開発許可制度の弊害について
-社会福祉施設等の市街化調整区域への立地を対象として-
政策研究大学院大学 まちづくりプログラム
木村 康司
1. はじめに 開発許可制度は都市計画に定める線引き制度の実効を確 保するとともに、一定の土地の造成に対する確認を行うこ とにより、新たに開発される市街地の環境の保全、災害の 防止、利便の増進を図るため設けられた都市計画法上の制 度である。その中でも、線引き制度により指定される市街 化調整区域内にあっては、開発行為のみならず、開発行為 を伴わない建築物の新築等についても、その用途に応じた 許可基準を満たし、都道府県知事等の許可権者からあらか じめ許可を得ることが課せられている。一方で、社会福祉 施設等の市街化調整区域への立地は、例外的に許可は不要 とされていたが、その後、施設立地に伴い周辺の市街化を 促進する事例が見受けられたことから、行政コストの非効 率化に繋がるとして、平 成 18 年 の 都 市 計 画 法 の 改 正 に よ り 許 可 が 必 要 と な っ た 。これは、経済学の見地か ら、市街化の促進には行政コストを非効率とする外部性が あり市場の失敗が起こるため、政府が介入したものと評価 できる。しかし、施設立地に伴う周辺の市街化は、施設の 分類により促進する度合いが異なると考えられるものの、 現状はその程度を検証せずに政策が策定されていることか ら、過剰過小な規制となる可能性がある。 本稿では、施設分類ごとの市街化を促進する度合いにつ いて、市街化調整区域にて、100m メッシュという微小街区 ごとに、建築面積の密度に着目して DID 分析を行い、平成 18 年の法改正の妥当性を検証した。分析の結果、多 く の 施 設 が 有 意 に 市 街 化 を 促 進 す る 一 方 で 、そ の 効 果 は 施 設 類 型 に よ っ て 大 き く 異 な る こ と が 示 さ れ た 。こ の 結 果 は 、現 行 の 規 制 で 非 効 率 が 生 じ て い る こ と を 示 唆 し て い る 。 2.開発許可制度の概要 (1)手続き 建築確認申請に至るまでの都市計画法上の手続きの流れ を図2-1に示す。法改正により許可対象となることで、 手続きが大幅に増えることがわかる。なお、開発審査会は 都市計画法第 34 条第 14 号及び同法施行令第 36 条第 1 項第 3 号ホに係る許可申請の場合に行なわれ、本稿が焦点を当て る社会福祉施設等は開発審査会に付議する必要がある1。 図2-1開発許可等の手続きのフロー (2)許可基準 許可基準としては道路、公園、給排水施設、防災上の措 置等の良好な宅地水準を確保するために技術基準が定めら れており、条例により一定の強化又は緩和、制限の付加が 可能となっている。また、市街化調整区域にあっては、市 街化を抑制するという目的から、立地できる用途を限定す るために立地基準が定められており、さらにこれを満たす 必要がある。 3.開発許可制度の理論分析 本章では、開発許可制度による規制がどのような効果を 期待して導入され、実際はどのような結果をもたらすかを、 規制の導入による死重の損失の発生過程を通して分析する。 図3-1は、社会福祉施設等の施設立地市場として、縦軸 に「コスト」を、横軸に「立地数」をとり、規制前の状態 を示している。社会的限界費用に基づき Q1 が立地すると、 社会的余剰は最大化するが、現実には私的限界費用に基づ 1 都市計画法第 34 条第 1 号に該当するものを除く。図3-1施設立地市場その1 き Q1’が立地するため、死荷重が発生している。そこで政 策立案者が、想定した外部性の大きさをターゲットに、参 入規制を導入したとする。これにより供給コストが増加し、 施設の立地は Q1 へ減尐する。その結果、想定していた死荷 重が打ち消されることが期待される。(図3-2) 図3-2施設立地市場その2 しかし、実際は市街化を促進する度合いを検証せずに政 策を策定しているため、外部性が想定より小さい場合には、 過剰な規制によって図3-3のように死荷重が新たに発生 する。逆に、外部性が想定より大きい場合には、過小な規 制となり死荷重が残ることとなる。 したがって外部性の大きさを把握することが、規制を行 う上で重要であることがわかる。 