咬合様式の違いがインプラント治療結果に及ぼす影響:文献考察
後藤 崇晴,薦田 淳司,石田 雄一,西中 英伸,友竹 偉則,市川 哲雄
キーワード:インプラント,咬合様式,システマティックレビューA Review of Clinical Follow-up Studies Focusing on Clinical Outcome of Implant Treatment:
Influence of Occlusal Scheme Type
Takaharu GOTO, Junji KOMODA, Yuichi ISHIDA, Hidenobu NISHINAKA, Yoritoki TOMOTAKE,
Tetsuo ICHIKAWA
Abstract:Occlusion, including the occlusal scheme, occlusal contact, and occlusal force, has been discussed by many researchers. Traditionally, these arguments have been empirical in clinical experience and not based on scientific evidence.
The aim of this study was to analyze the published literature on clinical follow-up studies focusing on the occlusal scheme of implant treatment. Two databases, “PubMed” and “Japana Centra Revuo Medicina” were searched to retrieve research papers on clinical follow-up studies focusing on the occlusal scheme of implant treatment. Twelve papers were selected from the database using the criteria, and were reviewed. Little scientific evidence supports a relationship between the occlusal scheme and the outcome of osseointegrated implant treatment. Within the limitations of the articles, this review indicates that scientific evidence of occlusal scheme of implant treatment is insufficient. Occlusal scheme has little effect on the survival rate of implants and mutually protected occlusion is used in a fixed superstructure and balanced occlusion is used in a removable superstructure.
徳島大学大学院ヘルスバイオサイエンス研究部口腔顎顔面補綴学講座
Department of Oral & Maxillofacial Prosthodontics and Oral Implantology, Institute of Health Biosciences, The University of Tokushima Graduate School
総
説
Ⅰ 緒 言
近年,インプラント治療の有効性,信頼性に関して 多数報告されており,欠損補綴の治療オプションの1 つとして不可欠な存在となっている1)。成功率だけをみ てもボーンアンカードタイプのフルブリッジの10年生存 率は,上顎で95%,下顎で99%であり,上下顎ともに安 定した値を示している2)。このようなインプラントの長 期的かつ安定した予後に影響する因子は多数考えられて いる。それらには,喫煙習慣,糖尿病,骨粗鬆症,放射 線治療に代表される患者側の因子,また治療技術,経験 に代表される術者側の因子があげられる。これらの因子 の影響を把握することは,患者に対して安全で,安心で きるインプラント治療を提供するために重要なものであ る3)。その中でも補綴的観点から見ると,インプラント 体に加わる力をコントロールすることは,インプラント の長期経過に関係すると考えられる。とくに側方力はイ ンプラント体に対する曲げ応力となる。それが結果とし てインプラント頚部の骨吸収を生じさせるとの報告もあ り4),可能な限り排除すべきであると考えられている5)。 このような側方力を生む原因には下顎運動と咬合面形態 (咬合接触)の2つが考えられる。下顎運動は獲得され た運動様式であるとともに,顆路形態をはじめ顎口腔の 形態にも大きく影響を受ける。一方,上部構造の咬合面 形態(以下,咬合とする)は,術者が付与するものであ140 四国歯誌 第22巻第2号 2010 咬合様式の違いがインプラント治療結果に及ぼす影響:文献考察(後藤,薦田,石田,西中,友竹,市川) 141 り,患者自身の顎口腔系と調和させるという原則はある ものの,臨床的に術者が任意に付与しやすいものである。 