2015 年 4 月 2 日受付、2016 年 5 月 6 日受理 1e-mail: [email protected]
生態的種分化
―適応の視点から多様化のメカニズムを探る―
松林 圭
1・藤山 直之
2 1九州大学基幹教育院・2山形大学理学部生物学科 Ecological speciationKei W. Matsubayashi1 and Naoyuki Fujiyama2 1The Faculty of Arts and Science, Kyushu University 2Department of Biology, Faculty of Science, Yamagata University
要旨:適応と多様化との関係を問う“生態的種分化”は、古典的な仮説でありながらも現代進化生態学において大きな 進展を見せている。“異なる環境への適応によって隔離障壁が進化する”というこの仮説は、いわば伝統的な自然選択 説の現代版であり、生態学の各分野で蓄積された膨大なデータを、進化生物学分野で培われてきた適応と種分化に関す るアイディアによって俯瞰する形で成り立っている。生態的種分化は、進化学や生態学、遺伝学といった複数の分野を 横断する仮説であるが、近年のこれらの分野における概念的統合およびゲノミクスとの融合に伴い、理論的に洗練され た検証可能な作業仮説として、いまや多様性創出機構の議論に欠かすことのできないものとなってきた。日本の生物多 様性の豊かさを考えたとき、潜在的に多くの生態的種分化の事例が潜んでいるものと思われるが、残念ながら日本の生 物を対象とした実証研究は、今のところあまり多くない。このような状況を踏まえ、本総説では特に生態学者を対象と して、生態的種分化のもっとも基礎的な理論的背景に関して、その定義、要因、地理的条件、特徴的な隔離障壁、分類 群による相違を解説し、また、その対立仮説である非生態的種分化との違いを説明する。さらに、現在の生態的種分化 研究の理論的枠組みにおける弱点や証拠の薄い部分を指摘し、今後の発展の方向性を議論する。 キーワード:分岐自然選択、局所適応、種間相互作用、遺伝子流動、生殖隔離
Abstract: ‘Ecological speciation’ is a mode of speciation in which adaptation to different environments causes populations to diverge and develop reproductive isolation from each other. This classical hypothesis has matured in the field of evolutionary ecology with the accumulation of new empirical data. A full understanding of the mechanisms by which ecological speciation leads to biological diversification requires the synthesis of ideas from many different disciplines, including evolution, ecology, and genetics. In the present review, we introduce the definition of ecological speciation and discuss factors leading to population divergence, geographic conditions, differences among taxa, and isolating barriers unique to this type of speciation. We then compare ecological speciation with alternative ‘non-ecological’ modes of speciation. Throughout the review, we identify the weak points of the current concept of ecological speciation, and propose future challenges in the study of the mechanisms of biological diversification.
Keywords: divergent natural selection, gene flow, interspecific interaction, local adaptation, reproductive isolation
はじめに
生態的種分化 ecological speciation とは、異なる環境へ の適応によって隔離障壁 *1 isolating barrier が進化し、生 殖隔離 reproductive isolation が発達する種分化の様式であ る。“異なる環境への適応を通じて種の多様性が創出され る”というこのシンプルなアイディアは、近年の進化生 態学分野において円熟期を迎えている。このアイディア 自体は古典的なもので、Darwin と Wallace が発表した進 化と自然選択に関する最初の論文(Darwin and Wallace 1858)において、萌芽的なロジックが示唆されている最 古の進化理論の一つであり、生物の多様化メカニズムを 説明する自然選択説の根幹を成すものでもある。その後、 Mayr らが中心となって作り上げた進化の総合学説におい て、生殖隔離が進化する要因の一つとして環境への適応 が取り入れられている(Dobzhansky 1937;Mayr 1942, 1947)。 生態的種分化は明確なメカニズム論であり、その研究 は“自然選択がいかにして新しい種を生み出すか”を至 近的・究極的に解き明かすことを主眼としている。本来、 生物が環境へ適応することと種が分化することは独立し た進化的現象であるため、それらを結びつけるところに この仮説の特徴がある。異なる環境への適応が種分化を 促進すると言ったとき、それを自明であると感じられる 方もいるかもしれない。しかしこの単純なアイディアは、 Darwin その人が“that mystery of mysteries”と表したとおり、 いまだ解けない謎に満ちており、このミステリーは「種 の起源(Darwin 1859)」の出版以来 160 年近く経った現 在においても、研究者たちを悩ませている。 生態的種分化は、後述する他の主要な種分化仮説と概 念的に紛らわしい側面を持つ。生態的種分化は比較的は っきりとした定義に基づく理論体系であるが、同時に広 範囲かつ雑多な証拠の集まる分野であることから、個別 の実証研究からはその理論的背景が理解しにくい。その ため、定義や作用機構を知らずに実証論文だけを読み込 んでいると、あらぬ誤解を抱く可能性があり、野外で得 られたデータを解釈する際に混乱が生じているケースが ある。また、近年における関連分野の急激な発展に伴っ て新しい用語や概念が登場していることも、混乱をもた らす原因となっている。このような状況から、生態的種 分化は初学者が一から情報を集めようとする場合に、い くぶん労力を要する分野になってしまった印象を受ける。 しかし、生態的種分化は、特に生物多様性の創出や維持 といった話題において重要な要素となる概念であり、潜 在的にほとんどの生態学者・進化学者がその発展の一翼 を担っている分野でもある。 現在の隆盛の基礎となる生態的種分化の大枠のアイデ ィ ア は 2000 年 に 刊 行 さ れ た Schluter の「Ecology of Adaptive Radiation」で示され(Schluter 2000a)、その前後 で集められた証拠や概念的な拡張は 2012 年に Nosil の 「Ecological Speciation」でまとめられた(Nosil 2012)。生 態的種分化に関しては、毎年多くの総説が出版されてい るが、その基本的なアイディアは本総説と引用文献でほ ぼ網羅できるはずである。本総説で扱う生態的種分化の 概念的取扱いは主に「Ecological Speciation」に準拠するが、 一部はさらに最近の知見に更新してある。本総説で用い た種分化に関する用語の厳密な定義については Nosil (2012)、あるいは Harrison(2012)を参照していただき たい。また、個々の隔離障壁の定義とその性質について は基本的に Coyne and Orr(2004)に従っている。この総 説が、特にこれから研究を始める初学者の一助になれば 幸いであり、日本から一つでも多く、世界を驚かせる研 究例が出てくることを願っている。種分化の定義
