倶
舎
心
所
論
考
古
谷
明
覧
惟 ふ に ﹃ 倶 舎 論 ﹂ に 於 け る 諸 法 論 は、 一 面 確 か に 正 統 有 部 思 想 の 潮 流 に 悼 せ る も の と 云 ひ 得 る で あ ら う。 此 の 意 味 に 於 て、 古 來 倶 舎 一 家 所 立 の 諸 法 實 罷 藪 を 絡 じ て 七 十 五 法 と 撒 へ、 同 時 に 是 れ 有 部 諸 法 論 の 一 大 指 南 と し て 寧 ろ 有 部 宗 七 十 五 法 な る 名 目 の も と に 呼 ば る ゝ 事 も、 大 凡 不 合 理 で は な い で あ ら う。 次 に 心 所 法 に 關 し て は、 此 の 中 よ り 更 に 四 十 六 法 を 摘 出 す る が 普 通 で あ る。 郎 ち こ は 倶 舎 註 繹 書 の 随 一 ﹃ 光 記 ﹄ に よ の て、 始 め て 規 定 せ ら れ た る 塵 で は あ る が、 (1) 是 れ 亦 大 罷 に 於 て 穏 當 に 倶 舎 論 意 を 測 れ る も の と 云 ふ べ く、 而 も 此 は 世 友 愈 者 の ﹃ 品 類 足 論 ﹄ 以 來 獲 達 し 來 れ る 有 部 傳 統 の 心 所 論 に 類 同 す る も の と も 云 ひ 得 る の で あ る。 正 に 此 論 に 十 大 地 法、 十 大 善 地 法、 六 大 煩 悩 地 法、 二 大 不 善 地 法、 (2) 十 小 煩 悩 地 法 等 を 掲 け、 此 に ょ つ て 四 十 六 法 は 得 ら れ た る の み 。 爾 ら ば 其 の 中 十 大 地 法、 十 大 善 地 法、 十 小 煩 悩 地 法 (3) の 如 き、 何 れ も 其 儘 有 部 本 論 の 所 説 に 順 へ る も の で あ り、 而 し て た ゞ 二 大 不 善 地 法 の み は、 大 毘 婆 沙 論 拐 て は 雑 心 論 (4) の 如 き 後 代 毘 婆 沙 師 の 所 説 よ り 選 揮 せ る も の で あ つ 池 。 此 を 換 言 す れ ば、 倶 舎 論 主 の 意 は 末 論 を 捨 て ゝ、 能 ふ 限 り 本 論 所 説 を 祖 述 せ る か に 見 ら れ な の で あ る 。 斯 く て 倶 舎 論 に 於 け る 心 所 論 は、 正 し く 正 統 阿 毘 達 磨 の 延 長 と し て 疑 も な く 理 解 し 得 る の で あ る が、 但 し 此 が 理 解 を 妨 ぐ る 二 つ の 問 題 に 吾 人 は 先 づ 逢 着 す る で あ ら う 。 曰 く、 そ の 一 は 八 不 定 地 法 の 問 題 で あ り、 そ の 二 依 六 大 煩 悩 地 法 の 問 題 で あ る。 依 つ て 今 此 等 の 問 題 に 就 て 案 す る に、 先 づ 心 所 法 中 に 不 定 倶 舎 心 所 論 考 三 三倶 舎 心 所 論 考 三 四 法 を 歎 ふ る に 至 の し 事 は、 確 か に 世 親 論 師 を 以 て 噛 矢 と な す で あ ら う。 爾 ら ば 是 れ 倶 舎 論 主 が 從 前 の 本 論、 婆 沙、 雑 (5) 心 等 に 規 定 せ ら る ゝ 四 位 又 は 五 位 の 心 所 法 の 外 に、 別 に 新 し く 此 を 加 へ た る も の と 云 は ね ば な ら ぬ。 次 に 此 論 所 説 の 六 大 煩 拶 地 法 の 問 題 を 窺 ふ に、 古 來 大 煩 悩 地 法 と し て 建 立 せ ら れ し は、 か の ﹃ 品 類 足 論 ﹄ を 始 め と し て 何 れ も 不 信、 惚 怠、 失 念、 心 鰍、 無 明、 不 正 知、 非 理 作 意、 邪 勝 解、 悼 學、 放 逸 の 十 法 に し て、 而 も 又 幡 沈 を 説 か ざ る を 恒 と す る。 然 る に 突 如、 倶 舎 論 に 至 つ て 耀、 放 逸、 塀 怠、 不 信、 幡 沈、 悼 畢 を 六 大 煩 悩 地 法 と な す に 至 つ た の で あ る。 是 れ 明 か に 論 主 が 從 前 の 十 大 煩 悩 地 法 建 立 の 論 嫁 に 一 大 訣 陪 を 見 出 し、 己 が 所 立 に ま か せ て 六 法 説 を 主 張 せ し も の で あ ら う。 (6) 梵 文 倶 舎 論 疏 (abhidharmakosavyakhya) に ょ れ ば、 論 主 は 明 か に ﹁傳 読 す ら く ﹂(kila) の 語 を 以 て 毘 婆 沙 師 の 説 を 否 定 し て 居 る の で あ る。 是 に ょ り て 之 を 見 る に、 此 等 は 正 し く 論 主 に 至 り て 新 ら し く 唱 導 せ ら れ た る も の と 云 は ね ば な ら ぬ。 さ れ ば 薙 に 論 主 が 新 し く か ゝ る 読 を 提 唱 せ る 所 以 は 如 何 と 云 ふ に、 一 は 尋、 伺 等 の 心 所 法 が 本 論 始 め 幾 多 諸 論 (7) に 散 説 せ ら る る に も 關 ら す、 そ の 法 の 性 質 上 何 等 綜 合 せ ら れ ざ り し を、 甚 だ 清 極 的 乍 ら も 不 定 法 と し て 一 括 す る の 墾 に 出 で た る も の で あ り、 一 は 大 煩 悩 地 法 中、 失 念、 心 働、 不 正 知、 非 理 作 意、 邪 勝 解 の 五 の 如 き、 既 に 大 地 法 中 の (8) 念、 定、 慧、 作 意、 勝 解 の 所 橿 と し て 其 禮 同 一 な れ ば、 重 ね て 煩 嫡 地 法 中 に 説 く 要 な け れ ば と て、 婆 沙 の 鯨 師 の 説 に 准 じ て た ゞ 其 餓 の 五 法 を 探 用 す る に 留 ま れ る も の で あ つ た 。 さ る に て も 今 こ の 事 こ そ、 論 主 が 阿 毘 達 磨 心 所 論 の 構 成 に 於 て 如 何 な る 意 企 を 抱 懐 せ し か を、 明 瞭 に 物 語 る も の で あ ら う。 師 ち 論 主 は 敢 て 有 宗 心 所 論 を 破 壌 せ ん と せ る に は 非 す し て、 否 確 か に 從 前 猶 匿 々 た り し 阿 毘 達 磨 心 所 論 を 己 が 所 見 に 委 せ て 完 成 せ ん と し て 居 た の で あ る。 愛 に 云 ふ 論 主 の 所 見 と は 何 ぞ。 そ は 総 じ て は 倶 舎 論 全 膿 に、 延 い て は 今 の 心 所 論 に 於 て 瀕 れ る 犀 利 な る 批 評 圭 義 の 謂 で あ る。 斯
