「触れ合い体験」学習における中学生と幼児の
「かかわりの質」について
-保育者のインタビューを通して-
The Quality of Contact on “Program of Contacting with Infants and students”
: Through Interviews of Kindergarten Teachers
田 甫 綾 野
*Ayano TAMPO
1.はじめに (1)問題の所在 中学校、高等学校の家庭科保育分野においては、乳幼児との交流活動が重視され、現在の中学校学習 指導要領では、すべての生徒が幼児との「触れ合い体験」を行うことが明記されている。このような中 で、「触れ合い体験」に関する研究は活発に行われているものの、いくつかの問題点もみることができ る。第一に、「触れ合う」ことのみが目的となっており、「かかわりの質」についての検討がなされてい ないこと、第二に、中高生側の効果のみが研究の対象となっており、幼児への効果は言及されていない ことがあげられる。 このことについて、倉持らは、中学校・高等学校と幼稚園・保育所とが循環型の効果をもつようなプ ログラムを展開することが重要であることを指摘している(倉持ら : 2009)。また、伊藤は、「送り手側 である中・高の家庭科教員と、受け手側である幼稚園・保育所の職員が共同して保育体験学習を構築す ることが必要である」と述べている(伊藤 : 2007)。 このように、家庭科教員と幼稚園や保育所の職員が共に、両者にとって意味のある活動を構築してい くことが求められているのであり、受け手側の幼児にとっても中高生にとっても、意味のある「触れ合 い体験」についての研究が求められているといえるだろう。筆者は効果的な「触れ合い体験」を考える 一つの視点として、乳幼児と中学生との「かかわりの質」について考えてきた。なぜなら、「かかわり の質」が高まるということは両者にとって意味のある活動になることであり、幼児にとって価値ある経 験でなければ、中高生にとっても本当の意味で価値ある体験とは言えないからである。どのようにかか わるかという「かかわりの質」の問題抜きに、中高生にとっての効果も語り得ない。 筆者はこれまで、中学生と幼児との「触れ合い体験」活動についての観察を重ねてきた。乳幼児と のかかわりをもつ際に重要であると考えられる「身体的に同調する」(岩田 2007)「共感する」(佐伯 2007)という視点から幼児と中学生との「触れ合い体験学習」の3つのプログラム(おもちゃ交流、製 作交流、おやつ交流)を比較検討し、幼児と中学生にとってふさわしいプログラムについて検討した(図 1)。その結果、幼児と中学生の身体的同調性が高い「かかわり」ほど、活動が継続し、幼児も飽きる ことなく楽しんで長時間活動を続けているということが明らかとなった。(田甫 : 2012)。 しかしながら、そこでの幼児の活動が、どのように幼児の経験につながり、後の生活に影響してきた かについては実証できていなかった。そこで、本論文では、幼稚園教諭3名へのインタビューを行い、 中学生との「触れ合い体験」活動が幼児にとってどのような意味をもたらしているかについて明らかに したい。さらには、幼稚園教諭が、どのような「触れ合い体験」活動が幼児にとって意味のあるものと 考えているかについて分析し、保育者側の視点から「触れ合い体験」活動における「かかわりの質」に *社会文化教育講座ついて考えることを目的とする。 このことは、倉持(2009)が指摘しているように、家庭科教育と保育とが循環型の効果をもつプログ ラムを考えることにつながり、伊藤(2007)の指摘しているような家庭科教員と保育者とが共同して保 育体験学習を構築することの一助になるのではないかと考える。 (2)先行研究 筆者は、これまで先述した「触れ合い体験」学習の3つの交流プログラムにおける幼児と中学生との 「かかわり方」に焦点をあて、質の高い「かかわり」についての分析を行ってきた。本研究では、継続 的に観察を行っているA 中学校と B 幼稚園での交流について B 幼稚園の保育者がどのような考えをもっ ているかについて明らかにする。