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アメリカにおける文化創造政策の挫折 ―全米芸術基金(NEA)助成プログラムの歴史過程:1966-1996

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(1)[論文] アメリカにおける文化創造政策の挫折. アメリカにおける文化創造政策の挫折 ―全米芸術基金(NEA)助成プログラムの歴史過程:1966-1996 青野 智子* 日本語要約 本稿ではアメリカ連邦政府の文化振興機関である全米芸術基金(NEA)の助成プログラムの歴史的変遷を分析し、特 に、新しい文化の創造の奨励・促進が公的助成によって実現するという展望が 1990 年代前半に断たれていった過程を 明らかにする。NEA の挫折は、芸術の権威の衰退現象と関連しており、新しい創造を奨励・促進する文化政策を公共 政策として今後拡充してゆくためには、芸術的権威に依存しない形で達成する途を模索する必要がある。. キーワード 文化政策、全米芸術基金、芸術的価値、新しい文化の創造の奨励・促進. Summary This study examines the development of grantmaking policy of the National Endowment for the Arts (NEA) from its inception in the mid-1960s to its near demise during the fiscal year 1996. It analyses NEA' s experimentations to promote new and innovative works, demonstrating that the NEA failed to weather the controversy in the early 1990s due to the gradual erosion of the consecrated power of the arts in the contemporary society.. Key Words cultural policy, National Endowment for the Arts (NEA), artistic excellence, encouraging/promoting new and innovative works. I はじめに. 策として特に第二次大戦後、先進諸国において発達して. ⒈ 問題意識〜文化政策の正当性 . きた。 文化政策を公共政策として政府が実施する場合、その. 文化政策は、大別次の3つに分けることができよう。 すなわち、A. 既存の文化の保護、B. 新しい文化の創造の. 正統性(legitimacy)が問題となる1)。とりわけ民主主義. 奨励・促進、C. 文化の普及である。. 的な社会においては、多数派を説得することができるだ けの正当性が、文化政策には必要となってくる。では、. A については、消滅することなく存続し、時の判定を. これらの ABC の政策の正統性の根拠はどこに求められ. 経て、多くの人にとって「優れている」との評価が定着 した文化に公共的価値を認め、保護・支援してゆくとい. るだろうか。A については、支援対象が既に歴史的淘汰. う政策であり、文化財の保存政策や古典芸能の保護政策. に耐えたものであることから、そのことをもって支援を. 等はこの典型的なものである。これに対し B は、まだ評. 正当化することが可能である。また、C については、普. 価が定まっていないもの、現在創造されつつある文化を. 及対象となる A や B に正統性が担保されてあればよいの. 支え、発展を促進してゆく政策である。C は、A や B の. で、そこには C 固有の正統性に関する問題はない。問題. 領域において確立した文化的価値を人々が享受できるよ. は B の領域である。というのも、まだ文化的価値が社会. うにする政策で、文化の教育・普及や、アウトリーチ政. 的に十分に認められていない時点で行われる支援である ため、それを支援する正統性は自明でないからである。 ここで文化政策の使命の 1 つが、人びとがその生活の. * ニューヨーク市立大学大学院客員研究員 E-mail:[email protected]. 中でさまざまな新しい文化的価値を見出し、そこに関与. 原稿受理月日:2020 年 9 月 30 日. することを支援することであるとすれば、それは取りも. 掲載可能原稿受理月日:2021 年 1 月 20 日. 直さず B の領域における分厚い公共政策が成立すること. 17.

(2) 文化経済学第 18 巻第 1 号(通算 50 号). を要請することになろう。だが、そのためには、文化政. for the Arts;以下 NEA と表記)を対象に、1)の芸術的権. 策には自明でない正統性を積極的に構築する作用が備. 威の衰退過程について実証的に明らかにすることを試み. わっていなければならないのである。従来、この作用を. たい。. 支えてきたと考えられるのが、芸術の権威である。芸術 の権威は、まだ評価の定まっていない新しい文化の創造. ⒉ NEA 研究の意義. を芸術性の観点から評価する。そして、社会が芸術的権. 1965 年にアメリカ連邦政府の文化振興機関として創設. 威を尊重する社会である限り、そこで芸術的と評された. された NEA は、主として文化団体やアーティスト個人. 文化創造行為は、文化政策の積極的な支援対象となるの. への助成活動を通して文化政策に携わってきた。本稿で. である。. は な か で も、B の 新 し い 文 化 の 創 造 の 奨 励・ 促 進 に、. 主に 18・19 世紀以降、 西欧社会において確立されていっ. NEA が取り組み、その後大きく挫折することになった過. た芸術の概念(松宮, 2008, 17-66, 130-154 ページ)は、社. 程に着目する。NEA においては 1990 年代後半に B の政. 会的権威と結びつくことで、権威として長らく機能して. 策領域を対象とした予算がほぼ全廃となり、予算総額も. きた。なかでも芸術を芸術として理解する能力は、アー. 大幅に縮小することになった。その後今日に至るまで、. ティストのみならず、批評家や研究者、画商や出版者、. NEA の役割は概ね A の既存の文化の保護と C の文化の. 教育者や芸術の享受者といった芸術を実践し支える人々. 普及に限定され、ごく小さなものとなっている。. と そ れ を 取 り 巻 く 制 度 に よ っ て、 共 有 さ れ 醸 成 さ れ. これまでにもしばしば言われてきたように、アメリカ. (Bourdieu, 1992=1996, p.229)、芸術的権威の再生産のた. は建国以来、中央集権的な介入を嫌う分権的指向をもつ. め に 不 可 欠 な 能 力 と し て 機 能 し て き た(Bourdieu,. 国家であり、文化政策にもその傾向は大きな影を落とし. 1979=1984, pp.11-96)。しかし近年、長らく芸術の中心で. てきた。政府による手厚い芸術振興政策が文化政策の主. あった西欧社会においても、芸術的権威は衰退にむかい. 流である大陸ヨーロッパ諸国とは異なり2)、アメリカにお. つつあるようにみえる。近年、文化政策の対象領域が、. いては、民間の寄付金(個人から文化団体への直接寄付). 芸術のみならず生活文化や文化産業など広義の文化一般. が文化振興の主流を成してきた。そのため、NEA を始め. へと拡張する一方で(後藤・勝浦, 2019, 3-4 ページ) 、経済. とする政府の役割が限定的であることは、アメリカでの. 活性化や産業振興など、文化外に政策の公共的価値を求. 文化政策の前提条件となってきた3)。もちろんそのような. める道具的(instrumentalist)文化政策が隆盛となったこ. 傾向は、NEA にとっては一貫した「逆風」であったので. とも(Gray, 2007; Cunningham, 2009) 、芸術の権威の衰退. あり、 1990 年代後半以降における NEA の予算規模縮小も、. により、文化政策の根拠を他に求めようとする模索の現. アメリカに似つかわしい文化政策への回帰であると解釈. れとみることができよう。. されてきた(Binkiewicz, 2004, p.221; 片山 , 2006, 11-12,. とするなら、これからの文化政策は、 「ポスト芸術」の. 210 ページ) 。もしも、NEA の縮小をアメリカに固有の. 時代における文化創造支援のあり方について正面から取. 政治風土にのみ帰するならば、NEA の歩んだ苦難の歴史. り組まなければならない。筆者の認識する限り、ここで. には、文化政策的な観点からは取り立てて見るべきもの. 文化政策学にとっての課題は次の 3 点として整理できる. がないという他ない。やはり、アメリカは文化政策がな. のではないか。すなわち、1)芸術の権威は実際に衰退過. いのだと(Katz, 1984, p.34) 。. 程にあるのか、2)衰退過程にあるとするならばその原因. だが、少し角度を変えて見るならば、NEA の衰退には. は何であるのか、3)芸術の権威に替わる新たな文化政策. 文化政策学的にみて重要な意義を見出すことができる。. の正当性の根拠はどこに求められるのか、である。. その際、NEA の弱体化が、新しい文化の創造の奨励・促. 本稿のような小論において、上記の課題を全体として. 進策としての B のタイプの政策の挫折であったというこ. 取り扱うことはできない。だが、1)の論点について、も. とが何より重要である。図 1A・図 1B と図 2A・図 2B は、. しも実際に芸術の権威が衰退しつつあるとするならば、. それぞれ 1978 年度と 1998 年度の NEA の助成プログラ. その過程において、既存の文化政策は、B の領域の正統. ムについて、ABC の政策別の内訳を示したものである4)。. 性の弱体化もしくは喪失を経験しているはずであり、こ. B を目的とした新しい文化の創造を奨励・促進するため. の点を実証的に検証することは可能であろう。. のプログラムが、20 年を経て、助成額、助成件数ともに. このような観点から、本稿では、アメリカ合衆国にお. 激減している事がわかる。本稿の結論を先取りするなら. いて、B の新しい文化の創造の奨励・促進に、政策の一. ば、この B の領域のプログラムが 1990 年代後半におい. つとして取り組んだ、全米芸術基金(National Endowment. て大幅縮小に追い込まれた背景には、文化創造を芸術性. 18.

