仲裁と司法権
著者
吉田 仁美
雑誌名
法学
巻
83
号
3
ページ
174-194
発行年
2020-01-28
URL
http://hdl.handle.net/10097/00127067
はじめに Ⅰ. 代替的紛争解決手段としての仲裁と連邦仲裁法 Ⅱ. 連邦仲裁法の導入と司法による発展 Ⅲ. 労働者の保護と仲裁 Ⅳ. 仲裁と司法権 Ⅴ. Epic Systems 事件 おわりにЁ司法権の変容
はじめに
およそ権利保障のためには,救済が用意されていなければなされない。救 済がなされるかどうかには多くの側面が関連するが,裁判を含む,事案にふ さわしい救済手続が利用できるかどうかも,その一つである。 合意による仲裁などの代替的な紛争解決の手段では,たとえ裁判と同等の 賠償額等が得られなくても,手続が利用しやすく,補償等が迅速に得られる ことには別の利益がある。アメリカにおいて,このような代替的な紛争解決 の手段は,裁判所における訴訟件数が膨大であり,裁判所が取り扱う事件数 の調整がのぞまれる等の事情で,司法権そのものがそれに好意的であること から,広く利用されている。 仲裁が多用されるようになった 1990 年代以降,裁判所は仲裁に多くの紛 争の解決を任せ,必要のある場合には,それらの代替的救済のどのポイント 論 説仲裁と司法権
田 仁 美
で裁判所が介入するかがむしろ問題とされるようになっている。司法権の役 割は大きく変化している。
こうした状況の中で,労働契約に,紛争の際に,個別の仲裁によることと
する(以下,個別の仲裁)条項を盛り込み,紛争の際に労働者が集団的救済に
訴えるのを排除することができるのかどうかを争った,Epic Systems Corp. v. Lewis(1)が注目された。個別の仲裁条項を盛り込んだ労働契約により,ク ラスアクションや集団的訴訟,またはほかの労働者と共同の訴訟で,賃金, 性別,人種,年齢などの差別その他の労働に関する紛争を解決する権利が奪 われるからである(2)。 本稿では,この事案を端緒に,司法権に期待される役割と,司法権の役割 の変化についての議論を検討したい。
Ⅰ. 代替的紛争解決手段としての仲裁と連邦仲裁法
1. 仲裁の手続 仲裁では,中立的な第三者である仲裁人が最終的な仲裁判断を下し,この 仲裁判断に法的拘束力が生じる(3)。仲裁は,利害関係のない仲裁人を選ぶこ とができるため中立的で,専門性が高く,そこそこの中間的解決をはかる傾 向があるとされる。手続面でも当事者自治がみとめられ,ある程度柔軟な設 計ができる。また,1 回の判断に終局性があり,当事者の主張やビジネス上 の要請によっては,紛争解決により適した手段でありうる。また,非公開の(1) Epic System Corp. v. Lewis, 584 U.S.__, 138 S. Ct. 1612 (2018). (2) Nicole G.Berner and Claire Prestel, Symposium: Latest assault against
workers by the Supreme Court, SCOTUSBLOG (May.22,2018, 9:40 AM), h
ttps://www.scotusblog.com/2018/05/symposium latest assault against wo rkers by the supreme court/
(3) ジェフリー・ソーブル・田邊政裕А米国における紛争解決手続Б国際商事法務
ため,秘密保持義務を課すことにより,秘密性が維持される(4)などの特徴が あるとされる。仲裁を選ぶかどうかの判断要素としては,当事者に妥協の余 地があるかどうか,柔軟な解決を望むかどうか,履行が確実になされるかど うか(仲裁の場合,紛争解決方法についての当事者の合意を書面に記録すると任意に 履行される確率が高いとされる),迅速性,終局性,ディスカバリーがないこと (手持ちの情報のみで交渉する),弁護士費用が比較的低額であること,などが ある(5)。 仲裁を選んだ場合には,当事者の合意により,仲裁機関(米国仲裁協会, American Arbitration Association など)を選び,紛争の実情に合った仲裁規則 を選び,仲裁人の数を決め(通常 1 名で,少ない方が,判断が速く安価だが,対 象物が特に高価で重要だと,3 人選ばれることもある),仲裁地,仲裁言語,事前 手続をおくかどうか(調停を前置するなど)を選び,合意書面に明記する(6)。 代替的紛争解決手段としての仲裁を評価したものとしては,借家紛争解決 の文脈で,仲裁の効用につき,個別的配慮と弾力性,自主的努力による問題 の抜本的解決,私人の力による社会正義の実現などを挙げたものがある(7)。
2. 連邦仲裁法(Federal Arbitration Act, FAA)(8)
連邦仲裁法の目的は,仲裁の有効性を確保するために,仲裁合意を裁判所 において強制することである(9)。連邦仲裁法は,船員や鉄道員等(運輸業に 従事する者)を除く,海事取引,複数の州または州と外国との間(10)において (4) ソーブルほか,前掲注 3,1503 1504 頁。 (5) ソーブルほか,前掲注 3,1504 頁。 (6) ソーブルほか,前掲注 3,1505 頁。 (7) 小島武司А借家紛争の解決と仲裁の活用(下)Б判例タイムズ 303 号 8 頁,9 頁,10 頁(1974 年)。
(8) Federal Arbitration Act, 9 U.S.C.S. §2 (1925).
(9) Dean Witter Reynolds v. Byrd, 470 U.S. 213, 219 (1984).