本総説では集団 *2が分化して異なる種に至るまでの種 分化のメカニズムを扱う。そのため、ここでの種分化とは、 Mayr(1942, 1963)の生物学的種概念 biological species concept(BSC)に基づく“潜在的に交配可能な集団間で の生殖隔離の発達”を指すものとし、交雑が完全に起こ らなくなった後の種間の分化については対象としない。 いったん十分な生殖隔離が進化して遺伝的交流が完全に 失われると、種間では様々な形質に急速な分化が生じる ものと予想される(Futuyma 2013, p.509)。種分化のメカ ニズムの理解には、生殖隔離の要因となる形質がどのよ うに進化するかを調べる必要があるため、すでに十分に 生殖隔離が発達した種間での隔離障壁を調査することは、 このような目的において大きな意味を成さない。種概念 は生物学的種概念以外にも様々あるが、それらについて は Coyne and Orr(2004)および Hausdorf(2011)で詳し く解説されている。生態的種分化の定義
生態的種分化は一般的に、“分岐自然選択 divergent natural selection によって生殖隔離が発達する種分化の様 式”と定義され、これが共通の見解となっている(Schluter, 2000a, 2001, 2009;Nosil, 2012)。そもそもこの分岐自然選 択がどのようなものかについて解説した論文が少ないた め、ここで簡単にまとめよう。まず、集団を複数の適応 的頂点を持ち、形質値の異なる分集団に分岐させる作用 を持つ選択を、分岐選択 divergent selection と総称する。 分岐選択は、純粋に環境の相違から生じる分岐自然選択 と、 性 選 択 か ら 生 じ る 分 岐 的 性 選 択 divergent sexual selection に大別される。分岐選択は自然選択の様々なモ ードを含んでおり、例えば異所的な二集団を考えた時、 それぞれの集団に固有の安定化選択 stabilizing selection あ るいは方向性選択 directional selection は、集団間で形質を 分化させる分岐選択となりうる(図 1a-d)。一方、分断選 択 disruptive selection(= diversifying selection; Futuyma 2013)は上記の二つとは違い、単一集団を直接分化させ る作用を持つが、これも分岐選択に含まれる(図 1e)。分 岐選択を単純に分断選択と同一視している論文も見受け られるが、これは正確ではない。分断選択は中間の形質 値を示す個体の適応度が下がることを要件とするが、分 岐選択はそれに異なる集団の形質値を二つの異なる方向 に引き離す作用も含んだ、複合的な選択である(Schluter 2000a, p.104)。性選択だけによって生じる純粋な分岐的 性選択は、定義的に生態的種分化の要因には含まれない。 しかし、分岐自然選択による種分化は頻繁に性選択を伴 ううえ(Maan and Seehausen 2011)、性選択も野外条件下 で環境の影響を受けていることが少なくないため、この 二つを厳密に分離するのは困難な場合がある。そのため、 生態的な形質に見られる分化(以下、生態的な分化)が 種分化に与える影響を論じる場合には、性選択を含めて 総合的に分岐選択の役割を議論する場合も少なくない(例 えば Schluter 2009)。 上述のように、生態的種分化は分岐自然選択によって 進行するが、必ずしも分岐自然選択のみで種分化の過程 全てが完了することを要件にしているわけではない。集 団間の生殖隔離が完全なものとなる種分化の全過程のう ち、どこかで分岐自然選択が貢献していることを実証で きれば、“少なくとも部分的には生態的種分化である”と 言える。しかし、どの範囲までの貢献をもって生態的種 分化とするかについての基準は、いまだに明確ではない。 また、生殖隔離が完全に発達した近縁種については、そ 図 1.分岐自然選択の構成要素を抽象的な例で示した。ある集団において、(a)そこに働く安定化選択と(b)異 なる環境に生息する別の集団に働く安定化選択あるいは(c)方向性選択は、(d)種内に複数の形質値のピー クをもたらす分岐自然選択となる。一方、(e)分断選択では、単一集団において中間の形質値を持つ個体が 淘汰されるが、これは分岐選択の特殊な構成要素として捉えられる。矢印は選択が主に働く方向を示している。の分化過程において分岐自然選択が貢献したかどうかを 検証することが極めて困難であるため、生態的種分化機 構の実証的研究は、生殖隔離が不完全である発端種 incipient species を始めとする種内の分集団を対象とした ものに限定されることになる。
分岐自然選択の要因
分岐自然選択は、主に(1)環境の違い、(2)集団間相 互作用、(3)環境依存の性選択、によって生じる(Nosil 2012, p.55)。このうち、(1)環境の違いは、土壌の成分 組成や温度の違いといった非生物的 abiotic な要因と、種 間相互作用 interspecific interaction による生物的 biotic な 要因から成る。後者は、すでに種分化を完了した遠縁な 種間での相互作用であり、同属の別種のように比較的近 縁なものから、動物−植物間などの遠縁のグループ間の 関係性、例えば被食者−捕食者系や共生系、寄主−寄生 者系までを広く含んでいる。この種間互作用の強さや種 類、方向に種内の集団間で違いがある場合、それが外的 環境の相違として集団分化を促すことになる(Doebeli and Dieckmann 2000;Barret et al. 2008)。(2)集団間相互作用は、完全に種分化が完了する前の 発端種あるいは同種集団間での相互作用のことで、競争 による分断選択と交雑の影響が含まれてくる。資源を巡 る 競 争 は、 特 定 の 形 質 に 関 し て 頻 度 依 存 frequency-dependent の形で選択を生じさせることが多く、中間型の 形質の適応度が下がることによって、状況依存的に分化 が起きることになる(Taper and Case 1992;Gurevitch et al. 1992;Denno et al. 1995;Doebeli 1996)。実際に、単一集 団内での競争による分断選択が報告されている(Bolnick 2004;Bolnick and Lau 2008;Calsbeek and Smith 2008; Calsbeek 2009;Hendry et al. 2009)。つまり、競争は集団 内と集団間の様々な状況で、分岐自然選択の要因となり うる(Schluter 2000a)。競争以外でも、集団間相互作用に は、適応度の低い雑種の産出を妨げる方向に交配前隔離 が発達する強化 reinforcement(Dobzhansky 1937)の効果 が含まれる(Servedio and Noor 2003)。ただし強化は、雑 種の適応度の低下があればその原因にかかわらず生じる ため、強化の中でも特に環境の違いに起因する分化によ って生じた雑種の適応度の低下を原因とするものだけが、 分岐自然選択に含まれることになる(Kirkpatrick 2001)。 強化が生態的種分化において果たす役割に関しては、実 証例が少ないこともあり、あまりわかっていない。強化 が作用する分化においては、分岐自然選択と性選択、そ して競争も同時に関与していることが多いため、慎重に その効果を判断する必要がある(Nosil 2012, p.66)。 純粋な性選択は分岐自然選択に含まれないが、交配シ グナル mating signal が環境と結び付いている場合には、 それが(3)環境依存の性選択として分岐自然選択のター ゲットとなる(Boughman 2002)。環境の相違と結びつい た交配シグナルと選好性の進化は、感覚駆動 sensory drive と呼ばれ、アフリカの古代湖で放散したシクリッド Pundamilia spp. において、生息深度および透明度に依存 した婚姻色と交配選好性との協調的進化が種分化につな がっている例が有名である(Terai et al. 2006;Seehausen et al. 2008)。
分岐自然選択の検出