そこで、前提としてこの二つの学校園でどのような交流が行われてい たかについて触れておく必要があるため、以下簡単にこれまでの研究について記しておきたい。 「おもちゃ交流」では、中学生が考えた遊びではあったものの、中学生がゲームを運営し、景品を渡 すことが主の活動になっており、幼児との距離感が遠く、じっくりかかわるという姿をみることができ なかった。また、幼児は待っている時間が長く、中学生に遊ばせてもらうという受け身の状態であり、 中学生と幼児が共に主体的に遊ぶ・活動することができていなかった。一方、「製作交流」は、幼児と 中学生が共に一つの「モノ」を作るという点で、両者の距離感も近く、長時間かかわることができてい た。また製作するという点では両者とも主体的に活動できていたが、活動自体は保育者が考えたもので あり、中学生の考えたものではないという点で、中学生側の学習効果としては不十分である。 最後に「おやつ交流」であるが、ここでは、中学生が考えたおやつを、幼児と中学生が共に作るとい う活動が行われており、企画の面でも、活動そのものの面でも、両者が主体的に活動できていたといえ る。幼児の食生活や好み、アレルギーなどを理解した上で、おやつのメニューを考え、共に作り、食べ るという意味では、中学生にとっては総合的に幼児の実態や生活を学べる機会となっていた。また、具 体的に取り上げた事例の「三色まるめクッキー」のグループでは、中学生と幼児が共にクッキーを小さ 図1 3つの交流の考察(田甫:2012)
くまるめて成形するという行為を繰り返しており、身体的同調性が高く、中学生をモデルとし、その様 子を見てまねながら、作り方を学び、最終的には幼児自身が生地の固さに言及する「べたべたすぎて丸 められない」という発言がでるなど、共感性の高さも考察できた。ここでは幼児自身が「周辺的参加者」 から「正統的参加者」へと変化している姿が見られ、幼児が主体的におやつ作りに関わっている姿が見 られた。しかしながら、「野菜入りクレープ」のグループでは幼児と中学生の役割分担が異なってしま い、中学生がクレープを焼くのを幼児が見ているだけになってしまうグループも見られた。このグルー プの幼児は飽きてしまい途中で試食のテーブルに座っておやつ作りから逸脱してしまい、また出来上 がったクレープに野菜が入っていることが分かり食べることができない幼児もいた。(田甫 2012)。 このように、一緒に同じ作業を繰り返し行うという要素が含まれているグループは、身体的同調性が 高く、中学生、幼児とも活動が継続し、楽しんで行っている姿が見られたが、それがないグループでは、 活動が継続しないということが明らかとなった。 (3)研究方法 B 幼稚園で担任として勤務する保育者3名に対するインタビューを行い、A 中学校との交流活動に対 する考えについて話してもらった。特に、「かかわりの質」に関する点に焦点をあて、観察結果との比 較検討を行った。実施日・研究対象については以下のとおりである。 実施日:2012 年3月 26 日 13:30 ~ 15:00(30 分ずつ別々に行った。) 対象者:A 幼稚園で担任をする3名の保育者(X 先生、Y 先生、Z 先生)。3名とも勤務年数 10 年以 上のベテラン保育者である。なお、筆者と B 幼稚園の保育者とは日頃から交流があり、インタビューも 打ち解けた雰囲気で行われた。 2.保育者の「触れ合い体験学習」に対する考え方 本章では、B 幼稚園の保育者に幼児の日頃の姿や、交流活動の様子を見ていて感じることや保育者自 身の考えについて語ってもらったことについて分析を行う。 (1)望ましいかかわりのあり方 ・ 小さいんだけど、僕たちだってできるんだよっていうのをおやつの時にものすごく言ってましたね。前 期は作ってもらうというパターンだったんですね。…お客さんとして食べるだけだったんですね。すご いふてくされて帰ってきて。「どうして?」って言ったら、「だって、おれには何もさせてくれなかっ た」って言った子がいて (1)。で、結局、先生にその話をして、「先生、実はこういうふうに言ってます。 