く て 吾 人 は こ の 論 主 の 批 評 主 義 を 究 明 す る に 非 す ん ば、 途 に 此 論 心 所 論 の 膿 系 を も 決 定 し 難 い で あ ら う、 扮 て 抑 も 有 部 心 所 論 が、 そ の 可 成 り 當 初 よ り 實 膣 論 的 根 嫁 に 於 て、 而 も 綜 合 的 見 地 を 以 て、 組 織 せ ら れ 來 れ る 事 は (9) い と 明 瞭 で あ ゐ。 是 を 以 て 此 を 厭 く ま で 實 艦 論 離 に 死 し て 繕 台 麟 に 盤 系 剣 く る 專 こ そ、 蔽 れ も な く 右 剖 心 帰 講 の 本 旨 を 意 味 し た 事 で あ ら う、 然 る に 事 實 は、 有 部 宗 内 に 於 て も 理 論 が 往 々 傳 読 に ょ り て 曲 否 せ ら れ 勝 ち で あ つ た。 然 れ ば 則 ち 此 の と き に 當 り て、 有 部 心 所 論 を 傳 説 よ り 裁 分 し、 そ の 本 旨 に 麟 れ と 教 へ し も の こ そ、 倶 舎 論 主 の 批 評 主 義 教 學 で あ つ 弛 の で あ る。 此 虚 に 至 つ て、 吾 人 は 論 主 の 批 評 主 義 教 學 の 元 面 が 如 何 な る も の な る か を 如 實 に 想 察 し 得 る で あ ら う。 爾 り 而 し て、 今 此 の 實 例 は 既 に 如 上 大 煩 悩 地 法、 或 は 不 定 法 の 建 立 に 於 て 明 か に 一 端 を 認 知 し 得 る の で あ る が、 更 に 尤 も 此 が 顯 著 に 表 は る ゝ は、 實 に 論 主 が 大 煩 悩 地 法 中 に 幡 沈 の 心 所 を 加 へ た る 二 事 で あ る。 案 す る に こ の 幡 沈 の 心 所 は、 ﹃ 婆 沙 論 ﹄ 四 十 二 に は 大 不 善 地 法 及 び 有 覆 無 記 地 法 中 に 此 を 撒 幽 る の み に し て、 大 煩 悩 地 法 中 に は 加 へ ざ る も の で あ つ た。 然 る に 猫 も 此 に 就 て 見 る に、 同 論 の 別 品 三 十 八、 四 十 九 等 に 於 て は、 幡 沈 が 一 切 染 心 と 倶 行 す る 旨 を 明 記 し て 居 る。 故 に 婚 沈 こ そ 大 煩 憎 地 法 な る べ き に、 而 も 此 を 加 へ ざ ゐ 所 以 は、 一 般 に 婆 沙 師 に 於 て は、 幡 沈 を 煩 悩 と し て 用 の 猛 利 な る も の と 解 せ ざ り し に 露 る の で あ る。 謂 く 蝉 墾 の 心 所 の 如 き は 静 慮 を 続 齪 し て 其 過 重 け れ ば、 纏、 結 等 の 煩 悩 と し て 藪 ふ べ き も、 婚 沈 は 等 持 に 随 順 し て、 そ の 過 軽 け れ ば 説 か す と な す の 論 旨 で あ る。 然 ら ば 婆 沙 師 の 如 き は、 此 の 論 旨 を 以 て 更 に 地 法 建 立 の 際 に 及 ぽ し、 幡 沈 を 亦 大 煩 幡 地 法 に 囁 せ ざ り し 事 必 せ り と 云 ふ べ き で あ ら う。 ﹃ 雑 心 論 ﹄ 行 品 の 所 説 の 如 き、 亦 實 に 此 に 準 じ て 説 か ざ る も の で あ つ た。 さ て し も 薙 に 論 圭 一 度 出 つ る や、 如 斯 き 浸 論 理 的 論 嫁 を 一 切 慶 し て 大 煩 悩 地 法 中 に、 断 然 幡 沈 を 囁 す べ き 事 を 主 張 し た の で あ る。 今 ﹃ 倶 舎 論 ﹄巻 四 六 十 丁 左 ( 旭 雅 本 に ょ る ) ( 以 下 圃 レ 之 ) 倶 舎 心 所 論 考 三 五
倶 舎 心 所 論 考 三 六 に 曰 く、 錐 レ 知 三 詮 レ 行 随 二 用 偏 檜 一。 而 依 レ 有 レ艦 建 一 立 地 法 一。 と。 是 こ そ 論 主 が 從 前 屡、 行 は れ 牝 り し 膿 用 併 用 の 地 法 建 立 説 を 否 定 し て、 蔵 然 み 二 に 艦 に よ り て 地 法 を 建 立 せ ん と せ る 明 謹 で あ ぢ う。 然 れ ば 論 圭 は 厭 く ま で 實 罷 論 的 見 地 に 立 脚 し て、 地 法 を 組 織 せ ん と せ る も の で あ り、 有 部 宗 本 來 の 癌 所 論 の 本 旨 に 嚴 密 に 順 慮 せ ん と せ る も の み 二 云 ふ べ き で あ る。 實 に 論 主 こ そ 確 然 と 有 部 心 所 論 を 實 禮 論 的 罷 系 下 に 形 成 せ ゐ も の で あ つ た。 此 庭 に 於 け る 彼 の 批 評 主 義 は 聯 か も 傳 統 阿 毘 達 磨 の 心 所 論 を 破 壊 せ る も の で は な い。 否 論 圭 は 此 に よ つ て、 一 面 有 部 心 所 論 の 正 し き 方 向 を 明 示 し つ ゝ あ つ た の で あ る。 言 ふ ま で も な く 世 親 論 師 の 本 宗 は 説 一 切 有 部 宗 で あ る。 然 れ ば 前 述 の 如 く、 彼 は そ の 批 評 主 義 教 學 を 根 底 と な し つ つ、 有 部 心 所 論 確 立 に 寄 與 す る に 至 り し 結 果 は 毫 も 不 思 議 で は な い で あ ら う。 明 か に 知 る、 論 主 は 有 部 心 所 論 の 劃 二 者 で あ つ た の で あ る。 而 し て 此 の 劃 一 の 事 業 に 役 立 て る も の こ そ、 彼 の 高 適 な る 批 評 精 神 で あ つ た の で あ る。 但 し 愛 に 留 意 す べ き は、 論 主 の 批 評 主 義 教 學 と は、 實 に 此 を 指 す も の で は な い 事 で あ る。 郎 ち 今 論 文 を 覗 ふ に、 論 主 は 斯 の 如 く 表 面 顯 然 た る 有 部 心 所 論 を 組 織 し つ ゝ、 他 方 更 に 深 く、 詳 か に 有 部 心 所 論 に 検 討 の 利 刀 を 加 へ た る 跡 が 看 取 せ ら る ゝ で あ ら う。 而 し て 吾 人 は 正 し く 此 の 場 合 を 以 て、 論 主 の 眞 の 批 評 主 義 教 學 と 名 付 く る も の で あ る。 さ て も 彼 の 批 評 精 神 は、 此 慮 に 至 ら す ん ば 息 ま ざ る も の が 存 し た の で あ ら う。 既 に 此 慮 に 至 れ ば 彼 の 批 評 主 義 は 通 阿 毘 達 磨 的 で あ つ 牝。 経 部 も 有 部 も、 況 ん や 婆 沙 の 正 義 も 有 蝕 師 説 も、 殆 ん ど 同 準 に 置 か れ 九 の で あ る、 乍 併、 今 此 の 自 由 な る 批 評
主 義 の 下 さ れ た る 場 合 は、 流 石 に た ゞ 論 文 中 模 糊 と し て 指 示 さ れ た る も の が 多 い。 故 に 此 に 關 し て は、 古 來 の 學 者 間 に 於 て す ら 幾 多 の 議 論 を 生 ぜ し 程 で あ る が、 そ れ に も 拘 ら す、 此 の 問 題 を 解 決 す る に 非 す ん ば、 決 し て 倶 舎 心 所 論 に 達 せ り と は 構 し 難 い で あ ら う。 而 も 吾 人 の 正 し く 検 尋 せ ん と す る も の こ そ、 寧 ろ 此 庭 に 存 す る の で あ る。 今 や 吾 人 は 覗 野 を 此 の 問 題 に 韓 す る で あ ら う、 し か る に 此 に 關 す る 問 題 は 可 成 り に 多 い の で あ る。 以 下 一 慮 此 等 の 問 題 を 列 巻 せ ん に、 一、 十 大 地 法 の 問 題 一、 尋 伺 の 問 題 一、 輕 安 の 心 所 の 問 題 と な る。 由 つ て 以 下、 吾 人 は 順 次 に 此 等 の 問 題 を 槍 討 す る で あ ら う、 朱 つ 箪 の 十 大 地 法 に 騨 し て は、 論 主 は ﹃ 倶 舎 論 ﹄第 四 彗 に 述 長 し 日 く、 論 日。 