比較経済体制学会会報 第38巻
北 朝 鮮 社 会 主義 経 済 の 半 世 紀 と今 後
―朝鮮・中 国・旧 ソ連の比較―
大 阪経済法科 大学
藤 田 整
1.社 会 主 義 経 済 と は こ こ に 社 会 主 義 経 済 と は,ソ 連 に つ い て は1985年 に お け る ペ レ ス ト ロ イ カ 開 始 以 前 の 経 済,中 国 に つ い て は1979年 の 三 中 全 会 に よ る 「改 革 と 開 放 」 へ の 政 策 転 換 以 前 の 段 階 に お け る 経 済,そ して 朝 鮮 民 主 主 義 人 民 共 和 国(以 下,「 北 朝 鮮 」 と 略)に つ い て は 社 会 主 義 堅 持 の 現 在 に い た る 経 済 を さ す 。比 較 の 内 容 は,主 と し て 国 民 経 済 計 画 化 の 運 営 方 式, お よ び そ の 活 動 成 果 に つ い て で あ り,さ ら に 全 体 と し て の 経 済 の 実 態 に 迫 っ て み た い 。 こ れ ら三 国 経 済 の 比 較 に あ た っ て は,そ れ ぞ れ の 与 件,す な わ ち,人 口,領 土 面 積,資 源 保 有 量,気 候,な ど を 考 慮 に い れ る 必 要 が あ る 。 ち な み に,や や 先 走 っ て 統 一 問 題 に か ん す る 報 告 者 の 立 場 を 述 べ て お く と,下 記 注 の 人 口 統 計,さ ら に 周 知 の 南 北 間 に お け る 経 済 水 準 の 格 差 か ら判 断 して,朝 鮮 の 場 合 に お け る 南 北 統 一 は,ド イツ の 東 西 統 一 に く ら べ て, は る か に 困 難 か つ 長 期 の 課 題 で あ る と 認 識 さ れ る 。 (注)人 口(1999年)韓 国―4650万 人,北 朝 鮮―2370万 人(推 計) (1985年)西 ドイ ツ―5917万 人,(1986年)東 ドイ ツ―1662万 人 2.研 究 の 動 機 と こ ろ で 報 告 者 に お い て,な ぜ 今,こ れ ら 三 国 経 済 の 比 較 に 関 心 が あ る の か と い う 問 題 意 識 の 説 明 が 必 要 で あ ろ う 。そ れ は,報 告 者 の 居 住 す る 日 本 を ふ くむ 東 北 ア ジ ア と い う 地 域(構 成 単 位 は 日 本,韓 国,北 朝 鮮,中 国,ロ シ ア,台 湾 地 域,そ れ に 周 辺 国 と して ア メ リ カ)の 状 況 が 極 め て 不 安 定 で あ る と い う こ と で あ る 。 そ し て 日 本 の 場 合,国 民 の 大 部 分 に は,そ う い う 問 題 意 識 は な い よ う に み え る 。実 は こ れ こ そ 大 き い 問 題 と い わ ね ば な ら な い 。 そ こ で 報 告 者 は 今 回,こ の 問 題 の 一 端 の 解 明 を 志 し た わ け で あ る 。 報 告 者 の 専 門 は 旧 ソ 連 経 済 で あ り,中 国 に つ い て も 多 少 の 関 連 知 識 は あ る 。 た だ 北 朝 鮮 に つ い て は,ご く基 礎 的 な 知 識 しか な い が,問 題 の 重 要 性 に か ん が み,自 分 に 出 来 る 範 囲 で 問 題 の 解 明 に 努 め た い 。 ま た 報 告 者 に は 朝 鮮 語 の 読 解 力 が な い の で,そ の こ と か ら研 究 成 果 に は 自 ず か ら 限 界 が あ る 。 な お6月2日 に 報 告 実 施 援 の 特 筆 す べ き事 件 と し て,今 年(2000年)6月13∼15日 に, 下 記 の 略 年 表 に も あ る よ う に1945年 の 朝 鮮 分 断 以 後,初 の 南 北 首 脳 会 談 が 今 回 は 実 現 し た 。