日本近世近代移行期の地域政治構造と有力者の研究
著者
佐藤 大介
号
187
発行年
2004
さ
佐
8
藤
櫛
大
す け介
学 位 の 種 類
学 位 記 番 号
学 位 授 与 年 月 日学位 授 与 の要件
研 究 科 ・ 専 攻学 位 論 文 題 目
論 文 審 査 委 員
博 士(文 学) 文博 第187号 平成17年3月10日 学位 規 則 第4条 第1項 該 当東北大学大学院文学研究科(博 士課程後期3年 の課程)
歴史科学専攻
日本近世近代移行期の地域政治構造 と有力者の研究
(主査) 教 授 大 藤修
教
授
今
泉
隆 雄
教
授
佐
藤 嘉
倫
助教授
柳
原
敏
昭
助教授
安
達
宏
昭
論 文 内 容 の 要 旨
1本 論 の課 題 と構 成 ① 日本 近 世 ・近 代 移 行 期研 究 に お け る二 つ の視 点 と本 論 の課 題 本 研 究 の課 題 は、 日本 近 世 ・近 代 移 行 期 にお け る地 域 政 治 構 造 の解 明 と、 その 中 で の有 力 者 の政 治 的 立 場 を解 明 す る こ とで あ る。分 析 フ ィー ル ドは羽 州村 山郡 で あ る。 本 研 究 で は、移 行 期 、 特 に一 八 五 〇 ∼ 七 〇 年 代 の具 体 的 な 地域 政 治過 程 の分 析 を通 じて 、①政治 的調整 をになった人物 の政治 的立場 を保証 す るメ カ ニズ ム を解 明 し、② 有 力 者 が 実 際 に直 面 した政 策 課 題 へ の 対 応 と して 生 じた政 治 構 造 が 、 近代 成 立 期 の地 域 秩 序 に対 し どの よ うな歴 史 的 規定 性 を与 えた のか 、 とい う二 点 の課 題 を設 定 す る。 近 世 ・近 代 移 行 期 の 日本 地 域 社 会 にお け る政 治構 造 と有 力 者 の政 治 行 動 の 評価 にっ い て は、 一 九 六 〇 年 代 に提 起 され た 世 直 し状 況 論 に よ って 、幕 藩 制 的全 国市 場 の発 展 に伴 い 富 を 蓄積 した 「豪 農 」 が 、領 主 権 力 との共 生 を深 め 、 一 方 で没 落 し土 地 を失 った 「半 プ ロ」 と徹 底 的 に対 立 す る とい う評 価 が な され て い た。 しか し、 一 九八 ○年 代 以 降、 久 留 島浩 、藪 田貫 、 谷 山正 道 、 平 川 新 らの研 究 に代 表 され る よ う に、特 に一 八 世 紀 後 半 以 降 の地 域 運 営 の 中で 、 村役 人 ・豪 農 な どい わ ゆ る 「中 間 層」 が蓄 積 して きた 政 治 的 力 量 や 、 彼 らの 構 築 した地 域 運 営 体 制 につ い て再 評 価 す る研 究 が 蓄 積 され て い る。 幕 藩 領 主 の 地域 行 政 の 実 質 的 な 担 い 手 、対 領 主 へ の訴 願 運 動 の 主体 とい う点 に加 え、 地 域 法 の 制定 や経 済 政 策 の献 策 を通 じ、 領 主 機 構 を主 体 的 に 活用 して地 域 社 会 の成 り立 ち に腐 心 す る 「地 域 リー ダ ー」と して再 評価 が な され た。 平 川 氏 は、近 世後 期 の政 治 状 況 を各社 会 集 団 の主 体 的 活 動 を通 じた 「状 況 の複 合 」 と して とらえ、 そ れを通 じた 「静 か な変 革」 に よ る社 会 変化 を重 視 す る視 点 を提起 して い る。 本 論 は、 以 上 の 「地 域 運 営 論 」 で提 起 され た視 角 に多 くを学 ん で い る。 しか し、通 史 的 に は開 港 に と もな い社 会 変 動 が激 化 し、 時 に豪 農 ・村役 人 へ の直 接 的 な攻 撃 に 至 る よ うな、 近世 ・近 代 移 行 期 の 地域 政 治 構 造 を、 どの よ うに把 握 す るか とい う点 に つ いて の 検 証 は十 分 で は な い。 藪 田、 久留 島両 氏 は、騒 動 の有 無 、 それ を もた らす 村 役 人 の 力量 を地 域 社 会 の 経 済 的発 展 度 合 い との関係 で把 握 し、 谷 山氏 は、 村 役 人 中心 の 運 動 に初 発 か ら内包 され た 階層 対 立 の要 素 が激 化 す る と して い る。 これ らは いず れ も経済 的先 進 ・後 進 地帯 論 や 、 階 層 対 立 とい っ た従 来 の移 行 期研 究 の視 点 が継 承 され て い る。 本 論 で 対 象 とす る よ うな村 山 郡 も含 め、 列 島各 地 の地 域 社 会 が それ ぞれ の 状況 に応 じて形 成 して きた地 域 秩 序 維 持 シス テ ム や、 そ の担 い 手 とな っ た 人 び との 力 量 の 到 達 点 を総 体 と して 評 価 す る こ とが 難 し くな る とい え よ う。 一 方 、平 川 氏 の提 起 した 「静 か な 変 革」 論 で は、 階 層 対 立 か ら社 会 集 団 の 関係 論 へ と視 点 が 転換 さ れ て い るが 、 こち ら も具 体 的 な地 域 政 治 過 程 の実 証 は行 わ れ て い な い。 以上 をふ まえ 、本 論 で は、 移行 期 にお け る地 域 政 治 過 程 を 具体 的 な事 例 か ら構 造 的 に把 握 し、 その 中 で の有 力 者 の 活動 を実 証 的 に明 らか に して ゆ く。 実 は、 こ う した移 行 期 に こそ、近 世 中後 期 の地 域運 営 に お いて 人 び とが形 成 して きた 政 治運 営 シ ス テ ムや 、 その 中 心 に あ る 「地 域 リー ダ ー」 の政 治 的 力 量 が 発 現 す る と考 え る。 以上 の作 業 は、近 世 期 の蓄 積 と共 に、 具体 的 な 問題 に直 面 す る中 で形 成 され て ゆ く あ らた な政 治構 造 を も明 らか にす る こ とに つ なが る と考 え られ る。 これ を一般 住 民 との 階層 対 立 や 近代 国家 へ の 吸収 とい う点 に収 敏 させ ず 、人 び との新 た な地域 運 営 へ の模 索 とい う観 点 か らそ の 固有 の 意義 を把 握 す る こ と とした い。 