それゆえに,この咬合を管理することで,インプラント 体に対する側方力をコントロールすることが可能である と考えられる。 咬合は今日まで,咬合学,咬合論として数多くの研究 者によって論じられてきた6, 7)。しかし,生体との相互 作用から生み出されるその多様性,複雑性がゆえに一つ の明確なエビデンスを示すことは難しく,現在の歯科界, 補綴界においても以前ほど活発な議論は行われていな い。事実,以前は強い関連性が議論されていた“顎機能 障害と咬合”であるが,現在は本障害の病因が咬合であ るというエビデンスは弱いとされている8)。このように, 咬合が重要であるというエビデンスが得られないことも あり,エビデンスに基づく医療(EBM:Evidence based Medicine)の時代である今日,咬合は歯科全体からその 主役の座を降りた感がある。しかし,全部床義歯の咬合 論が1900年代前半から論じられ続けていることを考える と,インプラント治療の咬合論はまだまだその歴史は浅 いと言える。インプラント体と上部構造を含めた“イン プラントユニット”を一つの新しい補綴装置としてとら えた場合,その補綴装置に付与する咬合は,上述した側 方力の減少という観点と合わせて,まだまだ議論される べき余地は大きいのではないかと考えられる。その上で, 患者に安全,安心なインプラント治療を提供するために も,インプラント治療における咬合付与の明確な基準を 今後,策定する必要性があると考えられる。 そこで本研究では,インプラント治療の上部構造に付 与する咬合のゴールドスタンダードを策定する一助とす るため,上部構造に付与する咬合,今回は特に咬合様式 に焦点を絞った文献のReview を行い,今までどのよう な咬合様式が選択され,どういった項目で評価されてい たか,またその生存率はどうであったかを調査すること で,今現在のこの分野での情報を整理し,考察する。
Ⅱ 方 法
文献検索に使用したデータベースは,英語文献に対 してはMEDLINE(PubMed),日本語文献に対しては医 学中央雑誌を利用した。MEDLINE における検索は,イ ンプラント治療における咬合に関するMeSH Term として当初“Dental Implants”“Dental Occlusion”の二つを設 定した。しかし,今回できるだけ広範囲の論文を抄読対 象とするために,最終的に図1の検索式を用いて検索を 行った。 医学中央雑誌における検索式は,「(歯科インプラン ト/TH or フィクスチャー/ TH)and(咬合/ TH or 平 衡咬合/TH or 咬合調整/ TH or フルバランスドオク ルージョン/TH or リンガライズドオクルージョン/ TH)」のシソーラスを用いて行った。なお Review に関 しては,咬合様式の違いに関する追跡研究だけを取り 上げたReview に限定しなかった。つまり,インプラン トの咬合全般を扱ったReview の中に,咬合様式に関す る項目が存在すればそのReview も抄読対象とした。ま た,検索は事前に文献検索基準を確認しあった2名の検 者(J.K,Y.I)が個々に行い,同じ文献が検索されるこ とを確認した。 この結果,日本語文献は該当するものはなかったが, 121件の英語文献が適合した。その中で表1に示す文献 の選択基準を採用,つまりオッセオインテグレーティッ ドインプラントの術後の臨床的評価を扱う原著論文で, 咬合様式が明確に記載されており,追跡データがあるも のを対象とした。従って,解説や症例報告,単なるアン ケート調査は除外した。 以上の選択基準から得られた12の文献を対象とした。
Ⅲ 結 果
今回対象とした12文献9-20)において,それぞれの研究 デザインと,Review 以外の追跡研究で選択された咬合 様式についてまとめたものを図2に示す。研究デザイン は,前向きのコホート研究が6文献ともっとも多く,次 いでReview が5文献,後ろ向きのコホート研究が1文 献であった。選択された咬合様式は,バランスドオク ルージョンが4文献,ミューチュアリープロテクテッ ドオクルージョンが2文献,そしてミューチュアリー プロテクテッドオクルージョン,グループファンクショ ン,cuspid and anterior-contact occlusion を組み合わせて 追跡した研究が1文献であった。今回対象としたそれぞ れの文献を整理したものを表2に示す。まず,インプラ ントの咬合に関するReview の中でその咬合様式につい て触れている文献の結果を示す。Bauman ら9)は,臼歯 部のインプラントへの側方力を避けるためにミューチュ アリープロテクテッドオクルージョンが望ましく,補綴 学的にそれが無理であればグループファンクションかバ ランスドオクルージョンにするべきであるとしている。 Bosse ら11)は,上顎の固定式上部構造について,ミュー チュアリープロテクテッドオクルージョンが術後の患 者の慣れもよく口腔内での咬合調整も比較的時間がか からなくて適していると記しており,非作業側は接触 させず,前方運動時も臼歯部は接触させないのが原則で あるとしている。また,非作業側を接触させると患者の 不満,顎関節症状,補綴装置補損の危険性が増すとして いる。Taylor ら12)は,今日まで天然歯の咬合理論をそ のままインプラントの咬合理論に応用しており,ある程 度の成功率を示したとして,今後は大規模な前向きのコ ホート研究が必要であるとしている。Taylor18)らは,今 日のインプラントの咬合理論は専門家の意見,臨床的研 究,そして動物実験に基づいているとしているが,そう いった咬合理論と治療アウトカムを直接結びつけるエビ デンスは示されていないとしている。Carlsson20)らは, インプラントの咬合様式に関するランダム化比較試験は図1 Strategy for Medline search of literature MEDLINE における検索式