図3-3施設立地市場その3 4.開発許可制度の実証分析 本章では、前章の理論分析の結果を踏まえ、施設分類ご とに市街化を促進する度合いを分析する。 (1) 分析方法 「市街化の指標」を「建築面積の密度」で捉え、市街化 調整区域を 100m メッシュで区切り、施設立地前後として 1997 年と 2008 年の 2 時点で、施設分類ごとに DID 分析を 行ない、施設の立地がどの程度「建築面積の密度」へ影響 を与えるかを、分類の段階を深めながら計量分析を行う(本 稿では、この影響力を「市街化促進度」と定義する)。 また、分析にあたり建築面積の密度へ影響を与える要因 は様々考えられるが、固定効果モデルを用いて DID 分析を 行うことで、施設立地以外の景気変動等の要因のほか、100m メッシュという微小街区ごとの固有の要因を取り除くこと ができ、施設立地の効果をより正確に捉えることが可能と なる。 (2) 分析対象 本稿の研究対象は市街化調整区域であるので、同区域を 一定規模以上指定していることが望ましい。本研究では平 成 21 年度末で 20,000ha 以上指定している地域を対象とする。 さらに、メッシュ毎の建築面積を計算する必要があるた め、1997 年、2003 年及び 2008 年における建物データが整 備されている地域のデータを用いる。 その結果、分析対象地は札幌市、旭川市、盛岡市、仙台 市、秋田市、郡山市、いわき市、つくば市、宇都宮市、新 潟市、浜松市、豊田市、大津市、京都市、神戸市、岡山市、 倉敷市、広島市、福山市、東広島市、北九州市、大分市、 鹿児島市の全国 23 市となった。 (3) 推計モデル及びデータ 推計モデルを以下のとおり設定し分析する。
Y
it=
α
0+
α
1d2
t+ ∑ ∑
( βhjdThji + γhjd2tdThji )
+ ∑
δkXkit
+
u
it i=1,…,N t=1,2 h=1,…,V j=1,…,10 k=1,…,36 ここで、被説明変数 Yitは建築面積の密度である。データ の作成にあたり、市街化調整区域を 100m メッシュで区切り、 市街化が困難と考えられる道路と水域の面積を減じて、 1997 年と 2008 年それぞれでメッシュ内の建築面積の合計幹 線 道 路 と の 距 離 ダ ミ ー 100m 1.351 0.018 *** 0.424 0.053 *** 300m 0.626 0.018 *** 0.283 0.049 *** 500m 0.275 0.019 *** 0.135 0.048 *** 700m 0.136 0.020 *** -0.128 0.048 *** 最 寄 駅 と の 距 離 ダ ミ ー 500m 1.103 0.053 *** 1.324 0.118 *** 1km 0.702 0.042 *** 1.553 0.087 *** 3km 0.565 0.035 *** 1.474 0.058 *** 5km 0.434 0.035 *** 1.179 0.055 *** 10km 0.324 0.034 *** 1.096 0.052 *** 公共施設数 8.133 0.090 *** 1.200 0.136 *** 事業所数 4.061 0.011 *** 1.239 0.020 *** 一般道路の有無ダミー 2.175 0.014 *** 0.634 0.031 *** 田畑数 -0.045 0.002 *** -0.303 0.004 *** 樹林数 -0.183 0.003 *** -0.202 0.005 *** 2008 年ダミー -0.059 0.042 0.158 0.029 *** 定数項 -1.009 0.050 *** 1.073 0.059 *** 修正済 R-squared. 0.267 0.051 観測数 851996 851996 値を除した。 d2tは 1997 年及び 2008 年を表すダミーである。 dThjiは分析対象施設との距離ダミーであり、0m~100m、 100m~200m、200m~300m、300m~500m、500m~700m、 700m~1km、1km~3km、3km~5km、5km~7km、7km~9km の分類で加えた。各メッシュの中心から分析対象として想 定している施設までの直線距離が該当するなら 1、該当しな いなら 0 とする。 