と ころで 、世 直 し状 況 論 を批判 的 に継 承 す る立 場 か らも、地 域 有 力 者 の性格 にっ い て の再 評価 が行 わ れ て い る。 吉 田伸 之 氏 が 提 起 した 、地 域 社 会 構 造 の把 握 を通 じて、 そ の 中で の ヘ ゲ モ ニ ー主 体 と して の 「社 会 的権 力 」 として の性 格 を把握 し よ う とす る視 点 で あ る。 ここで は、地域運 営論 でその政治的力量 が 評 価 され た 村役 人 につ いて 、 豪農 として の側 面 、 さ らには十 八 世 紀 以 前 か らの連 続 性 とい った 側面 が 「構 造 把 握 」 とい う論 理 に よ って 改 め て強 調 され て い る。 これをふ まえ、地域運営論 の視角か らは必ず し も十 分 に分 析 され なか った 藩領 で の研 究 を 中心 に実 証 が積 み重 ね られ た 結果 、地 域 運 営 の 場 面 にお け る村 役 人 以 外 の さ まざ ま な構成 要 素 が発 見 され 、 その 「民 主 的 で な い」 性 格 が 強調 さ れ る こ とにな るの で あ る。 しか し、 吉 田氏 の論 は、 現 代社 会 の地 域 社 会 構 造 とその 問題 の解 決 へ の ア プ ロー チ とい う視 角 か ら提 起 され た もの で あ る。 吉 田氏 は、 十七 世 紀 以来 継 続 して存 在 した社 会 的 権 力 に よっ て形 成 され た 地域 構 造 は、 その後 も形 を変 えて 近 代 資本 主 義 ・軍 国 主 義 の 基盤 とな り、 さ らに保 守政 治 の温 床 と して の 「地 域 支 配 構 造 」 に位 置 付 いた とされ る。実 は地 域 社 会 構 造論 の立 場 の論 者 は、 こ う した吉 田氏 の近 現代 社 会 に対 す るイ メ ー ジ の妥 当 性 にっ い て の検 証 を、 実 証研 究 も含 め行 って い ない 。地 域 運 営 論 に関 して指 摘 した 、 移行 期 の実 証 的 な研 究 の 不足 とい う問 題 を同様 に抱 え て い るので あ る。 さ らに、 近 年 の 近代 史 研 究 で は地域 運 営論 で提 起 され た視 角 を踏 まえ、 名 望 家 の 経済 活 動 の再 評価 や 、農 村 社 会 史 研 究 にお い て農 地 改 革 を農 民運 動 の到 達 点 として位 置 づ け る新 た な視 角 か らの研 究 が 蓄積 され て い る。 こ う した議 論 と切 り結 ぶ た め に も、 近 世 史 の 立場 か ら移 行 期 地 域 社会 の実 証 的 な研 究 を積 み重 ね る必 要 が あ ろ う。 本 論 で は、 こ う した 点 を念 頭 に置 き、近 世 ・近 代 移 行 期 の 有 力者 の政 治 行 動 の 実証 分 析 の結 果 を特 定 の 成 果 に当 て はめ る こ とはせ ず 、 史 料 に即 して個 別 の歴 史過 程 を把 握 す る とい う作業 を重 視 す る。 (2)フ ィ ー ル ドと し て の 羽 州 村 山 郡 以 上 の 地 域 社 会 史 の 展 開 に お い て 、 羽 州 村 山 郡 は 研 究 史 上 主 要 な 分 析 フ ィ ー ル ドの 一 つ で あ っ た 。 村
山郡 を対 象 とした分 析 を行 う こ とで 、前 述 した地 域 社 会 論 を め ぐる研 究 動 向 を批 判 的 に継 承 し、新 た な 論 点 提 示 が 可能 に な る と考 え る。 村 山郡 の 地域 政 治構 造 の研 究 と して特 徴 的 な の は、 近 世 期 にお い て幕 藩 領 主 の所 領 の 錯 綜 す る非領 国 地 帯 で あ っ た 同地 域 に お いて 、 村役 人 が所 領 を取 り結 ん で 市場 ・流 通 の管 理 を取 り決 め た郡 中議 定 の性 格 を め ぐる議 論 が展 開 され た こ とで あ る。 飢 鯉 下 に お け る食糧 確 保 や 、年 貢 減 免 闘 争 にお け る村役 人 層 の活 動 へ の 評価 は 、前 述 した地 域 運 営 論 に大 き な研 究 を与 え た。 しか し、幕 末 期 の政 治 状 況 に関 して は 、 階 層 対 立 の深 刻 化 とそ の帰 結 と して の村 山騒 動 とい う、 豪農 ・半 プロ論 の視 点 が 継 承 され て い る。 一 方 、前述 した地域社会構造論 をふ まえ、二〇〇〇年以降 は特 に地域社会構造論 の視角か らの再検討 が 進 め られ た 。特 に岩 田浩 太 郎 氏 は、村 山郡 谷 地 の堀 米 四 郎 兵衛 家 の詳 細 な経 営 分 析 とそれ をふ まえ た 地域 編 成 を 明 らか に し、 村 役 人 中心 の 「地 域 運 営 体 制 」 へ の規 定性 を 強調 した。 岩 田氏 の研 究 も移 行 期 につ いて は依 然 見 通 しに と どま って お り、 さ らに基 本 的 に は地 域 社 会 構 造 論 の立 場 に立 って い るが、 一 方 で 前述 の地 域 社 会 論 の 研 究 を ふ まえ二 四 点 もの 論 点提 起 を行 っ て い る。構 造 把 握 に とど ま らな い多 様 な視 角 か ら研 究 の深 化 を はか る段 階 に至 っ て い る とい え よ う。 以 上 を踏 まえ、 本 稿 で は次 の視 角 か らの分 析 を行 う。 第 一 点 と して 、近 世 ・近 代 移 行 期 の地 域 政 治 構 造 を、階 層構 造 以 外 の側 面 に留 意 して評 価 す る。 すで に藤 田 覚 氏 に よ って 、「半 プ ロ」 とされ た 村 山郡 小 作農 民 の経 営体 と しての 「自立性 」 が指 摘 され 、 幕 末 期 の地 域 政 治状 況 を 階層 対 立 と して の み とらえ る 視 点 へ の疑 問 が提 示 され て い た 。