分岐自然選択の要素として最も一般的なものは、異な る環境にさらされている集団のそれぞれに作用する安定 化選択もしくは方向性選択であり、これはそれぞれの集 団の特定の形質において、局所適応 local adaptation とし て検出される(Lenormand 2012)。局所適応とは、ある環 境において、そこに生息する生物集団の適応度が他の環 境に由来する同種集団が示すよりも高い状態、あるいは 高 く な っ て い く プ ロ セ ス を 指 す(Kawecki and Ebert 2004)。二つ以上の異なる環境でそれぞれが局所適応を示 す集団を含む種は、生態的種分化の事例として有力な候 補である。また、このような種はメタ集団 metapopulation (低頻度の遺伝子流動でつながれた複数の集団;メタ個体 群とも呼ばれる)構造を示すのが一般的である(Blanquart et al. 2013)。局所適応と生態的種分化の概念的整理が進 んだ結果、両者がほぼ共通のメカニズム(=分岐選択の 作用)を持つことが明らかになってきているため、生態 的種分化を“局所適応による種分化”とみなす場合もあ る(Lenormand 2012)。基本的には、局所適応が生態的種 分化の発端的な状況だという理解でよいだろう。局所適 応は、一般的に異所的 allopatric(=地理的に接していない) な集団間において検出されやすいが、側所的 parapatric あ るいは同所的 sympatric(=地理的に接している、あるい は重複している)な条件で集団を分化させる場合もある。 局所適応は分岐自然選択と同様に、非生物的要因と生 物的要因によって生じる。このうち、特に生物的要因に よる局所適応は、共進化を通じてその状態を常に複雑に 変え続けるという特徴があり、しばしば軍拡競争 arms race を伴いながら小さな地理的スケールで急速に分化を 生じさせる(例えば Smith and Benkman 2007)。局所適応は、質的に異なる複数の環境要因によっても発達することが あり、片方の環境では気温の違いが、他所では天敵との 相互作用が分化の鍵になっているような場合も局所適応 に含まれる(例えば Zovi et al. 2008)。非生物的要因によ る局所適応を伴う生態的種分化としては、北米のミゾホ オズキ Mimulus guttatus において、沿岸に生育し塩分の多 い土壌に適応した多年性品種と内陸に生育し乾燥に適応 している一年性品種の間での分化が、特に詳細に検証さ れ た 例 で あ る(Lowry et al. 2008a;Lowry and Willis 2010)。また日本の例では、渓流性のキク科草本であるホ ソバハグマ Ainsliaea faurieana と林床性のキッコウハグマ A. apiculata の屋久島における種分化が挙げられる。ホソ バハグマは明るく洪水の多い渓流沿いに適応した細い葉 を、キッコウハグマは暗くて洪水の少ない林床に適応し た広い葉を持っており、交雑帯 hybrid zone を挟んで側所 的に分布している(Watanabe et al. 1992)。この二種は、 相手側の環境において、水流と光条件の違いによる著し い適応度の低下を示すため(Mitsui et al. 2011)、後述する ように、局所適応による生態的種分化の事例であると判 断できる。生物的要因による局所適応を伴う生態的種分 化の例として、中南米のドクチョウ Heliconius 属におけ る急速な多様化が挙げられる。このチョウでは主に鳥に よる捕食を避けるためのミュラー擬態として、毒のある 複数の種が地域ごとに類似した翅の模様を示す。この地 域固有の模様とこれに相関した性フェロモンを手がかり として同類交配が起きるため、同じ種内でも異なる地域 の異なる模様の個体との交尾頻度が低くなる(Jiggins 2008;Mallet 2009)。この例では、擬態モデルとしての近 縁種の存在が地域間で異なる環境として作用し、そこに 捕食圧という遠縁の種間相互作用が影響して分化を促し ている。 種間あるいは集団間での資源を巡る競争と、隔離の強 化による分岐自然選択は、形質置換 character displacement の形で現れることが多い(Schluter 2000a, 2000b)。形質置 換とは、一般的には競争者と同所的に生息して競争にさ らされる集団とそうではない集団の間に地理的な形質の 相違が生じる現象を指し、特にニッチ利用に関する形質 が分化する場合には、生態的形質置換 ecological character displacement(Pfennig and Pfennig 2005;Rice and Pfennig 2008)と呼ばれる。一方、交配に関わる形質が分化する 場合は、生殖的形質置換 reproductive character displacement (Noor 1995;Rundle et al. 2003;Pfennig and Ryan 2006;
Ortiz-Barrientos et al. 2009)と呼ばれる。隔離の強化は、 この両方のタイプの形質置換を引き起こす可能性がある (Schluter 2001)。 マクロなスケールでの局所適応は、集団間での形質の 地理的な分化、すなわち地理変異 geographic variation と して検出されやすい。このため、生態的種分化に限らず、 種分化研究では地域間での形質の違いに最初に注目する ことが多い。集団間の地理的関係は生態的種分化におい ても重要な要素であり、例えば分化が異所的な集団間で 起きる場合と同所的に起きる場合では、作用する分岐自 然選択の要因が異なってくる。単一集団において生じる 分化では、分岐自然選択の要素として分断選択が加わり、 さらに隔離の強化が分化を促進するなど、特徴的な状況 が見られる。そのため、生態的種分化の機構を明らかに するためには、分化が起きる際の地理的条件を考慮する 必要がある。
地理的条件
古典的な種分化仮説では、集団が分化する際の地理的 条件(同所−側所−異所)がとりわけ重視されてきた (Futuyma 2013, pp.484-488)。地理的な視点では、一定の 遺伝子流動の存在下で、種分化、つまり生殖隔離が発達 するかどうかが争点となり、主に同所的種分化 sympatric speciation の妥当性を巡って議論が進んだ(Coyne and Orr 2004, p.126)。しかし、その一方で、地理的条件を主眼と した仮説には、それぞれの地理的条件が厳密に定義でき ないことによって、無益な論争が生じやすい側面があっ た。例えば、生物グループ間に存在する移動能力や行動 範囲の違いによって同所性の判断が曖昧になるため、移 動できない生物では厳密には同所性が存在しないのでは、 というような議論がなされた(McCoy 2003)。様々な議 論を経て同所的種分化の定義が非常に厳密になったこと で、地理的条件に基づく種分化モードについては、異所 的種分化 allopatric speciation と判断される事例が圧倒的に 多いと同時に、側所的種分化 parapatric speciation はごく わずかな例にとどまるものと捉えられるようになった (Coyne and Orr 2004)。同所的種分化に関しては、染色体 の異数化など議論の余地のないものを除くと、厳密かつ 強固な証拠がある事例は数例のみということになり(例 えば Bush 1969;Barluenga et al. 2006;Savolainen et al. 2006)、その普遍性に関する議論は、ほぼ決着したと言え る。一方で、現実的に種分化という現象の時間的・空間 的スケールを考えた時に、最初から最後まで特定の地理 的条件のままで分化が進むのかという大きな疑義があっ た。事実、分子系統解析手法の発展により、ほとんどの種分化はそのプロセスのどこかで上記三つのうちの複数 の地理的条件を経験することが徐々に明らかになってき たことも、この地理的な視点の限界を示した(例えば Feder et al. 2003, 2005;Butlin et al. 2008)。さらに、多くの 近縁種間で様々な程度の遺伝子流動が存在することが明 らかになったことも手伝って、定義の曖昧さに拍車がか かり、地理的条件を主眼とした考え方は勢いを失ってい った。理論研究においても、同所的種分化の実現可能性 は特に 1990 年代から 2000 年代の初めにかけて大きな注 目を集めた話題であった(例えば Dieckmann and Doebeli 1999;Higashi et al. 1999;Kondrashov and Kondrashov 1999;Dieckmann et al. 2004;Gavrilets 2004)。