Argenti-行われた商取引全般が対象となる(1 条)。連邦仲裁法の適用される取引での 仲裁合意は,有効かつ撤回不能で,強制することができる(2 条)(11)。この ほか,紛争当事者または裁判所による仲裁人の選定,仲裁人の権限などが定 められている。また,裁判所が仲裁判断の取り消しを命じることができる場 合(10 条),変更や訂正を命じることができる場合(11 条)を定める。10 条, 11 条の事由は,排他的である(12)。ただし,連邦仲裁法に規定のある場合の ほか,仲裁人によるА明らかな法の無視Бがあった場合には,仲裁判断の取 消事由となりうる(13)。
Ⅱ. 連邦仲裁法の導入と司法による発展
連邦仲裁法は,裁判所が処理しきれない事件が増加し,商業的な紛争の解 決が遅れることを背景に,商業的紛争が拘束力のある仲裁により解決される ことを目指して導入された(14)。 当初,商業コミュニティーは,イギリスの裁判所の判例傾向をうけて,ア メリカの裁判所も仲裁に敵対的であることを懸念していたが,連邦仲裁法は このような懸念を払拭し,契約による仲裁を正当化し,促進する法的な枠組 na, 花水征一А投資仲裁に関する初の米国連邦最高裁判所判決Б国際商事法務 42 巻 5 号 681 頁(2014 年),弘中聡浩А投資協定仲裁における手続要件の充足 の判断権者Б法律のひろば 2016 年 10 月号 65 頁。 (11) ただし,連邦仲裁法 2 条但書によれば,仲裁合意はА詐欺,脅迫,非良心性等 の一般的に適用される契約の抗弁Бによって効力を否定することができる。柳 景子АIII クラスアクションを回避する仲裁条項の有効性Б比較法学 48 巻 1 号 211 頁,213 頁(2014 年)。 (12) 石田京子А仲裁判断に対する合意による司法審査の拡張Б比較法学 41 巻 2 号 71 頁,76 頁以下(2008 年),司法審査の範囲は,当事者の合意により拡張す ることはできない,石田京子А米国連邦仲裁法における合意による司法審査の 否定Б比較法学 44 巻 3 号 145 頁,149 頁(2011 年)。(13) Wilko v. Swan, 346 U.S. 427 (1953). (14) 138 S. Ct. 1612, 1642.
みを設けた(15)。 その後,連邦仲裁法は,合衆国最高裁判所(以下,最高裁)の判例によっ て,発展し,適用が拡大されていった。例えば,連邦仲裁法は,当初,連邦 裁判所でのみ適用されていたが,のちに,州裁判所でも適用されるようにな った(16)。また,連邦仲裁法は,立法による権利や,消費者の権利,労働契 約にも適用されるようになった(17)。仲裁合意のうち,一部州法に関連する 部分も,連邦裁判所で判断されるようになり(18),州法が賃金についての紛 争の仲裁を禁ずる規定を置いていても,契約の価値を優先し,連邦仲裁法の 先占があるとして,州法を排除する判断を行っている(19)。 こうして,司法により連邦仲裁法の枠組みが拡大された結果,司法的な紛 争解決への私法の介入は,連邦仲裁法の原意をはるかに超えるものになっ た(20)。Sandra Day O'Connor 裁判官は,А過去 10 年間に,最高裁は,連邦 仲裁法に関する議会意思を確かめるふりをすることをすっかり止め,かわり に,最高裁自身の創造による体系をケース・バイ・ケースで構築してい るБ(21)と批判している。
連邦仲裁法の発展の背景には,裁判所の訴訟数の増加がある。社会の法化 がすすみ,裁判所の役割が拡大するとともに,裁判所のケース・ロードは増
(15) Imre S.Szalai, Aggregate Dispute Resolution: Class and Labor Arbitration, 13 HARV. NEGOTIATION L.REV. 399, 401 (2008).
(16) Id. at 402.
(17) Circuit City Stores, Inc. v.Adams, 532 U.S. 105, 109 (2001). 連邦仲裁法 の適用される事案の拡大につき,Margaret L. Moses, Statutory
Miscon-struction: How the Supreme Court Created a Federal Arbitration Law Nev-er Enacted By Congress, 34 FLA. ST. U.L. REV. 99, 106 (2006).
(18) Dean Witter Reynolds, Inc. v. Byrd, 470 U.S. 213, 218 21 (1985). (19) Perry v. Thomas, 107 S. Ct. 2520, 2526 27 (1987).
(20) Szalai, supra note 15 at 402.
(21) Allied Bruce Terminix Cos. v. Dobson, 513 U.S. 265, 283 (1995) (O'Con-nor, J▆, concurring).
大し続けている。司法に期待される役割として,コロンビア特別区控訴裁判 所の Harry T.Edwards 裁判官は,個人の権利保障,連邦法の解釈と執行, 政府の民主主義過程の活力を確保すること,を挙げている(22)。 裁判所にあまりにも過大な負担がかかることは,裁判所の機能不全を招き かねない(23)。裁判所は,行政庁に解決をゆだねて負担の軽減をはかるほか, 代替的な紛争解決手段を許容している。仲裁合意に関する問題でも,最高裁 は一貫して契約の価値を強調し,連邦司法部の負担の軽減をはかってい る(24)。 しかし,一方で,最高裁が過度に代替的な紛争解決手段を許容し,司法に 期待されている機能を放棄するようなことがあってはならない。 議会は,連邦仲裁法の制定当時,民事紛争の仲裁当事者の交渉力がおおむ ね対等であることを想定していた(25)。しかし,消費者問題や,労働紛争で は,企業と消費者や,使用者と労働者の情報量や交渉力には大きな開きがあ る。 仲裁条項に対する一般的な憲法的な批判としては,陪審裁判に対する権利 という,重要な権利の放棄が,契約書の中に埋め込まれ,人々は,権利放棄
(22) protecting individual rights, interpreting and enforcing federal law, and ensuring the vitality of democratic processes of government , Harry T.Ed-wards, The Rising Work Load and Perceived Bureaucracy of the Federal
Courts: A Causation-Based Approach to the Search for Appropriate Reme-dies, 68 IOWA L. REV. 871, 875 (2019). See also, , Judith Resnik, Fea-ture: Arbitration, Transparency, And Privatization: Diffusing Disputes: The Public in the Private of Arbitration, the Private in Courts, and the Erasure of Rights, 124 YALE L.J. 2804, 2818.
