とてもかなわんなあと感じた本 (特集 アジ研流読
書案内 -- 研究者が薦める3冊)
著者
小島 麗逸
権利
Copyrights 日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア
経済研究所 / Institute of Developing
Economies, Japan External Trade Organization
(IDE-JETRO) http://www.ide.go.jp
雑誌名
アジ研ワールド・トレンド
巻
199
ページ
21-22
発行年
2012-04
出版者
日本貿易振興機構アジア経済研究所
URL
http://hdl.handle.net/2344/00004001
編集部から推薦できる本三点を 挙げて欲しいという依頼を受け た。 中国関係書は溢れるほどあり、 選書基準を決めないかぎり選べな い。そこでアジア経済研究所に中 国経済研究の場が与えられて以 後、今日までに問題設定や論証の やり方で筆者が圧倒された本を基 準に選んでみた。小説や歴史書で もよいというので若干範囲を拡げ た。
一.
石川滋
﹃中国における資
本蓄積機構﹄
︵岩波書店
、
一九六〇年︶
この本は筆者が中国研究を始め た一九六〇年に出版され、日経出 版賞をえた著作である。研究とは こういう方法と順序で行うものだ ということを教えられた。研究は 問題の設定 ︵仮説︶ 、それを組み 立てる方法論、それに従って行う 論証のための資料の収集 、 選択 、 加工の三過程を経る。この本は一 九五三∼五七年の第一次五カ年計 画期を研究対象とし、その計画は 重工業優先政策であった。この政 策がどの程度の国民経済の成長率 を実現するかを実証した研究であ る。当時は国民経済の体系的諸統 計は存在しなかった。最も基礎と なる人口数さえ一九五三年にセン サスが実施され、集計に二年かけ ている。ましてや国民経済計算の 諸統計︵例えば GDP やその構成 要素︶は工農生産総額以外にはな かった。 このような情況下で石川教授は フェルドマン・ドーマーの成長モ デルを用い、生産財︵重工業︶へ の投資率が高いほど国民経済の成 長率が高くなること、短期には民 の消費の向上は見込まれないが中 期的には向上することを明らかに した。石川教授の新しい視点は高 い投資率は必ず制約が働き、生存 水準ぎりぎりまで消費を下げる可 能性が発生するという制約条件を モデルの中に入れたことである 。 この二点の論点をどのように統計 的に実証したか。前者については アメリカのソ連研究から中国の投 資率の評価を行い、後者について はインドと東南アジア諸国の統計 から、断片的局地的にある中国の 消費水準を確認された。この国際 比較と中国の断片的資料の評価の 作 業 は 極 め て time consuming な 努力であったに違いない。 当時の日本の中国経済研究は共 産党の決議や指示の解説に終始し ていた。要するに左から右へ翻訳 する程度のものであった。初めて のマクロ経済理論による分析であ る。二.
安藤正士
﹃現代中国年表
︵一九四一∼二〇〇八︶
﹄
︵岩波書店、二〇一〇年︶
この本は石川教授の本と同様 、 重厚な重みを感じさせる著作であ る。一九八〇年代以後中国は過去 の秘匿していた膨大な資料を出版 するようになった。この資料の海 から諸事項を選択しなければなら ない。石川教授の先述の書の情況 と全く逆となった。この取捨選択 には著者の歴史観が必須である 。 それは以下の三つに集約できる。 第一、一九四九年以前中国の各 勢力の指導者が解放と完全独立を 達成するために 、﹁世界情勢 、 国 際関係に大きな影響をうけると同 時に、また世界情勢、国際関係の 中に自己に有利な条件を見出して 積極的に主体的に対応するように なった﹂という認識に立脚し、年 表の起点を一九四一年に据えた 。 この視点から国民党、第三勢力の 動きを包摂して諸事項を選択して いる。 第二、中国共産党の革命の思想 は基本的にナショナリズムで、階 級闘争史観は従であるという視角 である。国家の形成は領土と確定 とその保全およびこれを守り抜く 権力機構 ︵軍隊︶の育成にある 。 従って領土の確定行為やチベッアジ研流
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―研究者が薦める3冊
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特 集21
アジ研ワールド・トレンド No.199 (2012. 4)ト 、 新疆などの囲い込み 、香港 、 マカオ、台湾の回収が最優先にさ れる。これを実現するため諸事項 が多く選択されている。他国の民 族解放支持の声明などがしばしば この国益と衝突するときは、後景 に追いやられる軌跡が読み取れ る。 その典型例が中越関係である。 第三、 国内政治については国家 ・ 党・軍の組織や制度に最も力を入 れて、事項が選択されている。こ れは権力機構そのもので、この変 遷を追うことで国家や軍の権力機 構を読み取ろうとする視点が見ら れる。この権力機構を維持発展さ せる基盤は言うまでもなく経済力 である。中央官庁の軍事産業管理 機構の変遷事項を追うだけで経済 計画の優先順位が軍事産業の育成 にあったことが判明する。四〇〇 〇万人余と言われる餓死者を出し ながら、また﹁一〇年の動乱﹂と いわれる文化大革命中も毎年核実 験を継続したり、宇宙開発で最初 打ち上げられた人工衛星は他国の 衛星 を打ち落と す も の で あ っ た り 、 さらに最近の資源輸入ルートを確 保する海軍力の強化の事項を取り 出してみると、その権力の性格を 充分に利用者に知らせてくれる。 図書館学から言えば、年表は工 具の部類に分類される。一般辞書 は不明な語句を確認するためのも のである。しかし白川静教授の三 大辞典︵ ﹃字通﹄ 、﹃字訓﹄ 、﹃字統﹄ 平凡社︶ は熟読すべき辞典である。 同様に、この安藤教授の年表は味 読すべき年表であり、研究者であ れば座右の書として机の上に置き たい著作である。