同所的種分 化理論についてのこれまでの知見を大ざっぱにまとめる と、特定の条件下では十分に可能だが、それらの条件が 自然条件下で揃う可能性はさほど高くないという、実証 データの少なさと一致する結論になっている。なお、種 分化の理論研究における最近の進展は Gavrilets(2014) を参照されたい。 生態的種分化においても、地理的条件は集団分化に大 きな影響をおよぼす要因である。しかし、生態的種分化は、 異所−同所の両極端の地理的フェーズの間で可変的に分 化が進むことを前提としているため(Schluter 2001)、ど の地理的条件で種分化が起きるかという視点ではなく、 分化に及ぼす地理的条件の影響を評価するという視点か ら議論が進められてきた(Rundle and Nosil 2005)。生態 的種分化の過程における地理的条件の変化とその際の分 化に関わる要因を図 2 に示した。ここで一般的なモデル となっている集団分化は、異所的な条件で始まり、やが てある程度分化した集団が二次的接触 secondary contact を経て、同所的あるいは側所的に生息するようになると いうものである(Schluter 2001;Rundle and Nosil 2005)。 側所的および同所的種分化は、この二次的接触の時点が 分化の最初期(図 2 では X 軸の値が左端)に位置する特 殊な例となり、異所的種分化は二次的接触が種分化の完 了時点まで起きない場合となる。異所的フェーズと同所 的フェーズにおける最大の相違は、集団間の遺伝子流動 の起こりやすさである。分岐自然選択はこの両方のフェ ーズで分化を促進するが、二次的接触後はその要因とし て、分化途上の近縁集団間での隔離の強化と相互作用が 加わる。このように、二次的接触以降の種分化は、分岐 選択による集団分化と遺伝子流動による集団融合の間の 綱引きを伴って進行することになる。この遺伝子流動下 での形質の分岐 divergence with gene flow は、それぞれの 集団に固有の選択によってのみ維持される、または進行 するため、分岐選択による種分化の強い証拠であるとさ れる(Maynard Smith 1966;Räsänen and Hendry 2008;Via 図 2.複数の地理的条件における生態的種分化の進行状況と要因を模式的に示した。一般的に種分化は異所的なフェー
ズで始まり、二次的接触を経て側所的あるいは同所的フェーズに移行すると仮定する。黒線は仮想集団間の時間経 過にともなう生殖隔離の強さの変化を例示している。中央の点線は集団が二次的に接触した時点を示し、それより 左側は異所的なフェーズで起きる集団分化を、右側は側所的あるいは同所的フェーズで起きる集団分化を示す。そ れぞれのフェーズで分化を促す分岐自然選択の要因と、分化に与える一般的な効果の相対的強度を灰色の枠内に示 す。Rundle and Nosil(2005)を改変。
2012)。完全に異所的なフェーズのまま進む生態的種分化 も数多くあるものと目されているが、種分化の研究が主 に同所的な近縁種ペアに注目することが多いせいもあり、 詳細に研究された例は少ない(例外として McCormack et al. 2010)。 生態的種分化に及ぼす地理的条件の影響を詳しく検討 した例として、カリフォルニアのナナフシの一種 Timema cristinae における二つの生態型 ecotype の分化が挙げられ る。この二つの生態型は広い葉と細い葉を持つ二種の寄 主植物の葉に対して、それぞれ隠ぺい擬態した体色と模 様を進化させており、寄主植物利用の違いに関連した複 数の隔離障壁を示す(Nosil et al. 2002)。このナナフシは 飛翔できないため、異なる生態型の集団同士は寄主植物 パッチの分布に伴って、分離している(異所的)もしく は接している(側所的)という二つの地理的条件を示す。 この二つの地理的条件のもと、異なる生態型の集団間に おける隔離障壁それぞれの強度を比較したところ、生息 場所隔離 habitat isolation を含む複数の交配前隔離 pre-mating isolation と交配後隔離 post-pre-mating isolation が、側 所的な集団間よりも異所的な集団間でより発達している という傾向を示した。一方、性的隔離 sexual isolation に ついては、異所的な集団間と比較して、側所的な集団間 の方でより顕著であった。これは、異なる生態型間での 不適応な交雑を避けるために、異なる生態型が接触する 可能性の高い側所的な集団で、特異的に隔離の強化が起 こった例である(Nosil 2007)。
生態的種分化において特徴的な隔離障壁
分岐自然選択の影響下では、どの種類の隔離障壁が進 化するのだろうか。これは、生態的種分化の根幹に関わ る問題である。最近の研究では、交配前・交配後を含む 一般的な隔離障壁のほぼ全てが、分岐自然選択の影響に よって様々な程度で進化しうることがわかってきている (Schluter 2009)。生態的種分化の視点では、隔離障壁を(1) 分岐自然選択の結果として直接かつ必然的に進化するも の、(2)分岐自然選択によって直接的にあるいは間接的 に進化することが多いもの、(3)一般的に分岐自然選択と は関係が薄いもの、という三つのカテゴリに分類できる。 (1)については、生態的種分化において、その定義上、 必ず進化するとされている隔離障壁が二つあり、その一 つ目が移入者の生存不能 *3 immigrant inviability である。 局所適応が生じている場合、その局所的な環境に外部か ら移入してきた個体は、そこにすでに生息している先住 個体と比較して低い生存率を示し、繁殖前に死亡して子 孫を残せない可能性が高くなると予測される。例えば、 異なる背景色の環境に隠ぺいするように局所適応した体 色を持つ集団(図 3a)を考えた時、一方の個体が相手側 の環境に移入すると、背景色と体色のミスマッチによっ て外敵に狙われ、生存率が下がり、先住者との交配確率 が減少する(図 3b)。このように、移入者の生存率が低 いことが、移入先の環境によく適応した先住者との交配 確率を減らすことから、隔離障壁として捉えられる(Nosil et al. 2005)。生態的種分化に特徴的な隔離障壁の二つ目 は、雑種の生態的生存不能 ecological hybrid inviability*4である。異なる環境のそれぞれに適応した両親から生まれ た雑種が両親の中間的な性質を示す場合には、両親の環 境のどちらにおいても両親より低い生存率を示すことが 予想される(図 3c)。実際に雑種の生態的生存不能を検 出するためには、それぞれの環境における雑種の生存率 の低下が外因的 extrinsic(=環境依存)なもので、さら にその環境で特異的に不適応となる遺伝子を持つためで あることを示す必要がある(Rundle and Whitlock 2001)。 この際、両親の環境の中間にあたる環境が存在しない場 合には少々複雑な操作が必要であり、F2雑種(雑種 2 世 代目)の作成と同時に戻し交配 backcross を行って、それ ぞれの遺伝子型が両親の環境で示す適応度を調べなくて はならない(図 3d)。なお、このような実験によって雑 種の生存不能を明示した実証研究はわずかである(例え ば Hatfield and Schluter 1999;Rundle 2002;Egan and Funk 2009;Kuwajima et al. 2010;Peccoud et al. 2014)。以上の 二つは、潜在的に生態的種分化のほぼすべてのケースで 進化している隔離障壁である。 ここで重要なことは、これら二つの隔離は直接的に遺 伝子流動を妨げる要因となるよりも、副次的に他の隔離 障壁の進化を促すことで種分化に貢献する場合があると いう点である。例えば、異なる寄主植物に特化した植食 性テントウムシ Henosepilachna diekei の二つの集団は、自 らの寄主植物への強い選好性を持ち、その寄主上のみで 成育できる(Matsubayashi et al. 2011, 2013;Fujiyama et al. 2013)。相手側の寄主植物では成虫も幼虫も全く生存でき
*3 Nosil et al.(2005)の定義である“自然選択によって生じる 移入者の生存率の低下”を示す訳語とした。
