ボ ン 教 調 査 報 告
-ポク ス ン ド湖 周 辺 に お け
る-氏
家
昭 夫
1972年 の4月 ∼5月 の 約1カ 月 間 、 筆 者 は 西 ネ パ ー ル の ボ ク ス ン ド湖(Phok-sumdo Tal(周 辺 に お け る ボ ン教(Bon po)寺 院 と信 仰 の 実 態 調 査 を行 な っ た 。 こ の 地 方 は 地 形 的 に 北 方 に 位 置 す る ドル ポ(Dalpo)地 方 と 、 交 易 や 文 化 交 流 に よ っ て 密 接 な 関 係 を も っ て い る 。 ドル ポ 地 方 は 古 くか ら ラ マ 僧(bla ma)の 活 躍 が 知 ら れ て お り、 現 在 で も 多 くの ラ マ 教 や ボ ン教 の 寺 院(dgon pa)の 存 在 が 報 (1) (2)
告 され て い る 。 ドル ポ地 方 に ラマ教 が栄 え た15・6世紀以 降 、 この ボ クス ン ド地
方 に もラ マ教 と と もに ボ ン教 が伝 播 し、各 地 に ボ ンの 寺 院 が建 て られ た もの と
思 われ る。 と くに ボ クス ン ド湖 は風 光 明媚 な地 で あ り、 気 候 も良 く生 活 に も適
マの ラし て い る。 ま た神 秘 的 な 湖 は 、 ナ ー ガ(natga)や 悪 魔(mala)の
伝 説 を多 くもっ
ボ ン教 徒 に とっ て、 かれ らの宗 教 を実 践 す るに格 好 の地 で あ っ た と思 わ れ る。
現 在 で は、 ドル ポ地 方 の ラマ教 や ボ ン教 も衰 退 して い る よ うで あ るが 、今 回 の
調 査 で も、 各 寺 院 は わず か に1人 か2人 の住 僧 で細 々 と守 られ て い る状 態 で あ
る こ とや 、 盛 時 の面 影 を伝 え る もの は、 荒 廃 した寺 院 や チ ョル テ ン(chos rten)
の 彫 刻 や 壁 画 等 の美 術 のみ で あ る こ とが判 明 した。 調 査 は種 々 の事 情 か ら、 ボ
クス ン ド湖 周 辺 の リン モ とプ ンモ部 落 の2寺 院 と、 パ レの2寺 院 の み に 限 られ
た 。 以 下 は右 の各 地 ・各 寺 院 の ボ ン教 等 の実 態 ・調 査 の概 略 とプ ンモ の 寺 院 で
え た ボ ン経 典 の 内容 紹 介 で あ る。
(1) ボ ン教 等 の 調 査 概 略
リンモ とプ ンモ
(3) ボ ク ス ン ド湖 は 、 地 方 都 市 ジ ュ ム ラ(Jumla)よ りベ リ川(Bheri)に 沿 っ て 東 上 徒 歩5日(約50マ イル)で ド ゥネ(Dunyer)に 至 り、 さ ら に ス リ ガ ー ド(Suli-gad(に 沿 っ て 北 上 徒 歩3目(約15マ イル)の 地 点 に あ る 。 東 北 に ダ ウ ラ ギ リ ボ ン 教 調 査 報 告 -ボ ク ス ン ド 湖 周 辺 に お け る --95-密
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(Dhaulagiri)の 雄 峯 が そ び え 、 屹 立 し た 雪 の連 山 に 囲 ま れ た 清 く美 し い 湖 で あ る 。 こ の 湖 の ほ と り に 戸 数 約20戸 の カ ン パ 族(Kham pa)の リ ン モ(Ringmo; Ringmigaon)部 落 が あ り、 言 語 ・風 俗 習 慣 と も に チ ベ ッ ト人 と変 ら な い よ う に 思 わ れ た 。 村 の 入 口 に あ る カ ニ チ ヨル テ ン(kani chos rten)は 古 び て い た も の
(4) の 、 塔 内 の 壁 画 や 天 井 画 は す で に紹 介 され て い る と お りに 美 し く立 派 な も の で あ っ た 。 壁 画 は8体 の 尊 像 を 無 数 の 禅 定 仏 で と り囲 ん で い る が 、8尊 は 金 剛 界 の5仏 と過 去 ・現 在 ・未 来 の3仏 に 比 定 さ れ る。 す な わ ち 北 側 の 壁 に 三 昧 印 の 阿 弥 陀 仏 (身体 は赤 で左 側)、 與 願 印 の 宝 生 仏(黄 、右)、 東 側 に 触 地 印 の 阿 閤 仏(青 、左)、 説 法 印 の 燃 灯 仏(白 、右)、 南 側 に 説 法 印 の 弥 勒 仏(赤 、左)、 触 地 印 の 釈 迦 仏 (白 、右)、 西 側 に 触 地 印 の 毘 盧遮 那 仏(白 、左)と 施 無 畏 印 の 不 空 成 就 仏(緑 、 右) が み と め られ る 。 天 井 は9つ に 区 切 られ て い て 、 真 ん 中(全 体 の 中央)の 部 分 の 中 心 に 「輝 く宝 石 」(nor bu bod hbar)の 象 徴 と4体 の 最 高 神 の 化 身 の マ ン ダ ラ が 画 か れ て い る 。 他 の8の 区 画 に は 、パ ドマ サ ン バ ヴ ァ(Padmasambhava 蓮華 生(、 ワ ー サ イ(dbar gsas)、 ガ ル ダ(garuda)を 中 尊 と す る種 々 の マ ン ダ ラ が 描 か れ て い る 。 そ れ ら の 詳 細 は 、 す で に 報 告 さ れ て い る 通 りで あ る。
こ の 村 の ゴ ンパ(dgon pa)は 、 民 家 よ り1マ イ ル 離 れ た 湖 の 東 岸 に 建 て られ て い る 。 数 戸 の 建 物 か ら 構 成 さ れ て お り、 住 僧 は ドル チ エ キ ャ ン チ ェ ン(rD・ rje rgyan can(師 の み で 、 他 に 寺 番 が 数 人 い る 。 堂 内 の 主 尊 は 「勝 利 の 王 」(rnam par rgyal ba)で 、 他 に シ バ ラ マ(zhi ba bla ma)、 サ シ ゲ ー テ ン ジ ン(sangs rgyas bstan hrdzin)等 が 杞 ら れ て い る 。 ま た 壁 に は ボ ン教 の 開 祖 で あ る 偉 大 な シ エ ン ラ ブ(ston pa gshen rab)や へ 一ル カ(heruka)に 比 定 さ れ る ワ ー サ イ(dbal gsas) が 画 か れ て い る 。 ポ ン モ(Pungmo; Pudamigaon)は 戸 数 約20戸 の カ ン パ 族 の 村 で ボ ク ス ン ド湖 (6) よ り西 に 徒 歩 で 半 日行 程 の 所 に あ る 山 間 の 村 で あ る 。 村 の 周 辺 に 大 小6基 の チ ョル テ ン(chos rten)が 建 て られ て い る 。 そ の 中 の3基 に は 、 リ ン モ の カ ニ チ ョ ル テ ン と同 様 の 荘 飾(壁 画)が な され て い る 。 ゴ ン パ は 村 の 西 方 徒 歩 約2時 間 の 地 点 に あ り、住 職 め リ ン ポ チ ェ(rin po che)と 助 僧 の2人 が 住 ん で い る 。本 堂 の 正 面 に3基 の 小 塔 を飾 り、 そ の 左 右 に 大 き な 坐 像 の 釈 迦 仏(sangs rgyas bcom