だから、ちょっとでもいいからやれる部分を後半のグループにはつくってください」っていうことをお 願いしたら、そこは聞いていただいて。 ・ 中学生ができるところを考えてくれるわけですよね (2)。そうすると、やってあげることが、私たちの 存在というのではないっていうことを中学生も自覚をして、幼稚園の子だってできるところを一緒にや りたいんだってことが届くと、やっぱりそこを受けとめて変えてくれるんですね。 ・ できたものがおいしいとか、どうとかってことではなくて、一緒に作業ができること、自分をちゃんと 受けとめて、生かしてくれることっていうのが交流の中に少しでもあると、幼稚園の子どもたちも楽し いし、恐らく中学生もそれを見てて、気持ちが変わってくるのをね、顔を見ててわかるんですね (3)。 だから、最初のチームの子は、分かれちゃうんですよ。…ただ、座ってるだけの子と、まあ、面倒を見 てくれるお姉ちゃんたちがいたとしても、なんかお料理とはまるっきり別の世界をつくって、折り紙を するとか、なんか気は遣ってくれてるんですけど、でもそれは違うんですね。 ・ 一緒にやるっていうことが、びゅんびゅんゴマもそうなんでしょうけど、この物を介して一緒にそこに お互いが向き合って、できるところは、「あなたはどこまでできるの?じゃあ、私はここをやってあげ るから、ここをやってみたらどう」みたいなことを一緒につくっていくというかかわりは、お互いに生 きてくるんだなあって思って見てました (4)。 Y先生 おやつ交流を通して
Y 先生のインタビューでは、おやつを作りに行った幼児が、「何もさせてもらえなかった」とふてく されて帰ってきた」というエピソードをあげ、自分たちは「小さいけれどできる」という思いをもち、 「お客さん」としてもてなしてもらうのではなく、「自分たちも一緒にやりたい」という思いを幼児が もっていたことが語られている(下線部 (1))。そのことを中学校の教員に伝えたところ、次のグルー プでは、「中学生ができるところを考えてくれて」幼児にとって楽しい活動をすることができたという (下線部 (2))。幼児は自分たちを受け止めて、生かしてくれ、一緒に作業ができることが楽しく、それ を見ている中学生側も「気持ちがかわっていくのではないか」と述べている(下線部 (3))。さらに、 物を介して、お互いが向き合って、お互いのできることを探りながら一緒に作業をするということが重 要なのではないかと述べている(下線部 (4)) また、Z 先生も、実際に幼児が中学生と一緒に作って「一緒にできた」「自分たちもできた」という 思いがあり、一緒にそれを食べるということが重要ではないかと述べている(下線部 (5))。このように、 Y 先生、Z 先生のインタビューからも、先行研究(田甫 2009)と同様、幼児と中学生が同じ目的に向 かって「一緒に作業をする」ということが重要であり、幼児を「お客さん」としてもてなすことは、幼 児にとって楽しい経験にはならないということを示唆している。このことは、「おやつ交流」の場面の みならず、他の交流でも見られたと語ってくださった。 Z 先生は、おもちゃ交流で、おもちゃで遊ぶ際はリーダーの中学生が説明するだけで、あまり幼児と かかわりをもてていないが、順番を待っている子どもと一対一でかかわる時の方が、よいかかわりがで きていると述べている。また、「おもちゃ交流」で来ているが、おもちゃを介さない部分で学ぶところ ・ これならできるかもねっていうところを中学生が考えてくれて、幼児自身がこう活動するっていうか… 手を動かしてやったものっていうのはすごく大事だし、それだったら食べれるみたいな。幼稚園でつく ったものだったら食べるみたいな子がいるように、やっぱり中学生と一緒につくって、この部分は一緒 にできた、僕もできたな、私もできたなっていうところで一緒に食べて、よかったねみたいなところが、 あるといいかな (5) というのはすごく思いますね。 Z先生 ・ 僕たちが考えたこれをやらせようっていう説明は、リーダーの子たちがやることが多いんだけれども、 ゲームを待っている間の子たちと一対一で接するときに「あ、この子変わったな」って。