*4 明確な用語の定義がなされておらず、実証論文において “ecological hybrid incompatibility”, “ecologically-dependent
hybrid inviability”, “ecologically-dependent hybrid unfitness”な ど、状況に応じてニュアンスが若干異なるいくつかの用語が 用いられている。本総説では伝統的な hybrid inviability に準 じた ecological hybrid inviability に対して、“雑種の生態的生 存不能”の訳語をあてた。
ないため、このテントウムシは強い移入者の生存不能を 示すといえるが、実際には成虫が飛翔できるため、相手 側の寄主植物に迷い込んでもすぐに自らの寄主植物に移 動してしまう。この場合、現在の集団分化を維持してい る隔離障壁は生息場所隔離(この場合は寄主選好性)だ けであり、移入者の生存不能は実質的にはほとんど働い ていない(Matsubayashi et al. 2011, 2013)。しかし、自ら の寄主植物に対する強い選好性は、寄主探索効率を上げ てその寄主上でのより高い適応度を達成することで進化 しうるとともに、他所の不適な植物への移出を妨げるた め に 進 化 す る も の と 考 え ら れ る(Matsubayashi et al. 2010)。よって、このテントウムシにみられる移入者の生 存不能は、間接的に生息場所隔離を進化させることで、 さらにその寄主植物での局所適応を促進するというフィ ードバックを介して、高い寄主特異性と集団分化を引き 起こした可能性が高い(Matsubayashi et al. 2011)。 (2)の分岐自然選択によって直接的あるいは間接的に 進化しうる隔離障壁の例は数多くあり、生息場所隔離、 時 間 的 隔 離 temporal isolation、 送 粉 者 隔 離 pollinator
isolation、 性 的 隔 離、 そ し て 機 械 的 隔 離 mechanical isolation などの交配前隔離が代表的なものである(Rundle and Nosil 2005;Matsubayashi et al. 2010)。特に生息場所隔 離・ 時 間 的 隔 離・ 送 粉 者 隔 離 の 三 つ を 生 態 的 隔 離 ecological isolation と呼び(Coyne and Orr 2004)、生態的 種分化で特に顕著な発達を見せる外因的な隔離障壁であ る。これらの隔離障壁は生態的種分化において常に進化 するわけではないが、かなり高い頻度で観察される。こ れらの隔離障壁は前述のテントウムシの生息場所隔離の 例と同様に、局所環境への適応の副産物として進化する ことが多いが、その一方で隔離障壁が分岐選択のターゲ ットとして直接分化に貢献することもある。これは適応 的分化の要因となる形質が直接配偶者選択に関与してい る場合で、劇的な効果が見込まれるにも関わらず、ごく 稀でかつ非現実的なものだと思われていたため、マジッ ク・トレイト magic trait(Gavrilets 2004;Servedio et al. 2011)と呼ばれる。例えば、北米の淡水湖に棲むトゲウ オ Gasterosteus spp. において、沖合型と底生型で見られる 体サイズの違いはそれぞれの環境への適応の結果である 図 3.生態的種分化において特徴的に進化する二つの隔離障壁について示した。環境 1 を灰色、環境 2 を黒色で示す。(a) ある祖先種から生じて異なる局所環境に適応した複数の集団がある場合、(b)他の環境からの移入者の適応度が低下 することが予想され、これを“移入者の生存不能”と呼ぶ。さらに、(c)このように異なる環境へ局所適応した集団 間の交雑で生まれた中間的な雑種(図の F)は両親のどちらの環境においても低い適応度を示すことになり、これは“雑 種の生態的生存不能”と呼ばれる。雑種の生態的生存不能は(d)両親の遺伝子型を両方持っている中間的な個体が、 両親の環境のどちらにおいても示す外因的な(=環境依存の)適応度の低下である。内因的な(=環境非依存の)雑 種不和合の場合には、適応度の低下が環境勾配とは相関せず、遺伝子型と相関するパターンになる。B はそれぞれの 番号の両親との戻し交配を示し、FNは F1や F2などの、親種同士あるいは雑種同士のかけあわせを示す。(a)の点線 矢印は外部環境からの個体の移入を示す。
が、同時に同類交配 assortative mating の手がかりとなっ て 性 的 隔 離 と し て 働 く(Nagel and Schluter 1998; Boughman et al. 2005)。 日 本 の 南 西 諸 島 に 分 布 す る Satsuma 属のカタツムリでは、右巻きと左巻きの種が同所 的に生息している。その捕食者であるイワサキセダカヘ ビ Pareas iwasakii は、ほとんどの割合を占める右巻き種 を専食するため、頻度の少ない左巻き種はヘビに捕食さ れにくくなっている(Hoso et al. 2007)。ヘビによる捕食 圧は島ごとに異なるため、分岐自然選択の要因となる。 この例では、巻きの違いは右巻き種と左巻き種間で交配 を妨げる形質であると同時に、捕食者への防御にも関わ る マ ジ ッ ク・ ト レ イ ト に な っ て い る(Servedio et al. 2011)。このグループを含む、オナジマイマイ科のカタツ ムリにおいては、巻き方向の違いという形質は一遺伝子 座の突然変異で現れることがわかっており(Ueshima and Asami 2003)、これが巻き方向の違う個体間の交雑を完全 に妨げるほどの強い隔離障壁となりうる(Asami et al. 1998)。貝の巻き方向は遅滞遺伝 delayed inheritance とい う母性遺伝を示し、母親の遺伝子型が子の巻きの方向を 決定することになるため、個体の遺伝子型と巻き方向と いう形質は必ずしも一致しない。このため、分化の初期 には生殖隔離の原因となる形質(巻き方向)を超えて遺 伝子流動が生じることになる(Davison et al. 2005)。右巻 きの集団では、巻き方向に同類交配による正の頻度依存 選択が働いているため、突然変異によって生じた左巻き 対立遺伝子は、集団から速やかに排除される(Orr 1991; Yamamichi and Sasaki 2013)。そのため、捕食がない条件 では左巻き個体が偶然産まれても、それが繁殖に成功し て種として確立する可能性は極めて低いものと考えられ る。この例では、実際にヘビと分布の重複する地域で左 巻きの種が多く生息していることから、右巻き種に特異 的な作用する捕食圧が左巻き種の形成に大きく関わった 可能性が示唆されている(Hoso et al. 2010)。この例は、 機械的隔離の一種である巻き方向の違いが、マジック・ トレイトとして関わった生態的種分化である可能性が高 い。しかし、現在の左巻き種はすでに右巻き種との分化 が十分に進んだ別種であるため、生態的種分化が起きた ことを証明するには、実際に種分化の過程でヘビの捕食 が関与したという証拠が必要になる。理論研究において も、マジック・トレイトは同所的に適応的分化を促進す る重要な要素として扱われてきた(Dieckmann and Doebeli 1999)。近年では徐々に野外での実証例が増えてきており、 生態的種分化に広く見られる現象であると考えられるよ うになってきているが、必ずしも不可欠ではない。 時間的隔離は、交配時期が異なることで集団間の接触 が妨げられるもので、生態的隔離の中でも潜在的に強い 効果を持つ隔離障壁である。しかし、野外集団では単独 で強力に作用している例は少なく、生息場所隔離や送粉 者隔離などの他の隔離障壁と同時に検出されるケースが 多い(Rundle and Nosil 2005;Matsubayashi et al. 2010)。 純粋な性選択によって進化した性的隔離は、環境に依 存しない内因的 intrinsic な隔離障壁であるが、前述の感 覚駆動の例のように、環境と密接に関連した交配シグナ ルによって進化した性的隔離が生態的種分化を引き起こ す場合がある(Boughman 2002;Kawata et al. 2007)。また、 前述のナナフシの例のように、性的隔離は生態的に分化 した集団間の二次的接触に伴って生じる強化の結果とし て進化することもある(Servedio and Noor 2003)。 機械的隔離は体サイズや形態の違いによって生じる交 配不全を指す用語である。