傳 読 如 斯 所 列 十 法 (=十 大 地 法 )。 諸 心 刹 那 和 合 遍 有。 と。 今 此 の 論 文 を 見 る に、 冒 頭 に 傳 説 の 言 あ る に ょ り て、 恐 ら く 是 れ 論 主 が 不 信 を 表 せ し 毛 の と 考 へ ら れ る。 但 し 此 に 就 て は、 下 の 論 文 等 と 照 合 す る も 何 等 的 確 に 不 信 を 表 せ り と 見 ら る 逗 謹 左 を 見 出 し 難 き よ り し て、 古 來 註 繹 家 の 間 に 於 て も、 此 を 果 し て 不 信 を 表 せ し も の と 見 る べ き か、 見 ざ る べ き か の 爾 読 を 生 す る に 至 つ た の で あ る。 郎 ち 愛 に ﹃ 光 記 ﹄ 第 四 十 三 丁 左 光、 實 共 に 版 本 に ( よ る 以 下 同 レ 之 ) に 於 て は、 論 主 意 朋 二 経 部 一。 非 レ 信 三 十 法 皆 有 二 別 艦 一、 故 言 二 傳 読 一。 倶 舎 心 所 論 考 三 七
倶 舎 心 所 論 考 三 八 と、 明 か に 不 信 の 意 に 解 し た る を 艮 又 ﹃ 寳 蓮 第 四 砕 に 於 て は、 傳 二婆 沙 師 説 一故 言 二 傳 説 一。 と て、 寧 ろ 不 信 に 非 ざ る か の 如 く に 解 し た る を 見 る の で あ る。 田 つ て 今、 先 づ 光 記 所 読 に 基 づ き て そ の 立 義 を 案 ぜ ん に、 記 自 ら は 何 等 論 説 す る 腱 な し と 難 む 、 蓋 し 此 派 の 説 を 尤 も 明 瞭 に、 而 も 審 か に 代 辮 せ る も の は、 豊 山 林 常 師 の 所 説 で あ ら う 。 さ れ ば そ の 論 読 如 何 と 云 ふ に、 林 常 師 の ﹃ 法 義 ﹄ 巻 四 大 正、 六 四 ( 巻 ・ 八 〇 頁 ) に 曰 く、 傳 読 言 表 下 十 法 皆 是 實 有 二 別 罷 二 不 ケ 信。 同 時 皆 起 以 二 必 別 艦 一。 論 主 不 レ信。 故 論 第 十 三 三 右 謹 二 燭 生 成 元。 第 二 十 八 九 右 依 二 経 部 一謹 二 心 所 印 心 分 位 殊 得 レ名。 又 論 第 十 七 右 有 下 十 大 地 不 レ 遍 二 必 諸 心 二経 部 評 上。 有 人 (法 佳 ) 破 レ 光 云 是 唯 相 承 不 レ 表 二 不 信 一未 レ 見 レ 謹 者 何 謂 耶 。 寳 亦 似 レ 不 レ 爲 二 不 信 も 依 二 此 理 二 正 理 第 十 四 右 至 二 第 十 一 一三 右 廣 立 下 破 上 座 此 中 唯 立 二受 想 思 三 一 鯨 云 中 分 位 上。 と、 流 石 に 博 眼 達 識、 よ く 十 大 地 法 不 信 の 論 縁 を、 汎 く 倶 舎 論 全 篇 に 渉 獄 し た る も の と 一 慮 首 肯 し 得 る で あ ら う。 揖 て 薙 に 林 常 師 か 種 々 掲 ぐ る 論 縁 は、 大 凡 左 の 二 説 に 一 括 し 得 る、 一、 論 主 が 経 部 上 座 の 説 を 引 用 し て、 有 部 教 義 と 比 較 研 究 せ る も の。 一、 論 主 が 纏 部 の 心 所 全 無 家 の 説 を 引 用 せ る も の。 (10) 今 上 座 師 ち 寳 利 蓬 多 論 師 の 説 と は、 ﹃ 正 理 論 ﹄ 巻 十、 十 一 等 に 徴 す る に、 受、 想、 思 三 法 の み の 實 有 を 許 し、 其 の 蝕 は 思 の 造 作 差 別 に よ る 心 の 分 位 に 假 立 す と な す、 所 謂 三 大 地 法 説 に 屡 し、 更 に 又 諸 の 心 心 所 法 は 同 時 倶 起 に 非 す と な す も の で あ る。 而 し て 又 心 所 全 無 家 の 説 と は、 汎 く は 豊 天、 詞 梨 伐 摩、 其 他 讐 喩 者 の 説 に 屡 し、 一 切 の 心 所 は 悉 く 心 の 分 位 差 別 と な す も の で あ る。 是 に ょ つ て 之 を 見 る に、 論 主 は 明 か に 己 が 論 中 に、 此 等 経 部 師 の 所 読 を 引 用 せ る 事 は
確 か で あ つ た、 郎 ち 先 づ ﹃ 倶 舎 論 ﹄ 第 十 三 丁 右 以 下 に 於 て は、 三 和 合 鰯 な る 命 題 の も と に 経 部 の 鰯 非 實 説 を 薩 婆 多 宗 と 比 較 槍 討 せ る が 如 き、 又 同 巻 別 慮 五 丁 右 以 下 に 於 て は、 鰯 と 受 と 同 時 倶 起 な り や 否 や に 關 す る 薩 経 二 師 の 論 箏 に 端 を 登 し て、 十 大 地 法 等 の 心 所 が 必 す 倶 起 す る や 否 や の 宗 論 に 及 べ る が 如 き、 何 れ か そ の 例 に 非 ざ る も の で あ ら う 。 但 し 此 を 以 て 直 ち に 論 主 が 経 部 に 朋 へ る 誰 左 と は 見 難 い。 實 に そ は 更 に 進 ん で、 論 主 が 此 等 に 於 て、 如 何 な る 制 繹 を 下 せ る か に よ り て 決 定 せ ら る ゝ 問 題 な る を 以 て ゞ あ な、 是 を 以 て 再 び 論 文 を 検 す る に、 逡 に 論 主 が 経 部 に 朋 へ り と 見 ゆ る 明 謹 は 得 べ く も な い 事 實 に 想 到 す る で あ ら う。 帥 ち 藪 に 論 文 を 繕 く に、 鯛 に 關 す る 實 非 實 の 論 雫 に 就 て は、 最 後 に 論 主 自 ら、 ﹁ 如 レ是 展 韓 相 難 繹。 言 論 繁 多 故 慮 二 且 止 殉 ﹂ と 結 語 す る に 止 め、 又 鰯 と 受 の 倶 起 の 問 題 に 關 し て も、 最 後 に 寧 ろ 有 部 を 評 取 せ る か の 如 く 宣 言 し た る 事 な れ ば、 決 し て 一 概 に 論 主 が 経 部 に 朋 へ る も の と は な し 得 な い か ら で あ る 。 又 論 仕 八 弊 の 如 き も、 ﹁ 心 盆 殊 亦 得 名 二心 所 殉 ﹂ と 心 所 全 毎 蒙 の 説 を 出 芸 も、 此 に 關 し て は 亦 ﹁ 難 有 二此 理 非 二我 所 象。 ﹂ と 述 し、 又 論 巻 二 批 丁 巌 ﹁ 亦 不 レ慮 執 二 心 師 心 所 ご 等 と 出 さ れ 嚢 ば、 未 羅 部 等 に 順 へ る 意 を 明 徴 す べ 毛 あ ら す、 要 之、 此 腱 に 至 れ ば 快 道 師 が 論 主 朋 経 の 論 嫁 と 銘 打 て る 重 々 の 論 文 も、 畢 尭 そ の 棲 與 た り 得 ざ る 事 を 知 り 得 る の で あ る。 故 に 一 慮 之 よ り 去 つ て、 更 に 稽 友 の 疏 を 覗 ふ に、 彼 疏 (a.-vyakhya p. 125) に は、 i n
e kileti. kila-sabgah Para-Bata-dyatane. Sva-matam tu chand'adayah sarv Sarva-cetani na bhavanti.