(3) [論文] アメリカにおける文化創造政策の挫折. 図1B : NEAの助成プログラム構成(助成件数) 1978年度 n=4,595. 図2B : NEAの助成プログラム構成(助成件数) 1998年度. 図2A : NEAの助成プログラム構成(助成額) 1998年度. n=1,373. $47,490,158. NEA (1979( )1999) およびNEA助成データベース (https://apps.nea.gov/grantsearch/) より筆者作成。 ABCの分類方法については註4および文末の<別表>参照のこと。. によって支えることができるという観念の解体が、 関わっ. NEA の「失敗から学ぶ」という視点からの研究も、政策. ていたと考えられるのである。. 決定プロセス(Heidelberg, 2019)や連邦議会での審議過程. もしもアメリカが芸術的価値の解体における先駆的地. (Moen, 1997; Shockley, 2011)に着目したもの等が散見され. 域であり、日本や欧州諸国等もやがて同じ途を辿るとす. るが、NEA の特定の時期についての限定的考察がある程. るならば、NEA の経験は、アメリカ以外の地域の文化政. 度である。NEA による新しい創造の奨励・促進の試みに. 策にとっても教訓となるといえるのではないだろうか。. ついては、Netzer(1978, pp.68-74)と Zeigler(1994, pp.155-. このような観点から、本稿では冒頭の ABC の政策別に. 161) 、Brenson(2001)が取り上げているものの、前者は. NEA の助成プログラムの変遷を歴史的に検証した上で、. 1970 年代に限定された分析であり、後二者は個別事象に. 特に B の新しい文化創造の奨励・促進が公的助成によっ. 焦点化する余りに NEA の活動全体を捉え切れていない. て実現するという展望が断たれていった過程を明らかに. 側面があった。. する。. 一方日本では、片山による労作(2006)がよく知られ ている。これは、日米通じて NEA の政策をアメリカ政 治の流れに沿って包括的に扱った唯一の研究であり、. ⒊ 先行研究 アメリカにおける文化政策や NEA を対象として、真. NEA について検討する際にはまず読まれるべき文献であ. 正面から取り上げた研究は多くはない。NEA の歴史記述. る。ただし今日的観点からは、その主張は改めて慎重に. の試みとしては、創設から 1980 年までを扱った Taylor. 吟味する必要がある。片山は、NEA および連邦政府が文. and Barresi(1984)の他は、創設から 1992 年頃までを扱っ. 化振興に果たす役割は、民間とアーティスト・文化団体. た Zeigler(1994)が最も包括的であり、NEA のみならず. を結びつける「触媒機能」 (7 ページ)にあるとしており、. 広くアート界の動向にも目配りの効いた考察となってい. NEA による主な功績として、次の三点をあげている。1). るが、時事的な視点に偏り実証性に欠けるきらいがあっ. 多くの州・地方において文化振興を担う機関の設立が進. た。NEA そのものを対象とした本格的研究は、政治学分. んだこと(39, 169-171 ページ) 、2)NEA の助成による民. 野 で の Wyszomirski(1987; 1988a; 1988b; 1995a; 1995b;. 間資金の誘引効果(103-104, 215-217 ページ) 、そして 3). 1995c; 1997; 1999) 、Mulcahy(1985; 1987; 1988; 1995a;. NEA の助成へ応募した文化団体のアカウンタビリティ能. 1995b)らが嚆矢とされるが、 その後の研究蓄積は少なく、. 力や運営能力の向上(8-10, 125-128, 217-218 ページ)で. NEA の美術プログラムを主として扱ったもの (Binkiewicz,. ある。このうち 1)に関しては、主張を裏付ける研究が. 2004; 2007)や写真調査プログラムを扱ったもの(Rice,. 多く存在している(Mulcahy, 1985, p.322; Wyszomirski and. 2005)等、NEA の個別プログラムを取り上げた研究は存. Mulcahy, 1995, pp.132-133) 。だが、2)の民間資金誘引効. 在するものの、NEA を俯瞰的に検証したものはない。. 果については、事実によっては必ずしも支持されていな. 19.

(4) 文化経済学第 18 巻第 1 号(通算 50 号). ら意義づけ直すものである。. い。とりわけ、NEA 助成に付帯するマッチング要件5)は、. NEA の「お墨付き」機能により、助成額の何倍もの民間 寄付や助成をひきだす仕組みとして、NEA によってその. II NEA の助成プログラムの変遷. 効果が喧伝されてきた(NEA, c.a.1970; 1974, p.6; Hanks,. ⒈ NEA の時代区分. 1977, p.4)。だが、交響楽団・演劇・オペラなど主要な舞. 図 3A と図 3B は、助成開始から現代までの NEA の予. 台芸術団体の財政データを見る限り、NEA の助成開始以. 算額の変遷をドルと実質ドル(1966 年度= 1)で示した. 降に大きな変化はなく、NEA の民間資金誘引効果は機能. ものである。金額でみるならば、現在の NEA は、1996. しているとはいえない6)。したがって、NEA 助成金によ. 年度の大幅削減以前の予算規模に回復しているかのよう. る民間資金誘引効果は、あったとしてもごく一部の期間. にみえる(図 3A) 。だが実際のインフレーションを考慮. や被助成団体にとどまるものであったと考えられる。3). に入れるならば、NEA 予算は 1970 年代末を頂点として. については、確かに片山の述べるように、NEA 助成への. 1980 年代を通じて減少しつづけ、1996 年度以降の大幅. 応募やマッチング要件を満たすための寄付調達活動等に. 削減に至っており、その後オバマ政権初期に微増がみら. よって、文化団体が自らの文化活動の公共性を示すため. れたものの、現在においてもほぼ横ばいのまま、1995 年. のアカウンタビリティ能力や、団体としての運営能力を. 度以前の水準には到底及ばない状態であることがわかる. 発達させたという例がみられた可能性は否定できないが、. (図 3B) 。. 積極的にこの効果を支持する証拠は見いだされていない。. NEA の助成プログラムの変遷は、おおよそ 4 つの時期. その意味では、それをもって NEA の功績とするという. に分けることができる(図 3A・図 3B) 。1)1966 ~ 1970. 評価は、あくまで実証されていない仮説に基づくもので. 年度の揺籃期、2)1971 ~ 1981 年度の拡大期、3)1982. あると言わなければならない。. ~ 1988 年度の停滞期、そして 4)激しい NEA バッシン. 以上概観したように、英語圏および日本における NEA. グに直面し、廃止を免れたものの大幅な活動縮小を余儀. 研究については、いずれの場合も、NEA についての部分. なくされる 1989 年度から現在に至る縮小期である。以. 的な事象を取り扱ったものであるか、NEA の歴史を概観. 下 NEA の助成プログラムの変遷について、1) ~ 4)の時. することを目指すものであったと言える。一方、NEA の. 期を ABC の政策別に検討する。. 助成プログラムの変遷に関する研究も、NEA の 1990 年 代後半の凋落を文化政策の正統性という観点から検証す. ⒉ 第 1 期(1966 〜 1970 年度). る研究も、これまで行われてこなかった。本稿は、新し. 第 1 期においては、既存の文化の保護という A を目的. い文化創造を奨励・促進するための NEA の助成プログ. とするプログラムや、文化の普及のための C を目的とす. ラムが縮小に追い込まれてゆく過程を、芸術の権威の衰. るプログラムは、予算の制約もあり限定的・散発的なも. 退と関連づけることで、文化政策の正統性という観点か. のにとどまり、新規の文化創造を奨励・促進する、B を. 図3A・Bともに、 NEAホームページ (https://apps.nea.gov/about/appropriations-history) より筆者作成。 1976年度以前の会計年度は、 前年の7月1日からその年の6月 末までであったが、 1977年度以降は前年の10月1日よりその年の9月末までとなっている。 「1976T」 は会計年度移行期の1976年7月1日から9月末までの予算 額を示している。 図3BはCPI値を使用し1995年7月を基準として算出した。. 20.