d2tdThjiは上記 2 変数の交差項である。したがって、係数 γhjは新設施設との距離に応じた市街化に対する影響を表す。 つまり、本研究で計測したい市街化促進度となる。 Xkitはいずれもコントロール変数であり、幹線道路との距 離ダミー、最寄り駅との距離ダミー、自治体ダミーのほか、 メッシュ内の公共施設数、事業所数、一般道路の有無、田 畑数、樹林数を加えた。 また、α0は定数項、α1、βhj、γhj、δkは係数、uitは誤差項で あり、N は 100m メッシュの数、V は各計量分析における施 設類型数である。 なお、データ作成では Esri 社の ArcGIS を、計量分析では StataCorp 社の Stata を使用した。 主な基本統計量は表4-1のとおりである。 表4-1主な基本統計量 (4) 計量分析 1(社会福祉施設等) ①施設の分類 まず、学校や病院を含めた社会福祉施設等が、市街化を 促進する程度を分析する。本稿では比較対象として、同時 期に立地が規制された大規模小売店舗も取り上げる。また、 分析はプーリング回帰モデル及び固定効果モデルで行う。 ②推計結果 表4-2に推計した結果を示す。 交差項のほとんどが有意であり、施設立地が市街化の促 進に有意であることが示されている。 表4-2推計結果(社会福祉施設等)
変数名 単位 mean std.dev. min max 建築面積の密度 % 2.3435 6.3826 0 100 幹線道路との距離ダミー100m 0or1 0.2081 0.4059 0 1 300m 0or1 0.2103 0.4075 0 1 500m 0or1 0.1669 0.3728 0 1 700m 0or1 0.1245 0.3302 0 1 最寄り駅との距離ダミー500m 0or1 0.0211 0.1436 0 1 1km 0or1 0.0577 0.2331 0 1 3km 0or1 0.3631 0.4809 0 1 5km 0or1 0.2680 0.4429 0 1 10km 0or1 0.2485 0.4321 0 1 公共施設数 個 0.0039 0.0663 0 4 事業所数 個 0.1256 0.5450 0 41 一般道路の有無ダミー 0or1 0.5858 0.4926 0 1 田畑数 個 1.8287 3.0763 0 56 樹林数 個 1.5178 1.9875 0 88 2008 年ダミー 0or1 0.5000 0.5000 0 1 観測数 851996 OLS FE
Coef. Std.Err. Coef. Std.Err.
社 会 福 祉 施 設 等 の 交 差 項 100m 2.925 0.181 *** 3.536 0.121 *** 200m 1.613 0.151 *** 1.791 0.101 *** 300m 1.410 0.132 *** 1.460 0.088 *** 500m 1.101 0.088 *** 1.151 0.059 *** 700m 1.042 0.081 *** 1.006 0.055 *** 1km 0.891 0.068 *** 0.791 0.046 *** 3km 0.808 0.048 *** 0.693 0.032 *** 5km 0.578 0.049 *** 0.416 0.033 *** 7km 0.390 0.054 *** 0.289 0.037 *** 9km 0.138 0.061 ** 0.066 0.041 大 規 模 小 売 店 舗 の 交 差 項 100m 1.225 0.314 *** 1.813 0.210 *** 200m 0.548 0.261 ** 0.938 0.175 *** 300m 0.879 0.229 *** 0.937 0.153 *** 500m 0.463 0.143 *** 0.691 0.096 *** 700m 0.598 0.125 *** 0.748 0.084 *** 1km 0.020 0.094 0.246 0.063 *** 3km -0.703 0.037 *** -0.586 0.025 *** 5km -0.850 0.036 *** -0.670 0.024 *** 7km -0.714 0.039 *** -0.542 0.026 *** 9km -0.544 0.043 *** -0.399 0.029 *** ***、**、*はそれぞれ 1%、5%、10%で統計的に有意であることを示す。 なお、自治体ダミー、分析対象施設との距離ダミーは省略している。