(23) Harold H.Bruff, Public Programs, Private Deciders: The Constitutionality
of Arbitration in Federal Programs▆, 67 TEX. L.REV. 441, 447 (1989). See also, Edwards, supra note 22 at 873 and footnote 8.
(24) Bruff, supra note 25 at 448. (25) 138 S. Ct. 1612, 1643.
をしていることをほとんど理解していない,ということだとされる(26)。(附 合契約によるものを含む)仲裁合意は,裁判所を,広い領域の経済活動や社会 活動の紛争解決のフォーラムではなくするだけでなく,立法的な,またコモ ン・ローの原理による規制の影響を減じうる(27)。消費者運動家からは,消 費者の苦情を,仲裁により,内々に,仲裁手続きに慣れ情報量の多い企業側 が,手続に不慣れで情報量も少ない消費者に対し,有利に紛争を解決するこ とになるとの懸念が表明されている(28)。さらには,実際には,消費者や労 働者には,仲裁が利用されないという指摘がある。これは,仲裁の公正さや 合法性に対する最小限の監督を欠くこと,費用免除の包括的システムを要求 していないこと,原告らのリソースを増大させるために必要な集団的訴訟を 禁じていること,提起された申し立て,手続,結果への第三者のアクセスが 制限されていることからきているとされる(29)。こうしたことから,仲裁合 意を消費契約に盛り込むことの法的禁止が求められている(30)。 労働紛争では,労使の立場は対等ではなく,個別の仲裁合意により,クラ スアクションや,集団的訴訟,共同訴訟を含む集団的救済を排除するのを裁 判所が許容することは,労働者の団結権を侵害し,個人の権利保障や,連邦 法の解釈・執行という司法権の中核的機能を損なうことになるのではないか という問題がある。 近年の,連邦仲裁法の最も議論ある観点は,裁判所が仲裁による裁定
(26) Delegating the Administration of Justice: The Need to Update the Federal Arbitration Act, 52 SUFFOLK U.L. REV. 37 at 51.
(27) David S.Schwartz, Enforcing Small Print to Protect Big Business:
Em-ployee and Consumer Rights Claims in an Age of Compelled Arbitration,
1997 WIS. L. REV. 33, 53.
(28) W・グレイ,岩崎一生訳А最近の米国における商事仲裁をめぐる法的諸問題Б
国際商事法務 8 巻 5 号 195 頁(1980 年)。See also, Resnik, supra note 22 at 2811 n.17.
(29) Resnik, supra note 22 at 2814. (30) グレイ,前掲注 29。
(award)を審査するのを差し控えていることであり,そのために,主な連邦 控訴裁判所が,いつ,そして,どのように,仲裁による裁定を違法・違憲と すべきなのかについて割れている(31)。
連邦議会には,数次にわたり,消費者保護や雇用に関する紛争を連邦仲裁 法の適用から除外する仲裁公正法(Arbitration Fairness Act, AFA)案が提案 されている。2017 年にも,公民権,消費者保護,反トラストに関する紛争 について,紛争前にした仲裁合意を執行できなくなる仲裁公正法案が提案さ れた(32)が,成立に至っていない。こうした法改正がいっこうなされないこ とは,批判されている(33)。
Ⅲ. 労働者の保護と仲裁
連邦最高裁による,連邦仲裁法の判例による発展の中で,労使の協約や雇 用契約をめぐる契約に仲裁合意が盛り込まれ,これらの労働紛争・雇用をめ ぐる紛争に連邦仲裁法の適用がなされるようになってきた。 労働の分野では,仲裁が,訴訟より,救済として質的に優れているという 見方もある。訴訟よりも,早く,安く,インフォーマルで,産業ごとのニー ズに合致し,雇用関係を維持する助けになるからである。きわめて多くの労 働組合や使用者が,訴訟よりも仲裁を好む(34),とされる。 一方で,労働者の権利保護の見地から,仲裁が,はたして適したフォーラ ムなのかは,疑問視されている。(31) Delegating the Administration of Justice, supra note 26 at 51.
(32) Arbitration Fairness Act of 2017, H. R. 1374, 115 th Cong. (2017). 仲裁公 正法案は,2011 年,2015 年,2017 年にも提出された。楪博行㈶クラスアクシ ョンの研究㈵(丸善プラネット,2018 年)324 頁。
(33) Szalai, supra note 15 at 402. (34) Edwards, supra note 22 at 930.