表1 Criteria of literature 文献の選択基準
図2 Numbers of types of study and occlusal scheme 研究デザインと選択された咬合様式の総数
142 四国歯誌 第22巻第2号 2010 咬合様式の違いがインプラント治療結果に及ぼす影響:文献考察(後藤,薦田,石田,西中,友竹,市川) 143 表 2 抽出 された 文献 の 要旨 Author (year) Type of study Number of patients Observation time or Strategy of search
for literature
Occlusal scheme
Prosthodontic design
Clinical parameter
Data
Implant survival rate
Carlsson GE 20 ) 2009 Review 2008 年 12 月 までの 文献 を M ED LI NE , P UB M ED , C ho cr an ed ata base を 用 いて 検索 した 。 ● 56 の 文 献 が 対 象 特 定 の 咬 合 様 式 は EBM の 観 点 か らは 推奨 できない Akca K 19 ) 2006 Prospective study 29 2 year (baseline: fi nal set) mutually protected
implant-tooth-supported fiwed partial prostheses
mar
ginal bone loss (MBL),
maximum occlusal force (MOF)
MBL: mesial 0. 28 mm, distal 0. 097 mm MOF: tooth 275 .48 N, implant 353 .61 N 100 % Taylor TD 18 ) 2005 Review 1996 年以前 の 文献 は , できる 限 り 広範囲 に 各領域 の 専門家 の 意 見 に 従 って 収集 し , 1997 年以降 のものは MEDLINE を 用 いた 。 ● インプラントの 咬合理論 は 専門家 の 意見 ,臨床研究 , そして 動物実験 に 基 づいていることが 明確 になった ● それでもなお 明確 な 咬合様式 を 提唱 するエビデンス は 示 されていないとしている Gothber g C 17 ) 2003 Retrospective study 78
3 year (baseline: before implantation)
mutually protected
bone anchored full bidge
maintenance
Implants:
1st gingival irritation, 2nd swelling 3rd gingival proliferation
Superstructure:
1st fracture of acrylic resin 2nd occlusal wear of acrylic resin tooth 3rd phonetic problems
Bakke M 16 ) 2002 Prospective study 12
5 year (baseline: before implantation)
balanced
mandibular implant overdenture (bar
7 ball
5)
patient satisfaction (PS), chewing efficiency (CE), occlusal force (OF), muscle activity (MA)
PS: es. 5, nes 7 *CE: 1year 0. 8 - 5year 0 OF: 1year 115 .5 N - 5year 193 .4 N MA: 前側頭筋 1 year 87 .2 - 5year 106 .5 咬筋浅部 1 year 63 .4 - 5year 64 .8 100 % W ennerber g A 15 ) 2001 Prospective study 109 1 year (baseline: fi nal set) balanced
mandibular: bone anchored full bridge patient satisfaction (PS), clinical assenssment (CA), occlusal characteristics (OC)
<PS>: **chewing ability;
4.