-94-ldan hdas(と 蓮 華 生(gu ru rin po che)を 祀 っ て い る 。 釈 迦 仏 は トン パ シ エ ン ラ ブ に 比 定 され る も の で あ る 。 読 諦 の経 典 中 も っ と も 重 要 な も の は 「幸 い を あ つ める 光 明 の 宝 経 」(mdo nor bu hod hbar yung drung hkhi1 ba)で 、15章 か ら な る 。 内 容 は 後 述 す る ご と く、 ト ンパ シ ェ ン ラ ブ が ア シ ャ サ ン ワ(ba zha gsang ba)の 請 問 に 答 え て 、 ボ ン教(yung drung)を 信 じ る こ と に よ っ て 幸 福 や 財 を え て 正 覚
を 円 満 す る 云 々 と 説 く。 こ の よ うに 最 高 の 理 想 を正 覚(sangs rgas; buddha)で あ る と し 、 そ れ を え る た め に 空 性(stong fiid)を 悟 り無 常 を 実 践 す る 等 と説 くな ど 大 乗 仏 教 の 教 義 に も とつ い て教 説 を展 開 し て い 一る こ と が 分 る 。 こ の よ うに こ の 地 方 の ボ ン教 は 図 像 的 に も教 義 的 に も ラ マ 教 の 影 響 を 受 け た 結 果 、 ボ ン教 の 独 自 性 は き わ め て 希 薄 と な っ て い る こ と が 理 解 さ れ る 。
パ レ
パ レ(phar la; NP. Bajbara)は べ リ川 を は さ ん で タ ー ラ コ ッ ト(Tarakot)の 真 向 の 対 岸 に あ る 三 っ の 集 落 か ら な る 。 ポ ン モ よ りス リ ガ ー ド を下 っ て ド ゥネ に 至 り、 そ こ か ら徒 歩 に て1日 行 程 の 所 で あ る 。 戸 数 は3村 を合 す と70戸 程 で あ り、 マ ガ ル 族(magar)の 住 民 は チ ベ ッ ト語 を母 語 の よ うに 話 す 。 古 い ゴ ンパ は 3集 落 の う ち も っ と も 高 方 の 村 の 中 央 に あ る 。 住 職 の ノ・クパ ラ マ(lhak pa bla-(8) ma)師 は 、 農 業 を 兼 業 と し て い る 。 本 堂 の 内 部 は 広 く 荘 厳 も 立 派 で あ る 。 本 尊 は 中 央 に 坐 像 の 釈 迦 牟 尼 を ま つ っ て い る が 、 こ れ は い う ま で も な く ボ ン 教 の 開 祖 で あ る ト ン パ シ ェ ン ラ ブ(ston pa shen rab)で あ る と 信 じ ら れ て い る 。 そ の 右 手 の3体 の 尊 像 は タ ン マ メ ー ト ム(thangma me sgron清 浄 な る光 明)、 ワ ー サ イ(dbal gsas)、 ノ・一 コ ト ク パ(lha god thog paト ク パ 神)で あ る 。 周 囲 の 壁 に も ボ ン 教 の 多 く の 神 々 が 画 か れ て い る 。 そ の な か 主 な も の は 、 左 の 壁 に ト ン バ ナ ム カ(dron ba nam mkhah天 の 導 師)、 ツ ェ オ ン リ ン ジ ン(tshe dbang rig dzin長 命 智 者)、 ツ ォ ー ジ ョ(gtso mcog最 高 主)、 キ ュ ン マ ル(khyung; garuda)な ど の 神 格 が み と め ら れ る 。 右 壁 に は セ ー テ ィ エ ル サ ン(sa trig yer sangs清 浄 無 垢)、 シ ェ ン ラ オ ー カ ル(gshen lha hod dkar白 光 神 シ ェ ン)、 サ ン ボ ブ ン テ イ(sang Po bum khri 十 億 清 浄)、 ト ン パ シ ェ ン ラ ブ(stonpa shen rab)、 ア シ ャ サ ン ワ ド ン ド ゥ イ(ha sha gsang ba mdo bsdudト ンパ シ ェ ン ラ ブ の 弟 子)な ど の 神 々 が み と め ら れ る 。 こ の よ う に 多 く の ボ ン 神 が 色 彩 も 鮮 や か に 一 堂 内 に 描 か れ て い る 様 は 、 ま っ た く 見 事 と い う 感 じ が し た 。 こ の 村 の 内 外 に は 多 く の チ ョ ル テ ン が 建 て ら れ て い て ボ ン 教 調 査 報 告 -ボ ク ス ン ド 湖 周 辺 に お け る -
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教
文
化
(9) 内 部 の 壁 画 も立 派 で あ り、 こ の 辺 りで は ボ ン教 の 信 仰 が も っ と も 盛 ん な 所 で あ る と 思 わ れ た 。 パ レの も う一 つ の ゴ ン パ は 、 ドグ ン ゴ シバ(hclod dgu g.)と よ ば れ 、 現 在 の 住 職 ツ ゥブ ギ ャ ル チ ェ ン(tshub rgyal mtshen)師 が1962年 に 建 て た も の で あ る 。 こ の 人 は 右 の ユ ン ド ゥ ン シ ュ ワ サ ル ゴ ンパ の バ ク パ ラ マ 師 の 伯 父 に あ た る 。 今 は 亡 き 父 を 師 と し 、 ドル ポ の サ ム リ ン ゴ ンパ(bsam gling dgon pa)の シ ェ ロ テ ン ジ ン(shes rab bstan hrdzin)師 よ りボ ン教 の 伝 持 を 受 け た 由 で あ る 。 堂 内 の 正 面 に ト ンパ シ ェ ン ラ ブ 、 ク ン ド ゥサ ン ボ(kuutu zang po普 賢)、 ツ ェ ー バ ー メ ー (tshe dpag med阿 弥 陀)等 の 小 像 を ま つ り、 壇 上 に は 六 器 や 花 が 飾 られ て あ っ(10)
た 。 読 諦 の 経 典 に は っ ぎ の よ うな も の が あ る。
0 snyan brgyud shiba a gsal hphrul gyi lde mig.
0 tshe dbang mchog hdus gyi nye mkho lag len bdud drtsi bul bzan.
3 rig hdzin tshe dban mchog hdus tshe hi grub pahi gzhun bzhugs.