本 稿 で は この提 起 を受 け る と共 に、 平 川 氏 が提 起 した 政 治 状 況論 を ふ ま え、地 域 政 治 過 程 にお け る各集 団 の論 理 を、 階 層 性 に傾 斜 しす ぎ る こ とな く把 握 し、 そ の 関係 を 明 ら か に して ゆ く。 第 二 点 と して 、岩 田 氏 が提 起 した 大規 模 豪農 に よ る地 域 編 成 を通 じた 地 域政 治構 造 の把 握 に 対 し、「編 成 され る」側 の 論理 を対 置 す る こ とで地 域 運 営論 として の深 化 を はか りた い 。岩 田 氏 の研 究 に対 し、 平 川 新 氏 は近 世後 期 の村 山郡 惣 代 名 主 と大規 模 豪 農 との 関係 を相 互 規 定 的 で あ る と再 評 価 し て い る。本 研 究 で は、 さ らに近世 ・近 代 移 行 期 の 地域 秩 序 の把 握 に 際 して も相 互 関 係 、 特 に人 び との協 同 とい う視 点 を重 視 し、 「編 成 』の もっ 内実 とその歴 史 的意 義 を追 求 す る。 この 作業 を通 じて、必 然 的 に 移 行 期 の人 び とに とって の 有 力者 や 地 域 運 営 体 制 の 意 味 、 す な わ ち権 力 と社 会 との 関係 とい う問題 に も 迫 る こ とに な るだ ろ う。 (3)分 析 対 象 と構 成 以 上 の課 題 を明 らか にす るた め の素 材 と して 、 尾 花沢 村 の鈴 木五 郎 兵 衛 家 五 代 当 主 宗 サ(一 八 ニ ー 生 ∼一 八 九 一 没)が 記 した 幕 末維 新 期 の 日記 を分 析 す る。 この 日記 には、地域運営の具体 的な場面 におけ る意 思形 成 過 程 につ いて の 記 事 が豊 富 に含 まれ て い る。 その こ と 自体 が宗 サ の地 域 社 会 にお け る政 治 的 立場 を反 映 して い る と考 え られ る。 本 研 究 の 目的 で あ る近 世 近 代 移 行 期 の地 域 政 治構 造 の把 握 と、 そ の 中 で の有 力 者 個 人 の政 治 的 立場 を分 析 す る上 で 格 好 の 素材 で あ る。 フ ィー ル ドとな る尾 花 沢 村 を 中心 とす る村 山郡 北 部 は(山 形 県村 山地 方 北 部)は 、 近 世期 は 山形 城 下 お よび そ の近 郊 で あ る 「上郷 」に対 して 「下 郷 」 とよば れ て い た。 村 山郡 下 郷 は多 雪 地帯 で あ り、紅 花 、 青 苧 な どの商 品 作 物 生 産 地帯 と して知 られ る上 郷 地域 とは異 な り米 作 が 中心 で あ った 。 そ の一 方、 奥 羽 各地 を結 ぶ境 界 地 帯 と して 交 通 の要 衝 に あ っ た。 尾 花沢 村 には万 治 二 年(一 六 五 九)に 幕府 陣屋 が設 置 され て 以降 、 安 政 二 年(一 八 五 五)の 松 前 藩 預 り領 へ の領 地 替 え をへ て、 明 治 初 年 まで 現地 役 所 と して の 陣屋 が設 置 され て い る。 村 内部 は上 、 中、 埜 の 三 組 に分 か れ、 各 組 が年 貢 村 請 の 単位 で あ り、 それ ぞ れ村 方三 役 が 置 か れ て い た 。鈴 木五 郎 兵 衛 家 の 初代 道 誓 は 、鈴 木五 郎 兵 衛 家 の初 代 道誓 は寛 保 二年(一 七 四二)、同 村 の鈴 木 権 左 衛 門 家 よ り分 家 して い る。 尾 花 沢 村 の 鈴 木 一族 は、旧最 上 氏 家 臣 の 由緒 を主 張
して お り、 権 左 衛 門家 は鈴 木 清 風 を輩 出 す る な ど元 禄 期 に活 躍 した豪 商 鈴 木 八 右 衛 門家 の 分 家 で あ っ た 。五 郎 兵 衛 家 は、 分 家 の分 家 で は あ った が 、 村 内 に お いて 一 定 度 の家 柄 を有 す る家 で あ っ た。 幕 末 期 の鈴 木 五 郎 兵 衛 家 は、 中組 朔 日町 に居 住 して い る。 明治 六 年(一 八 七 三)の 村 山郡 にお け る立 附米(小 作 米)俵 数 調 で は、 五郎 兵 衛 家 は四 四 六 俵 余 りで あ り、 二 〇 〇 〇俵 余 りの規 模 を有 す る柴 崎 弥左 衛 門 に 継 ぐ第 二 位 の土 地 経 営規 模 を有 して いた 。 本 論 の構 成 は以下 の通 りで あ る。 第 一 部 で は 、近 世 後 期 か ら幕 末 期 に か けて の鈴 木 五 郎兵 衛 家 ・宗 サ の社 会 的 立 場 の 解 明 を行 っ た。 第 一 章 で は、鈴 木 五郎 兵 衛 家 の経 営 面 を中心 と した 人 的 ネ ッ トワー クを 分 析 し、 交 際 相 手 の 具体 的 な解 明 を通 じ、 ネ ッ トワー クの構 造 的 特質 を指 摘 した 。補 論1と して近 世 中 後 期 の鈴 木 五 郎 兵 衛 家 を 中心 とす る尾 花 沢 商 人 と上 方 商 人 との古 手 取 引 の 実 態 の 一 端 に つ い て 紹 介 し た。 第 二 章 で は、近 世 中後 期 か ら幕 末 期 にか けて の鈴 木 五 郎 兵衛 家 ・宗 サ の政 治 的 立場 を、 領 主 や 村 役 人 両 者 との関 係 の 中 で構 造 的 に位 置 づ けた 。 な お補 論2と して 、 幕 末維 新 期 に お け る幕 府銀 山役 人 安 藤 政 昭 の公 私 日記 の分 析 を行 い、 職 務 の 実 態 と職 務 意 識 を明 らか に した。 第 二 部 で は、 幕末 維新 期 に お け る地域 政 治構 造 とそ の 中で の 鈴 木 宗 サ の政 治 的立場 を明 らか に した。 第 三 章 で は第 二 章 の分 析 を前 提 に、 尾 花 沢 陣屋 の存 続 運 動 を、 第 四 章 で は幕 末 維 新期 にお け る食 糧 確保 の 問題 を素材 と して 、尾 花 沢 住 民 、 地域 役所 と有力 者 の政 治 的 関 係 を構 造 的 に把 握 す る。 こ う した実 証 分 析 をふ ま え、第 一 部 と合 わせ て 移行 期 の地 域 政 治 構 造 を統 一 的 に とらえ、 さ ら に鈴 木宗 サ の歴 史 的個 性 とい う点 に も留意 しなが ら歴 史 的 評価 をお こな った 。 