39
,
***ploblem with complete denture;
4. 4, ** ** co m pl et e d en tu re fu nc tio n af te r i m pl an ta tio n; 3 .0 5,
**retention of complete denture;
4. 12 <CA>: † palatal mucosa; 1. 54 , periimplant mucosa; 1. 53 , ‡ plaque accmulation; 2. 34 -Oetterli M 14 ) 2001 Prospective study 90 5 year (baseline: 3 month)
bilaterally balanced and lingualized mandibular implant overdenture (bar
83
ball
3)
plaque index (PI), bleeding index (BI), probing depth (PD), attachment loss (AL
) PI: 1year 0. 4 - 5year 0. 8 BI: 1year 0. 3 - 5year 0. 4 PD: 1year 2. 3 -5year 2. 1 ATL: 1year 2. 8 - 5year 3. 1 95 .30 % Kiener P 13 ) 2001 Prospective study 41 3. 2 year
bilaterally balanced and lingualized maxillary implant overdenture (bar
34
ball
7)
maintenance <Anchorage system (AS), Repair of denture (RD), Ajustment of denture (AD) >
<T
otal>
1st: sore spot, 2nd: retightening of occlusal screw
,
3rd: occlusal adjustment
<AS>
1st: retightening of occlusal screw
, <RD> 1st: fracture of teeth, <AD> 1st: sore spot 95 .50 % Taylor TD 12 ) 2000 Review ● 今 ま で 天 然 歯 の 咬 合 理 論 を イ ン プ ラ ン ト に 応 用 し て , ある 程度成功 してきた ● 今後 は
prospective controlled trial
が 必要 となる Bosse LP 11 ) 1998 Review
maxillary bone anchored full bridge
● 側 方 は ミ ュ ー チ ュ ア リ ー プ ロ テ ク テ ッ ド オ ク ル ー ジョンにした 方 が 患者 の 慣 れもよく , 口腔内 での 調 整 も 時間 がかからなくてよい ● 非作業側 は 当 てず , 前方運動時 も 臼歯 は 当 てない ● 非作業側 を 接触 させると , 患者 の 不満 , 顎関節症状 , 補綴物 の 破損 の 危険性 が 上 がる Naert 10 ) 1992
Prospective cohort study
91 3 year cuspid-protected + group function +
cuspid and anterior
-contact
bone anchored full bidge
mar
ginal bone loss (MBL),
maintenance <prosthesis complication (PC) >
MBL : 両顎固定性 1 .68 mm, 片顎 だけ 固定性 0 .81 mm PC: fracture of goldscrew 1. 2%
fracture of abatment screw
0. 9% 上顎 93 % , 下顎 98 .3 % Bauman GR 9) 1992 Review ● 臼 歯 部 の イ ン プ ラ ン ト へ の 側 方 力 を 避 け る た め に , ミューチュアリープロテクテッドオクルージョンが 適している ● 無理 ならグループファンクションかバランスドオク ルージョンにする
( es. = entirly satisfi
ed, nfs = not fully satisfi
ed)
* = with using scale scores range :
0=no impaired chewing effi
ciency;
1=impaired chewing effi
ciency of either hard or tough food;
2=impaired chewing effi
ciency of both hard and tough food
** = with using scale scores range :
5=very good, 4=good, 3=acceptable, 2=poor , 1=very poor
*** = with using scale scores range :
5=no, 4=a few , 3=some, 2=many ,