経 題 か ら判 断 す る と、(1)は秘 密 の教 え を開 く鍵 とな る も の で あ り、(2)と(3)は
いず れ も長 寿 を願 い 、 そ れ を成 就 す る教 え を説 く もの と思 わ れ る。
そ の 他
(11)
(1)ター ラ コ ジ ト(Tarakot)ド ゥネ よ りベ リ川 に沿 っ て 東 上 約10マ イ ル の 地 点 に あ る 部 落 で 、 サ ガ ル タ ラ(Sagartara)、 トパ ラ(Tupara)、 ツ ォ ン マ(Dzong ma)、 ダ イ サ(Densa)の4村 か ら な る 。 住 民 は マ ガ ル 族(magar)で あ る が 、 チ ベ ッ ト 語 を話 す 。
サ ガ ル タ ラ の ゴ ンパ は サ ム デ リ ン ゴ ン パ(Samdeling g)と い い 、 村 の 上 方 に あ る ニ ン マ 派(rnying ma pa)の 寺 で あ る 。 古 び た 粗 末 な 寺 で 、 堂 内 の 中 央 に グ ル リ ン ポ チ ェ(Guru rin po che)を 安 置 し 、 そ の 左 右 に 釈 迦 仏 、 チ ャ ンバ カ ン ポ (byams pa mgon po弥 勒)を ま つ る 。 ダ イ サ の 民 家 は 数 軒 し か な く、 ゴ ン パ 内 の 主 尊 は グ ル リ ンポ チ ェ 、 ツ ェ ー バ ー メ ー(tshe dpa med)、 チ ェ ン レー シ ー(spyan-ras gzigs)で あ る 。 こ の 村 に2基 の 大 き な チ ョル テ ン(chos rten)が あ り、 そ の 一 つ は 高 さ 約4メ ー トル で 形 は リ ン モ や ポ ン モ の カ ニ チ ョル テ ン と 相 似 し て い る 。 最 下 段 の 東 西 南 北 の4面 に 天 女 、 ガ ル ダ(garuda)、 馬 、 象 の 模 様 が 描 か れ て い る 。 他 の 一 つ は チ ョル テ ン の 内 部 に 仏 の 目 を も つ ス ト ゥー パ(stupa)が あ り、 そ の 周 囲 を巡
-92-回 で き る よ う に な っ て い た が 、 最 近 は ほ と ん ど参 詣 す る者 も な い よ うで か な り 荒 廃 し て い た 。 ダ イ サ よ り 約 半 マ イ ル 下 っ た と こ ろ に ゴ ンパ タ ラ(gonpatala)と よ ぶ 約20戸 の 集 落 が あ り、 村 の 中 央 に ア ク シ ョー ブ ヤ(aksobhya阿 閾仏)を ま っ る ゴ ン パ が あ っ た が 、 住 僧 が 不 在 の た め 、 中 に入 れ な か っ た 。 ツ ォ ン マ 村 に は カ ニ チ ョル テ ン が2基 あ り、 内 部 の 壁 に は5仏 や 釈 迦 仏 を 配 し、 天 井 に は 種 々 の 種 子 マ ン ダ ラ が 画 か れ て い る 。 (12) (2)サ ン ドル(Sandul)タ ー ラ コ ッ ト よ りベ リ川 沿 い に 北 東 に4マ イ ル 上 っ た と こ ろ 、 ベ リ川 と タ ラ ッ プ コ ー ラ(Tarap khola)と の 合 流 地 点 に あ る 無 人 村 で あ る(数 軒 の民 家 が あ った が 人影 け見 られ なか った)。 た だ し ゴ ンパ に は 年 老 い た 僧 と そ の 縁 者 が 数 人 住 し て い る 。 本 堂 内 は 広 く、 中 央 に グ ル リ ン ポ チ ェ が ま っ ら れ て い る 。 そ の 裏 に 奥 陣 が あ っ て 中 央 に16羅 漢 の 脇 侍 を も っ 弥 勒 仏 、 右 に 釈 迦 牟 尼 、 左 に マ ノ・ー カ ー プ(mahakara)の 大 き な 像 が あ る 。 堂 内 は グ ル リ ン ポ チ ェ 、 阿 弥 陀 、 宝 生 な ど の4仏 を は じ め 十 一 面 観 音(bcu gcig shal)、 マ ノ・一 カ ー ラ 等 の 壁 画 で 荘 厳 され て い る 。 寺 の 周 囲 に は 多 く の 石 塔 や マ ニ 塚 が あ り、 古 い 建 物 の 跡 も 残 っ て い る 。 こ の 地 は 今 は 人 影 も な く さ び れ て い る が 、 往 時 に は ラ マ 教 文 化 が 栄 え て い た こ と を偲 ば せ る も の が 多 い 。 (13) (3)テ ィ ブ リ コ ッ ト(Tibrikot)ベ リ川 中流 域 に あ る ヒ ン ズ ー 教 の 村 で 、 東 の 岡 の 上 に マ ノ・一 デrヴ ァ(mahadeva)を ま つ る ト リ プ レ シ ュ ワ リ ー ・マ ン デ ィ ル(Tripuresvarl mandhir)が 建 て ら れ て い る。 赤 い レ ン ガ の 建 物 で 、 真 ん 中 に 四 角 錐 の と が っ た 屋 根 が あ り、 遠 く か ら見 る とお と ぎ の 国 の 城 の よ うな 感 じ が す る 。 戸 数 は 約50戸 で 住 民 の 多 く は マ ガ ル(magar)族 で あ る が 、 パ フ セ(bahun) や チ エ トリ(chetri)系 の 住 民 も い る 。 こ の あ た りが ヒ ン ズ ー 教 の 上 限 で 、 こ れ は お そ ら く南 部 の タ ラ イ(Talai)地 区 か ら テ ィ ラ川(Tila kh. )、 ベ リ川(Bheri kh. )
を通 じ て ヒ ン ズ ー 文 化 が 北 上 し て こ こ に い た っ た も の で あ ろ う。 テ ィ ブ リ コ ッ ト よ り東 の 山 道 に 入 る と、 チ ャ ラ 、 パ ー ラ(Para)、 ジ ャ コ ッ ト、 バ ン ダ レイ (Banathari)と い っ た 村 々 が 山 腹 に 点 在 し て い る 。 住 民 は チ エ ト リや マ ガ ル が 多 く、 ヒ ン ズ ー 教 の マ ハ ー デ ー ヴ ァ や(例 、バ ンダ レ)、 マ ス タ ー(masta)と い う (14) 土 着 の 神 を 信 仰 し て い る 。 こ れ は シ ャ ー マ ニ ズ ム 信 仰 の1種 で あ る と報 告 され て い る 。 ま た 村 の 各 戸 に ダ ウ リ ヤ(dhauliya)と よ ば れ る木 の 偶 像 を 立 て る 習 慣 ボ ン 教 調 査 報 告 -ボ ク ス ン ド 湖 周 辺 に お け る -
-91-密 教 文 化 (15) が み ら れ る 。 苓 の は 魔 除 け の1種 で 、 災 難 や 病 気 で 亡 く な っ た 人 々 の 霊 か ら 家 人 を守 る 役 目 を す る と い う。 (4ノジ ュ ム ラ(Jumla)カ ル ナ リ(Karnali)地 区 の 行 政 の 中 心 地 。 住 民 は チ エ ト リ系 が 多 く、 そ の 他 に ネ ワ ー ル(newar)、 マ ガ ル 、 チ ベ ッ ト系 の 人 々 が 住 み 、 人 種 構 成 は 複 雑 で あ る 。 そ れ は こ の 地 が 行 政 や 文 化 の 中 心 地 で 、 最 近 は 空 港 も で き た と こ ろ か ら 、 周 辺 地 区 よ り人 口 の 流 入 が 増 加 し て い る た め で あ る 。 宗 教 は 町 の 中 央 に ビ シ ュ ヌ(visnu)と バ イ ラ ワ(bhairava)を ま つ る ゴ ー ラ ク シ ャ (Goraksa)寺 院 が あ り、 ヒ ン ズ ー 教 の 信 仰 が 盛 ん で あ る 。 こ の ジ ュ ム ラ に 、 中 (16)
世 の マル ラ王 朝 時 代 に仏 教 が 栄 え て い た こ とが報 告 され て い る が、 現 在 の ジ ュ
ム ラ には 仏 教 遺 跡 の 痕 跡 す ら見 出 す こ とが で き な レ
曾。 か つ て こ の地 た栄 え て い
た仏 教 は 、 南 部 か らの 圧 倒 的 な ヒ ンズ ー教 の勢 力 に よ っ て、 近 世 以 降 完 全 に駆