2本 論 の分 析 結 果 本 論 で は、鈴 木 五 郎 兵 衛 家 の政 治 的活 動 を通 じて 近 世 か ら近代 移 行 期 の政 治 過 程 を分 析 し、 その 政 治 構 造 と鈴 木 家 の 政 治 的 立 場 に っ い て 考 察 した 。 各 章 ご との 分 析 を通 じ た結 論 を、 以 下 の 四 点 に ま と め る。 (1)近 世 中後 期 の 地 域 政 治構 造 と鈴 木 家 の政 治 的 立 場 鈴 木 五 郎兵 衛 家 の政 治 的 活 動 は、 天 明飢 饅 時 の夫 食 米 買 付 へ の 出金 、 文 政 年 間 の 凶 作対 策 の手 当 米 と して膨 大 な作 徳 米 の幕 府 代 官 へ の献 納 か ら始 ま って い る。 これ を支 え た の は、 第 一章 お よび補 論1で 明 らか に した、 鈴 木 家 が 十 八 世 紀後 半 以 降 の幕 藩 制 的 全 国 市 場 の展 開 と、 それ に伴 う地 域 市 場 と密 接 な関 わ りで 形 成 した 経 営 拡 大 と富 の 蓄 積 で あ っ た 。鈴 木 家 は そ の 中 で 改 めて 自 らの属 す る地 域 社 会 を認 識 し、 その危 機 に際 して成 り立 ち維 持 の た め の活 動 を した の で あ る。 また、 第 二 章 で述 べ た よ うに、 寛政 年 間 には地 域 内で の 政 治 的役 割 に っ い て 明文 化 す る議 定 を 、他 の有 力 者 と とも に取 り結 んで い る。 鈴 木 家 の政 治活 動 や そ の背 景 に あ る役 割 認 識 は、 一 人 鈴 木 家 に固 有 の ものだ った の で はな く、 十 八 世 紀 後 半 以 降 に経 営 を拡 大 して い った人 々 に共 通 す る意 識 で あ った と位 置 づ け る こ とが 可能 で あ ろ う。 一 方 、村 山 郡 で は十 八 世 紀 後 半 以 降 、 村役 人 が そ の支 配 領 域 を越 えて結 集 し、 郡 中議定 を通 じて食 糧 確 保 や 流通 統制 を行 うな どの地 域 管 理体 制 を構 築 して いた 。 これ も当該 期 の村 山郡 にお け る社 会 変 化 に対 す る村役 人 として の立 場 か らの対応 と して位 置 づ け られ る。 しか し、鈴 木 家 が 取 り結 ん だ議 定 で は、 その 不 正 の 監視 や 、村 役 人 行 政 へ の 意 見表 明 とい っ た点 が 明 記 され て お り、 村 役 人 とは一 線 を画 す立 場 を取 っ て い た の で あ る。 鈴 木 家 や 柴 崎 弥 左 衛 門家 は、 遅 くと も文 政 年 間 には幕 府 尾 花 沢 領 の 「郡 中取 締 」 を幕 府 代 官 よ り委任 され て い る。 十 八 世 紀 末 以 降 の幕 領 に お け る有 力 者 の 「取 締 役 」 と して の地方 支配 機 構 へ 取 り込 み とい う歴 史 的動 向 の 中 に位 置づ け る こ とが 出来 る。 また 、幕 末 期 の事 例 で は あ るが 、鈴 木 家 や 柴 崎 家 は幕 府
陣 屋 の 年 中儀 礼 の 中 で、 地 域 内 で 最 上位 の位 置 づ け を与 え られ て い る。幕 府 の地 方 支 配 制 度 の観 点 か ら は、 村 役 人 に よ る地 域 運 営 と対 抗 的 な役 割 が 期 待 され て い た とい え よ う。 しか し、 実 際 の地 域 秩 序 維 持 にお い て、 鈴 木 家 や 村 役 人 が 対 抗 関係 に あ っ た わ けで は な い。 天保 飢 鯉 時 の 惣代 名 主 との役 割 分 担 を通 じた協 同で の食 糧 確保 に見 られ る よ うに 、尾 花 沢 村 の 地域 運 営体 制 は、 村 役 人 に加 え、鈴 木 家 の よ うな経 済 的 有 力 者 、 さ ら に は幕 府 代 官 お よ び地 域 役 所 の 三 者 の協 同 関 係 に よ って形 成 され て い た ので あ る。 一方 、 こ こで鈴 木 家 が 領 主 や 地域 社 会 か ら期 待 され た の は、経 済 的 な 出 資 以 上 に 、勘 定 奉 行 と渡 り合 う と と もに、 酒 田 の 米 穀 仕 入 を 円滑 に 実現 す るた めの政 治 的 な交 渉 能 力 で あっ た。 籠 橋 俊 光 氏 が 十八 世 紀 末 か ら十 九 世 紀 の 地域 社 会 にお い て 有 力百 姓 の 中 に領 主 と地 域 社 会 双 方 か ら行 政 の プ ロ と して認 め られ る層 が形 成 され て くる と指 摘 して い るが 、尾 花 沢 村 の鈴 木 家 や 柴 崎 家 、 さ らに は惣 代 名 主 は ま さに そ う した存 在 と して 評価 で き る。 こ う した人 々 を、 地域 有 力者 と して位 置 づ けた い。 経 営 を通 じた 地域 社 会 へ の関 心 、 村 役 人 とい う政 治 的立 場 と、 地 域 運 営 へ の 関 わ りの きっ か け は異 な っ て い た が 、 彼 らは政 治 的 ヘ ゲ モ ニ ー と経 済 的 ヘ ゲ モ ニ ー と して対 抗 関 係 に あ るの で は な い 。 両者 は領 主 や 地 域 社 会 の要 請 に応 じて 、 役 割 分 担 を行 い な が ら協 同 で政 治 秩序 の維 持 に あ た っ て い た の で あ る。 (2)幕 末 期 の 鈴 木 宗 弄 の政 治 的立 場 宗 サ が五 郎 兵 衛 家 の当 主 として、 地 域 運 営 の表 舞 台 に登場 す るの は、 第 二 章 で 述 べ た よ うに安 政 年 間 以 降 で あ る。 尾 花 沢 村 は、第 二 次 蝦 夷 地 上 知 に よっ て松 前藩 領 預 り地 とな って い た 。松 前 藩 も幕 府 と同 様 に鈴 木 家 や 柴 崎 家 の 政 治 的 力量 に依 拠 し、 村 役 人 で はな い彼 らを支 配 の末 端 に位 置 づ け よ う と したの が 「取 締 役 」 で あ った と考 え られ る。 