今 年 に は い っ て 北 朝 鮮 の 対 外 開 放 へ の 動 き が 一 般 に 活 発 とな っ て い る が,前 途 に は 多 くの 起 伏 と 困 難 が 予 想 さ れ る こ と,も ち ろ ん で あ る 。 3.北 朝 鮮 の 国 家 と して の イ メ ー ジ (1)ウ リ 式(わ れ わ れ 式)社 会 主 義 国 家,(2)高 度 国 防 国 家,(3)儒 教 式 国 家,(4)遊 撃 隊 国 家 (最 後 は 和 田 春 樹 説1)),以 上 の 複 合(complex)で あ る 。 4.建 国 期 の 初 期 条 件 1945.8.15お よ び そ の 直 後 期 に お け る朝 鮮 工 業 の 特 徴 と して,(a)資 源 開 発 か ら 完 成 品 ま で の 一 貫 工 程 の 欠 如,つ ま り原 料 部 門 に か た よ る 。(b)そ の う え,北 は 重 工 業,南 は 軽 工 業 と 分 断 さ れ て い た 。 5.略 年 表 1945年8月15日,日 本,連 合 国 に 無 条 件 降 伏 。 朝 鮮 解 放 。 1945年8月24日,ソ 連 軍,平 壌 に 進 駐 。 1946年2月8日,北 朝 鮮 臨 時 人 民 委 員 会 結 成(委 員 長:金 日 成)。1948年12月26日,ソ 連 軍,北 朝 鮮 か ら完 全 撤 退 。 1950年6月25日,朝 鮮 戦 争 勃 発 。 1953年7月27日,休 戦 協 定 調 印(板 門 店 に て)。 1954年4月23日,人 民 経 済 戦 後 復 旧 発 展3力 年 計 画(54∼56年)採 択 。 1954年,農 業 協 同 化 の 達 成 水 準 は30%。(58年 に100%と な る) 1956年4月23日,人 民 経 済 発 展5ヵ 年 計 画(57∼61年)発 表 。 1956年,国 民 経 済 が 朝 鮮 戦 争 前 の49年 水 準 を 超 え る 。 1958年,農 業 協 同 化 が 完 了 。 工 業 部 門 で も 個 人 企 業 が 消 滅 。 千 里 馬 運 動,始 ま る 。 1961年9月11日,人 民 経 済 発 展7力 年 計 画(61∼67年)採 択 。(た だ し66年 に7ヵ 年 計 画 の 未 達 成 が 確 認 さ れ,70年 ま で 期 間 延 長 と な る) 1970年11月2日,6ヵ 年 計 画(71∼76年)発 表 。(最 後 は 強 行 策 に よ り期 限 内 に 達 成 。 そ の た め 翌77年 は 調 整 年 と さ れ る) 1975年1月1日,金 日 成,「 抗 日遊 撃 隊 式 活 動 方 式 」 の 徹 底 具 現 化 を 強 調 。 1977年12月15日,第 二 次7ヵ 年 計 画(78∼84年)採 択 。(1985年2月17日 』,中央 統 計 局 は こ れ の 完 遂 を 発 表) 1979年,食 糧 の 自 給 可 能 と な る(和 田 著,p.240) 1982年4月15日,金 日 成 主 席 誕 生70周 年,祝 宴 あ り。 1983年10月9日,ラ ン グ ー ン爆 弾 テ ロ 事 件 発 生 。 以 後,北 朝 鮮 の 国 際 的 孤 立 が い っ そ う 深 ま る 。 1987年4月21日,第 三 次7ヵ 年 計 画(87∼93年)発 表 。(た だ し 中 途 で 挫 折) 1988年11月27日,合 営 工 業 省 を 新 設 。 1989年1月18日,86年 の 国 内 総 生 産(GDP)は,$2,400/percapitaと 政 府 の 発 表 。 1991年9月17日,南 北 朝 鮮 が 国 連 に 同 時 加 盟 。 1991年12月30日,羅 津 と 先 鋒 に 「自 由 経 済 貿 易 地 帯 」 を 設 置 。 1991年12月,ソ 連 邦 崩 壊 。 1994年2月24日,金 日成,全 国 農 業 大 会 あ て に 書 簡 を 送 り,「 協 同 組 合 的 所 有 の 全 人 民 的 所 有 へ の 移 行 推 進 」 を 呼 び か け 。 