(5) [論文] アメリカにおける文化創造政策の挫折. の選定や活動方針全般について議長に助言を与えること とされた(図 4) 。第 1 期の NEA においては主に、これ らの NCA の委員による審査に加えて臨時コンサルタン トの助言、当該分野の業界の推薦等によって助成プログ ラムが運営されていた8)。 ⒊ 第 2 期(1971 〜 1981 年度) 第 2 期の NEA は、ニクソン大統領の支持を取り付け ることで予算を拡大し助成分野を拡げ、急成長を遂げる ことになった。NEA の実務を担うフルタイムのスタッフ は第 1 期の 28 名から最盛期の 1978 年には 222 名となり (Swaim, 1982, p.171)、10 のジャンル別部局と、ジャン ル横断的な 3 部局(アート教育、エクスパンション・アー ツ、特別プロジェクト)の合計 13 部局(図 5) 、そして、 州政府レベルへの助成金支給を担う連邦 - 州連携部局を 加えた NEA の基本的な組織体制が確立した。主要団体 の存続や運営の安定を目的とする既存の文化保護の A の プログラムが充実をみせるとともに、新しい文化創造を. 目的としたプログラムが多く実施された。 既存の文化保護のための A の文化政策に分類されるプ. 推進・奨励する B のプログラムも多数導入され、文化の. ログラムは、演劇・ダンス団体への支援が中心であった。. 普及を目指す C のプログラムも確立を見せることになっ. 全米の交響楽団やミュージアムを系統的に支援するには、. た。. NEA 予算が圧倒的に不足しており、加えて、1966 年か. まず既存の文化の保護を支援する A の政策のプログラ. ら 5 年計画で 61 の交響楽団を対象とするフォード財団. ム分野においては、第 1 期の演劇、ダンスに加えて、全. の支援プログラム(総額 8,020 万ドル)が進行中であっ. 米の交響楽団とオペラ、ミュージアムを対象とした助成. た(Ford Foundation, 1980, p.14)ためと考えられる 。そ. プログラムが本格始動した(1971 年度) 。また全ジャン. れに対し、非営利の演劇とダンスは、当時アメリカにお. ルを対象として、既存の文化団体の財政安定と運営強化. いては比較的新しい分野であり、少額で効果的支援が可. を主目的として大型助成を行うチャレンジ・プログラム. 能であった。. が設立され(1977 年度) 、団体存続に必要な累積赤字の. 7). 新規の文化創造の奨励・促進のための B の文化政策に. 解消や、寄付金調達キャンペーンの開始、基金の創設、 設備投資等に利用された(NEA, 1978, p.4) 。. 分類されるプログラムとしては、小説家・詩人、画家・ 彫刻家、作曲家、振付家等を対象とした支援が開始され. 次に、新規の創造活動を奨励・促進する B の政策のプ. たが、助成形態や選定方法については、未だ試行錯誤の. ログラム分野では、アーティスト個人を対象とした助成. 状態であった。. プログラムでは最も助成件数の多い、 美術家(絵画・彫刻・. 文化を普及させる C の文化政策に分類されるプログラ. 写真・工芸等)と文学者(小説・詩・戯曲・翻訳等)を. ムについては、廃工場を利活用し芸術家専用の住居を建. 対象とする助成プログラムが確立した。いずれのプログ. 設するアーティスト住居プロジェクトや、高校生を対象. ラムにおいても目的は 「創造のために時間を使い、 旅行し、. としてプロフェッショナルな演劇公演を無料提供する実. 必要物資を購入するなど、傑出した才能の個人が芸術的. 験室演劇プログラム等がモデル事業として実施されたが. キャリアを前進させるための援助」 (NEA, 1972a, pp.33,. (NEA, 1966, pp.26-30, 58; 1969, pp.25-26, 30-31) 、その後の. 59)とされ、経済状態にかかわらず一律額を支給し、使. 継続性という点では不徹底に終わった。. 途は問わず、過去の実績への表彰ではなく、未来の創造. NEA の組織体制は、大統領に任命された NEA 議長(任. 性に投資するという意図を打ち出したという点で画期的. 期 4 年)の下に全米芸術審議会(National Council on the. なプログラムであった9)。また、振付家(1972 年度に本. Arts;以下 NCA と表記)が置かれ、その委員には、同じ. 格開始)と、 作曲家・オペラ作詞家(1973 年度に本格開始). く大統領に任命されたアーティストや文化団体の実務家、. を対象とした助成プログラムも、主として新作を奨励し、. 批評家ら 26 人(任期 6 年)が就任し、NEA の助成対象. 創造・発表する B の政策のプログラムとして本格化した。. 21.

(6) 文化経済学第 18 巻第 1 号(通算 50 号). 22.

(7) [論文] アメリカにおける文化創造政策の挫折. 加えて、工芸(1972 年度に特別枠として創設、1973 年. となったのである。のちに第 4 期における NEA 批判の. 度に美術部局に移動) 、フォーク・アート(1975 年度に. 急先鋒となった J・ヘルムズ上院議員(ノースカロライ. 特別枠、1978 年度より単独部局化) 、ジャズ(1971 年度. ナ州選出・共和党)は、NEA 議長に抗議の書簡を送り、. に本格開始) 、現代音楽(1974 年度開始)など、これま. これは芸術なのか猥褻なのか、このような作品に助成す. で「芸術」とみなされてこなかったジャンルや分野にも. る根拠を説明するよう要求した(Straight, 1988, pp.329-. 助成を拡大し、新しい創造を奨励・促進するプログラム. 330) 。しかし NEA 議長は以下の返信を送ることで、議. が導入された10)。他にも、発展中の劇場プログラム(演. 会での追及を免れた。 「私は『飛ぶのが怖い』を読む機会. 劇部局・1977 年度) 、 ミュージアム購入プログラム(ミュー. を持てておりません。いずれにせよ、本作についての私. ジアム部局・1972 年度)等の B の文化政策のプログラム. 自身の個人的評価は重要ではないと思っております。 (中. が、この時期に創設された。. 略)文学者助成への応募者は、 外部の文学の専門家によっ. 最後に、文化的要素の普及を目的とする C の文化政策. て過去の作品に基づき審査されています。 (中略)私ども. のプログラム分野においては、人種対立や騒乱、都市の. は NEA の政策と手続きには何の問題もないことを確信. ゲットー化といった当時の社会状況を背景として、エス. しております。 」 (同上 , p.331)このように、 「問題のある」. ニック・マイノリティ集団や田園過疎地域のコミュニティ. 作品が外部からの追及を受けた際には、専門家による芸. を対象としたエクスパンション・アーツ部局が設立され. 術的判断に従っており問題はない、と突っぱねることが. た(1971 年度) 。他にも、自治体との連携により中学・. 可能であった。第 2 期においては、専門家によって構成. 高校にアーティストを派遣し滞在・交流させるアーティ. される審査パネルが評価する芸術性は、外部からの道徳. スツ・イン・スクール・プログラム(1971 年度) や、. 的・政治的批判や圧力を跳ね返すだけの権威をまだ有し. 美術家に制作依頼した彫刻や壁画作品を公園や駅前等の. ていたということができる13)。. 11). 12). 公共空間に設置する、公共の場のアート作品プログラム も本格化した。. ⒋ 第 3 期(1982 〜 1988 年度). 以上のように、助成プログラムを拡大し応募件数が増. 第 2 期の急速な拡大後、第 3 期の NEA 予算は現状維. 加した第 2 期においては、NEA の基本をなす助成審査体. 持にとどまり、 実質ドルでは予算の下降が始まった。レー. 制も確立をみせることとなった。助成プログラムごとに、. ガン政権の緊縮財政を受けて NEA 史上初の予算削減が. 当該分野のアーティストや実務家、批評家等の外部専門. 行われ、1982 年度・1983 年度予算は 1981 年度のそれの. 家からなる審査パネル(委員会)が編成され、助成審査. 10%減となった(図 3A) 。これを機に NEA では助成プロ. をおこなった。正式な助成審査の流れは、審査パネルに. グラムの見直しが行われ、主として既存の文化保護を支. よる選考を経た後に、NCA が承認し議長に推薦、議長が. 援する A の政策のプログラムに重点化する第一のグルー. 最終判断を下すことになっていたが(図 4) 、第 2 期にお. プ(音楽、演劇、ダンス、ミュージアム14)の各部局)と、. いては審査パネルの決定が NCA の審査や議長決定にお. 新規の創造活動を奨励・促進する B の政策のプログラム. いてもほぼ踏襲されたため、審査パネルの判断が実質上、. に重点化する第二のグループ(文学、美術の両部局)と. NEA の判断として機能していたといえる(Swaim, 1982,. で対応が別れることになった。一方で文化の普及を目指. pp.175-176, 179-180; Pankratz and Hanzal, 1995, pp.154-155) 。. す C の目的のプログラムは、州・地方政府への移管が進. 1977 年度の時点で 300 人超がパネル委員として参加して. 行したこともあり縮小あるいは現状維持となった。. おり(NEA,1978, p.3) 、NEA の最も重要な機能を担う組. 第一のグループ、すなわち A の既存の文化の保護を支. 織として、NEA 全体を代表する NCA とともに、専門家. 援するプログラムに重点化した部局においては、新作の. に よ る 審 査 パ ネ ル は「NEA の 心 臓 」 (NEA, 1977, p.14;. 創造・発表を目的とするプログラムの廃止(ダンス部局・. 1980, p.2)と称されるほどで、 その判断は重視されていた。. B・1980 年度) 、団体を対象とした運営維持のプログラム. しかし、 第 2 期の NEA が順風満帆であった訳ではない。. への一本化(ダンス部局・A・1981 年度) 、作曲家助成プ. 「初期 NEA の最も深刻な危機の一つ」 (NEA 2009, p.35). ログラムの縮小(音楽部局・B・1981 年度) 、ミュージア. とされたのが、1974 年のベストセラー小説『飛ぶのが怖. ム購入プログラムの廃止(ミュージアム部局・B・1982. い』に対する連邦議会からの批判であった。1973 年度の. 年度) 、 教育普及プログラムの縮小(ミュージアム部局・C・. 文学者助成を受けた E・ヨングが、過激な性描写が含ま. 1982 年度) 、ジャズ音楽家助成プログラムの縮小(音楽. れる本書を執筆していたことが明らかになり、1976 年度. 部局・B・1983 年度) 、プロフェッショナル小劇場プログ. 予算審議の際に連邦議会上院において追及を受けること. ラムの廃止(演劇部局・B・1984 年度) 、持続的アンサン. 23.