しか し、 この こ とが 宗 サ の政 治 的立 場 を無 条件 に優 位 な もの と した わ けで はな い 。宗 歩 は、 支 配 役 所 と住 民 双 方 が そ の 政 治 経 済 的 力 量 を積 極 的 に 活用 す る場 面 にお い て の み、 行 政 面 の 実 際 を に な って い た 。尾 花 沢 領 にお いて は、 村 内 お よび郡 中 にお い て 村役 人 に よ る地 域 運 営 体 制 が秩 序 維 持 の 中心 と して 機 能 して お り、 宗 サ は これ に拘 束 され て いた の で あ っ た。 幕 末 期 の五 郎 兵衛 家 は、地 主 経 営 で は村 内 第 二位 とい う一 定 度 の経 済 力 を保 持 して い る。 さ ら に、 内 的 な交 渉 や 行 政 の実 際 にお い て重 要 な役 割 を果 た して いた 。 しか し、 そ れ を もって 同家 の 政 治 的 立場 を地 域 運 営 に隠 然 と した影 響 力 を行 使 す る存 在 と 位 置 づ け る こ とはで きな い 。宗 サ の政 治 的 行 動 は、 そ の経 済 力 や 支 配 役所 との距 離 で は な く、 支 配 役所 お よび村 役 人 層 の いず れ か 、 あ るい は双 方 か らの依 頼 が あ っ て は じ め て行 動 の 正 当性 を得 る こ とが で き た の で あ る。 宗 サ は、 文 久 三 年(一 八 六 三)年 に取 締 役 お よび尾 花 沢 村 中組 名 主 を辞 して い る。 しか し、 その後 も 松 前 藩 や 尾 花 沢 村 役 人 は宗サ や そ の子 兎 毛 次 郎 に地 域 運 営 へ の関 与 を も とめ て い た。 第 三 章 お よび第 四 章 で分 析 した、 慶 応 年 間 か ら明 治 初 年 にお け る地 域 運 営 体 制 の決 定 的 な動揺 の 中で 、 宗 サ は領 主 と村 役 人 の 双方 か ら積 極 的 に政 治 的権 限 を委 任 され 、主 体 的 な政 治 力 の発 揮 を求 め られ た ので あ った 。 村 山郡 の地 域 政 治 構 造 を め ぐっ て は、 地 域 社 会構 造論 の視 角 か ら、 巨大 豪 農 に よ る編 成 や 特 定 の 個 人 に 左右 さ れ る との評 価 が な され て い る。 しか し、 鈴 木 宗 サ の事 例 か ら判 断 す れ ば、 そ の活 動 は む しろ領 主 や村 役 人 、 さ らに は一 般 住 民 に拘束 され る側 面 も強 か っ た と考 え られ る。 い いか え れ ば、 宗 サ も含 め、 この 時 期 の地 域 有 力 者 の 政 治 的行 動 を規 定 した の は 、領 主 や 地 域 社 会 の側 か らの信 頼 で あ った とい う こ とが 可 能 で あ ろ う。
(3)明 治 初 年 の 鈴木 宗 弄 の政 治 的 立 場① 一 地 域 運 営 体 制 と宗 男 戊 辰 戦 争 後 の尾 花 沢 で の地 域 運 営 は、 旧松 前藩 か ら引 き続 き民政 局 役 人 とな った 陣 屋役 人、 村 役 人 、 鈴 木 五 郎 兵 衛 家 や 柴 崎弥 左 衛 門 な ど 「取締 」 の三 者 が 中心 とな っ て い た。 明 治初 年 の地 方 行 政 にお い て は、現 場 で 迅 速 な 処理 を行 う必 要 性 が 近世 期 以上 に高 ま って お り、宗 サ は よ り積極 的 な役 割 を期 待 され た 。一 方 、 明 治 三 年 か ら五 年 にか けて の 酒 田 県 お よび 山形 県 に よ る尾 花 沢 陣 屋 をめ ぐ る政 策 は、 従 来 か ら指摘 され て い る よ うに 、地 域 運 営 体 制 の 上 意下 達 機 関 へ の再 編 を 目指 した もの で あ っ た。 尾 花 沢 地 域 で そ の主 要 な 担 い 手 として期 待 され た の は、 領 主 との関 係 か ら見 れ ば村 役 人 と一線 を画 す立 場 に あ った 鈴 木 五 郎 兵 衛 、 柴 崎 弥左 衛 門 の 両 家 で あ り、彼 らを 「郷 中 取締 」 に任 命 す る な ど して再 編 の 中心 に位 置 づ け よ う と した の で あ っ た。 しか し、 宗 サ はそ う した新 政 府 か らの 委任 を相 対 化 して 、 尾 花 沢 陣屋 存 続 の訴願 運 動 の 中心 と して 活 動 して い る。 宗 サ は 陣屋 役 人 お よび 村役 人 双 方 か らの依 頼 を背景 に、 陣 屋 役 人 や村 役 人 と協 同 して 、 訴 願 運 動 に積 極 的 に取 り組 んて い る。 幕 末維 新 期 の地 域 政 治 過程 の分 析 に際 し、 宗 サ の よ うな立 場 の 有 力 者 は、 これ まで領 主 との距 離 や 経 済 力 の観 点 か ら 「特 権 的 豪農 」 と位 置 づ け られ て きた。 この 「特権 的 豪農 」 は、 惣 代庄 屋 と対 抗 関 係 に あ る とされ て きた が 、 以 上 の 事例 か らは、 む しろ移 行 期 を通 じ、 両 者 は地 域 運 営 体制 の一 員 と して協 調 関係 を深 め た と評 価 す べ きで あ る。 それ ばか りか、 郡 中名 主 側 は宗 サ の意 向 を越 えて 、 そ の政 治 的 力 量 に依 存 を深 め て い った の で あ る。 尾 花 沢 陣 屋存 続 運 動 は、 結 局 酒 田 県 お よび 山形 県 の 強硬 な姿 勢 に よ って 目的 を達 成 す る こ とは出来 な か っ た。 しか し、 こ こで の宗 サ の 活 動 は、 運 動 に立 ち上 が っ た か否 か とい う点 か らだ けで は な く、地 域 秩 序 の維 持 とい う点 を最 大 の規 範 とし た主 体 的 な 行動 と して位 置 づ け られ る。 一 連 の政 治過 程 を通 じて、 新 政府 側 は、 最 終 的 に は宗 サ や村 役 人 とい った 、近 世 期 以 来 地 域 運 営体 制 を に な って きた 人 々 を地 方 行 政 運 営 の 末端 に編 成 す る こ とに成 功 した。 