逐 され て しま った もの で あ ろ う。
(2). ボ ン経 典 の 紹 介
こ こに 紹 介 す る経 典 は 先 述 の ご と く、 筆 者 が ポ ンモ の僧 院 を訪 れ た際 撮 影 を
ス ワステ イ カ許 され た もの で 、経 名 を 「幸 福 をあ つ め る光 明 の宝 経 」 と名 づ け る。 筆 者 の将
(18) 来 本 は 第1章 か ら 第15章 ま で で 終 っ て お り 、 章 題 は っ ぎ の と お り で あ る 。 (1)主 題 を 問 う 章(greng gzhi zhu Pahi lehu)(2)有 情 の た め に ボ ン を 説 き 心 を 生 ぜ し め る 章(hgro rnams don du bon bshed cin sems skyed pahi lehu)
(3)心 生 起 の 修 習 次 第 の 章(sems skyed bsgom rim gyi lehu)
(4)完 全 円 満 な る 悟 り(を え る た め(の ダ ー ラ ニ ー の 章(mngon par rdzogs sans rgyas pa hi gzunlgs kyi lehu)
(5)(煩 悩 の)害 毒 を 破 る た め の ダ ー ラ ニ ー の 章(gdug rtsub hjoms byed gzungs kyi lehu)
(6)長 寿 と 富 財 を ま す ダ ー ラ ニ ー の 章(tshe nor Iongs spyod hPhel bahi gzungs kyi lehu)
(7)世 間 を 越 え る 捏 葉 の ボ ン の 章(hkhor hdas myan hdas bon gyi lehu) (8)諸 マ ー ラ を 征 服 す る 章(bdud rnams hdul bahi lehu)
(9)広 大 清 浄 な る ダ ー ラ ニ ー の 章(yangs gsang rnam dag gzungs kyi lehu)
-90-(19)
(10)チャ の 国 を安 泰 に す る 章(phya khams bde la bkod pahi lehu) (11)ナー ガ に た い し て 無 常 に よ る 彼 岸 の 悟 り を 説 く章(klu la mi rtag mthar
Phyin sa n gs rgyas bshed pahi lehu)
(12)悪魔 の ナ ー ガ を し ず め て 、 ナ ー ガ た ち を 安 泰 に す る 章(klu bdud hdul zhing khu rnams bde la bkod pahi lehu)
(13)偉大 な る ト ンパ シ ェ ン ラ ブ に 一 切 の ナ ー ガ た ち が 集 っ て 財 を成 じ 、 普 集 せ る も の を与 え る 広 大 な 秘 密 の ダ ー ラ ニ ー の 章(rgyal mchol ston pa gshen rab la klu rigs thams cad kun hdus nas dng0s grub kun hdns phul ba yis yangs gsang gzungs khi lehu)
(14)不可 思 議 な る 功 徳 を よ く生 ず(と い う(章(legs bbyung yon tan e ma 二ngo mtshar gyi lehu)
(15)吉祥 な る 大 誓 願 を 発 す(と い う)章(bkra shis sm-on lam rgyas hdebs kyi lehu)
第1章 は 冒 頭 に経 名 が 説 か れ 、 こ の 経 典 は ボ ン神 の 言 葉 で 「ア ・カ ル ・ヒ ィ ・ギ ・チ ョー ・ ミ ン ・サ ン 」(a dkar hri gi chyo min sangs)云 々 と い わ れ 、人 間 の 言 葉 で は 「如 意 宝 珠 光 宝 タ ン ト ラ 」(yid bzhin nor bu hod hbar tantra)と よ ば れ る と す る 。 ま ず ト ンパ シ ェ ン ラ ブ と ア シ ャ サ ン ワ に 帰 依 文 が 捧 げ られ 、 同 様 に ラ マ(bla ma)と イ ー ダ ム(yi dam)と ダ ー キ ニ ー(mkhah hgro)の 三 身 に 帰 依 す る と あ る 。 経 の 説 処 は 王 蓮 華 の 入 葉 に 比 す べ き 入 法 輪 の 聖 地 オ ル モ(hor-mo)の 九 峯 の 一 角 で 、 ス ワ ス テ ィ カ(gyung drung; svastika)が 輝 や く洞 穴 に お い て ア シ ャ サ ン ワ が 世 界 を 抱 擁 す る 三 昧 を 行 な う。 す る と 智 恵 が 太 陽 の ご と く 輝 や き 、 か れ に よ っ て 無 数 の 有 情 世 界 が み ら れ る。 人 ・天 ・阿 修 羅 、 欲 界 ・色 界 ・無 色 界 、 畜 生 ・餓 鬼 ・地 獄 の 世 界 や 、 善 悪 ・尊 卑 ・大 小 等 の 世 界 、 ま た 勝 者 や 敗 者 、 富 者 や 貧 者 、 若 者 や 長 寿 者 や 正 覚 者 に い た る ま で の 差 別 の 世 界 に お い て 、 そ れ ぞ れ 生 ・老 ・病 ・死 に 悩 む 一 切 有 情 の 姿 が み られ た 。 そ こ で ア シ ャ サ ン ワ は 非 常 に 悲 しみ 、 か れ は す べ て の 有 情 が 解 脱 道(thar bahi lam)に 導 か れ な け れ ば な ら な い と考 え る 。 こ こ で 不 可 思 議 な る神 通(rdzhu; riddhi)に ょ っ て 、 33天 に住 む トン パ シ ェ ン ラ ブ を は じ め と し て4人 の 童 子(khihu)と250人 の シ ェ ン テ ン(gshen phran)が 有 情 世 界 に 降 臨 す る こ と と な る。 そ し て ボ ン の 最 高 の 法 閃 で あ る 光 明 の 宝 が 衆 生(hgro rnams)を 解 脱 に 導 くた め に 請 問 さ れ る こ と ボ ン 教 調 査 報 告 -ボ ク ス ン ド 湖 周 辺 に お け る-
-89-密 教 文 化 に な る 。5人 の シ ェ ン テ ン は 、 シ ェ ン ラ ブ に た い し て 各 自 の 出 自一 神 ・ナ ー ガ な ど の 高 低 一 を 告 げ 、 自 分 た ち が ぞ くす る 国 に き て ほ し い と頼 む。 そ こ で ト ン パ シ ェ ン ラ ブ は 、5人 に た い し て 、 各 々 が 智 恵 す ぐ れ 虚 空 の ご と く清 浄 で あ り、 ボ ン の 法 輪 を転 じ て 有 情 を解 脱 に 導 く こ と が で き る の で あ る か ら、 わ ざ わ ざ 自 分 が 出 か け る必 要 は な い と一 旦 は 断 る 。 しか し再 度 の 申 し 出 に 、 か れ ら が 徳 を そ な え 、 方 便 に 巧 み で ボ ン を知 り請 問 を よ くす 、 と 嘆 じ て か れ ら の 出 身 国 を 問 う。 そ し て5人 が ア シ ャ サ ン ワ に よ っ て 派 遣 され た こ と を知 り、4入 の 童 子 と 250人 の シ ェ ン テ ン を と も な っ て 、か れ の 住 む 聖 な る岩 山(gsang blag)に 出 か け て い く。 ア シ ャ サ ン ワ は20人 の 弟 子 た ち と と も に 、 か れ ら を 種 々 の 供 養 具 を手 に と っ て 盛 大 に 出 迎 え た 。 そ し て ト ンパ シ ェ ン ラ ブ に 、 無 数 の 有 情 を解 脱 に 導 くボ ン の 光 明 の 宝 を教 え て くれ る よ う に 頼 む 。 そ こ で 有 情 の 唯 一 の 父 で あ り、 無 明 の 闇 を 照 らす 一 切 知 者 の シ ェ ン ラ ブ は 、 光 明 の 宝 で あ る ボ ン の 法 門 を 学 習 し、 怠 らず 実 践 す れ ば 、 か な ら ず 無 上 の 悟 りを 円 満 す る(bla med rdzhogs san rgyas pa)と 説 く。 ま た ボ ン の 法 門 を実 践 す る こ と に よ っ て 、 長 寿 を え、 福 徳 を 増 大 し、 障 害 や 苦 痛 か ら 守 ら れ る 云 々 と も説 い て い る 。 最 後 に ア シ ャ サ ン ワ は ボ ン の 光 明 の 宝 を 神 々 や ナ ー ガ の 一 切 処 に お い て も、 悪 魔 か ら の が れ 、 祝 福 を 与 え る た め に 説 い て ほ し い と 請 願 し て い る 。 第2章 は ボ ン を実 践 す る こ と に よ っ て 生 じ る 種 々 の 功 徳 が 説 か れ る 。 と き に トン パ シ ェ ン ラ ブ は 虚 空 を み て 身 体 を 三 度 動 か し て 三 の 印 相(chyag rgyas(を 現