体サイズなどの違いによって 交尾行動や送粉に不和合が起きる場合に、その形態の違 いが局所適応によるものならば、分岐自然選択による隔 離障壁と判断できる。また、そのような体サイズの違い は隔離の強化によって発達することもある(Hoskin et al. 2005)。一方、機械的隔離の中でも動物における交尾器形 態の相違は、錠と鍵 lock and key という名称で知られてい る(Sota and Kubota 1998;Sota and Tanabe 2010;Masly 2011)。これは一般的には集団内の性選択などで生じる環 境非依存の内因的な隔離障壁と見なすことができる。し かし、生態的にある程度分化した集団間で、不適応な交 雑を起因とした隔離の強化としても進化する可能性があ り、このようなケースでは生態的な分化と強い相関を示 すことが予想される。 (3)の分岐自然選択と関係が薄い隔離障壁には、雑種 の内因的生存不能 intrinsic hybrid inviability や、雑種の内 因 的 不 稔 intrinsic hybrid sterility( 雑 種 の 行 動 的 不 稔 intrinsic hybrid behavioral sterility を含む)などの内因的な 交配後隔離が多い。交配後隔離は、主に染色体再配列 chromosomal rearrangement と遺伝的不和合の蓄積で生じ る(Coyne and Orr 2004, p.256)。このため、生態的な分化 が こ れ ら に 果 た す 役 割 は 一 般 的 に 大 き く な い も の と考えられる。内因的な遺伝的不和合は、古典的に ドブジャンスキー ‐ マラー型不和合 Dobzhansky-Muller incompatibility(以後 DMI)と呼ばれるメカニズムで生じ るとされている(図 4)。二遺伝子座を想定した古典的な DMI が生じる過程では、それぞれの遺伝子座に A と B と いう対立遺伝子をホモ接合で持つ祖先集団(AABB)から 分かれた二つの異所的な分集団を想定する。この二つの
遺伝子座の両方に突然変異型の対立遺伝子が含まれる(つ まり、対立遺伝子 a と b の両方を持つ)遺伝子型である とき、遺伝子座間の相互作用 epistasis によって、致死あ るいは不稔になるものとする(図 4)。このような状況で、 片方の集団では A → a、もう片方で B → b というように 突然変異が独立に生じうるが、これはそれぞれの集団内 で繁殖している限りにおいて問題にならないので、例え ば一つ目の集団には AaBB や aaBB などの遺伝子型が含ま れることになる。世代が進むにつれてこの比率は変化し、 いずれこの集団では aaBB が固定したとしよう。このよ うな aaBB の集団と、その逆に AAbb が固定した集団は、 互いに自らの集団内で繁殖する分には問題がないが、集 団間で交雑が起こると途端に AaBb という組み合わせが できて、この雑種は致死/不稔となる(Bomblies and Weigel 2007;Presgraves 2007)。DMI は適応と関係する分 化の場合にもそうでない分化の場合にも、同様に不和合 を蓄積することで作用する(Schluter 2009)。植物では、 局所適応によって DMI による雑種不和合が生じた例が知 られている(例えば Sambatti et al. 2008)。系統比較解析 では、昆虫類(Funk et al. 2006)と魚類(Bolnick et al. 2006)において、生態的な分化と内因的な交配後隔離の 強さの間に正の相関が検出されている。このことから、 生態的な分化が交配後隔離の進化を促進すると考えられ る例も、今後は増えていくものと予想される。種分化の プロセス全体を考えた時、交配後隔離はその環境の変化 に対する頑健性から大きな役割を果たすものと捉えられ ており(Matsubayashi and Katakura 2009)、生態的な分化 と交配後隔離の進化との時系列的な順序についても解明 が期待される。
生態的種分化と非生態的種分化
生態的種分化のもっとも基本的な過程は、環境の相違 に起因する局所適応を発端とし、しばしばその環境の相 違に依存した性選択を伴うという状況で始まる。局所適 応が進んだ結果として、移入者の生存不能と雑種の生態 的生存不能が増大し、場合によっては環境依存の性的隔 離が付随的に進化することになる。このように、分化の 始まった集団間では遺伝子流動が制限されるため、それ ぞれの環境に対する局所適応がさらに進行し、分化が促 進される。この経過は、環境の違いが連続的なときでも、 離散的なときでも同様である。例えば植食性昆虫では、 ある寄主植物から新しい寄主植物への寄主転換 host shift に よ る 種 分 化 が 長 ら く 注 目 さ れ て き た(Bush 1969; Berlocher and Feder 2002;Drès and Mallet 2002)。寄主植物 の違いは、質の異なる離散的なニッチの違いとして、生 息場所隔離を中心とした複数の生態的隔離を生み出すこ とで、速やかに種分化を引き起こす。この過程では、新 奇食草上での生存率と、その植物への産卵および摂食選 好性の上昇、さらには旧食草への選好性の低下が同調し て進化する必要がある。生態的種分化としての説明では、 まず食性幅の拡大を経て新奇食草を利用できるようにな った集団(例えば Janz and Nylin 2008)が新しい植物上へ 局所適応することで、そこでの適応度が上昇する。この とき新奇食草の利用に伴って、食草を認識する能力や消 化能力など、複数の形質で局所適応が生じる結果、旧食 草上での適応度が相対的に低下することになる。寄主植 物間での移入者の生存不能は、自らの採餌や幼虫の成育 場所としてより生存に適した寄主植物を選びとる形質、 あるいは自分と同じような寄主利用能力を持つ交尾相手 を選ぶ形質を進化させる。このことが、副産物として生 息場所隔離や同類交配(=性的隔離)を生じさせ、旧食 草を利用する集団との分化が進行する(Matsubayashi et al. 2010)。 生態的種分化の本質をとらえる上で、その対立仮説と しての非生態的種分化について理解することは重要であ る。非生態的種分化の様式は複数あるが、これらは選択 が関わらない種分化と選択が関わる種分化に大別できる。 選択が関わらない種分化の代表例は、染色体の異数化、 図 4.ドブジャンスキー ‐ マラー型不和合について、古典的な 二対立遺伝子の場合を示した。A と a、B と b はそれぞれ野 生型と突然変異型の対立遺伝子を示しており、異なる派生的 な変異の組み合わせ(AaBb)で致死/不稔となる。Bomblies and Weigel(2007)より改変。染色体再配列、遺伝的浮動、ボトルネック、あるいは創 始者効果による種分化である(Templeton 2008;Sobel et al. 2010)。一方、選択が関わる非生態的種分化は、突然 変異順位種分化 *5 mutation-order speciation と呼ばれる
(Mani and Clarke 1990;Nosil and Flaxman 2011)。突然変 異順位種分化の過程では、生態的種分化と同様に、遺伝 的変異を持つ形質に選択が作用した結果として集団の分 化が起きるが、その選択が集団間の適応的分化を促進す る方向性を持つ分岐選択ではないという大きな違いがあ る。例えば、同じ系統のショウジョウバエを異なる容器 で累代飼育する場合を考えよう。それぞれの容器に環境 の違いがなくても、生存率や成長率の高い個体が累代の たびに選抜され、各容器系統で独立に適応進化が起きる。 ただし、ここで累積的に固定されていく適応的な変異の 組み合わせは、どの突然変異が先に生じるかという偶然 によって変わるため、各系統で遺伝子の組み合わせが同 じになるとは限らず、系統間に DMI を生じさせうる。よ って、選択が全く働かないとき(この例では、生存率や 成長率の高さで次代の構成が決まらないとき)に比べて、 容器系統間での生殖隔離がより速やかに進化すると予想 される。この際に、集団間の違いを決定する要因は、い くつかの突然変異の起きる順番とその組み合わせの違い ということになる。突然変異順位種分化は生態的種分化 の純粋な対立仮説となっており、関わる選択の様式が前 者では一様選択 *6 uniform selection や分岐的性選択、後者 では分岐自然選択となっている。なお、突然変異順位種 分化においても、作用する選択そのものは、例えば気温 の上昇などの生態的要素に起因することも多い点には注 意が必要である。外部環境に依存する選択があれば常に 生態的種分化というわけではなく、分岐自然選択の関与 があるかどうかが重要である。 突然変異順位種分化はその名称から受けるイメージも あって稀な存在だと思われがちだが、意外に多くの種分 化の例があてはまる。例えば純粋な性選択による種分化 は、突然変異順位種分化である(Schluter 2009)。また、 雌雄間での適応度を巡る性的対立 sexual conflict や、利己 的転写因子などの遺伝子間でのコピー数を巡る競合も、 同様に突然変異順位種分化を引き起こす(Gavrilets 2000; Gavrilets and Hayashi 2005;Crespi and Nosil 2013)。 非生態的種分化と生態的種分化を識別する方法は、集 団間での生殖隔離の進化が集団の周辺の生物−非生物的 な環境の違いによるものかどうか、つまり生殖隔離の強 さが生息環境の相違と相関するかどうかを検証すること である。逆に考えると、全く同じ環境下において同じ選 択(=一様選択)が作用したときにも同様にその隔離障 壁が進化するかどうかが判断基準になると言い換えるこ とができる。