1. 労働仲裁
アメリカにおける労働仲裁には,労使関係法(Labor Management Relations Act, Taft Hartley 法)301条(35)と判例法理による,長い歴史がある。アメリ カ仲裁協会には,1937 年に労働仲裁部が設けられている(36)。労働仲裁は, 集団的労働紛争による仲裁であり,労使間の労働協約の締結に当たり,協約 の解釈適用に関する紛争については,仲裁に付託し解決することを協約に規 定する(37)。仲裁条項には,仲裁判断の終局性,仲裁付事項及び仲裁判断の 限定性(労働協約の解釈,適用に限られる),仲裁判断についての当事者の順守 義務が含まれる。また,ノーストライク条項が含まれ(38),協約の存続中は ストライキやロックアウトを行わないのが通例である。集団的労使紛争だけ でなく,個々の組合員からの苦情も仲裁に付託される(39)。また,協約違反 に対しては,労使関係法に基づき,連邦または州裁判所に,協約違反の訴え を提起することができる(40)。また,連邦裁判所は,1960 年代以降,Steel Workers Trilogy と呼ばれる 3 判決(41)及び後続の判決(42)により,集団的仲 (35) 29 USCS §141 et. Seq. (1947).
(36) 三藤正А労働仲裁制度Ёアメリカの場合ЁБ法律時報 24 巻 9 号 793 頁,797 頁(1952)。労働仲裁の手続につき,А労働紛争の仲裁制度Ёアメリカ仲裁協会 の仲裁を中心としてБ中央労働時報 310 号 51 頁(1957 年)。佐藤進Аアメリ カ労働仲裁制度とアメリカ仲裁協会任意労働仲裁手続Бジュリスト 214 号 16 頁(1960 年) (37) 荒木尚志А労働法の実効性と紛争解決システムの機能Б金融研究 2017 年 7 月 号 111 頁,146 頁(2017 年)。 (38) 藤原淳美А米国労働仲裁制度と連邦労働政策Б日本労働法学会誌 112 号 137 頁,139 頁(2008 年)。 (39) 藤原,前掲注 38,140 頁。 (40) 荒木,前掲注 37,146 頁。
(41) United Steelworkers Union v. American Mfg. Co▆, 363 U.S. 564 (1960); United Steelworkers v. Warrior & Gulf Navigation Co▆, 363 U.S. 574 (1960); United Steelworkers v. Enterprise Wheel & Car Corp▆, 363 U.S. 593 (1960)
(42) Drake Bakeries, Inc. v. Local 50, American Bakery & Confectionery Work-ers, 370 U.S. 254 (1962), Vaca v. Sipes, 386 U.S. 171 (1962).
裁訴訟ができるだけ仲裁で解決されるべきであるとし,裁判所の不介入の立 場を鮮明にしている(43)。 こうした,仲裁尊重の労働政策の背景としては,やはり,労働領域におけ る,訴訟件数の増加があるとされる(44)。また,仲裁尊重は,産業平和のた め,当該産業の実情に応じた解決が重視されたため,協約の解釈は団体交渉 の延長線上の作業で,当該産業の労使関係に詳しい仲裁人による解決が妥当 とされたため,また,仲裁人を選定する当事者である労使が交渉力において 対等であるためだとされる。労使はいずれも,リピート・プレーヤーで,仲 裁人の中立性についても,対等の立場でチェックできると考えられた。仲裁 費用が労使折半であることも,仲裁人の判断の中立性を確保する要因とされ ている(45)。 2. 雇用仲裁 しかし,1990 年代以降の雇用仲裁の普及は,連邦仲裁法によるものであ る。雇用仲裁では,労働者と使用者の交渉力には大きな差があり,雇用仲裁 の仲裁費用は,使用者側が専ら負担するため(46),仲裁人の中立性にも疑い がもたれる。 雇用仲裁には,使用者側で雇用仲裁合意を用意し,採用時に労働者にサイ ンさせるА使用者設定型雇用仲裁Б(アメリカ仲裁協会によれば,employer pro-mulgated plan)と,個別交渉型雇用仲裁である。 問題なのは,А使用者設定型雇用仲裁Бで,雇い入れの際の雇用契約やハ ンドブックに,雇用契約におけるすべての紛争を,仲裁で解決する旨の条項 (43) 荒木,前掲注 37,147 頁。 (44) 藤原,前掲注 38,150 頁。 (45) 荒木,前掲注 37,148 頁。 (46) 荒木,前掲注 37,149 頁。
がおかれるが,これに合意し,サインしなければその職場で働けない附合契 約(adhesion contract)である(47)。こうした仲裁合意の中立性には疑問があ る(48) 雇用についての仲裁は,労働関係諸立法が労働者に保障した権利の実現を 仲裁に委ね,裁判所に提訴して公的な判定をうける途を閉ざす効果を伴 う(49)。雇用仲裁は 1990 年代から拡大し,労働立法や差別禁止法により,労 働者に与えられた権利の侵害事案にも広がり,仲裁合意があれば,クラスア クションや集団訴訟を放棄したことになることも,問題になっている(50)。
Ⅳ. 仲裁と司法権
雇用仲裁の裁判所による司法審査には,そもそも,仲裁裁定の効力を争う 場合,仲裁付託が強制され,労働者が裁判所において訴訟提起できないこと の可否,制定法が労働者に一定の権利(クラスアクションや集団訴訟を提起する 手続的権利を含む)を付与している場合でも,仲裁合意があれば,裁判所への 提訴ができなくなるのか(51),また,仲裁の管轄の有無について判断するの は裁判所なのか仲裁人なのか,などの観点がある。 仲裁破棄の理由として,連邦仲裁法 10 条は,1.仲裁裁定が,汚職,詐 欺,または不正な手段により獲得された場合,2.仲裁人の明白な非中立性 や汚職があった場合,3.仲裁人が,審問の日時を公正な理由があったにも かかわらず延期しなかった,争点に関する適切な証拠を採用しなかった,そ の他,当事者の権利を侵害する不正行為があったとき,4.仲裁人が権限を 踰越し,または不十分にしか行使しなかったとき,等を定めている。このほ (47) 荒木,前掲注 37,149 頁。 (48) 荒木,前掲注 37,143 頁。 (49) 荒木,前掲注 37,112 頁。 (50) 荒木,前掲注 37,143 頁。 (51) 荒木,前掲注 37,151 頁。か,法令や判例に照らし,明らかな公序良俗違反があった場合には,仲裁裁 定が覆されうる(52)。