じた 。音 楽 が鳴 りひび き大 地 が振 動 した。 シ ェ ン ラ ブは身 体 に光 炎 を発 散 し、
知恵 を輝 や か した。虚 空 か ら5つ の 光 が トンパ シ ェ ン ラブ の身 中 に入 り、 多 く
の光 線 が かれ の身 体 か ら発 し、 空 に輝 い た。 そ こ で トンパ シ ェ ン ラ ブは 、 ス ワ
ス テ ィ カ は如 意 宝珠 で あ り、 黄金 の ご と く輝 や き、 宝 中 の宝 で あ る との べ て、
つ ぎ の よ うに物 語 る。
ア ス ラそ の 昔33天 に 阿 修 羅(lha ma yin)が 住 ん で い て 戦 闘 を お こ し た 。魔 女(bdud mo) は 女 神 に 変 身 し、 ま た 羅 刹 女(hdremo)は 竜 母(klu mo)に 変 身 し て 毎 日毎 夜 か れ ら は 神 々 を苦 し め た 。そ の と き ギ ャ ル ワ ー ド ン ト ゥ ブ(rgyal ba don grub)神 が 若 い シ ェ ン の 神(lha gshen gzhon nu)に 託 し て21文 字 の 手 紙 を送 っ て き た 。 そ こ で 私(=ト ンパ シ ェ ン ラ ブ(は 非 常 に 悲 し み 、 か れ ら の 苦 し み を 征 す る た め に 怒 り の 神 に 変 身 し て 、ギ ャ ル ワ ー ドン ト ゥ ブ や 他 の 神 々 に 迎 え 入 れ られ た 。
-88-そ こ で 神 々 の 宝 座 に 坐 し、 す ぐれ た(ボ ン の)法 輪 を転 じ た 。 そ うす る と阿 修 羅 や マ 一 ラ や 羅 刹 た ち は 、 戦 い を や め 平 隠 と な っ た 。 そ し て ス ワ ス テ ィ カ の 宝 (で あ る ボ ン 教)が 栄 え る こ と と な っ た 。 以 上 の ご と く語 っ た あ と、 トン パ シ ェ ン ラ ブ は さ ら に 、 ボ ン教 を 実 践 す る こ と に よ っ て 病 気 や 迷 い 、 争 い が 消 え て 長 寿 と 繁 栄 が 増 す こ と、 ま た 生 老 病 死 の 門 を過 ぎ て 無 上 の 果 を え る 云 々 と説 く。 ス ワ ス テ ィ カ の 宝 は 顕 密 二 教 を 合 す も 、 そ の 本 質 は 一 で あ る 。 法 門 は8万4千 、 煩 悩 も8万4千 で あ っ て 、 無 明 ・ 煩 悩 は ス ワ ス テ ィ カ を 理 解 し な い 誤 っ た 心 の 状 態 で あ る 。 こ の 真 実 を 理 解 す れ ば 解 脱 の 果 が 約 束 さ れ る 、 と。
ま た す ぐ れ た ボ ン を 実 践 す る 者(gyung drung bon mchog rln po the)は(マ 一 ラ の)妨 害 を ふ せ ぐた め に 、 ニ ャ ・ リ ・デ ル ・ニ ャ(na ri drel na)を100度 唱 え る べ き で あ り、 も し こ れ を注 意 深 く読 む な ら ば 中 有(bar do)が し ず ま り、 長 寿 を え 、 財 と福 徳 を 増 進 す る と説 い て い る1っ つ い て 「ス ワ ス テ ィ カ の 宝 」 を 読 み 、 書 く こ と に よ っ て 心 清 浄 と な る こ と、 し た が っ て 清 浄 な る 空 性(stong nid) に 心 を 生 じ て 清 め 、 灯 を供 え る べ き こ と な ど が 説 か れ る 。 ボ ン の 本 性(bon nid) に ま で 心 が 高 め られ 、 生 起 し た 心(sems skyed)が 清 浄 と な る と き 、 花 ・聖 水 ・ 五 物 ・七 宝 ・八 印 を 供 え る べ き で あ る 。 も し も 起 心 が 完 全 に 清 浄 と な ら な い な ら ば 、 覚 者 と な り え な い 。 一 切 の 地 獄 の 有 情 た ち も わ が 子 、 親 族 た ら し め 、 地 獄 の 苦 か ら救 済 し て ボ ン の本 性 に 心 を 高 め る 。 同 様 に 餓 鬼 ・畜 生 ・人 ・天 ・阿 修 羅 ・羅 刹 た ち の 心 を 清 浄 な ら し め 、 苦 を し ず め 、 長 寿 と福 徳 を 増 進 さ せ る 。 そ し て 完 全 な 悟 り を 円 満 さ せ る 。 こ の よ うに ボ ン の 大 士(gyung drung sems-dpah chen po)は 、 心 を か ぎ り な く清 め る こ と に よ っ て 、 果 た る 正 覚 を 円 満 す る と い う。
第3章 は 、 三 昧(ting hdzhin)の 実 践 を 説 く。 す な わ ち ト ンパ シ ェ ン ラ ブ は ア シ ャ サ ン ワ に 、 三 昧 の 修 習 次 第(ting hdzhin sgoms rims)を っ ぎ の よ う に 教 え て い る 。 「ス ワ ス テ ィ カ の 光 宝 」 を心 に 留 め よ う と す る 者 は 、最 初 に 空 性 の 境 地 に 入 り、 起 心 を 清 浄 に 保 っ 。 障 害 な く平 隠 と な り、 三 昧 を 次 第 に 修 習 し て 生 老 病 死 の 門 を破 り、 光 明 を 円 満 し て トン パ シ ェ ン ラ ブ の 自性(rang nid)を 修 す 。 っ い で 怒 りの 王(khro rgyal)た る ト ン パ シ ェ ン ラ ブ を 観 想 し て 身 体 は 炎 の 山 と み 、 炎 の 音 を声 と み る 。 そ れ に よ っ て 心 の 敵 は す べ て 征 服 され る 。 寿 命 と財 と ボ ン 教 調 査 報 告-ボ ク ス ン ド 湖 周 辺 に お け る-
-87-密 教 文 化 繁 栄 と を欲 す る と き は 、 自身 を如 意 珠 とみ る 。 ま た 神 々 や 阿 修 羅 や 人 間 お よび 地 の 神 ナ 一ガ た ち も、 す べ て 如 意 珠 を念 じ る こ と に よ っ て 、1のぞ み ど お りの 富 (1ongs sphyod)が 雨 の ご と く降 る 。 こ の よ うな 歓 喜 に 住 す る と き 、 す べ て が 等 し く悟 り を 円 満 す る の を 観 想 す る 。 っ ぎ に ア シ ャ サ ン ワ は 、す ぐれ た 「ス ワ ス テ ィ カ(=ボ ン)の 光 宝 」 が 、い か に し て 有 情 界(hgro sems can)を 解 脱 道 に 定 住 させ る か を 聞 く。 こ れ に 答 え て ト ン パ シ ェ ン ラ ブ は 「ス ワ ス テ ィ カ の 光 宝 」 を 書 き し る す 者 は 長 寿 と繁 栄 を増 す 。 こ れ を行 ず る 者 は 煩 悩 と所 知 の 障 を浄 め て 覚 者 とな る 。 な ぜ な ら 「ス ワ ス テ ィ カ の 宝 」 の 法 門 は 、 そ れ 自身 光 り輝 や く知 恵 の 灯 で あ り、 無 明 の 闇 を破 る も の で あ る か ら で あ る 。 