自分の素を出 せるっていうか。 ・ 表情が柔らかくなったり、笑顔が増えたり、言葉数が多くなったり、子どもが僕のことを思ってくれる、 頼りにされてるっていうかそういうことを感じるんだろうな、無意識に。その子とかかわりが深くなっ てくみたいな。だからおもちゃ交流で来るんだけれども、その部分じゃない部分で変わる、学ぶところ は大きいんだと。それは人間に対する信頼関係だと思いますね。 Z先生 一対一のかかわりで学ぶこと(おもちゃ交流) ・ 時間をかけるのも大切なのかなって思って。最後に自由にかかわるような場面では、中学生も幼児もよ く遊んでいたので、枠があることがいいことなのかっていうのと。いろいろ準備してくれてもやりこな せずに済んじゃうので。きっかけとしては何か活動なり、向こうから投げかけてくれるものがあって、 その中で遊ぶっていうことをしていけば、数多くはいらないのかななんて思ってます。 ・ ゲームはうまくその子たちのものになってなかったんですけど、折り紙をしだしてからはこっちの子ど もたちも楽しんで。中学生のお姉ちゃんたちも、これはこうやって折るんだよなんて教えてくれる場面 ですごくぐーっと距離が近づいた感じがしたんで。やっぱり中学生のものになってくると違うのかなな んて思ったり。 X先生 遊びが中学生のものになっていると距離が近づく(おもちゃ交流)
が大きいのではないかと言い、そこでは「人間としての信頼関係」を築いているということであり、表 情の柔らかさや、笑顔、言葉数等で両者の「かかわり」の深まりを判断している。 またX 先生も「おもちゃ交流」が終了して、自由に遊ぶ時や、順番待ちで折り紙を一緒に折る時の ほうが、良いかかわりができていると言う。きっかけとしておもちゃはあってもよいが、おもちゃの数 が多すぎて遊びこむことができないのも問題ではないかと語っている。 このように、3人の先生とも、中学生が幼児を「楽しませてあげる」ということではなく、一緒に作 業をしたり、一つの物を介して少人数で遊んだりすることが幼児にとってふさわしいかかわりであると 考えていることが分かる。そして、そのようなかかわりの中で、中学生にとっても意味のある体験に なっていることを、中学生の行動や表情から経験的に感じているといえるだろう。 (2)中学生の思いの強さ―「おもちゃ交流」における「びゅんびゅんごま」の活動 Y 先生は、この年に「おもちゃ交流」で中学生がもってきた「びゅんびゅんごま」が幼児たちの中で、 大流行し、生活発表会の際に保護者の前でも披露することになったことを語ってくれた(下線部(6))。 これほど、「遊び交流」でもってきたおもちゃが幼児に浸透するということはこれまでなかったと言い (下線部 (2))、その要因として、中学生自身が「びゅんびゅんごま」のおもしろさを実感し ( 下線部 (1) (4)(5)(7))、そのおもしろさを探究していたから(下線部 (3))ではないかと推測している。 つまり、中学生自身が、「幼児を遊ばせる」ためにおもちゃを作ってそれを幼児にやらせるのではな く、自分たち自身もおもしろがって遊んでいるということが幼児にも伝わり、幼児を魅了していったの ではないかということである。ここには、モデルとしての中学生の役割が幼児の遊びへの動機づけに なっていることが分かり、また、「びゅんびゅんごま」を介して一緒に遊ぶということは、同じ動きを 繰り返すという意味で、「おやつ交流」でのクッキー作りと同様に身体的同等性が高く、また「うまく いった」「できなくてくやしい」など共感性も高い活動となっているといえるだろう。 つまり、中学生が遊ばせる人、幼児が遊ぶ人という役割分担ができてしまうのではなく(クレープ作 りでは「作る人」と「作ってもらう人」という役割分担ができていた)、両者が一緒に活動に参加でき るということが、重要な要素となっていることが分かる。中学生と幼児が「先生と生徒」になってしま ・ 中学生の方が自主的にやってる感じ (1) がすごくしたんです。…前期にやった子たちが「びゅんびゅん ごま」を持ってきてくれたんですね。