分類群による相違
生態的種分化は、原則的には有性生殖と局所適応を示 すあらゆる生物に適用可能な仮説である。しかし、繁殖 生態の違いや移動性の大小に関係して、その概念には分 類群ごとにある程度の修正が必要となる。特に種子植物 ではその繁殖生態と種分化の研究がかなり進んでいるに も関わらず、生態的種分化の視点からのアプローチは、 最近までそれほど盛んではなかった。これは、植物の体制、 繁殖システム、分散様式、染色体の倍数性や異数性の違 いに対する柔軟性などの特性が、主に動物学者が動物を 参照することで発展した生態的種分化の概念と細部で食 い違うことに起因するものと思われる。特に植物におい て 生 態 的 種 分 化 を 検 出 す る 際 に は、 表 現 型 可 塑 性 phenotypic plasticity の存在が最大の問題となる。植物では 外部環境の相違に起因する可塑的な形態的変異が動物よ りも頻繁に見られ、これが地域固有の形態的変異となっ て局所適応と紛らわしい状況を示すことがある。そのた め、局所適応を検出するには、相互移植実験や強制受粉 などの操作実験が必要となる。このような操作は絶滅危 惧種や樹木などでは困難な場合が多く、この点も植物を 対象とした生態的種分化の検証が妨げられる要因の一つ になっている。同様のことが、移植実験が難しい一部の 菌類や大型動物においても当てはまる。 また、それぞれの分類群に対して使われる用語の概念 的相違も問題となる。例えば、植物では環境応答の結果 として生じた形態的変異を、可塑性によるものと遺伝的 なものを包括して生態型とする場合があり(Turesson 1922;Lowry 2012)、これが変種 variety として、亜種と 並ぶ分類学的な単位と認識されることもある。一方、動 物における生態型は分類学的な単位ではなく、異なる環 境間で異なる形態を示し、同時に部分的に生殖隔離を示 すような、種分化における移行状態を指す進化学的な用 語である(Funk 2012)。最近ではこのような植物と動物 間での認識の違いを埋め合わせる形で、植物での生態型 を 進 化 学 的 な 視 点 か ら 整 理 す る 動 き も あ る(Lowry *5 突然変異‘順序’種分化と訳すべきかもしれないが、用語の 乱立による混乱を避けるため、宮下ほか(2012)の訳語に従っ た。 *6 ここでは、“集団間で形質の分化を引き起こさない種類の選 択”と定義する。2012)。 一方で、動物と植物、そして菌類を含むその他の分類 群においても、生態的種分化の基本的な機構は変わらな い。生態的種分化と関連がある個々の隔離障壁について は、特に動物と種子植物で共通点が多い。時間的隔離は、 植物では季節的隔離 seasonal isolation として現れることが 多いが、同じ作用を持つものである。動物における性的 隔離は、虫媒の種子植物での送粉者隔離に近い。ただし、 性的隔離が内因的に進化しうるのに対し、送粉者隔離は 送粉者相の違いなどの外因的な要素によることが多い。 スペシャリストの送粉者は一般的に多くないため、送粉 者隔離は他の生態的隔離よりも弱いとされている(Coyne and Orr 2004. pp.197-198)。しかし、例えばラン科の一部 の属では花蜜を持たないにもかかわらず、特定のハナバ チの雌に花の形と匂いを擬態することによってスペシャ リストの送粉者を獲得している(Cozzolino and Widmer 2005)。このような“だまし送粉”*7 deceptive pollination
を専門とする Ophrys 属では、送粉者の違いによる生態的 種分化(Xu et al. 2012)と、それに伴う急速かつ大規模な 放散が見られることから(Bateman et al. 2003;Breitkopf et al. 2015)、条件がそろえば送粉者隔離が多様化に大き く関わる可能性も十分にある。日本国内の例では、ユキ ノシタ科チャルメルソウ属 Mitella において送粉者の転換 が種分化に関わった可能性が示されている。この例では、 同所的に生息するチャルメルソウ M. furusei var. subramosa とコチャルメルソウ M. pauciflora にみられる花の香りの 違いが、それぞれの植物種に対してスペシャリストの送 粉者となっている二種のキノコバエの訪花率を決める鍵 になっており、この送粉者の違いが近縁種間で強い送粉 者隔離として作用している(Okuyama and Kato 2009; Okamoto et al. 2015)。両種を人工的に授粉させると稔性の ある雑種が生じることから(奥山、私信)、この例は異な る送粉者へ対する特殊化によって生じた生態的種分化で ある可能性が高い。その他、交配後隔離は、作用機構も 遺伝的機構も含めて動物と植物でかなり共通している。 一方で、植物は繁殖する地域を能動的に選ぶことがほと んどできないので、動物では一般的な生息場所隔離が、 基本的に定義できない。 植物では、地域間にみられる緯度や標高あるいは気候 や土壌の化学的組成などの違いが密接に関わった形での 生態的な分化が頻繁に検出される。このような生態的な 分化の成立に、局所適応とこれに関連した隔離障壁が関 わっている場合には、生態的種分化の有力な証拠となる。 ただし、異所性に伴う突然変異の蓄積などの、適応とは 独立した要因でも似たような状況が生じることがある。 この点について、特定の標高に生育域の限られた植物を 例にして説明しよう。山塊の中標高部に適応し広く分布 していた植物が、気温の上昇に伴って山塊の異なる山頂 部に分布を移した場合、好適な温度帯に沿って分布が物 理的に分断される。このように異所的に分断された集団 間で、突然変異順位種分化などによって、それぞれの生 育場所で異なる形質が固定して隔離障壁が生じた場合、 それは適応的分化によらない非生態的種分化である (Langerhans and Riesch 2013)。このように、系統的に特定 のニッチに生息域が限定されるという“ニッチ保守性” niche-conservatism は、生物の移動分散と定着性を束縛す ることで、大きな地理的障壁なしで集団間に物理的な障 壁を生じさせる(Peterson et al. 1999;Wiens 2004;Losos 2008;Sobel et al. 2010)。このような状況はあらゆる生物 で観察されるものであるが、特に植物において顕著であ ることが多い。一方、同様の状況でも、例えば物理的に 分断された集団間で、送粉者相の違いなどが分岐選択と して作用して集団間の隔離障壁が進化した場合は、生態 的種分化の条件を満たす。このニッチ保守性の直接的な 結果として現れるのは、主に(微小)地理的隔離と時間 的隔離である。ニッチ保守性にともなう集団の分断が検 出された場合、それが生態的種分化なのかどうかを判断 するには、それぞれの生育地域での局所適応の検証が必 要になる。ニッチと地理的要素を包括的に扱うこの複合 的な隔離障壁(地理生態的隔離 eco-geographic isolation (Sobel et al. 2010)と呼ばれるが、あまり一般的ではない) には、分布と系統関係、適応と環境要因が複雑に関係し ている。この隔離障壁の効果は、それぞれの種の分布域 と非分布域がランダム分布から外れているかどうかで評 価されてきたが(例えば Ramsey et al. 2003)、現在は地理 情報システム global information system(GIS)を用いた生 態ニッチモデリング ecological niche modeling(ENM)を 用いることで、より詳細に環境要因との相関関係を評価 で き る よ う に な っ て お り(Guisan and Thuiller 2005; Warren et al. 2008, 2010;Elith and Leathwick 2009)、動植 物の局所適応や種分化の研究に応用した例が増えてきて い る(Kozak and Wiens 2006;McCormack et al. 2010; Glennon et al. 2012)。ニッチへの従属性と集団分化に焦点 をあてるこの考え方は、気候変動などによる生物の分布 の変遷や種間の二次的接触のシミュレーションを含む、 応用生態学的にも重要な分野になっており、今後の発展 *7 訳語は杉浦(2002)に従った。