山 の よ う な 炎 に よ っ て 外 敵 が破 壊 さ れ 、 闇 が 消 え る 。 そ し て 一 切 が 平 和 の 境 に 住 す 、 等 と説 く。 ま た ス ワ ス テ ィ カ の 光 宝 は 甘 露 の 雨 を降 ら す 。 も し こ れ を 日食 や 月 食 時 に 読 諦 す れ ば 、 中 有 の 存 在 は 平 隠 と な る。 も し 地 震 の 時 に 読 め ば 、 地 震 に よ る 破 壊 は な く な る 。 同 様 に 病 気 ・飢 二鰹 ・害 虫 に よ る 障 害 は な く な る 。 こ う し て こ の 法 門 を 毎 日忘 れ ず 読 諦 す れ ば 、 五 の 無 明 の 煩 悩 を征 し、 五 の 大 智 を そ な え る に い た る とす る 。 第4章 で は 有 情 を 解 脱 に 導 く た め の 秘 密 の す ぐ れ た ダ 一 ラ ニ ー(gzungs mchog 陀羅 尼)が 説 か れ る 。 種 々 の ダ ー ラ ニ 一(一 マ ン トラ)が 説 か れ た あ と 六 趣 の 有 情 は こ の 声 を 聞 く だ げ で 悪 趣 の 門 を 閉 じ る 。 こ れ を っ と め て 諦 す 者 は 煩 悩 の 五 毒 を脱 し て 五 智(ye shes lnga)を そ な え 、 完 全 な る 悟 り を 円 満 す る と し て い る 。 第5章 で も ボ ン の 大 士(sews dpah chen po)た ち は 、 障 碍 の 闇 を破 壊 す る す ぐ
れ た ダ ー ラ ニ ー を よ く学 ば ね ば な ら な い と 説 く。 ダ ー ラ ニ 一 を よ く憶 念 す る こ と に よ っ て 、 一 切 の 闇 や 外 敵 が 完 全 に と り除 か れ る。 ま た 病 気 や 無 知 や 争 い を 離 れ 、 現 世 と来 世 の 二 を 解 脱 し、 そ の 結 果 浄 土(bde ne; bde ba can)に 生 れ る と
い う。
第6章 も前 章 、 前 々 章 と同 様 ダ ー ラ ニ ー に よ っ て 長 寿 や 繁 栄 等 が え ら れ る と 説 く。
第7章 は 輪 廻 を こ え る ボ ン(hkhor hdas bon)、 す な わ ち 浬 葉 の ボ ン(myang-hdas bon)を 説 く。 は じ め に ボ ン(の 法 門)は 無 量 で あ る け れ ど も 、 露 な る心 性(sems nid thig le)は 一 に 融 合 す る と の べ る 。 ま た 地 大 種 は 生 ・住 ・滅 の 性 質 を も ち 年 毎 に 増 減 す る け れ ど も、 本 質 は 普 遍 で あ り、 そ れ を理 解 し な け れ ば 誤
-86-っ た 思 考 に堕 す 。 そ し て 世 俗 を越 え た ボ ン の 自 性 は 、 思 惟 を越 え た 普 遍 性 の も の(khyab bdal ngang)で あ る 。 以 下 、水 ・火 ・風. 空 の 四 大 、眼 ・色 等 の 六 根 ・ 六 境 に つ い て も 同 様 に 生 住 滅 の 性 質 を も つ が 、そ の 本 質 は 普 遍 で あ る と の べ る 。 っ い で 浬 契 と は 、 本 源(kun gzhi)が 無 我 に し て 空 智 を得 し、 無 辺 な る も の 、 云 々 と説 い て い る。 そ し て そ の よ うな 浬 葉 の 立 場 か ら眼 は 色 に 着 せ ず 、 な い し言 葉 は 語 句 と離 れ る 。 ま た 浬 契 と は 虚 空 の ご と き 慈 悲 心 で あ り、 大 施 ・大 智 ・広 大 な る般 若 ・善 な る 寂 静 の 境 界 で あ り、 ス ワ ス テ ィ カ な る ボ ン の 心 性 で あ る と い う。 第8章 は マ ー ラ(bdud悪 魔)の 害 と そ の 教 導 が 説 か れ る。 以 前33天 に お い て マ ー ラ の 争 い が あ り、 女 性 の マ ー ラ や 羅 刹 が 女 神 や 竜 母 に 姿 を 変 え て 神 々 と相 争 い 、 混 乱 が 絶 え な か っ た 。 そ こ で 神 々 の な か で ギ ャ ル ワ ー ド ン ト ゥ ブ(rgyal ba don grub)な る も の が 、 トン パ シ ェ ン ラ ブ を 招 請 し て 世 間(hgro ba)を 解 脱 に 導 き 、 害 を 去 り、 生 命 ・財 産 ・・幸 福 を増 進 す る 「ボ ン の 光 明 の 宝 」 を理 解 させ よ う と し た 。 そ こ で ト ンパ シ ェ ン ラ ブ は 怒 り の 王(khro rgyal)に 変 身 し て マ ー ラ や 羅 刹 を 牢 に 閉 じ こ め て 光 明 の 宝 を か れ ら に 与 え た 。 そ れ 以 来 ボ ン の 教 え が 33天 に 導 入 さ れ た と す る 。 っ つ い て チ ャ の 国(phya hkhanns)に 平 和 が も た ら さ れ た 物 語 が の べ られ て い マ ー ラ る。 こ こ で も悪 魔 が チ ャ 国 を破 壊 し よ う と た く ら ん で い た の で 、 ナ ン タ ン チ ャ セ(snang grangs phya slas)が トン パ シ ェ ン ラ ブ を 招 請 す る 。 そ こ で ト ンパ シ ェ
く マーフ
ンラ ブ は神 変 を行 じて チ ャ国 に達 し、 悪 魔 た ち を征 服 す る。 そ の と,
き黒 悪 魔 の
主 は、120万 の軍 勢 をか っ て チ ャ国 を 亡 ぼ そ うと して い た が 、 トンパ シ ェ ン ラ
ブ は ワル サ プ(dbar gsap)に 変 身 して雷 神 た ち を と もな って 悪 魔 の 軍 団 を征 し
た 。 こ こ で悪 魔 た ち に さ と した トンパ シ ェ ン ラ ブ の教 え に は、 業 の理 論 が織 り
こ まれ て い て興 味 深 い も のが あ る。 つ ま り トンパ シ ェ ン ラブ は 、他 人 を害 す と
か な らず そ の報 い は行 為 者 自身 に あ り、 の ち に三 悪 趣 に お ち、 解 脱 をえ る機 会
をな くす 。行 為(1as業)に
は 原 因 と結 果 が あ り、 悪 い行 為 に は か な らず罰 が あ
る。 も し も今 他 人 を害 す れ ば、 そ れ が の ち に 自身 の 苦 の原 因 と な る等 と説 く。
そ こ で マ ー ラた ち は血 と濃 の涙 を流 し、業 因業 果 を理 解 して 自分 た ち の罪 を告
白す る。 そ して トンパ シ ェ ン ラブ に現 在 お よび来 世 に わ た っ て教 護 して ほ しい
と頼 む。 以 上 の よ うに して、 トンパ シ ェ ン ラブ に よ って ボ ンの 教 えが 説 かれ て
ボ ン 教 調 査 報 告 -ポ ク ス ン ド 湖 周 辺 に お け る --85-密
教
文
化
マ ー ラ た ち が 解 脱 道 に 導 か れ た 結 果 、 有 情 は 完 全 に 安 楽 と な っ た 。
第9章 は 、 チ ャ の 国 の チ ヤ シ ェ ン カ ン ワ ウ ェ ン デ ン(phya gshen sgang ba bod ldan)に 請 わ れ て 、 トン パ シ ェ ン ラ ブ が 広 大 秘 密 根 本 ダ ー ラ ニ ー(yangs gsang rtsa bahi gzung mchog)を 説 く。
第10章 は チ ャ 国 の ナ ン タ ン チ ャ セ ワ ン ツ エ ン(snang grangs phya sras dbang btsun)が 、 トン パ シ ェ ン ラ ブ に た い し て 正 し く 完 全 な ボ ン(yang dag mthar phyin bon cig)を 説 くこ と を 要 請 す る。 そ こ で トン パ シ ェ ン ラ ブ は 、 世 間 の ボ ン
