. ms. A BASIC STUDY OF THE EXPRESSIVE LIFE OF A CHILD TOMOKO NASUKAWA. The paper is an attempt to clarify the meaning of expressive activity of a child. The method of this research is a observing a child (-three-year old girl) once a week for ll months. I recognized the following three points about the expressive activity of the child. (1) The child's expressive activity has various media. Her expressions have different expressive media which are used at the same time. Each medium has the same rthythm. (2) In the expressive activity there is an invisible, imaginative thing. It is an important factor in the activity. (3) There is an activity which connects each expressive activity. The activity has a function of making young children calm down and refreshing them to engage in the next activity positively..

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参照

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