それがものすごく今の幼稚園の子どもたちの関心にぴったり合っ てたんだと思うんです。今まであったとしてみても、あれほど自分の中に取り込んで、それを自分たち になりに、幼稚園の子どもたちが、アレンジして、自分たちのものにしていくっていう姿は私はあんま り見たことがなかったんですけど。(2) あとで中学校の先生に聞いたら、今年はすごく中学生自身が研 究してきたらしいんです。自分もよく回せなかったのが。どうやったら子どもが回せるかをよく考えて きた (3) と。だからいい加減さがないから、子どもたちにそれが届いて、今の発達段階のレベルにもす ごくあった教材を提供してくれたのかなって思ったんです。 Y先生 中学生自身も遊びを探求する ・ 観察も今回の場合あんまりなくって。だけど中学生自身もものすごく楽しんで、おそらくその教材を 作ってくれたんだろうと思うんです (4)。で、それを子どもたちに提供してくれる時に、そのおもしろ さを共有して (5) いく感じの中で、何かが起きたんだろうなと、私は受け止めているんですけど。お そらくそういうことがあって、子どもたちの中にそれがものすごい勢いで広がっていって、結局クラ ス中の子どもたちがみんなできるようになったんですね。それがきっかけで発表会でも出し物がびゅ んびゅんゴマになってっていうことに (6)。 ・ (中学生が)自分たちもおもしろかったって言ってたので (7)。大人も子どももおもしろさっていうと ころは変わらない。私もやっておもしろかったんで。 Y先生 中学生自身楽しむことが大切
うと、「教える―教わる」という関係になってしまうが、そうではなくて共に楽しむ「仲間」としての かかわりが、幼児が求めている中学生の姿なのではないかと考えていることが分かる。 (3)教師のかかわり方 最後に、教師のかかわり方についてみてみたい。Y 先生は「びゅんびゅんごま」の盛り上がりを中学 生に伝えたところ、とても喜んでくれたということを実感しており、そのことが、両者の交流をさら に広げていったことを話してくれた(下線部 (1))。またさらに幼児の方が繰り返し遊んでいたため、 「びゅんびゅんごま」の技能(足で回す)も中学生以上に上達し、今度は逆に幼児が教えてあげるとい うことにもなったという。Y 先生はこのような交流の積み重ねを通して、中学生自身も「してあげる」 だけでなく、「お互いに交流していっておもしろいね」という感覚をもてるのではないかと語っている (下線部 (4))。このように中学生側に幼児の姿をフィードバックしていくことが交流として重要なので はないか、それによってお互いが成長していけるのではないかと語っている ( 下線部 (2)(3))。 中学生が思いもよらないほど、幼児の中で遊びが盛り上がったという報告は、中学生にとってはうれ しいことであろうし、また幼児のその後の姿や成長を知ることは中学生の学びにもつながる。このよう に、家庭科の授業を越えて、交流を継続できるということは、幼児と中学生とのかかわりを深めていく ことになると思われる。保育者の側も、中学生の学びという点も頭に入れておくことが重要なのではな いだろうか。 ・ (びゅんびゅんごまの盛り上がりを)こちらだけに留めておくのは惜しい気がして、おやつ交流でその クラスに行ったときに、「こういうわけですごく上手になったんだよ」っていうことを報告したんですね。 そしたらその男の子がものすごくうれしそうにしてくれたのね (1)。 ・ こちらがフィードバックしていくことはあまりなかったんですね。でもこちらの受け止めたことを返し ていくっていうことの中で、やってもらうだけではない、子どもたちの中に起きてたことを中学生がま た受け止めていくっていうことの中に、お互いが育っていく何かが見えるのかもしれないと。(2) ・ お互いが交流によって伸びていく感覚がほしいなって思います。幼稚園の子が喜んでくれることで、そ れが広がっていったっていうことは、フィードバックしていくことによってお互いが変われるっていう ことを感じるので (3)、そこが今の交流にはないと思うんです。 ・ こんな風に子どもが変わったよとかお母さんたちの声とかあるんですね。