(hkhor bahi bon)と 浬 葉 の ボ ン(myang hdas bon)と に へ だ た りは な く、 そ の本 質 は 一 で あ る と説 く。 同 様 に 無 明 ・行 ・識 ・名 色 ・(六)処 等 に へ だ た りは な く 本 性 は 平 等 で あ り、 も し 異 な れ ば ボ ン の 悟 り(sangs rgyas)は な い が 、 異 な ら な け れ ば 悟 りが あ る と の べ 、 以 下 触 ・受 ・愛 ・取 ・有 に っ い て 、 ま た 生 ・老 死 ・ 八 識 と境 、 有 色 界 ・無 色 界 、 地 界 ・肉 界 、 水 界 ・血 界 、 風 界 ・息 界 に つ い て も 自性 上 空 で あ り、 究 竜 ず れ ば 智 ・空 ・ボ ン 性 と し て 平 等 で あ る と し て い る 。 第11章 は 、 ト ンパ シ ェ ン ラ ブ が チ ャ 国 を 安 定 に し て の ち 、 湖 の あ る ナ ー ガ マ ラ (klu(の 国 に 行 っ て 、 悪 魔 の ナ 一ガ の 害 を し ず め た こ と が 叙 せ ら れ て い る 。 こ こ で ト ンパ シ ェ ン ラ ブ は 、 ナ ー ガ 族 は 業 の 異 熟 に よ っ て マ ー ラ に よ る 苦 し み を 受 け る 。 つ ま り悪 業 の 結 果 と し て 、 悪 魔 ナ ー ガ が 今 か れ ら 自身 を 苦 し め る と説 い て い る 。 そ し て と く に 無 常(mi rtag)を 悟 ら な け れ ば な ら な い と教 え 、 ナ ー ガ に た い し て 一 切 が 常 住 で あ る と信 じ て は な ら な い 。 す べ て は 無 常 で あ る と悟 っ て 慈 悲 を行 じ な け れ ば な ら な い と さ と し て い る 。 第12章 に は 、 九 っ の 頭 を も つ 悪 魔 の ナ ー ガ が 登 場 す る 。 ト ンパ シ ェ ン ラ ブ は 天 空 に は ば た く ガ ル ダ(hkhyung)に 変 身 し て 悪 魔 を しず め 、 ガ ル ダ の ダ ー ラ ニ ー(hkhyung gzungs)を 説 く。 そ の あ と大 麦 や 豆 の 種 子 が 春 夏 に 植 え られ る と秋 に 収 穫 が え られ る よ う に 、 罪 に は そ の 報 い が あ る 、 っ ま り業 に は 因 果 が あ る 道 理 で あ る と教 え る 。 そ し て 悪 魔 の ナ ー ガ た ち に 罪 を 告 白 さ せ 、 無 常 を 説 い て か れ ら を解 脱 道 に 向 わ せ る 。 第13章 は 、一 切 の 財 物 を成 就 し集 め る(た め の)す ぐれ た ダ ー ラ ニ ー を 説 く 。 こ の ダ ー ラ ニ ー は 、 金 銀 ・穀 物 ・家 畜 等 の 財 物 を豊 か に す る。 こ れ を 億 念 す れ ば 福 徳 を 増 し、 読 み 書 け ば 幸 福 を え る 。 ま た 保 護 呪 と す れ ば 長 寿 と繁 栄 を え 、 福 徳 が 雨 の ご と く降 る と い う。 す べ て が 平 和 と な り、 の ち に 大 楽(bde chen)を
-84-え て 覚 者 と な る 。 第14章 ほ 、 「光 明 の 宝 」 を 読 諦 し た り、 書 写 す る こ と に よ っ て 生 ず る 種 々 の 功 徳 を の べ て い る。 す な わ ち ス ワ ス テ ィ カ の 宝 は 、 如 意 宝 珠 の ご と くす べ て の 望 み を か な え 、 寿 命 や 財 を 降 雨 の ご と く成 就 さ せ る 。 福 徳 は よ く生 じ て 虚 空 に 偏 満 す る 。 ま た そ の 智 は 太 陽 の ご と く、 無 明 煩 悩 の 闇 を 照 ら す 。 も し こ れ を 尊 崇 し て 読 諦 す れ ば 害 毒 を しず め 、 三 空 の 王 と な り、 つ い に 覚 者 と な る 。 も し 青 イ ン ク で 書 き 、 崇 拝 し て 読 諦 す れ ば 害 悪 を征 し 、 覚 者 と な る 。 赤 イ ン ク で 書 け ば 、 ま た 貝 の よ うな 白 い 紙 に 書 け ば 、 同 上 の 果 を え る 。 そ し て 憶 念 し て 書 け ば 二 の 習 気 の 障 を き よ め 、 覚 者 と な る 、 云 々 と い う。 第15章 は ア シ ャ サ ン ワ に よ っ て 誓 願(smon lam)と は い か な る も の か が 問 わ れ 、 ト ンパ シ ェ ン ラ ブ が 大 略 以 下 の よ う に 説 い て い る 。 ス ワ ス テ ィ カ が 虚 空 に広 が り、一 切 の 有 情 を お お う よ う に 習 気(bag chags)や 所 知 障(she sgrib)が す べ て 浄 ま り、一 切 の 害 が し ず ま っ て 欲 し い こ と。 こ の 誓 願 が 強 固 で あ り、 強 固 で あ る こ と に よ っ て 二 義(自 利 ・利 他)を 円 満 し 、 有 情 が 正 覚 を え る こ と 。 入 弁 の 蓮 華 の ご と く功 徳 を 生 じ 、 幸 福 を 増 大 す る こ と。 須 弥 山 の ご と く、 多 くの 財 を え る こ と 。 太 陽 の ご と き 智 が 一 切 の 無 明 煩 悩 の 闇 を 照 ら す よ う に 、 一 切 の 有 情 も 智 を 輝 か す こ と。 日月 星 辰 が 輝 く ご と く、 有 情 が 繁 栄 す る こ と。 大 河 が 満 ち て流 れ る よ う に 、 有 情 の 生 命 も続 く こ と。 輝 く虹 の よ う に 五 智 が 有 情 に そ な わ る こ と。 大 雪 の ご と く宝 の 祝 福 が あ る こ と。 自 然 に 降 る 雨 の ご と く、 幸 い の 雨 が 降 る こ と 。 花 が 生 長 す る よ うに 、 繁 栄 が も た ら さ れ る こ と 。 こ の よ う な 誓 願 を の べ た あ と 、 私(=ト ンパ シ ェ ン ラ ブ)が 以 上 の よ う に 願 う こ と は す べ て 円 満 し て 果 ・王(hbras buhi rgyal po)と な り、 覚 者 た ら ん こ と を 、 と い っ て 、 「光 明 の 宝 」 で あ る 本 経 は 終 っ て い る 。
注
(1)ド ル ポ地 方 の ラ マ教 や ボ ン教 に つ いて は 、D.L. Snellgrave, Himalayan
Pilgri-ボ ン 教 調 査 報 告 -ポ ク ス ン ド 湖 周 辺 に お け る -
-83-密
教
文
化
mage-a study of Tibetan Religion, 1958(吉 永 定 雄 訳 「ヒ マ ラ ヤ 巡 礼 」 白 水 社 昭 50年)に くわ し くそ の 実 態 が 報 告 さ れ て い る 。 筆 者 の 今 回 の 調 査 も こ の 報 告 に 準 じ て な さ れ た も の で あ る 。 右 書 の ほ か 、 同 じ 著 書 に よ るFour Lamas of Dalpo, vol 1, 1967に も ドル ポ 地 方 の 宗 教 の 実 態 と 歴 史 が 概 観 さ れ て い る 。Cf. G. Tucci, Prelimi-nary Report on Two Scientific Expeditions in. Nepa1, Roma 1956.
(2) ス ネ ル グ ル ー ヴ 氏 の 研 究 に よ れ ば15世 紀 以 降 こ の 地 方 に 移 り住 ん だ1人 の ラ マ と そ の 後 継 者 に よ っ て 多 くの 寺 院 が 建 て ら れ 、 ラ マ 教 が 定 着 した と い わ れ る 。Snellgr, ove, Four Lamas of Dalpo, pp, 10∼11.