1=very many problems
**** = with using scale scores range :
5=much better , 4=better , 3=no change, 2=worse, 1=much worse †
= with using scale scores range :
1=clinical healthy , 2=redness, 3=maked infl ammation ‡
= with using scale scores range :
1=no visible,
2=some especially approximately
,
今日まで行われておらず,特定の咬合様式を推奨するエ ビデンスも示されていないとしている。 次に,コホート研究の結果を示す。Naert ら10)は,無 歯顎患者91人に固定式上部構造を装着して3年間に及ぶ 前向きのコホート研究をおこなっている。対合歯の状態 は,上顎が固定式上部構造の場合,下顎は59.3%が天然 歯,28.5%がインプラントによる固定式上部構造,19.2 %がインプラントオーバーデンチャーであった。また, 下顎が固定式上部構造の場合,上顎は63.1%は全部床義 歯,21.2%が天然歯,15.7%がインプラントによる固定 式上部構造であった。咬合様式は,ミューチュアリープ ロテクテッドオクルージョンが44.4%,グループファン クションが38.3%,cuspid and anterior-contact occlusion が
17.3%となるように患者を振り分け,骨吸収,メンテナ ンス時の項目(prosthesis complication)を示している。 結果では咬合様式別データが示されておらず,比較は できなかったが,3年間の骨吸収量は,上下顎とも固定 式上部構造の場合は 1.68 mm,上下顎どちらかが固定式 上部構造の場合で 0.81 mm であったとしている。また, メンテナンス時の事故に関する項目で最も多かったのは ゴールドスクリューの破折で,次いでアバットメントス クリューの破折あったとしている。Kiener ら13)は,41 人で3.2年間に及ぶ前向きのコホート研究を行っている。 咬合様式はbilaterally balanced and lingualized occlusion を 選択し,メンテナンス時の事故に関する項目を示してい る。また,補綴装置は上顎のインプラントオーバーデン チャーで,使用したアタッチメントはバータイプ34人, ボールタイプ7人であった。対合歯の状態は,16人が天 然歯,12人がインプラントオーバーデンチャー,9人が 可撤性の部分床義歯,4人が天然歯とインプラント,1 人がインプラントによる固定式上部構造であった。そ の結果,最も多かったのが義歯粘膜面の調整,次いでオ クルーザルスクリューの締め直し,咬合調整と続いてい た。また,咬合調整に関しては,初年度では最も多かっ たが2年目からは有意に減少したとしており,生存率は, 95.5%であったとしている。 Oetterli ら14)は,90人で5年間に及ぶ前向きのコホー
ト研究を行っている。咬合様式はbilaterally balanced and
lingualized occlusion を選択し,メンテナンス時の plaque index,bleeding index,plobing depth,attachment loss の 変化を記している。補綴装置は下顎のインプラントオー バーデンチャーで,使用したアタッチメントはバータ イプ83人,ボールタイプ7人であった。また,対合歯 の状態に関する記載はなかった。その結果,初年度か ら5年目でplaque index は+0.4,bleeding index は+0.1, plobing depth は−0.2,attachment loss は+0.3としている。 また,生存率は,95.3%であったと記している。 Wennerberg ら15)は,上顎に全部床義歯,下顎に固定 式上部構造を装着させた109人で1年間の前向きのコ ホート研究を行っている。咬合様式はbalanced occlusion を選択し,VAS を用いた患者満足度,術者側の評価,術 後の咬合接触状態を示している。その結果,患者満足度 で最も高かったのが咀嚼能率で,最も低かったのがイン プラント治療後の義歯の状態(complete denture function after implantation)としている。同様に,術者側の臨床 的評価で最も高かったのはインプラント周囲粘膜の状 態で,最も低かったのがプラークの付着量であった。ま た,咬合接触状態に関しては,1年後の咬頭嵌合位に おいて前歯との接触ありが58%,両側の臼歯部咬合の 欠如が4%,bilateral balanced occlusion が61%,balanced occlusion の欠如が36%,犬歯誘導のみが15%であった としている。 Bakke16)らは,上顎に全部床義歯,下顎にインプラン トオーバーデンチャーを装着した12人で5年間に及ぶ前 向きのコホート研究を行っている。咬合様式はbalanced occlusion を選択し,患者満足度,咀嚼能率,咬合力, 筋電図による評価を記している。