(傳 読 す ら く、 此 等 (十 法 ) は ( 一 切 の 心 刹 那 に 和 合 し て 起 る と 云 ふ )、 ﹁ 傳 読 す ら く ﹂ の 語 は 他 宗 を 顯 は さ ん が 爲 な り 。 然 る に 自 宗 は 欲 等 ほ 一 切 の 心 中 に 生 起 せ ざ る な り。 ) (和 課 構 友 倶 舎 論 疏 ( 二 ) 五 十 七 頁 ) と あ り て、 亦 明 か に 傳 説 の 語 を 以 て 不 信 の 意 を 表 せ る も の と 解 繹 し て 居 る。 而 し て 次 に 稽 友 論 師 は 論 主 の 眞 意 を、 同 倶 舎 心 所 論 考 三 九
倶 會 心 所 論 考 四 〇 (11) じ く 論 主 の 著 書 ﹃ 五 纏 論 ﹄(panca-skandhaka) に 求 め て 居 る の で あ る。 薙 に 五 悪 論 と は 正 し く 漢 澤 ﹃ 大 乗 五 惑 論 ﹄ を 指 す 事 は、 諸 種 の 黙 よ り 考 究 し て 明 か で あ る が、 若 し 爾 ら ば 此 書 は 正 し く 論 主 が 大 乗 的 法 相 に 順 じ て 著 は せ る も の で あ り、 故 に 此 よ り 案 す る に 既 に 印 度 倶 舎 研 究 家 中 に 在 り て も、 小 乗 論 部 を 直 ち に 大 乗 論 部 の 法 相 を 以 て 解 せ ん と す る が 如 き 混 同 に 堕 せ る も の あ る を 知 る と 共 に、 斯 か る 態 度 は 以 て 倶 舎 研 究 の 規 範 と な し 難 い で あ ら う。 さ る に て も 稽 友 論 師 の 詮 ば 元 度 そ の 論 檬 を 捨 つ る と せ ば、 恐 ら く 亦 別 に 何 等 倶 舎 論 自 罷 に 關 せ ざ る も の で あ つ た 。 要 之、 吾 人 は 構 友 論 師 の 註 繹 に ょ り て も、 傳 説 の 語 を 不 信 と 見 徹 す 理 由 を 登 見 し 得 な い の で あ る。 然 ら ば 果 し て、 先 に 返 つ て 第 二 の 寳 疏 の 詮 に 縁 る べ き で あ ら う か、 今 此 派 の 述 ぶ る 虚 は、 主 と し て 不 信 と 見 る べ き 謹 文 な し て ふ 事 に 存 す る。 以 て 吾 人 は 満 足 す べ き か。 愛 に 熟、 惟 勘 に、 十 弐 地 法 に 關 す る 論 文 の 最 後 に は ﹁ 諸 心 心 所 異 相 微 細 。 一 一 相 績 分 別 樹 難。 況 一 刹 那 倶 時 而 有。 ﹂ と て、 そ の 法 相 の 甚 深 微 妙 な る を 嘆 ぜ る を 見 る 。 然 ら ば 即 ち 此 の 嘆 た る や、 元 刹 那 に 倶 起 し 而 も 別 禮 あ る 諸 法 に 就 て 獲 せ ら れ た る も の で あ つ た 。 依 つ て 若 し 再 び 傳 説 の 語 を 以 て 不 信 を 表 す る も の と せ ば、 軍 に 所 別 の 十 法 が 悉 ぐ 別 罷 あ り や て ふ 事 に 關 す る の み な ら す、 亦 實 に 同 時 倶 起 な り や て ふ 別 問 題 ( 縦 令 別 艦 あ り と も )、 を も 包 含 せ る も の と 見 る べ き で あ ち う 。 此 黙 に 於 て 先 の 構 友 論 師 が 欲 等 に 例 を と つ て、 同 時 倶 起 の 問 題 と 見 徹 せ る 事 は 確 か に 正 鵠 を 得 た る も の と 云 勘 べ く、 如 上 林 常 師 の 如 く ﹁ 同 時 皆 起 以 レ 有 二 別 膿一。 ﹂ と 一 問 題 に 蹄 結 す る は、 周 到 な る も の と 云 ひ 難 い で あ ら う 。 而 も 一 度 斯 の 如 き 見 地 に 立 た ん に、 吾 人 は 明 瞭 に 論 圭 が 十 法 倶 起 に 關 し て 疑 を 挿 め る 一 文 を 見 る の で あ る 。 謂 く、 論 主 は 下 に 大 善 地 法 を 論 す る に 當 つ て、
如 何 可 レ 論 下 於 二 一 心 中 一有 二 警 箆 一性 無 二警 箆 一性。 作 意 與 レ 捨 二 相 慮 起 上。 (12) と、 正 し く 倶 起 に 瀾 聯 あ る 問 題 を 呈 鵬 し て 居 る の で あ る 。 爾 の み な ら す 此 の 場 合 に 於 て も 亦 復 有 部 論 師 が、 堂 不 三 前 読 二 諸 心 心 所 。 其 ハ相 微 細 難 ン 可 二 了 知 一。 と、 前 掲 の 如 き 甚 深 の 法 相 に よ ら ん ど す る も、 有 下 錐 レ 難 レ 了。 由 二 審 推 度 元 復 可 ク 知。 此 最 難 レ 知。 と て、 徹 定 的 難 絶 を 彼 に 加 へ た の で あ る。 是 こ そ 論 主 が 作 意 と 捨 の 同 時 倶 起 を 否 定 せ る 言 で あ つ 九。 正 に 一 切 心 に 遍 す る て ふ 大 地 法 所 撮 の 作 意 は 捨 あ る と き は 起 ら す、 故 に 此 こ そ 論 主 が 確 か に 有 部 十 大 地 法 の 定 義 を 信 ぜ ざ り し 一 端 を 漏 せ る も の で あ つ た の で あ る 。 明 か に 知 る、 論 主 の 傳 詮 の 言 た る や 廻 か に 此 慮 に 及 べ る 事 を、 然 る に 藪 に 論 主 の 如 き (13) 論 法 に ょ る と せ ば、 猫 ほ 幾. 多 の 相 磨 せ ざ る 二 法 が 出 現 す る で あ ら う。 例 せ ば 尋 と 伺 と の 如 き、 又 勤 と 捨 の 如 き、 或 は 疑 と 智 と、 無 明 と 慧 と の 如 き 正 に 是 で あ る。 爾 り 而 も て 是 等 は 實 に 相 慮 す と 許 す が 故 に、 此 理 趣 に 順 じ て 今 も 此 を 認 む べ し と 云 ふ が 有 部 の 會 繹 で あ つ た 。 但 し 此 の 會 繹 は 徒 ら に 傳 統 に 順 へ る も の に し て、 何 等 理 論 的 根 縁 を 形 成 せ る も の に 非 ざ る 事 明 か で あ な 。 さ れ ば 世 親 論 師 に 於 て は、 恐 ら く 如 斯 き 反 難 も 何 か あ ら ん と の 念 を 持 せ る も の で あ つ た で あ ら う。 猶 ほ 之 に 就 て は、 普 寂 師 の ﹃ 要 解 ﹄ 巻 三 五 丁 左 ( 版 本 に よ ) ( ろ 以 下 同 ) ひ と り 此 間 の 論 意 を 喝 破 し て、 此 藪 句 ( 部 ち 論 文 如 何 以 下 ) 中 隠 然 有 下 疑 三 有 部 師 固 司 執 心 所 倶 起 一 之 意 上 乎。 と 云 ふ。 竈 と に 的 中 の 言 と 云 ふ べ き か。 扮 て 翻 つ て 考 ふ る に、 論 圭 の 如 斯 き 論 法 は、 實 に か の 経 部 宗 の そ れ に 類 す る も の で あ つ た 。 即 ち ﹃ 婆 沙 論 ﹂ 百 六 倶 舎 心 所 論 考 四 一