しか し、一 貫 して 陣 屋 存 続 をめ ぐ る訴 願 運 動 の 中 心 で あ った 人 々 を排 除 で きず 、 さ らに宗 サ と村役 人 や 一 般 住 民 との信 頼 関 係 その もの が 失 わ れ た わ けで は な い とい う点 をふ まえれ ば、 県側 は地 域 利 害 の代 表 者 た りう る人 び とを、 近世 期 の 陣屋 を通 じた運 営 体 制 よ り内 部 に取 り込 む こ とにな った とい え る。 地 域 運 営論 の研 究 にお いて 、近 代 代 議 制 が その初 発 か ら地 域 利 害 を抱 え込 ん だ とい う見 通 し と ともに、 大 区小 区 制 か ら明治 十 七 年 の地 方 制 度 改 革 に至 る要 因 の 一 っ と して 、 中 間 層 と一 般住 民 との 関係 の 安 定 化 が 指 摘 され て い る。 以 上 の事 例 は、近 世 近 代 移 行 期 の 村 山郡 で もそ う した 状況 に あ っ た こ とを示 す と と もに、第 二 章 の分 析 とも合 わせ 、 問 題 の 始原 が近 世 中後 期 以 降 に形 成 され た、 住 民 か らの信 頼 関係 に依 拠 した地 域 運 営 体 制 に あ る こ とが 確 認 で きた 。 (4)明 治初 年 の鈴 木 宗 舅 の政 治 的立 場(2γ一一宗 甲 と一 般 住 民 との 関 係 第 四 章 で は 、第 二 章 、 第 三 章 にお け る地 域 運 営 体 制 の分 析 もふ ま え なが ら、宗 サ と一 般 住 民 との 関係 につ い て 明 らか に した。 幕 末 期 にお け る村 山郡 で の地 域 政 治 に お け る重 要 な課 題 の一 つ は食 糧確 保 の問 題 で あ った 。 宗 サ は村 役 人 と して これ に関 わ る と共 に 、米 価 高 騰 時 にお け る当座 の対 応 で あ る安 米 販 売 の主 体 と して も活 動 し て いた 。地 域 運 営 体 制 を通 じた 米穀 流 通 管 理 は、 開港 後 の米 価 高 騰 状 況 の 中 で 困難 に直 面 した 。尾 花 沢 地 域 で は、 隣接 す る商 品 生産 地 帯 や他 領 へ の販 売 に よっ て利 潤 を得 るチ ャ ンスが 広 が って お り、地 域 運 営 体 制 をの りこえ る形 で 米穀 移 出 が進 ん だ ので あ る。万 延 元 年 お よび慶応 二年 の騒 動 の事 後 策 として の 流 通 管 理体 制 の再 編 も機 能せ ず 、米 穀 不 足 が 決 定 的 とな っ た。 そ の なか で、 明治 二 年(一 八 六 九)に は 住 民 が 宗 サ を指 名 して 、 穀 問屋 開業 に よ り米 穀 確 保 の主 体 とな る こ とを訴願 して い る。 宗 サ に 対 す る一
般 住 民 の信 頼 が 失 わ れ て お らず 、 決 定 的 な危 機 に直 面 した 住 民 は その政 治 的力 量 に依 存 しよ う として い る。 こ う した 両者 の 関係 を階 層 対 立 と して捉 え るこ とは不 可 能 で あ ろ う。 開 業 に関 して 、尾 花 沢 村 に は村 山郡 屈 指 の経 済 力 を持 ち、 鈴 木 家 と同様 の政 治 的 立 場 に あ った 柴 崎弥 左 衛 門 家 や 、 この ほ か五 郎 兵衛 家 と同 等 の地 主 経 営 規 模 を持 つ 家 が存 在 し、 さ らに は惣代 名 主 も依 然 活 動 して い た 。住 民 は様 々 な選択 肢 の な か か ら宗 サ を主 体 的 に選 択 した の で あ る。 第 二 章 、 第三 章 で の分 析 も含 め、 一 八 世 紀 後 半 以 降 にみ られ る、 村 役 人 以 外 の 地域 有 力者 に対 す る住 民 の 委任 を 「個 人 」 へ の 委任 と とらえ る こ とが 可 能 なの で はな い だ ろ うか 。 近 世 社 会 にお け る 「個 人 」 へ の 評価 は家格 や 経 済 力 と密 接不 可 分 な側 面 は あ った が 、鈴 木 宗 サ の事 例 は、 これ らが 決定 的 な要 素 た り得 なか っ た こ とを示 し て い る。 村 山郡 を フ ィー ル ドとす る本 論 か ら、 代 議 制 の 萌 芽 と位 置 づ け られ る よ うな 、個 人 へ の信 頼 に 基 づ く地 域 運 営 が 広 範 に実 現 して い た こ とが 確 認 で きた 。 宗 サ の穀 問屋 開 業 につ いて は 、理 論 的 に は拒 否 す る とい う選 択 肢 もあ りえ た こ とか ら、 そ の行 動 を宗 サ のパ ー ソナ リテ ィ の側 面 を合 わせ て位 置 づ け る必 要 が あ る。 開業 後 は積 極 的 に行 動 して お り、 宗 サ は 自 らの地 域 有 力 者 と して の役 割 意 識 をふ ま えて 主 体 的 に行 動 した と評 価 す る こ とが で き よ う。 しか し、 宗 歩 の活 動 とその シス テ ム論 的 な評 価 とは分 け る必要 が あ る。 宗 サ は五 郎 兵衛 の 当主 と して経 営 を維 持 す る責 務 が あ り、 さ らに宗 サ の経 営 活 動 のみ で 問題 が解 決 す るわ け で もなか った 。住 民 か らの信 頼 と過 度 の期 待 は表 裏 孟 体 で あ り、 そ の こ とで 宗 サ と住 民 の 対 立 が深 ま る可 能 性 も あ った 。住 民 側 は決 定 的 な 対 立 は避 け よ う と して い た と考 え られ るが 、 い ず れ にせ よ宗 サ の政 治 的立場 は不 安 定 な もので あ った 。 住 民 側 の 期 待 と自 らの経 営維 持 を両 立 させ るた め 、宗 サ は新 た な地 域 運 営体 制 の構 築 を 目指 した 。 それ が 柴 崎 弥 左 衛 門 を村 役 人 に位 置 づ け る こ とで あ り、 新政 府 系 の商 社 へ の参加 、 新興 商 人 との関 係 構 築 で あ っ た。 