南アフリカ都市の住宅事情 -- RDP住宅からゲーテ
ッドコミュニティまで (特集 世界の住まい・今)
著者
佐藤 千鶴子
権利
Copyrights 日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア
経済研究所 / Institute of Developing
Economies, Japan External Trade Organization
(IDE-JETRO) http://www.ide.go.jp
雑誌名
アジ研ワールド・トレンド
巻
191
ページ
32-33
発行年
2011-08
出版者
日本貿易振興機構アジア経済研究所
URL
http://hdl.handle.net/2344/00004182
南アフリカ(以下、南ア)社会 の不平等は都市の住宅や居住空間 にも映し出されており、アパルト ヘイト体制が終わって一七年が経 過した現在でも南アの都市には人 種 隔 離 政 策 の 爪 痕 が 色 濃 く 残 る。 本論では、南ア都市の原型を形づ くったアパルトヘイト時代の居住 区分離について述べたうえで、ア パルトヘイト撤廃後の住宅政策等 により変化しつつある南ア都市の 住宅事情について紹介する。
一.
人種隔離政策の爪痕
アパルトヘイト体制下の南アで は、都市の居住空間が人種ごとに 厳格に分けられていた。具体的に は、都市中心部のビジネス街から 郊外へと広がる居住区は白人専用 とされ、広い区画のなかにプール と庭のある高級住宅街が形成され た。 それに対して、白人家庭におい て家政婦や庭師として雇われるア フリカ人や市内の商業施設で働く アフリカ人の住居は、中心部から 遠く離れた場所に黒人都市居住区 ( タ ウ ン シ ッ プ ) と し て 建 設 さ れ た。 郊 外 の 白 人 居 住 区 と タ ウ ン シップは距離的に大きく離れてい たほか、 両者の間には緑地や公園、 空き地、高速道路などの境界ゾー ンが設けられた。白人居住区と比 べ て タ ウ ン シ ッ プ の 区 画 は 小 さ く、 住 宅 は 密 集 し て 建 て ら れ た。 また、タウンシップは白人の経済 に労働力を提供するアフリカ人の 居住空間として位置づけられてい たため、職場やスーパー、医療施 設などの生活インフラが著しく不 足していた。それでも、南アの白 人 政 権 が 建 設 し た タ ウ ン シ ッ プ は、都市計画に基づき区画整理が 行われた地区である点が特徴的で あり、タウンシップの住宅は、空 から見ると、マッチ箱が整然と並 んだようである。 さらに、一九八六年に都市への アフリカ人の流入を制限する法律 が撤廃され、一九九〇年にアパル トヘイト政策の転換が正式に打ち 出された頃から、タウンシップの 周辺部に存在する﹁空き地﹂に主 として農村からやってきた人びと が廃材などを利用して掘っ立て小 屋を建てて集団で住み着き、不法 占拠区を形成し始めた。一九九四 年の民主化により、白人政権のも とで行われていたような強制的で 暴力的な立ち退きの可能性が減少 すると、不法占拠区は南ア全土で 急激に拡大した。農村の貧困と都 市における低所得者向け住宅の絶 対的不足が不法占拠区拡大の最大 の理由であった。二.
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主
化
後
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政
府
に
よ
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低
所得者向け住宅の供給
民主化後の南アでは、⑴不法占 拠区に住む人びとを中心とする貧 困層および低所得者向けの住宅供 給と、⑵人種別に分断された居住 区の統合が都市開発政策の中心課 題となった。 民主化後の政府が低所得者向け に 建 設 し た 住 宅 は、 政 権 与 党 と なったアフリカ民族会議 (ANC) が一九九四年に選挙公約として発 表した﹁復興開発計画(RDP) ﹂ にちなんでRDP住宅と呼ばれて いる。ANCは一九九〇年時点で の都市の住宅不足を一三〇万戸と 見積もり、政権奪取後の最初の五 年間に一五〇万戸 (毎年三〇万戸) の低所得者向け住宅を建設するこ とを掲げた。 実際の住宅供給は、月額所得が 三五〇〇ラント(約九万五〇〇〇 円︱一九九四年当時)以下の世帯 に対して、政府が住宅建設のため の補助金(所得に応じて金額が決 められる)を支給する形で行われ た。民主化直後の時期には民間の 住宅建設業者が低所得者向け住宅 供給の担い手となった。民間業者 はコミュニティの代理人として補 助金を申請し、土地を購入してR佐
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アジ研ワールド・トレンドNo.191 (2011. 8)DP住宅を建設した。しかしなが ら、民間業者が購入する土地の位 置や提供される住宅の質に関して 住民から多くの不満が出るように なった結果、二〇〇〇年に政府は 住宅供給の担い手の役割を州政府 や地方政府に移管した。 民主化後の一〇年間に一六〇万 戸のRDP住宅が建設され、二〇 一〇年初頭までには二三〇万戸分 に相当する補助金が支払われたも のの、同年には住宅不足が二一〇 万戸に達するなど民主化後に住宅 不足は著しく悪化した。人口の自 然増や農村から都市への人口流入 の継続により、住宅を待つ人びと の列は長くなる一方である。民間 業者から州政府や地方政府へと住 宅供給主体を変更したことは、必 ずしも住宅の質の改善に繋がった とは言えず、二〇〇九年には手抜 き工事による雨漏りや壁の崩壊な どの一部のRDP住宅の質の悪さ が 新 聞 を 賑 わ す ス キ ャ ン ダ ル と なった(参考文献①、②) 。 政 府 の 低 所 得 者 向 け 住 宅 政 策 は、供給が需要に追いついていな いため結果的に不法占拠区の拡大 を止めることができていないこと が最大の難点である。加えて、R DP住宅の建設が、人種ごとに分 断された居住区の統合を促進する どころか、むしろ既存の分断を強 化する役割を果たしてきたことも 見逃すことはできない。民間業者 であれ地方政府であれ、RDP住 宅は比較的安く入手できる土地に 建設されがちであり、そういった 土地はたいていの場合に中心部か ら遠く離れた場所に位置する。結 果的に、タウンシップの周辺に位 置 す る 土 地 を 利 用 し て、 タ ウ ン シップを拡大するような形になっ てしまっているのである。