が期待される。 生態的種分化は、動物においては比較的多くのグルー プで検証がなされており、線虫類・六脚(昆虫)類・十 脚類・等脚類・腹足類・魚類・鳥類・爬虫類・哺乳類な どで研究例がある。それらの中でも、生態的種分化のポ ジティブな証拠は昆虫類と魚類に大きく偏っている。動 物以外の生態的種分化の研究は、菌類では植物寄生性の ものを中心に進められており(Giraud et al. 2010)、植物 では種子植物の草本を中心とした複数のグループで報告 されている(Hufford and Mazer 2003;Lowry et al. 2008b)。 しかし、それ以外の生物に関しては、酵母やバクテリア において選抜実験などの実験的操作がなされている程度 である。
生態的種分化と非生態的種分化の
判断が難しい例
適応と密接に関連した種分化の中には、生態的種分化 であるかどうかの判断が難しいものが含まれる。特に緯 度勾配や標高などの気候的・地理的クラインに沿った形 質の分化や地理変異が生じている場合は、注意が必要と なる。このような場合、確かに環境勾配に沿って遺伝的 な形質の勾配が生じているが、その状況が必ずしも生態 的種分化の事例であるとは断定できない。ここで生じて いる形質分化が同所的(=遺伝子流動の可能な距離)に 両立しえない性質を持つ場合には、その形質を隔離障壁 としてテストできないためにグレーゾーンの判断になる。 例えば、広い分布域を持ち緯度勾配に沿った日長応答性 を示す生物において、その日長応答性の変異が種分化に 関わるかどうかは、両極端な地域の集団を同所的に比較 できなければ判断できない。また、このようなクライン に沿った生態的な分化は基本的に地理的距離に依存した ものになるため、移植実験などの操作なしでは、集団分 化が(地理的な距離に伴う)遺伝的な距離ではなく、環 境勾配に対する適応として生じたものかどうかは検証で きない。さらに、隔離障壁となっている形質が、前述の ニッチ保守性による異所性を介して非生態的な過程で生 じたような場合でも、それ以外の形質が環境勾配に沿っ た分化を示す時には、隔離障壁の由来が不明瞭になって しまうことがある。一方で、緯度や標高に沿った形質分 化が副産物として他の隔離障壁を発達させ、それが交雑 帯などで実際に隔離障壁として作用している場合には、 生態的種分化に含まれる可能性が高くなる。異なる標高 への適応と関連した生態的種分化の事例は、北米の山岳 地域に広く分布するハナシノブ科草本の Ipomopsis 属で得 られている。本属には、コロラドの山塊の高標高(>3100 m)地に生育する I. tenuituba とそれより低標高(<2900 m) 地に生育する I. aggregata という近縁種があり、これらは 中間地点で交雑帯を形成している(Campbell et al. 1997)。 この二種はそれぞれの生育地の非生物的環境への局所適 応に加え、送粉者(ハチドリ、スズメガ、チョウ、ハナ バチ)の種構成の違いに応じた花色と花形態の違いを示 す。二種間の雑種の花は中間的な色と形態を持つことに よって、親種が占めるどちらの標高域においても相対的 に低い被訪花率および生存率を示す(Campbell 2004;た だし、例外となる雑種の組み合わせが一つある)。この例 においては、異なる標高での局所適応によって進化した 隔離障壁が、中間地域における二種の融合を妨げている ものと考えられる。クラインを伴う生態的な分化では、 隔離障壁を正確に把握し評価するとともに、距離や系統 関係の影響を排除する統計的なテストが必要となる。前 述の生態ニッチモデリングなどの解析の普及とともに、 今後は気候的・地理的クラインが種分化に与える影響に ついての理解が進むものと予想される。 生態的隔離によって生じた種分化が、全て生態的種分 化に該当するわけではない。日本のフユシャク Inurois punctigera においては、初冬型と晩冬型の二つの羽化時期 を持つ集団が広く同所的に生息している(Yamamoto and Sota 2009)。このグループのガでは、繁殖に好適な気温帯 が低温に限定されている。そのため、繁殖期間が、北方 では初冬と晩冬の二つ存在するのに対し、南方では厳冬 期の一つのみという緯度に沿った相違が存在する。この ガでは、緯度に伴う季節性の変化に沿う形で、南方では 一つの季節型のみ、北方では二つの季節型が同所的に共 存するという形を示す(Yamamoto and Sota 2012)。この 例では、季節の違いという生態的な要因によって種分化 が生じているが、このような分化パターンは、好適な繁 殖温度の系統的な保持というニッチ保守性によって成立 したものと考えられるため、現在得られている証拠から は生態的種分化の例にあたらないと判断される。 昆虫を代表とする一部の動物では、内部共生細菌の作 用によって生態的な分化(Tsuchida et al. 2004)や細胞質 不 和 合 cytoplasmic incompatibility に よ る 交 配 不 全 (Bordenstain et al. 2001)が生じる例が報告されている。 しかし、生殖隔離はその定義上、“遺伝的”障壁に基づく ものに限られるため、このような内部共生生物が関わる 集団間の交配不全を隔離障壁に含めるか否かに関しては、 いまだに議論が定まっていない(Coyne and Orr 2004,p.279)。ただし、例えば地域により異なる内部共生生物 への感染を要因とした分岐自然選択によって二次的に宿 主側の形質が分化し、それが共生生物を取り除いた場合 でも隔離障壁として作用する場合には、生態的種分化と みなしてよいだろう。 個体間コミュニケーションに代表される、環境非依存 の個体間相互作用は、集団間の急速な分化をもたらす非 生態的要因として注目を集めている。社会的選択 social selection は、このような個体間の関係性に作用する選択 であり、性選択(これは雌雄の関係性に限定した場合の 社会的選択となる)を含む包括的な概念である(West-Eberhard 1983, 2014;Lyon and Montgomerie 2012)。社会的 選択は生物に普遍的なものと考えられており、個体間の 相互作用に働くランナウェイによって急速に進化しうる (West-Eberhard 2014)。この社会的選択による種分化は突 然変異順位種分化の一種である(Schluter 2009)。また、 高度なコミュニケーションをとる動物では、個体間相互 作用の様式に集団ごとの偏り(=文化)が生じることで、 遺伝的に大きな変化を伴わずに、非常に急速な集団分化 が引き起こされることがある(Danchin and Wagner 2010)。 例えば、汎世界的に分布するシャチ Orcinus orca では、 その生息域、餌とする動物の種類、および群れごとの音 声コミュニケーションの違いと関連して、形態が異なり 遺伝子流動の制限された複数集団が存在する(Riesch et al. 2012;de Bruyn et al. 2013;Moura et al. 2014)。最近は 特にアリを中心とした社会性昆虫で、その社会性の進化 と多様化の関係がクローズアップされている(Boomsma and Nash 2014;Rabeling et al. 2014)。なお、このような社 会的選択によって生じる種分化においても、生殖隔離の 進化が分岐自然選択による場合には、生態的種分化に含 まれることになる。