1994年4月6日,最 高 人 民 会 議,社 会 主 義 経 済 建 設 の3年 間 の 緩 衝 期(調 整 期 間)に お け る 課 題 の 遂 行 に か ん す る 決 定 を 採 択 。 ス ロ ー ガ ン は 「農 業 第 一 主 義,軽 工 業 第 一 主 義,貿 易 第 一 主 義 」 1994年7月8日,金 日 成,死 去 。 1998年 以 降,新 し い 「経 済 戦 略 」 の 採 用 。 重 点 は,農 業 以 外 で は,電 力,石 炭,金 属,輸 送 な ど で,93年 以 前 の 政 策 が 復 活 し た 。 2000年6月13∼15日,国 土 分 断 後,55年 ぶ り に 初 の 南 北 首 脳 会 談(南 は 金 大 中,北 は 金 正 日)平 壌 に て 開 催 。 (藤 田comment)他 の 社 会 主 義 国 の 場 合 に 比 べ て,国 民 経 済 計 画 の 遂 行 様 式 が 非 常 に 不 安 定 で,異 様 な 感 じ を う け る 。 す な わ ち,(1)1961年 開 始 の 人 民 経 済 発 展7ヵ 年 計 画(61∼ 67年)が66年 段 階 で 遂 行 不 可 能 と 判 断 さ れ,当 初 の 予 定 よ り3年 間,1970年 ま で 期 間 延 長 さ れ た 。(2)1971年 開 始 の6力 年 計 画(71∼76年)が,現 代 の 常 識 を 超 え る 突 貫 工 事 的 な 強 行 策(例 え ば 炭 坑 夫 が1ヵ 月 間 も 地 下 に も ぐ り き りで 生 産 に 従 事 す る,な ど)に よ り, よ う や く期 限 内 に遂 行 さ れ た が,そ の た め 翌1977年 は 調 整 年(す な わ ち 「中 休 み 」 と 言 う こ と で あ ろ う)と さ れ た 。(3)1978年 開 始 の 第 二 次7ヵ 年 計 画(78∼84年)は,1985年2 月 に 完 遂 と公 表 さ れ た が,そ の 直 後 の1985∼86の 両 年 に つ い て は,長 期 計 画 が 存 在 し な い 。 (4)1987年 開 始 の 第 三 次7ヵ 年 計 画(87∼93年)は 中 途 で 挫 折 し,放 棄 さ れ た 。 以 後,北 朝 鮮 に は 長 期 計 画 が 存 在 せ ず,単 年 度 の 運 営 に 移 っ た模 様 で あ る 。 以 上 の 経 過 を 総 合 的 に 評 価 す る と,北 朝 鮮 の 国 民 経 済 計 画 運 営 に お い て は,初 め か ら 無 理 を 承 知 で 過 大 な 計 画 目標 が 設 定 さ れ た の で は な い か,ま た 中 途 で 大 規 模 な 計 画 変 更 が 何 回 も 行 わ れ た の で は な い か と い う 推 察 を 行 わ ざ る を え な い 。
6.金 日成(1912.4.15-1994.7.8)の 諸 演 説 独 裁 的 指 導 力 を 持 つ 人 物 で あ る か ら,そ の 発 言 内 容 お よ び 指 導 ス タ イ ル と の 関 連 で,発 言 時 の 彼 の 年 齢 に も 着 目 す る 必 要 が あ る 。 (6.1)「 人 民 経 済 計 画 の 一 元 化,細 部 化 の 偉 大 な 生 命 力 を あ ま す と こ ろ な く発 揮 す る た め に 」1965年9月23日(金 日 成53歳,著 作 集 第4巻)。 (藤 田comment)非 常 に 細 か い 指 摘 が 特 徴 。 あ た か も1930年 代 に ソ 連 の ゴ ス プ ラ ン(国 家 計 画 委 員 会)議 長 お よ び 部 長 が 共 同 で 作 成 し た 報 告 の よ う な 感 じ が す る 。 ま た 最 終 部 分 に,ア メ リ カ 帝 国 主 義 者 と な ら べ て,「 現 代 修 正 主 義 者 の 策 動 」 と い う 表 現 で ソ 連 批 判 が あ る 。 (6.2)「 農 民 を 革 命 化 し,農 業 部 門 に お い て 党 代 表 者 会 議 の 決 定 を 徹 底 的 に 貫 徹 す る た め に 」1967年2月2日(54歳,著 作 集 第4巻)。 (6.3)「 社 会 主 義 経 済 管 理 を 改 善 す る た め の い くつ か の 間 題 に つ い て 」1973年2月1日(60 歳,著 作 集 第6巻)。 (要 約)「 価 値 法 則 を 正 し く利 用 せ よ 」と い う 表 現 で,経 済 計 算 を 重 視 す べ き こ と を 強 調 。 労 働 に お け る 精 神 的 刺 激 と物 質 的 刺 激 の 正 し い 結 合 が 重 要 で あ る 。 国 営 企 業 で の 独 立 採 算 制 の 正 確 な 実 施 が 必 要 。生 産 設 備 の 遊 休 の 防 止 に つ い て は,企 業 に 罰 金 を 科 す る の も 一 策 。 資 材 供 給 の 國 全 体 と し て の 統 一 的 指 導,そ の 動 き の 実 態 把 握 が 重 要 。 そ の さ い 「機 関 本 位 主 義 」 に 走 っ て,dead stockを う み だ して い る 傾 向 の 批 判 。 二 種 の 資 材 予 備(国 家 主 席 用 と 政 府 用 の 各 予 備)を 取 りお く こ と が 重 要 。 経 済 管 理 を 改 善 す る た め,政 務 院(政 府)と 国 家 計 画 委 員 会 の 役 割 を 高 め る 必 要 が あ る と す る 。 (藤 田comment)指 摘 は 具 体 的 で,状 況 を 把 握 して い る 感 が あ る 。 指 導 者 の 発 言 と し て い ち お う ノ ー マ ル な 感 じ を う け る 。 た だ し 「国 家 首 席 用 資 材 予 備 」 と い う の は,他 の 社 会 主 義 国 に は 見 ら れ な い 特 異 な も の で 金 日成 の 独 裁 権 限 の 強 大 さ を 感 じさ せ る 。 (6.4)「 社 会 主 義 農 村 建 設 で お さ め た 偉 大 な 成 果 を 強 化 発 展 さ せ よ う 」1974年1月10日(61 歳,末 尾 の 参 考 文 献 リ ス ト―1974年)。 (65)「 朝 鮮 労 働 党 建 設 の 歴 史 的 経 験 」1986年6月1日(74歳,末 尾 の 参 考 文 献 リ ス ト ―1986年)。 (要 約)高 級 党 学 校 創 立40周 年 に さ い して の 演 説 。 チ ュ チ ェ 思 想 の 強 調,事 大 主 義・教 条 主 義 批 判 。 経 済 政 策 の 基 本 と し て は,重 工 業 の 優 先 的 発 展,そ の う え で 軽 工 業 と 農 業 の 同 時 発 展 を は か る 。 国 防 を 重 視 し,敵 の 侵 略 策 動 が 露 骨 に な り,戦 争 の 危 険 が さ し迫 っ た 時 に は 経 済 建 設 と 国 防 建 設 を 並 進 さ せ る 方 針 を 取 る と す る 。 ス ロ ー ガ ン と し て 「生 産 も 学 習 も 生 活 も 抗 日 遊 撃 隊 式 に 」 を 強 調 す る 。 (藤 田comment)や は り発 言 に 老 化 が う か が わ れ る 。 全 体 と し て 同 じ事 の 繰 り返 し が お お く,冗 長 化・観 念 化 の 傾 向 が み ら れ る 。 7.1990年 代 の 変 調 (1)1992∼1996年 間 に 国 内 総 生 産(GDP)が 半 減 し た 。 (2)食 料 の 配 給 制 度 が1995年 夏 の 大 洪 水 以 来,機 能 不 全 と な っ た 。 (3)1996年 に,農 業 管 理 制 度 に 変 化 が あ っ た 。協 同 農 場 の 分 組 管 理 制 に つ い て,末 端 組 織 の 分 組 の 規 模 が 従 来 の20人 前 後 か ら7∼8人 に 縮 小 さ れ,生 産 計 画 超 過 達 成 分 は そ の 分 組 に 分 配 さ れ る こ と に な っ た 。 (4)経 済 変 調 の 基 本 原 因 (a)設 備 の 老 朽 化 と技 術 の 立 ち 後 れ,(b)軍 事 費 負 担 の 重 圧,(c)中 央 集 権 的 な 計 画