そういうものを返していくこ との中で中学生にとってもプラスになるように。 ・ 結局後期になって「見せたい」って言って、別の子たちのチームがステージに上がって、中学生を前に してそのびゅんびゅんゴマをみせてあげたりね。逆に幼稚園の子がお姉さんたちに足でやることを教え てあげたり。( 中略)中学生も教えられることを楽しんでいるっていうか、与えるだけじゃなく相互の 中で、「おもしろいね」っていうことがびゅんびゅんゴマを介していろんなつながりが広がっていった なっていうのが、今年はおもしろかったですね (4)。 Y先生 幼児の様子を中学生に伝える ・ こちら側も迷惑だっていうふうに思ってしまうのは、行った時に、私も最初は静かにさせておかなく ちゃいけないとか、こちら側がある意味ちょっとプレッシャーに感じちゃったりとか、やっぱりお客 さんになっちゃう時には、してもらってる側として、自分の□□をいろいろしてしまうと、余計な時 間になってしまうでしょうけど、子どもたちの活動としての交流が位置づいてくれば、少しこう意味 合いが変わってきて、言いたいことが言えるのかなって (5)、こちら側の要求としてはこうなんだけど、 「もっと卵とかも割らせて」とかいうことも言えるのかなあとか。 ・ たまたま私が幼稚園の時に教えた学年だったりしたのですごく言いやすくって、「ねえ、ねえ、なんか もうちょっとやらせてくれない」とか言ったら、「えー」とか言って「できるの?」とかって言いなが ら、あの、おもしろがってさせてくれる中に、新しい姿が見えるかなとかちょっと思ったりしました。 (6) ・ お互いに異質なものがいることで得るものっていうのはあるなっていうのはほんとに今回感じたので、 やっぱりそこのところを大事にしていったほうがいいなあって思いましたね。 Y先生 教師も主体的に交流に参加する
また、教師側も積極的にかかわっていくということも重要ではないかと語っている。どうしても中学 校の家庭科の授業ということで、遠慮してしまったり、家庭科の授業として円滑に進むように幼児を統 制しなければと考えてしまったりすると、交流活動が負担になってしまうという。しかし、両者にとっ て主体的な活動となれば、保育者側も中学生に声をかけたり、援助したりすることが可能になってくる のではないかと述べている ( 下線部 (5))。B 幼稚園の修了生のほとんどが、A 中学校に進学しており、 長年勤務している保育者たちは、A 中学校の生徒の4分の1ほどが教え子である。そのような中でも遠 慮があったというが、そこを乗り越えていくことでおもしろい交流になるのではないかと言う(下線部 (6))。また、Z 先生は教師主導の授業としての交流活動のみならず、子どもたちの必要感をもとに日常 的に近隣の小学校や中学校と交流していくことが大切ではないかと語っている(下線部 (7))。 Y 先生が指摘するように、現在の「触れ合い体験学習」はイベント的で一回限りで終わってしまうこ とが多い。幼児のその後の姿を中学生に伝えることで、幼児の思いや興味関心に気づくこともでき、そ れは中学生の学習にもつながる。また、そこでの反省を生かして、さらなる交流のあり方を模索するこ とも可能となる。このような教師同士の連携や、積極的なかかわりは、不可欠な要素となるだろう。 (4)考察 幼稚園の先生方の考えている望ましい交流の形としては、まず、準備段階で中学生自身もおもしろが り、その活動の楽しさを追究するということである。その中学生の活動への取り組む姿勢がそのまま幼 児に伝わると考えていた。その際に、幼児の普段の生活や遊びの様子を把握し、一緒にできる活動を考 えることは重要であろう。そして、交流の際には、両者が異なる役割をするのではなく、一緒に同じも のに向かって同じ行為を行うということが望ましいと考えていた。 そこで、幼児は中学生をモデルとして自分で工夫したりやってみたりすることができ、それこそが幼 児の楽しさであり、よいかかわりになるのだろうと述べている。また、中学生も幼児の様子を見ながら 臨機応変に対応できることが、よりよい「かかわり」なのだろうと考えている。