(8) 文化経済学第 18 巻第 1 号(通算 50 号). ブル・プログラムの導入(演劇部局・A・1984 ~ 1991. 図6:NEA予算の部局別増減. 年度)など、B と C を目的とするプログラムの廃止・縮. 部局 1 9 7 9 年度 1 9 8 5 年度 増減割合 デザイン・アーツ $4,343,532 $4,370,591 0.6% ダンス 8, 023, 905 9, 002, 855 12. 2% アート教育 5, 639, 477 5, 536, 645 - 1. 8% エクスパンション・アーツ 8,173,679 7,109,006 -13.0% フォーク・アーツ 2,443,858 3,128,314 28.0% 文学 3, 903, 110 5, 124, 734 31. 3% ミュージアム 11, 277, 582 11, 886, 337 5. 4% 音楽 12, 802, 408 15, 311, 968 19. 6% オペラ・ミュージカル演劇 4,826,800 5,952,880 23.3% メディア・アーツ 8,687,468 9,912,200 14.1% 演劇 7, 401, 341 10, 641, 373 43. 8% 美術 4, 715, 808 6, 200, 888 31. 5% 特別プロジェクト・インターアーツ 3,151,448 4,345,921 37.9% NEA (1980)(1986)より著者作成。. 小が進み、既存の団体の存続という A を目的とした助成 プログラムへの重点化が進んだ。団体を対象とした NEA の助成プログラムにおいてはこれまで、特定団体への支 援が常態化することを避けるために(NEA, 1977, pp.7-8) 、 個別プロジェクトへの助成のみをおこない、一般運営費 等や継続を前提とした助成はおこなわないというのが、 一貫した方針であった(NEA, 1972a, p.6; ただしチャレン ジ・プログラムは除く) 。しかし実態としては、既に第 2 期からその NEA の方針は有名無実化しつつあり(Straight,. pp.140-141) 、第 3 期には更に既存団体への助成の固定化 が進行することで、団体を対象とした NEA 助成プログ ラムのほとんどは、既存の団体の存続を目的とする A の. ) 1983 ~ 1993 年度、 ツ部局18(領域横断的特別プログラム:. 目的のプログラムの性格を強めてゆくことになった 。. コミッション・パートナー・プログラム 1985 ~ 1995 年度). 例えば 1983 年度から 1985 年度までの間に、NEA から. の各部局においては、新たな創造活動を奨励・推進する. 演劇団体への平均助成額は 73%増となったのに対し、助. B のプログラムが創設されたが、予算額も助成件数も僅. 成件数は 33%減となり、各演劇団体の平均助成年数は. かにとどまっていた。. 15). 最後に、文化的要素の普及を目的とする C のプログラ. 11.4 年から 14.7 年に急上昇している 16)。. ムについては、第 2 期に盛んであったアウトリーチや教. 第二のグループ、すなわち新規の創造活動を奨励する. B の政策のプログラムに重点化したグループについては、. 育普及をめざすプログラムの実施主体が、NEA から州・. 美術部局の美術家助成プログラムでは 1983 年度以降、助. 地方政府へと移行しつつあったことにより、そのほとん. 成対象となる美術ジャンルを 2 グループに分割し、交代. どが縮小あるいは現状維持となった19)。図 6 に第 2 期の. で隔年毎に助成することで予算減を乗り切る方針をとっ. 1979 年度と財政削減が一段落した 1985 年度の部局別予. た 。この改革をアーティストの立場からみるならば、. 算の 6 年間の変化率を示したが、C を主として担うエク. NEA に応募可能な回数は毎年から隔年に減ったものの助. スパンション・アーツとアート教育の両部局においては. 成件数は増えたため、改革により、応募時の助成可能性. 予算が減少・現状維持となっていることがわかる。. 17). は増えることになった。加えて NEA は、全米を 6 分割. なお第 3 期の初頭には、政府の助成は民間の寄付を妨. する地域アート団体(regional arts organizations)に美術家. げると考えるレーガン政権のもとで大統領タスクフォー. 助成プログラムの実施を新たに委託し、地域ごとの助成. スが組織され、NEA の組織体制の精査がおこなわれたが、. 体制を整備させて、その年度の NEA 美術家助成の対象. 結果は NEA に好意的なものとなった。特に、専門家に. 1. となる美術ジャンル(例えば絵画・版画・素描等)とは. よる審査パネル制度については、 「パネル審査は NEA(中. 異なるジャンル(例えば写真・彫刻・工芸等)への助成. 略)にとって公正かつ効率的な制度である。 (中略)助成. を行わせた。そのことで、1990 年代初頭までには、どの. 対象の選定は、個別分野を最も熟知しており能力の高. 美術ジャンルで活動する美術家であっても、NEA または. い 者 た ち の 責 任 で あ る べ き で あ る。 」 ( Presidential. 地域アート団体が実施する、いずれかの美術家助成プロ. Task Force on Arts and Humanities, 1981, p.17)と最終答. グラムに毎年応募することが可能となった。また文学部. 申で述べられ、全面的支持を受けた。その意味では、第. 局においては、1982 年度に文学者助成プログラムの助成. 3 期においては、財政の緊縮という観点から予算の抑制. 件数が前年比 24% 減と落ちこんだものの、他のプログラ. は行われたものの、NEA のプログラムやその審査体制の. ムの大幅削減によって、1985 年度以降、新規の創造活動. 正当性については、 根本的な疑義は挟まれることはなかっ. を奨励する B のプログラムに集中する改革がなされた。. たということができる。. なお、演劇部局(特別プログラム:1983 ~ 1993 年度、 ソロ・パフォーマンス・アーティスト助成プログラム:. ⒌ 第 4 期(1989 年度以降). 1985 ~ 1994 年度) 、音楽部局(コンソーシアム・コミッ. 助成対象となった団体が展示した A・ 第 4 期の NEA は、. ション・プログラム:1981 ~ 1996 年度) 、インター・アー. セラーノと R・メイプルソープによる写真作品が連邦議. 24.