経 済 体 制 の 行 き 詰 ま り,極 端 な 自 力 更 正 路 線 の 挫 折 。 8.旧 ソ 連 経 済 崩 壊 の 原 因,そ れ と 北 朝 鮮 の 場 合 と の 比 較 か つ て 報 告 者 は,ソ 連 経 済 崩 壊 の 原 因 と して,以 下 の 諸 要 因 を 指 摘 し た こ と が あ る 。 (a)20世 紀 後 半 の 世 界 経 済 の 大 勢 に 遅 れ た 。 大 勢 は 急 速 な 技 術 革 新 と,商 品 の 多 様 化(多 品 種・少 量 生 産)。 と こ ろ が 市 場 メ カ ニ ズ ム の 欠 落 し た ソ 連 の よ う な 集 権 的 社 会 主 義 は,こ れ ら の 要 求 に 効 果 的 に 対 応 で き な か っ た 。 企 業 は 政 府 の 命 令 執 行 機 関 に す ぎ ず,積 極 性 に 欠 け る(先 例 ど お り,従 来 ど お り を 喜 ぶ, お 役 所 的 体 質)。 (b)軍 事 支 出 へ の 著 し い 傾 斜 と い う 国 民 所 得 分 配 面 の 大 問 題 。 軍 需 生 産 の 超 重 点 主 義 と 超 秘 密 主 義 が,他 方 に お い て 消 費 財 生 産 を 質 量 と も に 貧 し くす る 。 そ の 結 果 、 ソ 連 の 製 品 の 国 際 的 評 価 と し て,兵 器 は 一 流,生 産 財 は 二 流,消 費 財 は 三 流 と い う こ と に な っ た 。 (c)国 民 心 理 と して 第 二 次 大 戦 で の 勝 利 に つ い て 「オ ゴ リ高 ブ リ 」 が あ っ た 。 勝 っ た 以 上 は ソ 連 の 体 制 に 何 ら欠 陥 は な い,と 総 じ て 考 え て い た ふ しが あ る 。 し か も 公 開 性 の 欠 如 して い た 旧 ソ 連 社 会 は,自 ら の 欠 陥 に 気 づ くの が 遅 す ぎ て,高 度 資 本 主 義 か ら 回 復 不 可 能 な 差 を つ け ら れ た 。 (藤 田comment)上 記,小 牧 輝 夫 に よ る 北 朝 鮮 の 行 き 詰 ま りに つ い て の 三 要 因 の 指 摘 (1998年)と,報 告 者(藤 田)の ソ 連 経 済 の 行 き 詰 ま りに つ い て の 同 じ く三 要 因 の 指 摘(1990 年)を 比 較 す る と,小 牧 の い う(4)の(a)(c)要 因 は,藤 田 の い う(a)要 因 に ほ ぼ 重 な り,(b)要 因,つ ま り軍 事 支 出 の 過 大 に つ い て は 両 者 が 一 致 し,さ ら に 藤 田 の い う(c)要 因 に お い て 北 朝 鮮 に つ い て は,ソ 連 と は 別 種 の 国 民 心 理 上 の 難 点 が あ る や に み え る 。 そ れ は,ソ 連 の 場 合 に は ほ ぼ 内 発 的 な も の で あ る が,北 朝 鮮 の 場 合 に は,む し ろ 強 度 の 外 圧 に た い す る 反 動 と して 生 じ て い る よ う に 考 え ら れ る 。 9.総 括 的 評 価 1970年 頃 を 画 期 と して 南 北 の 経 済 力 が 逆 転 し,以 後,韓 国 の 経 済 的 優 位 が 年 と 共 に 揺 る ぎ な い も の と な っ て い る 。 こ れ が 南 北 の 経 済 的 評 価 に あ た っ て の 基 礎 的 デ ー タ で あ る 。 と こ ろ で,さ き に6.3に あ げ た 金 日 成 の1973年2月1日 付 き の 報 告 な ど に か ん が み て, 1975年 頃 ま で は 全 体 と して ま と も な 感 じが す る 。 