また、よい「かかわり」 は、その活動がその後の幼児の生活や遊びにも影響し、それを中学生にフィードバックすることで中学 生の学びも深まるのではないかと述べている。 インタビュー内容をまとめると、中学生と幼児が一緒に活動すること、そして、中学生も活動の楽し さおもしろさを実感し追究することで幼児のモデルとなること、また、保育者も中学生の学びを考慮 し、積極的にかかわりをもちながら、中学校の教員と連携していくことが重要であると考えていること が分かる。 3.結論 筆者の参与観察による分析から、幼児との「かかわり」で重要なことは、中学生と幼児とが同じも のに向かって同じ行為を繰り返し(身体的同調性)、その中で中学生が幼児の憧れのモデルとなること、 ・ これは形だけだったんですけど、中学生の学園祭の中をちょっと見せてもらいにいって、科学クラブっ ていうのが、ロケットの発射実験みたいなのをやってて、ここで。で、たまたま春休みだったか、冬 休みだったかなんかで、来てた子が2、3人見たんですけど、「あー、すごい。見せて、見せて」とか 言って、ちょっとやらせてもらったりなんかして。ちょっとしたきっかけでも、小学校とも言ってる んですけど、何かわからないことがあったら、小学校へ聞きに行ったりとか、図書館に行って調べさ せてもらったりとかっていうふうな、こっちが組み立てる活動じゃなくって、子どもたちから生まれ てきた思いだったりをこうつなげていけるっていうふうなところの関係づくりができてればいいかな あと思うんですよね。(7) Z先生 日常的な連携をめざす
また、同じ行為を行うことによって共通の感情をもつこと(共感性)が重要であるということが明らか となった(田甫 2009)。 本研究では、観察対象事例のB 幼稚園の保育者三名にインタビューを行ったところ、中学生との交 流活動について、以下のような考えをもっていることが分かった。 ①中学生自身がその活動に興味をもって取り組む(おもしろがる)ことで、幼児のモデルとなる。 ②幼児を「お客様」扱いするのではなく、共に取り組める活動である。 ③保育者も主体的に活動にかかわり、交流後の様子などを伝えるなど中学校側との連携を密にする このように、幼稚園の保育者たちも、筆者の参与観察から明らかとなった「かかわり」のあり方と同 様の考えをもっており、この視点は妥当性のあるものと考えられる。つまり、質の高い「かかわり」と は、年長者である中学生をモデルとし、共に同じ行為を繰り返すという同調性の高い活動であること、 またそこでの体験を通して両者が共感することである。さらには、教員間の連携というのも重要な視点 となるだろう。 今後の課題としては、本研究から明らかになった「望ましいかかわり」が実践された際の中学生の変 化や学びの深まりについて分析すること、また、中学校教諭についてもインタビューを行い、幼稚園教 諭との違いを検討することを行いたい。 参考・引用文献 伊藤葉子『中・高校生の親性準備性の発達と保育体験学習』風間書房(2006) 伊藤葉子「中・高校生の家庭科の保育体験学習の教育的課題に関する検討」『日本家政学会誌』Vol.58No.6、315 頁 ~ 326 頁(2007) 岩田遵子『現代社会における「子ども文化」成立の可能性』風間書房(2007) 岩田遵子「現代における乳幼児の生活の危機に大人はどう対処すべきか」日本教育方法学会編『子どもの生活現実 にとりくむ教育方法』(2010) 倉持清美、伊藤葉子、岡野雅子、金田利子「保育現場における中・高校生の触れ合い体験活動の実施状況と受け止 めかた」『日本家政学会誌』Vol.60No.9、817 頁~ 823 頁(2009) 佐伯胖『共感』ミネルヴァ書房(2007) 立松麻衣子、原口あかね、湯川聰子「中学校技術・家庭科における保育学習内容の検討」『日本家政学会誌』 Vol.58No.5、271 頁~ 281 頁(2007) 田甫綾野「中学校家庭科における幼児との触れ合い体験学習について―「かかわり」のあり方をめぐって」『山梨大 学教育人間学部紀要』149 頁~ 158 頁(2012) 文部科学省(2004)『「子育て理解教育」指導資料』