取 締 役 の 公選 と惣代 名 主 か らの分 離 を主 張 した東 根 村 横 尾 正 作 や 、 中小 規 模 豪 農 を編 成 し県 と の関 係 で 勧 業 政策 を推 し進 め た堀 米 四 郎 兵衛 ら村 山郡 他 地 域 の有 力 者 の政 治行 動 も含 め、 村 山 郡 有 力 者 の 行 動 を地 域 の安 定 化 を希 求 す る政 治 行 動 の類 型 と して 把 握 す る こ とが 可 能 で あ ろ う。 こ う した模 索 が 、 その後 の 地域 政 治過 程 を規 定 して い くこ とにな る。 本 論 を通 じて 、移 行 期 の政 治 過 程 を対 立 で はな く協 同 の視 点 か ら把 握 す る こ とが 可 能 で あ る とい う こ とが 示 され た 。今 後 は近 代 地 域 社 会 にお け る名 望 家 層 の動 向 を、 協 同 の視 点 か ら分 析 し、 近 代 国 家 や権 力 の性 格 に つ い て再 検 討 す る必 要 が あ る。 一方 、 巨額 の寄 付 や 地域 住 民 か らの委 任 を受 け る とい う鈴 木 五 郎 兵衛 家 の政 治 的 立場 を一 つ の政 治 文化 と して と らえ、 個 人 に視 点 を据 え る立 場 か ら、 近 代 化 に よ る 社 会 状 況 の 変化 と合 わせ 、 個 別 有 力 者 の家 に お け る世 代 交 替 と継 承 の 問題 も一 つ の要 素 と して 位 置 づ け る必 要 が あ る と考 え る。 以上 の 点 につ い て 、今 後 は他 地 域 との 比較 もふ くめ さ らに検 討 して ゆ きた い 。
論 文 審 査 結 果 の 要 旨
本 論 文 は、 羽 州 村 山郡 を フ ィー ル ドに、 日本 近 世 近代 移 行期 にお け る地 域 政 治 構 造 と有 力者 の政 治 的 立 場 を解 明 す る こ とを試 みた もの で あ る。 主 た る分 析 対 象 とす るの は、 同郡 尾 花 沢 村 の 豪農 で あ る鈴 木 五 郎 兵 衛 家5代 当主 宗 サ が 記 した 幕 末 維 新 期 の 日記 で あ る。序 章 、本 論2部4章 、補 論2篇 、 終 章 に よっ て構 成 され る。 序 章 で は、 近 年 隆 盛 して い る近 世 の地 域 社 会 論 を め ぐる研 究 動 向 を整 理 し、 論 点 を吟 味 した上 で 、 自 己 の分 析 視 角 を提 示 す る。 従 来 の近 世 地 域 社 会 論 に は、18世 紀 半 ば 以 降、 村 々 が 組 合 村 や郡 中 とい う形 で 連 合 し、 広 域 的 な 自治 的地 域 運 営体 制 を創 出 して いた 点 に着 目す る、 地 域 運 営 につ い て の シ ス テ ム論的 研 究 潮流 と、 地 域 社 会 の 階 層構 造 とそ の 中 に お け る政 治 的 ・経 済 的ヘ ゲ モ ニ ー主 体 の動 向 を分析 す る 構 造 論 的研 究 潮 流 とが あ る。 論者 は両 者 を批 判 的 に継承 ・統 合 す る立 場 を とっ て お り、 従 来 、 見通 しの みで 実証 的研 究 が十 分 に はな され て こな か っ た近 世 近 代移 行 期 の地 域 政 治 構造 を 、 階層 対 立 の 観 点 で は な く、諸 集 団 の利 害 関 係 と有 力者 に よ る調 整 に着 目 して解 析 す る とい う課題 を設 定 して い る。 第1部 「地 域 有 力 者 のネ ッ トワー ク と幕 末 の地 域 政 治構 造 」 で は、 近 世 後期 か ら幕 末 期 にか けて の鈴 木 五 郎兵 衛 家 の人 的 お よび 経 営面 の ネ ッ トワ ー ク を分 析 し、 それ を前 提 に地域 社 会 に お け る同 家 と宗サ の政 治 的 立場 の解 明 を試 み る。 第1章 「鈴 木 五 郎兵 衛 家 の人 的 ネ ッ トワー クー 「年 礼 控 」 か らみ た基 礎 的分 析 一 」 は、近 年 、岩 田浩 太 郎 氏 が提 起 した地 域 社 会 にお け る豪 農 間 関 係 論 を踏 まえ て、 鈴 木 五 郎 兵衛 家 の経 営 面 を 中心 とす る人 的 ネ ッ トワー ク を分 析 した も ので 、 交 際 相 手 の解 明 を通 じて ネ ッ トワー ク の構 造 的特 質 を指 摘 す る。 中規 模 豪 農 で あ る鈴 木 五 郎 兵衛 家 も岩 田氏 が 分 析 した よ うな大 規 模 豪 農 に編 成 され 、 そ の も とで 人 的 ネ ッ トワー クを形 成 して い た の か 、 それ と も自 己の 経 営戦 略 か ら自律 的 にネ ッ トワ ー ク を形 成 して い たの か とい う点 が不 明 確 な憾 み はあ るが、 豪 農 のネ ッ トワー クの具 体 的 な分析 として は研 究 史 上 最 も詳 細 で あ り、実 証 面 で は大 きな成 果 と評 価 で き る。 補 論1「 鈴 木 五 郎 兵 衛 家 の 経 営 ネ ッ トワ ー クー 上 方 との 木 綿 ・古 手 取 引 か ら一 」 で は、 鈴 木 五 郎 兵衛 家 を中 心 とす る尾 花 沢 商 人 と上 方商 人 の木 綿 ・古 手取 引 の実 態 の一 端 を紹 介 して い る。 第2章 「近 世 後 期 ∼ 幕 末 期 にお け る鈴 木 五 郎 兵 衛 家 の 政 治 的 立場 と地 域 秩 序 」 は、鈴 木 五 郎 兵 衛 家 の 近 世後 期 ∼幕 末 期 に お け る政 治 的立 場 を明 らか に し、 市場 経 済 化 の進 んだ18世 紀 後 半 以 降 の地 域 社 会 に おい て 中 間層 が果 た した歴 史 的役 割 につ い て一 定 の展 望 を示 す こ とを課 題 とす る。