そ の 後 に つ い て は 断 片 的 な デ ー タ に も と つ い て,も っ ぱ ら 報 告 者 の 社 会 主 義 研 究 者 と して の 経 験 に も と つ く推 理 を あ え て 行 え ば, チ ー ム・ス ピ リ ッ ト開 始(1983年)以 後,特 に オ カ シ ク な っ て い る よ う で あ る 。 ア メ リ カ を 先 頭 とす る 強 烈 な 国 際 的 外 圧 に た い して 長 期 的 対 策 を 取 る 国 力 の 余 裕 の な い ま ま,内 に お い て は 加 齢 と と も に ま す ま す 権 威 の 高 ま る金 日 成 個 人 崇 拝 体 制 の も と,遊 撃 隊 式 国 家 運 営,す な わ ち 次 か ら 次 へ の 短 期 的 重 点 施 策 方 式,こ れ は 換 言 す れ ば 政 策 目的 の 変 更 に つ ぐ変 更 の ま に ま に,国 民 経 済 運 営 が 支 離 滅 裂 に 近 い 状 態 に な っ た の で は な い か 。そ の 結 果 が1990年 代 前 半 に お け るGDP半 減 の 非 常 事 態 の 出 現 で あ ろ う と 推 察 さ れ る 。さ ら に ソ連 崩 壊 に よ る 外 貨 事 情 の 悪 化 と い う 外 的 要 因 が 加 重 さ れ る 。 こ う し て1994年7月8日 、 創 業 者 で あ りか つ 独 裁 者 で あ っ た 金 日 成 は 死 去 す る 。後 を 託 さ れ た 人 々 は,息 子 の 金 正 日 を 先 頭 と し て,そ れ な りの 苦 闘 を つ う じて 多 少 も ち 直 しつ つ あ る と い う の が 北 朝 鮮 の 現 状 で あ ろ う 。 しか し 金 日 成 時 代 の 国 家 体 制(含,経 済 制 度)は 遺 産 と して そ の ま ま 残 存 して い る の で あ る か ら 、北 朝 鮮 の 前 途 は 多 難 で,し か も ジ レ ン マ に 満 ち て い る と言 わ ね ば な らな い 。 10.活 路 は ど こ に(暫 定 的 結 論=一 つ の シ ナ リ オ) 北 朝 鮮 の 取 る べ き 政 策 。(a)相 手 側 と の 相 互 努 力 に も と つ く 周 辺 諸 国 と の 国 交 樹 立(5 年 以 内)。(b)広 義21世 紀 的 経 済 体 制 へ の 軟 着 陸(10∼20年 以 内)。(c)平 和 的 統 一(50 ∼100年 間 を 要 す る 課 題) こ こ に 「周 辺 諸 国 」 とな る と,正 に わ れ わ れ 自 身 の 姿 勢 が 問 わ れ る こ と に な る 。 こ う い
う 場 合,自 民 党 筋 の 一 部 国 会 議 員 の 説 を は じ め と し,日 本 の マ ス コ ミ論 調 に,た だ ち に 出 て く る の は,一 に テ ポ ド ン(ミ サ イ ル),二 に 拉 致 問 題 で あ る 。 しか し 国 交 樹 立 交 渉 の 案 件 の な か に,こ れ ら二 つ を 含 め る の は 愚 策 で あ る と私 は 考 え る 。 な ぜ な ら,そ の 場 合,交 渉 は 何 時 ま で た っ て も 進 ま ず,時 間 の 空 費 と な る の が 明 ら か だ か ら で あ る 。 私 と て 無 警 告 の ミサ イ ル(ま た は 人 工 衛 星)の 発 射 は 国 際 常 識 に 反 し て い る と 考 え て い る し,ま た 拉 致 疑 惑 につ い て も 数 々 の 状 況 証 拠 か ら み て,い ず れ 冷 静 な 調 査 が 進 め ら れ る べ き 問 題 で あ る と は 考 え て い る 。 しか し,こ れ ら を 先 頭 に 立 て る と話 は 全 く進 ま な い で あ ろ う 。 