(9) [論文] アメリカにおける文化創造政策の挫折. なぜこれらのアーティスト・団体は、公的助成に値し. 会議員からの批判をうけたことを発端として、マスコミ を巻き込んだ度重なる批判に晒されることとなった。. ないとの批判を集中的に受けた(或いは、批判を受ける. NEA に対する報復的予算措置が議会で何度も試みられた. 可能性があると NEA にみなされた)のだろうか。本稿. 後、1996 年度には前年比約 40 %の大幅予算削減となる. では、 B のプログラムの中でも、批判の対象となった作品・. に至った(図 3A) 。既存の 13 部局は廃止され、全ジャン. アーティストの多くが、芸術のサブカテゴリーを成す前. ルを対象として新たに創設された 4 つのテーマ別に助成. 衛芸術の分野に属していた点に注目したい。本稿の冒頭. を受け付けることになり(NEA, 1996, p.4) 、スタッフも. でも述べたように、そもそも芸術を理解する能力は、社. 273 人から 148 人へと削減の方向となった(Kimbis, 1997,. 会の中では特権的階層と結びつくことで、芸術的権威を. p.246) 。その結果、B を目的とする新しい創造を奨励・. 再生産してきた。たとえ一般に反社会的・不道徳的と受. 促進するプログラムはほぼ廃止され、A と C を目的とす. け取られるような表現であったとしても、芸術の文脈で. るプログラムが中心となった(図 2A・図 2B) 。. 解釈・評価されるべきとされ、階層上昇のためには、芸. 既に第 2 期においても述べたように、NEA の助成対象. 術を成立せしめているその文脈を積極的に学習すること. の適切性が、外部からの指摘により問題となる事案がこ. が求められてきた(Bourdieu, 1992=1996, pp.56-68; Abbing,. れまでになかった訳ではない。しかしこの第 4 期の 「NEA. 2002, pp.21-23) 。いっぽう前衛芸術運動とは、既存の芸. 論争」が、従来と大きく異なっていた点は、以下の 4 点. 術概念や社会通念を批判し更新することで、芸術の表現. にまとめられよう。1)連邦議会の本会議において NEA. 領域を拡張しようとする運動である(Burger, 1974=1984;. が批判され、NEA 廃止は 1992 年の共和党大統領予備選. Bourdieu, 1992=1996, pp.154-169) 。それゆえ、既に評価が. 挙の争点となり、1996 年には共和党公約に NEA 廃止が. 定まり正統性を獲得した古典的芸術を頂点とする芸術の. 盛り込まれるなど、第 3 期まではほぼアート界に限定さ. 権威の体系内にあっては、より周縁的な存在であるとい. れていた NEA の認知度が一挙に高まるとともに、NEA. えよう。芸術の権威によって成立しているものの、芸術. の改革や存続・廃止の決定が政局化の様相を呈すること. の権威からは相対的に遠い存在である前衛芸術が、第 4. となった点20)、2)議会の意向を忖度した NEA が、助成. 期の NEA 論争においては、主な批判対象となったので. 応募アーティストや団体に対して「問題のある」作品を. ある。 . 創作しない旨を書面で宣誓させようと試みたり、NEA 議. 前述したように、第 2 期・第 3 期の NEA の助成審査. 長自ら「問題のある」作品への助成を控えあるいは取り. パネルは、実質上、NEA の最も重要な助成審査機関とし. 消したりしたために、 アート界に NEA への反発が広がり、. て機能しており、そのメンバーは芸術の専門家である、. アーティストや文化団体による抗議や訴訟 、助成ボイ. アーティストや文化団体の実務家、批評家等で占められ. コット等が行われた点、3)NEA 内部においても、芸術. てきた。1990 年度の時点で合計 143 の審査パネルに 1,236. 21). 的基準に基づく助成決定を行う審査パネルと、それを政. 人が参加しており(GAO, 1991, p.8) 、第 4 期の NEA 論争. 治的判断によって覆す議長と NCA という対立構造が生. の最中であっても、 最も芸術的価値の高い団体やアーティ. じ(NCA, 1989, pp.13-28) 、NEA 議長の任期中途での解. ストを助成対象として選考することを、一貫して標榜し. 任や、審査パネル委員らによる抗議の辞任・審査ボイコッ. てきた。. NEA の評価基準が、高い芸術的価値を認められるかど. トなど、NEA 内部での混乱が続いた点、その結果、4). 1990 年代前半を通して NEA 問題がくりかえし連邦議会. うかに立脚しているのであれば、第 4 期に議会からの追. やマスコミで取り上げられることとなり、全廃は免れた. 及を受けた際に想定された反応としては、第 2 期と同様. ものの 1996 年度の大幅予算減により、NEA の弱体化へ. に「芸術の専門家により判断しており問題ない」であっ. とつながった点であった。. たはずである。確かに、当初の NEA の反応はそのよう. 図 7 は、連邦議会において「問題のある」作品として. なものであった。 「助成機関としての NEA の関与は、審. 取り上げられ、NEA をめぐる論争の発端となった作品・. 査パネルと NCA の助言に従ったものです。NEA の設立. アーティスト・団体と、その後に NEA が当初の判断を. 法は、NEA が助成対象の表現に介入することを明確に禁. 覆して助成を取り消した主な作品・アーティスト・団体、. 止しています。 」 (NEA, 2009, p.91)と、専門家による判. あるいは、審査パネルの判断を覆して NEA が助成を控. 断を支持しその正統性を主張するコメントを、NEA は発. えた主な作品・アーティスト・団体をまとめたものである。. 表した22)。しかし論争が加熱するにつれて、真正面から. ほとんどが、B の新規の文化創造の奨励・促進をめざす. の芸術擁護は影を潜めることとなったのである。 連邦議会において NEA 反対派は「サドマゾヒズム、. プログラムによる助成であったことがわかる。. 25.

(10) 文化経済学第 18 巻第 1 号(通算 50 号). 図7:NEA第4期に論争対象となった主な作品・アーティスト・団体 時期. 作者. 作品. 被助成団体・個人. 助成部局. 助成プログラム名. ABC区分 予算年度 助成額. NEAによる対応. (アメリカドル). 1989年5月. Andres Serrano. 1989年6〜7 Robert Mapplethorpe 月. Piss Christ. Southeastern Center for Contemporary Art. 展覧会The. Institute of Contemporary ミュージアム. 美術. 特別プロジェクト. B. 1987年度. 150,000 助成. 特別展. B/C. 1988年度. 30,000 助成. ミュージアム. 特別展. B/C. 1989年度. 10,000 議長が助成せず、一週間後に 条件付き助成. B/C. 1990年度. 80,000 NCAが助成せず、8月に撤回し 助成. Perfect Moment Art at the University of Pennsylvania. 1989年11月 David Wojnarowicz. 展覧会. Artists Space. Witnesses: Against Our Vanishing 1990年5月. -. -. Institute of Contemporary ミュージアム Art at the University of Pennsylvania. 特別展. 1990年6月. Karen Finley. -. Karen Finley. 演劇. ソロ・パフォーマンス・アー ティスト. B. 1990年度. - NCAと議長が助成せず. John Fleck. -. John Fleck. 演劇. ソロ・パフォーマンス・アー ティスト. B. 1990年度. - NCAと議長が助成せず. Holly Hughes. -. Holly Hughes. 演劇. ソロ・パフォーマンス・アー ティスト. B. 1990年度. - NCAと議長が助成せず. Tim Miller. -. Tim Miller. 演劇. ソロ・パフォーマンス・アー ティスト. B. 1990年度. - NCAと議長が助成せず. Karen Finley and Jerry Hunt. 新作. Harekala, Inc.. インター・アーツ 新形式のアーティストプロ ジェクト. B. 1991年度. 20,000 助成審査を保留、11月に再審 査のうえ助成. Holly Hughes and Ellen Sebastian. 新作. Performance Space 122, Inc.. インター・アーツ 新形式のアーティストプロ ジェクト. B. 1991年度. 15,000 助成審査を保留、11月に再審 査のうえ助成. Adrian Piper. マルチメディア・ Washington Project for インスタレーショ the Arts ン. インター・アーツ 新形式のアーティストプロ ジェクト. B. 1991年度. 15,000 助成審査を保留、11月に再審 査のうえ助成. Win Vandekeybus. 新作. Arts Company. インター・アーツ 新形式のアーティストプロ ジェクト. B. 1991年度. 17,000 助成審査を保留、11月に再審 査のうえ助成. Daniel Martinez and Harry Gamboa. 新作. Los Angeles Contemporary Exhibition. インター・アーツ 新形式のアーティストプロ ジェクト. B. 1991年度. 10,000 助成審査を保留、11月に再審 査のうえ助成. 1990年10月 Mike Kelly. 展覧会. Institute of Contemporary ミュージアム Art in Boston. 特別展. B/C. 1990年度. - NCAと議長が助成せず. 1990年11月 Mel Chin. Revival Field. Citizens' Environmental Coalition. インター・アーツ 新形式のアーティストプロ ジェクト. B. 1991年度. 10,000 議長が助成せず、申請書再提 出後の12月に助成. Scarlet O. Franklin Furnace Archive. 美術. 美術団体. B. 1992年度. 25,000 NCAと議長が助成せず. Tim Miller. Highways, Inc.. 美術. 美術団体. B. 1992年度. 1990年8月. 1992年1月. 1992年5月. 展覧会. Corporal Politics 展覧会. 5,000 NCAと議長が助成せず. List Visual Arts Center at ミュージアム MIT. 特別展. B/C. 1992年度. 10,000 議長が助成せず. ミュージアム. 特別展. B/C. 1992年度. 10,000 議長が助成せず. メディア・アーツ・センター. B/C. 1994年度. 17,500 議長が助成せず、翌年8月に助 成. 特別アート・イニシアチブ. B/C. 1989年度. 250,000 当該プロジェクトにNEA助成金 を使用しないことを被助成団体 が決定. B/C. 1993年度. 104,500 助成. Anderson Gallery at. Anonymity and Virginia Commonwealth University Identity National Alliance of Media メディア Arts Centers. 1992年11月 Gay and Lesbian Media Coalition in Los Angeles, the New Festival in New York, and the Pittsburgh International Lesbian and Gay Film Festival 1993年8月. Elizabeth Sisco, Louis Hock and David Avalos. Museum of Contemporary ミュージアム Arte Reembolso/Art Arts, San Diego Rebateプロジェ クト. 1994年3⽉. Ron Athey. パフォーマン. Walker Art Center. プレゼンティング プレゼンティング団体 &コミッショニング. スFour. Scenes in a Harsh Life 1994年8⽉. Merry Alpern. -. -. 美術. 写真家. B. 1994年度. 20,000 NCAが助成せず. Barbara DeGenevieve. -. -. 美術. 写真家. B. 1994年度. 20,000 NCAが助成せず. Andres Serrano. -. -. 美術. 写真家. B. 1994年度. 20,000 NCAが助成せず. Bolton (1992), Zeigler (1994), NEA Annual Report, NCA Minutes, United States Statutes at Large, CQ Almanac, New York Times, Washington Post , American Theatre より著者作成。. 26.

