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行動経済学と労働研究(PDF:506KB)

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日本労働研究雑誌 2 ● 2020 年 1 月号解題 1

行動経済学と労働研究

『日本労働研究雑誌』編集委員会 行動経済学は,近年では,従来の経済学を置き換え るものというよりは,従来の経済学では説明し得な かった部分に知見を与えるという意味で,補完的なも のとみなされ,経済学において確固たる地位を占める ようになっている。ダニエル・カーネマンのノーベル 経済学賞受賞を始め,心理学や他分野との共同研究が この分野で開花しているのは,経済学が従来のしがら みから抜け出し,理論でも方法論でも,より学際的な 幅広い知見を受け入れるようになったことを意味して いる。また,政策的な示唆に富むのもこの分野の特徴 とされる。 それでは,行動経済学の進展は,今後の労働研究や 労働政策にどのような影響を与えると予想されるだろ うか。本特集では,進展著しい行動経済学の労働研究 における位置付けと,今後の動向を展望する。ともす れば,面白い事例の紹介に終始しがちなこの分野に関 して,労働研究との関係から学術的な広がりを探究す ることが本特集の狙いである。 最初の森論文は,行動経済学が労働研究に与えうる 影響を展望している。同論文によれば,労働における 意思決定は複雑で,学習機会も限られていることか ら,「良い選択」をおこなうことがしばしば難しく, 行動経済学における知見が有用になるという。 行動経済学の分析は,①非標準的な選好を仮定する もの,②非標準的な信念を仮定するもの,③非標準的 な意思決定を仮定するものの 3 つに大きく分かれると いう。重要なことは,どの仮定に着目しているかに よって,(正確な情報提供なのか,それともコミット メント手段の提供なのか等々)政策介入のあり方も変 わって来るという点だ。同論文は,3 つの分類に沿っ て労働研究への影響を整理したうえで,更に個別の労 働研究への応用例も紹介している。例えば,効率賃金 仮説は「贈与交換」という考え方から,年功的な賃金 体系は「参照点依存」という行動経済学上の概念から も説明が可能になるという。 続く,黒川論文では,長時間労働の問題へ行動経済 学を応用した分析例を紹介している。長時間労働が生 じる理由として,伝統的な経済学が,固定費用といっ た労働需要側の要因や,買い手独占といった労働市場 構造の要因を挙げるのに対して,行動経済学では,労 働供給,特に労働者の非標準的な選好という要因に着 目する。ある消費財メーカーでおこなわれた調査を分 析した結果,物事を先送りする傾向のある人や他人を 気にする傾向にある人は長時間労働をしがちなことが 明らかになった。また,社内でおこなわれた働き方改 革の効果についても分析したところ,上記の傾向があ る者ほど残業時間の削減幅は大きかったという。 行動経済学で用いられる考え方は必ずしも心理学上 の概念のみに限られるわけではないが,それが心理学 と経済学の学際的な研究領域であることは間違いな い。最後の亀田論文は,社会心理学の立場から見た, 行動経済学の強みと(現状での)弱みを論じている。 行動経済学では,心理学の分野で定型的な事実と なったような頑健な知見のみを活用する傾向がある が,社会心理学の側では,真の意味での新しいバイア スの発見は既に停滞しており,新規バイアスの供給が 少なくなった以上,行動経済学の伸びしろは小さい可 能性がある。むしろ,心理バイアスの境界条件(発生 条件)を探究することこそが,今後の新たな展開につ ながるのではないかとしている。というのも,ある種 のバイアスが頑健に確認されたとしても,どんな場合 にそれを仮定してよいのかわからなければ,政策への 応用にも役に立たないからだ。その際に,バイアスが 存在する意義を,「認知的ケチ」として説明するのでは なく,バイアスがその持ち主の生存にもたらすメリッ トという観点から捉えることの重要性を訴えている。 行動経済学の労働研究への応用可能性や進むべき方 向に示唆を与える秀逸な論考からなる特集となった。 責任編集 小野浩・酒井正・佐々木勝 (解題執筆 酒井正)

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