倶 舎 心 所 論 考 四 二 ( 大 正、 廿 七 ) ( 巻 ・ 五 四 七 頁 ) に よ れ ば、 讐 喩 者 説。 若 心 有 レ 智 則 無 二 無 智 一。 若 心 有 レ 疑 則 無 二 決 定 一。 若 心 有 レ 廉 則 無 レ 有 レ 細。 云 々 と あ り て、 有 部 宗 に 説 く 諸 法 相 の 中、 其 の 牲 相 の 背 反 せ る も の ゝ 倶 起 を 許 さ ゞ り し 事 を 知 る。 爾 の み な ら す、 ﹃ 正 理 論 ﹄ 巻 十 ﹃ 成 實 論 ﹄ 巻 五 等 に よ る に、 経 部 に 於 て も、 欲 と 無 欲 心、 慧 と 無 明 及 び 疑、 拐 て は 念 と 失 念 等 の 場 合 を 示 し て、 其 等 が 一 切 心 に 遍 ぜ ざ る 旨 を 断 定 せ る が、 亦 正 し く こ の 背 反 の 論 理 に 順 ぜ る も の で あ ら う。 是 を 以 て 今 の 論 主 の 論 法 を こ れ 等 に 比 す る に、 正 し く 彼 此 類 同 す る も の と 云 ふ べ く、 此 よ り 更 に 類 推 す れ ば、 少 く と も 論 主 の 十 大 地 法 に 封 す る 見 地 が 或 る 慰 部 的 な り し 事 を 論 定 し 得 る に は 斐 る か。 夏 に 又 ﹃ 倶 舎 論 ﹂ 芙 翻 丁 に 於 て は、 三 摩 地 の 罷 を 論 (14) す る や 論 主 自 ら 問 題 を 起 し て 種 々 検 尋 し、 而 も 最 後 に 経 部 師 の 心 を 離 れ て 別 に 三 摩 地 の 髄 な き 義 に 左 祖 せ る か に 思 は る ゝ 節 を 存 す る よ り 見 て、 十 大 地 法 が 皆 別 膿 あ り て ふ 鮎 に 關 し て も、 疑 を 懐 け る も の と 観 察 せ ら る ゝ の で あ る。 故 に 是 に よ つ て 之 を 見 れ ば、 論 主 は 十 大 地 法 に 於 け る ﹁ 一 刹 那 倶 時 而 有 ﹂ な る 二 義 共 に 認 め ざ り し も の と 云 ひ 得 る で あ ら う。 愛 に 至 つ て 傳 詮 の 言 は、 遽 に 不 信 の 意 を 存 せ る も の な る 事 は ほ ゞ 決 定 せ ら れ た の で あ る 〇 由 つ て 吾 人 の 次 に 考 究 す べ き は、 果 し て 然 ら ば 論 圭 が 全 面 的 に 経 部 師 の 心 所 論 に 共 鳴 せ る や 否 や て ふ 一 事 な る べ く、 是 に 於 て か 先 づ 前 の 快 道 師 所 引 の 論 文 の 如 き が、 再 び 問 題 観 せ ら る ゝ に 至 る の で あ る が、 其 庭 に 示 さ る ゝ 謂 は ゞ 経 部 宗 の 根 本 命 題 と も 云 ふ べ き 鰯 等 心 所 法 の 非 實 罷 読、 心 心 所 法 の 次 第 起 の 問 題 等 に 論 主 が 同 ぜ し か は、 依 然 と し て 容 易 に 断 定 し 勧難 き も の が 存 す る の で あ る 。 さ れ ば 斯 か る 上 は、 た ゞ 前 の 作 意 と 捨 の 問 題 を 通 し て、 傳 説 の 意 を 知 る の 外 は な い で あ ら う。 此 の 意 (15) 味 に 於 て、 論 主 は 彼 の 心 所 論 中 往 々 用 ひ た る 背 反 の 論 理 に よ つ て、 今 此 の 十 大 地 法 説 を 破 せ し も の と 云 ふ べ き の み で
あ る。 さ る に て も 吾 入 は 薙 に か の 碩 學 讐 寂 師 が 倶 舎 十 大 地 法 論 の 眞 骨 頂 を ﹃ 要 解 ﹄ 三 四 丁 左 こ 非 三 必 朋 二 経 部 一。 堂 傳 二 毘 婆 沙 宗 説 之 義 一耶。 云 々 と 述 せ る 言 等 を も 想 起 す べ き で あ ら う 。 次 に 吾 入 は 尋 伺 の 問 題 に 就 て 見 る に、 是 れ 亦 先 の 作 意 と 捨 の 問 題 と 同 種 の も の と 見 ら れ る 。 帥 ち 今 論 文 を 見 る に、 ﹁ 心 之 麓 性 名 レ 尋 。 心 之 細 性 名 レ 伺。 ﹂ て ふ 定 義 に 封 し て、 論 主 は ﹁ 如 何 此 一 二 心 相 慮 。 ﹂ と て、 亦 二 法 の 倶 起 に 關 し て 疑 を 挿 ん だ の で あ る。 よ つ て 藪 に 論 圭 の 難 意 を 審 か に せ ん に、 論 主 は 所 謂 尋 伺 を 心 の 麓 細 の 性 と 云 ふ も、 抑 も 輩 に 髭 細 の 性 な る も の が、 何 等 別 々 の 實 艦 性 を 規 定 し 得 る 規 範 と な ら ざ る 事 を 信 じ た の で あ る。 此 を 換 言 す れ ば、 論 主 の 意 は 麓 細 と は 禮 性 を 表 現 す べ き 規 準 に は 非 す し て、 輩 に 相 封 的 關 係 の み を 指 示 す る 量 と な る べ け れ ば、 決 し て 一 心 中 に 倶 起 す る て い の も の に 非 す と 云 ふ に 在 つ た 。 随 つ て 薙 に 尋 伺 を 麓 細 の 罷 と 云 は ん も、 麓 細 の 因 と 會 通 せ ん も、 畢 寛 別 の 艦 類 あ る に は 非 す し て、 又 一 心 中 に 相 慮 す と は 立 て 難 い も の で あ ら う 。 竈 と や 是 れ、 古 來 の 註 繹 家 の 云 ふ が 如 く、 論 主 の 経 部 に 朋 へ る 説 な る や も 圖 り 難 い 。 帥 ち ﹃ 婆 沙 論 ﹄ 五 十 二 大 正 ・ 廿 七 巻 ・ ( 二 六 九 頁 ) 等 に 警 喩 者 の 説 を 巻 げ て、 謂 契 経 説 。 心 麓 性 名 レ 尋 。 心 細 性 名 レ 伺 。 然 麓 細 性。 從 二 欲 界 一乃 至 有 頂 皆 可 レ 得。 と 論 じ た る は、 正 に 是 れ 尋 伺 の 相 待 的 存 在 な る 事 を 意 味 す る も の で あ ら う。 而 し て 又 ﹃ 婆 沙 論 ﹄ 四 十 二 ( 大 正 ・ 廿 七 ) ( 巷 ・ 二 一 八 頁 ) こ よ る に、 有 執 尋 伺 郎 心。 如 二 讐 喩 者 二。 倶 舎 心 所 論 考 四 三