雇用仲裁への強制付託を最高裁がはじめて支持したのは,Gilmer v. In-terstate/Johnson Lane Corp. 事件(以下 Gilmer 事件)(53)である。この事件 では,年齢差別禁止法(54)に関する訴えを提起した原告が,仲裁が紛争解決 のフォーラムとして不適切であること,仲裁付託の強制があった,雇用契約 には連邦仲裁法の適用が除外されるとして争ったが,最高裁は,年齢差別禁 止法の規定が明示的に仲裁を排除しておらず,仲裁と ADEA の趣旨は抵触 しない,仲裁が強行されても,EEOC は独自に訴訟を提起しうるため, EEOC の機能は損なわれない,ニューヨーク証券取引所の仲裁手続は,原 告の権利を適切に保護しており,年齢差別禁止法の目的は,裁判所以外の紛 争処理手続でも達成されるとして,原告の主張を退けた(55)。Gilmer 事件 (52) 荒木,前掲注 37,151 頁。明らかな公序とは,А充分に明確で支配的Бで,А公 共の利益に関する一般的考察からでなく,法および先例を参照することにより 得られたものでなくてはならないБ,小嶌典明АUnited Paperworkers Int'l Union v. Misco, Inc▆, 484 U.S. 29, 108 S. Ct. 364 (1987)Ё工場施設内にお ける薬物の所持を禁止した規則に対する違反を理由に解雇された従業員の復職 を命じた仲裁裁定をА薬物の影響下にある者による危険な機械操作を禁止し たБ公序に反するとして取り消した原判決が,かかる公序はА公共の利益に関 する一般的考察Бにのみ基礎をおくものであるとして,破棄された事例Б quoting W.R, Grace & Co. v. Rubber Workers Local 759, 461 U.S. 757 (1983).А小川宏幸Аアメリカ証券仲裁における,А明らかな法の無視の法理Б ( Doctrin of Manifest Disregard of The Law )とわが国における金融 ADR 制度(指定紛争解決機関制度)Б証券経済研究 73 号 121,124 頁(2011 年)参 照。
(53) Gilmer v. Interstate/Johnson Lane Corp▆, 500 U.S. 20 (1991).
(54) Age Discrimination in Employment Act; ADEA, 29 U.S.C.§621 et seq. (1967).
(55) 猪股孝史АRobert Gilmer v. Interstate/Johnson Lane Corporation, U.S▆, 111 S. Ct. 1647 (1991)Ё証券代行者の登録申込書に挿入された仲裁条項は強 行可能なものであって,雇用年齢差別禁止法(ADEA)上の請求は仲裁に服 せしめることができるБ[1992 2]アメリカ法 376 381 頁,377 頁。荒木,前 掲注 37,152 頁。Gilmer, 500 U.S. at 27 32.
は,雇用契約一般に妥当するかどうかの判断を回避していたが(56),Circuit
City Stores, Inc. v. Adams(57)事件が,雇用契約について連邦仲裁法が適用 されないのは,州際通称にかかわるすべての労働者ではなく,連邦仲裁法 1 条が適用除外の対象としている船員や鉄道員に準ずる,輸送業に直接従事す る労働者のみが,適用除外となるとの判断を示した。この事件以降,雇用仲 裁が広く活用されるようになった(58)。
制定法上の権利については,労働仲裁に関して,Alexander v. Gardner-Denver Co. 事件(以下,Gardner Denver 事件)(59)が,労働協約とは別の,制 定法上の,または憲法上の権利については,裁判所の救済が協約の仲裁条項 によって妨げられることはないとした。この事件では,1964 年公民権法の 第 7 編(Title VII)(60)のもとで,人種差別による解雇が争われた。ただし, その後の Penn Plaza LLC v. Pyett 事件(61)で,協約にあらゆる差別を禁じ, 明示的に年齢差別禁止法を挙げて,制定法上の権利を含めて一切の雇用差別 の主張につき,苦情処理と仲裁を排他的な救済手続と定めていた事案につい て,最高裁は,年齢差別につき,組合と使用者の仲裁合意を支持し,Gard-ner-Denver 事件に制限を加えたと考えられている(62)。
(56) Gilmer, 500 U.S. at 25.n.2.
(57) Circuit City Stores, Inc. v. Adams, 532 U.S. 105 (2001). 藤原淳美АCir-cuit City Stores, Inc. v. Adams, 532 U.S. 105, 121 S. Ct. 1302 (2001)Ё連 邦仲裁法の適用が除外されるА雇用契約Бは,州際通商においてА輸送Бに従 事する労働者との間の雇用契約に限定されると判断された事例Б[2002 1]ア メリカ法 178 182 頁。
(58) 荒木,前掲注 37,153 頁。
(59) Alexander v. Gardner Denver Co▆, 415 U.S. 36 (1974).