また,使用したアタッ チメントはバータイプ7人,ボールタイプ5人であっ た。その結果,咀嚼能率は高かったものの不満がある とした患者が7人いたとしている。また,咬合力の変 化は5年間で+77.9 N,筋電図評価の変化は,前側頭筋 で+19.3 μV,咬筋浅部で+1.4 μV であったとしている。 生存率の記載もあり,100%であったとしている。 Göthberg17)らは,固定式の上部構造を装着した78人で 3年間に及ぶ後ろ向きのコホート研究を行っている。咬 合様式はミューチュアリープロテクテッドオクルージョ ンを選択し,メンテナンス時の項目を示している。対合 歯の状態は,上顎がインプラントによる固定式上部構造 の場合,下顎は16人が天然歯,1人がインプラントによ る固定式上部構造であった。逆に下顎がインプラントに よる固定式上部構造の場合,上顎は40人が全部床義歯, 18人が天然歯であった。また,3人のみ無歯顎症例では なく部分欠損症例であったが,その3人の対合歯の状態 に関する記載はなかった。その結果,粘膜性状に関して は局所の歯肉炎症が最も多く,上部構造に関しては対合 の義歯を含むアクリルレジンの破損が最も多かったとし ている。 Akca19)らは,天然歯と連結させた固定式の上部構造 を装着した29人で2年間に及ぶ前向きのコホート研究を 行っている。咬合様式はミューチュアリープロテクテッ ドオクルージョンを選択し,骨吸収量と咬合力の変化を 記している。また,対合歯の状態に関する記載はなかっ た。その結果,2年後の骨吸収量はインプラントの近心 部位で 0.28 mm,遠心部位で 0.097 mm であったとして いる。また,咬合力は天然歯支持で 275.48 N,インプラ ント支持で 353.61 N であったとしている。
Ⅳ 考 察
1)抽出した研究デザインとその妥当性の評価 今日,歯科医療技術の進歩,とくに歯科材料の開発144 四国歯誌 第22巻第2号 2010 咬合様式の違いがインプラント治療結果に及ぼす影響:文献考察(後藤,薦田,石田,西中,友竹,市川) 145 はめざましく,補綴分野のみならず歯科界全体でその基 礎研究,臨床応用がなされている21-25)。なかでも,イン プラントに関する研究は数多くなされており26-30),(社) 日本口腔インプラント学会の会員数が2009年に1万人 を超えたことからも,インプラント治療に対する認知, 関心が日増しに高まっていることが理解できる31)。そし て,インプラント治療の予知性が向上し,広く普及し てきたことに伴い,多くの基礎的・臨床的研究結果が 氾濫している。このような状況においては現存する情報 を効率的に抽出・結合することが必要であり,そのため には体系的レビューが必要とされる32)。しかし,そのレ ビューの結論に対して高い信頼性と正確度を求めるため には抽出した論文の研究デザインを含めた批判的吟味が 必要となる。 今回抽出した論文の研究デザインは,咬合様式に関 する項目のReview が5文献存在したものの,あとは前 向きのコホート研究が6文献,後ろ向きのコホート研究 が1文献であった。この数は,昨今のインプラント治療 に対する認知度からすると少ないといえる。さらに,こ れらのコホート研究は(社)日本補綴歯科学会でガイド ライン作成にあたり用いられているエビデンスレベルで はやや低いエビデンスレベルⅢ(非実験的記述的研究), Grade C(行うよう勧められるだけの根拠が明確でない) に分類されているものである。本来であれば,医療者に 対して適切な医療情報を提供するためには咬合様式のみ に関するシステマティックレビューやメタアナリシス, ランダム化比較試験(RCT:Randomized clinical trial)と いったエビデンスレベルの高いものを選択しレビューを 行うべきである。しかし,今回行った体系的レビューで はそういったエビデンスレベルの高いものは抽出されな かった。つまり,質・量ともに本分野での臨床データ・ 統制された臨床研究が不足していることが明らかとなっ た。 前述したように,インプラント治療の臨床成績に関す る研究報告,特に治療術式や材料に関しては,今まで数 多くなされてきた33-36)。しかし,上部構造に代表される 補綴装置に関する研究報告は少なく,エビデンスレベル の高い研究は行われていない。実際,インプラントオー バーデンチャーに用いられる補綴装置つまりアタッチメ ントに関する文献レビューにおいてもその臨床データは 十分ではないといった報告もある37)。このように,補綴 装置に関するエビデンスレベルの不足から,今回はエビ デンスレベルのやや低い研究デザインでしかレビューを 行えなかった。これについては咬合を含めた手技に関す る臨床研究の難しさを反映していると考えられる。この ような状況下においては,ガイドライン作成の一つの基 準でもあるGrade システム38)が示すように,ケースス タディの蓄積も重要となってくる。 今後,高齢社会の加速に伴い,インプラント治療を受 けた患者の高齢化も容易に予想される39)。そういった状 況に加えて,インプラントは容易に除去できない補綴装 置であることも考慮すると,今後,上部構造の咬合様式 に対する明確なコンセンサスを提唱する必要がある。