こ れ らの こ と を 言 い 募 る 同 胞 諸 君 に は,明 治 時 代 に 朝 鮮 に お い て 日 本 人 グ ル ー プ が 自 国 の 現 職 外 交 官 先 導 の も と に 王 宮 に 乱 入 し,あ ま つ さ え 当 時 の 朝 鮮 皇 后 を 殺 害 し た り(1895年),ま た1910 年 か ら35年 間 に わ た っ て 朝 鮮 を 日 本 の 植 民 地 と し,同 地 の 人 々 に 多 大 の 精 神 的 屈 辱 と 経 済 的 損 害 を 与 え た こ と な ど,ま っ た く念 頭 に な い よ う に み え る 。日 本 人 に は 朝 鮮 に た い して, そ の よ う な 深 い 負 い 目 が あ る 。 そ も そ も テ ポ ド ンお よ び 拉 致 問 題 の 根 本 原 因 は 北 朝 鮮 の 国 際 社 会 に お け る 現 在 の 孤 立 状 況 に あ り,そ こ か らの 派 生 的 問 題 で あ る と私 は 考 え て い る 。 そ う と す れ ば,こ の 際 ま ず,な さ れ る べ き 急 務 は,で き る だ け 早 く北 朝 鮮 を 国 際 社 会 の 通 常 の 一 員 に 迎 え 入 れ る こ と で あ り,以 上 の 懸 案 は そ の 後 に お い て 協 議 の テ ー ブ ル に の せ る べ き事 柄 で あ る と 私 は 考 え る 。 11.報 告 に つ い て の 討 論 酒 井 正 三 郎 会 員(予 定 討 論 者)(1)社 会 科 学 的 分 析 に お い て は 先 ず 実 態 の 認 識 が 重 要 で あ る の は 言 う ま で も な い 。 そ の 点,こ の 報 告 に お い て 統 計 が 示 さ れ て い な い の は 問 題 で は な い か 。 (報 告 者 の 答 弁)一 般 論 と して は 仰 せ の 通 りで あ る 。 た だ し本 報 告 に つ い て は,統 計 を こ え た 次 元 で の 問 題 が 主 テ ー マ で あ る 。 し か し報 告 者 は 統 計 を ハ ナ か ら 無 視 し た わ け で は な く,以 下 の よ う な 考 慮 を 払 っ て い る 。 第 一 に 北 朝 鮮 は 極 端 な 秘 密 主 義 国 家 で あ り,自 ら は 系 統 的 な 統 計 を 公 表 して い な い 。 し か し 第 二 に 北 朝 鮮 統 計 に つ い て は,国 連 機 関,そ の 他 に よ る 統 計 収 集 お よ び 検 討 が 行 わ れ て お り,そ の 成 果 は,例 え ば 参 考 文 献 に あ げ た 今 村 弘 子 の 著 作,そ の 他 に 掲 載 さ れ て い る 。 報 告 者 は そ れ ら を 参 照 し た う え で,北 朝 鮮 経 済 の 実 態 に つ い て 必 要 な か ぎ りの 確 信 に 到 達 し え た と 考 え て い る 。 (2)報 告 に お い て90年 代 の こ と と して 「軽 工 業 第 一 主 義 」 政 策 と い う こ とが 述 ぺ られ て い た が,そ れ は 何 を 意 味 す る の か 。 北 朝 鮮 の 場 合,そ れ は 現 実 と は 乖 離 し た 言 明 で は な い の か 。 (答 弁)北 朝 鮮 当 局 の い う 「第 一 主 義 」 と は 単 に 「重 視 」 と い う 意 味 と解 さ れ る 。 な ぜ な ら ば,そ こ で は 同 時 に複 数 の 「第 一 」 が 存 在 し て い る か ら で あ る 。 (3)報 告 に あ る 「広 義21世 紀 的 経 済 体 制 」 と は 何 を 意 味 す る の か 。 (答 弁)適 当 な 程 度 に お い て 商 品 生 産・市 場 経 済 を 内包 し て い る 経 済 と い う 意 味 で あ る 。 と こ ろ で 現 在 の 北 朝 鮮 経 済 は そ の よ う な も の と 見 な す こ と は で き な い 。 