倶 舎 心 所 論 考 四 四 と あ り て、 別 の 膣 類 な き 尋 伺 は 正 し く 心 の 差 別 に 外 な ら ざ る 事 ・を 説 け る が、 論 主 も 亦 是 説 に 朋 へ る も の と 云 ふ べ き か。 但 し 婆 沙 論 の 同 庭 に 於 て は、 更 に 畏 婆 沙 師 三 師 の 説 を 巻 げ た る 中 に、 一 師 の 曰 く、 有 作 二 是 説 一。 此 則 顯 二 心 麓 性 細 牲 一。 若 作 二 是 読 一 尋 伺 慮 三 以 レ 心 爲 二 自 性 二。 云 々 と。 更 に 又 盤 師 の 曰 く、 有 飴 師 読。 此 顯 下 心 麓 時 有 二 尋 性 一。 心 細 時 有 申 伺 性 山。 若 作 二 是 読 一慮 レ顯 三 尋 伺 非 二 一 心 倶 一。 云 々 と。 以 て 或 は 論 主 が 斯 か る 説 に 同 じ た る も の と も 構 し 得 る で あ ら う 。 普 寂 師 の ﹃ 要 解 ﹄ 巻 三 十 丁 右 こ、 寂 日。 光 記 頻 言 三 論 主 朋 二 経 部 一。 繹 非 二 穏 當 一。 と て、 古 來 註 繹 家 の 説 を 是 正 せ る も 亦 理 な き に 非 す と 考 察 せ ら れ る。 第 三 に 輕 安 の 心 所 の 問 題 に 就 て 案 す る に、 有 部 に 於 て は 契 経 に 出 さ る ゝ 心 輕 安、 身 輕 安 の 二 者 を 以 て 輕 安 の 心 所 を 立 て た る も の で あ つ た っ 即 ち 有 部 宗 は 契 纏 の 所 謂 心 輕 安 は 意 識 相 癒、 身 輕 安 は 五 識 相 慮 と 認 め、 共 に 心 所 法 と し て、 か の ﹃ 入 阿 毘 達 磨 論 ﹄ 所 説 の 如 く、 輕 安 を 心 堪 任 性 と 定 義 す る に 至 つ た の で あ る。 而 も 是 れ 正 し く 有 部 宗 に 於 て は、 身 心 受 等 の 語 例 に 準 じ て 會 通 し 得 る 問 題 で あ ら う。 薙 を 以 て 明 か に も 心 輕 安、 身 輕 安 共 に 心 所 法 と し て 建 立 せ ら れ た の で あ る。 し か る に 今 ﹁ や 此 に 就 て、 更 に 考 究 す べ き 問 題 が 生 す る で お ら う。 郎 ち 吾 人 は 奨 経 中 に 七 豊 支 を 説 き、 且 つ そ の 一 に 輕 安 豊 支 が 撒 へ ら れ た る を 見 る、 依 つ て 藪 に 輕 安 蔓 支 に 關 す る 契 経 所 説 に 徴 す る に、 例 せ ば ﹃ 雑 阿 含 ﹄ 廿 七 に 曰 く、 有 二 身 猜 息 一〇 有 二 心 猜 息 一。 彼 身 碕 息 師 是 猜 豊 分 。⋮⋮彼 心 猜 息 郎 是 狩 萱 分。
と あ り、 以 て 息 心 二 猜 息 師 ち 身 心 二 輕 安 が 共 に 輕 安 壁 支 の 所 擁 な る 事 を 知 る の で あ る 。 謂 幽 に 此 の 認 識 こ そ 充 分 重 要 で あ ら う。 何 者、 是 は 霧、 て 輕 安 心 所 に 關 す る 有 部 教 義 に 覆 ひ 難 き 鋏 陥 を 見 出 さ し む る 素 地 を な し た か ら で あ る。 師 ち 先 づ 思 ふ に、 云 ふ ま で も な く 輕 安 豊 支 と は 無 漏 法 で あ る 。 是 の 意 味 に 於 て、 ﹃ 品 類 足 論 ﹄ 第 七 ( 大 伍。 廿 六 巻 。 ) ( 七 二 〇 頁 ) 等 に も、 無 漏 作 意 相 鷹 身 輕 安。 心 輕 安。 己 輕 安 。 輕 安 類 。 是 名 二 輕 安 等 畳 支 元。 と 出 さ れ た の で あ る が、 此 の 場 合 有 部 所 立 の 如 く ん ば、 身 輕 安 は 五 識 絹 慮 の 心 所 な る べ け れ ば、 正 し く 有 漏 法 と 云 ふ べ く、 無 漏 な る 輕 安 畳 支 と は 遂 に 構 し 難 い で あ ら う。 銃 に 有 部 教 義 は 此 の 難 に 於 て 破 端 す る の で あ る。 爾 れ ば 郎 ち、 論 圭 似 此 の 鮎 に 留 意 し て、 輕 安 に 更 に 甥 な る 合 理 的 解 繹 を 與 へ た の で あ る 。 よ つ て 次 に 論 主 の 意 は 如 何 と 云 ふ に、 輩 に 輕 安 と の み 云 は ゞ、 心 輕 安、 身 輕 安 の 二 あ る べ し、 さ れ ど 輕 安 の 心 所 と 云 は ゞ 心 輕 安 の み を 指 し、 身 輕 安 に は 非 ざ る 事 を 主 張 す る に 在 つ た。 論 四 同丁 左 に 、 ﹁ 癒 レ 知 此 中 身 輕 安 者 身 堪 怨 性 ﹂ と て 、 身 輕 安 を 心 邊 に 立 て す し て 、 身 邊 に 立 て た る は 、 正 に 此 の 事 を 表 示 す る も の で あ る 。 而 も 今 論 主 の 斯 か る 見 解 を 猶 も 明 瞭 に 表 示 せ る も の は 、 ﹃ 倶 舎 論 ﹄ 定 品 廿 八 に 於 て ゞ あ ら う 。 蔀 ち 彼 品 を 見 る に 、 四 静 慮 の 支 に 蘭 し て そ の 鰹 十 一 あ の と 云 ひ 、 そ の 中 第 二 定 の 樂 支 は 輕 安 の 心 所 、 第 三 定 の 樂 支 は 是 れ 心 受 樂 と 説 く が 有 部 の 見 地 で あ つ 仁 。 而 も 定 中 に 五 識 な し て ふ 法 絹 に 基 づ き て 、 第 二 定 の 樂 と は 明 か に 心 輕 安 の 心 灰 を 意 味 し 弛 事 で あ ら う 。 但 し 論 主 の 意 に よ れ ば 、 樂 支 と は 総 じ て 五 識 相 鷹 に 限 の 、 意 識 相 磨 に 非 ざ る も の で あ つ た 。 是 を 以 て 第 二 定 の 樂 支 を 輕 安 の 心 厨 と す れ ば 、 樂 支 と は 寧 ろ 身 輕 安 の 心 所 と 云 両 べ き で あ ら う 。 而 も 吾 入 は こ は 直 ち に 定 中 に 五 識 な し て 却 法 相 に 矛 盾 す る 事 を 認 め ね ば な ら な い 。 さ る に て も 経 量 に よ の 、 或 は 法 相 に 規 の て 、 樂 と 云 は ゞ 五 識 相 慮 な る べ き 事 は 動 か し 難 い 麗 で あ る さ れ ば 今 此 の 矛 盾 は 、 畢 寛 第 二 定 の 樂 支 を 倶 舎 心 所 論 考 四 五