そ れゆえに,インプラントの咬合様式を明確に記載した臨 床研究の蓄積と統合が必要であり,現時点での本分野を 整理する意味で行った本研究は十分意義がある。 2)咬合様式の違いがインプラント治療結果に及ぼす影響 今回,インプラント治療の咬合様式による臨床成績の 違いに着目したレビューを行うことにより,その選択基 準を明確にし,治療アウトカムの向上を目指すことが目 的であった。その結果,ミューチュアリープロテクテッ ドオクルージョン,バランスドオクルージョン,グルー プファンクションが主な咬合様式として選択されていた が,比較研究が存在せず対合歯の状態もそれぞれの研究 で異なっており,咬合様式による臨床成績の純粋な違い を見出すことは困難であった。 次に,項目別に考察していく。まずは,生存率に着目 するとNaert10)らは,ミューチュアリープロテクテッド オクルージョン,グループファンクション,cuspid and anterior-contact occlusion の全てを含むと上顎93%,下顎 98.3%であったとしている。バランスドオクルージョン に関しては,Kiener13)らが上顎95.5%,Oetterli14)らが下 顎95.3%,Bakke16)らが下顎100%であったとしている。 ミューチュアリープロテクテッドオクルージョンに関し ては,Akca19)らが上下顎で100%であったとしている。 Naert10)らの上顎の生存率がやや低い感はあるが,1992 年と十数年前のデータとしては妥当な数値である。つま り補綴デザイン,観察期間の違いはあるが,どの咬合様 式も安定した生存率を示している。 Wennerberg15)ら,Bakke16)らは患者満足度を記してい るが,バランスドオクルージョンにおいても有意に患者 満足度が低かったと結論付けてはいない。また,補綴デ ザインにインプラントオーバーデンチャーを選択した場 合,バランスドオクルージョンが選択されていた。これ は,上部構造があくまでも義歯であるために従来の補綴 の概念に従って選択されたものであると考えられる。以 上のことから,従来の補綴治療の概念から逸脱しない限 りインプラントの治療結果は安定であると考えられる。 臨床的に補綴装置の咬合調整に関与する要因を“咬合 力”“咬合接触”“咬合様式”の3つに分類した場合,咬 合力と咬合接触に関しての基礎研究,動物実験は数多く なされている40-44)。Adell ら40)は,過剰な咬合力いわゆ るオーバーロードはインプラント周囲骨の吸収の原因で あると臨床観察結果から示しており,Isidor ら42)は,そ れを動物実験で立証している。また,咬合接触に関し てはMisch ら45)が,“Implant-protected occlusion”という 咬合概念を示している。これは,軽く咬んだ時つまり ライトフォースでの噛みしめ時にインプラント部では,
25 μm 程度低くさせることでインプラント周囲の骨に生
実験結果,咬合理論に対して相反する結果も多く存在す る。松下ら46)は,これらインプラントの咬合が生体に 及ぼす影響に関する文献レビューを行っている。それに よると,被圧変位量においてはインプラントと天然歯で 差をつける必要はなく,同様の接触を与えても影響はな いが,今後さらなる臨床データの蓄積が必要であるとし ている。このように,咬合様式よりも研究が進んで行わ れている “咬合力”,“咬合接触”に関してもエビデンス は十分であるとはいえない。このような状況下では,咬 合様式の明確な基準を現時点で策定することは難しい。 ただし,日本補綴歯科学会第116回学術大会における日 本口腔インプラント学会共催シンポジウムの提言にある 「従来の補綴の基本を固める」,「インプラントと天然歯 との咬合の差をつける必要はない。全顎的な咬合のバラ ンスを考えた咬合接触を与える」ことは,本研究結果か らも妥当と考えられる。 信頼性のあるエビデンスを得るためには,RCT や 非ランダム化比較試験のデータが有効である47)。しか し補綴分野におけるRCT や非ランダム化比較試験は, Cochrane データベースの Sutton ら48)の 報 告 や, 河 野 ら49)の報告などわずかな文献しか存在しない。このよ うなRCT や非ランダム化比較試験を行うには,患者の 確保,アポイントメント違反,クレームの処理など様々 な問題があり,かなりの労力と時間,そしてコストがか かる50, 51)。したがって,地道なコホート研究やケースレ ポートなどの臨床データを蓄積していくことが重要であ る。
Ⅴ 結 論
咬合様式の違いがインプラント治療結果に及ぼす影響 に関する文献考察を行った結果,以下の結論が得られた。 ⑴ インプラント治療における明確な咬合様式を規定す ることは困難であり,質・量ともに本分野の臨床デー タは不足していた。 ⑵ 主に選択されていた咬合様式は,固定式上部構造で はミューチュアリープロテクテッドオクルージョン, 可撤式上部構造ではバランスドオクルージョンであっ た。 ⑶ 単純な比較では,咬合様式の違いにおける生存率の 違いは認められなかった。Ⅵ 参考文献
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