以 下,一 般 討 論(含,コ メ ン ト)に 移 る 。 高 橋 実 会 員:(コ メ ン ト的 発 言)隅 谷 三 喜 男 氏(東 大 名 誉 教 授)が1999年 に 北 朝 鮮 当 局 の 招 待 に よ り現 地 を 訪 問 した さ い,先 方 はUNDP統 計 に も と つ い て 現 状 を 説 明 し,し か も そ の さ い 農 業 政 策 に つ い て 自 ら の 失 敗 を 認 め て い た との 話 を 直 接 に 伺 っ た 。 北 朝 鮮 当 局 が 外 国 人 に む か っ て 失 敗 を 自認 す る と い う の は 珍 し い こ と で あ る 。 金 己 大 会 員:(コ メ ン ト的 発 言)参 考 文 献 リ ス トに も あ げ て あ る金 会 員 の 最 近 発 表 の 論 文 を 下 敷 き に した 見 解 の 表 明 で あ っ た 。 大 き い 方 向 と して は 報 告 者 の 見 解 と 同 じで あ る 。 上 垣 彰 会 員:(要 望 的 発 言)発 言 者 は ル ー マ ニ ア 経 済 の 専 門 家 で あ る 。 そ の 立 場 か ら 発 想 す れ ば,旧 社 会 主 義 ル ー マ ニ ア と 現 在 の 北 朝 鮮 と は 共 に 独 裁 性 の 強 い 國 で あ る と い う 共 通 性 が あ る 。 た だ しル ー マ ニ ア の 場 合 は,社 会 主 義 圏 内 で の 孤 立 の 代 償 行 為 と して,先 進 資 本 主 義 国 と の 交 流 を 求 め,双 方 の 思 惑 は と も あ れ,部 分 的 に は あ る 程 度 そ れ に 成 功 し た が, 北 朝 鮮 の 場 合 に は 全 方 位 自 閉 と も い う べ き 特 徴 が あ る 。 こ の よ う な 違 い は ど こ か ら出 て く る の か 。 報 告 者 に は さ ら に ル ー マ ニ ア と北 朝 鮮 の 比 較 研 究 を お 願 い で き れ ば 幸 い で あ る 。
(報 告 者 の 答 弁)こ の テ ー マ は 興 味 あ る も の と 思 わ れ る が 、 そ の 研 究 は ぜ ひ ル ー ア ニ ア 問 題 の 専 門 家 で あ る 上 垣 会 員 に お 願 い し た い 。 【注 】 1,和 田 春 樹 『北 朝 鮮 一 遊 撃 隊 国 家 の 現 在 』 岩 波 書 店,1998年 。 2.(リ・ジ ン ヒ)李 進 熙・姜 在 彦 『日 朝 交 流 史 』 有 斐 閣 選 書,1995年,p.202. 3.略 年 表 に つ い て は 、 主 と し て 以 下 を 参 照 し た 。 『北 朝 鮮・そ の 実 像 と 軌 跡 』1高 文 研,1998 年,PP.279-310. 4.小 牧 輝 夫 「苦 悩 す る 北 朝 鮮 の 経 済 構 造 」(『 北 朝 鮮・そ の 実 像 と 軌 跡 』 高 文 研,1998年, 所 収),PP.69-86. 5.藤 田 整 「不 可 避 だ っ た ペ レ ス ト ロ イ カ 」(『 ア サ ヒ・ジ ャ ー ナ ル 』 臨 時 増 刊 号,32巻24 号=1990年6月,所 収),pp.30-33. 【参 考 文 献 】(注 記 分 を 除 く。ABC順) 古 田 博 司 『朝 鮮 民 族 を 読 み 解 く 一 北 と南 に 共 通 す る も の 』 ち く ま 新 書,1995年 。
Hoon Hong, "A Comparison Between Economic Crises in North Korea and South Korea," East Asian Review, Osaka University of Economics and Law. Vol. 4. 2000.
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