倶 舎 心 所 論 考 四 六 輕 安 の 心 所 と 認 む る 第 一 段 に 存 す べ き で あ ら う、 髪 に 於 て、 論 主 は こ の 樂 支 を 同 じ く 身 軽 安 と 認 め つ ゝ、 而 も 此 を 心 所 に 非 す と 説 い た の で あ る 。 ﹃ 倶 舎 論 ﹄ 第 廿 八 八 丁 右 に 日 文 在 二 定 中 一有 二 輕 安 風 一。 勝 定 所 レ 起 順 二 生 樂 支 元 偏 鰯 レ 身。 と。 吾 入 は 此 文 に よ り て、 論 主 が 定 中 所 起 の 身 邊 の 燭 境 を 輕 安 風 と 名 付 け、 樂 支 に 順 生 す る 意 味 に 於 て、 樂 支 と 名 付 け た る 所 以 を 知 る の で あ る 。 加 之、 論 主 は 此 の 輕 安 風 鰯 を 亦 無 漏 に も 通 す る の 邊 を 以 て、 明 か に 身 輕 安 の 蔓 支 な り と 認 め た の で あ る 。 以 て 吾 人 は 如 上 論 主 の 身 輕 安 は 心 所 に 非 す て ふ 結 論 に 到 達 す る や 明 か で あ ら う。 而 も 論 文 を 覗 ふ に 猫 ほ 此 間 種 々 所 説 の 錯 節 す る も の あ り と 錐 も、 吾 人 は 今 は た ゞ 大 綱 に よ つ て 論 主 の 所 論 を 知 る に 止 め た の で あ る。 既 に し て ﹃ 光 記 ﹄ 第 四 廿 丁 右 を 繕 く に、 論 主 の 意 は、 唯 意 識 相 慮 の 輕 安 を 立 て ゝ、 而 も こ は 一 に 定 心 中 に の み 起 る と 云 ひ、 又 身 輕 安 は 鰯 境 所 囁 な り と 認 湾 た る 事 を 知 り 得 る 〇 而 し て 又 此 に 就 て も 論 す べ き も の あ ら ん も、 煩 を 恐 れ て 記 せ ざ る 事 と す る。 拐 て 今 別 の 見 地 よ り 案 す る に、 古 來 此 の 論 圭 の 意 を 以 て 直 ち に 経 部 の そ れ に 通 ぜ し む ゐ が 一 般 の 通 読 で あ. つ た。 さ れ ば 此 に 關 し て は、 ﹃ 正 理 論 ﹄ 七 十 八 に 徴 す る に、 明 か に 経 部 上 座 の 所 説 が 所 謂 初 二 静 慮 の 樂 支 は 即 輕 安 の 艦 に 非 す と せ る を 知 る と 難 も、 果 し て 此 論 文 の 如 く 身 輕 安 が 鰯 境 な り と 読 け る や は 逡 に 了 し 難 き 慮 で あ る。 故 に 若 し 爾 ら ば、 光 記 等 が 何 れ も 此 を 以 て 経 部 の 説 と 云 へ る 論 嫁 は 成 立 し 得 ざ る に 至 る で あ ら う。 是 れ 或 は 光 記 等 の 論 縁 が 今 ﹁ の 輕 安 の 問 題 の 悼 尾 と し て、 ﹃ 倶 舎 論 ﹂ 定 品 中 に 出 さ る ゝ 難 下 有 二 一 類 一作 中 如 レ 是 所 説 上。 然 非 二 古 昔 諸 軌 範 師 共 施 説 一。 云 々 (16) の 文 に 存 し、 而 も 就 中 正 し く 論 主 に よ り て 評 取 せ ら る ゝ 一 類 の 説 を 即 経 部 の 所 説 と 認 め た る に 畿 す る が 如 き も、 此 の
一 類 を 経 部 と 直 ち に 見 徹 す は 猶 ほ 決 定 し 難 き 問 題 に は 非 ざ る か。 況 ん や 夙 に ﹃ 婆 沙 論 ﹄第 八 十 大 正 ・廿 七 ( 巻 ・ 四 一 二 頁 ) に 於 て は、 故 静 慮 支 名 有 二 十 八 二實 罷 十 一。 復 有 説 者 實 膿 唯 十。 謂 三 静 慮 樂 合 爲 レ 一 。 評 日 彼 不 レ慮 二是 説 一。 云 々 と あ り、 婆 沙 中 不 正 義 の 有 説 者 の 如 き、 或 は 論 主 の 説 に 類 同 す る も の と も 考 へ ら れ る か ら で あ る。 よ し 遮 莫、 吾 人 は 今 亦 輕 安 の 心 所 を 通 じ て、 論 圭 の 批 評 精 神 の 實 際 を 想 察 す る を 以 て 足 る の で あ る。 以 上 述 べ 去 り 述 べ 來 つ て、 今 や 大 略 吾 入 は 倶 舎 論 に 於 け る 心 所 論 の 傾 向 を 知 り 得 た。 定 に 倶 舎 一 家 の 有 部 心 所 法 に 封 す る 態 度 は 噛 前 來 屡、 繰 回 せ し が 如 く、 批 評 精 神 に 満 ち 弛 る も の で あ つ た。 此 の 批 評 精 棘 あ る が 故 に、 世 親 論 師 が 有 部 宗 心 所 論 に 正 し き 理 論 的 根 嫁 を 與 へ、 又 其 を し て 統 一 あ る 組 織 罷 系 九 ら し め た る 事 は、 蓋 し 歴 然 た る 事 實 で あ る。 乍 併、 吾 人 は 倶 舎 論 主 の 鯨 り に も 傳 統 に 勧泥 ま ざ る 批 評 精 神 が、 そ の 彌 徹 す る や、 腿 て 又 有 部 心 所 論 を 崩 壊 せ し め ん と せ る 跡 を も 銘 記 す べ き で あ ら う。 吾 入 は 今 此 の 心 所 論 に 於 て、 論 主 が 必 す し も 経 部 に 左 租 せ る も の と は 敢 て 云 は す。 爾 も 見 よ、 論 主 が 動 も す れ ば 十 大 地 法 読 に 不 信 を 漏 し、 將 又 尋 伺 の 問 題 に 深 き 疑 を 懸 け た る が 如 き、 已 に 彼 の 自 由 精 神 が 有 部 心 所 論 の 根 幹 を 動 揺 せ し め ん と せ る 事 を。 實 に 論 主 は 卓 越 せ る 批 評 主 義 教 學 に よ り て 有 部 心 所 論 を そ の 最 高 位 に 導 き つ ゝ も、 頓 て そ れ を 出 で つ ゝ あ る も の で あ つ 九 の で あ る。 此 の 認 識 こ そ 倶 舎 心 所 論 を 検 尋 す る 最 要 項 と 思 は れ る。 ( 了 ) ︹ 註 ︺ (1) 競 近 二 部 學 者 に よ り て 指 摘 ぜ ら ろ ゝ 如 く、 心 所 法 四 十 六 法 申、 貧、 瞑、 慢、 疑、 尋、 伺、 悔、 眠 の 八 不 定 法 ぱ、 論 交 に ぱ ﹁ 悪 倶 舎 心 所 論 考 四 七