鈴 木 家 は市 場 経 済 の 進 展 の 中 で経 営 を拡 大 し富 を蓄積 す るが、 天 明 ・天保 の飢 饒 の よ うな地 域 社 会 の危 機 に際 して は食 料 を 確 保 して 地域 住 民 の生 命 維 持 に努 め て お り、 それ に よ って地 域 住 民 と領 主 か ら勝 ち得 た信 望 が 鈴 木 家 の 政 治 的 立場 の根 元 で あ り、 村 役 人 に は就 任 しなか った もの の 村役 人 と協 同 しな が ら地 域 の政 治 秩 序 の 維 持 に あた っ て い た こ とを指 摘 し、従 来 の よ うに村 役 人=政 治 的 ヘ ゲ モ ニ ー主 体 と経済 的有 力 者=経 済 的 ヘ ゲ モ ニ ー主 体 の関 係 を対抗 関係 として と らえ る こ とを批 判 して い る。 補 論2「 幕 末 維 新 期 に お け る幕 府 銀 山役 人 の動 向一 半 田銀 山 附地 役 人 安 藤政 昭 日記 の分 析 を 中心 に 一 」 で は、 半 田銀 山(現 福 島 県桑 折 町)を 管 轄 した 幕 府代 官所 在 勤 の銀 山附役 人安 藤 政 昭 の公 私 日記 を分 析 して 、職 務 の 実 態 と職 務 意 識 を明 らか に して い る。 本 論 文全 体 の主 題 との 関 係 が 不 明確 で あ る が 、 幕 府 の技 術 官 僚 の実 態 を明 らか に した研 究 は稀 少 で あ り、 そ の 点で は貴 重 な成 果 で あ る。 第2部 「近 世 近 代 移 行 期 の 地域 政 治構 造 と有 力 者 」 で は、 幕 末維 新 期 の地 域政 治構 造 とそ の 中で の 鈴 木 宗 サ の政 治 的立 場 を解 明 す る こ とを試 み る。 第3章 「尾 花 沢 陣屋 統 廃 合 を め ぐる地 域 政 治 構 造一 明 治初 年 に お け る一 」 で は、 明治 初 年 の尾 花 沢 陣 屋統 廃 合 を め ぐ る諸 集 団 の 関係 を構 造 的 に把 握 し、 その 中 で の鈴 木 宗 サ の政 治 的立 場 を考 察 す る。 明 治3年 か ら5年 にか けて 、 酒 田 県 お よび 山形 県 は近 世 以 来 の地 域 運 営 体 制 を上 意 下達 機 関 に再 編 す る こ とを試 み 、鈴 木 宗 サ ら地域 有 力者 を 「郷 中取 締 」 に任命 す る。 しか し、 宗 サ ら は県側 の意 向 を受 けて 行 動 した わ けで は な い。 尾 花 沢 陣屋 統廃 合 政 策 に対 して は、 陣屋 役 人や 村 役 人 の依 頼 に加 え、 一 般 住 民 か らの信 頼 を得 て、 地 域 利 害 を代 表 して統 廃 合 反 対 の 訴 願運 動 の 中 心 とな った 。 陣屋 存 続 運 動 は県 側 の 強 硬 姿 勢 に よっ て挫 折 し、 宗 サ や 村 役 人 な ど地 域 の運 営 主 体 は地方 行 政 機 構 の末 端 に編 成 され る。 しか しなが ら、訴 願 運 動 の 中心 人 物 を排 除 で きず、 彼 らに対 す る一般 住 民 の信 頼 も継 続 して い た点 に論 者 は 注 目 し、 県側 は制 度 上 の編成 を実 現 した とはい え、 地 域 利 害 の代 表 者 た る人 々 を近 世期 の 陣屋 行 政 よ り もさ らに内 部 に取 り込 む こ とにな った として、 そ の後 の 近代 地 方行 政 制 度 の変 遷 を展 望 して い る。
第4章 「幕 末 期 の食 料 確保 をめ ぐる地 域 政 治 構 造一 羽 州村 山郡 尾 花 沢 村 を事例 に一 」 で は、 幕 末 維 新 期 の地 域 運 営 に おい て 豪 農 層 の果 た した役 割 を、 食 料確 保 の問 題 を題 材 と して諸 集 団 との 関係 に着 目 して検 討 す る。 当該 期 の 村 山郡 の 有力 者 は、 住 民 お よび地 域 役 所 か ら地 域 秩序 維 持 の役 割 を 求 め られ る中 で 、彼 らの私 的経 営 の維 持 と公 共 機 能 の両 立 を可 能 とす る よ うな地 域 運 営 体 制 の再 編 を共 通 認 識 と して い た もの の、 個 別 の 経 営規 模 や 政 治 能 力 、 さ ら に直 面 した政 治 状 況 の差 異 が 、 ス タ ンス と具 体 的 な 行 動 の相 違 を生 み 出 して いた こ とを 指摘 して い る。 「終章 」 で は各 章 の分 析 結果 を ま とめ る。 本 論文 の研 究 史 上 の意 義 は、 以下 の点 に あ る。 第 一 は、従 来 、豪 農 層 が 広 域 にわ た っ て様 々 な身 分 の 者 と人 的 ネ ッ トワ ー ク を形成 して い た こ とは想 定 は され て い た もの の、 実 証 的 裏 付 けが不 十 分 で あ った の に対 し、 それ を具 体 的 に検 証 した 点。 第 二 は、 鈴 木 宗 サ とい う羽 州 村 山郡 尾 花 沢 村 の一 豪 農 の私 的 な 日記 を綿 密 に読 み 解 いて 、彼 が地 域 運 営 体 制 に村 役 人 として制 度 的 に位 置 づ け られ て い なか っ た に もか か わ らず、 経 済 力 と地 域 住 民 か らの信 望 を背 景 に地域 運 営 に お い て諸 社 会 集 団 の 利害 を調 整 し、 地 域 役 所 お よび村 役 人 と協 同 して重 要 な政 治 的 役 割 を果 た して い た こ とを明 らか に した 点。 村 役 人 や 役 所 の 公 的文 書 か らは見 えて こな い内 々 の折 衝 過 程 も含 めて 、近 世 近 代 移 行 期 に お け る地域 政 治 の メ カ ニズ ム を 解 明 した こ とは、 本 論 文 の最 大 の成 果 で あ る。 近 世 の地 域 社 会 の運 営 につ い て は豊 富 な研 究 蓄 積 が あ る もの の、 幕 末 維 新 期 に関 して は もっ ぱ ら見 通 しの みで 実 証 的 研 究 が 不 十分 で あ っ た の に鑑 み れ ば、 そ の実 態 を分 析 し、 近代 地 方行 政 制 度 成 立 過程 や 名 望 家 を め ぐる近 代 史 家 の議 論 と切 り結 ぶ 視 点 を提 示 した点 、 本 論 文 の意 義 は大 きい ものが あ る。 よ って 、本 論 文 の提 出者 は、博 士(文 学)の 学位 を授 与 さ れ るに十 分 な資格 を有 す る もの と認 め られ る。