(60) Title VII of the Civil Rights Act of 1964, 42 U.S.C. §2000 e et seq. (61) Penn Plaza LLC v. Pyett, 556 U.S. 247 (2009),川口琢之АPenn Plaza LLC
v. Pyett, 556 U.S. _, 129 S. Ct. 1456 (2009)Ё雇用における年齢差別禁止法 に基づく主張を仲裁に付すべきことを明確で疑問の余地のない形で労働組合員 に求める労働協約条項は,連邦法上強制可能であるБ[2010 1]アメリカ法 216 220 頁。
雇用仲裁における制定法上の権利については,Gilmer 事件(63)が,年齢差 別禁止法にかかわる事案で,仲裁合意を支持している。仲裁が労働者と使用 者の合意によること,労働仲裁のように,集団の利益のために個人の権利が 犠牲にされるおそれがないこと,仲裁合意を尊重する連邦仲裁法に基づく仲 裁合意であったこと等が理由とされた。このため,雇用仲裁においては,制 定法上の,または憲法上の権利についてであっても,裁判所での訴訟提起が できない。 ただし,雇用機会均等委員会(以下 EEOC)などの行政機関が,制定法上 の権利の保障について有する権限は,労使の仲裁合意によっては制約されな いとされてきた。EEOC v. Waffle House, Inc.(64)事件では,障害差別の申 し立てを受け,EEOC が,解雇された労働者のため,訴訟を提起した。連 邦最高裁は,労働者の仲裁合意は,EEOC が訴訟を提起する権限を制約し ないと判断した。
一方,集団訴訟の権利の放棄については,AT & T Mobility LLC v. Con-ception 事件(65)が,クラスアクション放棄条項を含む仲裁合意を,非良心的
(63) 500 U.S. 20. これに先立ち,反トラスト法,証券法等の分野で,最高裁は,
制定法上の権利が仲裁に付されることを肯定していた。Mitubishi Motors Corp. v. Soler Chrysler Plymouth, Inc▆, 473 U.S. 614 (1985), Shearson/ Am. Express, Inc. v. McMahon, 482 U.S. 220 (1987), Rodriguez de Qui-jas v Shearson/Am. Express, Inc▆, 490 U.S. 477 (1989). 高桑昭АMitubishi Motors Corp. v. Soler Chrysler Plymouth, Inc.ЁU.S.−, 105 S. Ct. 3346 (1985)Ёシャーマン法による私人の損害賠償請求権を外国における仲裁によっ て解決することは差し支えないБ[1986 2]アメリカ法 510 517 頁。木村秀一 А証券取引紛争に関する事前の仲裁契約の効力Б商事法務 1237 号 20 頁(1990
年)。澤井啓А強行法規と仲裁可能性(一)(二)(三)Б民商法雑誌 104 巻 4 号
488 頁,5 号 497 頁,6 号 752 頁(1991 年)。 (64) EEOC v. Waffle House, Inc▆, 534 U.S. 279 (2002).
(65) AT & T Mobility LLC v. Conception, 536 U.S. 333 (2011). 連邦仲裁法 2 条 但書のА非良心性Бは,ほかの列挙事由と同じく,仲裁合意の締結理由に瑕疵 がある場合を指すとされる,柳景子АIII クラスアクションを回避する仲裁 条項の有効性Б比較法学 48 巻 1 号 211 頁,220 頁(年)。柳景子АIII クラス
(unconscionable)として排除するカリフォルニア州法が,連邦仲裁法の仲裁 合意の執行確保という目的を阻害するとして,連邦仲裁法の 2 条によって排 除されると判断した。後続の American Express Co. et al v. Italian Colors Restaurant et al 事件(66)も,クラスアクション放棄条項を含む仲裁合意を 支持した。
しかし,不当労働行為の審査を行う全国労働関係局(National Labor
Rela-tion Board)は,採用時の仲裁合意によるクラスアクションまたは集団訴訟
の放棄は,全国労働関係法(National Labor Relations Act, NLRA)§8(a) (1)違反の不当労働行為であると判断した。全国労働関係法 7 条は,労働者 の相互扶助ないし相互保護のための団体行動(collective activities)を行う権 利を保障し,同 8 条は,(a)(1)は,7 条の権利行使に対する干渉,妨害ま たは威圧を,不当労働行為としていた。しかし,第 5 巡回区控訴裁判所は, 全国労働関係局の判断を覆した。全国労働関係局の判断は,連邦仲裁法 2 条 の仲裁合意を無効とする事由にはあたらず,全国労働関係法には,連邦仲裁 法の適用を排除するような,議会の意図は見いだせないとした(67)。しかし, 最高裁の多数意見は,EEOC v. Waffle House Inc. 事件において,EEOC は,いったん申し立てがなされれば,法廷の選択と救済の申し立てについ
アクションを回避する仲裁条項の有効性Б比較法学 48 巻 1 号 212 頁(年)。家 本真美Аアメリカ契約法における非良心性法理Б法と政治 52 巻 2・3 号 645 頁
(2001 年)。クラスアクションの終焉への懸念を論ずるものに,楪,前掲注 32,
325 頁。
(66) American Express Co. et al v. Italian Colors Restaurant et al, 570 U.S. 228 (2013).