図4-2市街化促進度(社会福祉施設、医療施設、学校) 図4-1市街化促進度(社会福祉施設等) 図4-4市街化促進度(医療施設詳細) 図4-1は、縦軸を「市街化促進度」、横軸を「施設まで の距離」として、施設ごとに交差項の係数をプロットした ものである。図から、それぞれ市街化を促進しており、そ の度合いは距離ごとに逓減していることが示されている。 また、社会福祉施設等は緩やかに減尐しているのに対し、 大規模小売店舗は 1km 地点で急激に減尐している。 施設分類の細分化により、異なる結果が得られると考え られるため、次の計量分析 2 において検証する。 (5) 計量分析 2(社会福祉施設、医療施設、学校) ①施設の分類 施設は、社会福祉施設、医療施設、学校に細分化し分析 する。また、計量分析 1 にて Hausman 検定を実施したとこ ろ、固定効果モデルが支持されたため、以降は固定効果モ デルにより推計を行う。 ②推計結果 推計の結果から、交差項の係数をプロットしたグラフを 図4-2に示す。図に示されているように、それぞれ特徴 的な曲線だが、特に、近隣では学校が、以降では社会福祉 施設が値が高いことがわかる。結果から、細分化による差 異が実証されたため、さらなる細分化で、より詳細な差異 が予見されるので、これを検証する。 (6) 計量分析 3(各施設詳細) ①施設の分類 細分化に際し、国土地理院の国土数値情報の分類から、 法改正で許可案件となったものをピックアップした。なお、 観測データに無い分類は除外した。 ・社会福祉施設 → 保護施設、老人福祉施設、保育所、 児童福祉施設(保育所を除く)、身体障害者更生援護施設、 知的障害者援護施設、精神障害者社会復帰施設 ・医療施設 → 病院、診療所、歯科診療所 ・学校 → 幼稚園、小学校、中学校、高校、大学2 ②推計結果(社会福祉施設詳細) 社会福祉施設を細分化し推計した結果から、交差項の係 数をプロットしたグラフを図4-3に示す。 図から、老人福祉施設、児童福祉施設は 3km 内では市街 化を大きく促進しており、需要の高さが表れたものと考え られる。また、精神障害者社会復帰施設は、平均 0%未満で 有意であり、市街化はほぼ起こらない結果となった。 図4-3市街化促進度(社会福祉施設詳細) ③推計結果(医療施設詳細) 医療施設を細分化し推計した結果から、交差項の係数を プロットしたグラフを図4-4に示す。 2 大学は法改正以前から許可対象であったが、参考として分析した。
図に示されているように、近隣では病院が最も市街化を 促進しており、5km を越える地点でもわずかに促進するこ とがわかる。また、診療所は 4km、歯科診療所は 1km 地点 まで市街化を促進しており、これは施設規模や対象とする 患者の多様さが影響している可能性が考えられる。 ④推計結果(学校詳細) 学校を細分化し推計した結果から、交差項の係数をプロ ットしたグラフを図4-5に示す。 図から、大学は市街化を大きく促進しており、これは、 他地域からの学生の流入に対応した、住環境の整備が行な われた可能性が考えられる。これに対し、小中高は実家か ら通学するため住環境の整備が新たに起こらず、また、生 徒一人あたりの消費支出額が比較的尐額であり周辺への経 済効果が劣ることのほか、人通りが多くなり不特定多数の 目に触れることが、住環境としてはマイナスに働いた可能 性が考えられ、あまり市街化を促進しない結果となった。 図4-5市街化促進度(学校詳細) 5.結果の考察 第 4 章の分析の結果、多 く の 施 設 が 有 意 に 市 街 化 を 促 進 す る 一 方 で 、そ の 効 果 は 施 設 類 型 に よ っ て 大 き く 異 な る こ と が 示 さ れ た 。この分析結果は直線上の 影響力を評価しているが、本章では、これをより現実的な 指標とするため、以下の式により同心円状に積分して面的 に捉え、施設立地による実際の影響力を図5-1に示す。