(3) ポ ク ス ン ド湖 の 景 観 と伝 説 等 に つ い て は 、Snellgrove, Himalayan Pilgrimage, P. 59ff. (吉 永 訳 、87頁 以 下)参 照 。 (4) 右 同 書63∼65頁(和 訳63∼94頁)参 照 。 (5) こ の ドル チ エ キ ャ ン ジ ュ ン 師 は ス ネ ル グ ル ー ヴ 氏 が 右 書63頁(写 真X-b)に カ ム の ラ ム と して 紹 介 す る 僧 の 子 息 で あ る 。 (6) プ ン モ に 関 して1968年 に こ の 村 に2ヵ 月 間 滞 在 し て 種 々 の 文 化 現 象 を 調 査 し た 西 部 ネ パ ー ル 民 族 文 化 調 査 隊 の 報 告 が あ る 。 同 文 化 調 査 隊 「ネ パ ー ル 冬 の 旅 一NEPAL」 1968年 、 川 喜 田 二 郎 編 「ネ パ ール の 人 と文 化 」 古 今 書 院1970年 、 田 村 真 知 子 「カ ン ニ に 守 ら れ た 村 プ ン モ 」 ヒ マ ラ ヤ(人 と 辺 境)月 巻 第4号 白 水 社 昭50年 。 (7) ツ ッ チ 教 授 に よ れ ば 、 ラ マ 教 の 影 響 を 受 け た こ の 地 方 の ボ ン 教 は 第 二 義 的 な ボ ン と い え る か も 知 れ な い と い う 。Tucci, ibid pp. 29∼30. (8) 寺 内 の 各 尊 の 名 称 は 、 住 職 の バ ク パ ラ マ 師 と そ の 叔 父(画 師 で も あ る)か ら 一 々 の 尊 名 を 教 え て も ら っ て そ れ を ス ネ ル グ ル 一 ヴ 氏 の 調 査 と 照 合 した 。Cf. Himalayan Pilgrimage. p. 47ff. (9)パ レ の カ ニ チ ョル テ ン は 、 ユ ン ド ゥ ン シ ュ ワ サ ル ゴ ン パ の 上 方 に あ り 、 内 部 に は 代 表 的 な ボ ン 神 の 壁 画 を み る こ と が で き る 。 す な わ ち 東 に シ エ ン ラ オ ー カ ル(身 体 は 白 色 で 右 の 肩 越 し に 長 い 刀 を 支 え る)、 西 に トン パ シ ェ ン ラ ブ(青 色 で 触 地 印 を な す)、 南 に セ ー テ ィ エ ル サ ン(黄 色 で 両 手 を 胸 の 前 で 説 法 印 を な す)、 北 に サ ン ボ ブ ン テ ィ (灰 色=白 色?で 右 手 に 傘 の 杖 を もつ)が み と あ られ た 。 そ の 他 白 の 三 昧 印 の 仏(東) や 黄 の 触 地 印 の 仏(南)等 は 三 世 の 仏 陀 に 比 定 で き る も の と 思 わ れ る が 、 青 で 右 手 を あ げ た 尊(西)と 北 の 忽 怒 神 は 不 明 で あ る 。Cf. Himalayan Pilgrimage, P. 53. (10) 以 下 の 経 典 は 、 住 職 の ツ ゥ ブ ギ ャ ル ツ ェ ン 師 か ら直 接 聞 い て 知 り え た も の で あ る 。 (11) Himalayan Pilgrimage, p. 33 ff. 「ヒ マ ラ ヤ 巡 礼 」57頁 参 照 。 (12) 右 書39頁(和 訳64頁)参 照 。 (13) 右 書27頁(同50頁)参 照 。
(14) 右 書28頁(同51頁)参 照 。O. B. :Bista, Peaple of Nepal, p. 4. (15)Himalayan Pilgrimage, P. 28. Cf. Tucci, ihid. , P. 38. (16)Tucci, ibid. , P. 37 ff.
(17) 先 年 こ の 地 を 訪 れ た 長 沢 和 俊 氏 は 、 調 査 の 結 果 未 発 表 の 仏 教 遺 跡 が 見 つ か っ た と し て バ ラ リパ ー ラ の 仏 教 寺 院 な る も の を 二 つ あ げ て い る が(同 氏 「ネ パ ー ル 探 求 旅 行 」 角 川 書 店1964年 、131頁)、 そ れ ら は す で に ツ ッ チ 教 授 が 右 書40頁(Fig. 24, 25)に 報
-82-告 して い るBhadaribhadaの 石 造 物 と 同 一 の もの で あ った 。 それ らは せ いぜ い高 さ 4メ ー トル ほ ど の石 塔 と小 祠堂 にす ぎず 、後 者 は ツ ッチ教 授 が いわ れ るよ うに仏 像 を ま つ って い たか も知 れ な いが 、長 沢 氏 の い う金 堂 で は あ りえ な い。 (18) 今 年(昭51年)7×10日 に高 野 山 大学 で行 われ た 日本 西蔵 学 会 で 本経 の 内容 を 発 表 した と こ ろ、 国 土 館 大学 の光 島 督教 授 よ り、16章 か らな る同 一 の 経典 を所 持 して お ら れ る 旨提 言 され た 。 そ れ に よ って ツ ッチ教 授が タ ラ ップ(Tarap)付 近 でえ た とい わ れ る題 名 不 詳 の ボ ン教 典 が 、 内容 構 成(16章)か らみて 、本 経 と同 じもの で あ る こ と が分 る。Tucci, ibid, PP25∼26 (19) チ ャの 国(Phya-khams; Phya-yul)に つ い て 、 ツ ッチ教 授 は 、同 名 の 地 名 が チ ベ ッ トの年 代 記 パ オ ツ ク レテ ンワ(dpao gtsug las hphreng ba)に 出て い る と指摘 し て い る(右 書26, 80頁)。 ス タ ン教 授 に よれ ば チ ャ(phya)と い う言 葉 は ム(mu)と と もに天 お よび 天 神 を 意 味 す る晃 族 の1単 語(mu-hya, mbya)に 由来 して い て 「チ ャの綱 」 とい え ば 天 と地(ま た は天 と人 間 の 頭(を つ な ぐ綱 な い し梯子 を意 味 す る と され る(R・A・ ス タ ン著、 山 口瑞 鳳 ・定 方晟 訳 「チベ ッ ト文 化」 岩 波 書 店 昭46年 、 229∼230頁)。 ま た 神 話 時 代 に ぞ くす る最 初 のチ ベ ッ トの王 た ちが 天 か ら降下 す る際 には この 綱 を用 い たが 、 ボ ン教 徒 の聖 な る保 護 者 で あ るシ ェン ラ ブ ・ ミボが 天 か ら降 り る と きに も、 こ の よ うな 綱 な い し梯 子 が 用 い られ た と い う。 同 書242頁 参 照 。 注 (18) 補 遺 光 島 教 授 が所 持 して お られ る同 一 の経 典 とい わ れ る もの につ い て 、 と くに 第16章 の有 無 を お 尋 ね した と こ ろ、 教 授 の 所 持 本 はmkab hgro gsang gcod yi(d) bzhin nor buhi phya bzhes gsal byed sgron me bzhugs soお よび これ と 同系 統 の 経 典 を 集 め た106枚 の 写本(原 本 はyale大 学 に あ り)で 、私 の 所 持 本 とは 別本 で あ
る との 報 告 を い た だ いた 。 教 授 の 御厚 意 に深 く感 謝 す る。
(19) 補 遺Phya(Phyva)お よびphya(phyva)に つ いて 最 近 山 口瑞 鳳 教 授 よ り御 丁 寧 な 御教 示 を いた だ い た 。教 授 は まずphyaに つ い て は ボ ン教 の うちでphya g-yin幸 運 を 得 る と い うこ とで 古 い時 代 か ら用 い られ た 用 語 とされ て い るが 、 そ の た め に色 々 な 誤 解 が 生 じて い る と指 摘 され る。 ス タン教 授 は"dmu-phya"と い う言 葉 を と り あ げて これ に 「天 」 と関連 す る概 念 の あ る こ と、 したが ってdMuは 現 実 の部 族 名 で は な い 。 即 ちdMuは 伝 説 的 な 名称 で天 に 由来 す る。 そ のdMuと 結 びつ いて い るPhya, も同 じで あ ると され る(Les tribes anciennes des marches sino-tibeta, ines,Paris 1958, pp54-66)。 しか し この説 明 は、 後 代 の 文 献 でdMu部 族 やPhya部 族 の 呼 称 が 用 い られ な くな って か ら、dMuが そ の ま ま神 聖 視 され て 形 容 詞的 に用 い られ るよ う に な った資 料 を 利用 した 見 解 で あ り、 実 はdMuはSham shunに 本 拠 を も った 部族 で あ り、Phya部 族 と婚 姻 関係 に あ った 。 後 者 は元 来 はShin shunに い たが 、後 に Khams地 方 に移 住 し、 rKon po,Myan po,sPo boと そ の北 部 のrTsa, n stod,rTsah smadに 住 ん だ もの で 、 Yar lunの 吐 蕃 王 家 も こ こか ら派 生 した 。 吐蕃 王 家 が ポ ン教 と結 びつ い て い た の は両 族 の婚 姻 に よ る もの で あ る云 々。最 後 に教 授 は"dmu"が 固 有 名 詞 で な くな った 時 期 は後 代 で あ り、Phyaに つ い て はphyaと の 区別 を 考 え て 読 む べ きで あ る。dMuと 共 に 出て くるPhyaは 特 に 慎 重 に扱 うべ き で あ る と指 示 され た 。 教 授 の 御厚 意 に たい して 厚 く御礼 申 し上 げた い。 ボ ン 教 調 査 報 告 -ポ ク ス ン ド 湖 周 辺 に お け る-