(67) 荒木,前掲注 37,160 頁。その他,制定法に基づく請求について,仲裁合意が
支持されたものとして,CompuCredit Corp. v. Greenwood, 132 S. Ct. 665 (2012),中村達也АCompuCredit Corp. v. Greenwood, 132 S. Ct. 665 (2012): Credit Repair Organizations Act は,同法に基づく請求について仲裁 による解決を禁じていないので,連邦仲裁法に基づき仲裁合意はその条件に従 い enforce(強制)することができるБ[アメリカ法 2015 1]参照。
て,排他的な権限を有していると判断した(68)。
2000 年代後半から,権利保障の観点から問題の大きい,雇用や消費者関 係について,仲裁合意の履行強制を禁止する内容の仲裁公正法案
(Arbitra-tion Fairness Act)が数次にわたり提出されているが,未だ成立していな
い(69)。
仲裁の管轄の有無については,First Options Chicago v. Kaplan 事件(70) は,仲裁の管轄の有無について仲裁人が判断することについて,当事者の合 意があれば,裁判所でなく仲裁人が仲裁可能性を判断することを認めたもの とされている。当該事件では,そうした合意はなく,裁判所が判断するのが 適当とされた。連邦仲裁法は,だれが仲裁管轄の有無を判断するのかについ ての規定を欠いており,アメリカ仲裁協会は,本判決後に,国際仲裁商事規 則 15 条にА仲裁廷は,仲裁契約の存在,範囲,あるいは有効性を含む仲裁 廷自身の管轄権について判断する権限を有するБとの条項を加えた(1997 年 4 月)。1999 年 1 月発効の新商事仲裁規則 8 条も,同旨である(71)。
Ⅴ. Epic Systems 事件
最高裁が,労働者と使用者の間の仲裁合意により,労働者が集団訴訟を提 起する手続的権利を奪われることの可否を審査したのが,Epic Systems Corp. v. Lewis 事件(72)である。原告は,会計士であり,被告 Epic Systems 社との間で労働契約を締結していた。当該労働契約には,労働契約に関する 紛争は,個別の仲裁手続により解決する旨の合意が含まれていた。被告が原(68) 弘中聡治А英米法研究 25 回 私人間の仲裁合意は,雇用機会均等委員会
EEOC の権限を制約するかБ法律のひろば 2002 年 6 月号 73 頁。 (69) Szalai, supra note 15 at 402. また,楪,前掲注 32,324 頁。 (70) First Options Chicago v. Kaplan, 115 S. Ct. 1920 (1995).
(71) 深井啓А紛争の仲裁可能性を決定する権限Б商事法務 1549 号 36,38 頁(2000 年)。
告を専門職としたのは,残業代を支払わない目的で,全国労働関係法および カリフォルニア州法違反を主張し,共同訴訟を提起した。連邦仲裁法 2 条に よれば,法律または公平に反する仲裁合意は強制されない。原告は,個別の 仲裁合意は,労働者の団結権を保障する全国労働関係法に違反する等と主張 した。 連邦仲裁法は,1925 年に制定されたが,1932 年には Norris La Guardia 法(73),1935 年には,全国労働関係法が制定された。いずれも,労働者の団 結権を保障している。 2012 年になって,全国労働関係委員会は,類似の事件で,FAA を無効化 すると主張し(74),控訴裁判所で退けられたが(75),その後,いくつかの控訴 裁判所は,全国労働関係委員会の結論を支持したり,Chevron 事件(76)のも とでの謙譲を認めたりした(77)。行政部が全国労働関係委員会の(最近の)立 場を否認したり,訴務長官と全国労働関係委員会が対立するブリーフを最高 裁に提出したりして,見解が対立していた(78)。 最高裁の Gorsuch 裁判官による初の法廷意見は,裁判所は,全国労働関 係法と連邦仲裁法を調和させる方向で解釈すべきであり,全国労働法は連邦 仲裁法を明示的に排除していないため,仲裁合意は有効であると判断し た(79)。Chevron 法理の適用は否定された(80)。 これに対し,Ginsburg 裁判官の反対意見によれば,全国労働関係法 7 条 (73) 29 U.S.C.S. §101 et seq. (1932). (74) D. R. Horton, Inc., 357 N. L. R. B. 2277 (75) See, D. R. Horton, 737 F. 3d, at 355-362.
(76) Chevron U.S.A. Inc. v. Natural Resources Defense Council, Inc▆, 467 U. S. 837 (1984).
(77) 823 F. 3 d 1147 (CA7 2016); 834F. 3d 975; NLRB v. Alt. Entm’t, Inc., 858 F.3d 393 (CA6 2017).
(78) 138 S. Ct. 1612, 1619. (79) Id. at 1632.
は,労働組織の結成や加盟の権利を保障し,同法 8 条(a)(1)は,使用者 がその権利を妨害し,抑制した場合には,それを不公平な労働行為として, 労働者の権利保護をはかっている。被用者の§7 の権利は賃金と労働時間に ついて集団訴訟を行う権利を含むと判断し(81),さらに,使用者が押しつけ た集団訴訟の抑止,すなわちА権利放棄Бは違法であると判断すべきであっ た。 連邦仲裁法の立法史は,議会が当該立法を,雇用契約の仲裁条項に適用す る意図がなかったことを示す(82)。また,最高裁の連邦仲裁法の途方もない 適用拡大により,全国労働関係法が,使用者が仲裁合意を集団的な雇用訴訟 を避けるために用いることができるかという問題と直面したのは,2012 年 である(83)。連邦仲裁法 2 条は,仲裁合意の文言は,А契約を無効にする法と 衡平法に存在する理由のある場合の他は,有効で,変更できず,執行可能で あるБと規定する。集団的訴訟を放棄する仲裁合意は違法である(84)。連邦 仲裁法の救済条項によって,連邦仲裁法と全国労働関係法は,連邦の労働政 策を傷つけることなく調和を達成できる(85)。 Ginsburg 裁判官の反対意見によれば,後法優先の原理に従い,全国労働 関係法が新しい議会の意思表明となるため,連邦仲裁法と全国労働関係法が 矛盾する場合には,全国労働関係法が優越する。法廷意見は,立法例を引い て,議会が FAA を覆したい場合には,明示的に行うと主張する。裁判所が (81) Id. at 1641. 法廷意見は,全国労働関係法の 7 条(29 U.S.C. §157)の文言 に,当時知られていなかったクラスアクションや集団訴訟の権利を読み込むこ とはできないとした。138 S. Ct. 1612, 1624. (82) Id. at 1643.