(11) [論文] アメリカにおける文化創造政策の挫折. 同性愛、児童ポルノに対して連邦政府が助成をおこなう. ていった。審査パネルの誤りを認めることは、一部の作. ことは、 納税者を愚弄することだ」 (CR, 1989a, p.16278) 「ア. 品に問題を限定し批判を鎮静化させるための方便として. メリカ国民は、猥褻なものや良識を欠いたもの、キリス. は、一定程度有効であったのかもしれない。しかしその. ト教や他の宗教を冒涜するものに税金を使って欲しくな. ことで、専門家による芸術性に基づいた判断の権威を失. い」 (CR, 1989b, p.20360) と 非 難 し た。 そ れ に 対 し て. 墜させ、NEA の助成審査において、芸術性よりも道徳性・. NEA 擁護派は、 「何が芸術か芸術でないかをアメリカ議. 政治性に基づく判断が優先されることとなる途を開いた. 会が決定することには懸念がある」 (CR, 1989a, p.16278). という事ができる。 このように、第 2 期の論争の際には、芸術性が表現の. 「憲法違反です。ポルノグラフィや芸術の猥褻性を定義し たがっているのです。次には何が起こるでしょうか」. 不道徳性や猥褻性よりも優先することが了承されており、. (CR, 1990, p.28624)と、非専門家が助成作品を判断す. 芸術性の名の下に反論を封じることが可能であったが、. ること、それが検閲につながる危険性について警鐘を鳴. 第 4 期には芸術性よりも不道徳性や猥褻性が重視され、. らした。しかしその一方で、NEA 擁護派の発言は「こ. 公的支援に相応しくないとされることに、NEA は論駁で. のような作品が助成に選定されたことは、審査パネルの. きない状態に置かれていったのである。この時、NEA が. 判 断 に 深 刻 な ミ ス が あ っ た と 思 わ れ る(CR, 1989a,. 創設以来、政策や助成審査の基準として標榜してきた高. p.16284) 」 「問題のある助成は逸脱であって通常の事例. い芸術的価値という根拠は、新しい創造を奨励・促進す. ではないことを認めるべき」 (同上 , p.16279) 「助成の. るための頼るべき拠り所としての役割を失ったのではな. 99%は問題ないものであるのに、1 %をとりあげ NEA. いだろうか。. 全体を非難するのは不当だ(NCA, 1990, p.12) 」 「これま. 図 8 は第 4 期の NEA をめぐる論争の期間に、連邦議. での 9 万件近い助成のうち、問題となったのは 500 分. 会が NEA に要求した主な改革事項をまとめたものであ. の 1 以下にすぎない。これほど成功率の高い連邦政府プ. る。これらは、 おおよそ 4 つに分類することができる。1). ログラムは他には多くない」 (CR, 1990, p.28670)とい. 助成内容の制限、2)助成予算の制限、3)説明責任の明. うように、そもそも審査パネルの判断は誤りであったこ. 確化、そして 4)非専門家の助成審査への参加である。1). とを、 議会や NCA 内部においても前提とする論調になっ. については、NEA の助成対象に何らかの規制を課すこと. 図8:NEA第4期における連邦議会の決議事項 1)内容制限. 2)予算制限. ・NEAが猥褻とみなしかつ全体とし て文学的、芸術的、政治的、科学 的価値に著しく欠けている対象へ の助成禁止(1990年度). ・NEAから州政府レベルの文化振 ・NEAの助成過程を検証する独立 ・審査パネルには最低1名の芸術の 興機関に直接支給する助成割合を 委員会を立ち上げ180日以内に議 非専門家を含める(1991年度) 増加(プログラム予算の20%であっ 会に報告(1990年度) たものを3年間で27.5%まで段階的 に増加)(1991年度)、さらに40%に (1997年度). 3)説明責任. 4)非専門家の参加. ・論争を引き起こした2つのミュージ ・これまでNEA助成が行き届いてい ・助成金申請の際の詳しい記述や ・助成額は審査パネルではなく アムに助成する際は30日前までに なかった地域へプログラム予算の5 中間報告・最終報告を義務付け、 NCAが決定する(1991年度) 議会に通知する(1990年度) 〜7.5%を優先的に助成する(1991 助成額の3分の1以上は報告書等 年度) が提出された後に支給すること (1991年度) ・猥褻性の定義は最高裁判決に従 ・アート教育への予算増(1991年 い、一般的良識を考慮し、国民の 度)(1997年度) 多様な信条や価値観に配慮した助 成をおこなう(1991年度). ・当該年度にNEAに応募する個人・ ・NEA議長が助成の最終権限を有 団体は、審査パネルに参加できな する(1991年度) い(1991年度). ・助成後に猥褻性が発覚した場合 ・大統領請求額より2%予算削減 には助成金払い戻し、以後助成禁 (1994年度) 止(1991年度). ・審査パネル委員の任期は3年まで ・NCAの定員を26名から14名に削 (1991年度) 減(1997年度). ・アメリカ国民から徴収した貴重な ・3年後にNEA廃止の方向で、予算 ・NCAの委員は全米から偏りなく選 ・NCAにオブザーバーとして連邦議 税金は以下の助成に使用してはな を前年度比40%削減(1996年度) 出すること(1991 年度) 会議員6名を参加させる(1997年 らない。宗教の冒涜、あるいは明確 度) に不快な方法での性的行為・排泄 行為あるいは臓器の描写・表現 (1996年度) ・NEA議長は、公衆の芸術に対する ・個人助成・団体の経常運営費へ ・政策に関するNCAの会合は原則 知識や教育、理解を奨励するような の助成・再助成の禁止(1996年度) 公開とする(1991年度) 助成を行うこと(1997年度) ・州の文化振興団体にNEAが直接 支給する助成金について、1つの州 への助成額は総額の15%以下とす る(1997年度). 括弧内の年度は、連邦議会で決議されたNEA予算の年度。. GAO (1991), NEA Annual Reports, Congress.gov, United States Statutes at Large, CQ Almanac, New York Times, Washington Post, American Theatre 等より著者作成。. 27.

(12) 文化経済学第 18 巻第 1 号(通算 50 号). は一種の検閲であり、表現の自由に反する違憲行為であ. の批判に対抗することができなくなっていた。そ. るとの論がアート界においては優勢となり、議会による. の背景には、NEA が創設されてからの四半世紀の. 直接の内容規制の試みは主として 1990 年代初頭に限定. 間にも、芸術が伝統的に有してきた権威が弱まっ. されることとなった。2)については、予算削減だけでな. ていたことがある。 アメリカにおいては、他の西欧諸国に比べ、芸術概念. く、NEA から州政府レベルの文化振興機関へ直接配分す. とそれを支える特権階級の結びつきが歴史的にも遅れた. る助成額を、以前よりも手厚くすることが決定された。 これは連邦レベルから州レベルへと助成主体の移管を進. とされている(DiMaggio, 1986) 。このアメリカの芸術の. めることで、NEA の助成権限を削るためのものであった. 伝統の短さ・弱さが、芸術の権威の失墜、特にその芸術. 23). 。他にも、従来 NEA 助成が行き届いてこなかった地域. の権威を前提とした前衛芸術の権威の失墜という形で、. やアート教育への予算の重点配備など、C の政策を目指. より先駆的に現れてきていると考えることができよう。. す分野への NEA 予算の手厚い配分も決定された。3)に. 我が国における昨今の芸術と道徳をめぐる論争も、この. ついては、審査パネル委員の任期の明確化や、利益相反. 流れを後追いしたものといえるかもしれない。ともあれ、. の徹底排除等、公的機関であれば当然要求される、説明. NEA の盛衰は、単なる分権的なアメリカ独自の事象とし. 責任や審査の透明性を高めるための改革事項が決定され. て理解されるべきではなく、日本や欧州諸国等もやがて. た。. 同様の途を辿るかもしれない事象であり、公共政策とし. しかし、本稿でより注目したいのは 4)の、助成審査. ての文化政策を拡充してゆくためには、芸術的権威に寄. に非専門家を参入させることが議会によって決定された. りかからずにそれを達成する途を探さなければならない. 点である。具体的には、NEA の全ての審査パネルに最低. ということを示しているといえるだろう。. 1 名、芸術を本職としない非専門家を含めるよう義務付 けられたこと、議長と NCA の権限を強化すること、そ して NCA の定員を 26 名から 14 名に削減し、 オブザーバー. 注. として連邦議員 6 名を NCA に参加させることである(図. 1) 本稿においては、公共政策として政府が実施する. 8) 。これらの改革は、高い芸術的価値を根拠とし、 「芸術. 文化政策のみを対象としており、民間による文化支. は専門家が判断する」としてきた NEA の助成政策を、根. 援は対象としない。文化政策の正統性は、政府によ. 本から否定するものであったといえる。もとより芸術的. る文化政策には必要とされるが、民間には不要であ. 価値には、社会的通念からみて不道徳とされるものが含. る。なぜならば民間であれば、個人や財団、企業な. まれ得るが、芸術の権威が強力であれば、道徳的・政治. どの各支援主体が、助成対象や支援方法を自由に選. 的圧力を跳ね返すことができる。これに対し、第 4 期に. 択できる。そのため、公共政策として実施するだけ. おける上記の議会による NEA への諸々の改革要求およ. の正統性を担保する必要がないからである。一般に. びその結果として B のプログラムがほぼ廃止となったこ. 文化政策においては、民間による支援も含まれるこ. とは、アメリカ社会における芸術の権威が、道徳的・政. とがある。これを広義の文化政策とすれば、本稿に. 治的圧力をもはや跳ね返せないところまで弱体化してい. おいて対象としている文化政策は、正統性が問題と. たことを示しているといえよう。. なる範囲における文化政策、すなわち狭義の文化政 策といえよう。. 2) アメリカとヨーロッパ諸国の文化政策の比較研究. III おわりに 本稿の議論をまとめると、次のようになろう。. については、Schuster, 1985; Cummings and Katz, 1987;. 1)文化的価値を擁護すべく創設された NEA とその. Cummings and Schuster, 1989; Mulkahy, 2000 等を参照。. 文化政策は、分権的な傾向の強いアメリカにあっ. 3) 本稿においては、州・地方政府レベルにおける 文化政策については直接対象とせず、NEA との関. て意欲的な試みであった。. 連においてのみ取り扱うこととする。というのも、. 2)当初 NEA は、芸術的価値を評価しうる専門家の 権威に支えられることで、 「芸術」の範囲に概ね限. 州・地方政府レベルの文化振興機関は、NEA の凋. 定されてはいたものの、新しい文化的価値創造の. 落後も、それを代替する文化政策の主体となるこ. 奨励・促進を公共政策として支援することができ. となく現在に至っており、連邦・州・地方政府セク. た。. ターの間では、NEA が文化政策上の牽引役であり つづけたと言えるためである。州・地方政府レベル. 3)だが、1989 年度以降の NEA は、道徳的観点から. 28.