倶 念 心 所 論 考 四 八 作、 睡 眠、 尋、 伺 等 法 ﹂ と の み あ り て 具 説 ぜ ら れ ざ れ ば、 こ ぱ ﹃ 光 記 ﹄ 等 に 至 り て 甫 め て 明 瞭 と な り し も の と ぜ ら れ る。 但 し 既 に yosomitra の
abhidharmakosavya (Vol. II)
中 に 婆 須 密 酋 看 (Vasqmitra) の ﹃ 倶 舎 勲梓 ﹄ た 引 用 ぜ ろ も の に よ る に、 二全 く 光 記 等 と 湧 じ け れ ば、 蛙 感 西 方 組 傳 の 説 と も 考 へ ら れ 論 主 の 意 に 近 き も の と 一 塵 見 徹 し て 置 く 。 但 し yosomitra 自 勇 の 説 は 少 し く 此 に 異 れ り 。 (2) 玄 癸 課 ﹃ 晶 類 足 論 ﹄ に ほ、 明 か に 雌 た 出 ぜ る も、 異 課 ﹃ 衆 事 分 阿 毘 曇 論 ﹄ に ば 髭 た 塞 げ す。 可 レ 考。 (3)﹃婆 沙 論 ﹄ 四 十 二 ほ 無 明、 悟 沈、 捧 塞、 無 働、 無 塊 の 五 法 を 畠 す。 但 し ﹃ 雑 心 論 ﹄ に 様 無 漸、 無 塊 の 二 法 の み た 出 ぜ り。 由 つ て 論 主 ほ 正 し く 後 者 に、 よ れ も の な る べ し 。 (4) 例 ぜ ば ﹃ 入 阿 毘 蓮 磨 論 ﹄ に 様、、 明 か に 欣、 厭 の 心 所 々 瑚 出 ぜ る が 如 く、 そ の )他 に も 末 論 涯 々 れ れ ど も、 論 主 ぱ 纏 て 本 論 に 準 ぜ し も の と 解 ぜ ら れ る 。 (5) 鈴 木 宗 忠 氏 ﹃ 倶 舎 論 の 心 班 説 に 關 す ろ 研 究 ﹄ (宗 研 ・ 新 八 ノ 三 ) 滲 照。 (6) a b hid ha rm
akosavyakhya vol. II(p. 131)
に
に、ksiprataram kileti, kila-sabdo'sambhavanayani.
と 出 づ。 (7) 世 親 論 師 ぱ 五 位 の 心 所 の 外 に、 尋 伺 等 を 一 揺 せ る も、 論 文 に ぱ ﹁ 此 蝕 不 定 心 所 ﹂ と の み 云 ひ て 毫 も 不 定 地 と 云 ぱ す。 及 び 其 他 の 瀦 よ り 観 察 す う も、 論 主 が 果 し て 尋 伺 等 に 一 地 を 建 立 ぜ し や 否 や ば 頗 る 疑 問 と 云 ぱ ざ る べ か ら す。 但 し ﹃ 正 理 論 ﹄ に 至 れ ば、 明 瞭 に 不 定 地 法 と 麗 で れ り 。 (8)﹃婆 沙 論 ﹄ 四 十 二 ( 大 正 ・ 廿 七 巻 ・ 二 二 〇 頁 ) 参 照。 (9) 例 の ﹃ 晶 類 足 論 ﹄ 辮 七 事 晶 (大 正 ・ 廿 六 巻 ・ 六 九 八 頁 ) 所 説 の 心 所 論 の 如 き、 既 に 綜 合 統 二 さ れ れ る 心 所 論 と 云 ほ ざ る べ か ら す。 (10) 上 摩 郎 室 利 選 多 説 ほ 光 師、 慈 恩 大 師 等 の 鍋 ぐ ろ 麗、 但 し 法 惑 師 の 如 き 跳 義 も あ り。 (﹃ 指 要 紗 ﹄ 第 二、 参 照 ) (11) a bhidharmakosavyakhya 所 引 の panca-skandbaka が 五 湿 行、 五 湖 境 を 立 つ る 事
ば、vyakhya vol. III page 309等
に 於 て 明 瞭 な り 。 而 し て 髭 ほ 亦 ﹃ 大 乗 五 藩 講 ﹄ に も 出 つ る 庭 な る べ し 。 (12) 今 此 文 に 就 て ぽ 、 ﹃ 實 疏 ﹄ 四 十 一 丁 右 に ぱ 外 の 難 と な す 。 ﹃ 光 記 ﹄ 四 廿 七 丁 左 の 繹 亦 此 に 同 す る が 如 し 。 但 し ﹃ 正 理 論 千 一 に ば ﹁ 由 レ 斯 セ コ ノ フ ラ シ ト ザ ハ ベ シ 類 下 鐸 経 主 所 レ難 謂 中 有 二 警 畳 一無 二 警 萱 一性 。 作 意 與 レ 捨 慮 中 互 相 違 上 。 如 レ 是 善 成 。 ﹂ と あ れ ば 、 既 文 々 論 主 の 難 と 認 む る 秘 以 て 可 と す 。 又 ﹃ 東 疏 ﹄ 四 に ょ れ 瀞 ぽ 、 経 部 紗 の 難 と す 。 藁 に 近 し。 猴 ほ ﹃ 蓉 僕 舎 ﹄ 三 に ょ れ ば 、 是 れ 今 の 文 と 異 り て 、 捨 と 思 の 不 倶 起 旭 論 す 。 就 而 可 レ 考 。
(13) 尋 伺 の 一 心 中 に 相 慮 ぜ ざ る 事 に、 論 四 十 二 丁 左 に 論 圭 自 ら 表 明 ぜ る 庭。 又 勤 捨 の 不 倶 起 ぽ ﹃ 正 理 論 ﹄ 十 一 に、 更 に 疑 と 智 と、 無 明 と 慧 の 不 相 鷹 ほ ﹃ 東 疏 ﹄ に 於 て 論 ぜ ら れ 六 り 。 (14)﹃倶 舎 論 法 義 ﹄ 廿 八 ( 大 正 ・ 六 四 巻 ・ 四 〇 一 頁 ) の 科 判 参 照 。 (15) か ゝ る 理 に 論 四 十 丁 左 に 無 漸、 無 慌 に 關 す る 有 飴 師 説 あ、 論 主 が 破 す る に 當 り て 又 用 ひ 糞 ろ 慮 な り。 猫 ほ 就 之 ﹃ 正 理 論 ﹄ 第 十 一 令 大 正 ・ 廿 九 巻 ・ 三 九 三 頁 ) 参 照。 (16)﹃光 記 ﹄ 廿 八 廿 四 丁 右 第 一 義、 ﹃ 寳 疏 ﹄ 廿 八 十 七 丁 左 の 義 ぱ 一 類 々 以 て 有 部 と な す。 是 れ 不 可 な り。 但 し ﹃ 光 記 ﹄ 第 二 義 ぱ 二 類 々 経 部 と な す 之 々 正 し き 繹 と な す 。 今 ぱ 此 に ょ れ り 。 倶 舎 心 所 論 考 四 九