(83) Id. at 1644. D. R. Horton, 357 N. L. R. B. 2277 (2012), enf. denied in
rele-vant part, 737 F. 3 d 344 (CA5 2013).
(84) 法廷意見は連邦仲裁法 2 条が無効とするのは,詐欺,脅迫,非良心性など,一
般的な契約に適用される抗弁のみだとしている,138 S. Ct. at 1622。前掲注 65 参照。
引用した立法は,最近のもので,それぞれ,当裁判所の判断が議会を警戒さ せるようになった時期に制定された(86)。 この判決により,最高裁は,雇用契約に個別の仲裁合意があれば,労働者 は,クラスアクションや集団訴訟,共同訴訟といった,集団的救済手段に訴 えることができないという,仲裁合意尊重の立場を明らかにした。なお, Gorsuch 裁判官は,立法史を考慮することに懐疑的で,А法律の記載内容の みを問うべきだБとし,Scalia 裁判官との類似が指摘されている(87)。
おわりにЁ司法権の変容
一貫して,仲裁合意の尊重を続ける裁判所は,雇用契約の領域でも,附合 契約によって雇用された労働者が,個別の仲裁合意の強制をうける,と判断 した。 裁判所の中核的役割は,法の執行や権利保障であるとされる。そのような 観点からすれば,(仲裁人の選定をめぐる情報を含め,)情報量や,交渉力に劣 る,あるいは附合契約のため,事実上交渉力のない労働者の保護から手を引 き,労働者保護立法による保護よりも,仲裁に好意的な政策を優先させた裁 判所が,どのような司法の像を描いているのかには,不安を覚える。 (86) Id. at 1646.(87) The Supreme Court 2017 TERM: Leading Case: Frderal Statues: Federal Arbitration Act and National Labor Relations Act Arbitration and Collec-tive Actions CollecCollec-tive Arbitration Waivers Epic Systems Corp. v. Lewis,
132 HARV. L. REV. 427 (2018), All For One and One For All The Case For
Invalidating Collective Action Arbitration Waivers Under Section 7 of The
NLRA, 55 HOUS. L. REV. 1027 (2018). ダン・ローゼン,西口元А雇用契約
に関する紛争については,個々の雇用者ごとに仲裁によって解決する旨の仲裁
条項を規定した雇用契約が有効であるとして,А専門職Бを理由に残業代を支
払わない雇用主を被告として共同訴訟を提起した労働者の訴えを却下した事 例Б判例時報 2399 号 121 頁(2019)。
裁判所の役割は,仲裁に極めて好意的な度重なる判例により,多くの場合 に,自ら審理することではなく,(よく言っても)仲裁に,どのような場合に 介入する必要があるのかを判断すること,に変質しているといえる。仲裁に よる紛争の迅速な解決は,国家にとってもきわめて有益だと考えられている とされ,裁判所もしくは法律により運用面または事後面で適切なコントロー ルを行えば,司法と仲裁は共存しうると考えられている,とされる(88)。と ころで,裁判所は,不介入の領域を拡大し続け,いったん下った裁定を覆す ことには,きわめて消極的である。 裁判所のこのような姿勢が,仲裁が,多くの場合専門家によって行われ, 手続や実体に信頼がおけることに裏打ちされているという見解もある(89)。 しかしながら,仲裁は多くの場合,秘密裏に行われ,透明性がなく,救済 の実効性も裁判に及ばないことが,実証研究により示されている(90)。むろ ん,迅速性や柔軟性など,種々の利点があることを,考えあわせるべきでは あろうが,この流れが,一貫して,企業側に有利にはたらくという懸念は払 拭できない。仲裁についての最高裁の判例が,仲裁の正当性と,裁判所の機 能を傷つける,違憲な制度を作り出したと断ずる論者もある(91)。 法改正により,権利保障をはかる動きにも進捗がない。 アメリカの裁判所自身のめざす,司法像がどのようなものなのかについて は,今後も注目してゆく必要があるが,1990 年代以降の司法権の姿は,そ れ以前に我々が知っていたものとは,様変わりしているのではないだろう か。仲裁合意の強制は,年齢差別禁止法をはじめとする公民権法,消費者や
(88) 藤原,前掲注 38,150 頁。Bruff, supra note 25. (89) 楪,前掲注 32,325 頁。
(90) Samuel Estreicher, Michael Heise & David S.Sherwyn, Evaluating
Em-ployment Arbitration: A Call for Better Empirical Research, 70 RUTGERS U.
L. REV. 375 (2018).
労働者の権利保障の確保にも干渉している。司法の本質とされる部分が司法 自身の手によって狭められ,司法権が変容し,正義と救済が裁判のフォーラ ムから後退していることを直視せねばならない。