(13) [論文] アメリカにおける文化創造政策の挫折. の文化振興予算は、それぞれ 1970 年代と 1980 年. のマッチング要件は単なる帳簿上の操作に過ぎな. 代に急伸をみせたものの、文化団体の予算におい. かったとの証言も存在している(Netzer, 1978, p.192;. ては、NEA 助成の 1980 年代の伸び悩みを補完す. Arian, 1989, p.73) 。. るには至っていない(American Symphony Orchestra. 7) 交響楽団が第 1 期 NEA の組織的支援対象から外. League, 1970; 1975; Ford Foundation, 1974; Netzer,. れた理由として、楽団の間で政府の介入への警戒. 1978, pp.221-232; Schwarz and Peters, 1983; Theatre. 感があったことがしばしば指摘されるが(American. Communications Group, 1996; Aono, 2010, p.134) 。ま. Symphony Orchestra League, 1962, pp.7-11) 、以上の. た 1990 年代以降には、多くの州において文化関. ようなフォード財団による長期助成が行われていた. 連予算の大幅な削減が行われた(Wyszomirski and. こと、NEA による国立交響楽団設立の試みに交響. Mulcahy, 1995, p.136; Heilbrun and Gray, 2001, pp.281-. 楽団業界が反発していたこと(Straight, 1988, p.137). 283, 296-302; Lowell and Ondaatje, 2006, pp.17-22) 。. も要因として考えられる。. 4) 各助成プログラムの ABC の区分については文末. 8) 演劇分野では第 1 期からパネル審査が導入された. の<別表>を参照。なお、アーティスト滞在型創. ものの、1971 年度の時点においても、予め応募対. 作活動(artists residency)と、舞台芸術団体の巡回. 象となりそうな演劇団体に助成プログラムの存在を. 興行(touring/traveling)や公演(presenting)を支援. 通知しており、応募した団体はほぼ助成を受けてい. する助成プログラムでは、それぞれ B と C、A と C. る。そのため、事前に NEA が助成対象を絞り込ん. の目的が並存するため、B/C そして A/C と表記し半. でいた可能性が高い(NEA, 1972b, p.72) 。. 分ずつ集計した。. 9) 第 1 期末期の 1970 年、NCA は美術家助成プログ. 5) NEA 助成のマッチング要件とは、NEA の助成額. ラムに関する以下の声明を発表した。 「NEA は基本. と同額あるいはそれ以上の額の資金を、NEA 外か. 的に、過去の作品への褒賞ではなく、未来の創造性 に貢献する新しい方針を確立する」 (NEA, 1971, p.29). ら獲得することを助成の受給条件とするというもの である。このマッチング要件は、団体を対象とした. 10) 美術家を対象とした助成プログラムにおいて. NEA の助成プログラム全般に適用され、助成を申. も、設立当初は絵画・彫刻を制作するアーティスト. 請したプロジェクトの総経費に対し、NEA の助成. のみを対象としていたが、写真(1971 年度) 、工芸. 額が 50%を超えないこと(NEA, 1972a, p.5) 、すな. (1973 年度) 、 版画等の印刷(1974 年度) 、 映像(1975. わち、NEA 助成額と NEA 以外の資金との比率が 1:1 以. 年度) 、 コンセプチュアル・アートとパフォーマンス・. 上となることが求められた。また、大型の助成金の. アート(1976 年度)と助成対象を拡大し、新規ジャ. 場合、通常の NEA のプログラム資金とは別個に予. ンルを取り込んでゆく傾向がみられた。. 算化される国庫資金(Treasury Fund)からの支給と. 11) プログラム詳細については、NEA, 1973, p.29-33;. なり、マッチング要件は 1:3 とされた(NEA, 1978,. Zeigler, 1994, pp.34-35 等を参照。. p.4) 。第 3 期に導入されたチャレンジ・プログラム. 12) プログラム詳細については、NEA, 1971, pp.20-23;. においても、1:3 のマッチングが助成要件であった。. Gross, 1976; Smith, 1977; Taylor and Barresi, 1984, pp.214-224. 6) Ford Foundation, 1974; Schwarz and Peters, 1983. 例. 等を参照。. えば、交響楽団への NEA 助成は 1971 年度から本. 13) NCA が 1978 年度に策定した NEA の政策と目. 格化したが、交響楽団が獲得した民間の個人・財団・. 標についての決議においても、NEA の政策を遂行. 企業からの寄付金・助成金額の伸び率は、1960 年. するにあたっては「アーティストや、芸術分野の他. 代後半のほうが 1970 年代よりも高い。手厚い NEA. のプロフェッショナルの判断と経験に依拠すること. 助成を受けていた 4 つのリージョナルシアターの事. が、芸術支援の政策を確立し賢い判断をするため. 例研究においても、NEA 助成によって民間からの. には不可欠である」 (NEA, 1979, p.15)としており、. 寄付金・助成金の獲得額が増大したというデータは. 助成審査は芸術の専門家であるパネルメンバーの判. 存在していない(青野, 2008, 419-420, 425, 427 ペー. 断に依拠することが強調されている。. ジ; Aono, 2010, pp.148, 163, 177, 183) 。更に、どの. 14) NEA 創設以前より全米のミュージアムは、ス. ような資金が NEA のマッチング対象と認定される. ミソニアン機構や全米人文基金より助成を受けて. のかの基準が曖昧であったために(Schuster, 1989,. おり、1976 年以降はミュージアム・サービス機構. pp.71, 75) 、大型の舞台芸術団体にとっては、NEA. による助成も開始された。そのため、NEA による. 29.

(14) 文化経済学第 18 巻第 1 号(通算 50 号). ミュージアムへの助成は、特別展への助成が中心で. た点も特筆に値する。特に、以下の 2 つの違憲判. あった。その結果、ミュージアム部局では第 3 期に. 決は、政府の介入を批判し被助成団体・アーティス. おいて B と C のプログラムの縮小はみられたもの. トの表現の自由を擁護する判断を司法が下したと. の、舞台芸術の部局に比べると、A のプログラムへ. いう点で、アート界にとって重要な判決となった。. の傾斜は緩やかなものとなっている。. すなわち 1)被助成団体やアーティストに猥褻な作. 15) NEA の年次報告書には、助成を受けた団体名・. 品創作をしないことを事前に宣誓させる(obscenity. アーティスト名やそのプロジェクト内容、助成額. pledge)NEA の手続きは違憲であるとした 1991 年. 等の一覧が掲載されているが、1980 年代半ば以降、. 1 月のロスアンゼルス連邦地方裁判所判決(Bella. 団体助成のプロジェクト内容においては、 「〇年度. Lewitzky Dance Foundation v. Frohnmayer) 、そして. の運営費・人件費のため」 「〇年度の公演・活動の. 2)助成に際し NEA 議長は「一般的な良識の基準. ため」等の記載が多くなっていった。. を考慮に入れること」とする NEA 設立法の改正条. 16) 実際の 1983 年度と 1985 年度の数値は、それぞ. 項(decency clause)は違憲であるとした 1992 年 6. れ 28,083 ドルと 48,584 ドル、276 団体と 185 団体. 月の同裁判所による判決(Finley v. NEA)である。. であった。NEA, 1984; 1986 より筆者集計。また、. しかし後者については、アーティストと NEA との. 平均助成年数については、1970 ~ 1994 年度の 25. 間で和解が図られた後、1998 年 6 月に連邦最高裁. 年間を基準として、NEA, 1969 ~ 1995 より各被助. 判所において合憲との判決が確定し、審査パネルの. 成団体の NEA 助成の実績を著者が集計した。演劇. 判断を覆し NEA 議長および NCA が当該アーティ. 団体の本拠地公演に対する助成のみを対象とし、巡. ストへの助成を控えた事と、NEA 設立法の decency. 回興行プログラムや養成・アウトリーチプログラム. clause とはいずれも合憲であるとされた(Bezanson,. への助成実績は除外した。. 2009, pp.7-49) 。. 17) 1 年おきに、 「絵画、素描、版画、印刷アート、. 22) 第 3 期の 1984 年において、 「問題のある」作品. コンセプチュアル・アート、 パフォーマンス・アート、. への NEA 助成について議員からの抗議書簡が届い. ビデオアート、新ジャンル」と「写真、彫刻、工芸」. た際にも、ここで使用されたものとほぼ同一の論理. とを交互に助成した(NEA, 1984, p.259; 1985, p.230;. によって、NEA 議長は助成の正統性を主張してい. 1986, p.171) 。他にも、C を目的とする、公共の場. る。 「 『芸術性』に基づき『専門家』が申請書を評価. のアート作品プログラムを縮小し、18 に細分化さ. したものであると説明し、助成対象の表現内容への. れていた全プログラムを 5 のプログラムに統合する. 規制を一切禁じている NEA の設立法を引用した」. など、1982 年度以降の美術部局においては B を目. (Marquis, 1995, p.213) 。. 的とするプログラムへの重点化が図られた。. 23) この結果として、NEA から州レベルの文化振興. 18) 1980 年度より、特別プログラム部局はインター・. 機関に直接支給される助成額は一時的に増加した. アーツ部局と改称された(図 5) 。. ものの、1996 年度以降の NEA 予算の大幅削減によ. 19) 加えてこの時期から、舞台芸術団体の招聘公演. り、州レベルの文化振興機関が利用できる予算額. を企画して地元観客に提供する「プレゼンター」と. も激減することとなった。また州・地方政府レベル. 呼ばれる文化団体が各地に創設されはじめた。その. の文化振興における文化政策では、従来 A と C の. ため、プレゼンターや類似のフェスティバル形式の. 政策が主流であり、B はほとんど存在しない状況で. 公演を行う団体への NEA 助成が増加することとな. あった(Lowell, 2004, pp.7-8; Arian, 1989, pp.74-102. り、それらのプログラムはインター・アーツ部局が. 等を参照) 。そのため第 4 期の NEA において、B を. 担当することになっていった。. 目的とするプログラムが大幅削減となった際に、そ. 20) 1980 年代後半より、マスメディア上の暴力的・. の B の領域のプログラムを州・地方政府レベルの. 性的表現への規制を求めてきたキリスト教保守派が. 機関が NEA から引き継いで実施するというような. 中心となり、連邦議会議員に対し組織的に反 NEA. 事態は起こらなかったといえる。実際、1990 年代. キャンペーンを繰り広げたことも、NEA をめぐる. 前半の NEA 論争の加熱によって、州の文化振興機. 論争が長期化する要因となった(Hunter, 1991) 。. 関においても「問題のある」作品への助成は控える. 21) 第 4 期においては、NEA による「問題のある」. よう法改正する州もあった(Free Expression Policy. 団体・アーティストへの措置が法廷において争われ. Project, 2003, pp.36-40, 44) 。なお、1980 年代初頭の. 30.

(15) [論文] アメリカにおける文化創造政策の挫折. NEA による Local Arts Program の開始によって、地. Art, Public Culture, and the State, Washington, D.C.:. 方政府レベルにおいて多くの文化振興機関が設立さ. Woodrow Wilson Center Press, 2007, pp.171-196.. れたが(Grantmakers in the Arts, 2018, p.3) 、プログ. Bolton, R. ed., Culture Wars: Documents from the Recent. ラム内容の詳細や変遷については一貫したデータが. Controversies in the Arts, New York: New Press, 1997.. 存在しておらず、本稿においては、NEA の文化政. Bourdieu, P., La distinction: critique sociale du jugement,. 策との長期にわたる連関を明らかにすることができ. Paris: Minuit, 1979(Distinction: A Social Critique of the. なかった。また、第 3 期に NEA から州・地方レベ. Judgment of Taste, Cambridge: Harvard University Press,. ルに移管された C の政策を目指すプログラムのそ. 1984, translated by R. Nice). ———, Les Règles de l 'art, Paris: Éditions du Seuil, 1992. の後についても、明らかにできなかった。それらは. ( Rules of Art: Genesis and Structure of the Literary. 今後の課題としたい。. Field, Cambridge: Polity Press, 1996, translated by S. Emanuel). Brenson, M., Visionaries and Outcasts: The NEA, Congress,. 参考文献. and the Place of the Visual Artist in America, New York:. Abbing, H., Why Are Artists Poor? The Exceptional Economy of the Arts, Amsterdam: Amsterdam University. The New Press, 2001. Burger, P., Theorie der Avantgarde, Frankfurt: Suhrkamp. Press, 2002. American Symphony Orchestra League, Report on. Verlag, 1974( Theory of Avant-Garde, Minneapolis:. Survey of Opinions of Governing Boards of Symphony. University of Minnesota Press, translated by M. Shaw,. Orchestras on the Role of the Federal Government in. 1984). Cummings, M. C. Jr., and R. S. Katz, The Patron State:. the Arts, June 21,1962, Charleston, WV: American. Government and the Arts in Europe, North America, and. Symphony Orchestra League, 1962. ———, 1968-1969 Comparative Report, Major Symphony. Japan, New York: Oxford University Press, 1987. Cummings, M. C. Jr., and J. M. D. Schuster eds., Who 's To. Orchestras, Vienna: American Symphony Orchestra. Pay for the Arts?: The International Search for Models. League, 1970. ———, Major Symphony Orchestras'1974-75 Comparative. of Support, New York: ACA Books, 1989. Cunningham, S.,“Trojan Horse or Rorschach Blot? Creative. Report, Vienna: American Symphony Orchestra League,. industries discourse around the world,”International. 1975. 青野智子「 『芸術』でも 『娯楽』でもなく―アメリカ合. Journal of Cultural Policy, Vol.15, No.4, 2009, pp.375-. 衆国におけるリージョナルシアターの公共性」 『演. 386. DiMaggio, P. J.,“Cultural Entrepreneurship in Nineteenth-. 劇映像学 2008』第 1集, 2008年, 395-440ページ.. Aono, T.,“The Foundations of American Regional Theatre,”. Century Boston,”in Nonprofit Enterprise in the Arts:. Ph.D. diss., Graduate School and University Center, City. Studies in Mission and Constraint, New York: Oxford. University of New York, 2010.. University Press, 1986, pp.41-61. Ford Foundation, The Finances of the Performing Arts,. Arian, E., The Unfulfilled Promise: Public Subsidy of the. Volume 1, New York: Ford Foundation, 1974.. Arts in America, Philadelphia: Temple University Press,. ———, Sharp and Flats: Report on Ford Foundation Assistance. 1989.. to American Music, New York: Ford Foundation, 1980.. Bezanson, R. P., Art and Freedom of Speech, Urbana and. Free Expression Policy Project, Free Expression in Arts. Chicago: University of Illinois Press, 2009.. Funding: A Public Policy Report, New York: Free. Binkiewicz, D. M., Federalizing the Muse: United States Arts Policy and the National Endowment for the Arts,. Expression Policy Project, 2003.. 1965-1980 , Chapel Hill and London: University of North. 後藤和子・勝浦正樹編 『文化経済学』有斐閣, 2019年.. Carolina Press, 2004.. Grantmakers in the Arts, Arts Funding at Twenty-Five,. ———,“A Modernist Vision: The Origins and Early Years. Bronx: Grantmakers in the Arts, 2018.. of the National Endowment for the Arts’Visual Arts. Gray, C.,“Commodification and Instrumentality in Cultural. Program,”in C. N. Blake ed., The Arts of Democracy:. Policy,”International Journal of Cultural Policy, Vol.13,. 31.

参照

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